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人間回路  作者: 竜宮 景
とある王都の一日
6/13

Report4 : アルビノ (1)

今回は二つに分けた内の一つです。

  

―――第一印象『よく似ている』―――


窓一つない部屋。彼女はその中心にいた。


壁一面に城下の景色が描かれ、天井を覆う夜空からは、煌めくモビールの星々が吊るされている。


全てが創られた世界で、彼女もまた、その一つなのではないかと疑う。


純白の雪の化身


新月のような瞳に、肌は真珠。天使の羽を結った髪は、一度でさえ風に靡いた事があるのだろうか。


ただ白く美しいという形容詞だけでは、とても足りなかった。


気がつけば、月の引力に惹かれるように、小さな一歩を踏み出していた。


その微かな音に、彼女は敏感だった。ゆっくりと振り返り、優しい笑みを浮かべる。


彼女が近づいて来ても、身動き一つ取れない。


それどころか彼女から目を離すことさえ、不可能な事に思えた。


この感覚は初めてではなかった。それゆえに、恐ろしかった。


手を伸ばせば届きそうな位置だというのに、そこから更に彼女は、こちらに合わせて身をかがめた。


小さな口で、そっと言う。



「あなた………だれ?」




--------------------------------------------




「は?」


大通りに出てすぐだった。ロロの家から五分と経っていないだろう。

突然黒塗りの車が数台目の前に停まったかと思うと、ビスクは車から出てきた燕尾服の男達に囲まれた。そして、その中でも一番格が上であろう眉雪は凄い剣幕で、ビスクに詰め寄り言った。


「探しましたぞ……お嬢様」


ビスクは目をパチクリさせて目の前の老人を見る。


「まったく!!こんな所にまで!!何かあったらどうするおつもりだったのですか!!?」


体の芯にまで響きそうな、とても老人がだすような声とは思えない怒声に、ビスクは身が竦んだ。

『耳を塞ぐ』という行動は普通アンドロイドは行わない。そして感覚器官からの信号を遮断するには、あまりに唐突過ぎたのである。


「な、なに?」


かろうじてビスクはそれだけ返した。まるで耳からの信号が人工知能に直接ダメージを負わせているようだった。これは面倒な事に巻き込まれたと、横目でチラリと逃げ道を探す。

他の男たちが皆、ビスクが逃げられない様に周囲を取り囲んでいる。

自分がおかれている状況を理解出来ぬまま、老人は更に畳みかけた。


「『なにが?』ではありませぬ!!まったくお嬢様はなぜいつもこう……お転婆に過ぎます!!」


――お、お嬢様!?――


ビスクの思考回路は混迷を極めていた。自分は『雄型』のアンドロイドだ。いくら用途の都合上、子どもらしい顔立ちだからといって、そうそう女に間違われてたまるか。ビスクはこの男たちが自分と誰か別の人間を間違えていると判断し、抵抗を試みる事にした。


「ま、まて!何の事だ!?俺は男だ!女じゃない!!」


「あっはっは!!お嬢様はいつもそうおっしゃりますなぁ……ですが、お嬢様はお嬢様です。いつまでもやんちゃを許すわけにはいきますまい。もう少しおしとやかになさって頂かないと。さぁ、どうぞお車の中へ」


――なんだそれ!!――


周囲にいた男たちがビスクの脇を抱えて持ち上げる。車の中では既に運転手が待機していた。


「あ、おい!ちょっと待て!!バレット!!見てないで助けろ!!」


地面に着かない足をジタバタさせながら、ビスクは終始呆けたように顛末を見守っていたバレットに助けを求めた。だが、バレットがハッとして動き出す前に別の男たちによって妨害される。

老人によって両足を持たれると、ビスクにはもうどうしようもない。足の先から車の中に強引に押し込まれ、老人とビスクだけを乗せると、待ちわびたかのように黒塗りは急発進した。

突っ立って呆然としているバレットが小さくなっていく。ビスクは見えなくなるまで儚くも救いを求める手を伸ばし続けた。




それから十数分といったところか。ビスクはバレットに向かって救難信号を送り続けた。少々アナログと言えばアナログだが、ネットを介して通話が出来ない以上これしかなかった。あとは助けに来るのを待つしかない。



「ボンクラめ」と、誰にも聞かれぬよう小さく独りごちる。



爺さんが目を光らせているせいで、思い切った行動は出来ない。それに万が一車から脱出できたとしても、地の利は向こうにあるのだ。とうてい逃げきれないだろう。それならばいっそここで情報を集めた方がいいのではないか?

