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人間回路  作者: 竜宮 景
とある王都の一日
9/13

Report7 : bathromance

今回は……特に楽しんで書きました。因みに一応ですが、R15タグを付けておくことにします。必要あるのかなぁ……

執事たちに連行されるがまま、ビスクは城内に入ると、その光景に目がくらんだ。


回廊には優艶な緋色の絨毯が整然と敷かれ、金細工を品良くあしらったシャンデリアは燦々と煌めいている。


出迎えの者たちが絨毯の脇に並び、姫の行く道を一本に絞っていた。


彼らはビスク、もとい姫の姿をすると、静かに頭を下げた。


「姫様、さぁ……」


爺は手の平でビスクにその中を進むよう促す。だが、ビスクは自分の姿を見て苦笑いした。


爺と同じような燕尾服の男に、使用人のメイドたちでさえ、ここでは高貴に見える。


小汚い支給品の服に、黒ずんだ裸足。どう考えてもこの場に不釣り合いなのは自分だけだ。


案の定、ビスクの歩いた軌跡は黒い汚れとなって現れた。


それを見た爺が、「まったくどこを駆けまわっておられたのか」と溜め息をつくと、メイドの一人に何やら言伝をした。


会話の内容までは聞こえない。だが、メイドの表情は深刻を極めている。

やがて、メイドは意を決したように一度深々と礼をすると、列から抜け出し回廊を去った。



―――なんだ?随分慌てて?―――



「何かおありになって?」



二人のやり取りが気になったビスクは、姫の言葉で爺に聞いた。



「いえいえ、姫様はどうぞご心配なさらず。万事整っておりますゆえ」



「あら、何かしら?私、とっても気になるわ」



早く言え爺。と心の中で舌打ちするが、爺は頑なに言おうとしない。



「ほぅら姫様、今日は大変庭がお美しうございます」



回廊を抜けた先で、爺は話題を逸らそうと庭園を指さした。


確かに目を奪われるような優雅な光景だ。噴水の中央では、八枚の羽根を持った天使のような石像が遊び、流水は零れ落ちた陽の光を反射している。



「あれはなに?」



ビスクはその中でも一際目に留まったモノを指さした。ヒトのようなヒトではないような何か。天使の上に降り立ち、両手を天に向かって広げている。

 


「な、なんと!!姫様っ!!我らが祖先ではありませんか!!偉大なるレグリシアの創造主『レガリア』様です!!まさかお忘れになったわけではございますまいな!?」



爺が厳しい顔で詰め寄る。

そうだ自分は姫なのだ。姫ならば自分の城のモノを知らない筈がない。とビスクは慌てて取り繕った。



「え、えぇ!もちろん!!今日は一段と凛々しくていらっしゃるから、『それはどうしてなの?』って聞こうと思ったの。ごめんなさい。誤解させてしまったかしら?」



よくもまぁ、いけしゃあしゃあとこんな言葉がついて出るものだ。



姫の言葉に、爺が頬を緩める。



「おっほっほ。これはこれは大変失礼いたしました。どうぞお許しくださいませ。いつもレグリア様は大変勇ましいお姿でいらっしゃいますが、今日は姫様のおっしゃる通り、確かに一段と凛々しくもございます。きっと御日柄がよいからではないでしょうか?」



ビスクはほっと一息ついた。なんとかやりすごした、と。だが、少しでも油断すれば今みたいにまたボロが出るかもしれない。出来る限り喋らない様にしようとビスクは努める事にした。城内だからか、自分から話しかけない限り爺も積極的に干渉しようとはしない。



庭園を迂回し、東側の回廊に入り、さらにその回廊を抜け、階段を下り、また回廊を進んだ。



いったいどこに向かっているのだろう?



ビスクは終始無言でいた。それだけでなくキョロキョロするのもまずいだろうと、視界を広めに調節する事で首の動きも最小限にしている。そして、既にバレットへの救難信号も切っていた。伝わればいいが、もはやバレットに暴れられでもしたら、逆にこちらまで追いつめられる状況なのだ。



