トゥアナの扇子 2
つんと横を向いているロトに向かって、カペルは今度は真面目に言った。
「彼女、おれには合わないかな」
「……」
「高望みか?」
「合うか合わないかではなくて…」
「親がどっちも生粋の貴族で、美人で、太子のお気に入りで、この地域のかなめなんだろ?そういうの、みんな言うよな。そういう一族なんだから、そういう風にするのがあたりまえだって」
わかっているなら、と言いそうなものなのに、ロトは黙っている。
「でもおれには、優しくって元気で明るい、いい子にしか見えないんだよ。変かな?最初っからそうにしか見えなかった」
あの手紙をもらった時からだ。
ロトは、カペルが驚いたことに、こんなことを言いだした。
「姫と話をしました」
「あまりカペルを惑わさないで頂きたいのですが」
宴席を待つ間、ロトが渋い顔で隣に立っているトゥアナに囁くように話しかけると、トゥアナはつんとして返事をした。
「私にそんな影響力がありますの?あのかたに?」
その言い方はいかにも王宮に慣れた女性貴族の気取った口調で、彼女は王宮に慣れたロトと、山育ちのベルガのような人間とでは瞬時に使い分けているらしい。
それから、扇子で口を隠したので、表情は見えなくなる。
トゥアナは含み笑いのような人の悪い表情をしているようだった。
「軍隊の将軍ってあっちこっち色んな所に行きますからとってもおモテになるんだと思ってましたわ」
「軍人はそれが定めですから」
「そんなに心配なさることありませんわ」
「二人で出かけておられたそうですね」
トゥアナは扇子を降ろしてきっとなった。茶色の優しい目が燃えるように光って、ロトをにらみつけている。
「いけませんの?悪い?わたくしがデートしちゃ?」
思いがけない激しさにロトはびっくりしてトゥアナの顔を見る。
感情を抑えるようよく訓練されているようでも、彼女はやはりベルガの血縁、この土地の娘だった。
「わたくしは未亡人、フリーなのよ。好きなひととデートしていいの!」
顔を赤くして今にも泣き出しそうなトゥアナは、さっと扇をひるがえして顔を隠し、宴席へ入って行く。
ウヌワが話しかけるのに従って扇を降ろした時にはもう、その激しさは少しだけ頬の赤みに残っているだけだった。
ロトはそのあと、トゥアナを追った。
トゥアナはもうウヌワから離れ、身をひるがえして、あちらへ、こちらへと滑るように歩き回り、ついに外へ出てしまった。