銀河連合日本外伝 Age after ― 因果継命 ― 終話
赤いパトランプ載せたセダン。所謂覆面パトカーが何台も、そのうすら寂しい放置建物と化していた倉庫へ、その黒光りした車体を寄せ合い停める。
無論、その中には所轄の警察車両。いわゆる白黒パトカーもあるが、もう一つ際立って目立つのは、ヤルバーン州製のトランスポーターと青色に塗られた自衛隊でよく見る軽機動車を改造したような車両。これらにも赤ランプが積まれており、車体天井でクルクルとその赤色灯を回している。特に水色のトランスポーターと軽機動車には、【SIF】や【情報省】のゴシック体なロゴが書かれ、スーツ姿の連中に混じってボディアーマーに武装した姿の人物も少なからず作業をしているようだ。
「おーし来た来た。オーライ!」
情報省SIFスタッフが、その機体というか、車両を搬入する。
情報省のロゴを着けたこれまた一際大きい車両、というかトランスポーター。
大型トラックのようなトランスポーターだ。
中から作業用デルゲードが降りてきて、倉庫の中の証拠品をトラックに搬入する。
それを指揮するセマルに白木。
「んじゃ、上の命令だから今回の証拠品、全部おたくらへ預けるけど、こっちも成果ださなきゃいかんのでね。そこんとこよろしくよ、ヤマモっさん」
「おう、ま、昔のよしみってやつにしとくよ」
「なんだいそりゃ……だけどアンタも変わったところにスカウトされたなぁ……まさかホントにそんな組織が『省』になってできちまうなんて……」
「どうだ、羨ましいか?」
「別にぃ~……こっちゃ宇宙怪獣と戦う気なんかないからな」
「あ、なんだよソレ。俺たちゃそんなワンダバいうような組織じゃねーぞ」
公安時代の同僚と話す山本。やはりネタがちょっと古い。
彼もお上との折衝に一応のカタついたというので、こっちにやってきたようだ。
「ども、山本さん」
「おう、白木っつぁん。で、どうよ、セマル役に立ったか?」
「ええ、そりゃもう。流石山本チームご自慢の人材ですな」
「まぁな……で、ブツは?」
「ええこっちです……ところでシモ君とハセ君は?」
「あの二人は今回の件で、各国の動向を調べさせてる。ま、外事はそっちが本職なんでね。今回は事が起こった場所が場所だ。多くの一般人に見られてるし、動画なんぞも投稿されてる。で、それ見た各国政府も結構気にしててな……ちょーっとそう簡単には収まりそうにない感じってところか?」
「なるほどそうっすか。了解です……あ、どうぞ」
頷く白木。ま、確かにさもあらんと思う。
倉庫のドアを開けて執事のように山本を平手で通す白木。無論洒落である。
今、倉庫の中は情報省解析班と警視庁鑑識、そしてヤルバーン州調査局と連合防衛総省情報部が合同でここにある謎の機材の調査に当たっていた。
「で、このわけのわからんプラントみたいなもの、なにかわかったのですか?」
山本は地面に転がる部品や、器材……なのだろうと思う物を白手袋はめて手に取り眺めていた。
「ええ。この妙な意匠の物品わかる人材っていやぁ、正直いまここではセマル君しかいませんからね。彼に音頭とってもらって今調べさせていますが……どうやらこの証拠品、例の殺人ロボットが作ったのではないかっちゅーことみたいなんですが……」
白木はセマルにまかせて現場を調べさせたそうなのだが、その押収できた証拠品。形状、機能、技術からしてティエルクマスカのものではないという。どの加盟国の技術意匠とも一致しないだろうと話す。
更に……
『どうも、シラキ局長、ヤマモト局長』
「おう、で、どうだセマル」
『ええ、ケラー・ヤマモト。恐らくこの妙なプラントのようなものを作ったのは、先日ナヨ閣下達が倒したというドーラでしょうネ』
「ええ!? そのロボット兵器みたいなのに、こんなプラント作る能力があるってのかよ」
『ハイ。ですがケラー。我々が使役するワーキングロボットでもこれぐらいのプラントは造れます。ですので私達の感覚ではさほど驚くほどの現象ではアリマセン。ですのでそのヒトガタドーラでも、相応の機能を持った個体であれば、この程度のプラントは時間をかけずに訳無く造る事が可能でしょウ』
セマルの質問に頷く山本と白木。
『問題なのは……』
セマルがその先を話そうとした所へ山本が
「何を作ってたか……ってことか?」
『ソういう事デスね』
セマルが語るにこのプラントは、あの倒したヒトガタドーラのゼル造成機能も含めて稼働していた物だろうという推測らしい。というのも、機械の機能を予想するに、ところどころ欠損しているのではないかという部分が多々あるのだということ。つまりその部分は仮想造成させたデバイスを使用していた可能性がある。
部品によってはティ連内で入手したものもあったり、この地球で入手したものもあったりと、明らかに……あまり考えたくない物を作っていたような状況だという。
「え? なにそれ……」
『ハイ、ケラー・シラキ。私は専門ではないので、詳しい事はヤルバーン科学者の回答待ちですが……おそらく……ドーラコアではないかと……』
その言葉を聞いて、全力全開で渋い顔をする山本に白木。
特にその言葉を聞いて眉間にしわ寄せ、口元を歪める山本。
「セマル。その話、もし本当ならどうなるんだ?」
白木も同じく
「そうだぜセマルっちゃん。もし、仮にこのプラントらしき場所で何か連中がやらかしてたって話がリアルなら、ちょっと冗談じゃすまない話になる。俺もあの一〇年前のシレイラ号事件、あの戦闘記録映像見たからな。今回の特危が撮影した映像はまだ見ていないが、ま、大体どんなドッキリ映像かは想像つく」
二人がそういうと、セマルも腕くんで頷き
『トハイエ、実のところ私達ティ連も、このヒトガタとまともに対峙するのは初めてデスので、そのあたりは何ともいえないところはあります……』
そういうとセマルは自分の考えを話し始める。
まず、このヒトガタ。情報部やティ連が件の殺人事件以降の経緯で諸々考えるに、とにかく何らかの対象をコピーしてなりすまし、ティ連内をうろついているのかもしれないと。しかもバイタルチェックにも引っかかることがないぐらいの精巧な偽装であるからして、その性能はある種ナヨの体に匹敵するのではないかと予想できると。
もし稚拙な構造ならば、仮に一〇年前のシレイラ号事件での行方不明者がこのヒトガタに類するものだった場合、あの時即座に見つけられているはずだろう。それが今の今までできなかったというわけだから、やはりその技術レベルは侮れないとセマルは言う。
「確かにな……ナヨ閣下がドーラヴァズラーだったか? あれのコア残骸をパクって今の体を作った時も、あのコアが無かったら、今のナヨ閣下もいらっしゃったかどうかわからないところは確かにあったからな」
『ハイ。ですので、このヒトガタはやはり数が少ないにしろ、ティ連での活動は相応に行っているのでしょう。ですので、本国で起こったこれまでの殺人事件や怪事件の類も一から洗い直しさせています』
すると白木が、苦虫噛み潰したような顔で
「あの一〇年前から数年は、ティ連も日本も精死病やら発達過程文明の某やら、更には中国への対応に日本の連合加盟やらと、お互いの関係をここまでにさせる事で精一杯。このドーラ野郎の事まで正直構ってられなかったからなぁ。そういえば柏木やフェルフェリアさん達があんな風になる事件もあったしな……」
『ハイ。あの数年は色々あったですね……ガーグデーラへの対応自体はさほど難しいものではありませんでしたので、まだナントカなりましたが……ティ連でも、連中をいつものテロ集団的な感じで相手をしてきましたが、ここに向けて今回こうやって五千万光年をまたいで、このニホン国で騒ぎを起こしました。これは相当に看過できない事態デス』
山本に白木はセマルの言葉に深く頷く。その理由は、ティ連の科学をもってすれば仮にヒトガタが事を起こしたとしても、相応に対処する手段があるから何とかなるが、地球で連中が事を起こすと、今の日本でも対処しにくいと言う。
