銀河連合日本外伝 Age after ― 悠遠の王国 ― 第四話
「うわぁぁぁぁぁぁん……」
ガイデルにしがみついて大声をあげ、泣き叫ぶフェル。その泣き叫ぶ声は、死んだと思っていた親に会えて嬉しいとか、感動しているとか、そんな風ではない。
まるで「狂ったように」という言葉が適切なそんな状況。何かとても盲目的だ。
まさかの愛娘に再会できたガイデルもさすがにこの状況はおかしいと察したのか、少々うろたえ始める。
無論愛妻の変化に敏感に反応したのは柏木も同じだった。駆け寄ってフェルを気遣う。シエも柏木に続いてフェルに駆け寄り様子を見る。
無論ガイデルは柏木がフェルの夫ということは知るはずもないので、その行為を気にもとめず。
「あなた、どうしたのですか? この騒ぎは……」
ジングという侍従長らしき人物に連れられて急ぎやってきたのは、
「サルファ、落ち着いて聞いてくれ……フェルだ。小さなフェルが立派になって、私達に会いに来てくれた」
ガイデルが涙声でサルファ、即ちフェルの母にそう話す。
「えっ!? な、何を言っているのですかあなた」
訝しがる目をしながら、嗚咽を漏らして泣き叫ぶフェルに駆け寄るサルファ。
その顔を見たとたん、言葉にならない声でフェルは、
「え? マ、マルマ?……」
顔をくちゃくちゃにしてサルファの顔を見た瞬間、フェルは瞳孔を上に上げて、フっと気を失ってしまう。
「え? あ、フェル! フェル!?」
焦る柏木。「フェル」と娘の事を呼び捨てにする見たことのない種族へ訝しがる視線を向けるガイデル。
すかさずシエが寄り添いフェルの顔を見て、
『ダイジョウブダ、気ヲ失ッタダケダ。心配ハイラン。今ハコノママニシテ、休マセタホウガイイ』
すると柏木が自分のスーツを脱いで、くるりと丸め、フェルの頭へ枕のように添える。そしてシエの顔を見て頷く。
そりゃフェルにとってはある意味人生で一番ショックになるだろう状況に遭遇しているのだ、こうもなろう。誰のせいでもない。ただ、この二人には聞きたいことが山ほどある。それは柏木に限らず、フェルに関わった人間すべてが思うことだった。
そんな思いをまず最初に切り出すはこの人物。この中ではフェルと一番つき合いが長い幼なじみ。親友であり、また姉のような彼女。
『ガイデル、サルファ……久シイナ』
「え?」
ガイデルにサルファ。二人はシエを見て、やはり「?」な表情で返す。
『フッ、ヤハリワカランカ。私ハ、オマエ達ニ遊ンデモラッタ事ヲ覚エテイルゾ。トハイエ、私モ小サカッタ。ソノ記憶モ薄イモノダガ』
シエの言葉で二人はこのダストール人女性が誰か、即座に理解できたようだ。
「……では君は……もしかしてシエ? ガッシュの娘のシエか!」
シエはコクと頷く。
「おお……まさか小さいシエまで……」
『フッ。小サイハヨセ。コレデモ今ハ人妻ダ。子モ一人イル』
そのシエの言葉にようやくサルファもこのいきなりの事態を呑み込めたようだ。
気を失ったフェルに駆け寄り、その顔を眺め見る。どことなく自分に容姿の似た、そして夫ガイデルにも似たその顔を撫でて、大きく育った娘を愛でるように頬をさする。シエという証人がいれば、その話も信じないわけにはいかない。
「そうか、あのおてんばなシエが人妻とはな……やはり相当な年月が経ったという事か」
そういうと微笑してフェルの方を改めてみるガイデル。
サルファが気を失ったフェルの頭をなでて慈しむように目を細め涙する。
そしてサルファの対面でフェルを見つめるデルン。その男がフェルを見る目もサルファのそれと同じだ。
ガイデルはその不思議な光景、名も知らぬ種族がなぜにフェルに対してそんな視線をおくれるのかと不思議に思う。それは傍らにいるサルファも同じく思うところなのだろう。彼女も柏木の顔をチラチラと見ているようだ。
ガイデルは改めてサスアが連れてきたティエルクマスカ諸氏を見渡す。
イゼイラ人がいた。シエというダストール人もいた。そしてカイラス人で、見るからにえげつなそうなサイボーグフリュがいた。で、問題なのが、耳の短いディスカール人か、それとも種族形態がダストール人に似ている見たこともない黒目黒髪の種族。
更には見たこともないまだらの緑色な戦闘服を着て、あきらかにティ連とは違う意匠の武器を持つ。
シエはガイデルの様子を観察し、やはり色々説明しなければならないかと思ったのか、
『カシワギ連合議員』
シエは柏木を役職で呼ぶ。これはわざとだ。なぜならその言葉に当然ガイデルは、(何? 連合議員?)という顔でシエの言葉に反応する。
柏木もいつもはそんな役職名で呼ばないシエの意図を理解する。
彼はシエの言葉に頷いて、気を失ったフェルの頭を軽く撫でて立ち上がると、膝に付いた汚れをパンと叩いて払い、ガイデルの側へ行く。
柏木はPVMCGの翻訳機能をオンにするが、袖をまくった時に見えた柏木のPVMCGがチラリと見えると、これまたガイデルは「なに?」という目をして、柏木を訝しげに見つめる。
そしてガイデルと対峙する柏木。
『ガイデル国王陛下、初めてお目にかかりますのに、このようなお騒がせする形になってしまい、誠に申し訳ございません』
柏木は右手を胸に当てて紳士的に詫びると、
『実を申し上げますと、私がこの調査・訪問団のリーダーでございまして……』
「……」
『私の名は、柏木真人と申します。出身は、ティエルクマスカ銀河共和連合加盟国、天の川銀河系内太陽恒星系第三惑星地球内、地域国家日本国に所属する連合議員を拝命いたしております』
柏木とガイデルの会話にサルファも身を寄せて混ざり、彼の自己紹介を聞く。
「丁寧なご挨拶恐れ入ります連合議員閣下。だが、アマノガワギンガ? ニホンコク? 私には初耳の国名ですが、ここ最近加盟なされた国でしょうか? いかんせん私はここ数十周期、故あって連合からは恐らく行方不明となっているのではないかと思われる身故……それに、そのゼルクォート……それは……」
柏木は、ガイデルに指摘されたフェルにとって父の『形見』になるPVMCGを見て、笑みを漏らすと、シエの目を見る。無論シエも柏木が何を言いたいのか理解しているので、目を瞑り頷く。
そして、そのガイデルの疑問にはっきりと答えた。
『陛下、いえ、エルバイラ・ガイデル旧皇終生議員閣下。閣下へおわかりになるようにお答えするならば、再度私の所属を申し上げますと……【ティエルクマスカ銀河共和連合加盟国・惑星ハルマ・ヤルマルティア国所属】と申し上げた方が、ご理解しやすいでしょうか?』
「なっ!!!!」
「えっ?!!!」
ガイデルとサルファ、二人して彼らにとってはありえないその言葉を聞くと、思わず後ずさりして狼狽する。
他のガイデル側近となる遭難者ティ連人達も同様の驚きようだ。一体何が起こったんだといわんばかりのざわつきようである。
そりゃそうだ。なぜなら彼らが遭難した当時、すなわちフェルやシエがまだハナタレ娘だった頃、ティ連でヤルマルティアなどという存在は、学術上は仮説で、一般では伝説の世界として語られていたにすぎない。
かの『ヤルマルティア計画』が発動したのも彼らが遭難し、そしてフェルがひとりぼっちになって、成人する手前の話である。ヤルマルティアが実在したなどガイデル達は知る由もない。
『はは、驚かせてしまい申し訳ありません。ですが、これは事実そして現実でございますので、そのあたりも含めて一度ご説明申し上げたい。無論……はは、この、ゼルクォートについてもですが……ですので、よろしければ会談の席を設けていただけませんでしょうか、陛下』
頭を垂れて、丁寧に請願する柏木。
ガイデルも状況を整理したいと思ったのか、
「わ、わかりましたファーダ・カシワギ。どうやら我々も色々とそちらの時間から取り残されているようだ。それに……私達の『あの時』からの現状もお話しないといけないようです」
『そうですね陛下。色々と陛下他、当時の遭難者ティ連人方々には色々と驚かせるお話も出てこようかとは思いますが、決して悪いお話ではありません。そこはご安心ください』
色々と気を使って話してくれる柏木に、コクコクと頷くガイデルとサルファ。
