化かし合い 3
一つ廊下を隔てた向こうでは、ロトとサウォークが性急に話をしている。
「グアズですか?もちろん挨拶をすませてますよ。会談も何度かしました。…なんでって?あなたは報告書をまるで読んでいないんですか?悪いやつ、いいやつと分けることはできません。彼から食料を購入してるのですから!彼がいなければ成り立ちませんよ…?え?情報なんて渡すわけないでしょうそんなの兵士の末端まで徹底させていますよ!」
「…おまえ、都の粉屋の若旦那か!」
黒マントのグアズは、パラルの顔を見て二、三歩下がった。どちらも同じぐらいの背丈なのだが、その醜さと整った顔立ちとの対比が目立つ。グアズの顔には無意識の恐れと警戒が浮かんでいる。パラルはふんと鼻を鳴らした。
当たり前だ。こっちは都の大問屋、今や粉だけ扱ってるわけじゃないからね。あんたなんてうちに納品する一介の田舎の問屋にすぎない。
「ねえ。あんた塩商でしょ。去年のギルド連合会で会った。いたよねえ」
「エラベット商会には…世話に…なっている」
「グアズ、見てるとあんたさっきからモントルーの連中を煽り立ててるね。モントルーの人数、少しずつ呼び寄せて増やしてるでしょ?街じゃソミュール派のなりを沈めた敗残兵の一団に援助してる。あっちとこっちでずいぶん違うこと言ってるみたいだけど、まあよくやるよ」
みるみる赤黒くなって口がへの字になっていくグアズの顔をパラルは楽しそうに眺めた。
「責めてないよ。あっちにもこっちにもいい顔するのは商売の基本だからね!あんたの邪魔はしない。ただこっちにもうちの支店を置かせてもらって、細々と商売やらせてもらえればいいよ」
「…わかった。うちの棚を使え…」
「やあだ。店が一軒欲しい」
グアズはむっとして黙る。
この若造はいったい何をたくらんでるのだ?将軍の兄ならこちらの動きは筒抜けということか?
「直営店を作りに来たんだ。ねえ、ぼくがこんな所まで手ぶらで来るとでも思う?」
パラルは話しながら、上手に全体が見えるが向こうからはこちらが見えにくい木々に囲まれた場所に移動した。
「あんた、もう少しうまくやりたいんじゃないの?あんたの兄貴はあれほど強力なコネを持ってる。一の姫と二の姫、両方の姫を抑えてる。なのにねえ?」
グアズは重い口を開く。
「あいつはそれを使うことが出来ない。どんなに言っても言うことをきかない」
「わかるよ、兄貴が嫌いって気持ちはね」
「モントルーは父も母もいじめ尽くしやがった。しかもギアズはその二の舞をやろうとしてる!ウヌワさまの努力も無にしやがって、おれなら…俺なら…」
グアズの吐露される怨念のこもった言葉を聞いているのかいないのか、パラルは木陰に置いてある都風の優雅な造りのテーブルに優雅に腰掛けて、白く細長い手を木々の葉に透かし、裏返しては眺めていた。
「カペルってさ、ほんとムカつくんだよね」
華奢な指には豪華な指輪がはまっている。
「おやじ、カペルの方がずっとかわいいんだ。実の息子の僕より。好きな子がいたんだけど、カペルもその子のこと好きだったんだよね~。そしたら、いきなり軍隊に入っちゃって…」
眉を寄せながらまだ警戒を解かないグアズの方にいきなり振り向いて顔を近付けたので相手は不意を突かれてのけぞった。
「そういうのって、ムカつかない?いかにも身を引いたみたいなさ~?ぺっ!ぺっ!ぺっ!あーはいはい、偽善者偽善者!みたいな」
「その子はどうなったのだ?」
「あ?結婚したけど?」
おまえ、結婚してるのか!?この子供みたいな外見で!?
グアズは叫びそうになって、慌てて黒マントで抑えた。横目でじろじろとパラルを観察する。
…これで、既婚者…。
「またカペルの母親、あっぼくのおばさんね。これがまた輪をかけて嫌な奴でさ!あっぼくは年上の女性をだますのは得意なんでそこはいいんだけど、問題はあいつだよ。軍に行ったら行ったで、複雑な激戦区に送るように細工したんだからとっとと流れ矢にでも当たって死ねばいいのに、今度は太子に気に入られたとかって、太子だよ?ありえなくない?」
グアズはますます眉を寄せた。サラッとこいつ、とんでもないことを言ってないか?
パラルは気付きもせずに、独り言のように言葉を続ける。
「正直、僕はカペルより勉強もできたし顔もいい。あの根っから馬鹿に比べたら商才もあるの。店舗だって広げたし、貴族へのコネクションも作ってた。でも、一足飛びに太子とか将軍とか爵位とか、一体どうなっちゃってんのあいつ?それおかしくない?さすがに反則じゃね?」
ねえ?パラルはゆっくりとグアズの方に顔を向けて、唇を歪めた。 それは見ようによっては笑顔とも見えないこともなかったが目が全く笑っておらず、容貌が端正なだけにおそろしい悪意をうちに秘めていた。
こいつは本気だとグアズは悟った。 本気で 弟を殺すつもりで金を掴ませて激戦区にやったのだ。
「知ってるんだ」
物悲しくさえ聞こえる声でパラルは呟いた。
「家族の誰も、僕は知らないと思ってるかもしれないけど、カペルってさ、たぶん僕のお兄ちゃんなんだよね」
「どういうことだ?」
「僕のパパが、カペルの実の父親だと思う。わかるもん。おばさんとパパ、超微妙な雰囲気だもん。おじさんとおばさん、つまりカペルの父親と母親だけど、すんごくすんごく仲悪かったらしいよ」
「……」
「そんで今度は結婚だってよ。気持ち悪!死んだママだって別にどうでもいいと思うけど、あの家は実の母親と父親と息子のカペルの三人で完璧ってわけだ!はーん、じゃあぼくは?僕はなに?」
地の底から響くような声をグアズは見守った。
よく覚えのある、聞いたことのある声だった。我が身の奥から響いてくる憎しみに共鳴する。
「よし、お前に店を探してやる。だが邪魔はするなよ。嗅ぎ回ったり手出しをしたりすればただじゃすまない。ここはおれのテリトリーだ」
「逆に知りたいことあったら教えてあげる。聞きにおいでよ」
「そこまでおまえを信用は出来ない」
去るグアズの黒い背中を見守りながら、パラルは少し真面目な顔になっていた。
とりあえず足場は出来た。
「次は鉱脈だな。どの程度なのか調べなきゃ話にならない」