「ところで姫様?」



先ほどの会話以来、ビスクと同じように沈黙を保っていた爺が、大きな扉の前で口を開いた。



「ひょっとしてお疲れではございませんか?」



はて?っとビスクは首をひねった。唐突すぎて、真意がわからない。だが、疲弊していたのは確かだった。肉体的にも、精神的にも。



「え、えぇ……そう……ね。ちょっと休みたいわ」



その言葉に爺が大いに頷く。なぜか少し嫌な予感がした。



「そうでしょうそうでしょう!あのような所にいては心も体も擦り減ってしまいます!」



「そ、そうかしら?」



疲れているのは、今まさにこの瞬間のおかげなのだが。とは言わないでおく。



「そうですとも!!あぁおいたわしや姫様……ですが、この爺も心を鬼にします!!まずは、その穢れたお身体、しかとお清めください!!」



「は、はぁ!?」



爺が目の前の扉を開ける。その湿度の高さですぐに分かった。この先にあるのは……。



「い、いやだ!!離せロリコン!!」



「ろ、ろり?何でしょうかそれは?ダメです姫様。我儘を仰らないで下さい」



爺がビスクの手を取って強引に扉の中へと誘おうとするのを、足を踏ん張って堪える。



廊下の反対側から足音が聞こえてきたのはその時だった。静謐としていた城内には似つかわしくない、やけに軽快なリズムを刻んでいる。



「ひ~~~め~~~~~さ~~~~~~ま~~~~~~~」



そいつはビスクと爺の手前でたたらを踏むと、馬鹿みたいに大きな声で言った。



「ただいまメイド長より謹慎解除されてきました!!執事長殿、どうかこの先は私にお任せくださいっす!!!!」



ビスクに、それから爺までも彼女の声に中てられ硬直した。そのメイドは、形式的にと言わんばかりにペコッと礼をしてみせる。



「あ、あぁ。そうか。よく来てくれた。では……任せたよ」



爺はビスクから手を離すと、軽く手を挙げ、メイドに頭を上げさせた。



「ひ、姫様に怪我がないように丁寧にしなさい。くれぐれも乱暴にしないように」



「もちろんでございます!!私めは必ずや姫様のお身体を綺麗にしてみせるっす!!」



「そ、そういうことではなくてだね……ま、まぁ頑張りなさい。姫様もいい子にしてらして下さいね」



二人の会話を飲み込めないながらも、自身に危険が迫っている事だけは明らかだった。



ビスクは踵を返し、一目散に逃げる。が、メイドの足が速すぎる。



メイドは逃げようとしたビスクを後ろから捕まえると、そのまま軽々と頭上に持ち上げた。



―――は?なに?何が起きてる?―――



ビスクの思考が停止する間もなく、メイドはビスクを持ち上げたまま扉の中に入る。更にもう一つ先の扉まで駆けると、扉を蹴り開け、ビスクを湯気立ち込める大浴場の中へと放り込んだ。



「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



大きな水飛沫をあげ、ビスクは熱い湯の中へと入る。少し深いのか、足がつかない。ビスクはもがくと、かろうじて水面に顔を出した。



「ありゃ?ちょっと投げ過ぎたッスかね?姫様大丈夫っすか?」



「き、着の身着のまま放り込む奴があるかぁぁぁ!!」



――いや、違う!!そこではない!!だが、他に加える事が多すぎて何から言えばいい!?――



このメイドがどういう思考回路で、何を考えているのかサッパリわからない。

少なくとも、ビスクのアーカイブに入っている『姫』の扱い方とは随分違う。



「仕方ないっすよぉ。だって姫様こうでもしないと大人しく入ってくれないんすもん」



そう言いながら、メイドは革の靴とソックスを脱いだ。スカートの裾を持ち上げながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。



「ま、まて!待つんだ!!待ってくれ頼む!!」



ビスクの必死の説得虚しく、メイドはビスクを湯から引き上げると、ビスクを風呂の淵に座らせた。

そのあたりだけ段差になっていて、ビスクが座っても軽く上半身が出る。メイドは袖を思いっきり捲った。


「それじゃあまずは、この汚いお召し物を脱がすっすね!!」



しっかり手で押さえつけられているため、逃げたくても逃げられない。

もっとも、逃げたとしても、逃げ切れるかは怪しかったが。



ビスクたちが元いた世界の服だ。そうそう脱がし方はわかるまい。ビスクはそう願った。

この服は仮にもライプニッツ社の支給品だ。順番通りに開けなければきちんと脱げなくなっている。



メイドもその構造に首を傾げている。だが、それも束の間、閃いた!とばかりにビスクの支給服を力任せに縦に裂いた。



「ひ、ひえぇぇぇ……」



―――もういや。わからない。なにコイツ。普通破かないヒトの服――



だが、なんとかしなければなるまいとビスクは必死に手を考えた。このままではバレるのは時間の問題だろう。上手く隠し通せればいいが、このメイドは何をしでかすかサッパリわからない。