二人は柏木の付けるPVMCGがやはり気になるのか、どうしてもチラチラと目がいってしまう。と同時に、先のフェルが気を失った時のフェルに対する情愛こもった対応に、彼女を見る目。そして自分達を見る目に彼がフェルにとってどういう存在か、おおよその想像は付いていた。
そもそもフェルの親のPVMCGを預かり知らぬ種族のデルンが身につけ、その男は自分をヤルマルティアの者だと名乗るのだ。これは相当な話を聞かされるとガイデルにサルファ、そして他のティ連人遭難者達は覚悟した。
* *
フェルは、気を失った後、城のVIP用客間へと運ばれて休まされた。
気を失っているわけであって、眠っているのではない。時を待たずして、彼女も気を取り戻すだろう。だが、さすがにこの状況では、フェルも入れて会談というわけにはいかず、フェル抜きでの会談ということになってしまった。
とはいえあのフェルの感極まった状況が、皆を積極的にする起爆剤になったのも事実である。
フェルのあんな姿を皆、見たことがない。相当な葛藤があったのだろうと思うし、またサルファを見てトドメを刺され、ノックダウンした心境も理解できる。
フェルがそれぐらいのことなのだから、当然この事実を知らされるイゼイラの民からすれば、エルバイラとエルバルレの生存は国家的に一大事でもあるわけだ。
柏木個人を除く日本人にとっては、ぶっちゃけあまりそこまで感慨のある事件ではないのだが、彼らが積極的になれる大いなる理由は、やはりこの星やこの国の事である。
かの遭難者がなぜにこんな異文明の王や重鎮になり、更にはあんな奇妙奇天烈な敵性体と戦っているか。それもドーラ以降に遭遇した相当にヤバイ連中である。遠い別宇宙とはいえ、ワームホールから出てきたとなれば、万が一、億が一の、彼ら宇宙の安全保障も考えなければならない。
最初は救難信号を追って、遭難者の何某を見つけて、回収してはいサヨナラという感じで考えていた事が、まるっきり正反対のメチャクチャ複雑な、これまた各諸氏本職の能力全開にしないといけないような事案にまで発展するとはと……これまたティ連人ではないけれど、『因果』というものかと、それで納得しとこうかと、そんな思いな皆であったりする。
……ハイラ、ふそう双方は控室を用意してもらい、しばし落ち着く時間をもらってから諸氏、このバルベラ城大会議室に呼ばれて会談を行う。
だが不思議に思うのは、ガイデルは確かにイゼイラでは旧皇終生議員で、城に住んでる偉いサンだったとはいえ、基本共和国国民で一市民だ。だがここではハイラ人も頭を垂れる国王陛下様で雲の上の御方のはずなのに、なんとなく気さくで、ざっくばらんある。
先の登場でも、普通なら『謁見の間』みたいなところからガイデルが見下ろして「苦しゅうない、大儀であった」とか言ってもいいはずだが、そんなこともない。
この理由も後ほどわかることになるのだが、まずは先にイゼイラ人が『聖地』『伝説の地』とさえ呼ぶヤルマルティア。そのヤルマルティア人を名乗る種族がなぜこんなところにいるのか? そして、その種族を名乗る団体のリーダーがなぜにガイデルのゼルクォートを付けているのか? まずはそこからという話。
最初にシエが説明する……ティ連文明が崩壊の危機であったこと。これは勿論ガイデルやサルファ、他諸氏も知っていた……精死病患者の増加がその要因の一つであること。自分達の長い長いトーラル文明・歴史で、文明の歪みが引きおこした色々な負の遺産。それを解決する鍵がナヨクァラグヤ帝がもたらした帝政解体と大行政改革。そして、帝自身が体験し、そして遺した聖地の謎。その聖地が実在する可能性があるとわかり、その可能性にティ連の国運を掛けた大計画『ヤルマルティア計画』……そして計画が成功し、今の国交と、ヤルマルティア国の連合加盟が実現できたこと……
シエは今でこそ特危自衛隊一佐だが、ガイデルがイゼイラにいたころは将来次期総統候補予定になる娘さんだった。なのでガイデル達遭難者の視点では、シエという存在は、ダストールの偉いさんの娘でいまだに通っている。従って柏木が最初に説明するよりは説得力はある。
次に柏木が説明する。その『ヤルマルティア計画』でティ連人達が地球の日本国に到来した時の事、初期のコミュニケーション不備。それに伴う『天戸作戦』そして自分がファースト・コンタクターで、職業柄の腕を買われて以降、ティ連との交渉役をずっと行ってきたこと。人類初でイゼイラを訪問したこと。イゼイラの創造主ナヨクァラグヤ伝説が、日本国のお伽話と思われていた竹取物語というフィクションで、その事象が語り継がれていた事。その日本で過ごしたナヨクァラグヤのニューロンデータの話。そして……
『実はガイデル閣下。そういう経緯がありまして、現在ティエルクマスカ連合から精死病は、根絶されつつあります』
「は? い、今何と!?」
『はい。言葉通りのことです。今、ティ連社会には精死病で倒れる人は皆無となりつつあります』
「!…………」
言葉がでないガイデルとサルファ。他の重鎮、即ち遭難者も顔を見合わせ顔色変えて驚いている。
『原因をお話しすると、はは、これまた長いお話になるので、そのあたりは後ほど資料をまとめさせますが、会談後、皆様方にも予防措置を行いましょう』
これはそうしたほうがいいとシエも言う。彼らは精死病を現在発症していないようだが、それはたまたま運良く発症していないだけの話であって、彼らにも突如発症する危険性は今でも十分にあるのだ。
『ガイデル、サルファ。ソノ精死病治療法ヲ見ツケルキッカケヲ作ッタノガ、コノ男ナノダ。今、ティ連社会デハ、彼ノ事ヲ英雄トシテ知ラヌ者ハイナイ。ナンセ今回ノ第七条案件ガナケレバ、創造主認定会議ニ出向イテ、断リノ談判ヘイクトコロダッタノダカラナ。フフフ』
シエは柏木の事をベタボメでほめちぎり、持ち上げる。これはシエが本気で柏木を誉めまくっているとかそういう話ではなく、その次の話。つまり決着を付けなければならない話の前振りで、そういった具合に話をもっていってやっているのだ。つまり援護射撃。
「そ、創造主認定会議? では、まさかファーダは、その創造主会議の候補……」
『ソレドコロカ、特務イル・カーシェルダ』
「えっ! 特務イル・カーシェル!」
その言葉の意味、勿論理解できる二人、そして遭難者達。ガイデル、サルファはあまりにも隔世の感ありすぎな話にかなり動揺している。ってか、元自治局局長シエの、話の持って行き方に皆のせられているという事。流石である。
『シエさぁん、そんな誉め殺しは堪忍してくださいよ、そんなんじゃないですから』
『フフ、何ヲ言ウカ、オマエモコノ二人ヘキチント話ヲシナイトイケナイ事ガアルダロウ。ソレコソガ、コノ二人ニトッテモ、フェルニトッテモ、一番大事ナコトダ』
『ええ、確かに。そうですね。ここまでのお話で、特にお二人へご報告しなければならない事もできました』
その後の言葉、どうもガイデルにサルファ、二人とも覚悟はしているようだ。柏木の目を見て、次の言葉を待つ。
『ガイデル閣下、それにサルファ様。私は、イゼイラではこう名乗らせてただいております……マサト・ヤーマ・カシワギと』
その言葉を聞いて、大きくどよめく遭難者達。だが、ガイデルとサルファは小さくコクコクと頷いて、柏木の言葉をしっかりと聞いていた。
というよりも、柏木のPVMCGといい、フェルへの態度といい、ある程度予想はしていた。それに自分の娘がこんなにも立派に成長して、逆に言えば男の一人ぐらいいない方がおかしいし、もしいないのであればイゼイラ人の親としてむしろそっちのほうが心配である。ただ、それが伝説世界の住人、と思っていた人物と、今や自分のあずかり知らぬ時代になった故郷の英雄だとは……と。
そこはやはり驚きをもって受け止めるしかない。
『ガイデル閣下、いえ、ガイデル陛下。サルファ陛下。私も……』
柏木とて、不可抗力丸出しな状況とはいえ、フェルの実父に実母の前で、いきなり「娘さんを頂戴いたしました」と堂々と言うのは流石に抵抗がある。なので色々説明をしようとしたところ、ガイデルに平手で制され、
「カシワギ閣下……いえ婿殿、かまいません。それ以前に、我々にファーダと娘のミィアールをどうこう言う資格などない。あの娘が選んだ人物なら、間違いないと信じます。実際、貴方を見ていると、そのお仲間に、シエのような……フフ、おてんばも付き従う。間違いはないのでしょう」
