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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
銀河連合日本外伝 Age after
89/119

銀河連合日本外伝 Age after ― 因果継命 ―  第二話

 東京都郊外の一戸建て住宅。もう築云十年になる古い家だ。ここは瀬戸智子の実家である。

 実家とはいえ、この家に今住んでいるのは智子一人。ある意味なんとも贅沢な話ではある。

 智子の両親、譲治と雪代がヤルバーン州に立派な家屋兼用の店舗を立ててしまったので、空き家対策として智子が住んでいるという事情もある。


 草木も眠る丑三つ刻……ではないが、そんな夜中。

 ちょっと酒飲んで喉渇き、冷蔵庫をあさりに台所へ降りてきた智子。

 メイラは一階旧両親の部屋で寝ている。

 そっとふすま開けてメイラの寝相を見てやろうと思う智子。


 ……布団かぶってミノムシさんであった。スヤ~すぴ~とそんな感じ。

 話には聞いていたがイゼイラ人が布団で眠るとき、みんなこんな風だという話。どうもフェルさんだけではないようである。


 クククと吹き出し、またふすまをそっと閉める智子。冷たい緑茶をゴクゴク飲んで、二階の寝室へ戻る……


 メイラの年齢は見た目の歳で言えば智子と同じ27、8歳ぐらいだ。

 無論、実際の地球時間年齢で言えば、譲治と同い年ぐらいである。

 ヤルバーンが地球にやってきて以降、この経齢格差についてどうなんだろうと、ここ10年色々と議論があった。

 無論それはティ連人と日本人のカップルが増えたことにより、顕著化してきた案件だったからだ。

 そう、『案件』である。普通ならここで『問題』ではないのか? という話になるが、問題というほどまでに、実は発展しなかった。案件ぐらいで済んでいた。


 この件、『ティ連人と婚姻すると寿命が延びる。歳を取りにくい』とかいうふれこみで、男性専門ティ連人女性との結婚あっせん業やら、男性と婚約すると入手できる異種間婚姻薬を目的に、邪な考えで日本人や地球人女性を狙った偽装婚約目的なティ連人男性への接近やら、またそのあっせん業やら、婚姻薬の買取業やら、更にはあっせんや販売もしない単なる詐欺行為やら……当初そんな見苦しい裏ビジネスがまた出てきそうになったのだが……


 当時の柏木連合議員と、フェルフェリア・ティ連統括担当大臣は一計を案じ、二藤部総理にある提言を行ってそれを実行した。その内容は……


『もういっそのこと異種間婚姻薬を市販してやれ』


 と、またこれとんでもないことを言いだし、その理由を添えて実行に移した。

その理由とは……


「別に毒物じゃないんだから、ちゃんとメリットデメリット説明して売れば、案外いうほどパニックにはならないもんです。無理に隠そうとするから、その希少性に利を求めてバカが群がってくる。だから、そんな裏のレア物ビジネスにさせなければ、存外みんな冷静ですよ」


 まず、柏木も当時、フェルさんとムフフしたおかげで新陳代謝がイゼイラ化し、寿命が延びてしまったのだが、この異種族間婚姻薬を飲んだところで、地球人同士の交配に影響を与えることはないという結果は既に知られていた。ただ若干問題なのは、薬を服用した地球人同士の間に生まれてくる子供は通常の地球人として生まれてくる。つまり下手したら親子間で経齢格差を生じさせる場合があるわけだ。

 これは子供の立場で考えたら、正直良いか悪いかは別にして複雑なところではある。


 そういう事もあって、この薬を購入希望する人は、指定施設でセミナーを受けて、同意書にサインをすることで購入可能とすることにした。

 価格は、ティ連人との婚姻以外の目的で購入する場合は相当な高額に設定され、指定国立病院で面接試験を受け、各種検査に合格した人のみ接種できるようになっていた。

 色々条件や、イゼイラ化……現行はイゼイラ化の婚姻薬が主流なのだが、そういうものを所謂アンチエイジングで接種する場合は、以下のような条件やメリット・デメリットに納得し、サインしたうえでなければ接種できないのである。


一:接種年齢は一八歳以上、六〇歳まで。

二:元の純粋な地球人体質に戻ることはできない。

三:イゼイラ化した地球人同士が婚姻した後に生まれてくる子供には婚姻薬の影響は全くない。

四:子供の方が見た目歳を食い、さらには経齢した子より若く見える自分が存在する場合があることを理解しなければならない。

五:接種した日本人は、あらゆる身分証明書に、薬品接種日本人を示す証明がつく。

六:接種した日本人の年金支給開始年齢は、イゼイラ人の地球時間経過年齢で一四〇歳相当からとなる。

七:定年年齢は、別途各企業が定めるところとなる。

八:各自治体の老齢福祉サービスも、各自治体が別途定めるところとなる。

 

 など、これはその要件の一部だが、そういったセミナーの受講を必須としていた。

 無論、この項目には接種二~三日後の重度な急性体調不良を我慢しなければならない事も書かれている。

 ただし、これはティ連人と恋愛関係にある日本人の場合、その恋愛関係が真正のものと証明されると、ヤルバーン州政府から婚姻薬は無償で支給されるので、こういうものとは区別される。


 ただ例外はある。この件を公表した際の、海外の反応である。

 さっそくどこかの整形大国は怒涛のツアーを組んでこの薬品を摂取しようと乗り込むつもりだったようだが、即座に『外国人は適用外』としたため、またピーピー騒ぎ出す一幕もあったが、そりゃこんな薬品である。なんだかんだで難癖つけられ薬害訴訟化されるのも面白くないのは当たり前。当面は連合主権内、すなわち日本人のみの適用とした。


 そういった形でこの婚姻薬や、ティ連人フリュとの婚姻がどういうことをもたらすかが公表されると、みんなして薬を買いに殺到するかと思いきや、実際のところ国民は意外に冷静で、あまりこの薬を接種する日本人は……まぁいないわけではなかったが、殺到するというほどのものでもなかった。

 政府の事前告知も功を奏したところはある。まずこの薬、誤解のないようにということで、決して『若返りの薬』ではないという点。単に歳取る速度が半分になるというだけの話で、長寿にはなるが、地球人の経齢感覚でいえば、将来ジーサンやバーサンとして生きる期間も約二倍になるという事を強調した。

 更には、知人との経齢感。場合によっては、自分より年下の者が、歳食って見えるような現象にもなるという事も告知。

 といった具合に、どちらかというとネガティブなイメージを前面に告知した結果、あまりこの薬を接種しようとする人が闇雲に多くなるという現象は起こらなかったのである。


 この薬を接種しようとした人達の例として興味深いのが……


○中小零細企業の経営者。

○俳優・芸能人

○特定技能・技術者。

○重度疾患を抱える子の親。


 とこんな人達で、どちらかというと前向きに接種しようとしているような雰囲気ではなかった。

 まず中小零細企業経営者や、特定技能・技術者の場合、後継者がいないという悩みを抱えてこの薬を接種しようとする人が多かったようだ。

 俳優、芸能人の場合でも、いつまでも若くいたいという誤解した理由で接種した者もいたが、中には『自分の代わりがいない』という理由からという芸能人もいたようである。

 これが良いか悪いかは別にして、なかなかにどちらかというとネガティブな背景を持って接種する人々が多いという結果には政府も驚いていたが、柏木連合議員とフェル大臣は、恐らくこうなるだろうと予想していたという話だそうな。


 それは柏木自身がそうであるという理由もあるが、一時期は『人生五〇年、下天のうちをくらぶれば』の歌にある通り、そんな時代から今や人生一〇〇年の時代である。正に人類の科学が普通に発展発達しても、そのうち人類寿命が二〇〇年ぐらいになるというのも、ホラ話ではない時代がいずれは来たであろう。

 だが、もしいきなり二〇〇年の寿命を何の目的もなくもらって、地球人としてその人の精神が普通にもつかという話もある。

 下手すれば最初はいいが、その経齢格差の違和感に精神がついていけずに自殺したり、ストレス死する人もいるだろう。そうなってしまうと薬を接種しても結局は同じである。

 この婚姻薬に手を出さない人たちは、無意識にそういったところを感じ取っているというところもあるのだろう。

 やはり柏木や多川のような、異星人の伴侶や生まれてくる家族と一生を共にする覚悟がなければ、健全な人生を送り、歳を経て寿命は全うできないということを、意外に多くの地球人は悟っているのかもしれない。

