露見 3
一時期、ベルガの危機に騒然となりかけた周囲だったが、アウナの姿を前にしてそちらに気を取られて自然と静まっていった。
今は質素な兵士の恰好をしているが、もともと美貌の彼女だ。ベルガの危機にひとみはきらきら燃え、彼を絶対に守るという決意に満ちた態度が、ドレスを着ているよりもずっと美しく見えた。
アウナはベルガから離れ、大声で叫んだ。
「お前たち、モントルーの一派がこのままベルガを殺すため、その盾でわたしを押しつぶすというならそうすればいい。わたしは絶対に引かない!ラベルの民の血を流すことは許さない。ベルガが許さないと言ったのだから」
「アウナさま!あなたならモントルーの心をわかって下さると思っていた」
ワベアの顔が赤黒く真っ赤になって、足を踏み鳴らして怒鳴った。
いつもいつも、あのトゥアナさまといい、アウナさまといい、このラベルの姫たちは、騒いで欲しくない時に騒いで、予定調和やこうして行くべきだろうという思惑、路線を全部ぶち壊していく。
娘はすらりと剣を抜いてワベアの喉元に突きつけた。
「お前たちの意固地さで、この国が争っているのはベルガのためにならないことがわかった!反対の者はみな、山に帰ればいい」
「よおーし、待った待った待ったぁ~っ!」
ふうふう言いながら、第三部隊をまとめあげたサウォークが巨体を揺らして走ってきた。この界隈で見慣れた彼の姿は、さらに事態が収まりつつある雰囲気を高めていった。
バリケードを解体しかけている者たちもいる。その中には必死になっている鍵師の姿もあった。ここにはわしの婚約者の仕事場があるんだ、騒ぎは困る!と話しかけている。
「ベルガは無事!おれもここに、武器はねえ!もってない、ほら、ほら!」
サウォークは太い大手を広げて上に掲げて見せた。ベルガは無事だ!無事だ!というささやきが群衆の奥の方まで伝わっていく。
「いいか、おれらは介入したくない。だがおまえらがおっぱじめたら、介入せざるを得なくなる。この街はめちゃくちゃだ!そんなことしていいのか?おれはしばらくここにいて、あっちこっちの連中と飲んだし話も聞いたよ!喧嘩もあるが大事なのはそいつを続けるんだ。話を聞くのを、続けるんだ。飲みだよ!」
アギーレが上機嫌で合いの手を入れた。
「まだはええわ!陽が高ぇだろ!どんだけ飲みたりねえんだよ」
◇
「て、て……テヴィナ!?」
大広間にロージン卿の手につかまって、しとやかに礼をしたのは、ラベル家の末子である、テヴィナだった。
「あ、あなた何考えてるの!?」
テヴィナはぎゅっと口を結んで、反抗的な顔つきをした。
いつも庇護下にいてかわいがっていたはずの妹のそんな表情を見て、二重三重の意味でトゥアナはショックを受けていた。
興味をもってめがねを手に、ひつじ頭の皇太后が身を乗り出してじろじろ眺める。
「あなたがアウなんとかでしたっけ?」
「テヴィナです。テヴィナ・ラベルと申します。エグル・ラベルの七番目の娘でございます」
「いや……その……あの……」
トゥアナはあまりの衝撃に口がうまく動かなかった。
「こ、こ、この子は、まだ子供ですので……」
「わたし、子供じゃありません。先日で、もう16歳になりました」
トゥアナが質素な恰好で宝石もあまりつけていないのと対象的に、テヴィナは素晴らしいドレスと宝石を身に着けていた。若さがその輝きに負けず、いっそう引き立ててとても美しく見えた。
あどけなくテヴィナは周囲を憧憬のまなざしで見上げ、そしてつかまっているロージンの顔を見上げてほほ笑んだので、卿もにこやかにお辞儀して答える。
「キラキラしてとってもすてき。こんな素晴らしい場所は見たことがありません。さっきから、この方がずっと案内して下さったの」
「皇太后さま、とても可愛らしいかたでしてな」
「まあ、ロージン。あなたったら、さっそく(未来の花嫁と)そんなに仲良くなってて……!いいわ、いいわ!いいことですことよ~!!」
◇
アウナだと頭からずっと思い込んでいたトゥアナがカデンス家についたとき、この子はわたくしが引き取ります、とトゥアナの母は言った。
カデンス家の奥に導かれたとき、テヴィナはやっとかぶっていたフードを取ってひといきつくことができたのだ。
ずっと黙っているのが不安で、いつトゥアナとカペルに気づかれるかもしれないと、旅の間じゅう、緊張の連続だった。だが、思ったよりもずっと自分の体は成長していたのだ。アウナとほぼ変わらない背格好になっていた。
それから、静かなテラスの方におずおず、近づいた。
白い大理石の趣味の良い宮廷貴族風のインテリアを眺め、テヴィナはやっとほっともいう一度ため息をついた。
すると、テラスにはニコニコした上品な笑顔のおじいさんが座っていた。
テヴィナを見て、立ち上がると丁重にお辞儀をする。
上品さや服装や態度から、テヴィナにも彼が従僕などの類ではなく、客人だということを理解した。
逃げ出したくなる自分を押さえ、腰をかがめて習ったばかりのぎごちないご挨拶をした。それから、あっと思い返す。顔を見られちゃった!
