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人間回路  作者: 竜宮 景
とある王都の一日
3/13

Report1 : Update

今回は導入ですので、次回から主要な登場人物を出していきたいなと思います。ですので、ここではこんな設定があるという事をわかっていただければ幸いです。

イオンはライプニッツ社製のアンドロイド、シリーズでいえばLH-45である。

特徴としては、従来と比べ少量の水素の補給で長時間の駆動が可能である事、モデルの数が豊富であり用途に応じた使い道が選べるという事、そして何よりファジィ理論を応用した人工知能の精度があるところまで到達した事にある。

すなわち人類と同程度の知能を彼らは有する事が可能になったという事だ。


それだけではない。

もともと彼らは無尽蔵の体力に加え、膨大なデータベースを持っていたわけだが、そこに極めて優秀な人工知能が備われば、人類にもそれが意味する事はすぐにわかった。

政治、戦争、研究、料理、芸術、果ては恋愛に至るまで、ありとあらゆることでアンドロイドがその優勢を示し始めたのである。


しかし人類はそんな事気にも留めないほどの余裕があった。

それは彼らがいくら優勢を示したところで、人類の道具であることに変わりなかったからだ。


厳しい戒律が彼らを縛っていたために、彼らは人間に害を及ぼすことは出来ない。

そのため、たとえ人の手によって創り出された生命の種が、人類とアンドロイドの交配を可能にしたとしても、それを禁ずる法が出来ればアンドロイドはそれに逆らわない。たとえ十万のアンドロイドが彼らの仲間の一人を一国の首相にしようとしても、彼らに選挙権が与えられる事は無かった。


創造主と道具の関係。それが人類にとって歪みない真実であり、アンドロイドに越えられない壁であると信じて疑わなかった……ある事件が起こるまでは。



アンドロイドによる殺人。



イオンがその知らせを聞いたのは、その事件が起こってから三日後のこと。

周囲のざわめきが、やがて刺すような視線に変わってすぐに、LH-45の回収が始まった。


イオンは自覚していた。廃棄が決まったのは二人目の自分のせいであると。



---------------------------------------------



「……僕は死んだのだろうか?」


イオンは自分のエネルギー残量がもう0%である事を確認してから言った。


荒涼とした地平に、砂塵が頬を叩き、命の痕跡さえ見つかりそうもない。

GPSの調子がおかしいのか、衛星から現在地の情報さえ得られない。そもそも死後の世界でGPSは機能するのだろうかと、イオンは首を傾げた。


おそらくではあるが、どうやら自分は生きている。


だが、先ほどまでの状況とは明らかに異なる。

周囲に自分と同じLH-45もいなければ、当然新世界のための深い穴も無い。


イオンはテスラの名前を呼んでみたが、風の音だけが虚しく帰ってくる。


現状の把握もかねて周囲を探索しようと足を踏み出すと、イオンはバランスを崩し、砂煙に巻かれながら砂丘を転がり落ちた。

姿勢制御にも不備が生じているらしい。イオンは即座に機能を回復させようとしたが、どうもおかしい。システムは正常に機能していたからだ。



そしてもう一つ、イオンは自分の左手を見て目を瞠った。



立ち上がろうと左手を地面に突き立てた時だ。

砂の粒子にガラスのようなものが混じっていたのか、柔らかな被膜が少し裂けた。奇妙な電気信号を感じ、すぐに遮断したのはいいものの、その裂け目からはイオンのよく見知ったモノが出てきた。


「血……なのか?」


真っ赤な血は手のひらを伝い、砂を含んで黒く濁ると、ほんのわずかな潤いを乾燥しきった大地にもたらした。



信じられずイオンはしばらくそれを眺め続けた。



イオンの人工知能はそれが正真正銘の『血』であると認識し始めていた。そしてそれとほぼ同時に両脚までも左手と同現象が起こっている事に気づいた。



イオンはそこに来てようやく姿勢制御の不備が無かった理由を得た。そもそもそのプログラムに記述されたデータとは異なる組成をもった体組織に自分がなっていたからだと。



右腕と脳だけが、イオンが未だアンドロイドである事を告げていた。



全てを記憶回路に飲み込もうとした瞬間、イオンは無我夢中で駆け出していた。



躰が擦り切れ、砂に脚をとられようとも、全力で駆け回った。そうしていないと自身の人工知能が真実によって押し潰されそうな気がしたからだ。



――人間の体?――



なぜ?―――右腕は?――



――わからないわからないわからない理解不可能理解不可能理解不可能……――



狂ったように、もがきながら進む姿は、人類と言うよりは獣。



四本足になり、這うように砂丘を登っては滑り転げ落ちていく。



頬を伝い、唇の隙間から入り込み、電子の信号として伝えられたソレを汗の味だと認識することさえ、イオンには逃げなければいけない危険に思えた。


状況把握――仮定――推論――


――帰結――証明――認証拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否キョヒキョヒキョヒキョヒキョヒキョヒキョヒキョヒキョヒキョヒキョヒキョヒ――



一瞬でも油断すればそれは事実として受け止めなければならなくなる。



人間の体――違う――なぜ?――わからない――人間になれて嬉しい――違う――

―――人間の模造品――違う――なぜ?――――……



迫りくる思考の渦から、イオンは逃げ続けた。




景色に変化が生じたのは、走り始めてから一時間は経った頃だ。

人工知能からの命令以外、全てをシャットアウトしていたおかげで、イオンは限界に気づけなかった。脚が棒のように動かなくなり、躰は泥のように地面に崩れ落ちた。


横になったまま、わずかに開いた右目だけで、景色に生じた変化をなぞる。

車輪の轍がかすかに、砂にさらわれずに残っている。ここを人が通った跡、それもまだ時間がそれほど経っていない。



目を凝らして轍の先を見る。砂のカーテンの向こうに黒いシルエットがぼんやりと浮かんだ。



肺が張り裂けんばかりのイオンの叫び声を、吹き荒れる風が嬉しそうにさらっていく。



叫んでも叫んでも届かない。



やがてイオンの意識は再び遠のいていく。



もはや指も動かせなかったが、一つだけ、イオンはやっていない事があった。



ほんの一縷の望みに全てを賭けると、イオンは静かに眠りについた。





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