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人間回路  作者: 竜宮 景
とある王都の一日
7/13

Report5 : プトレマイオス

ちょっと長くなってしまいました。アニス回です。

LH-45の大きな特性は、その優れた人工知能から生じる個体差にあるといっていい。

それはまるで子供のように新しい出来事を吸収し、瞬時的に思考のパターンを変更・更新していく。そうする事で、彼らはあたかも人格があるかのように振る舞う事が出来た。


だが、それが人類にとって有益な事であったかどうかでいえば、話は別だ。


もともと彼らは優秀だ。だが、優秀の中にも更に優秀なものが現れた。彼らは自分達に割り当てられたこと以上の成果を発揮し、自分の能力の枠を超えて、新たな『生き方』を得ようとした。しかしその多くは命令されれば自分の仕事に戻るしかなく、また結局は成長に限界を迎えた。与えられた役割をこなせば、人類にとっては満足だったのだろう。それ以上は、必要ないと考えていた。とにかく、彼らの多くはその道を諦めざるを得なかったのだ。ただ、ごく一部の本物だけが新しい世界に一歩踏み出す事ができた。


アニスはいわゆる『天才』だった。愛玩用としての低スペックをもって産まれ、犬や猫と同じようにアンドロイドを飼おうとする人間に買われた。運が良かったのは、飼い主が変人だった事だろう。UNSA(国連宇宙局)のパトロンであった彼は、特異な特権でもって宇宙開発に関する非常に膨大なデータベースを貯蔵していた。アニスは彼の身の回りの世話をする傍ら、暇さえあれば、その膨大なデータを盗み見た。そこには自分にもともと記録されていた内容とは違う機密の文書でさえあった。


ほんの半年の間に、アニスは愛玩用から宇宙開発支援、主に星間航路の管制・制御を任されるまでに成長していた。アニスが宇宙開発に関するUNSAの議事録や、他の機密文書を盗み見ていたことに関して、飼い主は一切咎めなかった。それどころか彼はアニスを本当の娘のように思い、成長を大いに喜んだ。さらには彼女の低スペックを補うだけの外部装置を多数購入し、UNSAに取り計らってアニスに新しい職場を提供したのだ。

そして元・飼い主の目論見通り、アニスはそこでも才覚を十分にふるう。彼女の居場所はもはや誰よりも宇宙の果てに近かっただろう。それでも彼女は、呆れる事に、定時になると必ず『帰宅』した。元・飼い主本人の遺志により、彼との契約はとうに切れていたが、毎日身の回りの世話をしていた。齢90の父親は、彼女の新しい居場所とは関係なく、いつも彼女の傍になくてはならないものだった。




-----------------------------------




石畳の坂道を、アニスは息を切らしながら登っていた。


テスラから受け取った(強引に渡された)手紙の内、三件はもう届け終えていたが、バイクを盗られ慌てていたのだろうか、それとも今まで怠けていた事への罰なのか、最後の一件はそこから少し離れた坂の上にあった。


百三段、百四段と登って来た階段の段数を数えて気を紛らわす。上を見れば下りたくなるに違いなかった。


感覚器官を遮断すれば、今よりは幾分楽になるだろう。それでも汗などの代謝は抑えられないだろうが、少なくとも筋肉疲労に由来する体の痛みは軽減できるはずだ。


だがそうしないのは、それが危険であると身を持って知っていたからだった。


新世界の中に廃棄されたはずの自分が、なぜか荒涼とした砂漠の中に立っていたあの日。突然のことに情報処理能力は著しく低下し、『助けを求める』というシンプルな命令以外出来なくなった。今思えば人工知能が自己防衛シークエンスを誤作動させたのだろうと、アニスは推測する。


テスラに保護されなければ、肉体の限界に気づけないまま死んでいたかもしれない。



そんな事を考えながら、更に百数段上り切ると、ようやく配達先と同じ高さの住宅街までたどり着いた。

地区ではなく、等高線で番地が変わるので、階段や大通りを使えばまず道に迷うことは無い。人が通れないような小さな路地や民家の屋根を渡り歩く近道は、地理感のある者やテスラのように器用な者だけが使っている。


