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俺は神子じゃないです。




「神子様、どうぞ此方へ」

「あ、はい」


 廊下に響いていた重い金属の音が一旦鳴りやむ。天井が異様に高い其処には赤い絨毯が引かれている。

 まるで西洋の城の廊下の様な場所。廊下の壁には幾つもの扉。そして、自分がいる場所もその廊下の途中。目前には同じく扉がある。

 拓真の周りをぐるりと囲っているのは金属の音の原因。

 

 全身鎧を纏ったいかにも「兵士」の様な奴らが自分を警護している――


 その突拍子の無い状況にあまりにも動揺していたからか、つい「あ、はい」だなんて返答をしてしまった。

 今は絶対に「あ、はい」な状況ではない。


 ――己の姿が前世の姿だと確認した後、拓真は瞬く間に兵士に連行された。

 茫然としきってしまい、抵抗をする暇もなかったのだ。気付けば謎の扉の前、という状況説明が一番正しい。

 隣には、つい先程目を開けた時に真正面にいた少女がいる。恐る恐る彼女に目を合わせれば照れたように可愛らしい笑みを返される。

 だが今拓真が欲しいのは笑顔なんかではない。説明だ。

 勿論女の子に微笑まれるのは嬉しいけれども。とても嬉しいが、それとこれとは別だ。

 良かったら、説明した後にもう一度微笑んでほしいと思う。


「神子様? どうぞお入りください」


 ぼんやりと考えている間にどうやら扉が開けられたらしく、部屋の中が目前に広がっていた。

 その部屋は現代では考えられない――というか、どことなく欧州の部屋のイメージに似た部屋だ。

 煌びやかに装飾の凝った家具。灯りはランタン。「現代科学」の力が全く見えない、と言えば正しいのだろうか。


「さぁ、此方です。皆様、此処まで有難う御座います」


 隣にいた少女が中へと招き、言われるがままに中へと足を踏み入れる。

 どうやらこの部屋に入るのは拓真と彼女だけらしく、兵士はそのまま扉を閉めていった。

 先程までは耳障りにも感じた金属音がパタリと聞こえなくなる。音が無くなっただけなのに、音が無くなると急に思考がクリアになる。


 兎に角、改めて部屋にあった鏡で己を見る。

 やはり其処にいるのは自分ではない。前世の大尉だ。それも、かなり記憶を辿らなければいけない程――大尉のまだ若き頃だ。十代後半程だろうか。それでも、もう彼女は軍人でその実力相応の位を持っているのだが。