そう思ったビスクは、気が進まないながら老人に尋ねた。


「おい、この車はどこに向かってるんだ?」


老人はチラリとこちらを一瞥するだけで何も答えない。


「お、おい!聞こえてんのか?」


「そのような言葉づかい。爺は大変悲しゅうございます」


およよ、とわざとらしくハンカチで目元をぬぐってみせる。こちらが黙っていると、横目でチラチラと様子を窺って来た。


「じ、爺?この車はどこに向かっているのかしら?」


声を少し高めに調整して、ビスクは言った。爺はそれに満足したらしい。


「おっほっほ。何を仰いますか姫様。当然〝城"にございます」


「ひ、姫?それに城ってあの……」


爺が大きく首を縦に振る。城、というのはこの先にある巨大な城のことだろう。しかし、それ以上にビスクが驚愕したのは、この爺が『姫様』と呼んできた事にある。聴覚器官を疑い、もう一度尋ねる。


「姫様って……私の事?」


「えぇもちろん。それがどうかなさいましたか?」


老人はあっさり肯定した。当然、その人物が『本物』だからだろう。


「い、いいえ!何でもありませんわ!」


「そうで御座いますか?」


焦ってビスクの声は少しだけ上ずっていた。『お嬢様』と呼ばれた事から、かなり格式ある家の者とは思っていたが、まさか最上位とは。先ほどは街中であったために、その素性を隠していたという事か。


ビスクは自分の現状が思ってたよりもずっと悪い事を認識する。本当なら今すぐにでも逃げ出したいのだが、なぜか上手くいかない。どうやら自分と間違えられた『お姫様』は相当なお転婆らしいせいで、どれだけ暴れても「そんな事をなさるのはいい加減おやめください」と諌められ、事情を説明しようとすれば「おっほっほ!それが新しい手ですかな姫様?」と軽くあしらわれる。それにバレットにもそうそう期待できない、八方ふさがりだ。

時間が経てば経つほど、自分が姫ではなく人違いである事を告げるのが難しくなるだろう。そもそも名前も顔も知らない姫の真似をした時点で、状況は悪くなっているかもしれないが。



「姫様……どうかわかって下さい」


コチラが思考に耽り黙りこくっていると、老人は真剣な顔つきで言った。


「今、この国は見た目ほど穏やかではありませぬ。嵐砂漠の魔物が王都の城門付近で発見されれば、貧民街、その更に奥の外周地区では革命を起こそうと画策している賊もおります。騎士団が目を光らせているゆえ、今すぐに事が起こるという事はないでしょう。ですが、小さなイザコザは日を追うごとに増えてまいりました。そして王も……いえ、失礼しました。とにかく姫様に何かあれば、私の命一つで済む問題ではないのです」


ビスクは何も言わず、記憶装置に情報をインプットした。


「姫様、なにとぞこの爺に免じて、どうかこのような事、二度と起こさないと誓ってくだされ」


脱出の算段は後だ。たとえ城に閉じ込められたとしても、この『お姫様』だって逃げ出したのだから、どうにか手段はあるはずなのだ。

ここはもうしばらく様子を見た方が良い。もしかしたら城の中で何かしら情報を得られるかもしれない。


「えぇ……わかった。もうしない。誓うわ」


そう言ってビスクは笑みを作った。完璧な笑みだった。



それゆえに、その時、ほんの一瞬老人の眉がピクリと動いた。



ビスクの優れた人工知能は、その現象を見逃さない。



だが、その心の機微を読み取る事も無かった。




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