 実際、今の世の中でも普通に約一〇〇年未満の人生を、いろんな理由で長生きできない人達が普通にいるわけで、そんなのに二〇〇年も寿命をあたえたところで結果は同じなのである。

 そういう点、自然というものは実際よくできているのだ。


 さて、そんな世相もあるこの時代。次の日の朝。

 智子はボサボサ頭と首をかいて、ふわぁあぁぁあぁとあくびしながら二階の階段を下り居間に出てくる。

 彼女の階段を降りる音に反応したのだろうか、それに合わせるようにメイラもふすまをヒョっと開けて、細い眼して「ふわああああぁぁぁあ」とあくびをかます。おしりとお腹をかいていたり。

 美人二人して、まぁ見事なプライベート丸出し感である。おそらく今、彼女たちに好意を寄せているデルンに男性がいればこの姿見て、一〇〇年の恋も冷めるだろう。


「おあよ~めいら……あいてててて」

『おあよートモコ……ムニャムニャ……ドしたの? 頭抑えて……』

「二日酔いよ二日酔い……昨日飲みすぎちゃった……」

『二日酔い? ああ、チキュウ人がエチルアルコールを接種しすぎた時に起こす症状ね。アタマ痛いの?』

「うん……オエ。気持わる……」


 そう智子が言うと、メイラは『仕方ないわね~』という感じでカバンの中をゴソゴソさせ、一本のアンプルを取り出す。


『非常用自律サボール剤あるけど、打つ?』

「え!? サボール持ってるの? あ、打つ打つ。神様創造主様メイラ様。助かりまする~」


 非常用自律サボール剤。即ち効果時間限定の、自律疾患感知型のナノマシンである。これを打つとナノマシンが自律的に体調不良個所を探し出して、適切な治療行為を行うという軽度の疾患に効果のある、言ってみればティ連人がいつも常備している風邪薬感覚のナノマシン剤であった。

 

 プシュンと首筋に打ってもらうと、見る見るうちに頭痛が引き、嘔吐感がマシになっていく。

 フゥ~~という表情を見せる智子。


「はぁ、やっぱサボールはすごいわね。日本じゃ昔はシジミの入った味噌汁がいいだのとかやってたけど」


 こめかみをクリクリして首をコキリと鳴らす彼女。やれやれといった感じだ。


 さて、この『メイラ・バウルーサ・ヴェマ』というイゼイラ人フリュ。一体何者かというと、名前からもわかるとおり、現ヤルバーン自治州知事、かの『ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマ』の娘である。

 容姿は所謂典型的なイゼイラ人容姿で、イゼイラ人フリュ独特の美人さんでもある。ただし今現在はどうだかは知らない。

 長髪羽髪で、髪の色も藍色に赤いストライプが入るような色合い。

 目はこれもイゼイラ人らしい藍色と白目のツートン。

 典型的なお姉さん系の雰囲気を持つが、体つきはあきらかにアスリート系の雰囲気を持ち、フェルやシエのような、少々筋肉質でもある。それもそうだ。彼女は『防衛総省情報部』所属のトゥラ・キャスカー即ち中尉である。

 彼女は父親のように政治家の道を選ばずに、軍人の道を選んだ。

 

 元々は父ヴェルデオがヤルバーンで地球のニホン国へ単身赴任している際、JK時代の彼女はフェルと同じイゼイラ科学院の学徒で、寮を借りて一人暮らししながら学問に勤しんでいたのだが、ヤルバーンが日本との接触に成功し、国交を持った時、ヤルバーン調査局がところかまわず調査した日本や、それに付随する地球世界の地域国家文化をハイクァーンデータ化し、本国やティ連各国へ大量に送り付けてきた。

 そこでまず最初にイゼイラ人がヤルマルティア文化にどんどんと侵され……いや、影響されていったのだが、メイラもこれ例外ではなく、ヤルマルティアから送られてきた映像作品、有名な義賊泥棒三代目のアニメにハマってしまったのがマズかった。

 で、次にハマったのが、ブリテン国という国が作ったという三ケタの数字をコードナンバーに持つ諜報員の映画にこれまたハマってしまい、とうとうイゼイラ科学院を卒業後、軍幹部学校に入ってしまった。

 当然志望兵科は情報部。

 ということで、彼女はティ連防衛総省情報部の職員として働いているのである。とはいえ、その仕事内容のほとんどは、各加盟国情報部との連携調整が主な内容で、かの三ケタナンバーな、接着剤みたいな名前の人物のように大立ち回りをやっているというわけではない。

 実際の情報部なんてのはそんなものだ。あんな潜水艇になるような車乗って大立ち回りするなんてことはほとんどない。全くないとはいわないが、現代ではそういった仕事は特殊部隊の分野である。そんな実力部隊が実力行使しても、目立たずやるのが普通なので、そんな派手さもない。しかも彼女の場合ティ連の情報部だ。その情報収集能力技術。そらすごいものがある。あんな映画みたいな『アナログ』な事せんでも普通に仕事はできる。よくよく考えたらそんなもんであったりする。


 朝のコーヒーでも入れて、一息つく二人。


「でもメイラ、イゼイラ科学院以来ね。卒業してから軍に入ったって聞いて驚いてたけど、うまくやってそうじゃない?」

『うんまあね。なんとかやってルわ。貴女もどうなの? 連合外務局の方は』

「私はこれでも部長ですよ」

『エ! うそ! ホント!?』

「うん」

『ヘーー、じゃぁ、あの技術教導団の留学生制度に参加して、正解だったてわけだ』

「結果的に言えばそういうことになるのかなぁ……貴女ともこうして友達になれたし」

『私モそういうことになるのカナ? ウフフ』


 とそんな朝の会話。

 トースターにパンを入れて焼き、バター塗って食べる。

 この二人、実はイゼイラで知り合い、親友同士になった。

 メイラは元々先のとおり、科学院に通っていた学生だったのだが、智子もこのイゼイラ科学院の学生だった頃があったのだ。

 

 かの調印式典で滞在を終えた各国首脳にスタッフが帰国する時、地球からイゼイラへ発達過程文明の技術教導団を送ったのは周知のとおりだが、その際、高等学校三年・大学生・短大生・高等専門学校生らから、試験で選抜された学生を対象に、日本政府はイゼイラ科学院へ留学生を送り込んでいたのである。

 所属する学校の在学期間は関係なしにイゼイラ科学院の履修過程を修了し、その後帰国するもよし。帰国した場合は博士号を授与されるという条件。

 もし可能であればイゼイラや連合の何らかの職に就いてもよしという、そういったティ連文化文明慣熟を目的にした留学制度であった。

 智子は、親である譲治がヤルバーンに店を出すという決意に感化され、無論譲治や雪代の応援あって、自分も人一倍勉強し、役人になってヤルバーンの仕事をするとがんばってた矢先に、当時親しくなっていたリビリィやポルから『こんな制度が計画されているから参加してみないか?』と誘われ、それに飛びついたという寸法。で、日本政府の試験を受け、合格し、今の智子がいる。


 そのイゼイラ科学院時代に知り合ったのがメイラだったという話だ。


『デモ、私のマルマもマルマだし、ファルンもファルンよ。急にマルマが、ファルンに誘われてヤルマルティアに行くって言い出して、いつ帰ってくるかと思えばそのまま住んじゃうんだもの……で、あとで来なさいなんて、何考えてるのよって思ったわヨ』


 食パンを振り振り当時を思い出してプンスカしだすメイラ。

 

「うふふ、確かにあの時はうろたえてたわねメイラ。私も貴女がヴェルデオ知事の娘って知った時は驚いたけど……結構放任主義な家庭なんだなって」

『まぁね。で、結局色々あって軍に入ったけど』

「ロジャー・ムーアに憧れてでしょ? それともショーン・コネリー?」

『え? あ、いや、ニハハハハ……』


 図星突かれて頭をかくメイラ。んなティ連ほどの科学があって、あんなスパイ物みたいなアクションするのかと突っ込む智子。

 だが、智子も今や優秀なティ連外務官僚である。メイラのような軍情報部の調整官が、日本の情報省へわざわざやってくるとなれば、相応な何かがあると普通は思うわけで


「で、メイラ。あなたみたいな職の人が、わざわざ五千万光年飛び越えて日本までやってくるなんて、何があるんですか?」

『マア、普通そう思うわよネ……実は、人に会いに来たの。それで新見次官にもお話通しとけってファルンに言われてさ……なんで日本の情報省官僚トップに話通さなきゃいけないのかって思ったら、なるほどって理由で……まさかねーって。でもそれでいいのかなともおもうし』

