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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
銀河連合日本外伝 Age after
88/119

銀河連合日本外伝 Age after ― 因果継命 ―  第一話

 今回は、リクエストの多かったエピソードですw


 数話を予定しております。お楽しみ下さい。

 

 ~西暦二〇二云年。ティエルクマスカ銀河共和連合・日本国。

 日本国が連合加盟してから、一〇年後の世界を少しだけ覗いてみる~

 

 相模湾上空に浮かぶヤルバーン州軌道タワーは、あの一〇年前の超背高ノッポな天をつく如意棒のごとき高い高い塔から、拡張に拡張を繰り返し、今では塔のタワー部を中心として螺旋階段のように小型の浮遊大地が塔の周りをまとい、かの一〇年前のヤルバーンタワーと比較すると、立派なイゼイラ風な建造物となって、人口も「州」の名にふさわしい、もう今や文句なしの自治体と化していた。

 この部分だけでいえば、一九六〇年台か七〇年代かの少年雑誌に描かれた『未来の地球はこうなる!!』とかいう特集挿絵の如く。これでチューブ状の列車でも走っていれば雰囲気満点なところだが、流石にそこまではいかない。


 ということで現在相模湾にあるこの場所は、ヤルバーン州が日本から借り受けている租借地ではなく『交換地』という言葉で日本国と約定を結んでいた。

 交換地。つまり、この場所をイゼイラ共和国に譲渡したという形になっていると考えて良い。

 といっても、元々無償租借していたので連合国家となってしまってからは、事実上あの場所はイゼイラへ譲渡したみたいな感じになってしまっていたのだが、イゼイラ側もそれは十分承知しており、当時のサイヴァル議長は『今のヤルバーン州は、もう租借という範囲を超えている。まるで我が国が日本へ進駐しているみたいではないか』と懸念をした結果、イゼイラ側はこの懸念を地球世界から払拭するためにとあるトンデモな策を講じた……これがまた日本政府の役人連中が熱にうなされたり、痔になったりしそうな提案で困ってしまったわけであったり……


 その内容は、日本と『領土交換条約』を締結し、なんと! イゼイラ星間共和国領内にあるテラフォーミング環境実験惑星として使用されていた無人の地球型惑星を、相模湾のあの場所と交換しようと言い出してきたのだ。


 その言葉を聞いた当時の日本政府関係者はあまりの申し出に、


『ちょっとマテ 流石にそれは 違うダロ』


 と五・七・五になりそうな感じでサイヴァルに一考を願ったのだった。

 だがサイヴァルも、何も考えなしにそんな事を言い出したのではなく、ティエルクマスカ銀河内に日本国の自治体があって欲しいと多くのティ連加盟国国民が望んでいるとの事もあり、日本の自治体をティエルクマスカ銀河内に一つ作ってくれないかという要望もあっての事であった。


 無論日本はそこまで言われたら、このイゼイラの申し出を断る理由もなく、条約を締結。現在の日本は、イゼイラ共和国本星のあるセタール星系内に惑星という形で領土を一つ持つ国となってしまっている。

 その星の名は、現在『連合第二日本特別自治体』略称『第二日本』と正式に呼称されている。

 これに加えて火星の領有地区。現在は『連合日本国熒惑けいこく県』と正式に命名された地に、人工亜惑星レグノスに設置された治外法権地区。これも現在は『連合日本国レグノス県』という自治体になっているわけだが、こんな形で、実は純粋な『領土面積』だけで言えば、日本は地球で最大の領土面積を持つ国家となってしまった。もう『小さな島国』などではなくなってしまったのだ。それどころか地球以外の場所に領土を持つ国になってしまった。

 しかも宇宙条約とやらにも抵触しない合法的な領有地だ……すごい時代になったものである。

 とはいえこの第二日本。まだまだ開拓はこれからの星で、住人は人工大陸パーツ三つ分の浮遊大地にネイティブ日本人にティ連人系日本人合わせてまだ五万人ほどが駐留しているだけである。


 元々この惑星、数千年前は不毛で水星のような岩石惑星だったそうだ。イゼイラの科学史的には著名な星でもあるそうで、この惑星。ハイクァーンを利用した各種テラフォーミング実験にかなり長い間使われた実験惑星だったそうだ。今はその役割を終えて、人工ながらも自然豊かな無人惑星となってイゼイラのテラフォーミング技術史を記念する記念碑的に放置されていた星なのだそうな。それを放置させておくぐらいなら、この星と相模湾のあの場所を交換しようという話で、かような形になった。

 彼らイゼイラ人からすれば、今やあの相模湾のあの地とタワーは、こんな惑星一つと同じ価値を持つ場所になっているということでもある。所謂『価値観』というものだ。

 日本政府としても、イゼイラ共和国内に飛び地として日本領を持てるというのは行政上の利便性も考えれば大変ありがたい話であり、更にはもっと先の未来を考えた場合、地球外の惑星に日本人だけではなく種としての『地球人』という規模で移住を考えた場合の地としても、地球全体の安全保障上重要な場所として視野に入れているのだ。従って現在の日本政府はこの場所を日本国民だけ、という視野では考えていないのである。