「はーい姫様ー。なんかよくわかんない服っすけど、姫様のお召し物はきちんと準備してあるでしょうから、はい!どんどん脱いじゃってくださいっす!!」



「ちょ、ちょっと待って!じ、自分でやるから!!!」



メイドの手が下半身に来ようとした瞬間、ビスクは間一髪その手を制した。



そうだ。自分の体は自分で洗えばいいんだ!!



至極当然の事に気づいたビスクは、メイドに命令する。いくらこのメイドが規格外とはいえ、仕えるものからの命令は絶対であろう。



「だいじょうぶよ。自分の体は自分で洗えます……どうかあなたは外で待ってらして下さい」



「ダメっすダメっす!姫様そう言っていつも逃げるっすもん。私それで何回も謹慎させられてるっす」



――姫に会ったらぶっ飛ばす!!いや、しかし今は冷静にならねば……――



「ごめんなさい。いつもあなたには苦労をかけているわね。どうか今一度私を信じてはもらえないかしら?決して逃げないと誓うわ……我らが創造主『レガリア』の名においても」



適当に考えてみただけのセリフであったが、どうやら効果はあったらしい。

メイドは姫の発現に気圧されている様だった。



「………………ほ、ほんとうッスか?嘘じゃない?」



「えぇ!もちろん!!」



ニコリと笑って見せる。宮廷式ではないが、気品のある笑みだ。



「う、うぅ…………じゃあ外で待ってるっす。何かございましたら、何なりとお申し付けくださいっすね!」



「ありがとう」と言ってから、ビスクは「少し長めのタオルを持ってきてくださる?」と付け足す。



メイドは了承しましたとペコリと礼をすると、扉の外に出ていった。



ビスクはようやく一息つく。嵐のようなメイドだったと。まさかあんな化け物がいるとは思わなかったと。二度と忘れぬよう要注意人物として覚えておくことにした。



メイドに破かれたのは、まだ上半身だけだった。破かれた後の切れ端が、プカプカと湯船に浮かんでいるのが哀れだ。危うく偽物だとバレるところだったかもしれないと、ビスクは切れ端を一つ掴む。



