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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
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混沌の城 1







ロトが額に青筋を立てながらギアズを探していると、当の本人が呑気な顔をしてのこのこと城の一室に入っていくのを見かけた。ラベル公が使っていた部屋には今ベルガが入っている。慣れていない様子ではあったが、とりあえずそういう事になっていた。今はトゥアナが書斎にしている部屋だ。決裁は相変わらずトゥアナがやっている。

中からはトゥアナのお入りなさいと言っている声が聞こえた。

ロトはまたしても立ち聞きすることになるのかと多少気が引けないこともなかったが、そこはそれとして耳をそばだてた。

(姿がなかったが、ちゃんといるのですね。トゥアナ殿は)

ではやはり、引きこもり癖を発揮して部屋にとじこもっていたのだろう。

物陰に隠れる前にちらっと見たトゥアナが、何となくいつもよりも髪が乱れて頬が赤いような気がしたが、あまり気にしてはいられない。


「ありがとう。ごめんなさいこんなことを頼んで」

「仕方ないですにゃ。あれ(ウヌワ)はあたしの言うことなんて聞きゃしませんので」

「ギアズ、今は奇跡的にうまく行ってますが、必ず太子さまは横やりを入れてきます。ベルガはあの通りの能天気ですから」


ギアズはしわしわのりんごのような顔によりいっそう深いしわを寄せた。


「でもソミュールさまの落としだねをあたしの子ってことにするなんてとてもとても…」

「あなただってラベルの血を引いているではありませんか。弟さんだってそれを頼りにしているのでしょ」


ギアズは色をなした。


「あれと一緒にせんで欲しいですにゃ!あたしは平穏に生きていたいんです。戦争や政治はまっぴら、事務と補佐をしてたいんですわ。忠実な下僕が一番似合ってるんです。面倒ごとに巻き込まれるのもご免こうむります」


トゥアナはほほ笑んだ。少しだけ後れ毛をつくろう。頬は相変わらず赤く、眼はうるんで奇妙にきらきらしている。彼女はいつもと違ってどことなく上の空でいた。


「それにトゥアナさまが心配ですにょ。何があってもお守りしたいです」

「文箱は見つからない方がいいのかもしれませんわ。でもどちらにしても…」


トゥアナは少し、言葉をとめた。


「公表するにしても廃棄するにしても私の手でやりたいのです」


では失礼します、とギアズは扉から出た瞬間に、横から鋼鉄のような手がにゅっと伸びてきた。文官は口を押さえられて引きずられるのを感じた。

助けて!と叫ぼうとしたが、はがねのような手はしっかりと口を覆っている。むぐぐ、とうめきながら連れ出されたギアズは、その袖の黒服からロトだと察した。


ロトがギアズを猫の子のように服の襟首を捕まえて行った先の部屋には、ちょっと不安そうな顔の大柄な侍女が待っていた。


「ウルマ…」


ギアズは喉に手を当ててむせた。


「どうしたんですな!?」


むせすぎて、いつも語尾につける「にゃ」、が「な」、になってしまっている。


「副官殿が、この部屋に来るように言っていたと聞きまして…」


ウルマの顔は不安げで、視線も落ち着きがない。きょろきょろあたりを見回している。

手をもみながら、一体何がはじまるのか恐れているらしき二人を前にして、ロトは腕を後ろに組んで歩き回った。


「いいですかギアズ、町にもそのうち不満が出てきますよね」

「は、はぁ…」

「そこを旧体制派がすくい取り受け皿になって争いが起きる。それからが正念場だ」


ロトは立ち止まり、顔をギアズの前に近づけた。ギアズはのけぞる。


「わかっていますよね」

「はい、はい、そうですね」


ギアズもウルマに負けずにきょろきょろと顔を伺っている。

この文官と侍女、しわしわとまるまるではありながら、どちらの額からも汗が噴き出ている。ロトは厳格な顔でじいっと眺めた。

それから、何もかもわかってるんですよ、という風にうすら笑いを浮かべてみせた。


「で、どうするつもりなんです?」

「どうもこうも…あたしゃ、トゥアナさまに従います!」

「じゃあ、ベルガを認めるんですね?」


ギアズはウルマの顔をちらちら伺っている。

ロトは今度はウルマの方を向いて聞きただした。


「いいんですねそれで?あなたは?」


するとウルマは、滝のような汗を拭きながら、思い切ったように言った。


「あたしは、トゥアナさまがあのベルガと結婚さえしなけりゃそれでいいんです!トゥアナさまは都にお戻りになるのが一番いいんです」

「はい?」

「あのベルガ公が、トゥアナ様を嫁にしたがるから、邪魔するためにはウヌワさまに味方するよりなかったんです」

「それで文箱も隠した?」


ウルマは一瞬息をつめて、口を押えた。それから叫ぶ。


「最初はそうだったかもしれませんけどどこにいったのか、あたしたちにもわからないんですよ!」

「下手な言い逃れを…」

「本当ですって!あのね、あの箱には、小公子さまの身分を証明する書類が入ってあったんです」


ギアズが口にほとんど手を食べるのではないかと心配するぐらい入れてしまった。

目がいっそう大きくなって、お前!お前~!それ、言っちゃっていいの!と言っている。

だがロトにつかまったタイミングを思い合せれば、もうバレるのは時間の問題か…と肩を落とした。

ロトはゆっくりと慎重に言う。


「小公子さま、ですか」

「そうですよ!でもね、もうねいいんです。トゥアナさまは都に戻られるんでしょ?そうなんですよね?」

「……」

「トゥアナさまとの結婚はあきらめたみたいなこと、ベルガ公は言って回ってるみたいなんです」


念を押されたロトは渋面を作るしかない。もともと反対なのだ。

ウルマは堰を切ったように話し出した。


「私はね、都からずっとトゥアナさまについてきたんです。小さい時は、それはそれはお可愛らしく仲良しでいらっしゃったんですよ。太子さまが、亡くなられた兄太子さまと喧嘩なすってたときのことですよ、トゥアナさまはね、太子さまはその頃まだ学生でしたけどね、『意地悪されたの?大丈夫?』なんて仰ってましてね、頭をなでなでしてたんですよ!その時の太子さまの顔と言ったらね…もうね…もう…私は!もうこれは!ベスト・カップルだと思いましたね!」


ロトの渋面はいよいよひどくなる。

ウルマは熱っぽく、もう何も見えていない様子で語り続けた。


「おかわいそうに、権力闘争があって、兄太子さまに追われて…渋々、政略結婚なすちゃいましたけど、あの方は今でも トゥアナ様を王妃にすることは諦めちゃいません!そのうち寝たきりの王様が亡くなられて、太子さまが王様になっちまえばこっちのものです。トゥアナ様は、この国のことだって!牛耳られる!そんな!方なんですっ!!!」


ウルマは空を仰いで祈りのポーズを取っている。

ギアズがロトにささやいた。


「あー、あれ口癖なの。もうほっといちゃってていいですからにゃ」

「こんな連中にいつまで付き合わねばならないのか…」





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