領主の娘 2
アギーレが食事に集中し始めたので、カペルは夢想(妄想)に戻ることが出来た。
誰だって、三百六十五日二十四時間毎分毎秒、真面目に人生を生きられるものか。
楽しいことが欲しいし明るい側面を見たい。
あの可愛い、年下でも通る若妻、ついでに言えばしっかり者のお姉さんらしさがないから長女っぽくもない。
カペルは立ち上がって肩をさすると、グラスを取って空っぽな事に気付き、また置いて座った。
「よし落ち着こう」
あの時、お互いに見つめ合っていた時のようなムードに持っていければこの勝負は勝てる。
ダメそうなら暴発前にすぐ返す。
「おい心の声漏れてるぞ」
カペルはうるさげに戦友の方を見てから、やっと食事の支度が整っているのに気が付いた。
そうだまず、とにかく二人きりになること。これが重要だ。
(全員、追い出す!)
アギーレは腹が膨らめば勝手に出ていくだろうが、邪魔をしに来そうなロトやサウォーク、部下に侍女、さっきまで廊下をうろついていた領主の所有だったといういかにも貴重そうな大型犬。
間髪を入れず追い出す。
「いやもう、彼女しか部屋に入れない」
一、後ろ手に扉を閉める。
二、ワインをついで差し出す。(妄想の中であの白い手が優雅に受け取った)
──あなたとこうしてお会い出来るのが楽しみでしたの
...とか何とか言ってくれればいいんだがなあ。いや彼女はそんな媚びた言動はしない。
野育ちは隠せないから、絶対どっかでボロが出る。その前に、行くところまで行ってしまいたい。
「いや待てそんな、きざったらしい真似。出来るか?」
もっと、明るく能天気っぽい感じでいいのでは?
冗談に紛らわせる。馬鹿っぽいか。
外したら死にたくなるから危険大だ。
作戦1、ワインを渡す(リスク:手が震えてこぼす)
作戦2、お笑い系で(リスク:すべる)
作戦3、自然体で(リスク:かえって緊張して声が裏返る)
アギーレがあきれたように言う。
「おまえ、顔が面白すぎるぞ」
肩をいからせ反り返っていかにも野人らしい無遠慮さで、彼はナイフを投げ出し、口を拭いたナプキンも放り出した。
「お前にゃ心配事は山ほどあるだろうが、明日の出発な。おれはおれで、好きにさせてもらうよ。開城の前日には目星をつけてた」
「居酒屋か。行けよもう。羽目を外すなよ」
出て行ったアギーレの汚したあとをカペルはなんとなく片付けようとしながら、思い直した。
彼女にはこう言おう。
心配しないで欲しい。少し話がしたかっただけだ。
これから、この土地の為政者を決めるのにあなたの力が必要になる。どうか力を貸して欲しい、と。
いろいろ言わない方がいい。おれらしくない。
おれらしいって何だ?
ふと、手を止めて考え込む。
おれは、彼女を妻にしてここの為政者になりたいのか?
慣れかけてきていた都の暮らしを続けたいのか。
野心などないと言い聞かせながら、成り行きまかせに僻地まで来た。
ここまで来たならやれるだけの運を試してみたいか?
ロトのように、先を見て動くことに慣れていない。
太子の側近になれたのも、ロトやサウォークとうまがあったのも、戦いに勝って来られたのも運に恵まれていたからだ。
彼女は若く美しく、田舎とは言え家柄は抜群、お嬢様で毅然としていて、果たして自分はそんな女性にふさわしいだろうか。
(部下たちは美人なら妹と言っていたな)
白髪頭の隣に立っている頭一つ抜きん出た娘は確かに可愛かったような気もするが…顔が思い出せない。
また、あのじっとこちらを見つめていた長女の黒目に塗り替えられる。彼女はどんな話をする気なんだろう。歎願だろうな。
──妹たちをどうかお助け下さい。あなたにおすがりするしかありませんの
いきなり扉が激しく叩かれた。
「トゥアナです。入ってもよろしいかしら?」