文箱 3
また数回、書簡の運び手を担ったギアズは、ロトの天幕に呼ばれ、直接に話を聞かれた。
彼は素直にこう答えた。
「あたしはトゥアナ様とは赤ちゃんの頃からの長い付き合いですが、書簡の内容は平和的な無血開城であることは間違いないと思います」
背の高いロトと体格のよいサウォークに囲まれると、小男のギアズは小さくなってつぶされそうだ。
ロトは机に手をついて詰問した。
「言い切れますか?姫様は国防軍の受け入れをなさる?ならどうして、意思を開示しないのですか?」
「トゥアナさまは城内に余計な議論を巻き起こしたくはないのです。全権をもって、突然ご自分で開城をお決めになるつもりです」
「どうしてですか?」
「内部の意見が対立しているからです。残った主戦派の一族貴族だけではありません。二女のウヌワさまは、徹底抗戦を主張しています」
ロトの顔がすっと暗くなり、横で腕を組んでいたサウォークが眉を寄せた。
空気がざわめく音がした。
山の一族の合流を待っているのか?時間稼ぎなのか?
何としても情報を引き出したい。
そんなロトの心の声がギアズにもはっきり聞こえた。
「主戦派の貴族と山の一族は敵といえるほど仲が悪いのですよね。同じ一族なのに」
「そうですにょ。手を結んでもう最後のひと戦するかというと、つなぐ線がありませんの。トゥアナ様が救援を呼べばモントルー軍も来るとは思います。ですが、ラベル軍の主戦派は救援の使いなど絶対に出させないでしょう。もともと都に近いのは主戦派の方なのですから、国防軍を受け入れる方がましと思う腹もあるのです。口では勇ましいことを言っていますがね」
沈黙が続き、ロトは苦々しい顔で重い口をやっと開いた。
「なるほど、すべてはトゥアナ姫次第なのですね。山の民と意志疎通ができるのも、こちらと交渉ができるのも一の姫だけというわけだ」
そして無事に開城を迎えた今、ギアズは城内だと言うのに、またまたこの怖い副官二人に取り囲まれていた。
ギアズは手と足をくねらせ、ため息をついたり、辺りを窺ったりしてみせながら、わざとらしい泣き声を出した。
「もう勘弁して下さいなお二人とも。あたしもこんなとこ見られては困るんです!」
怖い長身の副官はお返しに、満面の笑みを浮かべてみせる。
「そんなもう、あなたは和平の最大功労者のひとりなんですからそういう訳にはいきませんよ、ギアズ!いいから教えなさい」
これも精一杯『仲良く』したしわ寄せだ、とギアズは考える。
サウォークがギアズの肩を抱いて耳打ちした。
巨体がぎしぎし鳴るのがギアズの耳元で聞こえた。
「なあ今もそいつら、開城にも反対してた主戦派ってのはウヌワを中止にかたまってるの?」
「そういうわけでもないんですよ」
ギアズは不承不承答える。また辺りをきょろきょろ見回した。
「ウヌワさまは厳格なので嫌われてます」
「そのウヌワとかが、一の姫を暗殺しちゃって自分が実権を握るとかのおそれはないの?」
「まあ、どうでしょうかね」
「開城まではどうだったのです?スムーズにいったように見えますが」
「トゥアナさまが書簡の内容をかたくなに秘密にして、ギリギリまでウヌワさまには悪いように言ってたのですよ。最後まであきらめたくはないけれど仕方のない時はごにょごにょとか何とかかんとか」
「それで?」
「でそこで、ウヌワさまはスイッチが入って皆で死ぬ練習をしましょうとか何とか言って騒ぎだして、自殺のレクチャーをしますの」
「何じゃそりゃ?」
毒か、とロトがつぶやき、ギアズは頷いた。
「それでトゥアナ様がキレる」
「キレるんだ」
ギアズは肩をすくめて見せた。
「もともと、そんなにおとなしい一族ではないですからね。父上とも夫君とも喧嘩ばかりだったし。あ、太子ともめた話は知ってます?」
サウォークはロトの顔を見て、ロトは短く答えた。
「知ってます」
「知ってるんだ」
ロトの顔はいよいよ気難しげになっている。
「そもそも、この戦争になったのも彼女が太子に従わなかったからだという噂もあります」
「そのキレた後はどうなるん?掴み合い?大喧嘩?物別れ?」
「双子の姫たちがよく城下に脱走するし、末の姫同士も喧嘩ばかりなのですにょ、その対応に追われて物別れでうやむやになることが多かったですねえ」
サウォークは天を仰いだ。
「おいおい、どんどん雲行きが怪しくなってる。話が違うだろ。聞いてるとこの一族、ロクなのいねーな!」