おまけに、ドーラは此度ポルに化けて騒ぎを起こしたが、コピーする相手はいってみれば何でもいいわけで、更に言えばヒトガタドーラはコピーを得意技にしてるが、『寄生同化』するのもドーラの得意技なので……
『もし普通にドーラコアがあれば、チキュウの自動車やヒコウキ。デンシャにフネ。更には軍用兵器などにも寄生して自分の体とすることがデキます』
「ああ、あんときのドーラヴァズラーを思い出せばさもあらんってやつだな」
山本が納得する。
場合によっては工業プラントや通信などのインフラ施設にも理屈ではそういった事が可能である。確かに看過しがたい。
「んじゃ、もしこのプラントでドーラコアが完成していたら、どんな事になるんだ? オラ想像つかねーや」
『ハイ。そこはワタシも、なんとも言いようがありませんが……だけど現状察するに、どうもこの地球産機材、機器を利用してコアを作ろうとしていたようですから、ヒトガタほどのものを作れるとはさすがに思わないのですが、警戒しておいたほうがいいのは確かですね』
もしヒトガタがゼル造成機器のようなものを別途持ち込んでいたら、確実にドーラタイプがこの国に潜伏してしまう。そうなればこれは深刻なことだと。
白木は、なんとなくセマルの説明を総合して考えるに、以前テレビで見た一〇年前のハリウッドSF映画、そのワンシーンを想像したりする。なんか妙な機械生命が地球の乗り物に同化し、変形して暴れまわる映画だ。それが、地球製ドーラの姿となれば……
(あんな事にならなきゃいいがなぁ……)
地球の素材を使用して、連中の仮装造成機能で稼働するドーラコア。どんな存在になるのか想像もつかない。
白木は即座に情報省関係部署を通して、ヤル研へにこのプラント構造を調査研究するように指示を出した……
………………………………
次の日、霞が関 外務省本省。
当時の三島外務大臣兼副総理大臣の地位を継いだ形で活躍するフェルさん。
八年前までの『ティエルクマスカ統括担当特命大臣の頃は、総理官邸に執務室を持っていたが、今のフェルが活躍する場は主に外務省である。とはいえ、彼女は副総理なので総理官邸にも執務室を持ってる。
なんだかんだで偉いのである。
普通、こういった閣僚のみなさんは黒塗りの公用車でご登庁ということになるが、まあ大体は色々スケジュールがあって、官庁の執務室で執務していることなどほとんどない。特に外相となればそらもう外国人要人と日がな一日中会ったり伺ったりと、そんな一日を過ごす。
当時三島が引退の折に、この役職をそっくり彼女に任そうと思った時、三島が思ったのは地球の外国要人と話をさせるのに、フェルほどうってつけの人材はいないと思ったからである。
今や主な国籍は日本人で、日本に永住する異星人。旦那が日本人で、ずっと閣僚経験者。もう地球の政治家としてもベテランである。
フェルの所属する派閥は清水が作った新清風会。この所属は変わらないが、そういった経緯もあって旧三島派の議員達もフェルを応援している。
ということで、フェルも黒塗り公用車で登庁となるところだが、なんとフェルさんは電車通勤である。
日本人モードでメトロ乗って外務省へ。最初、フェルはネイティブ姿で電車乗ってとやろうとしたのだが、そりゃもうキャーキャーと騒がれ「コリャあかん」と相成って、誠に遺憾ながら日本人モードでのご登庁。
彼女の日本人姿はSP以外は知らないので、フェル登庁の際は、家からSPがずっと着き、省内に入っても省のスタッフですらフェルの日本人モード姿は知らないので、玄関ロビーに入っても挨拶ナシである。
ということで、フェルは省の手洗いへ入ってピカっと光り、彼女はネイティブフェルさんになってご登場である。
途端に省内ではみなして
「おはようございまぁ~す」
「おはようございます大臣」
というような具合で省内スタッフがフェルを迎える。
今日のフェル。ちょっとウキウキモード。というのは午前中、ティエルクマスカ連合防衛総省長官との会談を控えているからである。
ティ連防衛総省長官といえば、現長官はフェルの旦那、柏木真人である。つまりフェル副総理、マサトサンと会えるのでウキウキなのであったりする。
ちょっと外務大臣執務室でお化粧して服装を整えてたり。
フェルは時間が来たので執務室に鍵をかけ、会議中と札をスライドさせる。
彼女は執務室内でPVMCGをスッと撫でる。すると部屋の空気が一瞬歪むのを感じる。と同時に光柱が一本立ったかと思うと、その光は人の姿になり、現れるは 柏木真人 連合防衛総省長官であった。
「やぁフェル。おはよう」
『ハイ、おはようでス。マサトサン』
互いの主観では仮想造成な体でハグ。ちょっとだけ長めのキスなんぞ。
一〇年前のこういったゼル会議での仮想造成体というものは、所謂今風な言い方をすれば、あくまでアバターであって、相手の表情や態度を確認するためのデバイス以上のものではなかったのだが、ナヨの提供してくれた仮想生命データ。これをゼルシミュレーションにも応用して、この一〇年後のゼル会議では、互いの仮想造成体は、体温に匂い。新陳代謝現象等々。見た目だけで言えば極めてリアルを表現できるようになっている。
ままこのおかげで遠距離恋愛や家族の絆など、そういった面でも貢献していたりといったところ。
ソファーに誘うフェル副総理。対面では腰掛けない。柏木の横へ体を密着させて深く腰掛ける。
柏木真人長官も、実年齢で言えばもう四八歳といったところ。五十路も近い。だけど今、イゼイラ化した柏木の見た目は四三歳ぐらい。白木よりは、まだ少し若く見えるといったところか。それでも柏木の主観では、やはりこの歳ぐらいから経齢格差っぽいものを感じるようになり始めたりする。
「フェル。姫は元気か?」
姫とは、彼の娘の愛称である。
見た目と精神年齢でいえば、まだ五歳ぐらいか。ここでも経齢格差が出てきたりする。
現在、地球人と異星人のハーフが誕生する場合、現行では異星人側の婚姻系薬品しかなく、地球人遺伝子系の薬品がないためにどうしても異星人の遺伝が強いハーフになってしまう。従って経齢的なところもあって、成人まではどうしても各々種族の身体的特徴に応じた学習機関に通わせないといけないところも出てきてしまう。つまり、ヤルバーン州系の教育機関か、ティ連各国の、種族に合わせた教育機関か。
従って、例えば柏木の娘を普通の都立小学校や中学校へ通わせるというわけにはいかないところが難しいところなのである。
当然フェルと柏木の間に生まれた子も
『ハイ。ヤルバーンの幼児施設で元気一杯だそうデスよ。で、今日はちょっとお迎えに行けそうにないデスので、シエが代わりに行ってくれるですよ』
「そうか、シエさんにも悪いな……」
いつもはフェルが時間をとって必ず迎えに行くようにしていた。これは親の義務である。育児もロクにできないで、政治なんて語れるか。というフェルのポリシーであって、帰宅時間には絶対に予定を入れず、遅い時間でも必ずフェルが娘を迎えに行くようにしていたのだが、そうはいってもいつもそういうわけにもいかないのがこういう仕事なわけで、そんな時は、シエ一家や恵美一家。真男一家にリビリィ一家、ポル一家……ナドナド、互いのネットワークで助け合っていたりするのである。
『マサトサン。今度はいつ帰ってくるでスか?』
「うん、実は明日にも本部人工星系を立つよ。四日後か五日後ぐらいには帰れると思う。今度は二ヶ月ほど日本にいられるな」
ニッコリ顔になるフェル。
『ソウですか。んじゃ、みんなしてチョットお出かけなんかできたら良いデスね』
「ああそうだな。それと、ポルさんにも会いたいし。で、彼女、どうなの?」
『ハイ。オ医者サマは、特に身体的にも精神的にも問題はないと言っていましたヨ。確かに一時は心停止してしまいましたけど、ナノマシンが働いたおかげで蘇生も特に問題ありませんでしたし、時間的にも短かったおかげで重篤なことにはならなかったデス』
