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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
142/162

露見 1





「ベルガだ!直接()やがったか。これでおさまるか?」


感心感心。

さっきは用心して自分で飛び出さないようにしたことを棚に上げて、サウォークはベルガの姿に何度もうなずいた。そうでなくっちゃな。なんつってもここは奴らの土地なんだから。

ベルガは、ちゃんとカペルとの約束通り自軍は使わなかったようだし、背後に従えているのは、ロトの信頼の厚い士官で、(にら)みをきかせている。

だが四方が見える屋根に登っていたニマウが、悲鳴のような声を上げた。


「あれは正規軍だ。何やってんの止めろよおじさん!」


別部隊が裏でモントルー派に加担し、打壊しをしているのを見た。


誰が命じた?誰がやってる?

よく見たらあれは第三部隊、おれのだからおれが行くしかねえ。


「よっしゃ!ここは俺様がひとつ、服を脱いで見せるとするか!」

「何てことするんだよ変態!信じらんないこんな時に!」

「もしかしたら一肌脱ぐって間違いだろ、それを言うなら」


デリアが冷静に突っ込みを入れるのをよそに、サウォークは大真面目で話し続けた。


「奴らは大丈夫だ。合流できりゃ治められる。だが、ここにこの紙束を置いとくのは危険すぎる。いつ燃えちまうかわかんねえ」


サウォークはニマウを振り向いて、ガシッと肩を掴んだ。


「ニマウ、おまえしかねえ。この袋を何としてもロトに届けるんだ。絶対に白髪のおばちゃんにも、モントルーたちにも渡すなよ。こいつはどっちにも都合がよくて、都合が悪い書類だ。公平にものごとを見分ける、第三者でないとだめだ」


ニマウは、オノエが心配で気が気でないのはわかっていた。城に行って確かめたくてならないのだ。何としても城に辿(たど)り着こうとしてくれるだろう。地の利にも明るい。双子の片割れは顔を白くして(うなず)いた。


サウォークは、デリアを従えて(下手な部下よりもよほど圧迫感があって役に立った)大声を上げて居場所を知らせると、部隊同士で使う口笛を吹き、手を振って知らせた。

打壊しをやめさせ、通常の治安維持の手順に戻ったのを確認した背中に、足の速いニマウの白い影がさっと走り、城へ向かう裏道を抜けて走り出していた。



そこには完璧な宮廷の貴婦人が立っていた。もう黒服は着ていない。飾りの少ない簡素なドレスで控えめにしていても、女王のように超然と気高く立っていた。

頬を赤らめてトゥアナはカペルに寄り添った。その顔に何の影もない。


「太子さまは来られないんですってね」


その知らせはトゥアナの心も軽くしたらしい。彼女は親しげに腕をまいた。


丁重なマナーや、控えめな仕草、その後ろに隠れた本音が見えないやりにくさ、人の悪さが顕在化した時には。恐ろしいほどの暴力となって突き刺さる。


トゥアナ?ああ、いなか貴族の娘でしょ。

公爵なんてご大層な、あそこは奥方も平民出が多いのよ。

田舎の村娘がまあ、縁談ですって!本人はいいけど、押し付けられる侯爵さまも災難よね


大広間へ進みながらトゥアナはカペルにささやく。


「アウナはおかあさまが連れてくると仰ってましたが、あの娘がおとなしく結婚を承知するとはとても思えませんの。一騒動起きるのではないかと心配です」


以前は、ほぼ有力貴族の面前だったから内々に話を進めほぼ八割方決まっていたのに陛下からたしなめのお話が入った。陛下はあまり本人同士の意図にそぐわない縁談を好まれない。今度もアウナ本人が言上すれば何とかなるかもしれない。


「わたくし、わかっています。前ならわたくしが自分できっぱりとことわりました。アウナは自分の口で言いますわ。そういう子です」


カペルは黙って聞いていた。トゥアナが謁見前にもう一つ話したがっていることがあること、話そうかどうしようかと思案しているのを感じていた。

トゥアナは迷っていた。

何もかも表沙汰にしなくても、そんなことしたらお互いをひどく傷つけ合うることになる。あそこでみんな暮らせなくなる。そもそもウヌワもセレステもあそこの土地以外に暮らせる場所なんてない。みんなで喧嘩しながら、みんなで力を合わせてやっていくしかないのだ。

でももし、正当性を盾にしてベルガに向かい、争いが起きてしまうようなら……。

カペルには 打ち明けてしまおうか?

その時、カペルは出し抜けにこう言った。


「文箱の中身、あれは、ウヌワたちに都合が悪いものなんだな」

「え、ええ……」

「あなたはとどめをさしたくないんだな」


トゥアナは半ば蒼白になっていた。


「わかった、もう聞かない。だが心配いらない。ロトもサウォークも、あの二人は、俺を抜かして 太子に言ったり、公表したりはしないよ。あの二人は絶対に、あの土地も箱も治安もベルガも守る」


