出立 1
サウォークは街の巡回と言う名のもとに、またしても双子の母親の夫人の所に来ていた。
しかし、今日はその芸術的な胸を拝めそうはない。
奥からは双子の片割れのすすり泣きが聞こえていた。
「アウナは絶対にいやだって言う。王宮の皆の目の前で、はっきり、直接に言うつもりなんだ。そしたら、そしたら、次はニマウに来るに決まってる!」
「そんな、何もわかりはしないのよ、落ち着いてオノエ」
穏やかな母親の、おっとりした口調を聴きながら、サウォークはいったいこの激しい双子のどこが母親にあるんだろうと、疑問に思わずにいられなかった。
どう考えても父親の血統一択だ。
「あの子は無理。絶対にそんな所の生活なんて無理。できるはずがない!」
そうかねえ。
いつも腹を据えた顔で静かにオノエの側に控えているニマウなら、腹に何一つ溜めておくことのできないオノエよりは、やっていけるかもしれなかった。
それに成長すると女は変わるからね。
それにしても、今日は夫人のおっぱいを拝むのは無理だとあきらめて、サウォークは腰をあげた。
仕方ねえ、鍛冶屋の方を見に行くか。
グアズと鍛冶屋の親の一件のあと、このあたりの界隈はひどく騒がしくなり、用心を重ねてデリアとサウォークは文箱の扉は封印してしまった。
サウォークが常にこの周辺をウロウロしているのも、胸を見るためだけというわけでもないのだ。
だがおれも、アウナがあれほど大人しく出発するとは思わなかった。そうサウォークは考える。
今日、出立を見送ってきたばかりだ。
トゥアナとカペルはともかく、見かけの美しさよりもずっと男まさりの気性が際立つアウナなのに、馬車に乗り込んでも結局、口ひとつきかなかった。
ベルガが現れると見たくもないといった様子でそっぽを向いて、フードをかぶり、馬車の奥にさっさと自分から引っ込んでしまう。
ベルガの差し伸べられた手を、邪険に払いさえした。
「いいですか、出立まえにもう一度確認しておきますよ」
サウォーク、ロト、カペルの三人はとりあえず、出立に向けて再度確認を取り合った。
「本当に大丈夫なんですよね?把握できましたね?えっ?カペル」
ロトが詰め寄ってくるたびカペルは後ずさりをしていたがついに後がなくなって今度は横に逃げた。
何しろロトは背が高い。
カペルを見下ろすようにどんどん迫って来る。
「姫との旅のことで頭がお花畑になってやしないでしょうね?さっきまでの話は、理解してもらえてますか?頭に叩きこみましたか?もう三回ぐらい、最初から最後まで話ましょうか?」
「いやでも、その話のほとんどはわかってたし…」
「わかってるって何をです?いつどこで誰から聞いたんです?」
「いやその…」
「トゥアナ姫にですか?」
見栄を張るつもりがかえってやぶ蛇だ。
カペルは声を振り絞った。
「だからぁ、アドラはソミュールが浮気して出来た子なんだろ?あのウヌワさんがそいつを手駒にして囲ってる。いざとなったら、血統を盾に表に出すつもりなんだろ?」
ふむ、とロトはカペルから少し離れた。
「一応、理解してはいるようですが…」
「しかし、話は余計めんどうになってるぜ。おいカペル、おまえ、お姫様本人から文箱の中身を聞いとけよ?こんな状態じゃ鍛冶屋の地下室に鍵屋も入れられねえし、燃やして廃棄していいのか動きが取れねえわ」
ロトは率直に聞いてきた。
「あなたはアドラをどう思うんです、カペル」
「ちっさすぎ」
カペルはさほど気にもしていない様子であっさりと言う。
「ベルガの方がいいよ。立派な奴がいんのにわざわざ赤ん坊据えたら落ち着くものも落ち着かねえわ」
ロトはまた渋い顔に戻った。
太子はベルガを嫌うし、地方の力も削ぎたいはずだ。
カペルをお目付け役として、アドラを据えると決定することも十分に考えられる。ならば、なるべく知られない方がいい。
ウヌワをはじめとして、アドラを担ぎ出そうと考えている連中に足りないのは、パイプだ──。都とのつながり、本来ならトゥアナ自身が持っている。
「ベルガが泣き虫なのはモントルーどころか、ラベル地区の全員が知ってることだろ? そこは問題にならないさ。トゥアナの腹積もりもある。あと一押しなんだよ多分。確実にするのに何かあと一つ足りねぇな」
「モントルー側は、ベルガの暗殺を阻止するという名目のもと、勢力を増やそうとしています。でもそれはラベル側、またソミュール側にとっては脅威と映るでしょう、カペル!聞いてますか!そんな能天気でいいんですか?」
また、ロトは詰め寄って上からぐうっとカペルにのしかかった。
「あなた、ソミュール伯の後がまに着く覚悟なんてあるんですか?あなたごとき!平民の分際で?えっ!?」
サウォークはまあまあとなだめるように割って入って引き離し、ロトをおさえる。
「ベルガはイケメン、太子は立派だ。けどあの姫は特にどちらも好きそうじゃない」
そのサウォークの意見に黙っているところを見ると、ロトも一応はその意見には賛成らしい。
そこにカペルがぬけぬけと言い放った。
「おれのことは、好きそうなんだけど」
すごい音がして、カペルの方にそのあたりにあるたくさんの物が投げつけられた。一応、割れ物がなかった当たり、配慮はしているらしい。
「完全に色ボケですね! それでこの状況が何とかできると思ってたら甘いですからね!」
サウォークがやっと割って入って、なんとか話の流れを変えようと声を張り上げた。
「そういえばよう、おまえの学生みたいな顔した弟くん、グアズとも知り合いらしいな、すげえな、顔は広いしやり手だな!」
「だから言ってるだろ、あれは兄貴だよ!」