俺は俺です。
伊藤拓真、16歳。
今年の春県立高校に入学したいたって普通の高校生。
身長165㎝、体重は55㎏。
家族構成は母、父、年の離れた妹が一人。
趣味はゲーム。
好きなものは後で食べる派。
苦手な物はあまりないが、あえていうならスピリチュアル的な話。
――スピリチュアル、つまりは前世がどうとか転生がどうのとか。
過去に親が一度ハマったことがあるのだが、見事に詐欺だった。
何故詐欺に人が引っかかるのか――
それを親という存在を通じて目の当たりにして嫌いになった、ということもある。だがそれ以上に、その詐欺師の言葉があまりにも滑稽だったのだ。
「貴方は前世がカエルです! このままでは来世もカエルです! でもこれを買えば来世は超絶イケメンです!」
……そう詐欺師が言っていたのを今でも覚えている。
一体どういう神経で言っているのかわからない。どこをどうすれば、その道端に落ちていそうなガラスの破片を買えばイケメンになれるのか。
「落ちていたゴミを買ったなんて君は偉いね! よし来世はイケメンだ!」
――なんて神様がイケメンにしてくれるのだろうか。
そんなもん世の中の誰もがイケメン美女に生まれ変われるだろ。
そもそも残念ながら拓真は自分の前世を覚えている。
……決してカエルではない。
拓真は何故か昔から己の前世、所謂別の誰かの記憶を持っていた。
その記憶に気付いたのがいつだったかなんて覚えていない。
気付けばそれは彼の記憶に混じる様に、『拓真の記憶』として脳内にインプットされていた。
五歳の頃の話になる。彼の母親と二人で見ていたテレビでたまたま戦争映画のCMが放送された。
その映像にあった銃を指さして、「ママ、アレ僕が使ったことない銃だよ!」――だなんて言っていたらしい。
彼の母親は冗談だと捉えてくれたらしいが、もちろん冗談などではない。
――拓真は実際その銃を使ったことがなかったのだろう。
――伊藤拓真が覚えている『別の誰かの記憶』はどれも戦場の記憶ばかりだ。
血と、硝煙の臭い。
絶えることの無い爆撃音。
人の言葉になっていない声。
軍靴の軽快な音。
明るい楽器の音。
どれもが戦場へと続く記憶で在り、その記憶は戦場の中でぷつりと糸が切れた様に終わっている。
戦場へと続く記憶ではあるが、その記憶の中の争いが起こっていた場所は日本ではない。かといって他の諸国でもない。
つまりは、拓真の前世はこの世界の者ではない異世界の者である。
拓真自身、自分でも馬鹿馬鹿しいとは思ってはいるが、実際記憶の中には知らない言語が溢れているのだから仕方がない。
ただ、全てがこの世界と違うというわけではなく、先程も言ったが銃のようなものは使っていた。
この世界には存在しないが、明らかに先の大戦で使用されていた武器と似た武器がゴロゴロと記憶の中に在る。
勿論彼はしがない日本の少年であり、本物の銃は画面の中でしか見たことがない。
しかし、今目の前にあの銃が置かれたら彼自身直ぐに理解して使うことができる自信がある。
何故なら、理由は単純。
記憶にある『前世の伊藤拓真』はかなり優秀な軍人だからだ。
若くして中隊まで任されている大尉――それが彼の前世である。
前世の拓真がいた国は諸国からは帝国、独裁国家と呼ばれており、かなりの軍事国家だった。
実力主義のその国でストイックだった前世の拓真は、年齢に不釣り合いな出世を見事果たした。
だがそれすなわち、それ相応の犠牲も出していたという事である。
その容赦のない軍人としての生き様は、時に讃えられ時に憎まれた。
勿論敵も多かった。寧ろ敵の方が多かったような気もする。
――そんな彼女の呼称は、『帝国の魔王』だ。
今先に言ってしまったが、大尉は女性である。
若き女軍人。
女性や男性などという枠組みさえ壊してしまう程の実力の持ち主。
勿論、偶に上官からセクハラを受けていた記憶はある。
だがその後、間接的に何倍にも返していた記憶もある。
己の記憶と言えど、彼女を怒らせてはいけないと心に強く思ったものだ。
――と、ここまで拓真は第三者目線で大尉を語っている。
だが、言葉の通り伊藤拓真は第三者だ。
前世なら拓真自身ではないのか? と思う者もいるだろう。
確かに、ここまで記憶が明確なら拓真が「俺は軍人だ」と言い張ってもきっと違和感はない。
だが、彼は彼女を「自分の前世」だと思っているし、拓真は彼女ではないと思っている。
拓真はただの男子高校生になったばかりの、16歳の日本男子だ。
ついこの前入学式が終わり、新しく買ってもらった少しブカブカの制服をキッチリ着ている。
その制服も、これから先輩を見て着崩していく予定がある。
良い感じの部活に入り、その部活に打ち込むのも良い。
良い感じの部活がなければ、帰宅部でバイトに勤しんでも良い。
高校生はなんだってできる、と漫画で読んだ。ならば、自分の楽しむままにリア充生活を送ればいい。
そうすればきっと、中学の頃には残念ながらできなかった「彼女」もできる!
