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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
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あのとき何があったのか 1




城内では、仮眠をとっていたベルガが既に起き上がって、てきぱきと采配を取っていた。火事の原因を調べて消しとめ、事態を収めるように命令する。

ロトはサウォークがあっちこっち双子および鍛冶屋の娘と飛び回っている間、城でのんびりしていたわけではなかった。恐ろしいほどのスパルタ教育でベルガの尻を叩いて色々と教え込んでいた。

もともと素直な性質のこの青年は随分と自信をつけ、感情をコントロールすることにも繋がって、前ほどすぐに激発して泣き出すこともなくなっていた。


城に勤めるのは城下に親兄弟や親戚が住んでいる。公務員は家族のようなもので、あっという間に話は広まった。

この前、街で騒ぎを(みずか)ら治めてから別人のようになられた。

自覚が生まれたのだろう、と城の者たちは囁きあっている。

グアズやワベアのような、モントルーだラベルだという派閥を作りたがる者たちの思惑はともかくとして、この顔立ちのよい若者の公爵ならば、このままなんとかなるのではないかという空気が、すでに広がっている。


鎧も付けずにあちこち走り回るベルガに、アウナが必死ですがりついた。


「ベルガ、危ないから部屋にいて!」

「大丈夫だ、君の姉上が戻るまで、わたしがしっかりしていなければならない。トゥアナのために、この城は守る」


何も気づかず、天真爛漫にベルガは続けた。


「待っているんだ。彼女は必ず戻ってくる。私をひとりになんてしない」

「ひとり?だってベルガ……お姉さまは戻れないかもしれないのよ、遠くでだってこの土地は守れる、そのために行くんだって言ってた」

「いや、彼女は必ず戻る!わたしのもとへ」


アウナは沈黙した。


「ずっとこの城に憧れていた。この城も、土地も、トゥアナそのものなんだ。切っても切り離せないものだ。この土地も、城も、わたしは大切に思う。愛しているから」


アウナの顔が真っ青になり、指はぶるぶる震えた。きれいな顔を歪めて、かろうじて声を振り絞る。


「じゃあ、じゃあ……、カペルさんは?どうなるの?」

「彼はきっとわかってくれる。わたしはトゥアナと同じぐらい、彼のことも信じている」


そこにロトが駆け寄ってきた。


「カペルももうすぐ到着します。トゥアナさまも同行されています」

「この騒ぎのもととなっているのは……」

「そんなの、わかってる!」


アウナが鋭く叫んで走り出した。

走りながら階段をかけ降り、頬をこすって涙を隠した。



ウヌワのどちらかといえば小柄な姿がぐうっと伸び上がって石のように硬くなった。


「なめるんじゃないよ、小僧。都会育ちのやくざものが」


いつの間に手にしたのか、真っ赤に焼けた火掻き棒が握られている。


えっまじか。

うそだろ。


パラルどころか、グアズまで瞬時に固まった。

さっき、パラルは書類を手の届かないように見せびらかしていた。

ベルガに変わってセレステの息子、アドラを公爵にすげ替えようという計画なのに、この女は意味が伝わってないのか?お前がいままで画策して育ててきたことじゃないの?

陰火の燃える白髪の公女は、重たい火かき棒をずるずる引きずりながら立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

真っ青になっているグアズに指をたて、糾弾する。


「グアズ!お前までこんな都会の小僧にいいように吹き込まれて、わたしを裏切るのか」

「ま、まっ、待って下さい、ウヌワさま」

「おまえの思い通りになるぐらいなら、その書類ごと、ここなんて燃やしてやるわ!」

「どうした!?なんで!?なんでこうなるの!?」


炎をふりかざして仁王立ちになったウヌワが振り回した火かき棒の先がカーテンをかすめ、二度めの一撃はグアズの脳天をかすめて少ない頭の毛をほとんど焼いてしまった。


「ひいっ、ウヌワさま!」


という声とともにどたりと倒れた小男の体は動かなくなり、パラルは書類をふところにねじこんで後ずさりをする。


気絶しやがった。

それともやられたのか?


「人なんて簡単に動かなくなるのよ」


うっすら笑うウヌワの目鼻立ちが奇妙に整っているのがこんな時に目につき、逆に恐ろしく見えた。


「小僧、あんた人の死体を見たことある?」

「あるよっ、そ、そのくらい!」


後ずさりをしながらパラルはヤケになって叫んだ。ウヌワは鼻で笑う。


「本当にか?死んでしばらくはあたたかいと思うでしょ。起き上がりそうだと思うでしょ?みるみるうちに、あっという間にかたくなるから。教えてあげるわ。おまえの体で!思い知れ」

「いい、いい、いらない!いらないよー!」


何かが走ってきてウヌワの腰にぶちあたった。

だが軽いのでウヌワを倒すほどの力はなく、彼女の頑強な体は少し揺れただけだった。


「ギアズ?おまえ!」

「ウヌワ、やめるですにゃ!これ以上はだめですにゃ!」

「にゃーにゃーにゃーにゃー、うるっさいわ!普通に!」


背後のカーテンが燃え上がり、あっという間に火が広がっていく。

油か?パラルは疑った。


「しゃべれ!」


ギアズの体も放り投げられ、弟のグアズの上になってのびて動かなくなる。

二人が床に折り重なっている場所の上、この地下広間には一所(ひとところ)だけひどく高い場所に天窓がついていて、そこから淡い光が差し込んでいる。

そこから赤々とした炎が見え、火事だと騒ぐ人の声が漏れていた。


ウヌワは天窓を見上げ、ひとり笑いをすると火掻き棒をずるずると引きずってパラルの方めがけて歩きだした。



太子の使者たちが馬車を取り押さえたとき、カペルとトゥアナはすでにその場にはいなかった。途中で馬を乗り換え、馬車を太子夫人へ言づけて返し終えていた。

馬の準備を待つ間、カペルは何気ない風にトゥアナにたずねた。


「そろそろ聞いてもいいだろう」


トゥアナは少し青ざめ、落ち着かない風になった。


「あの文箱の中身のことですの?」

「うん、それもあるけどな」


すぐそこの丘を越えればウラの森がある。

話を聞く気は一ミリもなさそうなラベル軍がいきなり夜襲をかけてきて、短いが激しい戦闘となった場所だ。トゥアナの手紙をはじめて受け取った場所でもあった。


「どうしてソミュール伯がエグル・ラベル、あなたの父上を殺したのかを」


トゥアナが動揺し、真っ青になるのをカペルは気が付いていたが、何くわぬ顔をしていた。


「あなたは知っていたよな、おれたちがあなたの父上を殺していないことを」

「ええ、知っていましたわ」

「最初にあなたの顔を見たときに、知っているんだなと確信したんだ。けど、本当は手紙のやりとりしてた時に、もう分かってたかもしれない」




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