川辺で 3
ほらやっぱり彼女は嫌がってない。
唇をあてて、胸に喜びが膨れ上がったと同時に、カペルになんとなく感じられたのは、彼女がまったくキスに慣れていなくて、もしかすると殆ど経験がないのではないかということだった。
それは余計に彼を勢い付かせて、カペルはぎゅっとトゥアナを強く抱いて頬から髪、耳元にまで唇を当てた。
すると腕の中に微妙な変化が生じた。
トゥアナが腕を上げて抱きしめ返してくれたのだ。
甘い匂いが広がってカペルは陶然となり、二人ともう周囲の何もかも忘れてただ夢中になっていると背後から声がかかった。
「取り込み中申し訳ないんだけど」
カペルが真っ赤になって振り向くと、そこには背のあまり高くない
細い体の少年みたいな男がふてくされた顔で立っていた。
カペルの赤くなっていた顔が今度は真っ青になった。
トゥアナは、カペルのこんな顔ははじめて見たと思う。口を大きく開いて震える指を相手の胸にさした。
「ぱ…ぱ…パラル!?」
「パラル?」
相手は、カペルの指をかなり邪険に押しのけた。腕を組んでまつげの長い目で下からにらみ上げる。
「ちゃんと、兄さんって呼びなよ。いつも無礼なんだから」
サラッとした髪をかきあげ、偉そうに腕を組んだ姿はどこからどう見ても、二十歳そこそこにしか見えない。
「いつからそこにいた!?」
「何か人がいっぱい集まってワーワーやってた時」
「そんな前から!?」
トゥアナはカペルの影に隠れて仔細に観察していた。見るところ、カペルとこのパラルと呼ばれた兄(?)には、全くどこにも共通点は見つけられなかった。だが、似ている所もある。何よりその声、表情の作り方、気配がそっくりだった。
腕を組んだままでそっくりかえって偉そうに相手は顎でさしながら言う。
「そう、ずっと見てたけど、みんな追い払ってから突然この侍女さんに迫りはじめたからこっちに来たわ。ほんとにおまえは最低だね」
「いや、その…」
「それ駄目なんじゃないの。こっち占領軍、立場が強いわけでしょ。みんなの模範になるべき指揮官がそんなことしていいとでも思ってるの?だからお前は駄目なんだよ」
カペルはこのえらそうな顔をした細い兄の前で小さくなっている。
「なんでそんなことにみんな気がつかないんだろ。太子さまだってさ。ありえないわまったく」
ひとしきり毒づいてから、この細身の彼は何かをカペルに向かって突き出してきた。
「これ」
「何?」
「何じゃない。手紙!太子さまからの!預かってきた。とんぼがえりだよ。おまえとりあえず、軍はそのままにしていったん帰れってよ」
もう一度繰り返した。
「す・ぐ・か・え・れ・ってよ!!」
「なんで?おれだけ?」
「お姫さまふたりつき、えーとトゥアナとアウナ。それからこれは釘を刺された。ベルガは!ぜったい!連れてくんな。そういうことみたいだよ」
ぺらっとパラルは別の書類を持ち出してきてひらひら振ってみせた。
「おまけにここで商売やれる営業権もらってきちゃった~!」
「何でだよ」
「なに、おかしい!?おまえと違ってぼくは働いてんの。商売の足がかりが欲しいの。軍隊クビになったらおまえ雇ってあげてもいいよ。あっ一番下っぱの下働きとしてね。ぼくがご主人さま」
トゥアナはさっとカペルの手に手を添えて太子の書簡を確認する。
『元気なアウナちゃんのイカれっぷりを、ロージンに見せるのを楽しみにしてま~す』
「太子殿下には別に好かれてないし、何ならたぶん顔も覚えられてないんだけど、配下にはきっちり鼻薬をかがせてるからおまえの地位は安泰なんだよ、カペルちゃん」
「………」
「ぼくのおかげ!ぜ~んぶこの!ぼくなの!ぼく!ちょっとは尊敬しろよ、ね?」