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ボーイ・アンド・ババア

作者: 雪白すずめ

「マーくん、肉じゃが好きだろ?」


「まぁ……」


「食べておいき、もうすぐ出来るから」


「いいよ」


「遠慮しなくていいんだよ、ここはお前のうちだと思って」


「僕んちじゃないからここ」


「反抗期かい?」


「分かったよ、食べる」


僕は促されるまま食卓につく。


正面には老婆が座っていて、僕の目をじっと覗き込んでいる。


「……何だよ?」


「いや……」


老婆は舌打ちするとばつが悪そうに目をそらし、部屋の壁に視線を移した。


「お前何やってんだよ……」


僕は率直な気持ちを声に出す。


「うるせぇな、俺は巻き込まれたんだよ文字通り」


目の前の老婆は乱暴な口調で、そのしわがれた声を響かせた。


「ほら、けんちゃんもマーくんもケンカしないの」


横から声を掛けられると同時に肉じゃがの皿が運ばれてくる。


「お腹空いてるとね、人は頭がおかしくなるんだよ」


皿を持ったまま嬉しそうにそう話すのは……僕と同じ制服を着た同い年ぐらいの少年だった。


「ババア!喋るな気持ち悪い!」


大声を出して威嚇するのは目の前の老婆で……僕は頭が痛くなってきた。


……………


話によると、幼馴染のケンジロウとそのおばあさんは「映画風転落ごっこ」という


お互い抱き合いながら階段を転げ落ちる遊びをして、


落下の拍子にお互いの肉体が入れ替わってしまったらしい。


「なんでそんな事してたの……?」


「ババアが楽しそうだっつって無理やり俺を……チッ」


「やだよケンちゃん!おかげで肉体が若返ったんじゃないか」


「それはお前だけだろ!俺は……俺はどうして老婆なんかに……」


人生が終わったかのような目でシワシワの手を見る……中身ケンジロウ。


「これからどうしよう……」


「元に戻る方法ってないのかな、もう一度落ちてみるとか」


「打ち所悪かったら寝たきりになンぞ!俺が!!」


「確かに奇跡的に無事だったけどねえ、やっぱばあちゃんの角度がよかったんだねえ」


「はぁ……」


ケンジロウが頭を抱えてため息をつく。


「実際いてぇんだよ!ババアの体なんて見たくねーけど、アザになってるぞこれ……」


「気にしないでいいんだよ、ケンジロウが無事なんだから」


「俺が今いてぇんだよ!」


ケンジロウのおばあさんはちょっと変わっているから、話が上手くかみ合わない。


「とりあえずさ……両親に相談して病院とか行くしかないんじゃない?」


「だな」


…………


ケンジロウの携帯にメッセージ送ったけど、返事がないまま翌日の朝がきた。


僕が学校に着くと、玄関のところにケンジロウが突っ立って待っている。


「ケンジロウ……?」


もしかするとおばあさんかもしれないので、僕は様子を伺うように話しかけた。


「おう、マサオか」


「あっ……元に戻ったんだね」


「戻ってはいないぜ」


「え?」


「とりあえず、アタシがケンジロウの代わりに学校に来ているのだぜ」


「……おばあさん?」


「おう」


どうやら、おばあさんは中身が入れ替わった事を悟られないように振舞っているようだ。


「マサオ!一緒に学級へ行こうぜ!」


「そ、そうか……おばあさんはクラスがどこか分からないんだよね」


僕はおばあさんを先導してクラスに向かう。


「結局元には戻れなかったの?」


「ああ、何科に行けばいいかわからなかったぜ!」


「確かに……じゃあずっとそのままなのかな……」


「それは困るぜ!ケンジロウはまだ若いのだから、可哀想だぜ!」


「あんまり大きな声出さないで!」


「ん?そうか」


おばあさんは耳が悪かったせいか、注目を集めるぐらい大声を出してしまう。


「とりま学校に居るときは僕がフォローするから」


「とりまって何だよ?もう少し分かりやすく話したいもんだぜ!」


「ご、ごめん……でもおばあさんももう少し普通に振舞って」


「普通って何だよ?アタシャよくわからねぇぜ!」


「ケンジロウそういう口調じゃないんだけどなぁー!!」


…………


僕の苛烈なフォローもあいまって、特に大きな問題も起こらず昼休みを迎えることができた。