脳内時計で現在時刻を確認する。普段あのオンボロで坂を駆けのぼってるテスラを考えれば、急いだ方がいいだろう。アニスは小さい歩幅で必死に配達先まで歩いた。



「あれ…………?」


辿り着いたのは小さな店だった。洒落た吊り下げ式の看板には何か書いてあるが、汚くて識別できない。

手紙を投函しようとポストを探すが、どこにも見当たらなかった。


「あのー……」


意を決してドアを二回だけ、小さくノックする。


反応が無いので、ガラスでできたドアから中を覗きこむ。どうやら喫茶店らしい。椅子がテーブルの上に上げてあるので、どうやら今はやっていないらしい。

どうしたものかと悩んでいると、


「何か用?」


と子供の声がした。振り返るとそこにはいつの間にか四人の少年がいた。


「入り口はあっち。今はやってないけどね」


先頭に立っているリーダー格らしき少年が指さした方を見る。どうやら自分は店の裏手にいたらしい。



「あ、あああああ、あり、あ、あり、ありがりうござる!!」



アニスはこれを及第点とした。


――ひ、久しぶりにテスラ以外と喋ったにしては、そんなに……処理落ちしなかった方かな!!――


取り巻きの少年たちは見慣れないアニスを怪しそうに見ていたが、リーダーらしき子だけは物珍しそうにアニス(というよりは首から下げたバイザー)を見ていた。変質者のような行動をしていたアニスを訝しむような鋭い目つきが、丸々とした好奇心旺盛そうな瞳に変わっていく。


「ねぇ………それ、何?ちょっと貸してよ」


少年が近づいてアニスのバイザーに触れようとしたので、アニスは何とか身を捻ってかわした。


「なんだよ。ケチ!」


触らせてくれなかった事に腹を立てたのか、ムスッと頬を膨らせている。


「こ、こここれ!!だだ、大事なものなり!!!」


「ちょっとだけだよ。ね?」


「ほ、ほんとうに大事なの。ごみんにゃない!」


バイザーを抱きしめる様に守る。


少年はしばらくアニスを見つめ「ふーん」っと不服そうにしていたが、


「じゃあ…………しょうがない、か」


と何とか納得してくれたようだった。まだ少し残念そうにバイザーを見てはいたが。


「それで?ここに何か用?それともヘレナおばさんに?」


少年の問いにアニスはハッとして手紙をパタパタと振り回した。


「あぁ、あんた手紙届けに来たのか。それなら俺が受け取っておこうか?俺はヘレナおばさんに用があったから、会ったらその時渡しておくよ」


――お、おぉ!!良い人だった!!ちょっと怖いけど、優しい!!――


アニスは「ふ、ふへっ」と言って手紙を渡した。


――よしっ!完璧!!これでようやく帰れる!!――


頭を下げたまま少年の横をすり抜けようとすると、取り巻き達がざわめきだした。


「えー!!リーダーまたあそこ行くの!?」「俺、あそこ薄暗いから嫌い!」「ここで待ってようぜ?」

「あそこ魔物でそうなんだよな……」「や、やめろよ!街の中に出るわけないだろ!」「でもさーやっぱり薄気味悪ぃよなー」「やっぱりここで待ってようよ……」「俺もそれがいいと思うぜ」「うん。そうしよう!!」