ガイデルやサルファもフェルの親だ。当然イゼイラでは、自分はもう死んだものと思われているぐらいのことになっているということは、容易に想像がつく。デカイ国葬ぐらいはやってるのだろう。つまり、そんな失った時間の差をどうこう言う資格など彼らにはないということはわかっているのだ。
いくら不可抗力とはいえ、失った時間と後戻りできない現実。こればかりは、受け止めるしかないのだ。
『申し訳ありません、というのもおかしいですね。やはりここは「認めていただいてありがとうございます」と言うべきでしょうか』
柏木としても不思議な気分だ。イゼイラのニューロンデータで出力されたガイデル・サルファのエミュレーションと同じような態度、反応を見せる二人を見て、相当にあのニューロンデータエミュレーションシステムの高度な処理に驚くと同時に、普通の日本人ならありえない今の状況に複雑な心境となってしまう。
柏木の弁に頷くガイデル。彼も彼で、まるで時空を越えたような今の状況に複雑な表情を浮かべる。
「……」
『……』
沈黙するしかない二人。
もう会うことはないと思っていた娘がとびきりの美人で立派に成長し、その友人も同じくで、娘は見たこともない異種族の嫁になり、しかもそれがイゼイラの伝説として語られる人々だとはと。
確かにお互い普通ではない……普通ではないのだ。
そんな互いの沈黙と視線で会話するような状況の中、侍従らしき人物の一人がサルファに近づき、耳打ちをする。するとサルファは頷いて、侍従に一言「ありがとう」と告げると、
「ファーダ。さきほど部屋で寝かせたフェルが目を覚ましそうだという事ですので、私が少々様子を見てきます。席を外してよろしいでしょうか?」
柏木は大きく頷いて、
『はい。よろしくお願いいたします』
「では、失礼して……」
サルファはニッコリ笑って席を立ち、会議室を出ていった。
『ガイデル』
「ん? なにかなシエ」
シエが今ひとつ話の進まない状況に割って入る。
『オマエト、カシワギ、フェルノ特殊ナ状況。ソレガ此度ノ、一連ノ事件全テニ繋ガッテイルノハ、我々モ理解シテイル。今ハコノグライデ切リアゲテ、ソノアタリノ事ハ、後ホド親子デ話シ合ッタホウガイイノデハナイカナ?』
要は、親子の話は後でやれという事だ。シエなりに気を利かせて話に割って入ってくれた。
今はガイデルらの現在状況、つまりなぜに彼が異種族の『国王』などといういう地位にいるか、そして同行者が『使徒』と呼ばれているか。それに伴ってこの星のこと。更にはあの異形のおぞましい姿の敵性体の事。聞かねばならぬ事は山ほどある。まずはそこからだ。
『確かに』
柏木もシエに同意する。ガイデルも同じく。そこは彼らも素人ではない。
柏木はVMCボードを造成して書類に目を通し、ここは事務的に事を始める。
『では、国王陛下。話を最初に戻しましょう……まずはティエルクマスカ連合及びイゼイラが「ドゥランテ共和国訪問団遭難事件」と呼んでいる事件についての詳細についてお伺いしたいのですが……』
* *
……フェルの視点。それは確かにフェルの主観。ただ、とても視点が低い。
自分の視点であって自分ではない。他人の視点を見ているよう。
それは彼女にとっての、遠い日の思い出。
「わたちのふぁるんとまるまは、ちゃぁ~んと生きてるでしゅよっ!」
「うそつけ! フェルのファルンやマルマは死んだんじゃないか!」
「生きてまちゅよっ! 昨日もおうちで会ったでしゅねっ!」
「へー、じゃぁここに連れて来いよっ!」
「え? そ、それは……しょの……えるばいらで、い、いつもいそがしいでちゅから、これないんでしゅよっ!」
「そんなのしらねーよ。連れてこれないんならおめーはウソツキだ!」
「う、うしょつきじゃないでちゅよっ!」
『オイ、オマエタチ。マタフェルヲイジメテルノカ?』
「うわっ! シエだ!」
『年上ノデルンガ、小サナフェルヲ相手ニ、ヨッテタカッテミットモナイ。モシフェルヲイジメルノナラ、アタシガ相手ニナッテヤル』
「シ、シエが相手はマズイって、い、いこうぜ……」
『フゥ……フェル。大丈夫?』
「うんシエちゃん……」
『アマリムチャヲスルナ』
「うん……ね、ねえ、シエちゃんは今日、おちろにお泊まりできるのでしゅか?」
『イヤ、ターリィガモウ迎エニキテイル』
「そうでちゅか……次はいちゅ来るのでしゅか?」
『ソウダナァ。三〇分期後グライカナァ』
「ふぅん……」
『マタ、ソノトキ沢山遊ボウ』
「うん……」
ガッシュとルメアがシエを迎えに来る。それを見送る小さなフェル。
シエは二人と手をつなぎ、楽しそうに何か話しながら帰って行く。それを指くわえて見送るフェル。
するとフェルはトトトと何処かを駆け、何かにすがりたい目をしながら、とある丘を駆け上る。
そこに見えるは、あのフェルの城でみた二つのきれいなクリスタルのような碑。
「マルマ! マルマ! ファルン! ファルン!」
すると、光の柱が立ちのぼり、年の頃は三〇代に見えるデルンと二〇代後半のフリュが姿を現す。
「やあ小さなフェル。どうしたんだい? 今日も元気だね」
「あらあら、泣きべそかいて。どうしたの?」
「グスン。ペミンとベルミがね。えぐ……。ファルンとマルマが死んだって言って、フェルをいじめるでしゅ」
「あらあら、それはかわいそうに。こっちにいらっしゃいフェル」
サルファに抱きつくフェル。
「そんな事いわれても挫けちゃだめだぞフェル」
「うん……あのねファルン」
「ん?」
「どうしてファルンはおちろで一緒にわたちとご飯たべたりしないのでちゅか?」
「……」
「マルマ、どうしてあたちと一緒にかぷせるに入ってくれないのでしゅか?」
「……」
「どうちて?」
「それはねフェル。私やマルマはいつも忙しいから、すぐにまた違う国にいったりしないといけないからなんだよ」
「……」
「ごめんなさいねフェル。私ももっと一緒にいたいのですけど」
「……うん。いいの。お仕事大事でしゅもんね。フェル我慢するでちゅ」
……しばしフェルは、ガイデルとサルファと遊んだ後、
「ではフェル。そろそろお仕事の時間だ。また明日な」
「じゃあねフェル。ちゃんとサンサの言うことを聞いて、いい子にするのですよ」
手を振って霧散していくガイデルとサルファ。
バイバイと手を振って二人が消えるのを見送るフェル。そして後に残るは青く輝く大きな主星ボダール。そこには涼しいというには、少し寒い風が吹く。
小さなフェルは、なぜかポロリと涙を流す。そこでつぶやく一言は「ファルン・マルマ……」と。
* *
薄目を開けるフェル。目に何かが溜まっているのか、視界に残光がまとい、幻想的に気を取り戻す。
首を傾けると、年の頃は五〇前のフリュがVMCボードを開いて読書をしていた。
どうやら地球とはまた違った寝具に寝かされているようだ。おそらくハイラ様式のベッドだろう。
(そっか、私気を失って……)
すると、フェルが気を取り戻したのに気づいて、そのフリュがVMCボードを小さな机に置いて、フェルに近づく。
「小さなフェル……ウフフ、違いますね。もう立派なフリンゼ・フェル。気がつきましたか?」
「貴方は……マルマ?」
コクと頷くサルファ。すると彼女はフェルの頭を両手で抱えて抱く。
「こんなに立派に、それに美しくなって」
頭をヨシヨシされると、フェルはさっきの夢を思い出す。
まだ気がついて間もない。気を失ったときの夢がまだはっきりしているので、サルファの温もりと母のにおいをかぐと、また「ミ~~」と切なくなって泣き出すフェル。
泣けばまたサルファがヨシヨシするので、泣く循環ができてしまう。
ただ、時間はたっぷりあるので、そのままでしばし時間を止める二人。
……と、一通り涙も流し、落ち着くフェル。グシュと鼻水すするが、サルファの出すハンカチでチーンと鼻水拭いて、サルファに、やっと笑顔を見せるフェル。コクと頷くサルファ。
「本当に……立派になって」
「ハイです。サンサが、私をきちんと育ててくれたですから」
「サンサが……そうですか……流石ですね彼女は。サンサなら確かに間違いないでしょう」
「ええ。その言葉をサンサが聞いたら、きっと喜ぶですよ」
