カペルの手紙 3
ぼんやり昔を思い返すトゥアナの手は、何度もカペルの手紙の上をさまよい、撫でることを繰り返している。
父も夫も、彼が殺したという意識がまるでない。薄情かしらわたし?
お父さまはもういない。わたしは、自由だわ。
あのひどく冷たい手を持つ夫も、もういない。
カペルが入城する前にも、トゥアナは同じようにカペルの手紙を手に、同じ場所に座って、考え込んでいた。
その時には、ギアズや侍女たちが後ろに控えて心配そうに見守っていた。
この人はわたしを見ていないのに、どうしてこんなに情熱的になれるのかしら。
わたしを見たら、がっかりしてしまうんじゃないかしら?
私はこの人の4歳も年上。セレステやアウナのように、誰の目も引く美人じゃない。
わたしも彼の顔を見ていないのに、どうしてこんなに気になるのかしら。もし…ギアズみたいな顔だったら?
ちらっとトゥアナはギアズの顔を横目で見る。ギアスは怪訝な顔をして、ウルマたちと顔を見合わせている。
愛嬌のある、おさる?
ウルマがなだめるように横から口を出した。
「心配なさいますな、トゥアナさま。きっと太子さまが万事取り計らってくれますよ」
「あなた何を言うの!?ベルガさまが太子なんかの口出しを許しませんよ!」
背中でまた侍女たちがけんかをはじめたのをよそに、トゥアナは考え続ける。
でも、それでも、きっと優しそうな顔をしているに違いないわ。
そして、わたしの書いたこと、わたしが見た景色をわかってくださるの。わたしが言ったことをちゃんと聞いて、普通に答えをくれるの…。
「わたくしね、ソミュールのこと心の中で、氷柱さんって呼んでいたわ」
ぎよっとした顔でギアズが顔を上げ、侍女二人がそれぞれに顔を見合わせて意味深な顔つきをした。
「セレステには悪いと思うけど。ソミュールは手も体も冷たかった。ひやっとしちゃうの」
それで、結婚してからわたし、おかあさまの所に逃げ込んだのよ。
母は手を広げて娘を迎えた。
「だめだったのね?どうしたのそれで」
「ことわってしまいました。むりなので」
「あなた本当に今まで物分かりのいい娘すぎたわ。わわがまま言っていいのよ仕方ないことですもの」
トゥアナは、困ったような顔をして母に告げた。
「それで、お願いしました。お父さまみたいでいてくださいって」
この世間知らずの娘が言ったそのことの意味がどれほど相手のプライドを傷つけたか、たしなめるにはトゥアナは何もわかっていなさすぎて、母親はそれ以上何も言えなかった。
それで今、私は何に困っているんだろう?
あれがカペル将軍ですって、会った時に、ひとめ見た時に、胸が喜びでいっぱいになったんじゃなかった?思った通りの優しい人で、ギアズが言う「普通」よりもハンサムだと思ったわ。少なくともわたしにはそう。
でも…。
まったく、思ったとおりじゃなかった。
もっとずっと、男の人だったわ!
やんちゃで、気さくで、気安かった。
気取った貴族のお歴々とは全然ちがうの。
こんなに誰かおとこのかたに近しい態度を取ったのは、お父さまと太子さま、そしてベルガ以外に誰もいない。
その誰とも違う。
だれよりも…。
その結果がこれなんだわ。
何かが起きた。
何なのかを見極めようと、トゥアナは何度も何度も心の中を探している。
でもまったくわからない。
あまりにも未知で、あまりにも
腕を回して抱きしめた時にふれた頬のあたたかさと髪から香る乾いた太陽の匂い。肌の匂いを吸い込んで、柔らかい唇を受け入れた。
あの記憶が何もかも、押し流してしまいそうになる。
トゥアナは頬を抑えて窓辺にうずくまる。
いつでも困ったときは、お母さまに相談していた。
でも今度のことは、おかあさまにも言える気がしない。
快感だ、快楽だと人が言うのを聞くけれど、あんな感じだなんてまったく想像もしてなかったの。
あのキス、あの先にいったい、何があるの?
何が起きるの?想像もしていないような何か。
全部足元からすくって根底から変えてしまうような何かが起きてしまう。
わたしを全部塗り替えて変えて行ってしまう。