「そっか。それならいいんだけどな。だけどポルさんもすごいね、聞いた話だと、そんな目にあったってのに、イカ焼き食ってたんだって? あの有名な大阪の大神百貨店地下で売ってる奴」
『ウフフ、そうですね。ポルの旦那様がオオサカまで行って買ってきたそうです』
「はりゃ、それはできた旦那さんだな。はは。でもホントにメンタル面、大丈夫なのか?」
『そこは調査局員ダマシイですよ。私もそうでしたが、調査局局員は、未知の惑星で、凶暴な動物やらなんやらとも渡り合ったりしますし、そんな訓練も受けていますカラね』
そうかと微笑んで頷く柏木。彼も見た目は四二、三歳だが、実際の年齢は四八歳だ。もう五〇前である。歳相応に落ち着きも出てきた。なのでフェルの話も余裕を持って聞ける貫禄も出てきたりする……と、そんなお互いの近況を語らう仲の良い夫婦であったり。
『で、マサトサン。お仕事のお話ですけど』
「ああ。わかってるよ。例の、セマルさんから要請のあった件だね」
『ハイです。で、どうでしたか?』
「うん……ティ連各国の関係機関に、此度の概要を知らせて過去の不可解な事件、事故などを洗いなおさせ、報告してくれるように頼んだんだけど……今回のヒトガタドーラか? それの行動パターンに当てはまる事件、案の定あったな」
『ヤハリソウですか……』
「で、懸念されるのは、白木や山本さんらから報告のあった、正体不明のプラントか何かの件。結構深刻な話になるかもしれないな」
『ハイ。ティ連各国内で今後同様の犯罪行為ないしはテロ行為があったとしても、今回の件でティ連各国国民も意識しますから、技術や、今あるインフラで対応できますが……ニホンや地球規模で何か騒ぎが起こったら、現行有効な対処方法がまだありませン……まさか今からニホン国民全員に、生体機能停止警報装置を取り付けるわけにもいきませんし……あと……』
「あと? 何だい?」
『実はですネ。此度押収したプラントなんですが、ヤル研の方々に調査してもらったデス』
まあこういった正体不明なブツの調査といえば、日本じゃ防衛省技術研究本部改め、一〇年前の組織改変で設立された『防衛省防衛装備庁 ヤルバーン・ティエルクマスカ技術・装備応用研究所』通称変わらず『ヤル研』の分野となるわけであるが、防衛装備庁に統合格上げされて、調子に乗っ……更なる飛躍と向上心を兼ね備えた優秀な研究者達の見解では……
「このプラントで製造可能なレベルのドーラコア? は、高度な自律寄生型なのではないか? 恐らくヒトガタのような仮想生命、人工亜生命レベルのコアを作るのは無理」
と結論付けていた。
ちなみにこの報告書を作成したのは、現在ヤル研の所長である沢渡耕平だ……これまたちなみに奥様はオルカス州政府監査局局長。オルカスもデルンとミィアールできてホッと一安心だったりする。
「なるほど、そうなのか……んじゃとりあえずヒトガタの脅威はないというわけか」
『ハイですね。ですからそこは心配イラナイとサワタリ所長は仰っていましたが……問題は、そのコアが仮に完成していたとして、あのヒトガタがどこかに流して放置することで……』
柏木はフェルが全て説明し終える前に
「地球の機械やインフラに寄生して、何かやらかしてしまうことがあるかもしれないってことか……」
『ハイです。しかもそのコアがいくつあるのかもワカリマセン。そのチキュウ製のドーラコア。単体では、ドーラコアとしては稚拙な作りなのかもしれません。こういう言い方も失礼ですガ、ベースは地球の技術ですから……でもそれ故に地球の技術と親和性が高いですノデ、秘匿性もそれに応じて高くなるデス……考え方によってはネイティブなドーラコアよりも、厄介かもしれないデすよ』
フェルが言うには、仮にコアが完成していたとしても数自体は少ないだろうと話す。
だが、押収したプラントの構造から鑑みて、やはり仮想造成機器を恐らく持っているだろうから、それが一番厄介なのではないかと話す。
「そうか。なるほどわかった……こっちを立つ前に、一度サイヴァル連合議長と話をしてみるよ」
なんと、どうもサイヴァルはこの時代、連合議長をやっているという話。ま、彼の成果を考えればさもありなんというところか。さて、ちなみにマリヘイルは現在、パーミラ議会の現政権閣僚をやっているという事。ただ連合議長経験者というのもあって、相当な実力者になっているという。
連合議長を経験するということはその国の政治的発言権も相当に増すという、そういう副次効果をも、もたらすのである。
さて、これでとりあえずは会談終わり。状況によっては柏木の権限で防衛総省軍の特殊部隊をヤルバーン州に常駐させる事も考えると、割に物騒な話でまとまったりする。
ということで残りの時間は、夫婦の会話。こんなところ野党の連中に見つかったら、お色気バリケード軍団やらがまたこれ吠えるところと思いきや、そこはみんなフェルと柏木の仲を知ってのことで、少しぐらいなら煩いことは言わない。そこらへんは大目に見てくれてたり。
「で、フェルさ。フェルも、六年前か七年前か。あの事件あってから、どう?」
柏木はティーカップ持って、ちょっとつまめるお菓子でも探しに行ったり。
それを持ってくると、フェルの執務室にも同じものが造成され、つまんで食べる。ちょっと一服。
『ハイ……ウフフ。結局あの事件があってから、私はあの「ニホンの国会議員は二期まで」というファーダ・ニトベとのお約束を撤回しましたから……』
「うん。ハァ……あの事件はな……フェルも……色々とあったもんな」
『あれでワタシも……自分という存在の意味や、立ち位置に誇りをもてたデス。それにマサトサンがいてくれたから……』
「ああ……」
その言葉に目を細くして頷く柏木。フェルの肩をとり抱き寄せる。顔を頭の羽髪にうずめたり。
確かにフェルも、見た目二八歳。容姿も含めて良いフリュである。それ以上に何か落ち着きができたというかなんというか。ホエホエ感にも貫禄が出てきたというか。そんなところ。
柏木とフェル。この二人、話を聞くにその何年か前に何かあったようだ。
それは柏木にも言えたこと。彼はよくよく考えれば、今の職。そりゃ相当な地位にあるといっていい。
確かに創造主有識者会議での云々某もあってでこの職に着いたのは確かにそうなのだが、まだそれだけでは収まらないある大きな理由があってのことであった。
それはまた別のお話……といったところだろうか。
『アア、マサトサン。それと……』
「ん?」
『トモコサンが、ニホンへ帰国したら家族で店に遊びに来てほしいって言ってましたよ』
「トモコ?……ああ、瀬戸さんところの智子ちゃんって……おぁあああ! 忘れてた!」
『ほえ?』
旧に「どわ!」な顔で立ち上がる柏木。
『どど、ドウシタですか? マサトサン』
「あ、いや、実はな……ヘストル将軍が、今回の件で智子ちゃんに褒章出すっていってたぞ」
『はりゃ! それはスゴイです! やっぱりヒトガタを撹乱した功績ですか?』
「ああ。それもあるし、あとあのパニック的な状況で人的被害を最小限……というかほとんどゼロに抑えられたという点を物凄く評価しててな」
『ナルホド言われてみれば確かにそのとおりですね。なんでもナヨサンも同じこと言ってマシタ』
「うん。で……賞の内容なんだけど、これがね……また……もうね……」
ハァな顔になる長官閣下。
『マ……まさか、特務イル・カーシェルと……か?』
うん。と頷く柏木長官。
『エエエエエエエエエ!!……トモコサンが特務イルカーシェル……あーいいなーいいナー!……』
あの時の羨ましさ、また爆裂のフェルサン。
「いや、ってか智子ちゃんが特務大佐ってのもどうかと思うけど……まー、決定だからなぁ……褒章決定権は参謀本部にあるし~ もうあのヘストルのオッサン何考えてんだか……」
結局は智子の活躍を、あの時の柏木の活躍と同格と見た結果なのだろう。
確かにそう言われればその通りである。女突撃バカ誕生なるか。もしそんな字を付けられたら智子は!