コクと頷くサルファ。ただ、その後、プププと口に手を当てて笑う。
「? どうしたですか? マルマ」
「そのしゃべり方。こんなに小さかったフェルが、私の言葉を真似して喋って、ウフフ。それがそのまま大人になったみたい」
「え? あ……」
少し頬染めて俯くフェル。
今までそんな小さい頃の自分と今の自分を比較されたことなんてなかった。そんな照れる感覚も初めてのフェル。
そう、フェルのこの独特な話し言葉、所謂日本で「フェルさん語」とよばれている口調。実はフェルの小さい頃、このサルファの丁寧な話し方を自然に真似していたのだが、物心つかない時にガイデルやサルファが行方不明になり、中途半端にサルファの話し方を真似した口癖がそのまま大人になっても残ってしまい、フェルさん語になってしまったという次第なのだ。
しばし沈黙の二人。その手はしっかりと握られている。だがサルファは何かよそよそしいフェルに気づく。そこはなんだかんだで齢を経たフリュだ。それにフェルの親である。
「どうしたの? フェル。何か気になる事でもあるのですか?」
「……」
「言ってご覧なさい? 遠慮はいりません。私とて、今の貴方の心境は理解できます……恐らく、もう私達は死んだとおもわれているのでしょう? イゼイラでも」
コクと頷くフェル。
「それは当然でしょう。詮無き事です。実際私達はあの時、少し因果の糸が狂えば、本当にそうなっていたかもしれないのですから……私達夫婦も、こうやってフェル達に会えた。ですから、お互い言いたいことを言いましょうよ。ね?」
ウンと頷くフェル。
するとフェルは正直な心境をサルファに話す。それは、はっきりいってしまえばフェルにはリアルな両親の思い出など何一つないのだという事、いや、ないというよりは物心つく前の話なので覚えていないのだと。
で、フェルの思い出としての両親は、あのニューロンデータにあった虚構の優しいファルンとマルマの思い出であって、今こうやって現実に本人に会うと、そりゃ確かに流石トーラル・ニューロンデータエミュレーションで、正確な両親の存在を再現できていたのかと感じはするが、実際リアルなきちんとした人格のある本人はどんな人物なのか、やはり不安なのだとフェルは話す。
確かに考えてみればフェルと、ガイデル、サルファが過ごした時間というものは、正直たかがしれている。地球人でいえば、三~四年だろう。だがそれでも親の愛というものは変わるものではない。それは離れ離れになれば余計にというものである。
「私やファルンは、貴方のことを一時たりとも忘れたことなどありませんでしたよ」
とサルファはフェルに話す。おそらく親というものは、そういうものなのだろう。ただフェルはその想いをどう受け止めて良いのかわからないのだ。
この感覚の相違を埋めること、こればかりは、正直今すぐというのは難しい。
フェルの手を握るサルファの暖かさは理解できる。だが、記憶のない実物の親をどう見ればいいか。フェルの精神が葛藤するところだ。
「マルマ」
「はい?」
「あの……マサトサン、あいえ、あの黒髪の……」
「ウフフ、ファーダ・カシワギですね。もう知っていますよ。貴方の大切な、伝説の国のファーダ・デルン」
「あ、うん……」
「今はファルンと会談中です。そのあたりの話は、後で私達家族と、ということで」
サルファがそういうと、フェルは軽く頷いて、寝台から降りようとする。
「あ、フェル。まだ休んでいた方が……」
「ありがとうですマルマ。でも大丈夫、私もニホン国、いえ、ヤルマルティアの国務大臣ですから、ここでずっと休んでいるわけにもいきません。ごめんなさいマルマ。あとでゆっくりお話できる時間があるのでしたら……今は私も自分の使命を果たさないと……会議室に案内してくださいです」
「え? ちょっと待ってフェル。今何と? 国務大臣?」
* *
「え!? 今何と? フェルがヤルマルティア国の閣僚ですと?」
柏木からスタッフの紹介を受けるガイデル。その際、ナヨはフード被った状態で、「ナヨ・ヘイル・カセリア」名義で紹介した。ガイデルもこの名には驚く。ヘイル家の名と、妻の始祖名を語られては、何者だと。だが、今のナヨは、名は偽名で故あって顔は見せられない特殊部隊の隊員ということにしていた。実際今被っているフード付きの服はシエの私物で特務総括軍団の匿名装備である。それを少々お借りしているという次第。
とはいえ、先の戦闘で素顔出しまくって戦っていたので、サスアはもう素顔を知っていたりするのだが……
あえて突っ込まないサスアもなかなかに紳士である。
で、その際、今は気を失って休んでいる日本政府閣僚のフェルも紹介する。そんなことを言われたガイデルは当然驚く。
ガイデルとしては単純に考えて、故郷ではエルバイラの自分が死亡したと思われ、その帝位継承権者のフェルがフリンゼとなり、イゼイラとティ連の旧皇終生議員となって公私ともに活躍しているんだろう。もしくはそう願っていたところへ、何とヤルマルティアが実在して、その国選出の連合議員と結婚して、おまけにそこの国務大臣やって、国籍も持ってると言う話なのだから、普通はびっくらこく。
『はい。そういうことですので、先ほどお話しした当方の用件で、イゼイラへ渡航中に起きた事案でして、そのあたりはご理解ください。従って色々準備してと言うものではありません』
「はい、そこは私も先ほどお話ししたとおり、そうではないかと思っていましたので依存はありません」
『ご理解いただけて幸いです陛下。ところ……ん? あ、フェル。もう起きていいのかい?』
サルファに連れられて会議室に戻ってきたフェル。顔色もいいようだ。
「ハイです。ご心配をおかけしました。私も色々びっくりして……ファルンも……」
「かまわないよ。あ、それと今、ファーダ・カシワギから色々聞いたところだ。立派な役職を担っているのだな、フェル。私は誇りに思うよ」
「はい、ありがとです。でも、その通り今は私もヤルマ……いえ、日本国の閣僚サンですから、その立場でお話させていただきますですヨ」
「わかった。ではフェル、あ、いや、ファーダ・フェルフェリア大臣。そちらの席へおかけ下さい」
そう言われて会釈するフェル。
「大丈夫か、フェル。気分は悪くないか?」
翻訳機を切って一声かける旦那様。
「はい。今はもうわからないことはわからない。そう割り切る事にするデスよ、マサトサン。色々あるですけど」
「そうか。くれぐれも無理はナシでな。何かあったら必ず相談だ、な」
コクと頷くフェル。
ガイデルは、その理解できない言語、つまり日本語を話すフェルと柏木を観察するような視線で眺める。
さて、と柏木は話を元に戻す。
『陛下、何からお訪ねしていいか、私も正直頭の中で整理しながらお話しさせていただいていたのですが、はは、やはりフェルの事を考えると、どうしても私情混じりになっていけません』
「同感ですな、ファーダ。ではこうしましょう。まずは、【我々が、こういう状況になるまでの話】ということで。如何ですかな?」
『陛下らが、遭難して、その後、この王国を築くまで……ということですか?』
「築く、という言葉は少々当てはまりませんが、そんなところで」
『わかりました。では、お願いいたします』
ガイデルは大きく頷き、サルファに視線を合わせ、確認する。そして彼は、あの事件の事実について、語り出す。
………………
約十数期前、フェルの年齢で言えば、精神年齢地球換算で約三歳か四歳頃の頃。イゼイラから約一五〇光年ほど離れたラフューム恒星系にある惑星国家・ドゥランテ共和国と長年の連合加盟入り交渉を続けていたイゼイラは、ようやくその努力が実り、連合加盟調印式にまでこぎつける事が出来た。
このドゥランテ共和国という国家も、その技術文化体系の祖が太古のトーラルもしくはその系統であろう超文明の遺産が背景にあり、その反応を検知したイゼイラ探査艦がドゥランテ文明と接触して交渉、今回の調印にこぎつけた。
この国の種族生態は、ヒューマノイド型の獣人意匠ではあるが、所謂カイラス人のような人類型に近い獣人系ではなく、原種の意匠に近いのが特徴の、所謂デミヒューマン型に分類される知的生命体だ。
ドゥランテ人の種族意匠は、所謂イヌ科に近い意匠を持つ。
