2. 始まりは
先に謝っておきます。全国の「佐藤」さん及び「鈴木」さん、大変申し訳ありません。
そもそも何故、私がこれほどまで佐藤を嫌っているのか疑問に思っている人も多いだろうが理由は簡単。
佐藤の名字が「佐藤」だからだ。
佐藤といえば、ここ日本で最も多い姓である。
とある友人によると、全国の佐藤さんを追い掛ける生死をかけたゲームの模様を描いた本が大ヒットした事で有名らしいが、何も私はそのゲームに参加したくて佐藤を憎んでいるのではない。
全国の佐藤さんが、これまた全国の鈴木さんからナンバー1の座を奪ったからだ!!
何のナンバー1かなんて私が言わなくても容易に想像出来るが、あえて言わせていただく。私が今述べているナンバー1とは、日本で多い名字ナンバー1の事である。
そう、昔は「佐藤」なんて名字より「鈴木」の方が断然多かった。
だが少子化が進んだりした影響で、佐藤に追い越されてしまったのだ。
だから私は憎い、「佐藤」の姓を持つ佐藤さんが。きっと全国の鈴木さんも同じ気持ちだ。
いつか「鈴木の乱」という名前で歴史の教科書に載るほどの反逆を起こしてしまうかもしれない。それぐらい憎い。恨んでいる。
最近では全国の佐藤さん家が不幸に見舞われ、その分の幸せを全国の鈴木さん家が受ければ良いのにと考えてしまう程だ。
というか「佐藤」という姓を持つ人の中に、世界中の誰もが知っている歴史に名を残すような人物はいただろうか?
「鈴木」には、錦絵を完成させた鈴木春信や野球界で知らぬ物はいない日本が誇るイチローなどがいる。
しかし「佐藤」と言われ、浮かぶのは簡単に連絡を取り合える気軽な仲の友人ばかり。全っ然、有名人なんかではない。一般の人だ。鈴木さんの友人1みたいなモブさんだ。
いや、別にモブを馬鹿にしている訳ではないが、他に「佐藤」について知っている事なんて、伊藤や後藤のように「藤」がついているため藤原氏と関係が深かったと考えられている。
その程度の知識だ。佐藤さんがモブさんだという事実に変わりはない。
…誤解を招きそうなので言うが、別に私は生まれた瞬間から佐藤さんが嫌いなのではない。
ここまで佐藤さんを貶し、冒頭にて佐藤青透が嫌いな理由を「佐藤」だからと一掃した後に言うのも何だが、事実私は名字ナンバー1の座を佐藤さんから奪われた当初は佐藤さんをそこまで嫌ってはいなかった。名字ナンバー1なんてものにも、さして拘りなんかは無かった。
では何故、これ程まで「佐藤」を憎んでいるのか。
それは数年前、佐藤青透と初めて同じクラスになった高1の春に遡る。
「佐藤青透です。中学の頃からバスケ部に入っていたので、高校でもそこに入部しようと思っています。
1年間、宜しくお願いします」
そんな佐藤の自己紹介を聞いて、私がヤツに対して抱いた第一印象は「爽やか」だ。
清潔感が漂うサラサラとしてそうな黒髪に、入学一日目だというのに既にもう自分のものとしている制服の着こなし方。
その着こなし方さえチャラチャラとした印象を感じさせないのだから不思議だ。悪印象どころかクラス中の女子を虜にしているように見える。
私が思うに彼が初対面の相手に好印象を与えられているのは、そういった「爽やか」な雰囲気のおかげではない。
顔が9割、いやそれ以上を占めている筈だ。
所詮この世界は顔なのだ。人は外見より中身、なんて言う人もいるけれど、そんな奇特な人は極めて少ない。
その証拠に友人達が好意を寄せていると耳にした相手は全員イケメンだった。美形な人は心まで美しいというのか。何だそれ、文句のつけようがないじゃないか。
そんなの少女漫画や乙女ゲームに登場するキャラでもあるまいし、有り得ない!と思いながらも漂う「爽やか系イケメン」の雰囲気にのまれ、私も他の女子達同様、佐藤青透のことを中身までパーフェクトな男だと思っていた。
そう、「あの日」までは__。
「ねぇねぇ」
佐藤が初めて私に話し掛けてきたのは、入学式から3日目の数学の時間だった。
「ねぇねぇ。……ねぇってば!」
その時はまさか彼が自分に話し掛けているなんて思わず、ただ無心で先生が指定した教科書の問題を解いていた。
だが彼があまりに何度も、終いには私の机をコツコツと指の先で叩いて呼ぶものだから流石の私でも自分が呼ばれているのだと分かった。
「私、ですか?」
「そっ。鈴木瑞季さんを俺は呼んでんの」
それでも勘違いという可能性を拭いきれなかったので、念のため聞いてみれば、なんと彼は私のフルネームを口にした。
この短い期間の間にクラスメイトの名前を覚えているという事に驚いていると、彼は先生に気付かれないよう声を潜めながら言った。
「悪いけど、ちょっと消しゴム貸してくんない?持ってきた筈なのに無くなっちゃってさ」
それくらいならお安い御用だ。しかも私はもしもの時に備えて消しゴムやものさしを2つ持ってきている。
私はすぐさま筆箱から消しゴムを取り出すと、彼の掌に乗せた。
すると彼がふにゃと愛嬌のある顔で笑うものだからついつい「可愛い」なんて思ってしまった。
相手が男子だと言うのに、だ。
「んじゃあ、明日は今日説明しきれなかった所から始めるから、しっかり復習しておけよー」
自分の「可愛い」になる基準について悩んでいると、いつの間にか授業の終了を告げるチャイムが鳴っており、日直が号令の挨拶をしていた。
慌てて私も立ち上がり、「起立・気をつけ・礼」の礼に合わせて頭を下げる。
その後、先生が教室を後にし休憩時間になると、私は次の授業の準備をするため机の中から教科書やノートを取り出した。
そして友人達と談笑でもしようかと席を立った、その時だ。ヤツが再び話し掛けてきたのは。
「鈴木さん、消しゴムありがとう。めちゃくちゃ助かった」
と言って、彼が差し出す掌には私が普段愛用している消しゴムがある。
私はそれを促されるまま取ろうとするも、ふとある事を考えて手を止める。
そんな私の様子を見て、彼はどうしたの?とでも言うように首をかしげた。
「消しゴム、無くなったんでしょ?だったら見つかるまで貸してあげますよ」
「マジで?良いの?」
「はい。消しゴムがないと困るじゃないですか。
私ので良かったら、どうぞ使ってください」
そう私が申し出ると、彼は再び愛嬌のある笑みを浮かべながら感謝の言葉を述べた。
……もしも今の私が、過去に戻ってこの時の私に何か伝える事が出来るのならば、こう言ってやりたい。
なぜ佐藤なんてヤツのためにそこまで優しくしたんだ。
「鈴木さん」と「佐藤くん」の仲が不仲(!?)な理由はもう少し続きます。
※作者は鈴木ですが、「佐藤」さんを恨んでいる訳ではありません。決して。