女鍛冶屋 1
「なんだって?」
サウォークは聞き返した。よく意味がわからなかった。
「殺された?なんでだ?」
「この箱を開けさせないためじゃないのか?」
サウォークは文箱を見た。唐突にこの重たい箱が気味悪く思えてきた。
こいつの中には一体何が入ってやがるんだ?
「鍵のひとつはトゥアナさまが持ってるはずだ。肌身離さずな」
あの一の姫は、これを開けるつもりなのか、それとも破棄したがっているのか、どちらなんだろう?
「目撃者によれば、犯人は鴉みたいな黒い男だったっていうよ」
(な~んか嫌な予感がする)
サウォークは立ち上がった。
「あのおっぱいの所に行かないと」
慌てて口を押さえたが、デリアはわかってるといった風ににやっと笑った。
「ダリー夫人のことだな」
「いや、その…」
「男はみんなあのおっぱいが好きなのさ。塩問屋の親父なんか毎日のように通ってくるよ」
「塩屋の親父ってまさか…弟だろ?あのにゃあにゃあ野郎の」
「そうだよ、兄貴のギアズは骨の髄まで従者根性で城に仕えてるが、弟の方は性悪だ。まあ政治家って言ってもいい。商工会議所の首根っこを押さえてるよ。金貸しもやってるからあそこに尻尾を振らなきゃ商売はできないんだ。ダリ―夫人みたいに愛人年金もらってるわけでもないから、あたしは働かなきゃ食っていけない」
サウォークは膝を叩いた。
「よしお前ん家の剣や鋳物はうちの軍が買い上げてやる。女だと商売やらせねえなんてぬかしやがったら、うちに直接商売しに来い。でも何としてもこのはこは守っててくれ」
「私の証明書がかかってるんだ。命に変えても守ってみせるわ」
「畜生ありがてえ頼んだぜ」
思わぬ盟友を得たかのように両手を広げてハグをすると、相手はビクッと身体を強張らせた
あれっまずかったかな。
サウォークは慌てて離れた。
こんなんでも女は女だ。セクハラになっちまう。
サウォークは重たい外ぶたを開けて外に出た。
抜き足差し足、双子の母親のダリー夫人の家の周りをうろつき周り、サウォークは窓から覗いてみた。
その格好は自分では気が付いていなかったがさっきの黒い男そっくりだった。
「この家に何か御用ですかな」
後ろから声がかかって彼は1メートルぐらい飛び上がった…つもりだったが実際には巨体がビクッと動いただけだった。
後ろを向くと、あの黒いマントの男が下から見上げるように彼を睨みつけている。
(何だ背は低いな。やっぱりギアズの弟だ)
敵愾心満々なのかと思ったのは一瞬で、向こうは作り笑いをみせ柔らかい態度に変わった。その様子は確かにギアズによく似ている。
「正規軍の副官殿がこんな所に何の御用ですかな」
(俺を知ってる?)
私服なのに?サウォークがひどく警戒する顔になったので、相手は付け加えた。
「昨日宴でお会いしましたが。直接お話してはいませんがね」
「き…き…今日は俺は非番なんでね。街に遊びに出ようかと思ってたんだ」
「双子のお目付け役ではないんですかな」
「おじさん、そんなところで何をしてるの早く入りなよ」
オノエが実家の窓から身を乗り出して呼んでいる。
「あーふたご…じゃなくってオノエ姫さまが呼んでるわ。じゃあちょっくら行ってくるわそれじゃあまたね」
彼がその場を離れようとすると、黒い服の男はグッと彼の腕を掴んだ。
「いくら副官殿のであろうと、あまり妙な真似はされないことです」
「それ…何を言いたいのかな」
文箱のことなのかそれとも双子の母親の婦人のことなのか、測りかねて探るような言い方になった。
「知れたことですよ。あなた、妙なこと鍛冶屋見習いに吹き込んでませんかな」
囲まれている?
彼の体にさっと緊張が走った。
奇妙に静かすぎると思ったのだ。
さっきまで誰の気配もなかった場所に、あちこちに点在する腕を組んだ男たちの姿がある。数名で固まって顔を寄せて話している中に、サウォークは知った顔をみとめた。
(鍛冶屋のおやじか。裏切ったな?)
いや、そもそもが?
背負った剣に手をかける暇もなく、サウォークの横を抜けて、さっと小さな影が走り、黒マントに向けて光る白いものを突き出した。
抜き身の細い剣だった。
「いたーーっ!!!」
ギアズの弟だという黒マントの男は、びっくりするほど大きな声を上げて後ろに下がった。