出立 2
カペルが出立の挨拶でベルガの部屋を訪れると、入り口でパラルとすれ違う。
明らかにわざと鋭利な肩の角が腕の柔らかい所にめり込む。
「カペル、いよいよか」
「あいつ、何て?」
「ああ、ここに支店を出す許可を取りに来たんだ」
腕を撫でながら尋ねてみたが、ベルガは微笑んでおりパラルに関して何の疑念も持っていないようだった。
「彼は気持ちのいい奴だな。おまえのことを思っている。兄弟というのはいいものだな」
カペルは曖昧な笑いでごまかしてしまったが、それから真面目になってベルガと手を握り合った。
「少しで帰ってくるよ。その時は彼女も一緒に帰る。必ずだ」
「それがどれだけ難しいことか……」
ベルガは口のなかであの下司野郎がと、口の中でつぶやいたつもりが外に思いっきり漏れてしまっていた。
感情豊かで純朴な美しい青年の面に、今まで見られなかった複雑な苦悩が宿ってることにカペルは気がついた。
カペル本人もそれほど複雑な思考回路は持っていない。ただ、曲がりなりにも都の生活は長く、太子の性格もそれなりに分かっているつもりだ。
「印章が見つからないので、まだ各地の領主たちに公文書で命令を出すことができない。文箱は継続して探させている」
カペルはうなずいた。これに関してだけは慣れてしまい、何事もないかのように平静を保つことが出来るようになっている。
ベルガはゆっくり慎重に尋ねた。
「もしあの男が、何が何でも絶対に私を認めないと言ったらお前はどうする?」
あの男とは太子を指しているのだなとカペルは察する。
「ベルガ、おれはな、それはないと思っているんだ」
「言い切れるか?」
ベルガの目が強い光を放ってこちらをじっと眺めている。
カペルはぎょっとした。もしかして、ベルガもアドラのことを知っているのだろうか?
モントルーの連中だってばかではない。特に白髪まじりのベルガの側近はそれなりに情報網を張り巡らせている。噂が入ってきていてもおかしくない。
「太子の母上が許さないって。あの人すげぇ強いんだぜ。太子も勝てないよ。それに誰がどう見たってお前が一番いいに決まってる」
「それも、アウナを犠牲にしてのことだ。アウナ、あの子を……」
「あのな、もし太子がおまえが駄目だって言い張るなら」
「言い張るなら?」
カペルは、明るく元気よく言いはなった。
「軍隊なんかやめてやらあ。そんでここに戻ってくるよ。立場逆転、一気にお尋ね者だ。大変なことになるだろうな!」
軽口のつもりでも、その言葉は思ったよりもずっとベルガの心を深く刺したようだった。
将来の展望が次第に形をとってくるにつれ、現実味を帯びてカペルの前に迫ってきていた。
そもそも彼は、出世して領主になりたいとか、太子に取り入りたいとか、平民から貴族になった数少ない例になってみたいとか、そんなことを考えていたわけではない。ただ嫁がもらえると言うからその話に乗っただけだ。
どうしてロトがあんなにも口うるさく、一の姫はやめろやめろと言っていたのか、今になってやっとわかってきた。
だがもう、彼女がいなければ領主どころか、何者になることも彼にとって何の意味もなさなくなってしまっていることも分かっていた。あれこれ一応考えてみた挙げ句、カペルの腹の中から出てきた正直な意見だった。彼女のそばにいたいのだ。
ベルガは、口を開いた。
どこか決心を固めた表情だった。
「お前が行く前に話しておく」