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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
138/162

母と父と 3




双子の実家がある界隈のカフェでは、デリアが鬼のような顔をして座っている。

酒場はどうしてもいやだと拒否されたので、昼のカフェでの顔合わせとなったわけだ。いそいそやってきた貧相な顔つきなの鍵師、デリアの求婚者は並んで座っていたサウォークとデリアの間にちょこんと座った。

ふたりとも、ひとりで二人分ぐらいはある体格なので、その姿はおそろしく目立った。


「いやだ」

「頼むよデリア、一生のお願いだ」

「ぜ・っ・た・い・に・い・や・だ!」

「ちょこっとだけ一緒に酒飲むだけなんだって!アレをいつまでもお前の地下室にかくしておけねえって!このあたり、どうやらきな臭くなりそうなんだよ。治安部隊も増やしたおかげで人が多くなって、こんなでっかいもん、持ち出せやしねえ」


怒りで真っ赤になっている鍛冶屋の娘を拝み倒してサウォークは必死で頼んだ。


「頼むよ!箱の鍵さえ巻き上げられたら用なんかねえからさ!その時はぶち殺すなり放り出すなり好きにしていいって言ってんだろ」

「他の女に頼めばいいだろっ!」

「いやそれがさあ、おまえでないとやなんだと。親父さんも言ってたけど、本当にべたぼれらしいだわ」

「ふざけたことを言うな!気持ち悪い!」

「気持ち悪いことなんかあるもんか。人を好きになる心に何の垣根もないって良く、吟遊詩人だとかなんかイケメンのやつらいつも言ってるじゃねえか。お前も女ならここで色仕掛けの一つでもやって根性見せてみろよ」

これを聞いて。デリアがあまりにも怖い顔になったので、こいつはいよいよまずいことになったとサウォークは思った。おれはほんとに女の心の機微とかいうやつには 疎いんだ。意地張ってないでやっぱりロトに言うべきだった。

今にも襲いかかりそうだったデリアの顔が今度はみるみる悲しそうになったので、サウォークはいよいよ戸惑った。

鍛冶屋の娘は泣き出した。

「そういうのが苦手で嫌いな奴だっているんだー!!」


そりゃまぁ確かにお前の言うとおりだ。当然だわかった。お前は本当に何もしなくていい。ドレスに着替えろとか胸を強調した服を着ろとかそういうことを もう言わない。いつも通りでいいから。ただ座っていればいい。本当にそれだけでいい。あとは自分がしゃべるから。

……という会話の結果こうなっているわけだ。


しかし、相手の鍵師はサウォークを恋敵とみなしているわけで、一緒にいるので機嫌がよくなるはずもない。かといって、気を利かせた様子で、そこを離れようとするとデリアも立ち上がるので場を離れるわけにもいかない。

あまりにも気まずい沈黙を破ろうとして、サウォークは鍵師に話しかけた。

「あんた、鍵師なんだってなあ」

すると、相手の敵意に満ちた顔から何か聞き出そうとする余裕もなく、背後から聞きなれたきんきん声が響き渡った。

「おまえがまた!いつもいつも、(こいつ)のまわりをほっつき歩いて!」

デリアの父だった。



「お母さま、随分ずけずけおっしゃるのね」


トゥアナはもう、激情の頂点を通り越して蒼白な顔でじっと母を見つめていた。


「前の時にはそんなことおっしゃらなかったわ」

「あの時とは事情が違います。 あなたちょっとどうかしているようだから、冷静にならないといけないと思ったのよ」

「私は冷静ですわ。お母様の話を聞いてよくわかりました」


カペルは領地で暮らすか戦地に送られる。私は都で過ごして太子さまと暮らさなければならないんだわ。そうでないとアウナもベルガも、妹たちも、あの土地のみんな平穏無事ではいられないんだわ。