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
となるか。はてさて??
………………………………
さて、その後関係者の間では『ヒトガタドーラ侵入事件』と呼ばれるようになったかの事件から数週間経った。
その後の調査で、やはりかの施設にあったプラントは、ドーラコアの生産プラントであることはほぼ間違いないだろうという結果が出た。
では、その生産されたコアはあるのかというと、これは正直言って確実な事は言えないという事。
そうであるかないかでいえば、何機か生産された可能性はあるという。だがプラントに残された各種証拠物件を調べると、やはり地球の資材で製造された公算が高いために、完全に稼働させるためにはゼル造成機能が必要であるため、そのゼル造成機能をヒトガタが持ち込んでいたとして、いくつ持ち込んだかが問題だという。
東大教授であるニーラの予想では、多くても三器。それ以上はヒトガタという隠密性の高い個体では持ち込めないだろうという。
プラントでの地球製資材で工作されていた証拠品を調べるに、恐らく製造されたコアは、一般対人ドーラクラスのコアと思われるため、正味大型だ。それに使うゼル造成機能も当然一般対人ドーラ用の大型であると思われるため、そういった予想がされている。
あれから情報省に警察公安部門。それと特危自衛隊に防衛総省情報部と、総力をあげて、あのプラントで造られたかもしれないドーラコアが世に流出していないか調べていた。
正直言うと、これもかなり推測で各部署動いているといった状況だ。なぜなら確実な証拠がないからだ。
「……となると、どこから手を付ければいいかさっぱりですな。ニーラ教授」
特危自衛隊双葉基地。陸上科司令 大見健は、VMCモニターを開いて東大量子多次元宇宙学教授のニーラ・ダーズ・メムルと話をしていた。
『ヒトガタドーラと呼ばれる個体と接触したのは、私達も初めてですからね。そこは正直言って地球ノミナサンと同じレベルですよ、ケラーオオミ』
ちょっとお姉さん顔になったニーラ。見た目の歳は二一歳ぐらいか? 背丈も一六〇センチ台まで成長し、かつてのまな板から、出るところは出て、締まるところは締まった美人さんになっていたり。それでも話す口調は、昔の癖が少し残っていたりする。
『でもでもですネ、私達にはヴァルメのような優秀な探知デバイスがありますから、まったく盲目状態の手探りでやらなければならないというワケではないですヨ』
この一〇年後でも人気のあるネコサンボールペンを振り振りVMCモニターへアップ顔になるニーラ。
「はい。そのあたりは確かにそうですが……それでも秘匿性能の高いドーラの事です。一筋縄ではいかんでしょうな」
『その点は、私もヤル研サンと共同で、色々考えてみまスよ』
「はい、よろしくお願いいたします」
話が終わりVMCモニターを切る大見。フゥと吐息をついて目を瞑り首を回す。少しコキコキ鳴ったり。
大見もこの一〇年で、特危自衛隊内での地位も随分と変わった。
一佐に昇進し、双葉基地陸上科の司令なんぞをやっている。では久留米はどうしたという話だが、彼は将補になり、現在は特危幕僚監部の副長をやっている。現幕僚長は加藤だ。
現在の特危自衛隊。この組織は、名前こそ『自衛隊』となっているが、現在ではあれから法的に色々と整備され、今は『特危自衛隊』という名前の完全な『ティエルクマスカ連合防衛総省 太陽系軍管区司令部』となっている。従って現行の日本国自衛隊とは扱いが全く異なり、その指揮系統も一部内閣府と防衛省管轄下ではあるが基本はティ連防衛総省優先権限となっていた。但し、他の連合構成国と同じく、防衛総省からの優先指令がない限りは、日本国独自で動かすことも可能なのである。
ということで大見も御歳四七歳である。特危陸上科の内閣府直轄S部隊『八千矛』隊の隊長職も後任の樫本に譲っている。
大見はくるりと椅子をを回転させてスっと立つ。最近は老眼が少し入り、軽い遠近両用メガネを少し下げて、裸眼で外の景色を眺める。ティ連医療を受ければ老眼などどうということなく完治するのだが、なかなか暇がなく、まだまだ軽度で済んでいるのでそういう医療処置も受けていない。
窓の外には勇壮なカグヤの姿。
彼も最近はあまりカグヤに乗って仕事をすることもなくなった。なんとも寂しく感じもすれば、やれやれとも思ったりもする。だが、カグヤは本当に居心地の良い船だったので、特に用事がなくてもたまに赴いたりすることもある。カグヤの艦長は、なんだかんだで現在もティラスだ。副長は相も変わらずニヨッタである。
そしてカグヤの向こうには、これまた航宙艦艇が三隻係留されている。
この双葉基地も拡張をくりかえし、相当大きな基地となり、特危の立派な基幹基地となっていた。
一隻はかの八年前以降、初の純国産ティ連技術応用艦艇として開発された航宙重護衛艦『ふそう』であった。その隣に係留されるは二番艦の『やましろ』である。
で、もう一隻は着水せず、空中に滞空している。艦影はカグヤにやましろ、ふそうとはまるで異なる所謂カグヤをベースにした船舶意匠ではない。完全なサマルカ宇宙船技術をベースにした意匠のデザイン。
その大きさは全長一六〇メートルほどの、いつか見たような意匠の宇宙船。
その名もアメリカ戦略軍航宙駆逐艦『ジョージ・ハリソン級』であった。この船は現在双葉基地に親善寄港でやってきていた。
米国もかの時から、このぐらいの宇宙船舶を開発できるまでになった。勿論今でも特定部材はヤルバーン州へ外注状態ではあるが、それでもその比率は年々下がってきているという。
まあなんせヤルバーン州にその手の機材部材を発注したほうが安上がりだといった事もあって、現在も相当お世話になってたりするわけだ。
そんな景色を目にする大見。港では特危隊員が日本人に異星人そろってランニングで汗を流していたり。
いかんせんこの特危には新兵というものがいない。全員『曹』階級以上のベテランばかりだ。従って少数精鋭。現在は連合防衛総省や、ヤルバーン州軍からの出向兵士将官も多く、自衛隊作業服を着る異星人さんも珍しくなくなっていたりする。
すると、大見の部屋。即ち陸上科司令の部屋をノックする音。
「入れ」
ドアを開けて軽く敬礼するは、リアッサ一佐であった。彼女は現在陸上科副司令をやっている。階級は同じだが、基本リアッサは防衛総省から出向の身なので、司令の座は大見に譲っているのだ。なので互いの認識では基本同格であるからして、そこは堅苦しいことはナシである。
『オオミ、長イ間、休ミヲモラッテ申シ訳ナカッタ』
「いえいえ、お二人目ですか? 目出度いことではないですか」
『ウム。アキノリガモウ一人欲シイトイウノデナ。チョットガンバッテミタ』
「そんな……私の前で言わなくても。ははは」
『ナニヲ言ッテイル。オマエハベテランノ妻帯者デハナイカ。コンナ話デ恥ズカシガッテドウスル』
大見はリアッサを下から上へ観察する……彼もリアッサのお腹が大きい姿は知っているが、よくもまぁこのほっそい体のどこからあんなのが造られて生まれてくるんだろうと思う。同じダストール人のシエは、所謂三十路になった今でもグラマーなエロ美人だが、リアッサは相も変わらずパリコレモデル美人だ。普通兵士でこの細さはないわと思うが、これで体力持久力諸々立派なもんだから恐れ入る。
『トコロデ、モウスグ、フェルト、シエト、メイラト、トモコガヤッテ来ルガ、ククク、コレマタ面白イ事ヲスルモノダナ。ヘストルハ』