ドゥランテ人も、トーラル系の技術を基礎に発達した種族だ。従って高度な倫理観をもつ文明国家であり、連合憲章との調整で少々手間取ったものの、その他の部分では順調に話はまとまって調印式にまでこぎつけたのであった。
そういうことで、調印式をドゥランテで行うことがまとまり、イゼイラの文化的象徴である旧皇終生議員。しかも連合終生議員である世が世なら皇帝陛下であったガイデルと、その后であるサルファが調印式代表団のリーダーとして、ドゥランテに出向くということになり、更にガイデル達が帰国する際、その宇宙船にドゥランテの国家議長が同行し、イゼイラへ表敬訪問するという計画になっていた。
イゼイラでは国交祭も催され、調印団を賑やかに送り出し、それは華やかな出立だったという。
「……あの時は誰もが調印式の成功を疑わず、皆新たなティ連の仲間が増えることに、歓喜していました。ですが、あのような事件が……ところでファーダ・カシワギ。ドゥランテ共和国は今、どうなっていますでしょうか?」
『あ、それは我々日本国も最近の加盟になりますので……フェル、どうなんだい?』
「ハイ、ドゥランテ共和国はその後、先方からイゼイラヘ赴いて頂いて無事加盟調印を行い、現在はティエルクマスカ連合のお仲間になっていますよファルン」
「そうですか、それは良かった。その点もずっと気がかりでした」
「その時にも、先方はファルンの遭難を大変悲しまれて、国葬の際にも大規模な弔慰団を派遣してくださいました。ウフフ」
「はは、そうですか……いや、困りましたな」
頭をかくガイデル。ふそうスタッフも、ちょっと乾いた笑い。本当に困ったジョークのような現状だ。これも仕方がない。
ガイデルの説明は続く。
問題の遭難事故は、ラフューム恒星系のとある惑星軌道に設置したディルフィルドゲートへ向かってのゲート内航行中に発生した。
何の問題もなく、順調に航行していたガイデル達の宇宙船だったが、突如、何の前触れもなく、亜空間回廊の分岐現象が発生したのだという。そして彼から出た言葉が「ふそう」クルーを驚かせた。
「その分岐した亜空間回廊から突如出現したのが、あの忌まわしき生体兵器達だったのです。今、我々は奴らの事を『ヂラール』と呼んでいます」
このヂラールという呼称。何かに似ていると思った柏木だが、さもあらん後でフェルに聞くと、イゼイラの科学用語で放射線を意味する『ヂレール核裂線』の語源となった、イゼイラの創生譚『ノクタル創世記』に登場する、世にあるあらゆる毒物を作って撒き散らす怪物の名からとったものだそうな。
ガイデルの話は更に熾烈を極め、なんでもそのヂラールがガイデル達の船に襲いかかってきたのだという。当然ガイデル達は応戦を余儀なくされるが、まさかディルフィルドゲート内でそんな戦闘など予想だにもしていないわけで、エネルギー兵器の効果も減殺され、まともな迎撃行為も行えず、シールドは破られ、船へ敵の侵入を許し、白兵戦を余儀なくされたのだという。
「……私自身も武器をとって戦いました。犠牲者も出ました。ただ幸い連中の行動を見るに、統一された指揮系統で動いていないのではないか? と予想できましたので、船内に侵入した猛獣でも狩りだすように対応できたのが幸いでしたが、いかんせん侵入された数が多かった……」
ガイデル達は、敵に襲撃されたブリッジ部を奪還すると、なんとか船の制御を取り戻すが、時すでに遅く船は本来の亜空間航路を外れ、その分岐した方に進んでしまっていたのだという。
そして、船にかなりの数のヂラールを載せたまま、別宇宙にディルフィルドアウトした。
満身創痍で、ブリッジや機関部に籠城しながらなんとか船を操船し、アウトした付近にあったこの惑星。名を彼らは『サルカス』というこれもノクタル創世記から取った地名で、彼らが勝手に呼称しているのだが、その惑星サルカスの、この地域国家であるハイラ王国領内に不時着したのだという。
不時着後も、その衝撃でボロボロになりつつも、船に残ったかなりの数のヂラールとまだ戦っていたそうだ。
すると今度はサスアが、
「陛下、その続きは私からのほうが」
「ああ、サスア隊長。そうだな、お願いできるか?」
「御意……陛下達が天穴から飛び出し、この地に降っていらっしゃった際、我々は丁度国境の警備から帰還する最中でございました……」
若き頃のサスア。地球人年齢でいえば一五~一六歳ぐらいの頃だろうか、彼は空を見上げその異常な事態にすぐさままずい事が起こると予感し、不時着地点に部隊を引き連れて馬を走らせた。そこで彼が見たものは、彼の知識にはない大きな飛行物体がボロボロになって森のなかに鎮座している姿に、その中から聞こえる聞いた事のない衝撃音に爆音だった。
とその時、一人の偵察に出ていた兵士が、これまた見たこともない異形の存在。それはもう彼ら視点でおぞましいとしか言いようのない容姿の「魔物」に襲われ、大パニックになった。
無論シールドを展開するような生体兵器である。例え一匹といえど当時のハイラ人が持つ武器が通用するような相手ではない。戦慄するサスア達。
だが、その魔物は宙を飛ぶこれまた見たこともない光の閃光に貫かれて息絶え、その閃光が飛んできた方向から出てきたのが、イゼイラ人だったという話なのだそうな。
これがハイラ人のとっての、異星人とのファースト・コンタクトだったという。
サスアは、イゼイラ人の姿を見た瞬間、彼らはこのサルカス世界で信仰される宗教経典にある『天界の使徒』と思い込み、イゼイラ人らに率先して協力し、対応してくれた。
その後、この宇宙船に紛れ込んだヂラールを掃討するのに、これまた結構な時間がかかるのだが、サスアの罠を駆使した卓越した戦術と、イゼイラ側の武器でなんとか連中を駆逐することができ、その戦いのさなかにサスア達ハイラ人とイゼイラ人、ダストール人らとの信頼関係ができ、サスアの仲介もあって、このハイラ王国へ迎えられたという。
柏木にフェル、そしてスタッフらはその壮絶な話を唖然として聞く。
それは、イゼイラで語られていた「亜空間回廊内での船の事故」などという単純なものではなかったからだ。
『では、なぜその襲撃を受けた際に、真っ先にエマージェンシーを送信しなかったのですか?』
柏木が当然至極なことを尋ねる。すると答えは単純明快だった。敵が真っ先にシールドを破って侵入してきたのが機関部だったということで、ハイクァーンジェネレーターを真っ先に破壊されてしまい、船のリカバリー機能が麻痺してしまったからだという。こうなってしまえばティ連製の船はお手上げである。
「それは……」
『アア、ソウナッテシマッタラ、確カニドウシヨウモナイ……不幸トシカ言イヨウガナイナ』
フェルもシエも渋い顔だ。
実はこの事が、このサルカス世界でティ連技術が大きく拡散しなかった理由でもある。
結局、後にガイデル達の宇宙船をハイラ人協力の元……と、協力といっても荷物運び程度の事しかできないわけだが……修理を試みるが、このハイクァーンジェネレーターにゼルリアクターもかなりの損傷を受けてしまっており、造成可能な物品が、安全保障関係で一部の武器弾薬・短距離通信設備・食料造成・マテリアル造成に合成とこの機能のみで、一番肝心要の主幹自律造成機能がやられてしまっており、トランスポーターや機動兵器、量子通信設備、PVMCGや、ゼル機器といった物の造成ができなくなってしまったのだという。
確かにゼル機器の造成ができなければ、ティ連科学はその価値の半分以上を失ってしまう。ハイクァーン技術もすごいが、このハイクァーンもゼル技術との組み合わせで威力を発揮するのだ。
ただ、医療用ハイクァーン技術が無傷だったこと。各クルー個人のPVMCGが使えた事。船のメインシステムがなんとか生きていた事が幸いし、多少のティ連科学技術は、このサルカス世界へ反映させることができた。先のこの世界独自の乗り物である斥力物質を使用した飛行物体の、プロペラ動力に人工筋肉を使っているのも医療用ハイクァーン技術を応用したものである。
『ということは、その無傷の医療用ハイクァーン装置は沢山複製量産できたという事になりますよねサスアさん』
「そうですな、カシワギ殿。この不思議な機械のおかげで我が国は豊かになっていきました」
