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人間回路  作者: 竜宮 景
とある王都の一日
5/13

Report3 : T

多視点で物語を進めていきたいと思います

レグリシアの構造はまるで迷路のように複雑だった。大通りはたくさんの人々によって活気に溢れ、馬車と簡易な車が激しく往来する。だが数本の大通りを辿って行けるのは、ほんの一部の富裕層の地域に過ぎない。一般居住区から貧民街の人々は、人がようやく一人通れるか通れないかの道を行ったり、民家の屋根を通り道にしなければならない事さえある。


テスラはお気に入りの『オンボロ』と名付けた小型バイクのアクセルを思い切り捻った。

小回りの利くこのオンボロは、居住区の路地でも十分な力を発揮している。この広大な王都で仕事をするのは、オンボロ無しでは難しかったであろう。テスラの荒い運転に、オンボロは黒い煙を吹いて応えた。


「うぅ……酔うぅ……」


テスラは自分の肩に両手を置き、必死にしがみついてるもう一人の相棒を振り返る。

自分よりは一回り小さいタイプのLH-45。管制・制御タイプだったのか、出会った当初はバイザーモニターを着用していたが、今は外して首からぶらさげている。


「あはは!だからついてこない方がいいって言ったのに」


テスラはからかうように言った。


サスペンションにガタがきているのか、オンボロは少しの段差で大きく揺れた。普通の人間だって、到底乗り心地が良い筈ない。ましてこの奇妙な体になったばかりなのだ。テスラだって慣れるまでにはかなり時間がかかった。


「気持ち悪いよぉ……あぁ、処理落ちしてきた……」


「もうちょっと。我慢してよ」


テスラは左肩から斜めに下げたカバンから目当ての小包を取り出すと、目的地までの相対的な距離、高度差、初速度、投擲角度を計算した。

天地無用、割れ物注意なし。それだけ確認すると、テスラは思い切りそれを放り込んだ。


カタンッという音、どうやらきちんとポストに入ったらしい。自分の演算能力もまだまだ捨てた物じゃないとテスラは思った。本来この仕事をする筈だった相棒をテスラは観る。


「どう?もうすっかり使いこなしてるでしょ?」


「……うん?……ごめん観てなかった……」


こりゃダメだ。


「ちょっと休もうか?この先良い場所あるんだ」


相棒が頷くのを確認し、テスラは少しだけスピードを緩め、開けた場所の一画にバイクを停めた。テスラの雇い主は『配達時間厳守』をモットーにし、社員に言い聞かせていたが、テスラはそれを忠実にこなしている。次の配達時刻までにはまだ時間があるから、ここで少しくらい休んだっていいだろう。


テスラは相棒の手を取って、民家の一つにお邪魔した。決してそこでくつろごうというわけではない。住民に郵便鞄を見せ、会釈だけすると、階段を上って屋根の上に出た。民家の屋根を通り道に出来るのは、基本的にはその民家の上を通らなければならない者と、テスラのような配達員だけだ。もっともそんなのは国が一応定めただけの法律であって、遵守しているのは、そんな事をする必要のない富裕層ぐらいのものだった。



相棒は上に着くなり、ゴロンと横になった。今は必死に機能を正常化するのに努めているのだろう。テスラにもその経験があったからだ。あえてテスラは何も言わず、大きく深呼吸した。この体はこうした方が修復が早い事をテスラはもうわかっていた。

腰に手を当て、王都の景色を眺める。外周から中心に向かって王都はその高度を増す。それはまるで天に向かって手を伸ばしている様に見えた。


あの日から、『死んだ』はずの日から一か月が過ぎようとしていた。

嵐砂漠の入り口付近で目覚めたテスラは、自分の現状に混乱する前に、発狂したように砂漠の中をこちらに向かって走ってくる少女を見つけた。それが今隣で横たわっている相棒のアニスだった。

結果的に彼女を落ち着かせ、保護することが、テスラの回路を冷静に保った。自分に起きた変化を受け止め、何故そうなったかではなく、これからどうするべきかを考えることが出来たのだ。


嵐砂漠の入り口だったのも幸いした。王都はすぐ近くだったからだ。

王都に着くなり、テスラは今の雇い主と出会い、交渉の末に当面の仕事と社宅代わりの小さな納屋を得た。オンボロは納屋の外のゴミ捨て場に転がっていたのを、まさしく拾ったのである。