「ケンジロウ、今日は屋上で一緒に食べよっか……」


「マサオ!俺ぁ皆と親睦を深めたいぜ!こんな経験もう五十年はしてねぇからな!」


「おい、お前今日なんかおかしくね?」


「ひっ……」


クラスメイトが面白そうに声を掛けてくる。


「なんかのキャラの真似?」


「むッ……俺は至って昨日までの俺と同じだぜ?」


「お前そんな喋り方じゃなかったろ」


「マサオ!言ってやれ!」


「え、僕!?」


「俺のこの喋り方がおかしくねぇって言ってやれよ!」


このおばあさん、勢いだけで乗り切ろうとする人みたいだ。


僕は白目をむきながら口をパクパクさせて思案してしまう。


「おいおいマサオも困ってんじゃんか、まあいいや一緒にメシ食うべ」


「マサオ!てめぇも来いよ!共にメシ食うべ!」


「いるから!近くに居るから大声出さないで!」


2人で屋上へ逃げる算段は打ち砕かれ、教室で肝の冷える昼餐が始まってしまう!


おばあさんが唐草模様の風呂敷に包んで持ってきたお弁当は茶色くて……すごく健康的なものだった。


詰め込まれた白米には梅干が乗せられ、チクワ、きんぴらごぼう、ほうれん草、田作り、ふきの煮付けなどが威圧的に並ぶ。


「うおっ、なんだよそれ!?」


「は???てめぇこれはお煮しめだよ」


「お前こういうの嫌いじゃなかったっけ?お煮しめとかオヒタシとか」


「…………俺のばあちゃんがすげぇ手練テダレだからよ、すげぇ美味ぇぞ!」


「へー、そうなんだ……」


「食ってみるか?」


「えぇ? いやぁいいよ、そういうの苦手だし」


「何故なんだよ!食わなきゃ味なんて分かりゃしねぇだろうがよ!」


「お前今日は随分熱いな……前は弁当隠しながら食ってたのに、本当に大丈夫か?」


「…………そうなのか?」


「そうだっただろ、なんだよ急に人が変わったみたいに……」


おばあさんはとても悲しそうな顔になって、無言でご飯を口に運び始めた。


ケンジロウのお弁当、おばあさんが作ってたのか……


僕まで切ない気分になりながら、自分のお弁当を食べ始めた。



…………


「マーくん……あの話、本当なのかい?」


夕暮れの公園でブランコに揺られながらおばあさんは尋ねてくる。


「どうだったかなぁ……僕あんまり人の顔見ないから」


「じゃあなんだい、あの男子学生はケンジロウの事が好きで普段から見つめてたってことかい?」


「それは違うと思うけどケンジロウ、家で待ってるんでしょ?帰ろうよおばあさん」


「アタシャ……どんな顔して帰ればいいのかねぇ」


アタシャとナターシャは字面だけは似てる……僕はそんなことを考え現実逃避していた。


食べ物の好き嫌いは誰にでもあるし、家庭の事情によっちゃ好き嫌いを言ってもいられない……


そう思うと、僕には返す答えがなかった。


ケンジロウの家は両親が共働きだから、過干渉ぎみのおばあさんとケンジロウはいつも一緒だったのだ。


お節介焼かれるたびに嫌そうな顔してたっけ……


「その表情が正解かい?」


渋い顔で思案していたら、それが返事だと思われていたようだ。


僕はあわてて微笑むが、引きつりすぎて般若のような表情になってしまう。


「うぅ~んまぁ……コーラでも飲んで気分転換していこっか」


「NEX!NEXがいい!」


おばあさんがコーラに異常な反応を示して僕が怯んだところで、遠くにおばあさんの姿が見えた。


ちがう、あれは……中身ケンジロウだ。


「どうしたんだよ遅くまで!俺の体で余計なことしてなかったろうな?」


「ケ、ケンちゃん……」


「ん?」


不審そうにするケンジロウと、次の言葉が出せないおばあさん。


「とくに問題はなかったよ!僕が見てたから」


「そうか?んじゃさっさと帰ろうぜ」


「ほら、おばあさん……行こう」


うつむいたまま黙っているおばあさんの背中を軽く押して帰路を促すが、おばあさんは動こうとしない。


「……本当に何もなかったんか?」


「……」


「ケンちゃんは……」


決心したような語調でおばあさんが話し始める。


「ばあちゃんの弁当嫌いなのかい?」


「は?」


「同級生に隠して食べてるのかい……?」


僕はもう、成り行きに任せることにして黙った。二人の問題だからね!


