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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
143/162

露見 2





一般人が避難しようとして大混乱になっている中を、ニマウは慎重に進んでいた。口論から騒乱になりそうな場所をさけ、裏道から裏道を通って、ちょうど城へ行く方向でベルガたちがふさいでいる場所の裏手までもぐりこめたとき、一本道の人気(ひとけ)がない場所で、ばったりと顔を合わせてしまった相手がいた。


「あれ?おまえ」


パラルだった。

ニマウは一瞬気を抜いて、無防備に彼の前に姿をさらしてしまっていた。

細くて見栄えのいいパラルは、小綺麗な格好をして落ち着いており、この大騒ぎの中、服装も髪型もまったく乱れていなかった。

パラルはパラルで、双子の姫が男の子のような格好をして走り回っていることなど気にも止めていなかった。

なので、先ほど片付けたと思った相手が目の前に二度現れた驚きに、穴の空くほどニマウの顔をじろじろ眺めることとなった。


「あいつ、お前を始末してなかったのか?」


ニマウはオノエと間違われることには慣れていたから、瞬時に意味を理解した。だが、事情を飲み込むまでにはかなりの時間を要し、そしてわかった時には、唇まで白く、真っ青になっていた。


「いや、でも服装が違うな。お前は誰だ?」


パラルな逃げ道をふさいでじりじりと近付いてくる。そして、ニマウが固く縛った何かを、とても大切に懐にしまっているのに目ざとく気付いた。


オノエを殺した?オノエが死んだ?

ニマウの頭の中はぐるぐると渦巻き、吐き気が込み上げてきた。倒れそうになる体を支えたのは、激しい怒りだった。


「お前か?お前がやったんだな!」

「ははぁ、やっぱり兄弟か。双子だな?お前たち」

「死んでも許さない」


剣の腕はオノエにはかなわないニマウだったが、脚には自信がある。ぱっと土を蹴りあげて背後に回り込み、小刀を抜いてとびかかる。

だが次の瞬間、細い腕はすごい力でギリギリ締め上げられていた。刀はぼろりと手から落ちてしまう。

パラルはにこやかに(あざけ)った。


「僕はこの外見だからみんな舐めてかかるけど、そこんとこきっちり改めてもらいたいよね。体術だって剣の稽古だって欠かしたことなんて一度もない」


器用に猿ぐつわをかませたニマウを小袋のように抱えて、パラルはその近辺にあった倉庫に使われていに小屋にった。

人足のような男が驚いたような顔でお辞儀をしたところを見ると、どうやらパラルが使っているようだ。


「パラルさま?」

「ちょっとこいつを抑えてて」


パラルはニマウの懐の束を探った。彼女は怒りと恐怖をこめて、渾身の力で暴れたが、書類の袋は奪われてしまった。


パラルはざっと目を通して、ニヤリと笑った。


「なぜおまえがこんなのを持っていた?締め上げて吐かせてやるからね」

(もちろん 直接やるのは僕じゃないけど)


パラルの冷たい表情に浮かぶ冷酷な笑顔を見たとき、ニマウの恐怖は消え、真っ黒の怒りが心全体を塗りつぶした。そこには、オノエを守れなかった自分への怒りも含まれていた。

あの子じゃなくて、僕が行けばよかったんだ。僕なら絶対に逃げ切れた。この足の速さはオノエにも負けない。僕が、僕が……もっとしっかりしていれば!

細いように見えて驚くほどの力を持った脚がしなやかに跳ねて、鮮やかにかかと落としが決まり、パラルの部下は頭を抱えて床に転がってしまった。

すごい早さで飛び起きたニマウは、机の上で渾身の力をこめて跳ね、ひととびでパラルの頭を超えて扉まで着地していた。


僕の足を舐めるな!

あっという間に、ニマウの姿は垣根の向こうへ消えていた。


「ほっとけ!」


何人か追おうとしたが、パラルの鋭い声が止めた。


「あいつは小物だ。お使いが失敗したんじゃ、親分に顔向けも出来ないだろうよ」


おおかた、グアズあたりの手下なんだろうし、とパラルは自分なりに目星をつけていた。

こいつがぼくの手にあると知ったら、少しは考えるだろうさ


パラルは手元の書類をもう一度確認した。

恐らくこの中で最も利用価値が高いのは出生証明書、ソミュールのトゥアナとの離婚届、セレステとの再婚届!

伯がここまで準備していたとは驚いた。

こいつは いくら仮面夫婦だとは言っても、妻としての沽券に関わるから、認めたくはなかっただろう。トゥアナが破り捨てなかったのは奇跡だ。

カペルなら、トゥアナはそんなことは関係ないと抗議しただろうが、パラルには関係なかった。

王が病に倒れる前に、サインをもらったのか。ソミュールは元老院につてが多かったからな。


あとはこれだ。

エグル・ラベルが遺した金山の調査書!