「?? いや、メイラ。話が見えないんだけど……新見次官に話通さなきゃって……まさか……」

『うん。ファーダ・ナヨクァラグヤ……こちらじゃナヨ・ヘイル・カセリアって呼ばれていらっしゃるらしいわね。その御方へ会いに来たの……』


 この一〇年後の世界。かの人物の自我意識ニューロンデータである「ナヨクァラグヤ・ヘイル・サーミッサ」この日本では「ナヨ・ヘイル・カセリア」と名乗っているかの人物は、イゼイラ政府によって「創造主ナヨクァラグヤの遺志が再誕した人物」と公表され、かつまた人格は別人の自我であるとティ連世界や地球社会全体に公表した。

 これはティ連の情報公開法で、精死病治療法の発見がどういう具合に推移したかを知る資料の公開請求が、かなり多く提出されてきたために、そろそろ秘匿し続けるのも限界が来たとティ連やイゼイラ政府が判断したというところが大きい。

 イゼイラやティ連は完全な法治国家であるため、そこは法に基づいて公開をしなければならないわけで、日本政府や当時の安保委員会にもやむなしと通知し、かように相成った。


 ティ連社会では、彼女が鉄壁のプロテクトを持ったニューロンデータであることは幅広く知られていたので、情報を公開した瞬間、それは驚きと歓喜をもって迎えられ、更にそういった特殊なトーラルシステムで自我を持った存在だということで『流石はナヨクァラグヤ帝様だ』『流石は創造主様だ』とさもありなんな感じで受け入れられた。

 それ以上に、ナヨ帝のプロテクトを解くことが精死病治療法を導き出す鍵だったと発表された時は、かの柏木が考えた作戦あっての話だと、柏木やフェルにニーラ、当時のカグヤやクラージェクルーが再び脚光を浴び、やっぱりフェルと柏木も創造主に奉らなきゃいかんとそんな話が再燃して、二人は平身低頭『それだけは堪忍しておくんなまし』と創造主認定有識者会議に頭下げて回ったという、そんな話もあったそうだ。

 で、実は創造主に奉るのを保留してやる代わりに、柏木はティ連防衛総省長官をやれと半ば有識者に脅迫されて、今彼はティ連防衛総務省長官をやらされていたりする……実はこれも当時のマリヘイルが「オホホホ」と仕掛けた謀略だったりなかったり……ちなみに「保留」なので「中止」ではない。現在でも有識者会議は奉る気マンマンである。


 ちなみにその煽りを受けてフェルは副総理をやらされてしまった。

 そりゃそうだ。閣僚級の重鎮議員が一人、五千万光年先へ行ったり来たりの赴任である。三島も当時はもう歳で、そうなるとフェルもそんな感じの役職を任されてしまうわけで、いやはやと。


 ちなみに当のナヨ帝ニューロンデータコード発見者のニーラ・ダーズ・メムル東京大学客員教授は、現在もやっぱり教授さんで、東京大学名誉教授になっており、相変わらず学生を教え、研究に日夜励んでいる。あのときのニーラちゃんも、今や見た目二一歳のレディであるが……やっぱりあんなんらしい。で、ニーラは、創造主認定が内定したそうで、死後に創造主に祭り上げられるという予定。まだまだずっと先の話ではあるが。ニーラはエッヘン顔でもう喜んでいたという話で、祖父のジルマも鼻高々で大喜びだったそうな……これが普通のイゼイラ人な反応である。


 そして日本社会でもこの情報、それはそれは大きな大きな衝撃と感動をもって受け入れられた。

 そりゃそうだ。かの「かぐや姫」が復活したのである。普通なら信じられる話ではない。

 ただ、この時にティ連のすさまじい科学力の一端。すなわち『脳ニューロンデータ記録技術』が公表され、ナヨ帝復活の話題と同時にこの技術が大きく大きくクローズアップされ、更にこの技術の情報公開をそれは多方面から要求された。

 人の脳構造をもろとも記録する技術。そしてそのデータを人格からして忠実に再生する技術。

 それは普通に考えて恐るべき技術である。これが地球社会に知れ渡った時、世の科学者に作家は『かつてフィクションで語られた、サイバーパンク社会の到来だ!』とそれは大騒ぎになった。

 そしてこの技術を深く理解できていない地球人は、これを単純に『死者の復活』と理解する向きもあった。ここでもう必死になったのはキリスト教徒やイスラム教徒である。

 これらの宗教関係者の間では『最後の審判は、異星人の技術だった』と言う者もいれば『神への冒涜』と捉える者もいたり、今でもこの二つの宗教宗派からは、この技術を全面公開しろだのするなだの、スッタモンダともめているという話もある。


 ところで日本人は、もう単純に『かぐや姫様の復活~』ってな感じで、結構お気楽なもんで、それ以前にティ連技術がかなりもう浸透してきているというのもあって、「死者の復活」というよりは「自我をもったナヨ帝のスーパー高度な人工知能」という捉え方で、事が意外と正確に理解されており、所謂サマルカ人さんのような感じだろうと、マスコミも気を使って報道していたので、驚きはあったが混乱は起きなかった。

 もう今やサマルカ人の例に見られる自我を持つ人工知的生命体など普通の日本社会において、やはり日本人もそういった理解ができるようになったということは、連合加盟がいかに大きく影響しているかということを如実に表す証明でもあった……実際、智子自身も、そんな感覚だったりするのだ。


そして、この技術が地球で公開されたとき、最も大きな関心を呼んだのは……


『この技術は地球人にも使えるのか?』


 という点。

 はっきりいえば使える。事実、柏木もそろそろ脳ニューロンデータを撮る処置をうけないととフェルと二人で話し合っていたところだった。ティ連では極めて一般的で普通な事なのであるが……


 この一〇年後の世界でも、まだこの技術は全面公開に踏み切っていない。

 先の宗教的な話もそうだが、この技術を『不老不死の技術』か何かと勘違いする輩もいるからだ。

 出力された記憶や経験、人格性格が同じでも『存在』が違えば限りなく本人に近い「別人」であって「不老不死の技術」などではない。ただ今の地球人にはそのあたりが理解し難いようだ。

 そういうこともあって、地球人に適用するのは現状不可能ということにしている。ここはイゼイラ―ティ連側にも話を合わせてもらっていた。


「へぇーー、すごいわね。あの方とお会い出来るなんて」

『だから新見次官にご挨拶に行ったのよ。でないと失礼でしょ? 一応旦那様なんだから』


 なんと! ナヨ様、新見次官が旦那様とか。どういうことなのだろう。


「でもなんでまたナヨ閣下と?」

『うん……』とそういうとメイラは口を歪め『ごめんトモコ。あなたでもこれはちょっと話せないんだ』

「そう。気にしないで、仕方ないわよ。貴方の仕事が仕事だものね」

『うん。ごめんね……』

「いいのいいの。でも~……私も外務局部長としてナヨ閣下とは一度お会いしてみたいと思ってたし~……ついてっちゃだめ?」


 手を合唱してお願いする智子。

 ナヨ帝サマのご尊顔を拝しておきたいとそんなところ。なんせ彼女も昔、高校生の頃テレビで見たあの美しい御姿が目に焼き付いている。そりゃ会えるものなら会いたいと思うだろう。なんせかのかぐや姫様のモデルだ。本人そのものではないが。

 ナヨ自身も、そうやって公表された身であるとはいえ、公に姿を現すことはあまりなかった。彼女自身も、やはりフェル同様にできることなら一般人同様でいたいと願っていたからだ。


