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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
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逃亡 3





死ぬほど急げと命令して、太子はもうなりふりかまっていられないと思い、トゥアナを捕まえろと命じた部下たちを先に宮廷に走らせていた。「丁重に引き留めておくように、ただし絶対に」と言われていた。

そして自分も遅まきながら、頭がさかだち、ぼろぼろになって無精髭がはえかけている状態で宮廷に転がり込んだ。

無論、入り口で入れるの入れないだのの一悶着をしていると、皇太后が額にしわをよせ、ひどいしかめっつらをしながら、ひつじ頭を揺らしながら現れた。


「お前、なんてきたない姿なのかしら!どうかしてますよ。いいから今すぐきれいにしていらっしゃい!お風呂にもおはいりなさい。あの子(王)にもこんな姿見せられませんよ?」


心の中で太子は呪った。


ちくしょう、これだってぜったいに(あいつ)の妨害工作だし。こうも都合の悪いことばかり起きるなんておかしすぎる。


「太子さま!」


最近、かまいつけている、五人や十人の何とやらのうちの一人である子爵令嬢が、はしゃいでまとわりついて腕を引っ張ったので、太子はかっとなって暴れそうになるのを抑えつけた。


お前に用はないの!なんで(あいつ)はこういうときに現れないのさ!今、今、今でしょ!ほかのいつなんだよ!


「太子さま聞いて、今日の謁見はたいそう面白うございました。ソミュール伯爵夫人のね、妹さんがデビューなさったのよ」

「あー、アウナだっけ?確かにそれは面白かっただろうさ!どうせ結婚しないって大騒ぎをやらかしたんでしょ?」

「それがね!」


いつもは可愛いと言って機嫌を取ってやる、口に手を押し当てて笑う大げさな身振りと小首を(かし)げる仕草が果てしなくウザいと太子は思った。


「違ったのよ!これがまたね!アウナ嬢じゃあなかったの、身代わりだったんですのよ~!」


アウナじゃないとかアウナだとか、もうほん………っとうに、どうでもいい!トゥアナはどこ!?トゥアナは!カペル!あいつは?


王付の従僕が付き従い、冷静な口調で伝えるうちに、どこからともなく用意された理髪師が髪を整え、顔をふいて髭も()っていったので、太子はいつもの姿を多少なりと取り戻しつつあった。


「カペル将軍は、ラベル地区で暴動が起きたとかでお戻りになられました」

「何っ!?」


太子の顔色が明るくなる。


「じゃあ、トゥアナは残ってるんだっ!?」

「いえ、将軍とご一緒にご領地に戻られました。ご自分で将軍の後を追われたようです」

「なんで?」

「なんで?もないもんです」


皇太后が冷たく言う。


「おまえ、あの()はね、年甲斐も身分もなく、あの平民出の将軍にすっかり参ってしまってるようよ」

「若くって野性的ですもの!きっとすごく素敵だったのね(暗黙のうちに何かを(ほの)めかしていた)、それですっかり参ってしまったのね~!やだぁ!伯爵夫人たら」


まさか。

意地悪な女たちのあからさまに話を盛った噂話の前で、太子は顔色が紙のように真っ白になっていた。


「まさかそんな、ははは、悪いじょうだん」


ちょっと手を出されて、一度や二度ぐらいそうゆうことになったからってあの子がそう簡単に……。

ぼくのトゥアナ。

まさかのとんびにあぶらげだ。

あの子がまさか、まさかカペルに本気になるなんてこと、あり得ない、あるわけがない……と思っていたのが間違いだったのか?


だって平民だぞ!?

嫌がって悲しがって、太子さま助けてって……来るもんだろ、普通。

カペルを焚き付けたのは自分だ、ああ確かにその通りだ。だってちょっとトゥアナに意地悪をしたかった。ひどいめにあっちまえってちょっとだけそう思っていた。(おとし)めたかった。

だってあんまりいうこときかないからさ!あの子が!


髭を整えようと伸ばした理髪師の腕を乱暴に跳ね飛ばしたので、相手は危うく剃刀で手を切ってしまうところだった。

すごい勢いでもう一度入口を駆け抜けて、随身の部下たちに厳しく言い含める。


「トゥアナはこのまま都にとどまらせる。絶対に見つけてこい。カデンスのお母さんとこに寄るだろ。今そっちにお使いをやってる。確保してそのままぼくの館にスライド。いいね 」


