女鍛冶屋 2
「切ったぞ」
「切ったな」
ギアズの弟だと言う小さな体の黒服の男がすごいわめき声を上げたと同時に、ざわっと周囲を取り囲んだ男たちが色めき立つのをよそに、小さな影は叫んだ。
「おじさん、走れ!」
「お前!!手が早すぎんだよ向こうはまだ何もしてねえのによ!」
そう言いながらもふうふう言いながらサウォークは走り出した。何しろ丸腰に近く供も連れていない。
圧倒的に分が悪い。
あっちこっち複雑な路地を右に左に曲がり、オノエは生垣の穴を指さした。
「おじさんここ。ここの垣根に穴があるから…えっ?入んないの?なんで?」
「こんな小さな穴、この俺が入るわけねーだろ!」
「何なんだよも~。ここを行けたら完全に撒けるのに」
そもそも、撒く必要があったのかどうか疑問だとサウォークは思った。
脅すような雰囲気ではあったが、まだ何のことなのかも聞いてない。聞く前にオノエが飛び出して切ってしまったからだ。そもそもオノエは奴に一体何の恨みがあるのか?
(女で子供で手練れなんて新兵よりたちがわりぃや)
サウォークは叫んだ。
「街中に行くぞ。見回りの兵隊たちがいる」
だがあまり大騒ぎになっても困る。
二人は中途半端に繁華街を避けて、少し人気の少ない川沿いに迷い出てしまった。
「いたぞこっちだ」
川沿いを走っているとサウォークは前方になんだか妙に見慣れた顔があるのを見つけた。天の助けかとサウォークは目を疑った。
「カペル!」
サウォークは思いっきり大きな声で叫んだ。
「カペル!助けてくれ俺だ」
「サウォーク!?」
「何事ですの」
カペルも私服だ。そして彼の横に立ち上がった女がいる。
女づれかよ…そう思う間もなく、サウォークはぎょっとした。
侍女みたいななりはしてるがこれ、一の姫じゃねえか。
肝心の文箱の持ち主だ。
サウォークは挟まれ、立ち往生になった。
どっちに行っても絶体絶命だ。額から大汗が吹き出てきた。
いや待て落ち着け、まだ何もバレてないかもしれないし、バレてるかもしれないんだ。
姫さまなら鍵だって持ってるかもしれんし。さてどうする。どうすれば…ロト!
助けてくれーーー!
さっとオノエがみんなの前に立ち塞がるように抜き身の切っ先を追っ手に向けて身構えた。
誰が止める間もなく、追っ手はバラバラと彼らの前に立った。
前に一歩進み出てきた、頑固そうな屈強な大男が言う。
「あんただろう。うちの娘をたぶらかしてるのは」
「は?だれが?」
「おまえだ!!」
「鍛冶屋のじいさん、こいつで間違いないんだな」
おじいさんはよぼよぼ気味にうんうんと頷いた。
「うちの娘だ」
「誰のこと」
「お前、まさか…」
カペルのとがめるような視線にサウォークは全身で否定した。
「ないないないない・ないないないない。ここんとこ全くご無沙汰だったから」
「何?ご無沙汰だったからしちまったってのか」
「だから何もしてねえって!誰のことだよ」
「おい、いいかふざけるな。鍛冶屋見習いの娘だよ」
「鍛冶屋見習いの娘?娘?はい…?」
ひとしきり首をひねって、やっとサウォークは叫んだ。
「あーーー!デリアのことか!」
「気安く名前を呼ぶんじゃなーい!!このみやこもんが!」
後ろから黒服の男が顔をしかめながら止血をした腕を押さえながら現れた。
そしてさすがに気づいたとみえ、姫君の前で丁重にお辞儀した。
侍女の格好ながら威厳をただしてトゥアナは聞いた。
「どういうことなんですの。グアズ」
「実はこの八百屋のおやじに相談を受けまして…最近、変な虫がついてるようだとね…」
「姫様!このうちの娘にはやっと縁談が決まったところなんです」
「へえ?」
サウォークはびっくりして変な声を出してしまった。
「やっと決まった縁談なんです。それでなくてもあの子は女のくせにこの鍛冶屋のじいさんのところに入り浸って、とんかんとんかんやりやがって。腕だって昔はあんなに太くなかった。みるみるうちに筋肉盛り上がってきやがって、結婚はしない鍛冶屋を継ぐってこういうんです!」
何かと男並に動くトゥアナのことだ、良いじゃないですのとか何とかの言葉を期待したサウォークだったが、トゥアナは黙って聞いているだけだった。
オノエも口をぎゅっと結んだままでいる。
「女の鍛冶屋なんて聞いたこともない、家の恥だ!俺はみんなの笑いものになっちまう」
「そりゃあないんじゃ…」
ないか、と言いかけたサウォークの声は大声にかき消された。
「そこにあんたのような都もんがやってきて、おだてるようなこと言ったり褒めたりするから、あいついよいよ調子に乗って結婚はしねえって言い出したんです!馬鹿を言うな、鍛冶屋の免許は男にしか与えられない。そう言ったら…いい、こっちにだって考えがある、とこうだ」
大男はサウォークを指差して絶叫した。
「絶対こいつに何か吹き込まれたに違いないんだ!」