カペルの手紙 1
「ギアズ、だから、カペル・エラベット将軍てどんな方なの?」
何度も同じ話で詰め寄られて、ギアズはそろそろ参った顔をしていた。
「おじさん?おじいさん?強欲そう?偉そうですか?卑屈っぽい?それとも野心家?」
「そのどれでもありませんよ。ちゅーか普通。ふつーのただの人です!貴族でも農民でも商人でもなく軍人ちゃ軍人ですけどふつーの一般人。若いですね。異例の抜擢をされたようです」
「わからないわ…」
「困りましたね、何をお知りになりたいので?トゥアナさま」
「わたくし、普通がわからない」
ギアズはトゥアナが握りしめている紙をちらっと見た。それは先ほど届けた正規軍の司令官からの手紙に間違いはない。
くしゃくしゃになっているという事は、何かトゥアナさまの心を乱すような内容であったのか。
トゥアナは首を振る。
「違います、違います。大丈夫なの」
「何が、大丈夫なのですか?」
「大丈夫なのです。ただ確証が欲しいのです。ねえ、どんな方なの?」
彼女の手の中に握られた手紙の最後にはこうあった。
──こちらの命に代えても私は必ずトゥアナ、あなたを守ります。
顔が火照っていた。汗が出る。
落ち着かないトゥアナは立って、部屋の中をぐるぐる歩いた。
侍女二人もギアズも不思議そうな顔をしている。
落ち着いて。まだ顔を見てもいないのよ。
そうだ忘れかけてたけど、この人ソミュールを殺したんだったわ!
お父様のかたきだわ。言われてみればそうだわ。
どうして忘れそうになったんだろう。ソミュールの侍女が泣くような丁寧な葬送のやり方で遺骨を送ってきて、こんな手紙を添えている。
あんまり優しいからだ。
落ち着いて。男の人なんてどうにでも優しいことばなんて使うのよ。お母さまがそう言っていた。
でもこのカペルという人がすごくいい人だっていうこと、わたしには十分にわかる。
だってこの紙の上から、文字からにじみ出ている。
字はそりゃきれいじゃないけど、きちんとしていて、打てば響くような教養なんてないけど、何より真面目で明るくて…優しい。
日を追うごとに、文体が変わってきていた。
最初は三行だけ。すごく事務的だったのに。
彼は少しずつ、今いる地域の様子を手紙の中に織り込んできていた。
今、テオモの荒れ野にいるんだわ。
荒れ野なんて言われてるけど、私も大好きな場所なのよ。
ソミュールの領地に近くて、草原があって、一面に見渡せてひつじが点在している。
一面が緑の所々に白い塊があって、あれも羊かと思うと、白い岩なのよ。
後ろに広がる雄大な橋梁地帯の中にある火山から、太古の昔に吐き出された名残だそうです。
このどこまでも続く地平線とみどりの大地は火山が作ったの。モントルーの一族が住んでいる、あの険しく厳しい山の中から吐き出された溶岩の名残よ。火山灰が降り注いだ後は、土壌豊かな土地になりました。
超えたと彼が書いてきた川は、よく遊びに行ったわ。
お母さまがまだラベル城に一緒にいて、パラソルを立てて見守っていた。ウヌワもいました。よく喧嘩をしたけど、小さい頃は一番近しくて仲が良かったのよ。まあ、私は半分は都で暮らしていましたけど…。
お母様、あのひとは根っからの貴族体質で人前で川遊びなんてなさらなかったけど、私たちは野育ちだから、裸になってキャアキャア遊んだわ。
少しトゥアナは眉を曇らせた。
前日も捕まえて口論をしたばかりだった。
「子供に何をしているの、ウヌワ!」
「泣いているじゃないの。おやめなさい、そういうことは!」
しくしく泣きながらテヴィナが訴える。
「これをウヌワ姉さまが飲むようにって」
「この前は短剣の扱い方、今度は毒ですか。こんな時にいたずらに不安をあおるようなことはやめて!」
ウヌワは立ち上がって
目が普通ではない、そう主ってトゥアナはぞっとした。白目が浮き上がっていて赤く血管が浮き上がっている。普通ではないと言っても、今は普通ではない状態のだから彼女のような状態になるのが普通なのだ。
普通ではないのは、わたしの方だ。
「トゥアナ、ここに勝ち戦の軍がなだれ込んできたらどうなると思ってるの?またセレステを人身御供にするの?」
セレステはその言葉を聞くなりくるっと背中を向けて立ち去ってしまった。ウヌワはかまいつけもしない。
「自分が嫌だからって夫を押し付け、尻拭いをさせるつもりなの?あなたは無事かもしれませんよ!太子のお気に入りで身分の高いあなたですからね!でもほかの子たちはどうなるかなんてわかりっこない。私はあの子たちを守らなくちゃいけない」
かろうじてトゥアナは言い返した。
「守るのが、毒を飲んだり短剣を使うことを教えることですか?」
「あなたはわかってない、トゥアナ。相手はお父さまの仇でしょ!」
確かにわからない。
でも、わかってないのはウヌワの方もだ。
この人がそんなことをするはずがない。この人が手を下したわけじゃない。仕方なかったのよ、そうでしょ?
これまで生きてきて、わたくしはずっと手紙魔と呼ばれるほどあっちもこっちもやりとりをしてきた。
その中に、こんな人は誰一人いなかった。
誰ひとりいないような手紙、だれにも書けないような手紙を書く人が、このカペルという人が、私たちにひどいことをするはずがない。
そんなことを言えるはずもなかったので、トゥアナは口をつぐむしかなかった。
勝手な想像だと言われても仕方がないからだ。
ギアズをせかした。
「そうだ、絵描きのピカールを連れてってくれないかしら?」
「何のために!?嫌がるでしょうし、危険ですよ!スパイと思われるかもしれないじゃないですか」
最初はね、一文だけ書き添えたの。
あの川のふもとに、あの橋の根に、桑の木はまだ立っていますか?って。
桑の木はわかります。その花はわかる。実はもっと身近です。
わたしの故郷も野山が近い。今は花の盛りなので、一面に花をつけています。
こんな争いのただ中に、何とかして安定した開城をなんてあれこれ書いている中に、こんなやりとりをしているなんて、だれにも言えない。教えられない。
文箱は絶対、見られたくない!
セレステのことも、アドラのことも入っているけど、何よりこんなやりとりを誰にも見られたくない。
──トゥアナ、あなたを守ります。
手紙の中から腕が伸びてきて、抱きしめられるみたい。
捕えられて、逃げられない。その腕はとても力強くてあたたかい。
感情があたたかいの。