「神子様、あの、お茶をお入れしましたので是非……」


 鏡を見ていた拓真の耳に、優しい声が響く。

 振り向けばその言葉通り、豪華な装飾の施された机にティーポットと紅茶が並べられていた。少女の細い指が器用にティーカップに紅茶を注いでいる。

 その光景を見ていると、何やらティーポットと湯気の立っているカップまでファンタジーに見えてくる。あれは一応現代と同じ形をしている筈だ。……恐らく。


「あ、あぁ。有難う……」


 そういえば酷く喉が渇いている。

 彼女の言葉に甘えて、鏡から目を逸らし机へと向かう。

 どうせ鏡を見続けても変わらないものは変わらないのだ。

 それなら今は喉を潤し、いったん今の状況を整理すべきだろう。


 暖かい日差しが差し込む窓辺。

 柔らかな温もりが滲んでいる椅子に腰を掛け、拓真は紅茶に口を付ける。

 紅茶なんて殆ど飲んだことがないので、美味しいのかよくわからない。勿論、前世でも飲んだ機会は少ないし味も違う。

 それでも何とか緊張を解こうと、そのまま少しずつ飲んでみる。

 喉が潤うと共に、暖かい紅茶が身を解していく。


 そこで、拓真は改めて目の前で緊張したように座っている少女を眺める。


 桃色で、綿あめみたいにフワフワした肩までの髪。

 髪の隙間から見えるピアスは桃色の結晶がはめ込まれており、キラキラと光を受けて光っている。

 瞳の色は髪の毛と違い綺麗な青色だ。透き通るような、空の色。

 拓真と同じ年齢ぐらいと思われる見た目だが、其の格好のせいか、少し大人びて見える。

 だがそんな雰囲気と相反した年相応の嬉しそうな表情。


 ――正直、とても可愛いと思う。


 ソワソワしていた彼女は拓真の視線に気付くと、その頬を赤らめて目を逸らす。

 その仕草もまた可愛い。

 アニメにいそうだ。

 だからこそ、彼はどうしても今が現実だと信じられなかった。

 全部夢なのではないか――と。


「――あの、聞いていいかな」

「は、はい! 何でしょう! なんでもお答えします!」


 現実なのか夢なのかを確かめるべく、あまり聞きたくない女性の声を発する。

 正直、拓真は己の前世がこんな優しい声色を出せるだなんて知らなかった。


「え、あぁうん有難う。えっと、じゃあ名前を……」

「私は貴女をお呼びした宮廷召喚士アイリ・キルシュバオムです!」


 彼女は沸騰したように立ち上がり、キラキラとした目で俺を見る。

 名前をすぐ教えてくれたのは有難い。

 有難いが――何て言った?


「えぇと…アイリ、なんだっけ」

「ぜ、是非、アイリとお呼びください!」

「あぁ、えっと、わかった。アイリ」

「はい!」


 とてつもない笑顔で言われてしまい、少々拓真は引き気味になってしまう。

 何がそんなに嬉しいのか――いや、彼女は召喚士なのだ。

 きっと、自分を……神子を呼んだことがそれほど嬉しいことなのだろう。そう彼は納得する。

 だが、それなら、まずは誤解を解かなくてはいけない。

 

 たとえそれが彼女を傷つけることになっても、だ。


「アイリ」

「何でしょうか、神子様」

「悪いが、俺は神子じゃない」


 持っていた紅茶のカップを静かに置き、事実を伝える。


 自分は皆が言っていた神子なんかではない。筈だ。

 だが、アイリはきょとんとした顔を見せた後、またすぐに嬉しそうな表情へと戻った。


「いいえ、神子様。貴女は神子様に違いありません」

「なんでだ?」


 キッパリと言い切られてしまい思わず食い気味に聞いてしまう。だが、アイリはそんな拓真の様子を気にする様子もなく説明を続けてくれる。


「なんでって……だって貴女は召喚の陣で生み出された光の中より現れたんです」

「召喚の陣?」

「さっきの部屋の床に描いていた陣のことです。えっと、こんな」


 空中に指で描いてくれるが、ちっともわからない。

 とにかくさっきの部屋にその召喚の陣とやらがあったのだろう。

 そして自分はそこから現れたらしい。


「でも、その、神子ってなんなんだ?」

「知らずに否定していたのですか?」


 驚いたように言われて、拓真は少しムッとしてしまう。

 だがどうやら彼女に悪気はない様だ。確かにそれを先に確かめるべきだった。

 だがこういう時人間は焦ってしまうものなのだ。正確な判断ができなくなる。


「神子様は、勇者様をお呼びするために現れると伝えられています」

「勇者?」

「はい、勇者様です」

「勇者ってあの魔王を倒す勇者?」

「はい、悪い魔王を倒す勇者様です!」


 元気に言われても、と困ってしまう。

 アイリは嬉しそうに、そして誇らしそうに拓真を見ているが――正直なところ、どういう反応をすればいいのかわからなかった。

 ――自分が勇者を呼ぶ? というか、勇者とか魔王とかやっぱりここは異世界なのだ。

 それも、前世の異世界よりももっと異質な世界だ。


「あのー、そうだな……」

「神子様が混乱するのもわかります。突然貴女をお呼びしたのは私ですし……ご迷惑でしたか?」

「迷惑も何も、俺は何もわかってないんだけど」

「とにかく神子様はこの国を……いいえ、この世界を守る勇者様をお呼びする存在なんです」


 ――重い。重すぎる。なんだ勇者を呼ぶ存在って!


 心の中でそう突っ込みを入れながら、眉間に指を当てる。

 考えれば考える程わけがわからない。

 五百万歩譲ったとしても。異世界に行くのはわかるが、何故自分が神子なのか。

 それも。


「なぁ、アイリ。もひとつ聞いていいか?」

「はい! 幾つでも!」

「何で俺はこの姿なんだ?」

「……と、いいますと?」

「俺男なんだけど」


 ――自分の掌を見ながら伝える。こんなこと言っても信じてもらえないかもしれない。

 だってそうだ。

 突然召喚された銀髪の女が「俺は男だ」なんて言い出してみろ。

 いや、そもそも召喚される時点でおかしいと拓真は感じるだろう。


 この際異世界に来たことに比べれば、前世の姿になっている事なんか小さなことなのか……?

 ――いやいやいや! 絶対小さくないだろ!


「……神子様は、男の方なのですか?」

「一応その筈なんだけど。拓真って名前の女聞いたことあるか?」


 笑いながら顔を上げれば、アイリはその大きな目を見開き、口を開閉している。

 

 ――なんなんだ?

