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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
120/162

東の塔 3

 




 残されたトゥアナは頬杖をついて考え込んでいた。


 静かになると、また窓から忍び込む話し声が耳をくすぐった。ここからはいろんな話が聞こえてくる。内容が聞こえようと聞こえまいと、トゥアナは妹たちの話し声を聞くのが好きだった。

 双子もよくあんな風にひそひそ話をしていたわ。

 ウヌワに怒られるたびに西の塔から東の塔へ飛び込んで、下の部屋でおしゃべりをする。

 上の部屋へ夜気に乗って会話が浮き上がってくることを妹たちは知らなかった。


「わたしね、ベルガのためなら何でも出来る、愛しているから出来るって思ってた。でもね、聞いたの」

 アウナの声だ。

「トゥアナとわたしが行ってしまったら、残りの誰かと結婚するつもりだって」

「ベルガが?」

 テヴィナは無垢な反応だった。

「まあ!ハンサムだもんね。選ばれた子はラッキーよね!それってだれ?ウヌワは結婚してるよね。あたし論外でしょ。双子のうちのどっちか?」

 沈黙が続いて、階上でトゥアナはこころもち大きくなった声を聞いた。

「まさかセレステなの?」

 しばらく沈黙が続いて、気丈なアウナのすすり泣きが聞こえた。

「何でもできるって思ってたけど無理。トゥアナだったら我慢できる。でもほかの誰かだなんて…。他の誰かとあのベルガが、ベルガが結婚するなんて…わたし…わたし、耐えられない!」


 トゥアナはほとんど聞いていなかった。


 何度も何度も思い返してる。

 全身あんなにおとこのかたと密着したことってない気がするわ。

 小さいころはおかあさまに抱きついたり、おとうさまにもだっこされたりしてたけど、その他なら太子さまが一番近かった。

 ベルガはあんな風にいつまでも子供みたいだし。

 あの人は誰ともちがう。ちがったわ。


 いつも書類のたばに向かっていた彼女なのに、今すっべての紙は机の上に山積みになって放り出してあり、ペンも転がったままになっていた。




 父は城を出る前に、全てトゥアナに従うようにと言い残し布告をしていった。

 さらにトゥアナだけを呼んで長いこと話していた。


「あとは、まかせる。領内の有力者たちにも、トゥアナに従うよう布告を出した」

 今からでも引き返せます、とトゥアナは言おうとしてやめた。


 何らかの決着をつけるよう求めているこのぴりぴりした空気が、誰もが誰かを傷つけ、だれもが被害者になって、思惑はみな食い違っていく。

 おそらく想像以上に多くの屈辱と、意に添わない交渉に耐えなければならなくて、それは父のような男には出来ないのだ。

 妹たちも、領内の女子供も、守る力がトゥアナにあるのかわからなかった。


 トゥアナは部屋の高い場所に目をやった。

 まだ葬送の儀を送る前のソミュールの遺骨が、そこに安置されている。

 小さな壺に大きな骨だけ納められ、綺麗な彩色の箱に入れられていた。


「私たちの一族の方法ですね」

 ソミュール地区から夫についてきていた、年かさの侍女が呟いた。

「よく知っているのね」

「あの辺りの者に聞いたのかもしれません。ソミュール様が戦死なすったのは、ご自分の領地内ですから」

「おとうさまは?」

「まだ、特定が難しいとか…直接お渡しすると言っているようです」


 ギアズは言いにくそうにしていた。

 こんな風に、死者に敬意を払うことが出来る人なら、話を聞いてくれるかもしれない。


「手紙を書きます」

「ベルガさまに?それとも太子さま?」

「いえ、軍の責任者に」


 やってみなければ、何もわかりはしないもの。




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