「……なんでそれを。まさかマサオ」


「僕じゃないよ!!」


「タダシ君に聞いたんだよ」


「……」


言うまでもなくタダシは昼に絡んできた同級生のことだ。


ケンジロウは眉間に高校生とは思えぬ深いシワを寄せ、吐き捨てる。


「べつに、嫌いじゃねえよ」


「なんだいその言い方は!ばあちゃん毎日早起きして作ってるのに!」


「ババア自然と5時に起きるっつってたろ!今朝の俺のごとく!」


「嫌なら言ってくれればいいんだよ……おこづかい渡してあげたのに。恥ずかしいお弁当なんて……」


「あぁぁもう、なんでそうなるんだよ!?」


「嫌いなんだろう!?はっきりそう言ってばあちゃんにトドメを刺しておくれ!」


「好きだよ!!!」


「ケンちゃん……本当かい?」


「何度も言わせんなよ……チッ」


なんだろうケンジロウがすごく男らしく見えるが、その容姿は老婆そのものでなんともシュールだ。


「ウッ、本当なんだね……嬉しいよ」


「……中学の頃から、からかわれてたからな……他人にあんまり見せたくなかっただけだ」


「アタシャ嬉しいよ!16年間ばあちゃんやっててよかったよ!!」


おばあさんが感極まってケンジロウに抱きつく。


「おいやめろ!」


反射的にケンジロウが振り払うと、おばあさんは勢いよく車道へダッシュしていく!


そこに当然の権利のように走りこんできたのは……大型の物流トラック!!


急ぎの仕事が舞い込み寝るに寝られず走ってきた彼が、道路に飛び出してきたおばあさんへの反応を遅らせるのは道理であった。


「ぐわああああああぁぁッ!!」


高速回転するコマのように綺麗に弾き飛ばされたおばあさんはケンジロウに一直線に向かってゆく。


「俺の体に何してんだババアーーーーッ!!」


まず自分のことから心配していくのか……と思う間もなく、二人は衝突し地面に叩きつけられる。


特撮のように盛大に土煙を撒き散らす光景を唖然としてみていた僕は、しばらくして我に返った。


「だ、大丈夫!?」


僕が駆け寄ると、ケンジロウが震えながら起き上がるところだった。


「い、いててて……大丈夫かいケンちゃん!!」


なんと、奇跡的に「映画的風転落ごっこ」と同角度・同威力で二人がぶつかり合い魂が再び入れ替わったのだ!


「おばあさん!?よかった!元に戻ったんだ!」


「え?……あら本当!よかったねぇケンちゃん!」


「ケンジロウ……?」


「ケンちゃん……?」


…………


トラックによってミンチにされかけたのはケンジロウの肉体である。


ケンジロウは元通りの体を手に入れた代わりに骨折の重傷を負い、入院するハメになっていた。


「チッ……まっじでふざけんなよババア」


「悪かったよケンちゃん。でもほら、元に戻れたじゃない」


「俺の体は酷いことになってんだよ!」


「これでもうお弁当のことで心を痛める必要はないんだねぇ」


「俺が今いてぇんだよ!俺の体が!!」


「ははは、それだけ元気なら完治もすぐさ」


本来医者が使うようなセリフだが、同室のおじさんにそう言われすごく微妙な顔になるケンジロウ。


「相部屋とか最悪だぜ……」


「またお見舞い来るよ」


「もうババア連れてこなくていいから」


「なんだいその口の利き方は!誰のために病院来てると思ってるんだい!」


「誰のせいで入院してると思ってんだ!トラックで轢くぞ!!」


「病室だから落ち着いて!それじゃ、また……」


「入院食は残さず食べるんだよ!」


うんざりといった感じで目を閉じて手を振るケンジロウを尻目に病室を出る。


こんなことになっても、やっぱり二人はとても仲良しだなと僕は般若のように微笑んだ。



おわり

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