「そうですねぇ……名誉特務大佐称号って、柏木と同じのアレじゃないですか。柏木でも結局今の今まで部隊編成要請をやったことないのに、智子さんがあんな称号もらってどうするんですかね? もっと他の立派な褒章もあったでしょうに」
『ヘストルガ目ヲツケタトイウコトハ、相応ニ将来ヲ期待デキル人材ダトイウコトダ。アノ御大ノ「眼力」ニ関シテハ間違イナイ』
「まあ確かに。実際柏木が、今や連合防衛総省長官ですからね」
と、時間までそんな雑談でもしながら時間を潰していると、大見の部下が智子の来訪を伝えに来る。
大見にリアッサは軽く頷いて部屋を出て、カグヤへ向かった。
………………………………
「うわーーー。これがカグヤですかぁ! 素敵な軍艦……じゃなかった。護衛艦ですね、フェル副総理!」
『ウフフ、そうでしョ? って、こんなところでまでソの「副総理」はいいデスヨトモコサン』
「はは、そうですねフェルさん。でもホントすごいなぁ……私も色々忙しかったし、観光抽選もすごい倍率だから、なかなかこの船にのれなかったんです」
『でもトモコさんはいっつもイゼイラ旅客船や、たまに軍艦にも乗ってるデハないですか』
「いえいえいえ、やっぱり我が国の船だからこそデスよ~」
『ジャァ、あっちで式典やったほうが良かったですかネ~』
フェルは「ふそう」と「やましろ」の方を指さす。
「アハハ、確かに。あちらは完全な日本製ですもんねー」
お互い「ねー」と首を傾けるが、まま残念なことに「ふそう」と「やましろ」は完全な軍用艦艇仕様の船であるからして、カグヤのような客船みたいな施設は少ない。全然ないわけではないが、基本完全な軍艦である。ならば式典のようなものはどっちでやるか明白である。
そんな話をしていると、メイラもシエに案内されて船を見回っていたようで
『イやぁ……本当に贅沢な作りの機動母艦ですね。噂には聞いていましたけど、中型機動母艦というよりも、確かに中型旅客船といったほうがいいような……』
『私モ昔ハ、ダーリント一緒ニ、コノ船デ生活シテイタカラナ。本当ニ居心地ノイイ船ダッタ』
『ア、そうか。ジェルダー・シエは、ジェルダー・タガワとここでそういうご関係に』
『ウム、住ム環境ガヨケレバソウモナル。フハハハ』
将軍閣下になって、貫禄も出てきたシエ。ちなみに旦那の多川信次は、現在航空宙間科将補である。そういうことで、多川が航空宙間科司令をやって、シエが副司令と、そんな感じで順当なところ。
多川は当初、久留米とともに幕僚監部に来ないかという話があったのだが、彼はなるべく現場でやりたいと申し出て、特危どころが世界の軍隊で今や知らぬものはいない地球人と異星人のラブバード将官ということは知られており、この二人の連携が一番効果を発揮するのはやはり現場だろうということで上もそこんとこは重々承知しているので、航空宙間科の司令と副司令をやってもらっているという寸法。たまに愛機旭龍で二人して飛ぶこともいまだにあるようで、特危自衛隊の名人物になっていたりする。
今、旦那の多川はアメリカに出張中。ちょっと寂しいシエと愛する息子さんであった。
『ところでファーダ・シエ・ファーダ・フェルフェリア。今日、私とトモコは、なぜにこのカグヤへ招聘されたのですか? まさかトッキに出向しなさいとカ……』
『イエイエ、そうではありまセン。今日は連合防衛総省がお二人を表彰して、褒章を授与するためにお呼びしたデすよ』
その言葉を聞いて「はぁ?」となるメイラと智子
「えええ!! そそ、そうだったんですか!」
『ウソォ! そんな! それならもっと良い服に』
するとシエがメイラの言葉に
『フフフ、イヤ、本当ナラ、トモコノ両親ヤ、メイラノ仲間ヤ知事夫妻ナドヲ呼ンデ、大々的ニ授賞式ヲヤリタイトコロナノダガ、ソウモイカナクテナ』
『ハイですね。シエの言う通りでス。今回の受賞ハ、ヒトガタドーラ事件に関する事項ですカラ、まだ内容を公にするわけにはいきませン。ですので、連合防衛総省太陽系軍管区司令部の特危自衛隊で、ちょっと内々に授与式を行うデスよ』
『フフ、トハイエ、モウ動画サイトや、いんたーねっとデ、バレバレ状態ダガナ。ソコハ大人ノ事情トイウヤツダ。皆シテ祝ッテヤレナクテ、スマナイナ、二人トモ』
「いえいえそんな」
手を前に交差させて恐縮する智子。
メイラも同じく。だが二人は妙なニヤニヤ顔の二人に少々訝しがったり。
と、そんなこんなで諸氏カグヤの大会議場へ。
そこにはカグヤクルーの主要メンバーと、ヤルバーン州軍から招待されたメンバーが席についていた。
智子はその普段は見たこともない特危やヤル軍の制服軍団に恐縮し、ペコペコしながら主賓席についたり。そこんとこメイラは慣れたものだ上官に当たる人に敬礼し、背筋伸ばして席に着く。
「(ねぇねぇメイラ)」
『(ん? なに?)』
「(褒章って何くれるのかな?)」
『(そうねぇ……まあ私の場合は、多分あのドーラを追ってた成果ってところで、一階級上げてもらえるってところでしょうけど、多分今日の主賓はアナタよ)』
「(え? そなの?)」
『(ソリャそうでしょ。あーんな大立ち回りやったんだから。私はオマケみたいなものよ、ウフフフ)』
メイラは、あの状況で多少のけが人は出たにしろ、死者ゼロにしたヒトガタドーラ誘導作戦は十分褒章に値するし、あの果敢な行動は軍部としても多分に利用したいところだろうという。
「(そっか。んじゃ謹んでお受けするわ。金一封とかくれるのかな?)」
『(ナニ言ってるの。ティ連がオカネなんてくれるわけないでしょ?)』
「(そりゃそうよね)」
両の眉を上げておどける智子。
話では、リビリィにポルも章を受けるそうだが、あちらはヤルバーン州職員なのでヤルバーン州知事室で、内容が内容だけにある種秘密裏に行われるそうだ。なんでも章の内容は、リビリィについては法務官という資格が授与されたらしく、大変名誉な資格なのだそうな。
リビリィは所謂警察官の階級でいえば、局長。一概に同じとは言えないが、日本でいう警視監の階級なのだが、そこに検事とおなじような法廷に立つ資格も与えられたという事である。
ポルには以前より申請していた調査局の博物館施設化が認可され、その館長職も与えられた。
ヤルバーン州の『島』で相当大きな敷地をもって建設される予定。以前からの夢だった構想が実現するということで、えらくよろこんでいたという話。
「みんなスゴイね~」などと、そんなコソコソ話でダベってると、式が始まる。
シエとフェルは、将補と閣僚という偉いサンなので、壇上の席へ座っている。
会場に大見とリアッサが入ってきた。全員ガタガタと起立する。もちろん智子も同じく。
今日の式典は陸上科司令の大見が取り仕切っていた。
藤堂と久留米は例のヒトガタのせいで政治的な仕事に忙殺され、今日は出席できなかった。多川は先の通り渡米中。なので祝意文を送ってきている。その代わりといってはなんだが、ヤルバーン州軍からゼルエ中将とシャルリ大佐がご出席。これで体面は守られるということ。
大見とリアッサは上官になるシエやゼルエ、閣僚のフェルらが座る方向へ軽く敬礼すると、リアッサは大見の傍らについて休めの姿勢を取り、彼は演壇へ。
懐から遠近両用の老眼鏡を取り出し、かける。そしてPVMCGで原稿を手元に造成させ今日はベレーをかぶっているので挙手敬礼。左右を向いて、平手を上下させ、着席を促す。