「大丈夫ですよ。退屈ですからなあ」
テヴィナと彼は、テラスの上を見上げると、には彫刻と絵が隅から隅までぎっしりと埋まっていた。
「天井に絵があんなに細かいの。すごいなって思ってましたの」
「あれはね、伝説の金色の鳥なのですよ。まぼろしを追い求める人々の夢です」
「すてき!」
そして、にこにこ顔のおじいさんを振り向くと、テヴィナはにこやかに言った。
少女らしい、天真爛漫な態度だった。
「あの、あなたはとっても、やさしいのですね」
「おや、自分ではいたって普通のつもりなのですがな」
「お父様は怒鳴ってばかりだったし、みんな意地悪なの」
「ほぉう、それは大変でしたなあ」
「あ、わたくし、テヴィって言います」
もう一度、今度は少しスムーズにお辞儀をするテヴィナを、老人は少しまぶしげに見守った。
「おじさま、ここは何?」
「孔雀の間ですな、ちょっと来てみてごらんなさい」
「えっ、でも大丈夫かな」
「かまわんですよ、どうぞどうぞ」
「わぁ、なんてきれいなの!すごいわ。見たことのない景色!」
テヴィナは夢中になって次から次へと邸宅の広間を観察して回った。
前にカデンス家を訪れた時はまだ小さく、トゥアナとトゥアナの母にくっついたまま、こんな風に見て回ることなどなかったような気がする。
「わたくしね、おねえさまの身代わりになったんです」
「あなたはお可愛いらしいだけではなくて、そんな勇気のあるかたなんですな?」
「おねえさまやアウナはどうして都を嫌がるのかしら。どこもかしこもキラキラして、魔法の世界みたい」
「そりゃあ、見かけよりもきれいなことばかりとは限らんですよ。おねえさまがたは正しいです」
「あなたもいやなことがあるの?」
「長く生きていれば色々とね」
◇
明日はアウナも含めて、カペルとトゥアナが都へ向けて出発するという日、下の姉妹たちはみなで額を集めて相談していた。
「オノエが行ってくれるっていうのは結局、だめなのかしら」
アウナの、絶対に自分は都になんて行かない、結婚もしないという固い決意の前で、オノエが行くと言い出していたのだが、ニマウが泣きながら止めていた。
「もう、ウヌワは厄介払いできるなら何でもいいっていう感じだった」
「オノエ!やめてお願い、考え直して」
「だって侯爵だよ?ランクアップだよ、大逆転。短くても一生付いて回る侯爵夫人レーベル。断るなんてアウナはばかでしょ」
「ほんとに、ほんとにそう思ってるの!?」
ニマウの涙をためた目の前に、オノエは赤くなってそれから辛そうな顔になり、果てはうつむいてしまった。
「無理しないで、オノエ!そんなところで暮らせっこないって、あんたが一番よく知っているくせに!」
「ニマウ……」
「ねえ」
テヴィナはおずおず、口を出した。
「わたしが行ってはだめかな」
全員が、これまでいないような扱いをしていた末子のテヴィナの方を見た。
「テヴィが?」
「さすがに、若すぎるでしょ……」
「昨日ね、こんなお手紙が来たの」
テヴィナが差し出した手紙を、全員がのぞきこんだので、さまざまな色の髪が床の上で混ざり合った。
「カデンスの奥方さま、トゥアナのおかあさまからなの。あの方はいつも優しかった。私の気持ちを考えて、よかったらいらっしゃいって言うの」
◇
カペルは宮廷で、卒倒しそうにショックを受けているトゥアナには気づいていたが、ここは心を鬼にして知らないふりをしていた。
カデンス家でトゥアナの母が、あなたを頼ると言って打ち明けていたのはこのことだったのだが、今は仕方がない、後でフォローするしかないだろうと思う。
それに、この事態については、もっとちゃんと説明できる人が今、近づいてきている。
「皇太后さま」
「あら!お久しぶりですこと。」
トゥアナの母が立っていた。
その姿はさすがに優雅で、年をとっても美しく、女王の貫録があった。
落ちぶれかけているとは聞いたけど、さすがにこの日のために精一杯着飾って来たのね、と皇太后はひそかに腹の中で考える。
「テヴィナ・ラベルは7人姉妹の末娘。おなかを痛めて産みました、わたくしの実の娘です。エグル・ラベルはね、別居したあとも都に来ては、わたしの家に訪れていた。離れていたけれど、楽しかったのよ」
ざわめきが宮廷の貴族たちの中に広がった。
「あなたとエグルは別れたとお聞きしていましたけど、正式ではなかったのね」
「離婚は結局いたしませんでした。アウナの母が結局、実家へ帰りたがったのもそれが原因ですの」
皇太后は、ぽん!と手をたたいて目が輝いた。
ひつじ頭が揺れ、扇子でトゥアナの母を指した。
「そうだわ!しばらく体調が悪いと何か月も休んでいた時があったわね。ご出産だったのね、あらまあ!」
「仰る通りです」
トゥアナはあんぐりと口を開けたまま、初耳であるこの話を右、左と顔を動かしながら聞いていた。
あの城の中のことは、ウヌワが知らないことでも自分は何もかも知っていると思っていたのに!