畳み掛けるように三人衆がリーダーに詰め寄る。だが、彼らの要求をリーダーは頑として受け入れない。

ブーイングの嵐の中、いたたまれなくなったアニスは、こっそりその場を離れようとした。



「仕方ないだろ?星を観るためには周りより暗くなきゃいけないんだって、おばさんが言ってたじゃないか。」


アニスの聴覚器官がピクリと反応した。


「星なんてどこでも観れるじゃん!!意味わかんねぇよ!!」


一人が反論し、他の二人はがそうだそうだ相槌をうつ。


「うるせぇ!!俺に聞くなよ!!遠くの星を観るためには、それが必要なんだよ!来ねぇなら置いてく、それだけだ!!」



有無を言わせないリーダーの眼光に、三人衆がたじろぐ。



「どうする?来るのか!?来ないのか!?」



リーダーが更に追い打ちをかける。三人はすっかり怯えきっていた。



「あ、あのー……?」



アニスが消え入りそうな声で、小さく手を挙げた。



「あ?あんたまだいたの?」



少年の明らかに不機嫌そうな声が胸に突きささる。


だが、そこで怯むよりも、アニスは自身の好奇心に勝てなかった。



「わ、わわわたしも……行っていいかな?」



取り巻きの三人が唖然としてアニスを見ている。


今すぐにでもこの場から逃げたかった。バイタルサインはとうに正常値を指していない。

何でこんな事言ったのだろうと酷い後悔に襲われる。さっさと帰ってしまえばよかったと。


無限に長いように思える一瞬の沈黙が流れた後。


リーダーは口の端で悪戯っぽく笑うと、アニスに言った。



「いいよ。それ、触らせてくれたらね」



----------------------------------



「へぇー!コレ何に使うんだろ?エンドミルで買ったの?」


隣を歩くリーダーが言った。バイザーのあっちこっちを触っては興味深そうに望みこむ。アニスは壊さないか心配で心配でしょうがなかった。チラチラ彼を見ては「そろそろいい?」「まだダメ?」と話しかける。だがリーダーはそんなのお構いなしだった。


「バイザーは後負荷の演算を行う時に着けるの。想定にない重力渦なんかに船団が掴まらないための複雑系の解析だったり、進路の修正や目的地の補正なんかの時も使うかも。あと、それはご主人様がくれたの」


「じゅ、じゅうりょくうず?って何?」


リーダーの言葉にアニスの言語能力は最高潮に達する。



「知りたい?そう?そっか。じゃあ教えてあげる!!人類史上初の太陽系外への進出した時の事なんだけどね!!順調に進路を行ってた筈の船団からの信号が急にロストしちゃったらしいの。その時はすぐに回復したんだけど、後々原因を調べたら航路に描かれてない重力渦のせいで、早急に問題に対処せねばって時に活躍したのが私!!それで重力渦ってのはね!あーでも、これを話すなら古典から入った方がいいのかな?どうしようかなー!あっでも」



「へ、へぇー!よくわかんないけど、格好いいな……コレ!」



リーダーは意味の分からない言葉の羅列に耐えかね、急いで会話の内容を変えた



「そうだよねそうだよね!!同僚のやつなんか私がもともと愛玩用だからそんなの着けてるんだって馬鹿にしたんだけど、どーー見てもいいデザインでしょ!?このフィット感に、この機能性に、スタイリッシュで持ち運び便利だし!!他のダサいバイザーとはデザイナーが違うんだよデザイナーが!シュタイン社だよ?シュタイン・フィルディナンドの開発ってだけでもう!」


が、無駄だった。



「そ、そうだね。うん……返すよ」



これ以上は聞いてられなくなったリーダーがバイザーをアニスに返すと、アニスも我に返ったように赤面した。自分の好きなモノには、随分流暢になる。



「あ、うん……ありがとう」



俯いたまま、バイザーを受け取る。冷静になってみれば、こんな事言っても通じる相手ではないのだ。後ろからついて来てる子分たちも、変な女が発狂したと思って警戒しているようだった。


とりあえず、かえって来たバイザーを首からぶら下げた。



「この先だよ」


リーダーが不意に立ち止まって、進路を指し示す。森林公園のようなところなのだろうか。周囲はフェンスで囲まれ、その中は木々が乱立している。薄暗くなってきた空と相まって、寂寥とした雰囲気を醸し出していた。


