旅路 3
「今、寒気がした」
さらりとした黒髪を揺らして、少年のようなカペルの「兄」はきれいな顔をゆがめて両肩を抱いた。
「あいつだよあいつ。絶対にいちゃついてる。くっそマジでむかつくカペル死ねカペル」
「想像力たくましすぎだろ」
「いいや間違いない。しねしねしね」
あちこちと、城下町の様子および一通り城を回って、アギーレのつたない説明よりずっと多くを、パルラの目は読み取っていた。
印章と文箱がカギだってことはわかった。つけ込むならそこだよね。
「とりあえず、おまえは鼻がきくだろう。それなりに実権握ってて、確実に事態を回せるやつがどれか僕に教えて。できれば利益相反するやつ」
「うーん……」
アギーレは顎に手をあてて考えこんだ。
「ベルガの後ろに、いかにもずっと土地の実力者やってます、ってモントルーのじじいがいるな。名前はクマっぽかった。えーと、ワベア?ラベル地区でおれたちがマークしてんのはウヌワの義弟だな。こいつはグアズっつって、ウヌワのだんなの……えーと」
さっき挨拶しただろ、ばか。
説明を粗っぽく遮って、とっくに知ってるよと毒づいた。
怒りもせずにアギーレは、パルラの可愛らしい坊やのような姿を見ながら(ま、外見がこれだから)、と思う。
「今おまえ、外見だからって思ったよね」
「え、いやいやいや、思っちゃいませんよ」
「借金証書で首がまわらない所を助けてやったの、忘れてないだろ、しね」
「知らない知らない」
一応、アギーレもそれなりにわかってはいる。正規軍とはいえ、給料など微々たるものだ。少ししみじみと言う。
「こんな辺境まで来て、うまい話の一つや二つ欲しいよ、おれだってな」
「わかってるなら働きな」
「まあそれも、カペルが頑張ったからなんだぜ?カペルがおれらの大将だ。あいつがおいしい目をみなけりゃ、おれたちにもおはちは回ってこないのさ」
のんきに付け加えたアギーレの一言がまたパラルの神経を逆なでする。
「ほらあいつ、好かれっから。誰にでも」
ああそうだよね、カペルはいい人だから好かれる。でもね、好かれたって一銭の得にもならないんだよ!!
歯噛みをしてパルラは呪った。
都に行って、家に顔なんて見せて、妻がカペルの顔を見たら、はっとして顔を赤くする、それで心からの笑顔見せるんだろう?そうなんだろ?
あいつの存在を消したい!この世から!心から!!
ぎりぎり歯噛みをするパラルの赤い唇と絹糸のように頬にかかる髪の間にちらっと見えた歯は、狼のようにとがってみえた。
◇
また出立の用意をして馬上の人になろうとするカペルを、部下がつっついた。
「カペルさま、話したほうがいいんじゃないすか、そろそろさあ」
何のことか若干戸惑った。
「あの姫様の父上をやっつけたのは、正規軍じゃないです」
「あの姫様はな」
カペルは囁き返した。
「最初から知ってる。おそらくな」