壊れた自律型ハイクァーンシステムは、王国政府管轄で使用し、医療用のハイクァーンシステムは広くこの世界でも普及させていったという話。
その後、ハイラ王国では劇的に平均寿命が伸び、ハイクァーンで作られる薬品のおかげで食料も飛躍的な増産が可能になり、それまで周辺諸国と比較しても突出した影響力もなかったこの国が、突如サルカス世界の雄に踊り出たのである。
『ち、ちょっと待って下さいサスアさん』
「何でしょう、カシワギ殿」
『なるほど、このハイラ王国とガイデル陛下の関り合いはよくわかりましたが、その……一つここまでのお話で理解できないことがありまして』
すると、今度はガイデルが、
「私がなぜにこのハイラ国の国王などをやっているか? ですな、ファーダ」
『はい。その通りです。フェルも、そこを聞きたいよな』
「はいです」
フェルも深く頷く。
すると、ガイデルはサスアと頷きあって、説明を始めた。
ガイデルがこの星にやってきた当時、ハイラ国の国王は高齢で、いつ崩御してもおかしくない状況だったそうな。
王妃もすでに他界し、跡継ぎの皇太子が摂政として、政治のトップに立っていた。
比較的領土面積はあれど、軍事的にはそんなに強いとはいえないこの国は、周辺国との盟約で安全保障体制を保ってきたのだが、そこは地球の大航海時代のような世界だ、色々国家の思惑もあり、ハイラ王国も他国との合併や併合、はてはどこかの国が侵攻するといった話も絶えず、正直盤石とは言いがたい状況だった。
そこに降って湧いたようなこの事件である。当時の皇太子は聡明で、この事件を利用しようとした。
不思議な乗り物に乗って天からやってくるような異界の人々だ。しかも自分達が見たこともないような武器を持ち、異形の魔物と戦って勝利した。
ハイラ人の視点では、正味彼らは『天からの使い』のようなものだったのだろう。言ってみれば日本における一〇〇〇年前のナヨクァラグヤと同じような感じだ。
ハイラの皇太子はその異界人をハイラに伝わる伝説の存在と信じ、ハイラ国の政情を説明し、教えを請うた。すると、その異界人はアッサリと「わかった」と言って、自分達を受け入れてくれた恩を返すと語り、ハイラ国の政情安定に協力してくれると言ってくれたという。
更には、その異界人のリーダーが、彼等のいた国では皇帝の末裔だという説明を受けた。そしてかの魔物に襲われて、この世界へ降ってきたとも。
皇太子はその説明を受け、その異界の皇帝に教えを請うため、皇太子が所謂「一人前」になるまで、ハイラの国王をやってくれと頼んだそうな。それで現在、ガイデルが……
「フッ、ま、そんなところで臨時の国王をやっているというわけですファーダ」
その説明を受け、ポカンとする柏木達。フェルも同じく。
まさかオトンが雇われ国王やってるとはさすがに思いもよらなかった。
『い、いや、ではその皇太子殿下は……』
するとサスアがクククと笑い
「ははは、私ですカシワギ殿」
『はぁ!? そ、そうだったのですか!』
驚く柏木達、と同時によくよく考えると、彼らの文明水準から見て、柏木達を比較的すんなり受け入れる理解度がある彼であるからして、確かにそう言われればとも思う。
サスアが言うには、はっきり言ってしまえばガイデル達を利用させてもらっているところも多分にあるという。そこはガイデルにも話し、彼も理解した上で協力しているという話。
「はい。ですが、私もその『皇太子』というものでも、もうなくなりつつあります」
『え?』
医療用ハイクァーン技術だけとはいえ、その技術波及効果は相当なもので、この技術だけで万の外交カード以上の働きをしてくれているという事。
つまり、ハイラ王国と連合を組めば、このハイクァーンの恩恵を受けられると宣伝し、かつ、イゼイラ由来の武力で、ハイラを攻めようとするものは国家の滅亡を意味すると周辺国家にプレゼンツし、ハイラの国家方針に賛同する各国領主や、ハイラにおもねろうとする中小国家などを合併、連合化しつつ、王国の版図を広げてきたという話。
そして更にガイデルはサスアに民主主義思想に共和制を教えるが、さすがにこの文明ではまだその考え方は理解に遠く、各領主らの反発も招きかねない制度だと反対をするが、ガイデルは今後ハイラ王国連合の拡大に伴い、必ず専制君主制では弊害が出るとサスアに教え、選挙君主制であったかつてのイゼイラ大皇国を例に出し、議会は民衆枠と貴族枠で構成させ、議会と国王双方に決定権と拒否権を持たせる、所謂、国王を『大統領』に見立てた『大統領制のような王国君主制国家』にしようと、サスアとガイデルがハイラ王国の国づくりをしてきたと説明される。
柏木や白木、そしてフェルら政治家官僚組は、その二人の手腕に「ほーー」と感心して聞き入る。
『フェル、お父さんすごいじゃないか』
「ハイです。ファルンの雰囲気、それで納得できました」
フェルや柏木は、初めて会った時から、ガイデルが、所謂一般的なイメージの『国王の威厳』というのが、あんまりないので、そこんところに違和感を感じていたそうなのだが、これで納得できたと感じた。
つまり、現在のハイラ王国連合は、君主制と大統領共和制の丁度中間のような国家なのだと。
そして今ガイデルが国王なのも、その選挙君主制でサスアが政略的に制定した貴族と同じ権限を持つ『天人』という立場での立候補で、圧倒的多数の票で選ばれて、期間限定の国王をやっているのだと教えられる。
そしてサスアは今、貴族の義務という形で国軍部隊の隊長職を担うと同時に、『国家摂政』という、言ってみれば副大統領のような地位に付き、先代国王の皇太子という地位は、もう無いものと同じ状態だと話す。
「なぁなぁ柏木」
白木が日本語で耳元で話す。
「ん? 何」
「フェルフェリアさんのおとっつぁん、こりゃ相当なやり手だぞ。これがエルバイラっつーやつか?」
「ああ。流石旧皇終生議員ってやつか」
柏木は腕を組み、握り拳を鼻に当てて今までの話を少し頭の中で整理する。
しばし考えた後、
『では……陛下はその時点で、イゼイラへの帰国をすでに諦めていらっしゃったと』
そういうとガイデルは大きく頷いて、
「はい、そうですファーダ。船の修理も考えましたが、我々だけでは手に負える状態ではなく、サスア隊長、いえ、サスア摂政が当初我々を利用しようとしたのと同じく、私達も彼らに我々の知識を教え、いつかは船を修理し帰還しようとも考えたのですが……」
そう言うとサスアも少し俯き、ガイデルの話を聞く。
「……あの天に大きく開いたワームホール。あの現象を見た途端、これはまずいことになると察しまして……国王として、この国の人々から受けた恩を考えると……その時、帰国はもう無理だと諦めたのです」
その時、ガイデルはサスアに今後予想される不測の事態を告げる。それはかのヂラールの襲撃が考えられること。その時既にガイデル達は、自分達がこの世界に飛び出した理由は、他次元からのワームホールが干渉したということが既にわかっていたので、再度のヂラール襲撃を危惧し、船の壊れたハイクァーン装置をフル稼働させて造成可能な武器類、即ちブラスターライフルやブラスターキャノンを量産造成し、連合王国各所領に支給。更にはこの世界の浮遊船を人工筋肉等を駆使して機械化させ、安保体制に万全を期したと話す。
丁度その頃から、サスアとガイデルは、お互いを利用しようといった関係から、本当の意味での信頼関係に変わっていったのだという。そして彼等に『使徒』と呼ばれるクルー達は、きっぱり帰還をあきらめ、この国に骨を埋めようと決めたのだという。
「フェル、私とサルファ……そういうことなのだ。こんな勝手な親を許してくれとは、今更言えないな……親としてろくなことをしてやれなかった……でもお前の事は、一時たりとも忘れたことはなかった。これは本当だ。帰る方法はないかと何度も思案した……だが、状況がそれを許してくれなかった……」
フェルはガイデルとサルファの眼を見て話を聞く。そしてナヨに視線を送るフェル。
ナヨも察してか。フェルの方をフードのスリット越しに見ていた。