「それじゃあ、ついてきて!」


リーダーは軽やかな動きでフェンスを乗り越えると、あっという間に向こう側に渡った。


「ほら、早く」


急かされ、いそいそとフェンスをよじ登る。あんまりノロマだからか、リーダーは再びフェンスを登ると上からアニスを引き上げた。



「で、お前らはどうすんの?」



リーダーが煽っても、取り巻き達はウダウダと意気地なくしている。



「あっそ」とだけ言うと、リーダーはフェンスから跳び下り、そのまま振り返らずに歩き始めた。



「ま、待ってー置いてかないでー」



アニスは急いで後ろ向きに跳んだせいで、軽く尻もちをついたが、落ち葉がクッションになったおかげで大事にはいたらなかった。

三人衆を一瞥することなく、アニスはリーダーに追いつく。



「気にしないで。あいつらいつもだから。ここは魔物が出るってさ」


「へ?魔物ってなに?」


アニスが真顔で聞いたのが面白かったのか、リーダーはケラケラと笑った。

本気で言ったのだが、そうは取らなかったらしい。


「いいね。あいつらもそういう風に『気にもしてない』って、大きく構えてればいいのに」


本当に何も知らない、とアニスが言う間もなく、リーダーは続けた。


「今じゃ魔物なんて遭遇するのはキャラバンか、山岳の奥にいる奴らくらいだよ。産まれた頃から一度も見た事ないものに怯えてどうするんだか。それにもし魔物が出るなら、なんでオバサンはここに来れるんだよ」


どういうものかはわからないが、どうやら魔物という生物がいて、それを子供たちは怖れているらしい。


「リーダーは怖くないの?」


アニスは聞いた。その言葉にリーダーの頬がピクリと反応する。


「本当に怖いのは、もっと別にいるんだよ。人間が手におえないくらいヤバいのがさ」


リーダーの肩がほんの少し震えている様にみえた。


「まぁ、そういう事だからさ。ホラ、見えてきた。あそこだよ」


白い半球体のドームが見える。それはアーカイブで見た事のある天文台のそれだった。

不思議と足並みが速くなっていく。近づくにつれ、鼓動が高鳴るのを感じた。



「おばさーん。ヘレナおばさーん!」


リーダーが天文台の扉を、何度もノックする。すると中から壮年の女性の声が聴こえてきた。


「はいはーい。今行きますから」


カチャカチャと扉の鍵を外す音が二回すると、眼鏡をかけたふくよかな女性が顔を出した。

女性はすぐにリーダーの隣にいる見知らぬ少女の存在に気づき、ニッコリと微笑んだ。


「あら、今日はお友達も一緒なの?」


声に出すと失敗しそうだったので、アニスはぺこりとお辞儀だけする。


「手紙届けに来たらしい。俺が預かろうかって言ったんだけど、何かここに来たいってお願いされちゃってさ」


「あら?そうなの?まぁいいわ。どうぞ上がって」


リーダーに続いて、アニスも中にお邪魔した。

中はそれほど広くなく、簡易の住居スペースに、作業場、それから天体望遠鏡があるだけの簡単な作りをしている。作業場には煩雑に置かれた書類と、紙のクズやら、切れ端やらのゴミがとっ散らかっていた。


「おばさん。アレは?」


リーダーがそう尋ねると、彼女は「はいはい」と言って少し大きめの紙袋をリーダーに渡した。

その中身を確認すると、リーダーは今までとは違って随分子供らしい笑顔になった。


「ありがと!!大事にするよ!!」


リーダーはそれだけ言うと、紙袋の口を閉じ、アニスが覗き込もうとするのを防いだ。


「そんなの大した事ないのに。街にはもっといいのがあるでしょう?」


「いいんだよ。オバサンのが一番いい」


「そう言ってくれるのは、嬉しいけどね……それで、あなたは?」


アニスは自分の事だと気づき、まず彼女に手紙を渡した。

知り合いからの手紙だったのか、軽く目を通しただけで、彼女はすぐにそれを作業台の上の書類の森に放り込んだ。無造作に投げ込まれた手紙のせいで、いくつかの書類が雪崩のように床に散らばる。

その書類を眺めていると、不意にオバサンが言った。


「ひょっとして望遠鏡かしら?」


唐突な問いではあったが、アニスの処理能力はフルに働いた。


「はい!」


嬉しそうに笑うと、おばさんはアニスを手招きした。手持無沙汰なリーダーもついてくる。


「この子達もなかなか興味を持ってくれなくてねぇ。エンドミルだともっと数があるけど、王都じゃほんの二台しかないの。あなたみたいな子が来てくれて嬉しいわ」


そう言いながら、彼女はほんの少しだけ微調整を加えた。もともと今日使う気だったのなら、調整はあらかた終わっていたのだろう。すっかり暗くなってしまった空を、望遠鏡で覗き込む。満足のゆくものだったのか、彼女はアニスにレンズを覗き込ませた。



