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彼女はヒロインです。



 そんなこんなで拓真が頭を悩ませていると、アイリが何かに気付いたように立ち上がった。

 そのまま先程入ってきた扉へと向かい、少し開いた隙間から外にいる兵士と何かを話している。

 その様子を眺めながら拓真は改めて己の現状を確認する。

 

 アイリは自分を召喚士だと言っていた。となると、この世界は魔法の様なものが使える世界なのだろう。

 加えてあの兵士だ。いかにも中世欧州風のファンタジーで見た鎧に剣。

 そして先程の彼女の言葉。


「魔王に、勇者、か――」


 口に出したつもりは無かったのだが、自然と出てしまう程あまりにも現実味の無い名詞。

 拓真の世界では物語の中だけの名詞。

 前世の世界では御伽噺の中だけの名詞。

 その魔王を倒すために、己が呼ばれたのだという。

 それも己が倒すわけでは無く、倒す為の勇者を呼ぶために――。


 カップに入っていた紅茶はもう殆ど減っている。冷えたそれをグイと飲み干し、大きく溜息を吐く。

 

 ――これから一体自分はどうすればいいのだろうか?

 

 そればかりが脳内をグルグルしている。

 それもそうだ。拓真はつい先程まで約束された未来のある少年だったのだ。

 楽しい高校生活を送り、なんだかんだ周りと同じように大学に行くか就職するか。フリーターになる選択肢だってあるが、それは何かあった時の為の最後の選択肢だろう。

 そんな『周りと同じ未来』が拓真には待っている筈だった。周りと同じ様に生きていれば良かったのに。

 だが今、それは通じない。何故なら自分はただ一人この世界に突然やってきた異界の人間であり、誰も己と同じ境遇の人間なんていない。

 そう思うだけで拓真は心中不安で堪らなかった。

 

 だがその反面、どこか冷静に落ち着いている部分もあった。

 普通の少年ならば、異世界に飛ばされて落ち着いてはいられないし、そもそも己の現状を確認するなんてできないだろう。

 

 こうして拓真が何かを考え分析できていることが異様なのだ。

 ――拓真自身の記憶は勿論高校生になりたての未熟な少年のものだ。だがしかし、伊藤拓真は己の記憶に前世の記憶が混ざっている。

 つまりは、拓真は『周りに流されない生き方』をした記憶も持っているのだ。

 異例の若さで出世し、己の相棒とも呼べる武器で誰かを殺してきた記憶。或いは、戦場で己の同僚が目の前で死んでいく記憶。また或いは、誰かに悪意を以て殺されかけた記憶。

 拓真自身、それら全ての前世の記憶は己とは全くの関係の無いものだと思っていたが――皮肉にも今、前世の記憶は拓真の記憶と混ざって自身を落ち着かせていた。


「神子様、王様がお呼びらしいのですが……」

「王様?」


 ぼんやりと座って悩んでいる彼へと、おずおずとアイリが声をかける。その瞳はどこか少し不安げだ。それもそうだろう。拓真の眉間にはその少女の姿には不釣り合いなほど皺が寄っていたのだから。

 その事に自身気付いていないのか、それとも気付いていて気にしていないのか。また聞きなれない言葉が出てきたな、と拓真は心中思いながらも眉間の皺を解いて尋ねる。


「はい、この国を治めている王様です。面会して頂けますか?」

「……王様の頼みなら断れないだろ、普通」

「それもそうですね」


 アイリはクスクスと笑っている。どうやら拓真と話しているうちに彼女の方の不安や緊張は大分解けたようだ。

 彼はそんなアイリを見て表情を和らげつつも、小さく溜息を吐き席を立つ。白い素足が柔らかい絨毯の上へと降りる。柔らかい絨毯はどこか雲の上の様で、まだここが夢なのではないかと錯覚させる。


「それではご案内しますね、神子様」

「――あのさ、その神子様ってのやめてくれないか?」


 フワリと髪の毛を揺らして笑う彼女に、少し控えめに尋ねる拓真。

 その台詞を聞いてアイリはまたコロリと表情を変える。

 今度は難しいナゾナゾを聞いたときの様な、全く意味が分かっていない顔だ。


「どうしてです? 神子様は神子様ですし……」

「神子の俺にも名前はあるし――できれば名前で呼んでほしいっていうか――」


 ごにょごにょと唱えるようにぼやくその言葉をアイリは聞き逃さない。

 少し悩んだ後、彼女はその首を縦に揺らした。


「はい、神子様がそう望むのであれば! このアイリ、神子様をお名前でお呼びさせて頂きます」


 笑顔で了承してくれた彼女に拓真は思わず顔が緩む。

 例えここが異世界でも、例え彼女が自分を呼んだ相手でも、例え彼女が自分を元の世界へ――元の自分へ――戻す方法がわからなくとも。

 可愛い女の子に己の名を呼んでもらえる、という事実に思わず歓喜してしまう。

 何故なら、男だからだ。


「俺の名前、拓真っての。あ、でも男なのバレたらやばいんだっけ」

「そうですね……でも、『タクマ』という名はこの国では聞いたことの無い名前ですので、大丈夫かと」

「そうなのか? なんかアイリって名前はこっちでは聞くから意外だな」

「はい、私の名も珍しいのです」


 なるほど、と唸っていれば、外から複数の鎧の音が聞こえてくる。

 どうやらまた彼らに囲まれながら移動しなければいけない様だ。


「俺は王になんて言えばいいんだ? 来たけど勇者呼べないって?」

「きっと神子様――いいえ、タクマ様なら勇者を呼べます。今は方法はわからなくとも、必ず。ですので、勇者を呼ぶことを王様にはお伝えくだされば大丈夫です」

「どこからそんな確信が……」

「だって、貴方は正真正銘伝説の神子様なのですから」


 また聞きなれない単語が出てきた、と拓真は内心あきらめにも似た感情を覚える。

 これから会うのは王様なのだ。きっとまだまだ訳の分からないことが起こる。

 それなら、もういっそ自分から突っ込んでいった方が良い。


「なぁアイリ、伝説って何だ?」

「それは多分、王様がお話してくれると思います!」


 ――王様はお話しするのがお好きですから!

 だなんて、可愛らしく弾んだ声で言われる。視界に、桃色の髪と、柔らかい笑顔が日差しの下で優しく広がる。


 伝説、勇者、魔王、神子、魔法。ここはどう考えてもファンタジー世界だ。

 それでも、拓真は確信していた。

 もしここがそんな夢溢れるファンタジー世界なら、『前世の記憶』よりはきっとマシだろうと。何とかやっていけるだろう。

 

 そしてアイリはきっとヒロインだろう――。

 どこか冷静な男子高校生の心中はいつの間にか、そんな訳のわからない希望に満ち溢れていた。



蛇足更新

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