「今日、私お休みだし。ね」

『ん~……まあ外務局の部長さんがいれば……何かと役に立つかなぁ……』

「そそ、立ちますよぉ」

『はぁ、仕方ないわね。会うだけヨ』

「ありがとーー」


 二日酔い頭痛もなんとか引いたので、さっそく出かける用意をする智子。

 相当におめかしして準備を整える。彼氏と会うとき並みに……といきたいところだが、智子、実は彼氏歴ナシ。高校時代は瀬戸かつの手伝いで忙しく、譲治がガン治ってからは留学してしまい勉学に忙しく、容姿はいいのだが、なかなかに巡り合わせが悪い。もうあと二年ほどで三〇でもあるし、いいのがいないかなぁと自分でも思うが、これがなかなか。


 それはともかく、二人して家を出る。電車乗り継いで東京駅へ。霞が関外務省から転送で飛びたいところだが今日はお休みである。

 今は東京駅や品川駅にも転送ステーションが出来たので便利がよくなった。ヤルバーン行き片道転送二〇〇円也。

 カード型切符買って改札通り、転送器に入るとそのままヤルバーンへ。

 ヤルバーン転送ステーションで身分証明書を見せてマイナンバーを見せる。

 ヤルバーン入境には今でも色々と制限がある。

 交通法規違反の罰金刑を除く犯罪歴のある人物はダメではないが、法務省の特別な許可がいる。

 ヤルバーン―イゼイラが指定する(実際は日本国公安が指定する)非公開の特定人物、特定団体関係者はダメ。

 以前に比べれば、かなり緩和されたものの未だにイゼイラの一極集中外交が継続されているため、外務省から許可を得なければ特定外国籍国民の入境は今もって認められていない。

 入境を認められる外国人のほとんどはLNIF加盟国国民で、それ以外の外国人入境は、ほぼ認められることはない。

 ただそれでも、ヤルマルティア島日本治外法権区は、以前に比べれば外国人の往来も随分と多くなった。LNIF加盟国民には、かなり規制が緩和された事もあって、今では欧州人や、米国人。アジア系ではインド人に台湾人などが多くみられるようになった。

 ちなみに、LNIF陣営でもイゼイラ―ヤルバーンが入境を認めない特定の国がいくつかあった。

 日本と友好的な国交がある国でも、やはりそこはイゼイラの主権である。彼らの信用を得られない国、警戒される国はあったのだ。

 その中には日本人から見れば「えっ!?」と思うような意外な国名があったりするが、そこは非公開という事である。


 ということで、ちょっとお店。即ち瀬戸かつに顔を出す智子。


「おはようお父さん、お母さん」

『おう!? ってお前、今日休みなんじゃなかったのか?』

『どうしたの? 智子』

「ちょっと紹介したい人がいてさ、みんなも知ってる人よ……さ、メイラ入って」


 暖簾をくぐって入ってくるイゼイラ美人。


『初めましテ、メイラ・バウルーサ・ヴェマと申します』


 店に顔出し、ちょっと照れてティ連敬礼するメイラ。


「あぁあぁ、あなたは学生時代にアレだ。智子が友達できたって写真送ってきてた!」

「これはこれはようこそ。ささ、お入りになって……確か、ヴェルデオ知事様のお嬢様だとか……」


 とそんな感じで挨拶なんぞ。

 実は譲治に雪代も今日がメイラとは初対面だったりする。写真やメールにホロレターで話は知っていたがと、そんなところ。

 ワイワイと歓談したいところだが、とりえず店に顔出すだけで先を急ぐと言って店を出る。


「帰りによってけよ」

「せっかくなんだから、ね」

「わかったわ。じゃ、またあとでね」


 店の外まで出て見送る譲治に雪代。そこまでしなくてもいいのにと苦笑いな智子。律儀にペコペコ頭下げるメイラを見て、これまた吹き出しそうになる。

 ではまた後ほどと越境してヤルバーン州に入り、州内転送網でヤルバーン州行政府に入る。


『んじゃトモコ。私もファルンに合っていくから付き合って……って、トモコはファルンとは?』

「ええ、存じ上げているわ。仕事でよくお会いするわよ」

『そう、じゃ問題ないわね』


 二人は連れだってそのまま行政府へ。

 PVMCGをかざし、各種IDチェックを済ませて知事執務室。旧司令執務室へ向かう。

 智子は衛士に挨拶。いつもの知った顔といったところ。メイラは止められるが、名前と階級を見て衛士は慌てて敬礼をする。


 執務室ではヴェルデオ知事と奥方のエルディラが待っていた。今日は土曜日。地球の暦に合わせてヤルバーンでは執務が行われるのでヤルバーン州の各種業務執務も今日はお休みのところが多い。だが、メイラに合うため二人は登庁していた。愛娘と久しぶりに会えるとあって、少々ウキウキのヴェルデオとエルディラ。ちなみに今のヴェルデオは大使職を辞し、公選の知事様である。連続当選で人気の知事さんであった。副知事には大使時代からの知った優秀な副官ジェグリを指名している。


 衛士がメイラの到来を告げると扉を開けて親子の対面。


『やあメイラ! よく来たね!』

『メイラ! お久しぶりね!』


 両手を大きく広げて父母と抱擁するメイラ。


『ファルン、マルマ。お久しぶり。元気だった?』

『はは、まぁこんな感じだよ。毎日充実トいったところかな。エルディラもすっかりニホン人みたいだ』


 なんと! ヴェルデオの妻、エルディラが今日来ている普段着は、着物だった。見事な着付けである。どうやらゼル衣装ではないそうで、本物の着物を自分で着付けしているそうだ。

 その姿にポっと驚き顔のメイラ。そしてフッと笑みを漏らす。ま、うまいことやってるなら結構な事だと。


『それと、ケラー・トモコ。いらっしゃい。今日はプライベートですかな?』

「はい。実は昨日、外務省で偶然メイラと会いまして、昨日は私の家で歓待させていただきました」

『それはそれは』


 握手する二人。

 ヴェルデオも智子がメイラと友人であることは知っているし、あの時の患者の娘である事も知っている。

 それどころか、譲治の入院中は、たびたび彼を見舞いに来てくれたりと良くしてくれたのだ。


「エルディラ奥様も、いつも本当に着物がお似合いですね」

『ありがとうケラー。こんな素晴らしい衣装、もっとニホン人フリュも着ないと……もったいないワ』


 エルディラは、かの調印式で日本に来日した際、この着物を見た瞬間、この地に住むと決めたのだそうだ。

 彼女、実は服飾デザインを趣味にしており、着物のデザインを見てもう瞬間我を忘れたという。

 で、着物の歴史等等、調査局資料を調べたり、自らの足で有名な着物織の地などに足を運んで色々と勉強し、学んだことを広域情報としてティ連各国へ発信しているらしい。


 ここはイゼイラ茶を日本風にアレンジしたものでもてなすエルディラ。


『で、ファルン。さっそくなんだけど、連絡したこと……』

『アア、その件はすでに伝えてあるが、本当なのか? その話は……』


 ヴェルデオとメイラ。そう話し出すと親子モードを解除し、少々真剣な顔つきになる。


「あの……込み入った話なら、私退席するけど……」


 智子は恐る恐るそう話すと、


『ああ、ごめんなさいトモコ……そうね、少し……』


 退席してくれないかと言おうとした先に、ヴェルデオが制し


『メイラ。ケラーは連合外務局の部長さんだ。ケラー・シラキ達とも近い。聞いておいてもらって損はないと思うが』


 んじゃエルディラはどうなんだという話になるが、彼女はそう察したのか、もうすでに用事があると言って退席してしまっていた。そういう点流石はヴェルデオの妻だ。察しが早い。


『メイラ、その話は機密指定なのか?』

『うん』

『レベルは?』

『まだ4ね』


 コクコクととうなづくヴェルデオ。

 ティ連情報部の機密指定レベル4なら、州首長権限で、信用に足る指定人物への情報開示が可能だ。ただ漏洩時には責任も問われる。


『では、私の権限でケラーに対する公開を許可しよう』

『ちょっと待ってよファルン。ソンなことしたらトモコを巻き込んでしまうわ』


 すると今度は智子が


「メイラ、一体何の事かわからないけど、私はこれでもティ連外務局の幹部職員よ。機密保持なら大丈夫だし、危ないことには首突っ込まないし、何かいい意見思いついたら言うから話してよ」