テスラはもう一度、今度は両手を大きく広げて空気を肺一杯に吸い込んだ。

人間の体が自分に混じった事を、テスラは歓迎していた。睡眠も、食事も、不必要だったことをしなければならないのは手間だが、それだって慣れれば楽しいものだ。


「アニス。調子はどう?」


項垂れている相棒の隣に、テスラはちょこんと座った。

この相棒は、あまり社交的な思考回路を搭載されていないらしく、未だ仕事を見つけられていない。現在はテスラが養う形になっている。テスラはそんなに焦る必要はないと思ったのだが、流石にアニスも食べて寝てばかりではバツが悪くなったのか、今日はとうとうこちらの仕事を手伝うと言ってきたのだ。


そしてこのザマである。


「気持ち悪いよぉ……もう家に帰って寝たいよぉ」


コロコロと転がって、駄々をこねる。その子供のような姿にテスラは苦笑いした。


「テスラは凄いね。毎日こんな事してるの?」


「こんな事って……。そうだよ。あっち行ってこっち行って、階段を上っては降りてってね。まぁ全然凄くはないよ。アニスが現役の頃はもっとすごい事してたんじゃない?」


「そうかな?」っとアニスは首を傾げたが、それは謙遜だろう。管制・制御モデルとなれば宇宙開発の最先端にいたはずだ。その役割の大きさでいえば、テスラなど足元にも及ばないであろう。処理能力におけるスペックが違う。

LH-45には様々なタイプが存在する。テスラ自体は一般警備・護衛モデルではあったが、その役割を果たすことはほぼ無かったと言っていい。警備・護衛はおまけで、本職は家政婦のようなものだったからだ。


そういえば、彼は一体なんだったんだろう?


テスラは回収車で出会った少年型の事を思った。この王都に来てから、その姿を探してはみたものの、彼はおろかLH-45はアニス以来ただ一人でさえ見つからない。



「あれ……ねぇテスラ?」


転がるのを止め、アニスが遠くを指さした。テスラはその先を追ってみる。


「あそこってウチだよね?」


小さな納屋、この位置から見えたのかとテスラは感心するのも束の間、すぐに我が家が窮地に陥っている事を悟る。


「ウチ……だね」


「なんだろアレ?借金取り?」


「えー……アレお隣さんじゃないかな」


何度か見た事はある風貌だった。タイミングが悪いのか避けられているのか直接話せたこと無かったが、この街で見間違えるはずもないであろう人物の一人だ。


「怒ってるね」


「うん。そう……みたいだね……って悠長にしてる場合じゃないでしょ!うわー、なにかまずい事しちゃったかな?心当たりある?」


「うーん……しばらく留守にしてたみたいだし……無いかなぁ……あっ」


「ん?何かあるの?」


「あー……そのね?怒らないでね?」


テスラは頷いた。


「これはテスラが仕事で外に出てる時の話なんだけど……テスラの仕事中はほら、私が家を守ってるじゃない?それで私はいつにも増して家にずっといたの。絶対守ってやろうって。テスラの帰ってくる場所は私が守らなきゃって……これは使命感に近いモノがあったと思う」


「えっと……要は仕事を探さないで引きこもってたのね?」


「ま、まぁ仕事は……ほら、本気になればすぐ見つかると思うの」


「声が上ずってるよ」


全く呆れた事だとテスラは頭を抱えた。それからアニスを睨んだが、アニスは目を逸らしてコチラを観ない。ため息をついて、テスラはアニスに先を促した。


「えーコホン。それでね。いつだったかな……多分留守にする前の日くらいだったと思うけど、凄く楽しそうに帰って来たの、隣人さん。ちょっと意外でしょ?いつも下向いて歩いてるような人だけど、その日は鼻歌まじりにスキップなんかしちゃっててさ」