やがて、すぐにタオルを持ってメイドが現れた。メイドは少し怪訝そうな顔をしたが、何も言わず礼をすると再び浴場の外に戻って行く。



「さて……と」



ビスクは安心し、服を全て脱いだ。体を洗うための、当然の行為。



何の気なしに下腹部を擦った時、ビスクはそれに気づいた。



「なんだ……コレ?」



当然のようにそこに居座るのは何だ?と。ビスクは顔を下に向けられない。



まさかそんな筈はないと自分に言い聞かせる。だが、確かな感触がそこに。ビスクは直観した。



―――違う。そうじゃない。そうじゃなかったのか!―――



脳は自分の『誤解』に気づく。生理的嫌悪感から、ビスクは強烈な吐き気を覚えた。



あるはずなど無かったのだ。セクサロイドでもなければ、アンドロイドに『性器』が付くなどと言う事はありえない。



ビスクの誤解は、自分に『何も付いていない事がバレる』と思っていた事だった。



口の中に溢れ出た吐瀉物を、無理やりもう一度胃に捻じ込む。



―――俺を、道具と、一緒にすんな!!―――



奇妙な人間の体を得た時点で、憂慮すべき事だった。今になって気づくなんてと自分を責める。



ビスクはバレットが砂漠で暴走していた理由がようやくわかった。バレットを止めたのはビスクだったが

、ビスクはバレットの様子から『戦闘用アンドロイドの故障及び暴走』程度にしか考えていなかったのだ。これは人工知能による防衛本能だ。



自分のソレを見る。間違いようもなく、男性のソレだ。



―――この場合どうするべきか。上手くやり過ごすにはどうすればいい?いや、どう考えてもダメだ。逃げるしかない。可能な限り早くここから脱出せねばなるま………―――



「んもぅ!!姫様ッたらーやっぱり私が手伝ってあげなきゃダメっす………………へ?」



「あっ…………」



こちらの様子を窺っていたのか、あまりに動きのない姫様の元にメイドが駆け寄ってくると、そいつはあろうことか、真っ先にそこに辿り着いた。



二人の間に沈黙が流れる。メイドの手が、ゆっくりと姫様のソレから離れていった。



「え?あ、あり?なんで……ひ、ひめさまに…………ふぇ?……………ぴ……ぴ、ぴ、ぴぎふむぅ!!」



泣いて叫びそうなメイドの口を手で塞ぐ。



「だ、黙れ!!泣くな!!騒ぐな!!」



ビスクが風呂の淵に脚をかけたせいで、それが露わになると、メイドは首を横に振って逃げようとする。

手で押さえたままビスクはメイドに自分の顔を近づけた。



「いいか。騒ぐな。今、ここで俺が偽物だってバレたら、俺はお前が協力者だと言う。そうすれば俺はもちろん首が飛ぶが、状況次第じゃお前の首も怪しいぞ。仮にお前が完全に白だとわかってもだ、一度出た疑いはそう晴れるもんじゃない。たかがメイド一人なんて、王国にとってはどうでもいい。そいつの身が潔白かどうかなんて考えない。疑わしきは、排除するだろう。少なくとも拷問にはかけられるだろうな。わかったか?わかったら首を縦に振って、俺の話を聞け」



今にも泣き出しそうな瞳で、メイドは小さく首を縦に振った。



「わ、わかったっす。お願いですから殺さないで欲しいっす」



この暴虐のメイドに殺されることはあっても、殺せることはないだろうとビスクは思った。



それでも一応女史ではある。ビスクはメイドの持ってきたタオルで自分の前を隠した。自分だってこんなもの晒していては落ち着かない。



ビスクは一度深呼吸をすると、事の経緯をメイドに説明し始めた。



自分が今朝ここに来たばかりの者である事、ここの姫に間違えられて連れ去られた事、この王都がどういうところなのかも分からないという事。



それから理解できるかどうかはわからないが、自分が人間では無い『アンドロイド』である事も。



話が全て終わっても、信じて貰えるかどうかはわからなかった。だが、それはこのメイドを前にしては杞憂だった。



「あ、じゃあビスクさんは私の事殺さないんっすね?はー良かったぁぁ。怖い人かと思ったっす」



メイドは安心したようにへたりこんだ。



「敵意なんてもんは無いし、誤解されただけだから、俺としてはココから早く出たいんだ。お前の方から爺に言ってくれないか……えーっと……」



「チャオです。チャオ・リンっす。それは難しいかもしれないっす……」



「なぜ?」とビスクは問うた。



「今、けっこう王都内がピリピリしてるんす。革命派の動きがどんどん活発になって……ですから、多分執事長に言ったら、真っ先にそれを疑われるッス」



なるほど、と。ビスクは小さく言った。それならば、こちらに潔白を証明する物は確かにない。ロロ達に証言してもらう方法もあるが、無理だ。ロロ達が更に疑われるだけだろう。



ビスクは発想を変えることにした。



「チャオ。お姫様はいつ帰ってくる?」



「へ?え、えーっとバラバラっすけど、長ければ一か月は帰ってこないっす。第一皇女様も不思議な方ですが、第二皇女、姫様も変わってらっしゃいます」



「第一皇女?」



「はい。姫様と直接の血の繋がりはないのですが、とってもお美しい方っす」



―――俺は第二皇女のおてんば娘に間違えられたというわけか――



だが、今大事なのはそれよりも第二皇女が帰ってくるまでの『一か月』だ。確定された情報で無い以上、信用性には欠けるが、今はこれを信じるしかない。



「わかった。じゃあ俺はしばらくここで暮らす。チャオが俺の身の回りの世話をしてくれ」



「え、えーーー!!」



チャオが文句を言ったが、それを一睨みで抑える。



「えー、じゃない。それと本物と何とか接触できないか試みてくれ。じゃないとご帰宅なされた時に結局首が飛ぶだろ?」



チャオに次々と命令していくと、渋々チャオはそれを受け入れていく。



人間とアンドロイドの関係にしては、歪だ。



だが、そんなものはビスクにはもうどうでもいい。とうにタガは外れているのだから。



「運命共同体だ。よろしく、チャオ」



ビスクは手を差し出した。チャオがその手を取る。



半裸の男と、ずぶ濡れのメイド。



大浴場で奇妙な契約を結ぶ二人の姿が、そこにはあった。











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