何よりも一番つらいのは、この元気で明るい人が嫌な目にあったり苦しんだりすること。そんなこと絶対に耐えられない。この人にとって苦しいのはどっちかしら。

私が太子さまのものになるのと、私と結婚できないこと。


なんとなく答えがわかってるような気がして、トゥアナの目は涙がいっぱいになった。


そんなトゥアナの腕にそっとカペルの手が触れた。

トゥアナの母が、はしたないことをと言わんばかりに扇子で顔を隠して渋面を作るのをよそに、トゥアナはぎゅっとその手を握りしめて、顔を見上げた。


「あなたもこんなことを言われて……言われて」


カペルは苦笑した。何よりも憤激のあまり赤くなったり白くなったりする顔が可愛いと思った。我ながら重症だ。


「大丈夫」

「平気なの!?鈍いんですのっ!?」

「いやあ、慣れてるから」

「慣れてる……」


絶句して言葉を失うトゥアナを支えて、困ったような顔でカペルは頭を掻いた。


「こんなの気にしてたらやっていけねえって」

「わたくしはいやです!」


絶叫したトゥアナは、すごい勢いで部屋を飛び出していった。

彼女が太子とベルガの前で、自分の半分ほどもありそうな花瓶をぶん投げた時から、その気性にはたいして驚かなかったが、ここでけつを追うようなことはしたくない。


気に入られていないとこうもはっきり公言されたのに、奇妙ことだがカペルにはこの婦人がそう嫌いになれなかった。それに敵意につきもののピリピリとした気配も感じない。

習い覚えた礼儀をもって作法どおりに丁重な礼をして退去の意を示すと、トゥアナの母は以外にも手を差し伸べてきた。

丁重に手を頂いて、触れないよう気を付けて唇を寄せる。

すると、さっきとはうってかわったフレンドリーさで話しかけてきた。


「お許し下さいね、将軍」

「いいえ、何一つ」

「私もいろいろ無礼なことを申しましたけど、すべてはあなたとあの子がこれから直面しなければならないことなのです」

「承知しております」


そこではじめて、トゥアナの母はカペルをしげしげと眺めた。決して不快ではなかった。トゥアナによく似た好奇心の強さを感じた。


「あなたは聞いていたのとは違いますわ」

「一つだけ申し上げる無礼をお許し下さい。ここまでの姫君の努力を否定なさってはなりません。苦心されただけの結果があります」

「結果というと?」

「ベルガ公は城へ入りました」

「私はあの子の母親です。あなたその口出しはエチケット違反ではなくて?ロトはそう申しませんでした?」

「ここで黙ってたらそれは他人でしょう」


ため息をついてトゥアナの母は髪を撫でつけた。


「あの子を自由にしてやりたいわ。すべてから」


そして、もう一度向き直るとトゥアナの母はカペルに椅子をすすめ、少しだけ声を低めてこう言った。


「アウナについてなんですが、トゥアナは話にならなさそうなので、あなたに頼むしかありません。これからお話することをよく心に留めておいて下さい」

「承知しました」


十分ほど話したあとカペルは立ち上がり、(いとま)()いをした。


「おじの所に行って報告せねばなりません」

「おじさまのお名前は?」

「バスラ・エラベットと申します。商人です」

「あら!バスラさんならば、舞踏会でもよくお見かけ致しますよ。まあ、ご長男はあれでしょう?それは見事な……」


あ~~~まあ。

相手のフレンドリーさに調子に乗ってると思われ失礼が及ばない程度に苦笑した。


「ロージン公とよく一緒にいるのをお見かけしますわ」


カペルはそこでぎょっとした。

あの野郎~~!ほんとろくでもねえ!