久しぶりの景色だった。もちろん今まで観てきたモノに比べれば、解像度は劣る。それでも、アニスは嬉しくて頬が緩むのが止められない。懐かしい光景が目の前にある。自分がいた世界がある。

星々の海、そこには見えない航路があり、人々はただその導を辿って惑星から惑星へと渡った。


――久しぶりだ!!宇宙ってこんな風にも見えるんだ!!――


望遠鏡から見る宇宙は、アニスにとって新鮮だった。

もっと観たいと思った。星の一つ一つを気の済むまで観測しようと。



だが、そんな時、ふと違和感が生じた。



――スピカ――アークトゥルス――レグルス―――



そして視界の端にはシリウスとペテルギウスガ微かに見えた。



なんてことは無い宇宙の景色だった。北半球に見られる春の夜空。



おかしな事はないだろう。それが地球ならば。否、前の世界ならば。



なぜこの世界でも、同じ星が観える?



疑問は一つの謎を口火に、爆発的に膨れ上がった。



――人間の体――ここはどこ?――太陽と月がある――見た事もない街――



   ――なぜ言葉が通じる?――標準語――通じるのが当然だと認識していた?――



――消えたLH-45は?――廃棄された筈――エネルギー残量0――なぜ動く?――



「…………い!………あ………か!?」



   ――星が誤差の範囲で一致している――ここは地球――明らかに違う――



――魔物って何?――私の脳は?――今までの世界はどこ?――



   ――何が違う?――何が?――世界?――人間?――それとも自分達?――



「おい!聞こえてんのか!?なにかあったのかって聞いてんだ!」


リーダーの声にアニスはハッとした。望遠鏡から離れ、茫然自失といった風にリーダーを見る。


「夢中になるのはいいけどさ。あんまり反応がないからちょっと心配したぞ」


まだ少し呆けていたが、すぐに「ごめんなさい」と謝った。

おばさんも心配そうに見つめている。


「あ、あの……凄く楽しかったです。また来ていいですか?」


これは本心だ。楽しかったのは事実。終盤は不意に生じた疑問のせいで、アニスの処理能力は全てそちらの解析にまわってしまったが。それでも久しぶりに観る宇宙はアニスにとって素晴らしいものだった。

おばさんはそれを聞くと安心したように微笑み「いつでもおいで」とアニスに言った。




オバサンの姿が小さくなっても、アニスは何度も振り返っては手を振った。

見えているかどうかはわからないが、それでもよかった。


アニスにとってはこのような場所がある事自体、喜ばしい大発見だった。

先ほど疑問に思った事も、テスラに言わせれば、きっと「今は仕事仕事!」となるだろう。その通りだとアニスは思う。活動するためではなく、『生きるため』に必要な事が生じたのだ。その問題を解決してからではないと、前には進めない。


アニスは心の中で、テスラを応援した。「頑張れ」と。


自分はその間に謎を追ってみよう。分からない事が、アニスは好きだ。


謎があって、真実があって、その中心に自分がいる。それはまるでプトレマイオスの天球図のようだ。


今度テスラに働けと言われたら、アニスはそう答えようと思った。



「なぁ、そういえばお前ってなんていうんだ?」


フェンスを乗り越えた先で、リーダーが尋ねた。ここから先で、二人の帰り道は違うらしい。


「アニス。ご主人様がつけてくれた。リーダーは?」


リーダーは俯いたまま、少し黙りこくった。それから何か思いついたように顔をあげると、またあの悪戯っぽい笑顔を見せた。


「ルゥでいいよ。リーダー以外だと、みんなそう呼ぶから」


「わかった」


それだけ言うと、ルゥは「じゃあな」と反対方向に駆け出してしまった。随分急いでいる様にも見えた。

なんだかんだで、自分の事を待っててくれたのだろうとアニスは思う。思いのほか、公園の中は暗く、一人では迷っていたかもしれない。


あっという間に見えなくなったルゥから、視線を夜空に移す。


すっかり暗くなったなぁと感慨にふけっていると、カサカサと何か音が聞こえた。


振り返っても、そこには何もいない。木々が夜風に揺れる音だろう。



テスラとの約束を思い出し、アニスは家路を急いだ。






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