ヒーロー好きな後輩ちゃん
「先輩、先輩、昨日もまた出たみたいですよ。黒影様」
自分で言うのもあれだが、人を寄せ付けないような陰険なオーラをまき散らす僕に対して、その子は全く気にした様子も見せずに目を輝かせて話しかけてくる。
「へ~、そうなんだ」
「なんでそんな興味ないんですか。この街のニューヒーローですよ。ついにこの街にもヒーローがやってきたんですよ。もっとテンションあげて、あ、いらっしゃいませ~」
この子はバイト先の後輩の女の子。高校生とは思えない位に小柄ながらも、いつも元気いっぱいで、コンビニでは大きな存在感を放っている。そして、ヒーローが大好きな女の子だ。
あ、ちなみに、バイト先は未だにコンビニだが、シフトは夜勤から昼間の勤務に変わっていた。親が口うるさく言ってきたからだ。あんなにボロボロになったのに、また一人暮らしを許してくれたんだから少しくらいは譲歩しないといけないよね。まぁ、夜の活動的にもその方が都合がいいと言うのもあるんだけれど。
「そんなことよりもさ、殺人事件があった件を心配しようよ」
「うーん。でも、襲われてるのは悪い人ばかりだし、私、そっちはあんまり心配してないんですよね~」
「人が死んでるんだよ?」
後輩ちゃんは人が死んでいるというのに、全く気にも留めていないように見える。確かに不審死というのはここ最近あまり珍しくないことになったとはいえ、それにしても警戒しないというのは物騒すぎる。
「もしも襲われたとしてもきっと黒影様が助けてくれますよ。あ、なんか想像したら興奮してきた。私、ちょっと夜の街を散策しようかしら」
「ダメ!それは絶対だめだよ。そんなことは僕が許さない!」
その軽口に、僕は思わず大きな声を出して後輩ちゃんに迫ってしまった。後輩ちゃんは僕のあまりの剣幕に一瞬びくりと体を震わせて、すぐに笑顔で応える。
「もー、冗談ですよ。目が怖いですよ。落ち着いて下さいよ、冗談ですから」
「冗談ならいいんだけどさ」
「もちろん冗談ですよ」
口では冗談だと言っているが、後輩ちゃんの目はぎらぎらと輝いたままで、僕は小さくため息をついて、コンビニ業務へと意識を戻したのであった。
バイトも終わり、街は完全に闇に包まれた。今の世の中、二十一時を過ぎると大体のお店のシャッターは下りる。二十一時を過ぎてシャッターが開いているお店なんて、夜のお店と、頑なに二十四時間営業を守っているコンビニ位のものだ。そして、そんな街は一昔前の街よりもだいぶ薄暗い。
さらに、ここは街の中でもかなり危険な地帯だ。ならずもの集団である“ブラッディ・クロス”という危ない奴らの縄張りで、男でさえ夜は近付かない場所だ。そして、僕の主な活動場所でもある。
そんな薄暗い街の、とある寂れたマンションの上に僕はいた。
「やっぱりな……」
僕はマンションの上でぼそりと呟いた。
案の定というか、後輩ちゃんが懐中電灯を片手に夜の街をうろうろとしているのが目に入ったのだ。びくびくしながらも、どこか目をぎらぎらとさせながら歩いている。
「あの子のヒーロー好きは本物だな」
ろくな反応を示さない僕に対しても熱く語っちゃうくらいだから本物なのはわかってたけどさ。しかし、これは冗談ですまされない。
何事もなければいいんだけど。
そんな心配をした直後、後輩ちゃんの周りに男がぞろぞろと群がり始めたのだった。
「そりゃあ、そうなるよな……」
僕はマンションの上からそっと飛び降りた。