ふところから印影を取り出して確認する。

うん、本物だね。

うまい汁を吸い(そこ)ねた商人の無念が、パラルの少女のような長いまつげのひとみにめらめらと燃えた。


ないってはっきりわかればいいのさ。僕さえわかってればね。噂をエサにして、知らない奴らを躍らせることはできる。とりあえずこいつはないほうがいい。


パラルはめったにそんなことはしないのだが、自ら火かき棒を取って暖炉の火を(おこ)し、金山の調査書の書類を投げ込んで、完全に燃えてしまうまで見守った。燃えた後は灰までかき回すという念の入れようだった。


この出征証明書があれば、あの子はエグル・ラベル公爵の血を引く唯一の男子。跡取りになれる。よし、このどさくさで、ベルガにはいなくなってもらおう。


「アギーレにこれを渡しな」


普段、城や宮廷にいるときの、なんとなく愛嬌のあるお育ちがいい丁重さはかけらもなく、態度もぞんざいでまるでやくざの親分だった。

紙には文字は何もなく、ただ赤丸が大きく塗られている。暗殺の合図だ。


「めちゃくちゃになった方が後はやりやすい。とりあえず僕らは離れよう」



宮廷の大広間は、変わらない(きら)びやかさだが、トゥアナは何となく普段よりも輝きを失っているような気がしていた。

ここ、こんなに小さな狭苦しい場所だったかしら?

いつもなら圧倒されまいとして気を張って堂々としていたように思う。すべてに気負いが抜けて、冷静に見ることができるようになっていた。

モコモコのひつじのような頭の皇太后が冷たい笑顔で見下ろしている。病み上がりの陛下は疲れた様子だ。


そして、思ったよりも二人に対する視線もあたりが柔らかいので、トゥアナは怪訝に思った。ひそひそ話もなく、軍の将軍連中がカペルを囲んで、満面の笑みで口々に何かを話しかけている。

無論、顔をしかめている高位貴族たちもいたが、今日は何となく空気が違っていた。

ラベル地区を平穏に開城したこと、モントルー軍を城下に入れなかったこと、早めに後継者を決めたことが、評価につながっているのだった。


「都でなら部隊長どまり、せいぜい将軍で引退できれば名誉なこと。そのうえカデンスの血を引く未亡人を射止めるとはな、よくやった」


太子の命令ではなくて、トゥアナ自身がカペルに惚れ込んでいるのだと、噂になってしまっているらしい。出所はわからないが、今のトゥアナにはどうでもよかった。

彼は屈強で頑強だが容易に屈する様子はないし、気さくで若さが気持ちがよい印象だった。

彼は好かれているんだわ。

トゥアナは誇らしさで胸が高鳴り、すっかり恋に落ちて潤んだ目でほれぼれとカペルを眺めている。彼女の気持ちは傍目(はため)から見ても明らかだった。

いつも辛辣で意地悪な夫人連中も、(ねた)みを隠してそんな宮廷の空気に乗っかってトゥアナに親しげな口をきいていた。


「妹(ぎみ)がいらっしゃいましたぞ」

「まあ、あなたがトゥアナの妹なのね?」


皇太后がひつじ頭をふりながら、満面の笑みでトゥアナの背後に話しかけた。

気が重い一幕が始まるのだと思ってトゥアナはため息をつき、振り返った。

そして、驚きのあまり目を丸く見開き、おまけに口まで開いてその場で固まってしまった。



双子の実家は本筋の大通りよりもそれた、複雑に入り組んだ多くの道の中にある。屋根の上からはよく見える、その大通りの道沿いに、ラベルとモントルーのニ派はお互いに陣取って睨み合っていた。家々を壊した廃材でバリケードまで出来、死んだような静けさの中にお互いが息を詰めて様子を窺っている物々しさがある。口論をして騒いでいる時より、はるかに恐ろしい緊張感があった。


ベルガは制止もきかず怖がりもせず、ど真ん中の中央へつかつかと歩いて出た。

抜き身の剣を下げたアギーレが側についており、若い警備兵も眼を配っている。


「グアズ!ワベア!二人とも出るがいい!」


しぶしぶ、両名が大通りの真ん中へ進み出る。アギーレが半ば感心したように言う。


「ご存知だったのかい?」

「ロト殿に伝えられていた」


その名前に、アギーレの顔がわずかに動いた。それは恐れだったかもしれない。ベルガは気づかないまま、二人を向いて大声で叱責した。


「お前たちは、なぜこんな風に争いの種を()くのだ!お前たち二人が、お互いの一派を扇動していることは知っている。こんな騒ぎは決して許されることではない!」


その時、あたりにお辞儀をしながら、伝令らしき小者がひとり、周囲に遠慮するようにぺこぺこしながら腰をかがめ、小走りで走ってきた。

アギーレに紙のメモを差し出す。その紙に何の文字も書いてはいなくて、暗号らしい赤丸だけがついているのを、警備兵は見逃さなかった。ベルガの説教を聞きもせずに、グアズがその赤丸を食い入るように見ている。口元がわずか歪んで、指が奇妙な恰好にぴくっと動いた。


「よいか、同時に引かなければならぬ」

「ベルガ!」


アギーレが抜き身の剣をわずかに動かすのと、警備兵が悲鳴のような声をあげてかばうのと同時だった。

フードが落ちて、肩からは髪が雪崩のように広がって、暗殺者の目をくらませた。

鋭い金属音がして、ベルガはよろけ、血相を変えてワベアがアギーレに食ってかかる。


「貴様、貴様、ベルガさまを狙ったな!」

「じょう~だん」


足元に叩き落された飛び道具のナイフを拾い上げて、アギーレはにやりと笑う。


「おれはベルガの命を守ったんだよ?感謝してもらいたいぐらいだな」


そして、ベルガの方を振り返る。


「とはいえ、びっくり。ずっとベルガにくっついてたあんた、警備兵かと思ってたら、女だったんだね。こんなとこにいていいのかよ?」


ふいをくらったが、ベルガは踏みとどまり、その背中に守るように抱きついている三女のアウナが、全員の目の前に(あら)わになった。




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