 もしかして神子は女性でなければいけないとか――?

 

 急に焦りを感じ始める己に苦笑いが浮かぶ。もしここで神子じゃないとアイリに言われれば、自分はどうなるんだ、と焦っているのだ。

 偽った罪で処刑とか? 或いはここを追い出されて餓死とか?

 世の中、よくあるゲームや小説みたいに物事がうまくいくとは限らない。


「なんて――」

「私、男の方を部屋に入れてしまったのね……! どうしよう、お母様に怒られちゃう……!」


 両手を頬に当てて、オロオロとし始めるアイリ。

 言っていることを理解しようと拓真は頭をフル回転させる。

 どうやらここはアイリの部屋で……というか、確かにそれは非常事態だ。

 今自分は女の子の部屋にいる――!?


「ご、ごめん! そんなつもりはないんだ!」

「い、いえ! 私がてっきり、あの、まさかそんなお姿で男の方だなんて」

「本当ごめん、っていうか信じてくれるのか……? 俺本当、姿は女だけど、ただの男子高校生で……」

「ダンシコーコーセ、というのはよくわかりませんが、神子様が嘘を吐くはずがないですもの」


 優しく微笑みながら言われて一瞬言葉を失ってしまう。

 そんなに神子はこの世界では讃えられている存在なのか――


「あの、神子様。ですが、男の方というのはあまり言わない方がいいかもしれません……」

「? なんで?」

「この世界では男性の神子、という前例がありませんから……怪しまれるかもしれません。……でも、ごめんなさい、私の力不足で……」


 さっきまでオロオロとしていたと思えば、今度は急にシュンとしてしまう。

 どういう意味か分からず今度は拓真がオロオロしてしまう番だ。


「力不足って、どういう意味だ?」

「私、宮廷召喚士なんです。でも、その……落ちこぼれで……。魔術技能は高いらしいんですが、ミスが多くて……」


 どうフォローしていいかわからず、紅茶を零しかける。それでも俯いたその顔を覗き込み拓真は必死に笑顔を見せた。


「悪い、その魔術技能とかはよくわかんねーけど……アイリのせいじゃないって」

「私が召喚の時にミスをしてしまったのかも……だから神子様は違う姿に――。ごめんなさい……」

「……ま、まぁ? この姿だからこそすぐ神子って信じて貰えたんだしさ! 落ち込むなって!」


 言葉に偽りはない。

 あの時もし拓真が男だったら、「男性の神子という前例が無い」のであれば怪しまれていたかもしれない状況だ。

 それならこの前世の姿の方がきっとよかっただろう。

 前世の記憶もあるし、違和感はきっと人よりも無い。

 ただ、自分が伊藤拓真なのか前世の彼女なのか、少し不安にはなるけれど――それだけだ。


「神子様はお優しいのですね」

「いやそんなことはないって」

「お優しいです。……神子様は、そのダンシコーコーセというのに戻りたいですか?」

「……戻れるのなら戻りたいかな」


 急に真面目な顔で尋ねられたので、彼も真面目にちゃんと本音を伝える。

 アイリはさっきから本当に表情をコロコロ変える。

 もし戻れるなら――拓真自身の姿で、アイリに出会っていたら。

 きっとラブコメが起こっていたんだろうな、と彼は内心想像していた。


「私、必ず神子様が元の世界に戻れるまでサポートします! ……今すぐ神子様をダンシコーコーセに戻せるのならば戻したいのですが、それをしてしまえば私も国に怒られてしまいます。でも、必ず。神子様を最後までサポートします!」

「アイリ……」


 ――思わず涙が出そうになる。

 知らない世界に来て、拓真自身は気付いていなかったが実はかなり精神的に参っていたのかもしれない。

 拓真自身を取り戻してくれると――そう言ってくれたのが純粋に嬉しかった。

 女の子に言われているのはなんだが情けないが、今の彼は何もできないいわば平凡主人公だ。

 そんな少年にいったい何ができるのか。

 だが、彼女は落ちこぼれとは言えども宮廷召喚士だ。そんな彼女を味方につけられたのは心強い。

 これならきっと勇者も直ぐ見つかって、直ぐ帰れるはずだ。

 そうホッとした彼を見て、アイリもにっこりと微笑む。


「戻り方も、きっと魔王を倒せばわかる筈です!」


 ――前言撤回だ。

 勇者なんかやっぱり呼べるわけない――!




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