おかあさま!おとうさま!
「あれほど生涯をかけて望んでいた男子ではなかったので、エグルはがっかりするかと思ったのですわ。こっそり里子に出そうかと相談しましたら、ラベルはじっとこの子の顔を見て、自分の子だから自分が育てると言いましたの。そして、わたくしに一緒にラベル城へ戻ろうと言ってくれたのですわ」
◇
幼いテヴィナはカデンス家に連れていかれたときはいつも、トゥアナの母は抱き上げてほおずりしてくれた。
なんてかわいいの。だいすき。とてもかわいいわ。
「そう言って、とてもかわいがってくれたあのかたが、わたしの実のおかあさまだったの」
オノエとニマウが口をあけて、テヴィナの顔を穴があくほど観察した。
「うそ!じゃあ、あんた、両親そろってトゥアナねえさんの実の妹ってことなの?」
「これで何となくわかったわ。離婚してないから、ウヌワ、セレステからわたしたち二人まで、全員、私生児ってことよ」
ニマウのその身もふたもない言い方にオノエはぎょっとした。
「これまで、トゥアナとアウナだけは正妻の子って感じで何となく扱いが違って威張ってると思ってたのだけど、本当はテヴィナだったんだ」
「トゥアナねえさんはそんな区別なんてしないよ!」
「王宮の人間はするよ。ひどかかったって聞く」
「誰になのよ!」
「ウヌワだよ」
この知らせにショックを受けるかと不安げに振り向いたが、アウナは落ち着いていた。
大きな澄んだ茶色の目がまつげの下で輝いている。わたし、わたしこれでベルガのそばにいられるんだ!
「テヴィ、本当に入れ替わってくれる?オノエ、ニマウ、手伝って!準備をしましょ」
◇
「あのとき、エグルが一緒に戻ろうと言ってくれたとき、断っていなかったらこんな未来はなかったのではないかと考えてしまうのです。たまにエグルが訪れてくれる、その生活があまりにも楽しくて、壊したくないと思ってしまったのです。あの人が危機にあるとき、そばにいてあげられなかった……。つまらない意地を張って、わたくしは、大切な夫を失ったのですわ」
テヴィナの髪を撫でながら、トゥアナの母は目を潤ませる。
周囲の貴婦人たちも、(ふりだけかもしれないが)目をハンカチで抑え、沈痛な顔でささやきかわしている。
トゥアナの母は、腰をかがめるとテヴィナの両手を取り、顔を傾げて真剣な顔でたずねた。
「テヴィナ、どうなの?このかたがお好き?」
「ええ!」
テヴィナが力をこめてきっぱりと答えたので、皇太后のみならず、ロージンの顔もほころんだ。
「このかたのおうちに少し、ご厄介になってみる?」
「いいの?おじさまのたくさんのお話をお聞かせください」
「まあ~~良い子!さすがに純血種という感じだわ!」
皇太后が左右に身もだえしたので、ひつじ頭が左右に激しく振られて、髪に引っかかっている金のティアラが落ちそうになる。
まだショックから冷めやらず、状況に完全に置いて行かれているトゥアナは、やっとのことで小さく反対の意を表明してみた。
「テヴィナはまだ若いんですのよ。分別もありませんわ」
「分別なんて」
おほほ、と皇太后は扇子で口元を隠すと笑った。
「あなたは幾つになっても、ついてないじゃありませんか」