「へー。確かにちょっと意外かも。でも、よくよく思えば話した事ないもんね。どういう人か良く知らないしさ。それで?それがどうしたの?」


「うん、あんまり楽しそうだからさ。ちょっと耳を澄ましてみたの。何をそんなに楽しそうに謳ってるんだろうって。そしたら……」


「そしたら?」


――きゃっらばーん♪きゃっらばーん♪わったしーのしーごとー♪はっつきゃっらばーん♪――


――おっしごっと♪おっしごっと♪たっびしってしっごとー♪たーのしっそおー♪るーんるん♪――



「クソがっ!!」


「なんでっ!?べ、別に楽しそうに謳うくらいいいんじゃない……かな?」


アニスは舌打ちした。


「わかってないな……。だからね、私は叫ばずにはいれなかったの」


「な、なんて?」


テスラは聞くのも馬鹿馬鹿しい気がしてきた。



――うるせぇぇぇぇ!!!私は寝るんだッッ!!!!働かないぞ!!!絶対働かないからな!!!――



「……ってね」


「なに言ってるのぉぉぉぉぉぉ!!!!!!??『ってね』じゃないよ!!働けよ!!!アンドロイドからニートに進化してんじゃないよ!!!このニートロイドがッ!!!それじゃただの家電ゴミだよぉ!!!!」


「うわぁぁあ!!そこまで言う事ないじゃない!!ニートロイドはまだいいとして、家電ゴミは酷いよ!!!ゴミじゃないもん!!!!充電中なだけだもん!!!」



テスラは頭が痛くなってきた。既に隣人は自分の家に戻ったらしい。目視でも扉が歪んでいるのがわかる。


「う、うぅ………とりあえずさっさと配達終わらせて家に帰ろう。それから謝りにいけばいいかな?」


「そうしよう!うん、それがいい!ナイスアイディア!愛してる!私はここで待ってればいいかな?」


仕事がしたくて仕方ないらしいアニスを引きづりながら、テスラは階段を下りた。今度はオンボロに縛り付けとけばいいだろう。

それから途中通してくれた民家の住民への挨拶も忘れずにした。こうすると次も通りやすくなる。


アニスとテスラが民家から出ると、二人は眼前の光景に目を疑った。目だけではない、耳もだ。聴き慣れたエンジン音が壁に反響して響き渡る。ゴフゴフという今にも爆発しそうなオンボロの泣き声。オンボロが自立起動型だったなんて事は無い。今まさにオンボロにまたがっている男が、オンボロのエンジンを起動し、発進しようとしている。


「ちょっと!それ私のオンボ……!」


最後まで言い終えるまで待つことなく、男はテスラたちを一瞥して「借りる」とだけ言ってオンボロを発進させた。


「か、借りるって……私の仕事はどうすんのさ……」


数歩駆けて追ってみるが、到底追い着けるわけがない。アンドロイドの脚のままなら追い着くことは可能だっただろうが、人間の脚では不可能だ。キーをつけっぱなしにしていた事をテスラは酷く後悔した。少しの時間ならと、ここは安全だからとタカをくくっていたのだ。


「今日は働くのは止めて、家に帰ろうって事かな?」


アニスが励まそうと、それからほんの少しだけ嬉しそうにテスラの肩に手をやった。


「……おばか。その家だってオバサンから借りてるんでしょうが……」


呆れたようにテスラはアニスの頭を叩き、自分にはため息をついた。


泥棒に盗られたオンボロの事も気になるが、今は仕事をするしかない。今から急げば時間通りとまではいかなくても、少しの遅れ程度で済むだろう。

アニスに手紙を数枚だけ渡す。どれも番地が近いモノばかりだから、これならアニスにも出来るだろう。


「え、えー!私も働くの!?もう帰ろうよ!!?」


「か・え・る・ために働くの!ここから近いし、お願いね!私は遠くの方担当するから。終わったらオバサンのところで待ってて」


それだけ言ってテスラは駆け出した。なんで今日に限ってこんな不幸が続くのか。


テスラは残りの配達物の数を確認した。アニスに仕事がこなせるかどうかはやっぱり心配だったが、今回はやむを得ない。


テスラの頭は解決しなければならない問題が、処理能力の限界を超え溢れそうになっていた。

働かないアニス、奇妙な隣人、そして泥棒の男。



配達が全て終わったのは、予定より二時間遅れた後だった。




すみません!!

バイクのキックスタートいいなーって思ってたら、いつの間にかアクセル踏み込んでました……

なので、その辺修正してます。

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