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人間回路  作者: 竜宮 景
とある王都の一日
8/13

Report6 : 獣

ミリタリーの知識は残念です。

今回、既出の事に関して矛盾かな?って思う人もいるかもしれませんが、大丈夫です。

むしろアクセル踏んじゃったみたいのが怖いです。

あ、あと多分年齢制限は……大丈夫……かな?問題がありそうだったら、そのように変えます。

機銃掃射が始まった。


クリスマスのイルミネーションのように曳光弾は放たれ、真っ暗な夜空を彩っている。


震える仲間の一人は今か今かとプレゼントを抱きかかえ、その瞬間を待っていた。


ドッドッドッドッドッドッドッ


鼓動の音か、機銃の音か。


状況は開始された。仲間の合図で一斉に駆け出す。


市街戦とはいえ、夜間はこちらに分がある。相手は地の利を生かしきれない。


戦略的要所を次々と抑えていく。


ドドドッドドドッドドドッドドド


自分の鼓動の代わりに、世界が脈動しているようだ。


仲間の声に混乱する敵の叫び。


戦場の讃美歌に耳を傾けながら、指先に力を入れた。


オーケストラの奏者が一人、また一人と減って行く。


やがて訪れたコンサートのフィナーレは、寂寥とした静寂に包まれた。


興奮冷めやらぬ誰かが、機銃を空にむけて放つと、つられたように各地で鳴り響く。


バレットはそれを怪訝に思った。


自分の演奏に、自分で拍手を送る気には、どうにもなれなかった。




--------------------------------------




ビスクには恩がある。

バレットは彼を連れ去った車を、送られてくる救難信号を頼りに追った。


民家のドアノブ、鉄製の窓格子、排水筒と足をかけ、スムーズに無駄なく屋根の上に登る。ビスクを乗せた車は、そこからかろうじて視認する事が出来た。


多少身体能力の情報に補正を加えながら、平たい民家の上を、次々に跳んで渡る。パルクールと呼ばれる移動術は、この街ではもっとも効率的な移動術に思えた。

しかし、問題は土地勘の無さにある。数時間前に到着したばかりの街では、効率的な移動手段をもってしても、効率の良いルートを選択する事が出来ない。

車と自分との距離は開く一方だ。



何か別の方法を考えねば。



バレットは走りながら、周囲に目をやった。大通りから、小さな路地に至るまで、細心の注意を払った。


そしてそれは幸運にも見つかる。

鍵を差し込んだままのバイクが広間に無造作に置いてあったをバレットは見つけた。


すぐさまバイクある方へ進路を修正し、広間に降り立つ。



近くで観てみると、それは『捨てられた』としか思えないほど酷く損傷していた。

要点検項目を挙げれば、十や二十じゃ済まないだろう。

それでもエンジンは何とか起動した。ゴフゴフという音は、とても正常であるとは思えなかったが。



「ちょっと!」という悲鳴にも似た声に、バレットは振り返った。



このバイクの持ち主だと一瞬で悟ったが、ビスクを追うためにはコレが必要だろう。既に進路からも外れ、距離もだいぶ離されている。人間の体力が有限なのも、考慮しなければなるまい。



バレットは一瞬の内に逡巡し、ただ「借りる」とだけ言った。

盗む気は無かった。目的を果たせば、この少女に必ず返そうと。



少女は何か叫んでいたが、うるさいエンジンのせいでよく聞こえない。

バレットは追ってくる彼女を振り切って、大通りに出た。



バレットは通りに出ると、まず街並みを観察した。既存の歴史観でいえば、おそらく文明は19世紀あたりだろう。大通りを走る馬車や、人々の格好は確かにそうであった。しかし、先ほどビスクを連れ去った車やこのボロボロのバイクが、明らかに20世紀から21世紀のモデルである事が、まるで異なる文明が一つの街に集まっているかのような錯覚をさせる。街に浸み込めない排気ガスが、妙に鼻についた。