 しばし考えるメイラ。機密指定レベル4ならまだいいかと。それにヴェルデオの指定解除要請が出たら、どっちにしろ公開しなきゃいけないから、いいかと思う。


『わかったわ……でも、くれぐれも他言無用にね、トモコ』

「大丈夫よ、外務局にだって機密情報ぐらいゴマンとあるわ。それを私は預かってるのよ」

『それもそうね。わかった』


 ということでメイラは智子にその防衛総省の『機密事項レベル4』の内容を話し始める……




 ………………………………




 メイラの話を聞き終える智子。少し顔が深刻になる。

 なんせ話の内容に、未だ地球世界に公開されていない、確かに所謂『機密事項』な単語が連発して出てきたからだ。

 その機密単語の嵐。智子もこういう職に関わっていれば秘守義務上知った単語がたくさんあった。そして智子がイゼイラに行って初めて知った、その信じがたい存在の話も……いや、その話が主題であった。


「その話……本当なの?」

『そういう事件がイゼイラであったのは事実よ。で、後の話は状況証拠からの推測。なのでまだレベル4なの』

「なるほど……それで日本の情報省と、ナヨ閣下か……変な組み合わせだと思ってたけど、それなら話は繋がるわね……その話、私も聞いておいて良かったのかも」

『まあ確かに外交案件に発展しちゃったときは、智子達の出番だもんね』


 うんうんと頭を縦に振る智子。するとヴェルデオが


『ではメイラ。もう既に私の方から彼の方には話を通している。すぐに行きなさい』

『ええ、わかったわファルン。じゃあまたね』


 抱擁するメイラとヴェルデオ。智子とも握手。

 部屋を出ると着物姿が美しいエルディラが待っていた。彼女とも抱擁する。

 そして二人はナヨクァラグヤのいる議会区画へ。

 

 ナヨ陛下ではなく、今はナヨ閣下だ。その閣下はカミングアウトした後も、ヤルバーン議会進行議長の役職を任されており、議会の重鎮様であったりする。

 白熱し、生の感情で討議しそうになる議員達を諫めたりと、その議会を仕切る能力はずば抜けて高く、定評があった。それと何より聖地日本にあるヤルバーン州議会自慢の華である。彼らの誇りでもあった。



『……キ、緊張するわネ……』

「わ、私も……」

『服装、大丈夫かな?』


 メイラと智子。お互い服装をチェックしあう……とりあえず問題なし。

 扉をノックするナヨ閣下の秘書。


『ファーダ。情報部のケラー・メイラと、外務局のケラー・セトがいらっしゃいました』


 少し距離のある声で


『わかりマした。お通ししてくだサイ』


 そう言われて秘書に促され、部屋にはいる二人。

 カキコキのロボットダンスみたいになって入室する。

 メイラ主観では、なんせフェル以上の生き神様で再誕者な帝のご遺志様だ。

 智子主観では、もうそりゃかの竹取物語のモデルになった方の一〇〇%再現者な方である。未だに地球人の理解が及ばぬ存在だ。無意識に、極めて霊験あらたかな存在と構えてしまう。


『これは、よくいらっしゃいましたネ』


 大きな執務机の椅子からすっと立つは、何か高貴な法衣のような衣装を着たそら美しいフリュであった。

 一〇年前ぐらいのナヨは、まだその存在を秘匿されていたために肌の色を当時その仮想生命能力で水色にして、世を忍び生活していたが、カミングアウトしてからは、元の体色であるポル並みの真っ白に、極彩色の羽髪姿で生活していた。そしてその市民登録名も皇族名ナヨクァラグヤ・ヘイル・サーミッサとは別に、フェルと同じく


『はじめまして。妾がナヨクァラグヤ・ヘイル・サーミッサ。今はナヨ・ヘイル・カセリアを名乗っておりまス』

『はっ! 私はメイラ・バウルーサ・ヴェマ連合防衛省情報部調整官トゥラ・キャスカーであります!』


 パシっと敬礼するメイラ。コクリと頷くナヨ。


『そして……貴女は……』

「はい、連合外務局日本分室部長の瀬戸 智子と申します閣下。初めてお目にかかります」


 深々とお辞儀する智子。


『セト……セト……どこかで聞いたことが……』


 ナヨは瞑目し、記憶データベースを検索する。

 

『記録にありましタ。一〇年ほど前に、当時のカシワギ大臣からお聞きしたことがありまス……確か、治外法権区で有名な飲食店のお嬢様……ではないですカ?』

「は、はい……確かにその通りですが、よ、よくご存知ですね」

『ウフフ、あのお店には何度かお忍びで、フェルフェリアに連れられて行ったことがありまス。カツカレードンが美味しゅうございました』

「あ、そ、そうでございますか、あ、あはは……」


 やはりフェルは本物だったということだ。

 まさかかぐや姫のモデル様が、父のカツカレー丼をご賞味あそばされていたとはと。


『それだけではありませぬ。貴女と、フェルフェリアやカシワギ長官とのえにしもお聞きしています』

「え!? そ、そうなのですか!?」


 コクンと頷くナヨ。柏木が自分の事、おそらくあの時の事件の思い出をナヨに話していたのだろう。それがちょっぴり嬉しい智子。それにフェルが、多分日本人モードでこっそり店に二人して来店していたかと思うと吹き出しそうになる。おそらくその時は、一般人に交じって二人して並んでいたのだろうと思う。

 そんな自己紹介もそこそこに、メイラはナヨに本題を話す。


『ファーダ。早速でございマスが、この度お伺いさせていただいたのは閣下のご意見を伺いたいためでございまして、ご協力をよろしくお願い申し上げたく』

『ハイ、その件、ヴェルデオ知事と妾の夫……、あいえ、ニイミ次官より伺っております。少々深刻な内容ですネ』

『はい……』


 するとナヨは少し智子に視線を向けて、言葉を選ぼうとすると


『あ、閣下、セト部長には既に一連の事件概要は、私の父の権限でお話しております。彼女は私の友人で、信頼できる連合官僚ですから大丈夫でございます。恐らく場合によっては外務局の管轄に入る可能性もありますので』

『わかりました』


 ナヨはそういうと二人をゆったりとしたソファーへ誘う。ナヨはとっておきの日本茶を茶葉から入れて、二人に差し出す……いい香りの宇治茶のようだ。智子は慣れたその香りにホっとし、メイラは実のところ初めて飲む日本茶の味に、不思議な旨さを覚える。


 さて、宇治茶で一息ついたところで、本題を話し始める三人。その内容は……


 メイラが今回日本に来る前の話。地球時間で考えると、ほぼ一か月ほど前まで話は遡る。

 イゼイラで、ある事件が起きた。その事件は殺人事件である。イゼイラで『殺人』というと、それは相当に大きな事件だ。というのもティ連―イゼイラではとにかく人が死ににくい。医学が相当に発達しているため、その死亡判断基準が地球と相当違う。脳の活動が止まって心停止すれば「死」というわけではないのだ。

 これはどういうことかというと、即ち遺体の死後経過時間が相当に長いという事を意味する。即ち遺体が隠されていた事件ということだ。計画的殺人である。

 で、その遺体の身元はすぐに判明した。その人物は取り立てて有名人だというわけでもなく、また何か顕著な業績を残した人物というわけでもない。いたって普通の一般市民だ……ただ唯一、他のイゼイラ市民と違う点は、日本渡航経験者であるという点と、ヤルバーンに家を借りている点だった。職業は二等エンジニア。偉いさんというわけでもない。

 イゼイラでは物盗りの犯行という線はまずありえないので、怨恨か突発的感情による殺人か、そんなところだろうと思われた。

 だが、事はその事件発生直後に起こる。

 なんと、その同様の人物が、地球―日本行きの便に搭乗したという記録が発見されたのだ。

 内務省空間保安局はすぐに運行中のその便を停船させ、徹底的に船内を洗い、その同一人物を探したが……結局見つからなかかった。

 船はそのまま日本へ渡航することになったのだが、それからまたおかしな事件が起こり、今度は船内で殺人未遂事件が起こった。

 その定期便が、ヤルバーン軌道ステーションに到達し、乗客を全て降ろした後、次にイゼイラ行きの乗客を乗せ、帰国しようとした時、火星ディルフィルドゲートをくぐった直後、機関部を検査中のダストール人技師が、瀕死のイゼイラ人デルンの乗客を機関部の奥の方で発見したのだ。しかもその乗客には対探知偽装が施され、船内保全センサーにもひっかからないよう細工されていた。