「教えてくださったことを感謝します」


そしてたずねた。


「姫は?」

「自分の部屋よ。とじこもって荒れ狂ってるでしょうから、どうぞ先にお行きなさい。あとであなたのもとへ送り届けます」



「わしは嬉しいにょ!こんなところで二人を見ることができるとは、若い者はこうでなくてはならんにょ」


乱入したデリアの父親はサウォークをにらみつけた。


「ジャマ者はどこかにいってくりょ」

「こいつがいなくなったらわたしも帰る」

「おまえはまだそんなことを!」


デリアの父親はない髪の毛を逆立てて怒り出した。鍵師が媚びた顔でなだめようとする。


「そんなに彼女にキツくあたらないでくださいよ」

「だいたい、なんでおまえはわたしにつきまとう?」

「何といっても、君のことをずっと見てきましたからね!どんどんみごとな体になっていって……こんな美しい筋肉をみたことがありますか?この剣の輝き……」


んーこれはどう解釈すればいいのかな?

デリアの親父が得意げな顔をして鼻をうごめかす。


「みろ!ここまで言ってくれる男がいるか?」

「シンプルにきもい」


デリアは簡単に答え、また父親がない髪を逆立てると、ゆらりと立ち上がった。

追いすがろうとする鍵師の男に一喝した。


「気持ち悪い、寄るな」

「そんな……やはりあの都のでぶの兵隊の方がいいのか!」

「だれもそんな話はしてない!」


デリアは鍵師に向かって歯をむき、怒った犬のようにうなった。


「気持ち悪いんだよお前。私に誰かがそういう色気のある話なんか降ってくるわけないだろ。自分がよく知ってる。お前何か企んでるだろ」


また求婚者が口を開いて何か言おうとするのを遮って、デリアの父が口出しをした。


「奴はな、お前の筋肉に惚れ込んどるんだにゃ!」

「そんなの奴の演技に決まってるだろう!ばかか!親父まで騙されて!」

「どうしてそんなにひねまがってしまったんだにゃ!昔は素直で可愛い子だったのににゃ。夢をあきらめるなにゃ」

「別にあきらめてもいない。好きな男と結婚したいのじゃない。嫌な男としたくないだけだ!それが一生なら別に一生一人でも構いはしない、私が何のために自分を鍛えてきたと思ってる?強くなって自由になるためだ。どうして親父にはわかってもらえないんだ」

「それはな、男と女というのは自然の摂理だからにゃ」

「自然の摂理と私個人の気持ちは何の関係もない!荒唐無稽な大きな関係ない話にすりかえるな!」

「お前は、お前は、みやこもんの味方をするのか!」

「私はどちらの味方をするつもりもない。私は私の味方だ。そして私がやりたいこと、私がこのままでいたいことを尊重していてくれる方の味方に付く」


ほおー。かっこいいじゃねえか。

感心してサウォークは思わず応援した。真向から父親に言いたいことを言うデリアがなかなか良いと思った。


「お、お前は父親に(そむ)くのか!」

「父親とも何とも思わない。とっくに親でも子でもない」


口から泡を飛ばしながら(わめ)く父親はほとんど泣きそうになっている。


「この筋肉を馬鹿にするなよ。昔はお父さんを強いと思ってたが、今はお前なんか 一捻りだ!……気持ち悪い、寄るな!」


最後の言葉は、憤激したデリアの叫びだった。求婚者はデリアの影に隠れていてサウォークからは見えなかったが、鍵師は何かをしたと見える。

鍛冶屋の娘はすごいげんこつで殴りつけ、みんな口を開けてみている前で、鍵師の求婚者は床にのびて気絶してしまった。

それをデリアは大きな両手で掴みあげると、窓の外に投げ飛ばしてしまった。

サウォークも口を開けて、ただ貧相な鍵師の体が宙を飛んで窓から外へ飛び出し、すごい音を立てるのをただ見ていた。


「ああせいせいする!ずっとこうやりたかった」

「奴はいったい何をやったんだ?」

「手を握ってきた」


慌てて外へ出たサウォークと部下たちが鍵師の服を探ると、鍵束が見つかった。

デリアは得意げに言う。


「最初からこうすればよかったんだ」






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