トゥアナの扇子 1
部屋に入るとロトとパラルが話していたので、思わずカペルは「げっ」と思う。
「いまおまえ、『げっ』て思ったよね?」
パラルは白い額に皺を寄せてサラサラの髪を揺すった。
「思ってない、思ってない!」
「うそつきだ」
パラルはロトの方を向いた時には、極上の真面目な笑みを浮かべている。
丁重に完璧に礼にかなったお辞儀をして、その場を離れた。
言い残すことは忘れなかった。
「ロトさん、このくそをお願いしますね。ぎゅっと締め上げてやってください」
「わかりました」
げんなりしているカペルに、ロトはパラルの背中を好もしげに見つめて機嫌よく言う。
「この地区に支店を開設する下準備に来たようですが、あなたの兄上は相変わらず有能ですね」
見かけによらず、という言葉をロトは使わなかった。
「それだけで終わるかな~。あいつ、絶対何かたくらんでるぜ…」
「まあ、あなたはそれどころではありません。都に帰らねばなりませんから」
「一時報告だろ?大丈夫だよ。すぐ戻って来るって」
「当然戻されるでしょう。あなたはね」
少しロトは姿勢を正したので、カペルは何が言いたいのか察する。
「姫のことですが、話さなければならないことがあります」
「太子がずっと狙ってるんだってことだろ?」
「知っていたのですか」
ロトは意外な顔をした。
「そりゃあまあ」
「あなた、真性のアホですから全然気付いてないのかと思いました」
カペルが何か言う暇もなく、間髪入れずに付け加える。
「あ、でも知っててこんなことにはなってるのならあり得ませんからやっぱりアホですね」
沈黙が続いた。
「わたしがいなくてへたなことはしないと約束できますか?」
「うんまあ」
「サウォークは街の治安、わたしは城のお目付け役。離れることはできません」
「何だかよくわかんねえけど、サウォークは双子を手なづけたらしい。一緒に街を巡回しっぱなしだよ。街のことと、文箱の捜索は奴にまかせておいていいだろ」
姿勢を正して、ロトは言う。
「カペル、うるさいと思われてるのはわかってますが、わたしはこれまで、太子の側に侍ったたくさんの若い将校を見てきました。将来を嘱望された才能ある者たちです。正直あなたよりもずっと顔も才能もあった」
一瞬、ロトの脳裏に、嬉しそうな顔をして並んで、若干いちゃついているように見えた二人が浮かんだ。その時のトゥアナの顔は、市政でよく見る楽しく過ごしている男女のそれと、何の変わりもなかった。
「あなたは運だけでここまで来ましたけど、それも限界がある。みんな女で失敗するんです…」
カペルが口をはさむ。
「おまえ、少し変わった?」
「何がです」
「反対!反対!大反対!がそうでもなくなってるよな」
「反対ですけど」