「諸君、今日集まってもらったのは他でもない。もう全員知っていると思うが、先日ヤルバーン州においてテロ事件があった。この中にも鎮圧作戦に参加した者もいただろう。その節はご苦労だった」というと、大見はニっと笑みを見せ……「でだ。本日は連合防衛総省本部より、当該作戦で尽力した人物に対し、各種、章の授与を行うよう指示されている。本来なら、然るべき場所で然るべき招待者等々と、厳かにやりたいところだが、特危諸君ならもう知ってのとおり、今回のテロ事件。内容が内容だけにおおっぴたらにできないところがある。受章者の方々にはこのむさ苦しい連中が出席者で申し訳ありませんが」という言葉で軽い笑いが起こると……「連合からの命で、これから紹介する人物に、各種章を授与します」
と、大見は始めの言葉を終え、VMCモニターの原稿を変更する。
大見はどっちかというと寡黙な方なので、こういう場でセンセーショナルに式を進めるタイプの人間としては不向きな方だ。なので、ハタから見ると、淡々と事を進めているように見える。
「ではまず、樫本昭典三等特佐」
「はい!」
樫本がバっと立ち上がり、シャキっとした姿勢と態度で、司令である大見の前へ
「貴官は、先のテロリスト対応において、適切な作戦指揮及び、強力な敵性体に対する有効な対応を評価し、二等特佐への昇進を命ずる」
樫本はバシっとお辞儀敬礼し、大見はリアッサから渡された辞令を樫本に渡す。
樫本はチラとリアッサの方を見ると、ニヤと笑みを浮かべて頷く彼女。これで樫本も彼女との階級差は一階級となった。リアッサとしても旦那の昇進は嬉しいだろう。その視線を見てフっと微笑する大見。
彼も挙手敬礼のあと帽をとっていたのでお辞儀敬礼で返す。会場諸氏拍手。
「次に、メイラ・バウルーサ・ヴェマ連合防衛総省情報部中尉」
『ハッ!』
メイラもスっと立ち上がり、姿勢正しく大見の前へ。
彼女はティ連敬礼で右手を右胸に当てる。大見もここはメイラに準じて、ティ連敬礼で返す。
「貴官は、此度の『特殊テロ』事件において、本件敵性体の捜査、追跡に尽力し、ヤルバーン州調査局局長一時失踪事件の際にも、その能力をもって迅速な探索に貢献した事などを評価し……貴官を連合防衛総省情報部サディ・カーシェル。少佐への昇進を命ずる」
その言葉に口とがらせてポっとするメイラ。そりゃそうだ、二階級特進である。しかも少佐。佐官というメイラ憧れの階級。ちなみに殺人許可証を持つ諜報員の階級は海軍中佐である。
「メイラ少佐。辞令は防衛総省から私の名前で発効するように依頼されている。おめでとう。メイラ少佐の目指す憧れの人まで、あと一階級だな」
大見は辞令を渡すと、メイラはバシと地球式挙手敬礼で返す。ちょっと涙目。大見も帽なしだが挙手敬礼で返礼した。会場諸氏、大きな拍手。
「よかったねメイラ。おめでとう」
『ウンウン』
席に戻り、涙目で頷くメイラ。更なる高みを目指してがんばろうと思う。
で、次に智子である。
「では最後に……連合外務局部長、瀬戸智子さん。こちらへ」
「あ、はい」
「え~、この度は、特に顕著な功績のあった瀬戸部長に対し、連合防衛総省から特別の褒章を与えたいという要請があり、貴殿には連合防衛総省太陽系軍管区司令部でもある我が特危自衛隊双葉基地においでいただいたわけですが、この度防衛総省が最も重要視するのは、あなたがとった勇気ある行動のおかげで『あの事件』において奇跡的ともいえる一般民間人全員の避難誘導に救出。しかも若干の負傷者のみで死者ゼロという結果をもたらした功績を最大級に評価しています」
大見の説明に「はあ……」と耳を傾ける智子。まあすごいことをしたという自覚はあるにはあるが、連合防衛総省を驚かせるほどの事なのかなとも思うが……
「……この功績を大きく称え、貴女には連合防衛総省、ヘストル・シーク・テンダー大将閣下の名において……名誉特務大佐の称号をここに授与いたします」
「…………………………は?…………………………」
あの時の突撃バカと同じ反応の智子。今ではそのバカが特務大佐であると国会で議論され、民生党に軍属だなんだのと突っ込まれた経緯もあるので、どんな名誉階級かは日本国民も知るところである。
その大見の言葉に会場の隊員達も声を上げて驚き騒然となった。
メイラも「おおーー!」と口をあけてパチパチと手を叩いている。
そら隊員驚きもする。今後柏木同様に、智子の一声で連隊規模の部隊が彼女の下にやってくるのだ。
リアッサから盆に乗った徽章を受け取り、彼女の胸に付ける大見。
「これで貴女も、あの柏木長官と同じ権限を持つことになります。ただ……彼はこの権限を一度も使ったことがない。彼曰く、この権限を使うような事態にしないことが一番大事だと言っていました。確かにそれは私もそう思います」
大見の言葉を真剣な眼差しで聞く智子。
「柏木長官……あ、いや、フッ……柏木が以前言っていたのですが、かの一〇年前にあった中国の起こした魚釣島事件あったでしょ? あの事件のとき、彼はこの権限を使おうかどうか真剣に悩んだらしいのです。彼の責任においてね……確かに権限を行使すれば、楽な仕事だったでしょうが、それを使わずになんとかならないかと考えた手法が、あの時の銀河連合加盟の選択。その考えに至るいろんなきっかけの一つだったと聞いています」
そう大見がいうと、彼はフェルとシエに視線を合わせる。智子も視線を二人に合わせると、フェルとシエは大見の説明を肯定するように大きくウンと頷く。
「……即ちこの権限は今の日本人一個人にとってそれぐらい重い権限なので、この権限を使わなければならないような状況になった時、この権限を使う決断をする前に、必ず他に何かもっと手はないかという事を念頭に置いてほしいと、そう柏木から貴女へ言葉を預かっています。確かにお伝えしましたよ」
「はい。肝に銘じます」
そう。柏木は「外交局部長」という外交政策を扱う部署の智子に、ヘストルがこの名誉階級を授与した真の目的を察していた。
それは柏木自身が当時、智子と同じような立場だったからだ。特務交渉官で特派大使。外交を扱うど真ん中な立場でこの階級を授かった。そしてティエルクマスカ担当大臣という閣僚職にあったとき、魚釣島事件が起きた。その時、もし彼の特務大佐権限を使っていれば、事は案外簡単に終わったのかもしれないが、その後の地球世界の情勢も大きく……あまり良くない方向に行ったかもしれない。もしかしたら連合加盟もなかったのかもしれない。だが柏木はこの権限があるからこそ、それに匹敵するかそれ以上の方法をも考えることができた。即ち、良くも悪くもこの権限があったからこそ、今の柏木があると言ってもよかった。
彼はそれを肝に銘じてほしいと、智子に言いたかったのだ。ヘストル将軍がこの階級を与えた意味は、重いものだということである。そしてその重い称号を得られるほど、智子は信用のある人物だと認めてもらえたという事でもある。
徽章を胸に付けた智子は、壇上の偉いさん達や、会場席の諸氏にお辞儀して頭を下げる。
すると会場諸氏全員起立して、智子に挙手敬礼を贈る。メイラはティ連敬礼を智子に送っていた。
柏木に続く日本人……いや、異例な地球人二人目の特務大佐称号受章者。瀬戸智子。
ただ、起こった事件が事件の後だけに、その祝福は今ここにいる者だけである。だが、その意味を知る仲間の祝福。それ以上の何がいるものかと……
………………………………
ヒトガタドーラ事件。
事件の内容自体はテロ事件という範疇に抑えることができたが、その与えた影響はやはり小さくはなかった。