 被害者乗客も瀕死で心肺停止状態ではあったが、イゼイラ的な蘇生技術時間にギリギリ間に合ったので一命を取り止める事ができた。無論その被害者は何日も絶対安静面会謝絶で入院しなければならなかったので、事情聴取を行うには相当の時間を要したが、問題はそこではなく、なんと……この乗客はヤルバーン州に入り、その後日本国に一時入国し、ヤルバーン州と日本を行ったり来たりしているという事実がわかったのだ。


 その不可解な人物の情報を得た情報省新見次官と白木連合局局長は、同じ情報省外事局局長の山本らと共同でそのイゼイラ人の足取りを追ったが、ヤルバーン州内のある時点からぷっつり足跡が消え、その後の消息が負えない状態になっていた……

 

 ……と、そんな事件の経緯を話すメイラ。

 智子も先ほど概要は聞かされたが、改めてもう一度その詳しい話を聞く。


『ナルホド……概要は妾も聞いておりましたガ、そなたが妾に面会を申し出てきた理由。その犯人像の可能性を妾へ問いにきたわけですね』

『はい閣下。そういうことでございます』

『ふむ……』


 ナヨはそうきたかとばかりに腕を組んで、コクコク頷く。そしておもむろに立ち上がり、何気に壁にかかっているイゼイラ絵画を眺め見る。


『閣下。閣下のデータベースに「シレイラ号事件」というデータはございますか?』

『あい、ありますよ。かの時に、時事を学習するため記憶しましたが』

『はい。今回の事件、あの事件に類似する点が一点ありまして』

『……行方不明者……ですか?』

『ハイ。そして私が閣下へお目通りを願い、その見解をお聞きしたいという理由……』


 ナヨは瞑目した後、その言葉の後をメイラの代わりに続ける。


『その犯人は……ガーグ・デーラの可能性がある……ということですね……』

『はい……』


 智子も改めてその詳細と、メイラとナヨの問答を聞き、唾を飲み込む。

 もしかしたら聞いてはいけない。いてはいけないところにいるのではないかという感覚に襲われる。

 だが、女性特有の好奇心というわけではないが、その謎めいた話に魅了されもしていた。


『ナルホド……それで妾ですか。確かに妾ならその可能性を推察できますね。それでキイチも妾に会えと?』

『はい。その可能性をお尋ねするなら貴方しかいないと。ファルンも同じことを言っていました』


 するとそこで智子が思わず口をついて質問してしまう。


「ち、ちょっと待ってメイラ。私もイゼイラへ留学した時、秘守義務付きでそのガーグ・デーラっていう連中のこと習ったけど、それがナヨ閣下と何の関係があるの?」

『わからない? トモコ』

「え? わからないって……ナヨ閣下って、だいぶ前にその存在を公表なされた時、なんでも『仮想生命』っていうゼル技術で存在されてる人工亜生命体って話をお聞きしたことはあるけど」


『それで?』と智子を誘導するように問うメイラ。まるで勉強した知識を復習させるかのような彼女。


「え? それでって……あ、そうか! 確かそのガーグ・デーラもその人工亜生命体だから、その繋がりで?」

『ウフフ、その答えなら八〇点ね』

「なによぅ、その微妙な点数はぁ」


 メイラと智子の掛け合いに思わずクスクス笑うナヨ閣下。


『実は……』とメイラが答えを言おうとすると、ナヨが平手で制し……

『そこからは妾が教えてしんぜましょう』


 コクと頷き、メイラは下がる。


『トモコ。妾の体を構成するその基幹技術は、そのガーグ・デーラとやらが使っていた技術なのですヨ』


 一瞬の沈黙な智子。その後「えええええええ!」と叫び、手で口を覆う。

 そう、ナヨさんのお体は、かの時ぶっちゃけ『いいもん見っけ』でガーグ・デーラ技術をパクってティ連技術でパワーアップさせた素体であり、また現在に至るまで、ティ連で唯一無二の存在なのだ。


「そそそ、そうだったんですか!?」

『あい。一般には連合が試作中の人工亜生命技術という名称で呼称されている、生命科学の技術とされていますが、この情報はダミーです。実はそういう事なのです』

『ちーなーみーにトモコ。このナヨ閣下の秘密。秘守義務レベル10だから。そういうことで』

「はぁあああああああ? 10っていったら漏洩罪適用されて生体機能停止刑対象じゃないの!」

『ニホンじゃ懲役一〇年だっけ?』

「もぉうぅぅぅぅメイラァァ……なんってこと教えてくれるのよぅ……」


 はぁぁぁぁ……な智子にナヨが慰めに入る。


『ウフフフ、妾もそなたを信用して話しています。確か、そなたが経験した父君の事件。あの時でも最後までイゼイラ医学についての日本政府が課した秘守義務を守り通したという話ではないですか』

「はい、まあ、そうでございますけど……」

『ならば大丈夫です。これで妾とそなたも機密友達ですよ』


 そう言いながら智子の背をポンポン叩くナヨ。

 ってか、この方、一応日本人としては霊験あらたかな、かぐや姫様の思念体ともいうべきお方だろうと思うが……言葉遣い以外は至って普通のオバチャ……いや、お姉さまではないかと……見た目は今のフェル副総理と同じぐらいの歳みたいだし。でも実年齢一〇〇〇歳超え……


 と、場を和ませて緊張を解く会話も少し織り交ぜつつ、本筋へ話を戻すメイラ。


『で、閣下。そういうことなのですが……閣下の見解をお聞きしたく思うのですが』

『はい。話を聞くだけでは、可能性という点でしかお話できませぬが……』

『はい。なんでも結構です』

『確かに、仮想生命のガーグ某の仕業ということは十分考えられます。ただ、妾のデータベースを調べるに、ここまで彼の者が具体的な行動を、あからさまに起こしたのは初めてのようですね』


 ナヨは薄目を開けながら自分のデータベースや、ティ連の量子ネットワークを検索しつつ話す。


『そうなのです。確かに、以前イル・ジェルダーへストルらは、かのヤルマルティア外交が大きく進むきっかけになった「カグヤの帰還」作戦以降、情報の漏洩を疑わせる事件が目立って起きたので、連中の間諜がティ連に潜んでいるのではと調査させていたようなのですが……』

『特に成果は得られなかったと?』

『はい……』


 すると智子も少々知ったかの知識で


「それってポルさんの発明したさ、キグルミを使った反体制テロとか……」


 そういうとメイラ首を振り


『トモコ、それはないわ。ポルタラ局長の作ったキグルミシステムは、あれ見た目すごいんだけど、本当見た目だけだから。あんなの連合の探知システム使えば一発でばれるわ。実際ポルタラ局長は、連合各国の省庁にキグルミシステム犯罪使用防止のシステムも渡してるし』


 すると、ナヨが横から


『タダ、例外もありますが』


 その言葉にメイラも頷く。智子が「その例外とは?」と問うとナヨは……


『それは……妾がキグルミを使った場合ですヨ』

「え?」


 どういうことだと智子は首を傾げる。

 するとナヨは、件のナヨ特有のキグルミを使った形態変化の特徴を説明する。

 そう、その生命機能からして変化させてしまう能力だ。

 それを聞いた智子は


「ほ、本当に……そ、そんな事が……」

『ハイ。妾がキグルミをもらった時、この仮想生命素体へ最適化させるため、システムを改良したのです』

「ということは、もしその犯人がガーグ・デーラだったら、同じようなシステムを使用している可能性があると?」

『ご名答。だから、ナヨ閣下のご見解を伺いに来たのよ』


 なるほどと大いに納得する智子。

 ただ、この話もまだ可能性にすぎないということを付け加えるメイラ。なぜなら、その定期就航便内で起きた殺人未遂事件以降、取り立てて騒ぎも起きていないためで、まだなんともいえないからだと話す


