踊り子の姫 2
階下では、あれこれ指図するウヌワのわめき声が聞えている。
「あっちにこれを持って行って!今日の夕食の食材は準備出来てるの?そこの掃除が終わってない!これは誰がここに置いたの!?」
セレステは慌ただしい命令から逃れ、城の西側にある塔の屋上から右往左往する侍女たちをじっと眺めていた。そのうちの一人は、ウヌワの後ろについて赤ん坊のアドラをしっかり抱えている。
太陽が翳ったので、いつも明るく少し皮肉げな美しい顔に影が落ちた。深いためいきをついたセレステは、背後に軍服と僧服の混じった背の高い副官の姿をみとめる。セレステは笑顔を見せ、手招きをする。
ロトはそっとセレステの横に立ち、階下を一緒に眺めた。
「セレステ、あなたはソミュール伯と恋人同士だったんですね」
セレステは否とも応とも答えなかった。そろそろと細い指が上がっていき、細い喉元を押さえて苦いものを噛んだような顔をした。
「ウヌワね」
「ええ?」
「ウヌワのお母さまね」
セレステは喉から膨らんだ胸にゆっくり指を降ろしていった。
「扉を開けたとき、ここに…。思いっきり、ここに矢が突き刺さっちゃって。ウヌワとわたしの、目の前で…」
「モントルーとの争いの時ですね」
「それはもう、お人形が倒れるみたい。柱がぽっきり折れて、後ろにそのまま倒れるみたいに後ろに倒れてね。だれも、なんにも言わないの。涙も、悲鳴もなくって、しーんと静かなままで…」
セレステは思わずウヌワの顔を見た。
その頃から厳しかったウヌワの顔は蒼白で、目は飛び出るほど見開かれていた。だがひとことも口をきかない。
「ただ、鍵が…」
「鍵?」
「ウヌワのお母様、長いこと家政婦やってたから、鍵束を離さなかったのね」
倒れてからも、腰帯につけられた鍵を握り締めて放さない。その鍵束をウヌワが握った。帯からはずし、指をはずそうとするが、ありえないほどの強い力で握りしめられていて離れない。
セレステは手伝った。二人でもぎ離すようにして取った。
「それで、モントルーの連中がどやどや入ってきたのよ。ほら、戦いのあとって殿方は興奮してるでしょ。私の母は、町で店をやっていたから、ありったけの町の女たちを集めてきてね、あの広間で大宴会をしたの」
「ベルガをお披露目した部屋で…?」
「城の女子供たちはみんな、塔にとじこもって…」
「トゥアナさまは?」
「あのひと、ちょうど都の実家に行ってていなかったのよ」
セレステはモントルーの顔のなかに、あの時いた連中がいるのを覚えていた。ベルガはそこにおらず、ただ赤ら顔の年寄りが指揮していたのははっきり覚えている。
そうだわ。わたしウヌワが毒入りのお酒を用意してみんなにまわすのを必死でとめたの。わたし、歌や躍りが得意だから、にこにこして、お酒をついでまわって、なだめるために広間の真ん中で踊ったの
踊り子の姫!踊り子の姫!って囃し立てるの。
まわりじゅう、顔が真っ赤で…お酒の匂いと血の匂いが充満してた。
もう腕も脚もまともに上がらなくなって、笑顔も張り付いたみたいで取れないの。
気持ち悪くなって…そんな私が倒れるのを、連中は待ってるみたいなの。
倒れたらどうなるかわからないから、必死で動き続けて、もう限界だって思ったとき、扉がばたんと開いて…背が高くて、厳しい感じの人が入ってきたの。
酔ってるから、連中ももう力が入ってない。烏合の衆よ。その人はモントルーの連中を怒鳴り付けて、残りもその人の部下が剣で追い散らしたわ。
その人はわたしを抱き起こして、塔まで運んでいってくれたの。
「それが、ソミュール殿だったのですか」
ロトはいつの間にかセレステの体を支えるように抱いていた。豊かな胸が激しく上下しているのを、今度は労り深く見つめる。頬が撫でられてあの美しい顔が近くでささやくのを聞いた。
「あなたはソミュールに少し似ているわ、最初に見たときからそう思ったのよ」