女鍛冶屋 3
おだてたり褒めたりしたのはさっきが始めてだから、この親父の言うことは間違っている。
間違ってはいるが…。
当たらずとも遠からずだ。
(やべえどうしよう。もう仮免許を渡しちまったよ)
サウォークの顔が言葉を裏付けているようなものなので、じいさんは勢い付いた。
「ほれみろ!」
「けどな、嫌がってんならやめとけば?」
横から口をはさんだのはカペルだった。
親父は口を開けてぽかんとする。カペルは重ねて聞いた。
「嫌がってんだろ?結婚」
「そ…それは…」
「女が本気でイヤだってんなら、無理強いはだめだよ。嫌よ嫌よも好きのうちってのとは違うだろう、そりゃ。ほんとに嫌がってんじゃねえか。わかんだろ?わかれよ」
トゥアナが鍛冶屋に向かい紹介した。
「正規軍のカペル・エラベット将軍ですわ」
「将軍?この若造が?」
大男はうさん臭そうな顔でじろじろカペルを見る。
そこで黒マントのグアズが前に出た。カペルは目敏く傷に目を落とす。
「あんたそれどうした。サウォークにやられたのか」
「やったのはぼくだよ」
オノエが胸をそらして偉そうに言った。
「おじさんがこいつの一味に襲われそうになってるとこをぼくが助けたんだよ」
「人聞きの悪い!ちょっと呼び止めただけだ!」
一瞬かっとなった黒マントのグアズは居丈高になって、それからもの柔らかな態度に戻った。
しかし目の奥には明らかに怒りの炎がちろちろ燃えている。
「これは失礼。双子にとっては、私が父親変りみたいなものなのでね」
「どこが!」
オノエが叫びかけたのを、トゥアナがさっと後ろに拐って口をぎゅっとつまむ。
サウォークは胸の大きなダリー夫人が言っていたことを思い出した。
──お塩を特別に、わけてもらっているのですわ。
気持ちの良くない笑いを浮かべて、グアズは怪我した手を見せるようにさすりながら誰にともなく(アピールしているのは何となくカペルにらしかった)話し出した。
「私が世話しているのは、ダリー夫人だけではありませんからね。ラベル公には、『かなりの負債』がありますよ。街のギルド連盟は、返済を待っておりますよ、早く落ち着いて平和になるとよろしいですな」
グアズは歩き回り、カペルの目の前で立ち止まって指を一本立てた。
「さてここで問題だ。亡きラベルさまが借りがあったもう片方の相手は?(全員黙っていた)ソミュールさまです」
グアズの指をあてた顔はトゥアナに真っ直ぐ向かっている。
サウォークはびっくりしてトゥアナを見た。
トゥアナはじっと黙ったまま、グアズから目を離さなかった。
「新ラベル公もトゥアナさまには頭が上がらないことでしょうよ」
グアズは明らかなる嫌味を言いながら、こぶしを振って歩き回り、カペル、トゥアナ、サウォークの前で指を振った。
「私はね、この国の金庫番なんだ。だからよそ者にあれこれ好きなようにさせられないのでね!」
──嫌がってんなら、やめとけば?
まだ若いくせに分別くさい親父みたいな顔しやがって、こういうこと言い出すんだよなカペルのやつ。
そう考えているうちにサウォークも、普段の副官の心を取り戻していた。
らしくもなくロトに内緒で私服で歩き回り、おっぱいのことや慣れない機密情報(多分)のことを考えているうちに浮き足立ってしまっていたのだろう。
サウォークも口を開いた。
「こいつが切っちまったのは謝るけど、いきなり俺も囲まれてびっくりしたんだ、悪かったよ。傷は大丈夫か?」
用心して、鍛冶屋の娘のことには触れないように話を逸らす。
「お姫様に謝っていただこうとは思いません」
イライラしながら黒マントの男は言った。
周囲には人だかりがし始め、何名か見回りの兵士たちがこちらに気づいて指差しているのが見えた。
「こんなところでこれ以上押し問答をしても何ですから」
黒マントの男は目ざとく気付いて後ろに向かって手を振った。
何か言いたそうな八百屋だという大男を抑える。
「ここで解散いたしましょう」
デリアの父親は離れる前に、もう一度サフォークに向かって脅かすように腕を振り上げて見せた。
「いいか近づくなよ!うちの娘に近づくな」