「でも、警戒だけはしておいたほうがいいんじゃ……」

『そこは大丈夫。もうその体勢には入っているから』

「え? でも外はそんなに物々しくなかったわよ」

『それはあとで説明してあげるわ』


 するとナヨが


『さて、その件も大いに心配ではありますガ、今できることはやっているのでしょう? ならば妾達は待つしかないでしょう。焦ったところで仕方がありませぬ。ということで、お食事にでもしましょうか。お腹がすきませぬか? もう良い時間でしょう』


 そう言うとナヨは、執務室奥の迎賓食堂へ二人を誘う。

 するとナヨ議事進行長様お付きの給仕が、食事を用意してくれていた。

 で食事の方も、イゼイラ人といえばカレーライス……ではなくて、今日はイゼイラ料理のコース。但し、ナヨさんの趣向もあって、どことなく和風懐石っぽいイゼイラ料理だったり。

 それをおいしく頂く智子とナヨ。食器はお箸だったり。ナヨさんの箸使いはもう堂に入ったものだ。

 メイラはちょっと箸が苦手。なので箸の後ろにゴム状の補助具をつけて食べていた。


 イゼイラ料理には生食物もある。それを刺身風に盛り付けられたり、イゼイラの食用種子を利用して。豆腐のようなものを作ってみたり。他、それで味噌のようなものも作ってみたり。

 話では、全部ナヨが手作りで作ったものだという。


 日本における味噌の歴史は、じつのところ意外に古く、弥生時代にはその製造の痕跡があったということがわかっている。ただ、現在使われている味噌の原型は、奈良時代であり、ナヨ閣下も味噌を昔々自分で作ってたことがあったのかなと、智子はそんな妄想を頭の中で描いてみたり。

 豆腐は平安後期から鎌倉時代という説が有力なので、予想されるナヨが生きた時代とちょっと合わない。

 これはナヨがこっちで覚えたものなのだろう。なんでもナヨの伴侶が好きだから作り方を覚えたのだという。


「あのー、恐れ多いのですが、その伴侶の新見次官のことなのですけど……」

『はい? 何でしょうトモコ』

「ナヨ閣下ってその……真に失礼ですが、その……仮想生命ですよね。その状態で、婚姻が成立するのですか?」

『そのお話ですか……もちろんニホン国では成立させられませんでした』

「やっぱり……」


 日本では、人に準じないものの婚姻は前例がないとして、現在ナヨのような知的人格存在との婚姻が成立するのかと法務省あたりがすったもんだと議論中であった。

 なんせナヨ『陛下』の問題が発端である。お忍びで日本の『陛下』とも会った存在だ。その扱いをどうしようかもう法務省もてんやわんやの大騒ぎだったりする。

なので日本国法で新見とナヨの婚姻関係は現在保留中なのであるがイゼイラでは合法とされるそうなので、イゼイラで籍を先に入れたという話。

 籍は去年入れたのだそうで、それまではずっと内縁の妻状態だったそうだ。


『え? そうなのですか。またなぜに去年というお話に?』


 もうもっと前に籍を入れたと思っていたメイラ。


『ええ。ちょっとキイチと話し合って、ある作戦を考えていましてネ。ウフフ。それでニホン国の法もクリアしてしまおうと』

『作戦、ですか? どのような?』

『それは秘密でス。今は言えませぬ。その時のお楽しみです』


 と言いつつ、実はどんな内容なのか聞いてほしそうな目のナヨ。そこはお約束である。メイラはフっと笑うとそのお約束通りに


『そんな事言わずに、ヒントだけでも閣下』

『そうですかぁ~? ではヒント……協力してくれているのはサマルカ人の方々でス』

『は? サマルカ人?』


 あまり期待していなかったヒントだが、そのサマルカ人と言う意外なヒントに「なんだそりゃ?」と首をかしげる。


 と、そんな感じで楽しく女子三人で食事会。ナヨも今はナヨクァラグヤという人格でありながらも別人格のナヨさんでもあるという事を心地よく感じているらしく、現世の生活をとても楽しんでいるという話。仕事もやりがいがあるし、好いた者とも共に過ごせるので再誕できて良かったと話す。

 だが智子もよくよく考えたらこの御仁、とんでもない事をおっしゃってるなと思う。

 なぜなら、普通に『再誕』やら『別人格』やらと、こんな話題日本国内の、智子の友人相手にやったらどんな顔をされるかという話である。多分、おかしい人を見るような目になるだろう。

 でも、これもティ連と関われた自分の特権と思えば、それはそれで面白いかなとも思う智子。微笑を浮かべて不思議な縁で結ばれたナヨとメイラの顔を見る。


 さて、時間もほどほどに経ち、ナヨの元を去る二人。

 ナヨはいつでも遊びに来なさいと二人を見送る。

 トランスポーターを呼び、日本治外法権区、即ちヤルマルティア島まで走らせる。


 トランスポーターを降りると、メイラは周囲の何かを確認するかのように辺りを見回す。

 そのキョロ目なメイラの挙動に気付き、訝しがる智子。


「ねえメイラ。何をそんなにキョロキョロしてるの?」

『うん……さっきの話だけど……』

「……」

『トモコ。これを見て』


 メイラはVMCボードを造成して少し人目をはばかるような仕草で智子にそれを見せる。


「?」


ボードを覗くと、どうやらヤルバーンの周辺地図とおぼしき図面に、赤い光点と青い光点がたくさん輝いているのがわかる。


「これは?」

『この赤い光点は、 今この周辺に展開しているメルヴェン隊員と、トッキジエイタイ隊員よ』

「え! こ、こんなにもたくさん?」


 その数、人口密度的な事を言えば、ところどころ場所によっては一般人より高かったりする。

 ただ、周囲を見回しても、全くそんな雰囲気はない。

 至って普通の日本人観光客に政府職員、この繁華街の従業員のよう。ティ連人を見ても同じくそんな感じで、何か特別な仰々しい連中という雰囲気の人物はいない。

 それどころか、赤い点がくっついて二つ光る場所を見てみると、どう見てもイゼイラ人と日本人のラブラブカップルにしか見えなかったり……こいつらは違うんじゃないのぉ? と思う智子。

 だが、言えることは只一つ。


「これって、もしかしてさっきの話の……あの?」

『ええ、あの事件を警戒しての事よ。最悪は想定しておかないとね……もしガーグ・デーラだったらえらいことにいなるワ』


 この一〇年後の世界でも、ガーグ・デーラの存在はまだ秘匿されている。いや、正確に言えば公表はされた。だがあくまでその存在と活動範囲は、ティエルクマスカ銀河ないしは特定宙域の話で、地球圏は活動範囲外のテロ集団ということにして公表した。

 かのドーラのような仮想生命という概念の兵器を扱う連中だという事は公表されていない。

 更に言えば、この一〇年たった世界でも今一つ連中が何者かイマイチ良くわかっていない。


 そういったところなので、この地球にやってこられるのは正直マズすぎる事態になってしまう。

 確かにナヨがあの体を持つきっかけになったドーラヴァズラーは、柏木や当時のダル司令の一計で演習用のネタ扱いでなんとか済ませられた。

 いかんせんあのドーラヴァズラーが、ナチやソ連の廃品を体にくっつけてくれたおかげでネタ扱いで済んだのだが、今回はそういうわけにはいかない。

 もしこの被疑者、所謂一連の殺人と、殺人未遂の犯人であれば、ティ連としても初のヒューマノイド型ガーグ・デーラとの接触ということになる。

 この接触が現実のものとなれば、かのシレイラ号事件や、数々の情報漏えいとおぼしき事件等々、この存在が元凶であるという合点を得ることができる。これはティ連世界の安全保障上、かなり大きい成果につながる事は確実だ。

 だがそうはいっても、現状は被害者の皮を被った存在。つまり保安センサーにも引っかからないその存在をそういったヒューマノイド型ガーグ・デーラといった風に状況証拠的にそう推測しているだけの話で、実際はどうなのかサッパリさんなところもあるのだが、どっちにしても残虐な相手であるのは確かで、このヤルバーン州に潜伏している可能性は高い。

 特危陸上科隊員やヤルバーン州軍に自治局総動員で、静かに、かつ強力な警戒態勢を敷いていた。


「ここまでの体制と、事件の話……知ってしまった私はあなた達にもマークされる存在になったってわけね」

『まそういう事ね。今更だけど、ゴメンって言った方がいい?』

 