それは、形は違えど、ナヨが体験してきたこととよく似ていたからだ。ついでに言えば、不可抗力などではないが、フェルが日本にやってきて、それまでスッタモンダやってきたことも、考えてみればよく似たようなところもある。なのでガイデルの立場も理解はできるフェル。
ガイデルもサルファも、先のフェルが狂ったように大泣きしてしまい、挙句に気を失うほどの事になった理由。親として察していたのだろう。つまりフェルは……『死んだと思っていた親が生きていたというショックだけが先に立ち、親に会えたという嬉しさが理解できない。感動が沸かない自分の感情』が制御できずに乱心し、気を失ってしまったのだ。
なので二人はフェルと、その伴侶の柏木にここまでの詳しい説明をした。要するに、自分達の境遇を理解して欲しかったのだ。
ガイデルとサルファからすれば、それを理解してくれるだけで、親として救われる。でなければ、フェルとは赤の他人みたいな状態のままになってしまうのである。そして二人にはフェルに理解して欲しいものがもう一つあったのだが、まだそれを話す機会には恵まれない。
フェルは、今は頷く。彼女とて分別ある大人である。確かにこればかりは仕方がないと思うしかないだろう。どうあがいてもできないものはできない、どうにもならないものはどうにもならない。こればっかりはそういうものなのだ……
その後、ガイデルの予想どおり、今天空に大きく口を開けるワームホールは、自分達が飛び出てきたものと同種の物だとわかった。これは宇宙船クルーの技術者や、専門外ではあるが知識のあった科学者達の研究結果とシステムの計算でわかったことだった。
一旦は閉じたと思われていたワームホールだったが、マイクロサイズでやはり開いた状態にはなっていたのだ。所謂アイドリング状態にあったワームホールと例えることができるだろう。
ということは、即ち人為的に発生させられたワームホールである可能性が高いという事でもある。
案の定、ある時そのワームホールから例のヂラール軍勢が姿を現し、サルカス世界へ襲いかかってきた。理由なんぞわからない。まるで解き放たれた魔獣のごとく襲いかかるその生体兵器に何かを問うだけ愚かであり、それはガイデル達の知るあの忌まわしき敵性体『ガーグ・デーラ』を思わせる物だった。
ただガーグどもと違うのは、ガーグ連中は明らかに何らかの目的があって行動している。その証拠に必ず連中はハイクァーン機器とゼル機材を狙ってくる。だがこのヂラールは、ただ単に暴れたい放題襲いたい放題で、今回初めてわかったが、動植物を拉致しては、自分達兵器の、所謂『燃料』にしてたりと、完全な殲滅制圧兵器の様相を見せる純粋な『兵器・武器』である。
ガイデルは、逆に戦術の立て方は簡単だったという。当初は準備万端整ってこの世界の戦力でも、何とか彼らが持ち込んだ兵器武器や間に合わせの斥力物質を利用した機動兵器で対応できていたのだが、敵の「引いては出てきて、出てきては引く」という波状攻撃と数に物を言わせた攻撃に段々と押されていき、現状かなり思わしくない戦況になってきているとガイデルは話す。
「その間、我々も残った技術者や軍人、科学者がこのハイラの民に我々の知る知識を可能な限り継承させようと、教育機関を充実させ、我らの知識を全て教え、更に教えられたハイラ人が各々の国へまたその知識を持ち帰り伝え……と、そうやってこのサルカス世界にも技術革命が起ころうとしていたのですが……」
柏木が聞くに、やはりここでもティ連世界の弱点が結果露呈してることに気づく。ただガイデル達はそれを自覚していない。
(彼らはハイクァーン技術をベースに科学発展してきた種族だ。従って全てはハイクァーンあっての技術体系や科学体系。その肝心要のハイクァーンが壊れてしまっていては、教えた科学技術も世界へ広めるのは難しいだろうな)
実際その通りのようで、唯一無傷で量産が可能だった医療用ハイクァーンに基づく医療生体科学、またはそれに派生した技術に関しては、異常なほどの発達を見せたサルカス世界だったが、それ以外の科学技術イノベーションは、あまり起きなかった。
そんな中でも、ハイラ人科学者の卵達は、今の状況を何とか打開すべく、ハイクァーン装置の修復を試みようとしたそうだ。勿論そうそううまい具合にいくはずもなく、手に負えない状況だったのだが、それでもその中の優秀な教え子が、ハイクァーンではないが、宇宙船量子通信設備の一部を修理することに成功したらしく……
「その際の救難信号を、ゲートシステムは拾ってくれたのでしょう」
ガイデルはふそうの到来を聞いたとき、侍従長の言葉ではないが、まさしく天佑だと感じたという。
柏木達もその話に言葉も挟まず聞き入る。フェルも時たま考える目をしながら話を聞いていた。
『事情はよくわかりました陛下……ふぅ……なぁ白木』
『おう、なんだ?』
『連合への通信は、とくに問題ないよな』
『ああ、特にな……なんだ? 何か送るのか?』
『今の会談内容全部を、サイヴァル議長、ヴェルデオ知事、マリヘイル議長、二藤部総理に送ってくれ。あと……』
『?』
柏木は口を歪めて腕を組み、確実な予防線を張ろうと考える。
『耳貸せ』
『お、おう』
柏木はモショモショと白木に何かを話す。フェルもそのモショ話に耳を突っ込んで聞く。すると二人とも目尻を少し歪めて、
『なるほどな。そうきたか……わかった。伝えておく』
「初めてですね、マサトサン」
「ああ、連合がどう判断してくれるかってところだな。特にイゼイラが……」
当然ガイデルも目の前で内緒話なんぞをされると訝しがって当然で、
「議員閣下、一体何のお話でしょう?」
『いや、今後の対応についてですよ。お話を聞くところでは、恐らくそのヂラールは、あのワームホールが開いている限り、またやってくると容易に想像できます。そのあたりの対応を少し打っておきます』
するとガイデルも明るい顔になり、
「では、援軍を!」
『はい。そのあたりも含めて』
するとサスアも驚いたような顔で、
「異界がハイラへ援軍を送っていただけるのですか!」
『ええ、サスアさん。ただ、私達世界の中央が、どうこの事態を判断するか、そしてその準備に相当の時間を必要とします。その点が少し……』
この言葉にガイデルやサルファ。そしてその側近ティ連人も理解に自覚してはいるようだ。
つまり連合がどう判断するかだ。
ガイデルというイゼイラの旧皇終生議員が、やむを得ぬ事とはいえ、他主権国家の元首になって、しかもイゼイラ人への理解が神仏レベルでしかない文明に彼らの科学を拡散させて、国家・文明の変革を起こさせている現状を、連合本部やイゼイラ政府がどう判断するかという事もあった。
下手したら、『そのサルカス世界の事はほっといて、とにかくガイデルとサルファに遭難者生き残りを全員救出して連れて帰ってこい』
という判断もしかねないのである。
ティ連世界が日本と接触したときも、なんでもいいから接触したというわけではない。それはあの時の物語通りだが、ティ連文明への『理解度』というのは、彼らにとって結構重要な要素なのは確かである。
逆に言えば、地球人でもある柏木や白木、他ふそうスタッフが一番そのことを理解していた……
* *
……とりあえずといったところで、第一回目の会談を終えた柏木達ふそうクルー。
諸氏色々と複雑な表情を見せる。確かにガイデル達ドゥランテ共和国訪問団が、全員ではないにせよ。生存していたということは喜ばしいことだが、彼らの状況が事を複雑にしている。
小高い丘に立つバルベラ城。地球の城、東洋西洋ともに類似する意匠のない、錐形状を基本にした面白い
デザインの城塞。その海を見渡せる庭に立って、腕くんで物思いにふける柏木連合議員。
連合議員という立場は、加盟国から連合に派遣される議員というだけの話ではない。その加盟国では閣僚職扱いになる偉いさんなのだ。従って柏木の決定は、当然日本国にも何らかの影響を与える。
だが、こういう事態に日本は未だ敏感である。特危自衛隊が、その管轄を連合憲章で連合防衛総省扱いになったとしても、その理解がイマイチな状態で、「安保音痴」な日本人はまだまだ多いのだ。
そういう状況を考えると、恐らく一筋縄ではいかないのが日本国内だ。
(この宇宙にスッ飛び出てきたのがティ連の、他の国の艦船なら、ここまで考えなくてよかったんだろうけどなぁ……日本の船で、おまけに俺とフェルが乗ってるなんて出来過ぎだぜ。ほんとに因果だな……)