トゥアナはぎゅうっとカペルの手を指をからめて握った。

ロージン卿が二人を導いて、大広間へと進む。



トゥアナは、あのとき、東屋(あずまや)でひとりになって考えようとした。

太子が来たことを誰も彼女に知らせはしなかったので、トゥアナは何も知らないまま、頬杖をついて考えこんでいた。

そんな場所に、太子は抜き足差し足忍び足で、しかし出来る限りの速さで近づいたのだった。


まず最初に太子は、わりと大きな屋敷ほどもある大きさの東屋(あずまや)をぐるっと回って、本当に人が誰一人いないかどうか確かめた。

それから中を伺ってみた。

ドアを叩いたりなどして、反応を確かめようかと考えたが、思い直してやめた。驚かそうと思ったというよりは、逃げられるのが嫌だったのだ。

そっと掛け金を試すと、鍵はかかっておらず扉はゆっくりと開いた。


「トゥアナ……」


太子は一つ一つの部屋に確認しながら気持ちが悪いほどの猫なで声で呼び掛けていった。


「トゥアナ、いる?僕だよ……」

「あら、誰を探していらっしゃったの?」


よく聞き覚えのある、くぐもった小鳩のようなささやきを背後から聞いて、太子はぐるっと振り返った。

そして、そこに立っている貴婦人の姿を見て、目の玉が飛び出るほど瞳を見開き、口をあんぐりと開けてしまった。


「……お、お、おまえ、こ、こ、ここで何を?」


そこに立っていたのは、恰幅が良くてバインバインと胸とお尻を揺らしている、太子の正式な妻である、太子夫人だった。


「今日は一日、ここにいたのですわ」

「一日!?おまえが、カデンスの家に?」


あんなに毛嫌いして、近付こうともしなかったのに?


「ええ、それで沢山の話を聞いて、色んなものを見ましたわ。それでいろいろわかりました」

「ほう」


完全に顔が無になっている太子をよそに、太子夫人は、少しいつもとは違う湿っぽい、少し沈んだ調子で言う。


「今まで私もあなたに 意地悪ばかりしてきたと思うの。あなたが私みたいな女を見放したって仕方ないんです」

「何を言うの?」


太子は本当にそこだけは心底驚いて、いたわりと慰めをこめて言う。


「おまえはいったい、何を心配しているの?大丈夫に決まってるじゃない」

「本当に?」

「本当に本当だとも!」

「ではこちらへいらして」


少女のように無邪気な 顔を見せて夫人が太子をいざなったので、仕方なしに太子はあとからついていった。一刻も早くこの妻を厄介払いしてトゥアナ本人を探したいと思いながら。

彼の前を、妻がバインバインと揺れながら歩くたびに、膨らんだスカートの裾が タコの足のように蠢く。ちょっと複雑な顔をしながら苦笑いを浮かべて太子が行くと、夫人はある部屋の前で止まった。

太子は、それがトゥアナのお気に入りの部屋であったことを思い出し、どきんと心臓が高鳴った。


「ほら、ここですわ?ちょっと覗いてごらんになって?」


太子は部屋を覗き込んだ。

すると後ろから恐ろしい衝撃が襲う。夫人はくるくるまわって太子をばいんと()ね飛ばした。勢い余って太子は()(つまづ)いて部屋の中に飛び込んでしまう。

背後でがちゃりと鍵がかかる音がした。


「お前!お前ー!!何、何何何~~!!何を~!」


太子は部屋を見回した。

本棚があり、デカンタがあり書き物机が置いてあり、窓がない。


「どうした、何をしてるんだね、開けなさい!こんなことしてただで済むと思ってるのか?いくら私でも怒るよ!」

「あなたが絶対に私のことを離婚なさらないって約束してくださるんだったら」

「だから言ってるでしょ!そんなの絶対やるわけがない。何があっても絶対に大丈夫!それだけはない」

「それだけは?」


扉の内側と外側で沈黙があった。


「でもあなたはあの生意気娘がいつもお気に入りでしょ」

「君は本音を聞きたかったんだろ?」

「……」

「本音を聞きたいなら言うけど、僕ほどの身分になったら、一人や二人どころが五人十人の愛人は当たり前なの!あのね、誰一人愛人を持たないなんてありえないんだよ。世間体ってものがあるんだ」


すすり泣く声が聞こえた。


「だから言ったでしょ。結婚するかしないかとは、まるっきり別なんだって!ただそういう風に装ってくれる人が必要なの。それだけの話なんだよ、だけどねそれと離婚とは全く違うから!」

「本当?」

「本当だとも」

「絶対に?」

「絶対だって」

「彼女と会ったり二人きりになったりしないって約束してくださる?」

「合わないことは無理かもしれない。だって挨拶の時には顔を合わせるだろ。あんまりわがまま言って私を困らせないでおくれ」

「ちょっとお待ちになって」


ガチャガチャという音がして、扉がガタガタ動いたが開く気配はなかった。そして、とってつけたような言い訳の声がした。


「あら?鍵がなんだか合わないわ。ちょっと待ってらして」

「ちょっとお前!」


ぜったい嘘だし。


「お飲み物だって食べ物だってありますから、ちょっとゆっくりしてらして!今、人を呼びにやりますから」


少しシンとなって、パタパタとまたあのタコの足が去っていく音が聞こえた。

やれやれと太子は腰を降ろして一息ついた。

まったくとんだ目にあわされたものだ。どれだけ私が苦労したと思ってるんだ。必死になってアイツを孕ませたのに。あの体型だぞ?

一人は絶対に子供ができないといけないってお母様が言うから、もうこれで義務は果たしただろう?

可愛いトゥアナを早く腕に抱きしめたい!

もうあの子も27だぞ?そろそろ枯れてしまう。


太子はデカンタから自分で飲み物をつぎ、一口ワインを飲んだ。


正直、自分もずっと見てきてあの子に対する執着を引っ張りすぎ、もう意地になってるような気がしないでもない。こうなったらたった一晩でもいいんだ。たった一晩でも!でもできればずっとそばに置いておきたい。トゥアナ……あの顔!顔が特に好みなんだ……。あと体つきも。


いいよそのためだったら、平民の一人や二人を貴族にするぐらい何だ。どうとでもなる。奴らの好きにしちゃっていいよ。ベルガは もう来なくていいから、その後どうとでも言って、ラベルの家なんてつぶして、金脈をなんとか……


太子は、いつの間にかいびきをかいて眠っていた。




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