 そう言うと智子は手を顔の横で降って


「別にいいわよ。顔突っ込んだの私の方だし……ふぅ、ま、仕方ないわね。これ以上今日は貴女にお付き合いしないほうが私の為かしら?」

『そうネ、これ以上は確かにネ……でも……もしかしたら連合外務局にも話をしにいかないといけないと思うから、その時はよろしくねトモコ』

「ええ、わかってるわ。もしその時が来るのだとしたら……」


 メイラは「もしかしたら」と言葉を濁したが、その意味は「最悪の想定」である。

 その最悪の想定とは……




 ………………………………




 ヤルバーン州内、行政府区画。州立資料館。

 この場所がヤルバーン調査局現在の本拠地である。

 数年前までは、ヤルバーン行政区の政府庁舎にその本拠地があった調査局だが、ヤルバーンタワーが規模を相当大きくし、自治国化した現在。各政府局は螺旋階段状に連なる人工浮遊大地。通称「島」に拠点を分散させ、規模を大きくしていた。

 調査局もそれに準じており、これまで調査局が収集した資料を展示する大型資料館内にその拠点を構えていた。

 リビリィは「ポルが地球世界の、他地域国家の調査も見据えて調査局も規模を大きくする」と言っていたが、現調査局局長のポルタラ・ヂィラ・ミィアーカはこの資料館を博物施設にして地球世界全ての資料を調査し、網羅できる組織にしようと頑張っていた。

 つまりポルは、この地球にやってきたティ連人が、この惑星と地域国家の構成をヤルバーンでティ連人の視点から評価した形ですぐに把握できるよう、博物施設と調査局を一体化させて運用できる組織にしようとしているのであった。


 あの運命の時に女性自衛官からもらった伊達眼鏡を今も大事に付けているポル。

 ポルも今や見た目三十路のフリュになっていた。ちなみ彼女も結婚している。結婚したのは一昨年前で、まだまだ新婚さんだ。お相手はダストール人デルンという話。そのダストール人デルン。ヤルバーンが地球に飛来した当時、三人しかいなかったダストール派遣員。つまりシエにリアッサそしてもう一人いたデルン派遣員で、ポル同様ヤルバーン古参職員の一人だ。当時はセマル同様自治局主任の一人で、現在は元の所属に戻り、防衛総省中佐になり、ヤルバーン州軍に配属されている。ってか、実はリビリィの紹介でお付き合いを始めてミィアールと相成った。

 当時のヤルバーン関係者も相応に色々歳も食ってそんな立場にどんどんなっていく。


「ふぅ、今日はこんなところかな?」


 トントンと何やら書類を整えて、資料室で一仕事終える彼女。

 その書類は、何やら雑誌の束のようだ……英語で書かれたもの、中国語、スペイン語。いろんな言語のストリートマガジンである。

 ポル曰く、こういう大衆雑誌を調べると、その地域国家の風俗や世相がよくわかると、こんな世界中の雑誌を日本の外務省。つまりフェルに頼んで取り寄せていたのだ。

 ということはポルの読書量、常に半端ないということ。


 資料館奥にある調査局局長室から出てくるポル局長。部屋のセキュリティかけて今日はご帰宅である。

 ポルさん。旦那さんとの愛の巣は、日本国内にある。ポルに限らず、リビリィもそうだ。

 所謂柏木がらみなティ連人さんは、みんなあの時日本国籍を取得したので、日本に住んでいる人が多いのだ。

 リビリィにポル、シエにリアッサ。ゼルエにシャルリ。そしてヘルゼンにセマル。ヤルバーンに住んでるといえば、ジェグリにヴェルデオ、オルカス、ジェルデア、かっちー、パウルぐらいなものだろう……ちなみにパウルかんちょは転属になって現在はヤルバーン州軍所属である。

 ナヨ閣下もヤルバーン州に住んでいる。ということは旦那さんがこっちに帰宅しているという寸法。



「おつかれさまです~」

「お疲れ様です」

「オツカレっすー」


 そんな感じで部下に声かけられるポル。

 皆に笑顔で今日の仕事は終わり。旦那誘って今日は『瀬戸かつ』にでも行ってカツカレー丼でもたべていこうかなと。でもポルさん。カレーは大好きだが、ちと困るところがあって、いかんせん全身真っ白な超絶色白肌なもんだから、カレーのルーが体についてしまうと結構目立つのだ。なのでハンドバック覗いて紙前掛けの在庫をチェックしたり……って


(あ、オサイフを忘れちゃった。これはいけない)


 ヤルバーンにいると金など必要ないので、ついぞ財布をどこかに置きっぱなしにしてしまう。

 こればかりはティ連人の性である。ほとんどのティ連人が貨幣を使うことなぞそうそうないのであるからして。ほんと瀬戸かつか、ぼだ~るでメシ食う時ぐらいなものだ。


 ポルが来た道を戻る。

 資料室のロビーをコツコツと歩く。もうほとんどの職員が退館してもういない。

 薄暗い廊下を戻って再び局長室の扉を開け、財布を探す。

 すると洗面室の洗面台に置き忘れていたようだ……「ああ、あったあった」とホっとしながら財布をハンドバックにいれ、再び局長室を出る。

 また資料室廊下を玄関に向かって歩く……


 すると……何やら人影が見えた。デルンのようだ。


(? まだ残ってる人がいるのかな?)


 ポルはその人影が消えた方へ歩みの方向を変える。


「まだだれかいるのですか~?」


 大声ではないが、消えたとおぼわしき場所あたりで声を出して「誰か」と確認する。そこは手洗いの近くだったが誰もいない。

 首をかしげて(まぁいっか)と思いまた玄関へ向かって手洗いに背を向け歩こうすると…………



「!!!!」


 ポルは首に何かが急に巻き付いたような感覚を覚える!


「あか……ああああが!……かはっ!」


 即座にその巻き付いた何かを排除しようとするが、食い込みが素早く、外せるものでもない。

 目を充血させ、なんとか後ろを見ると、中年のイゼイラ人デルンのようだが、背中から蛇腹状の触手を出し、その何本かがポルに絡みついてきた!


「う、ウウウウウっ!……(あ、痛っ!)」


 何か首筋に打ち込まれたような痛みを覚える。だがポルも黙ってはない。拘束されかかりつつも手にブラストガンを造成。その触手と、まるでアナコンダにでもからまれ格闘するようなサマでなんとか抵抗しつつバシュバシュ! っとブラストガンを触手状の物体へ命中させる。

 刹那、館内の警報装置がけたたましく鳴り始める。ポルの放ったブラストガンの発射エネルギーに反応したのだ。それはそうだ。こんな政府の重要施設でブラストガンなんぞぶっぱなそうものなら警報が反応して当然である。ポルはその点も見越して、堂々とこの場所でブラスターのトリガースイッチを押した。


「ゴホゴホっ!」


 触手から脱出したポルは、よろめきつつも数歩下がり、その不気味なイゼイラ人デルンに向かってブラストガンを構えるが……


「あ、あ……レ?……」


 急にめまいをもよおし、その場にへたり込んで倒れてしまう。


「あ……あ……」


 ポルは自分の手を見ると。何か配線上の物体に体が呑み込まれていくのを感じた。それは……ゼル端子だった!


 ポルはマズイと思いつつも体に力が入らない。だが、ゼル端子に体が覆われつつも、少し違うのは、支配され強制的に使役されるような感じではなく……何か体の精気を奪われ、コクーンのように拘束されていくのを感じていた……そして眼の前の空間が一瞬歪む。


 気を失いそうになりつつ、ポルは相手の顔を目に焼き付けようと意識を必死でもたし、敵の顔を凝視する。するとなんと!


(!!! あ、あれは……わ……た……し……?)


 彼女が見たものは自分の姿だった。

 必死で意識を保たせていた彼女だったが、それを見て一気に気を失う。そして顔から血の気がどんどんと引いていく……



 警報がけたたましく鳴り響く中、ポルに化けた敵は悠々とその場を立ちさる。

 後に残されるのは、探知偽装をかけられ、配線をぐるぐる巻きにされたような繭状のポル。


 彼女に人生最大のピンチが訪れる。

 


 


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