シーと歯を鳴らし、頭をボリボリかく四〇のオッサン。そんな感じで思案していると背後から、
『マサトサン』
「ん? お、フェル」
彼は手を横に広げて、おいでのポーズをすると、フェルが柏木の胸の中へ入ってくる。自然になんとなくそんなポーズになった。
少し抱き寄せて背中をポンと叩くと、フェルも笑みを見せる。
『ファルン達が、お話したいですって。迎えに来たデすよ』
「わかった。で、他のみんなは?」
フェルが柏木の腕に手を回し、歩く。
『船にもどったデス。ファルンは城に泊まっていけって言ったんですけど、現状が現状ですからね。ファルンの話を聞いて、万が一に備える必要があるっていって、今日はお船に戻りましタ。それで全員が全員引き上げちゃうのも失礼なので、マサトサンと私はコッチに残ってくれって』
「気を利かせてくれたのかな?」
『多分デスね。ウフフ』
話では、今回サスアが船に招かれ、一泊してくるという。
城内へ入る前に、ふと空を見るとシンシエコンビの旭龍F型が飛び立っていくのが見えた。多分哨戒に出たのだろう、オプション装備の円盤型センサーユニットを背に付けていた。
城内に入ると二人は侍従達に案内され、ガイデルとサルファの私室へ赴く。
「陛下、カシワギ議員閣下と、フェルフェリア大臣閣下をお連れいたしました」
「お通ししてくれ」
平手で促され、部屋に入る柏木、お辞儀敬礼をする。フェルもティ連敬礼。
「そんな畏まらずに。私たちは家族ではないですか。どうぞこちらへ」
何か酒のようなものにオードブル的な食事がテーブルに置かれている。
二人は席に腰を掛けると、メイドのようなイメージの女性と思われるハイラ人スタッフが、みんなに酒のようなものをグラスに注いでくれる。
フェルは出された食事をPVMCGでスキャンし始めた。するとサルファが、
「ウフフ、大丈夫ですよフェル。先ほどニホンの方からバイタルデータの提供を受けました。婿殿が口にしても問題はありません」
「あ、そうですか。ありがとデス」
と、そんな感じで乾杯。さっそく話を切り出すガイデル。
「ファーダ、あ、いや……」
『マサトで結構ですよ。陛下』
「そうか、ではケラー・マサト。私の事も……」
『はい、お義父さん』
ウンウンと頷くガイデル。それを少し微笑んで見るフェル。ケラーという言葉は、ミスター、ミセス、~さんという言葉の他に、「~君」という意味も包括して含んでいる。
「何か、変な感覚ですな……でも、安心しました」
「ええ、本当に……これでヤーマの血は受け継がれていきます。しかも婿殿がヤルマルティア人とは……これもナヨクァラグヤ様のお導きでしょう」
そういうと、柏木とフェルは、クククっと笑ってしまう。
「ん? どうしました? ケラー」
『あ、いえいえ、また明日、皆様にご紹介したい方がいますので、またその折にでも。お楽しみしていてください』
するとガイデルが口を尖らせて「ふむ」という感じで、頷いたり。なんだろうと。
「それはそうとケラー。明日フソウのスタッフに、優秀な科学者の方がいるということで、その方をハイクァーンジェネレータの修理に派遣してくださるという話ですが」
優秀な科学者。即ち無敵の賢人、ニーラチャンを送り込むということである。
『ええ、もう手配しております。なんでもお義父さんの乗っていた宇宙船の形式を調べさせていただきましたが、相当に高性能なハイクァーン装置を積んでいらっしゃったみたいで』
そりゃそうだろう。イゼイラのエルバイラが乗る船だ。話ではイゼイラ版のエアフォースワンか、政府専用機レベルの船らしく、ハイクァーンジェネレーターの自律機能も、全く同じ宇宙船をもう一隻作れるぐらいのパワーをもった装置を積んでいたらしい。
逆に言えば、破損してもなお、周辺諸国にイゼイラ製武器を供給できるぐらいの装置であるからして、相当な性能であることは容易に想像がつく。
(もし、そのハイクァーンジェネレータが壊れていなかったら……)
そう思う柏木。事態はもっと別の方向へ進んでいただろうという事は容易に想像がつく。それ以前にもしそうなら、サルカス世界へ恐らく行っていないだろうという話もあるが。
そんな思案をしていると、フェルが柏木の肩をちょんちょんと突き、
『んお? 何?』
「マサトサン、あれをみせてあげないと。ね?」
『あれ?……なんだっけ?』
「もー、ヒメチャン」
『あ、そうか、そうだな。確かに……っていても。俺スマホのデータしかないんだ。PVMCGのホロデータ、持ってるか?』
「ちゃんとあるですよ」
するとフェルはPVMCGをスっと撫でると、柏木とフェルの子供。愛称「姫ちゃん」を立体映像で映す。
人形で遊んでいる映像や、柏木の壊れたモデルガンで、アニメのアクションヒーローの真似をしている映像。都心のレストランへ食事に行った映像など。
「この子供は?」
サルファがきょとん顔で尋ねる。ガイデルも同じく。
「ウフフ、私と、マサトサンの子供。つまり、ファルンとマルマの孫ですよ。名前は……」
「おおお……!」
そういうと、二人はお互いとても明るい顔になって眼を綻ばせ、その立体映像を撫でようとする。
柏木はスマホの写真も二人に見せる。
「この眼は、ヤルマルティア人の物をもらったみたいだな」
「肌の色は変異種かしら? 始祖様も白い肌だったから、縁起がいいですわね」
「髪や面立ちはフェルやお前に似ているな」
そんなありがちな祖父祖母の会話で盛り上がる。
しばし良い酒の肴になる話題。当然二人が思うのは……「孫に会ってみたい」と思う願望。これは当然である。だから、この現状をなんとか解決しないとと、そう思うみんな。
すると、今度はガイデルが切り出す。
「サルファ、もう連絡はしてるんだろ?」
「ええ、あなた。もうすぐ帰ってくると思うのですけど……」
「?」と思うフェルと柏木。
「ああ、二人に……とくにフェルに紹介したい者がいてね」
「はぁ……」
紹介したいと言われても、サルカスに知人なんているわけでもなしと。
すると部屋にまた先程の侍従がノックの後、入室してくる。
「陛下、メルフェリア様が只今お戻りになられました」
「おお、部屋にはいるように……」
といってるハナから
「ファルン! マルマ! ただいま!」
ドーン! といわんばかりに堂々とこれまた元気そうな……イゼイラ人フリュが部屋に入ってくる。
年の頃は地球人の見た目で一六~一八歳ぐらいか?
肌の色はイゼイラ人の水色肌で、眼は変異種なのだろう。綺麗なエメラルドグリーンだ。
羽髪はショートカットに切って、ハイラの軽装鎧を身につけ、イゼイラブラスターを袈裟懸けで担いている。かなり活動的なイメージだ。
「国境回ってきたけど、特に異常なかったよ! サスアがいないんだけどどこ? でさ、でさ、あの海に停泊している船、あれってファルンやマルマに教えてもらったイゼイラの……って、あれ? お客……さん?」
ガイデルはいつもの事という感じで、苦笑しながら首を振る。
サルファはオホホと「お恥ずかしいところを」みたいな笑顔だ。
「う、うわっ! イゼイラ人だ! じ、じゃぁ……あの船は……って、こっち、じゃなかった、こちらの種族さんは……」
その元気な娘にきょとんとする柏木にフェル。
「メル、お前は本当にいつも騒々しいな。まぁ落ち着いてそこに座りなさい」
とガイデル。そのフリュを諌める。
「そうですよ。あ、サスアはあの船に行っています。今日は帰ってきませんよ」
そっか、という感じで、ブラスターと鎧を侍従に預け、ポソっと適当な席に腰掛けるメルフェリアなるフリュ。
『あ、あの……お義父さん。こちらの方は?』
柏木が恐る恐る尋ねる。横でフェルがウンウンと柏木の質問に頷いている。
するとガイデルとサルファが互いに頷き、こう紹介した。
「この娘の名は、『メルフェリア・ヤーマ・カセリア』……フェル、お前の妹だ」
「ほえっ?」となるフェルと柏木。と同時にバっとメルフェリアなるフリュの方を見る!
……メルフェリアなる人物は、「ふにゅ?」という感じの顔で、机にあったオードブルつまんで、飲み物をゴキュゴキュと飲み、足をプラプラとさせていた……