申し訳ないと思いながらも、バレットは前方を走る馬車や車を強引に抜き去って行く。文句を言おうとした者がすぐに止めて引っ込むのは、おそらくこの傷だらけの顔を見たからだろう。自己修復が可能とはいえ、人工皮膚は人工皮膚だ。あまりに多すぎる傷の前に、その効果は気休め程度でしかない。更にいえばこの傷の数は、バレットが前線にいる事が特に多かったからだろう。



バレットは救難信号の徐々に近づいている事がわかった。というよりは向こうが既に目的地に到達したのか、ほぼ動いていない。その発信源である街の中心をバレットは観た。



「城……か」



門前には衛兵が二人。左半分だけカラフルなアーガイルの上着に、赤の強いチェックのズボン。衛兵よりもピエロに似合いそうな格好をしている。二人とも右腕に銃剣を抱えていた。



バイクから降り、手で押しながらゆっくり門に近づく。衛兵に対して、まずは軽く手を挙げて挨拶した。



「………………」



彼らが無表情なのは良く知っている。会話をするのが現状極めて困難な事も。



「あー……すまない。この中に小さな男が入らなかったか?」



「………………」



参ったな、とバレットは頭を抱えた。彼らの方がよっぽど機械らしい。もっとも、らしいだけで中身は自分よりもずっと人間なのであろうが。



バレットが彼らの前で悪戦苦闘したが、どうにもこうにもならない彼らを諦め、とりあえず一周ぐるりと回ってみる事にした。会釈だけして、再びバイクに乗り込む。



事態は思っていたよりも面倒な事になっていた。気づけばビスクからの信号も途絶えている。

ここにいる事だけは確かだが、もしかしたら何かあったのかもしれない。持ち主には悪いと思いつつも、ボロいバイクに更に鞭打った。



高い城壁に囲まれた城を道なりに回っていくと、一角だけやけに城壁が低いところがあった。

今通ってる道との間には簡易な林を挟んでいたため、バレットはバイクを脇に寄せて停め、その中へと入って行く。

気は進まないが、ここからなら侵入は可能に思えた。


なるべく城壁に近い高い木に登り、中の様子を窺う。


かなり広い空間がそこにはあった。一面に単色の土が敷かれ、藁のような物を括り付けた木の棒が打ちつけてある。数人の若者がそれに向かって熱心に剣ふるったり、またある者達は二人組を作って模擬戦闘をしている。おそらくは兵士の訓練場だろうとバレットは推測した。


城壁の上には、ちょうど交代の時間なのか誰もいない。

現状侵入可能な道がここだけと思える以上、もっと中を観測したかった。


バレットはもう少し木の高い所まで登り、勢いをつけて城壁にしがみつく。そしてすぐに這うように身を乗せると、気づかれていないか隙間から顔を出して確認する。



どうやらバレてないらしい。



バレットは一つ深呼吸した。ここで騒ぎを起こすのは得策ではない。自分にとっても、ビスクにとってもだ。

ここでもうしばらく彼らの様子を観察し、侵入出来るチャンスが来るのを待つ。だが、見張りがここに来るようなら、その時はただちに撤退する。



そう思いバレットは訓練場の中、そして城壁の自分の周囲に細心の注意を払った。筈だった。



「ニャー?」



…………猫?