そして順風満帆な生活が過ごせる!
兎にも角にも、前世なんか関係なく、伊藤拓真にはこれから楽しい高校生ライフが待っている――
――筈だったのだ。
「み、神子様だー!! 神子様が召喚されたぞー!!!」
――……なのに、なんなんだこれは?
「神子様……! 私本当に召喚できたんだ……!」
――どうして目を開けたら目の前で女の子が嬉し泣きしているんだ?
「あぁ、神子様! ようこそ我が国へ!」
――あぁ、そうだな。有難う。さっきから何の話なのかさっぱりだ。
拓真はゆっくりと立ち上がろうとして、違和感を覚える。
さっきまで自分は制服のズボンを履いていた筈だ。なのに、今、どうして己の膝が見えているのだろうか?
そもそも、よく見れば自分の身体ではない気がする。
何か違和感がある。
その違和感を確かめるべく、立ち上がり周りを見れば、そこには人――と思われる者が何人かいた。
人と思われる、という表現をしたのには理由がちゃんとある。
彼らが日本では在り得ないカラフルな髪やらカラフルな目やら、とにかくカラフルだったからだ。
そして、極めつけは服装だ。
拓真の目の前で嬉し泣きしている女の子は、何やら豪華な、そう、ファンタジーにありがちな服を着ている。
そして周りの男たちも皆鎧を付けていたり腰に剣を掲げていたりと、とにかくファンタジックだ。
こんな光景は、『拓真の記憶』にも『前世の記憶』にも無い。
――と、ふと、光が反射している場所を見つける。きっとあそこにあるのは鏡だ。
拓真の中にある元軍人の勘が働き、その場所を目指して走る。
走れば走るほど、己の身体に違和感を感じる。
主に、胸あたりと股間あたりに――
何やら周りが騒めいているがそんなことは後だ。
今の彼は絶体絶命なのだ。もしかすると、もしかするかもしれない。
今走っている時にも、スカートなら揺れていいはずのモノが揺れていないのだ。
不安はますます募っていく。
――あぁ、どうか神様! 嘘だと言ってくれよ!
止めようとする誰かの手を振り払い、必死に駆ける。
そういえば、足元はどうやら何も履いていないらしく、床の質感が直に足の裏に伝わる。綺麗に掃除されているようで、冷たい石の感覚だけが俺を奮い立てる。
そして、ようやく。
ゆっくりと息を吸い込み、その鏡の前に拓真は立つ。
案の定鏡だったそれは、美しく磨かれており、真っ直ぐと伊藤拓真を映し――
「嘘だろ……?」
――茫然と呟くが、その声は彼のものではない。
先程までの予想通り、そこにいたのは、男子高校生の伊藤拓真ではない。
違和感は的中したのだ。
拓真が抱いていた不安はストライクだったのだ。
そこに立って拓真と目を合わせている虚像。
光を受けて煌びやかに靡く長く美しい銀髪――
刃や鏡の中の虚像で何度も見た紅い瞳――
そして、すらりとした女性らしい肉体――
極めつけは、記憶では見たことがない白いワンピース――
これは、これではまるで女性だ。
それも、この姿は紛れもなく――
――前世の大尉の姿である。
――そう、伊藤拓真は楽しい高校生ライフを失ってしまったのだ。
ついでに、彼自身も。