あれから一ヶ月以上経った今でも、当時現場にいた人々がスマホやらなんやらで撮影した動画に人々は食いつき議論していたりするわけで、更にその動画投稿サイトの動画をネタに、マスコミがまた特番を組む。
特にテレビ局は、昨今のいろんなベンチャー企業が参画するティ連型の広域情報システム、情報発信コンテンツに押され、そんな動画投稿に日々のニュースネタを頼らなければならなかったり。
当時、あの現場にいた人々は、ポルモドキヒトガタドーラの異常な姿をくっきりとした写真や動画で見てしまっているだけに、その正体の解明を望む声も多かった。
これに関しては、ここ十年でティ連に加盟した日本と、この問題を百年単位で対応してきたティ連と、比べてみても、持っている情報は大して変わらないというところが何ともツライ。
正体不明故にこれまでの戦闘データや技術レベルのデータは豊富にあるが、正体云々の話になると、これここ何年かで初めてその存在を知ることになる日本側と大して変わらないのだ。
ということで、ここは防衛省 防衛装備庁 ヤルバーン・ティエルクマスカ技術・装備応用研究所。通称お馴染みの「ヤル研」
日本から選抜された生粋のヲタや変じ……超優秀な頭脳を持つ科学者集団の集う場所である。
その研究室のとある一室。特危自衛隊からもたらされた映像資料と戦闘データを解析するは、ヤル研所長の沢渡耕平であった。
彼は所長という立場でありながら、一線での研究に拘っており、机の上でのほほんと構えたりはしていない。そういう点彼も学者である。
老眼鏡をかけたり外したりしながらデータをチェックする。以前から特危のもたらした映像データや各種戦闘データに何か違和感を感じていたので、その違和感に決着をつけるため、解析済みとされた資料を取り出して、暇を見てはいろいろ見直しているのだった。
その研究室にノックの音。
「はいどうぞ」
『ウフフ、私ですヨ』
「やあオルカス。今日の仕事はもう終わったのか?」
『ハイアナタ』
「ん? チビ子さんは一緒じゃないのか?」
『アノ子は来る早々真っ先に遊戯ルームへ飛んでいきましたヨ。お友達も来ていたみたいですシ』
「そうか」
ニコリと頷く沢渡。なんとなくリア充になって落ち着きも出てきた。
彼に話しかけるは沢渡の奥様。かの時の三十路美人オルカス・サワタリ・ハドゥーンである。
監査局局長のオルカスは、職権でこういった機密部署にも許可もらって入っていける。娘はロビーの保育施設で遊ばせていられるので、忙しい二人ながら、いろいろ工夫して家族の時間を持っているようだ。
沢渡からプロポーズされて「ハイハイもらって下さい」とミィアールしてしまった彼女は、娘もできて良い家庭を築いているようである。もう婚期逃して諦めていたところに、あの『マージェンツァーレでチビリそうになった事件』をきっかけに自然と交際が始まって結婚してしまった。ま、ありがちな話である。ただそのありがちな話が異星人と日本人で起こるから、そこが重要なところ。
炊事室でお茶を入れて沢渡に渡す彼女。
「ああ、ありがと。ズズズ……」
『ドウデスか? アナタ。あの件の研究は進んでいます?』
「うん……ヤルバーン州の方でも何か動きはない?」
『ハイ……って、あそうだ。ニーラ教授がトウダイであのプラントを解析した情報をあとで送るから、ヤル研のデータも送ってくれっていっていましたヨ』
「ああ、聞いているよ。そっちは部下に今まとめさせてる」
『でもアナタ。この間から同じ映像データや記録データばかり眺めていますね』
「うん……何かね、大事なことを見落としているような気がしてね……でも俺の勘違いかなぁ……年取るとしょーもないことでも気にしちまうしなぁ。ははは」
ポリポリと頭かく沢渡。とはいえ彼もムフフなラムアの某は済ませているので、体はイゼイラ化されている。即ち柏木同様に三日間の高熱症状を味わったわけなので、見た目の年齢は一〇年経っているようには見えない。
『ウフフ。私も何かお手伝いしましょうか? その動画データのチェックぐらいでしたらできますけど』
「はは、いやいや大丈夫だよ。これは俺が勝手にやってるだけだし。ま、老婆心だな」
『ロウバシン?』とその言葉に首をかしげると、VMCモニターで検索してその意味を調べ『はいはい』と納得する。そして『では納得できるまでどうぞ。私はここで色々雑用をさせていただきます』と沢渡の研究室を掃除しはじめる。
溜まった洗濯物やら散らかった本を整理したりと、よくできた妻である。
沢渡は「すみませんねぇ」というような顔をしながら画面を凝視しつつ茶の入ったカップを取ろうとすると、カップをつかみ損ねてバシャリと地球製機材の上へ茶をこぼしてしまう。
「あ、しまった!」
アワワとばかりに何か拭くものを探す沢渡。その様子を見て、すぐさまタオルを持って飛んでくるオルカス。
『あらあら』と機材にかっかた茶を拭くが
「あ、オルカス! そのスイッチをいじっちゃダメだ!」
『え? あ、ゴメンナサイ! どうしましょう!』
「おろろろろ……おっとっと。はぁ、これでなんとか」
『アア、大丈夫? アナタ』
「はは大丈夫だよ。ちょっと早送りになっただけだ。探知機能も切り替わってしまったな。でも大丈夫。これをこうや……え? あれ?」
『どうしましタ? あなた』
「……」
沢渡の目つきが急に変わり、彼が何か考え込む時の癖、頭をガリガリかきはじめ出す。
「なぁオルカス。このグラフの線。これ何だろう」
沢渡はオルカスに助言を求める。彼女も監査局局長だ。局長というからにはフェル同様に相応の科学知識は有している。
『ハイ?………』とオルカスは沢渡が指さす何十本も複雑に絡み合った折れ線グラフのある一本を注視する。そして『モシカシテ、その線は量子通信時に発生する時空間同期現象のレベルではないかしら?』
「なに!?」
今、停止しているVTRの画面は、特危隊員が撮影したナヨとヒトガタが戦っているシーンだ。丁度ナヨにヒトガタが撃ち込んだゼル端子によって侵食されかかったあたりである。
「おいおいおいオルカス。そりゃ大発見だぞ!」
『エ? どういうことです?』
「ということはだな。これを見てみろ。ナヨさんにゼル端子を撃ち込んだ瞬間。このグラフが急速に伸びてるってことは、このヒトガタ。ナヨさんと接触しようと試みていたって事じゃないか!」
『ということハ……この信号を解析すれば……』
「ああ、奴が何か言ってるって事になる。これは重要だぞ!」
そうとわかった瞬間、沢渡は急にセカセカとしだし
「ごめんオルカス。今日帰れそうになくなってしまった。おチビさんにも……」
というと、オルカスは沢渡が凝視しようとするモニターの電源をプチリとオフにして……
「あ! オルカス。何するんだよ」
『ダメデスあなた。もう今日は遅いのですから、とりあえず今日はオウチに帰って、オフロ入ってゆっくり寝て、頭をスッキリさせてから明日早起きしてお仕事になさい』
「え? でも……」
『イゼイラにこういう諺がアリマスよ。【急ぎの不健康な仕事と、規則正しい健康的な仕事の納期は、結局どちらも同じ日だ】って』
この諺。ああっグサッ! と沢渡の胸に突き刺さる。彼の負けだ。その諺に免じて今日はおチビさんを肩車して帰宅することにした。
ただ、怪我の功名で偶然発見したこのデータ。とりあえず注意書きを添えてニーラには送っておいたのだった……
………………………………
数日後、二〇二云年の総理官邸。
官邸内会議室で、久々に着たスーツに身を包む沢渡と、日本のファッションも板についてきたニーラの報告を聞く総理大臣と閣僚側近にヤルバーン・ティ連関係者。