バレットは自分の背後を振り返り、ギョッとする。



褐色の肌に、深い黒の髪の女。いつの間にか背後をとられていた。



もっとも、バレットの興味はもっぱら女の持つ得物と、その鋭い眼光に絞られている。



女は下唇を舐めると、バレットとの間合いを一瞬で詰めた。



流れる様に女の右手が一閃を描く。首筋への正確無比な初太刀は、上体ごと逸らして躱した筈のバレットの首の皮を掠めた。


バレットが体勢を立て直す前に、女はバレットの脚を払った。


「くっ!」


倒れ込む前に何とか両手をつき、そのまま後方に回転する。が、それは女の罠だった。


まるで時が止まったように感じた。


微笑みを浮かべた女から放たれた刃は、バレットの左目を優しく抉った。



「がぁぁぁっっ!」



痛みにバレットは更に後方に飛び退いた。だが、そこは城壁の淵。



全ては女の目論見通りだった。



女はバレットの左目から自分の得物を回収すると、そのまま奈落にバレットを蹴り落とす。



ドサッ。鈍い音が訓練所中に響き渡る。



訓練場の中に落とされたバレットは、その激痛にもがき苦しんだが、すぐに感覚器官を切って対応した。



バレットは破損状況を確認し、丈夫な体に感謝した。裂傷、打撲はあれど、骨の著しい破損はない。それでも、下敷きになった左腕が上手く動かせなかった。



城壁の上を見るが、女の姿はもうない。



先ほどまで訓練していた若者達が、音に気づいてコチラに駆け寄る。



「なっ!!?し、侵入者だ!!!」



一人がそう叫ぶと、勇敢な彼らはすぐに剣を構えた。ざっと十人。模擬剣であっても、彼らは物怖じしなかった。



「陣形を組め!!リャッケ、パーヴェルの二人は先生へ連絡を!!テッド、レム、ウィルは何とか実剣をもってきてくれ!!その間は、俺たちで抑える!!」



最後に青年は「名誉の為に!」と付け足した。周りも復唱する。



五人か。とバレットは左腕をだらしなく伸ばしながら、この最悪の状況を冷静にとらえようと努めた。



痛みの感覚器官を切ったせいか、身を焦がしそうなほどの熱を左目から感じる。



やるべき事、まずは一つ。バレットは身を低くし、彼らの隙間を縫うように走った。先頭に立っていた青年がかろうじて反応するが、まだ体が硬い。模擬剣の切っ先は、バレットの遥か後ろを裂いた。



