黒マントの男 3
「なに!?うちをそんな風に見てたんか!?」
血相を変えて、デリアの父親に掴みかかったのはよぼよぼの鍛冶屋の親父だ。
「許せん!わしはそりゃモントルーの出じゃが、もう親父の代からここで働いてるんだぞ!!今までそんな風に!ながいつきあいじゃのに」
そこでいっそうわあわあと声が高くなる。
一体何で揉め事になったのか正確にははかりかねたが、サウォークはその「黄色い帽子」とやらを観察することはできた。
(う~ん、これは…ちょっとないんじゃないの、おやじさん)
好奇心でしかなかった彼も、デリアに同情する気持ちが湧いてきた。
男は貧相で体も小さく、正直デリアがひと腕動かせばぶん投げられてしまいそうだ。ただ体格の問題と言うだけでなく、男には何となく信用出来なさそうな奥深くに隠した陰湿な狡さを感じた。
(おやじさん、何か騙されてんじゃねえのかあ?)
アウナが小さい叫びをあげるのをサウォークは聞いた。
近くの店の入り口近くので顔を隠し背中を見せていた若者がフードをはずして立ち上がって騒動の方に向かってやってきた。サウォークは声を出しそうになって慌てて口を押える。周囲の男はその美貌に気圧されたかのように後ろに下がる。
「久しぶりに街でたと思ったらこうだ。どうしてみな仲良く出来ない」
「ベルガさま!」
鍛冶屋のおやじが勢い付いた。
「あいつは、ソミュール地区から引っ越してきたよそものですじゃ、なのにわしのことをよそ者扱いしおって!どれだけ家出した娘の世話を見てきたかしれんのに」
「仕方ないだろ!息子は戦いで死んだんだ。八百屋を継がせるにゃデリアには結婚してもらわにゃ困るんだ!ねえベルガさま」
「よくわからないが、好きな相手と添うのが一番だ。その二人はお互い好きなのだろ?」
周囲は押し黙った。
サウォークは思わずだめだこりゃと言いたげに額に手を当ててしまう。
ベルガは天真爛漫に言う。
「仲良くするのが一番だ。男女も、民もみな」
「ベルガさまがトゥアナさまと結婚して、おさめてくだされば全部うまくいきます」
そうだそうだと賛同の声が上がる中で、サウォークは、あの黒いマントの男は口をつぐんで黙っていることに気がついた。
「みんなが納得する道ですじゃ」
「それはできない。どうしてかは言えないができないんだ。みんなわかってくれ仲良くしてくれ。トゥアナが一番それを望んでいる」
「別にベルガさまなら俺らだって文句はないんだ」
「分かっている。だけど私が結婚する相手は、残された姫たちの中から選びたいと思っている」
窓枠をつかんでいるアウナの指差が血が出るほど握りしめられたのを、女鍛冶屋は気の毒そうに見た。
男たちがばらばらと解散していく中で、すっと黒マントはベルガの前に進み出て必要以上に丁重な礼をする。
ベルガは顔を歪めた。あからさまにいやな顔を隠さない。
「そう嫌わないで頂きたいですな」
「別に嫌ってるわけじゃない。用ならギアズに言って伝えさせるからいい」
「もし御代の暁にもこちらの取引を継続させて頂けるなら、耳寄りの話をたくさんお教えいたしますぞ」
「いらない」
ベルガはたったひとこと言ってすたすたと歩き去った。
見送る黒いマントの男の顔は強い憎しみに彩られ、さっと数名が彼の側により、ひそひそ話をはじめた。
「モントルーの若造が!!」
という声はサウォークの所まで聞こえた。
デリアがため息をつく。
「ベルガさまも楽じゃないね」
「何なの?たかが商人でしょ?どうしてあんなにえらそうなの?」
「あいつは危険だ。軍人でもないくせに人の命なんて何とも思ってない」
「ベルガ、危ないの?」
アウナの問いに答えないまま、サウォークはこちらに向かってくる音がしたので慌てていびきをかく真似をした。
「おい起きろ。いつまで寝てんだ。もう夕方になるぞ。お前らのかつぎ上げた新しい公爵どのがのこのこお供も連れずに一人で歩いてる。護衛をしないか」
サウォークは今起きた風を必死で装った。
「あれ…?俺?どこにいるんだ?ここは?」
「酔っ払いのねぼすけ!いつまで人のベッドを占領しているの。早く出て行って。アウナ、あんたも行くんだよ」
デリアは後ろを向いた。
「品は必ず届けてあげるから」