プロローグ
異世界ものです。主人公達は優れた人工知能をもったアンドロイドです。
こちらはちゃんと長く書いていければと思います。どうぞよろしくお願いします。
回路に響くほどの揺れにイオンは目を醒ました。
正確には『スリープが解除された』といった方がいいのかもしれない。
自分の躰にのしかかる無数の銀の四肢のせいで、自分がどこにいるのかさえもわからない。
辛うじて右手だけがわずかに動かせるという状況だった。
各モーターに接続された超小型燃料電池が正常に作動しているのを確認し、イオンは目の前の邪魔な腕を一つ払いのけた。
ジタバタともがき、左腕、左脚、右脚の順に解放していく。
その間、名前も知らない同胞たちはピクリともしなかったが、体と体がぶつかる度に硬質な音を鳴らし、無言の抗議をしているようにも思えた。
イオンは彼らの上に座り、軽く腕を伸ばし、GPSで自分の現在地を調べる。
目的地まではあと三十分と無かった。
「何をしているの?」
イオンはギョッとして声のした方を振り返った。
自分のすぐ近く、やや斜め後ろのあたりから、雌型と思えるLH-45がこちらを訝しげに見ていた。
踏んづけていないだけマシだが、自分の他にまだ活動を停止していない者があるとは思っていなかった。
「気分転換」
イオンは簡潔に応えた。
雌型は呆気にとられたようだったが、すぐに笑顔を作って見せた。
「ここはあんまり居心地良くないもんね」
イオンはまったくその通りだと頷く。
「君も出てくれば?手を貸そうか?」
「あー、無理。もう10%くらいしか充電残ってないの。余計なエネルギー使うよりは、こうやって寝てた方が保つでしょ。幸い暇そうなのがいるみたいだし、話すくらいなら……ね」
肩を竦め、イオンも口の端で笑って見せた。
彼女ほどでは無いが、イオンの残量もそれほど残されてはいなかった。
「あとどれくらいで着くかわかる?」
「26分くらい」
イオンは先ほど調べたデータから、現在地を概算した。
自分達が相当に重いからであろう。回収車はそれほど速度を出せないでいた。
「後26分で私たちの墓の上に新世界が出来るわけだ。変なの」
新世界。過去の『夢の島』計画になぞらえ、現在世界規模で推進される埋立地計画の日本での通称。
イオンたちLH-45、ライプニッツ社製のアンドロイドはある問題を起こし、リコールされる事もなく、ただ新世界のために廃棄処分が決定したのである。同社が半年前に発表した最新型の性能も、その決定を後押しした。
「あんた、名前はある?固有の」
「イオン。君は?」
「そっか……イオン、良い名前ね。私はテスラ」
イオンは彼女の名前を記録した。おそらく最後の固有名詞になるであろうと。
それからまだ見もしない新世界に思いを馳せた。そこに住む人々、聳え立つ建造物、最新鋭のアンドロイド。優れた人工知能をもってしても、全て想像しきるには処理時間が余りに足りない。
しかし、イオンは不図テスラの言葉が気になった。
「僕らの……墓?」
疑問に思った事をイオンは音声にして出した。
テスラはイオンの様子に気づき、自分の言葉に注釈を入れ始めた。
「人間が死ねば、土の下に埋められるでしょ?だから、これから私たちは埋められに行くのだから、そこが私たちのお墓ってことなんじゃないかな」
死という概念が存在しない自分達にとって、テスラの思考形式は非常に興味深いものがあった。
破壊、故障、老朽化による活動停止ではなく、死という概念をこれから自分たちは授かりに行くのだ。そう思うと、少し回路に異常を感じさえしそうだった。
イオンの活動期間では、死はありふれた現象の一つであり、時間経過によって解決される問題の一つでもあった。
それゆえにイオンは死を疑問に思う事すらなかった。
「死ぬのは怖いのかな……」
独りごちたつもりだった。
「どうだろうね。でも、もうすぐわかるよ」
「……そうだね」
思考回路を電子が出口を求めて彷徨う。
突然、慣性によって自分の体が強く引っ張られた。どうやら回収車が世界の果て、新しい世界の生まれる場所に到着したらしい。
イオンは答えの出ないまま、リニアリフトによって持ち上げられ少しづつ荷台から外に放り出される仲間を見ていた。十万の白銀が、新世界の中央で太陽の光に照らされ、煌びやかに輝いていた。
「……イオン」
テスラの呼ぶ声がした。もう数秒も残されていない時間の中で彼女は言った。
「きっと大丈夫だよ」
彼女の体は宙に投げ出されたかと思うと、いくつかの仲間とぶつかり、あっという間にその姿が見えなくなった。
イオンは少しの間、荷台の側面にしがみついてみたが、その行動に疑問を抱き、自らその手を離した。
死へと向かう空の旅は、ほんの一瞬だったが、優しい時間が流れたような気がした。