彼らが分散してしまう前に叩かなければなるまい。脱出の算段はその後だ。



連絡係の内、一人の胸ぐらを右手で掴むと、バレットは獣のような雄叫びをあげた。



「うがあああああああぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!!」



コード。それは今まで戦闘用のバレットには『ある程度』免責されてきたはずのモノだった。人工知能から激しい拒絶反応が送られてくる。



気の狂いそうな思考回路への強制介入。だが、バレットは左足を軸に、60kgはあろうかという男を、もう一人の連絡係目掛けてボールのように投げ飛ばした。



二人は衝突し、地面に突っ伏したまま動かない。



残り八人。バレットは向かってくる一人の剣閃を見切り、紙一重でかわすと、その腕をとって引き寄せ、みぞおちに膝を蹴りいれる。後七人。意識が遠くなりそうだった。



だが、バレットは目から流れ出る血をものともせずに、獣のように吠えては迫りくる若者たちを悉く沈めていく。



最後の一人、指揮官役だった若者だけが残った。



彼はバレットをじっと見つめ、ただ冷静に剣を構えている。



バレットは彼が優秀だと思った。同時に危ういとも。



じりじりと彼はバレットとの間合いを詰めていく。だが、バレットには正直もう戦う力も気力も残っていない。思いの外、左目の損傷による体力の低下が著しいらしい。



肩で息をしていたバレットに、彼は大きく剣を振りかぶった。



「はーーーい!!やめやめ!!おしまい!!」



気の抜けるような突然の声に、青年が剣を下ろす。赤いくせ毛の男が拍手をしながら近づいて来ていた。


「まぁあれだ。レイン君。君は正しい事をした。だけどさ、最後のはどうだろって君も思ったろ?」


「…………はい。すみませんでした。……これは私のせいです。処罰は受けます」


赤毛の男が手を振る。


「いいっていいって固くなんないで。俺は君たちの上の人間ってわけじゃあないから。ただ、この場は俺に任せて欲しいんだけど、いいかな?」


赤毛の男に首肯し、レインという青年は起きれる仲間を起こし、動けない者を手分けして建物の中へと運んで行った。


「おーーい!!ジア!!さっさと出て来い!!」


男が大声を出すと、今までどこにいたのか、先ほどの女が現れた。


「何考えてんだよ……ったく!」


「いやー……弱らせた侵入者を放り込むことによってさ。カデット(騎士候補生)達のいい刺激になるかにゃーなんて!」


「逆効果だろ……彼らに何かあったら、見張りやってる俺らだって面倒に巻き込まれんだから」


「だってさー……せっかく左目潰したのに、こんなに元気モリモリさんだとは思わんなくない?」


二人の視線が自分に集まる。バレットは右手の親指の付け根で、左目から流れる血を拭った。


「あんた名前は?」


赤毛の男が聞いた。


「バレットだ」


「そうかい。俺はハインツで、こっちはジア。しがない傭兵だよ」


褐色の女は笑顔で手を振ってみせた。どうやらバレットの目を潰した事など、これっぽっちも気にしてないらしい。もっとも、それはバレットも同じであったが。


「で、バレットさん。あんたは一体何しに来たんだい?本当に侵入しにきたなら、それ相応の対応しなきゃならんのよ。俺らとしても仕事だからさ」


飄々として取り繕ってはみせるが、纏ってる空気の剣呑さは隠しきれていない。

どのみち、この二人相手では分が悪いと、バレットは正直に答えた。


「ここに仲間が攫われた。今、この中にいる。それを助けに来た」


ピクリとジアが動くのをハインツが制する。


「じゃああんた革命派なの?」


聴き慣れない言葉だ。だが、『敵か』と聞いているのだろう。非常にストレートな問いかけだ。


「いや、ここには今朝着いたばかりだ。革命派……というのすら俺は知らない」


「うっはー。どうすんのコレ?もう向こうさんに預けちゃった方がいいって」


ジアが笑いながらハインツの肩をバンバンと叩く。


「信じろとは言わん。こうなった以上、そちらに命運を委ねる」


しくじった。バレットの頭の中はそれだけだった。もっと慎重に行動するべきだったと。こうなったのも事を急いたせいだ。


「ハインツさ~ん?きっこえってまっすか~?どうすんのって?」


ハインツはしばらく顎に手をあて考えると、言った。



「採用でいいんじゃない?」



ジアと、それからバレットが目を丸くした。



「うん。採用。傭兵部隊≪クラウドウルフ≫はあんたを雇う」



堂々とハインツはバレットの汚れた右手をとって強引に握手をした。



「あ、あーー!!なんかハインツが大人しいと思ったら、値踏みしてたのかよ!?」



ジアがハインツに噛みついた。



「あはは。実はバレットが正門の前で衛兵さんにしつこく言ってたの見てたんだよねー。そんで何かやらかしそうだったから、正門から入って先回りしたわけ。裏口は無理だし、入れるとしたらここだけだろ?いやー、まさかジアがカデットを使うとは思わなかったけどね」


「あぁもう!!くそっ!まぁ……でも……私はいいと思うよ!なかなかいい動きしてたしね。このバレットちゃん!!特に最後の方は獣じみてていい感じ!!」


ニッコリと笑って、ジアはバレットの頭をぽんぽんと叩いた。


「そそっ!逸材とみた。そしてこの状況なら低賃金で良さそうってのもある!」


ハインツはなおも飄々と続ける。会話に追いつけないバレットが何とか言葉を返す。



「ま、待て!俺はまだ何とも……」



バレットが言い終える間もなく、ハインツは小さな拳銃を取り出し、バレットの額に当てた。



「命運を委ねるって言ったのはあんただぜ?」



口をつぐむ。この状況は、既にこちらの負けなのだ。これは駆け引きでは無く一方的な命令。



「メリットだけを考えろよバレット。あんたみたいのが城に入る事が出来るとしたら、その方法は一つ。こちら側の人間になることだよ」



バレットは首肯した。それに満足したようにハインツは拳銃を下ろした。



「そうか!そりゃ良かった。改めてよろしく頼むよバレット!」



バレットはそう言うと、ゆっくりレインたちが入った建物とは別の方に歩んでいく。ジアもその後に続いた。



「そいじゃあまずは治療しないとねー。こっち。ついて来て」



ジアに促されるままについていく。



だが、数歩も歩くことなく、バレットの意識は途絶えた。







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