現総理は、紆余曲折あっての話で、一〇年前当時。幹事長からティ連国内通商活性化担当大臣をやっていた『春日 功』であった。
「では、沢渡所長、ニーラ教授。そのヒトガタとかいうドーラロボットの一種はあの戦闘の時、ナヨ閣下へ交信を試みていたという事ですね」
かの鋭い眼差しで沢渡に質問する春日。
「はい。間違いありません。それとニーラ教授のご尽力で、その通信内容も解析できました……とはいえこれまた意味不明なのですけど。ね? ニーラ教授」
『そうデスね~……不気味というかなんというカ……こんな暗号みたいな事をナヨ閣下に送っていたんですから……正直ちょっとキモち悪いというか……』
その話を腕組んで聞く、一か月ぶりに帰国していた柏木連合防衛総省長官。
「なるほど……ところでナヨ閣下。あなたはその、ヒトガタとかいうドーラの発する量子サインを探知はできなかったのですか?」
『うむ。あいすみませぬカシワギ。妾とて、ドーラ規格の量子通信信号が送られるといったような酔狂な事が日常生活であるとは思っておりませぬ故。流石にそんな機能は付加していませんよ』
眉間にシワ寄せて答えるはナヨ。流石にそれはないという表情。せいぜいPVMCGの量子信号受信規格ぐらいしか自分の体には設定していないと苦笑い。
「で、ナヨにどんなメッセージが発信されていたのですか?」
『ソウですね。まずはそれをお聞きしたいデス』
まずはそこからだというナヨ閣下の現旦那である情報省新見次官と、フェル副総理。
「はい。その内容ですけど……ナヨ閣下にはイゼイラ語で送信していたようなのですが、こんな言葉だったそうです」
【意思と、現実を提供せよ】
……全員「ハァ?」な顔になり、はっきりいって「何のことだ?」という表情。
沢渡とニーラの話では、この言葉をナヨとの戦闘中、ナヨを支配しようとした時から量子通信の機密通信規格に近い信号で、ずっと送り続けてたらしい。
「意思と、現実……ですか……なんとも哲学的ですね……」
齢七〇で、おじいさんが入った二藤部情報相。
「ところで瀬戸部長。貴女もナヨ閣下達が救助に来てくれるまで、このヒトガタを誘導し、かなり危ない目にあったそうですが、そこでこのヒトガタから何か言われたとか語りかけられたとか、そういったことは……」
春日が智子に尋ねる。
そして今日から智子はティ連外務局部長に「名誉特務大佐」の称号も加わってしまったがために、日本国としても当時の柏木同様に普通のティ連官僚職という扱いだけではすまなくなったということで、安全保障調査委員会の委員に就任してもらえるよう打診した。もちろん快諾する智子。
「はい。特にそういったことは」
なるほどど頷く春日達。
『ティ連ガ、アノドーラ共ト接触シ、モウ幾百周期ニナルガ、ソノ間、ナンラ、コンタクトラシイコンタクトガナカッタガ……ソノ幾百周期デ初メテ交ワシタ言葉ガ【意思と現実を提供せよ】トキタ。ドウ理解すればイイノヤラ……』
シエが両手を横に挙げてフゥとため息をつく仕草。
『その点は、私の方でも防衛総省情報部の総力をあげてその意味を調べてみます。その際に……やはりナヨ閣下の存在が重要となります』
メイラが真剣な眼差しで諸氏へ答える。少佐になって更に張り切っていたり。
『妾が重要ですか……なるほど、ではメイラよ、ヒトガタはやはり妾を……』
『ハイ閣下。貴女を仲間だと思った可能性がありまス。ですので攻撃してきた貴女にそのような通信を送り、ゼル端子を打ち込んで制御しようとした可能性は否定できません』
フムフムと頷く諸氏。確かにそれなら理屈は通ると。
「では、考え方によれば、ナヨがあの一〇年前にドーラコアを参考に素体を構築した事が……結果論ですが吉とでたということですか」
新見がそう問うと、柏木は
「確かにその通りですが、今回の件で敵は量子通信機能を持っていたという事が判明しました。当然量子通信ですから、連中の基幹組織にも既に事の情報は行っているとみて間違いないでしょう」
確かにそのとおりであり、当然最も懸念していたことでもある。それと……
『アノ、工場で製造されていたかもしれない、ドーラコアですネ』
フェルが今近々で最も心配な懸念事項を話す。
『ハイ。ただこればかりは本当にそんなものが製造されていたか、現状ではわかりません』
とメイラが答えるとニーラも
『チキュウ製のドーラコアを探知できるシステムですけど、とりあえず試作品を作ってヴァルメに搭載し、世界中に放っていますが……現状何も情報を取得できていません』
現在世界は平穏を保っているが、今後は長い期間をかけて、ヒトガタドーラ事件の影響をみていかないといけないと。
更には、ドーラの主幹が地球の存在を知ったと仮定して、この宙域まで進出してくるのかどうか。となれば当然安全保障の面で、軍事的装備の拡充も求められる。そうなればこの地球社会で、事は日本だけの問題では済まなくなる。
現在、特危自衛隊が保有している航宙艦艇は三隻。旗艦『カグヤ』に『ふそう』『やましろ』である。
この艦艇を日本が保有するときも、国内外で相当モメた。
いかんせん特危はティ連の指令を優先して動く組織ではあるが、指令がない場合は日本国内閣府や防衛省所属である。
情報省を組織した時もそうだったが、この二隻を配備するときも、国会前や官邸前で民主主義を唱えながら賛成派に「帰れ」と罵倒する「自称民主主義者」や「民主主義は多数決主義ではない」といった「寝言」を声を大にして言う弁護士なんかが大騒ぎしたものだ。
この時、フェルが反対派を前にして言った名言がある。
『ミンシュシュギというのは、いろんな考え方があるデスけど、少なくとも「反対反対」と国会議事堂の前で大騒ぎしたことが現実になる事ではナイですよ』
ネットではこのフェルの言葉を賞賛したり、反対したりとこれまた激論があったりするわけだが、少なくとも旦那の柏木は「その通りだ」とフェルを讃えた。そんな事もある時代。
会議は異例の六時間にも及び、とりあえず終了した。
会議終了後、諸氏色々挨拶して解散していく。
瀬戸智子は、もうあまりのメンツに恐縮してペコペコしながらイヤハヤと、典型的な日本人リーマンお付き合い状態になってしまったり。
名刺が羽生えて飛んで行く状態。
そこで声かけるは柏木夫妻。
「やぁ智子ちゃん。お久しぶり」
『ウフフ。ケラー、ご苦労様デス』
そういうと智子も憧れの柏木長官を前にして、ド緊張モード。
「あ! おお、お久しぶりです長官!」
「何をそんなに緊張してるんだよ」
と智子の背中をポンと叩く柏木。
「あ、そうだ、今から智子ちゃんの特務大佐受章お祝いパーティやろうと思うんだけどさ、瀬戸かつさん。予約とれる?」
「え!? い、今からですか!」
「そそ、みなで瀬戸かつさんの売り上げに貢献しないとってね。えっと。参加者はオレだろ? フェルにシエさん、メイラ君に、ジェルデアさんとシャルリさんにリアッサさんと樫本君、オーちゃんに白木、麗子さん、ナヨさんに新見次官……」
「は、はぁ? そそそそんな方々がそんなに来るんですか!」
「みんな楽しみにしてたよ」
「うわ、ぼだ~るさんに会場借りないといけないかも……どうしよ……」
一〇年後の未来。
ちょっとだけ垣間見た『ティエルクマスカ連合 日本国』の未来。
そして、あの時、因果の歯車が切り替わり、命をつないだ親子が見た……瀬戸智子が生きる時代。
彼女の活躍は……
銀河連合日本外伝 Age after ― 因果継命 ― 『終』…… そして続いていく。