太子は足踏みをして怒鳴った。



「あの子はカペルにもベルガにも渡さない!」


その時、先回りでカデンス家にやった使いが顔をのぞかせた。


「帰りは母君の所には寄られずにそのまま領地に戻るとご連絡があったそうです」

「のーー!!!捕まえろ!!!」



あっちこっちを探し回る太子の配下をうまく抜けて、太子夫人に導かれて廊下を急いでいると、出口には老人が待っていた。横にはテヴィナが笑顔でちょこんと控えている。


「ロージン卿」

「君たちは太子につかまってはいかんですな」

「トゥアナおねえさま!アウナによろしく言ってね」


急いでテヴィナに別れのキスをすると、卿は顔をほころばせた。


「こんな可愛いかたを粗略にはしませんぞ。決して、彼女の嫌がることなどいたしません。お約束いたします」


トゥアナは貴婦人の礼をした。


「侯爵、以前からの数々のご無礼をお許し下さいませ」

「構いませんぞ。昔からわたくしはあなたのファンですからな」

「こっちへ!わたくしがご案内いたしますわ」


太子夫人が手招きをした。

先に立って、複雑な王宮の通路を左、また右にと曲がっていると、慣れているはずのトゥアナもさすがに目が回ってきて、どこにいるのかわからなくなってきた。夫人がいなければここまですんなりは来られなかっただろう。

数名の兵士が、誰だ、止まれと声を上げながら廊下を走ってきたが、太子夫人がばいん、ばいんと突撃しながら肉弾戦で(はじ)き飛ばしながら邪魔をする。


()っよ。めっちゃ鍛えてるやん」

「体術が好きなんですの!もう二度と都に顔を出さないでくださいませ!」



パラルはふくれっ面をしていた。


ベルガを暗殺する合図を無視したくせに、アギーレは蛙のつらに水といった顔でしれっとしていた。


え~?人一人()っちまうのに、あのきたねえ小僧を殺るようなわけにゃいかないだろ!よりによってトップだぜ?そんなにうまくいくわけないだろ~。お姫様に邪魔されちゃったし。ロトに睨まれたら、お前だって動きにくくなるだろ?


パラルは、「きたねえ小僧」、つまりオノエが女子で姫だとは思いもしなかったので、アギーレが始末をしたとまだ信じている。

なので、そこまで深く疑いはしなかった。


まあいい。

書簡は彼の手の中にある。この書類があれば、たとえベルガが生きていてもひっくり返すことはできる。今度はあの太子を持ち上げてやればそれでいいんだ。カペルを泣かせてやることだってできる。

毒の種は()いておいた。

たくさんまきすぎて、ちょっと自分が踏まないように注意しないといけないくらいだ。



「だいたい、トゥアナさまは夫君と不仲だったからといって、小公子の本当に正当な権利を奪う権利などないはずだ!いくら妹に復讐するためとは言っても、完全に無視するとは執念を感じる。やはり女は女だ」

「トゥアナさまはそんな方じゃない」

「敵をたらしこんで、まんまとモントルーとベルガをこの城に引き込んだんだぞ!お前だって嫌がってるじゃないか!」


城の一角、こんな場所を誰も知らないような隙間で、二つの影が性急に囁き合っていた。


「もうこうなったら仕方ない」

「やるのか!?やるんだなっ!?」

「だからそう、血なまぐさいことばかり言うのはやめてくれ。下手をすれば戦争になってしまう」

「お前は甘いんだよ!最初から戦争なんだ!!」


影の一つが頭から湯気を出して声を高くし、もう片方に口を抑えられて沈黙した。

最初から静かな方はずっと、よほど耳をすませなければ聞こえない程の低い小さな声で、すぐ声の大きくなる方とは対照的だった。


「何とかして出て行ってもらう方法を考えないと。そのためにはやっぱり、ぐうの音も出ない正当性を何とかして分かってもらわないとならない」


カーテンの影が揺れ動いて、用心深く顔を出し辺りを伺ったのは、まあ予想通り誰でもわかるようにギアズだったが、またすぐにしゅっと引っ込んだ素早さはさすがに密談に慣れている様子を伺わせた。


「よりによってあのガキ(これはパラルのことらしかった)に証拠を握られている。

だが、奴は使うことはできるはずだ。元老院へのつてもある。病弱で折り目ただしいことが好きな王様に僕のルートで直接訴えられるよ☆とかなんとか言ってやがった」

「でもベルガは邪魔だよね!ともな」


──それは君たちがなんとかすることだろ?


天使のように微笑んだその顔に悪意はまったくない。


「彼は悪魔だ……」

「都の人間は悪魔と同じ、モントルーは獣と同じだ。おまえがやたら気を使ってる、あの悪魔の兄貴 (これはカペルのことらしかった)だってな、悪魔と同じだぞ!?」


声の低い方は重苦しく言う。


「とにかく、うちのかみさんを巻き込まないでくれたらそれでいい」

「だ~か~ら!巻き込んでないだろうがっ!あの人の手助けがあれば、 赤子の手をひねるようなものなのに……」


あの人?

この一角にまだこんな身をひそめる隅があるのだろうかと怪しむような場所から、影のようにほっそりした美しい女性の姿が現れた。怪訝な顔をしながら、音もなくまた影に身を潜めて歩き去る。片方はギアズだ、間違いない。あの声を間違えるはずがない。だが話しているのはったい、誰?そして、あの人とはいったい、誰のことなのだろう?






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