 そしてこれを契機に現在、日本国では極秘中の極秘事項として進められている、ある計画が存在する。

 それはこの第二日本に居住する『地球人』を選ぶ計画である。

 なんせ高度な倫理観を持つ人々が住むこの地である。ティエルクマスカ銀河に住む人々は正直な話『アホ』では困る。

 変なイデオロギーを持った民族主義者みたいなのでも困るし、更に言えば平和が大好きな『話し合い』で神羅万象全ての問題が解決すると思っているような、おめでたいヤツも困る。

 いつまでも七〇年も前の事に謝罪を求めるような、人のモノでも自分起源にしたがるような連中も困るし、地球世界の標準的な常識が欠落しているような、中心思想の、国を愛すれば何でも無罪になると思っているような人間なぞ論外である。

 間違ったことをしても絶対に謝らないような倫理観の連中も困るし、たった一つの神を信奉して、他を邪教として扱う排他的なコミニュティーを作るような連中もダメだ。

 無論、日本国民は連合国民でもあるので自由な旅行が許可されている点、いかんせん自国領なのでその点は特別依怙贔屓だが、その日本人でも、『住む』となれば話は変わってくる。日本人にだってアホは沢山いる。


 一件すると『選民思想だ!』と、こんな問題が大好きな人権派弁護士が大喜びしそうな話であり、ばれたらそれこそ政権が速攻で消し飛ぶような事案ではあるが、実際問題もし、もしである。地球という惑星で人類の危機存亡な問題が起こった場合、この第二日本のような場所へ人々を脱出させるとなった場合、これ全員というわけにはいかないのが現実の問題なのだ。

 いかんせん他人様から交換してもらい、その軒先を信用で頂いたような場所だ。ご近所に迷惑をかけるわけにはいかない。

 この星に住む地球人。まずはイゼイラ的に聖地であってほしいのであろうし、そうなると日本人が主体に当然なるのだろうが、それでもこの星に定住する日本人なり地球人の、百年単位先な未来を考えると、この星の住人もいずれはいろんな血と交わって『第二日本民族』とでもいうべき独立した民族種族になっていくだろう。そう考えると、最初が大事である。

 なので、少々選民思想だのなんだの言われようとも、初っ端に出来のいいのを投入しないと後で失敗する。そこが難しいところだ。


 今から一〇年前、かの地球、中東で一時期猛威を振るった一神教信者を騙った国家を名乗るアホ集団が大暴れした時、その狂った教義による迫害を恐れて中東の問題のある国家から大量の難民がヨーロッパ地方へ脱出した事件があったが、その人々を『難民』として『人道的』に助けてしまったばかりに、ヨーロッパで何が起こったかといえば、その一神教信者が自分達の教義倫理観を助けてもらった国で掲げてしまったが故に起きた民族の衝突と、宗教、ナショナリズム思想の対立と、差別だ……困った話である。正直、これを完璧に解決する策など、はっきりいって……ない。

 なのでこの一〇年後の世界でも、この問題は欧州各国の移民問題として未だに尾を引きづっており、その移民の子孫が増え、コミニュティが拡大してしまっているがゆえに更に問題が別の方向へと悪化している現状だったりする。


 こういう問題を第二日本まで持ってくるわけにはいかない。『決して持ってきてはいけない』のだ。

 そこから何かいらぬほころびが生じれば、地球人の恥である。

 従って……この場所に定住できる人類は、正直相当限られてくるだろう。 

 当然そういう事も視野も入れるということは、これまた相応の国益も考えることができ、外交カードにもなるという事でもある。こういう『綺麗汚い』のやりとりが外交だ。ある意味これが普通なのである。


 ただ一つ大きく言えることは、いずれ遠い未来、地球に存在する日本以外の各陣営も、痛し痒し言いながらも意志を一つにする時が来るであろう。この交換惑星『第二日本』は、その時に真価を発揮するのである。

 そうなれば、この地に来るための諸々の規制も緩和され、地球世界の意思統一された種族の象徴として在ることができるかもしれない。その時が来れば、星の名称も『第二日本』から変わっていくのだろう。それを想い考えると、イゼイラとも互いに対等以上の交換を行えて良かったという話。恐らく当時のサイヴァルも日本政府と同様の考えで、それを見越して、ということもあったのだろうと推察できた。


 そんな時代の地球。そしてティエルクマスカ連合に日本国。

 今や人工浮遊大地が巨大な螺旋階段の如くタワーの周囲をぐるりと囲み、綺羅びやかに、そして更に雄大な風景を見せるヤルバーンタワー。

 今やイゼイラ―ヤルバーン州と日本の関係も、連合国家、連合主権として順調に運営され、互いの領有地を免許証に保険証、学生証、住民票、パスポート、PVMCG等々、身分証明書の提示のみで簡単に行き来できる場所になっている。

 ヤルバーン州の人工浮遊大地に家を持ち、日本国に出勤する日本人かいたり、また逆に日本国領内に家を持ち、ヤルバーン州に出勤するティ連人がいたり。それがもう普通の光景になっている日本国。


 そんな日本のある日……

 

瀬戸せと部長! 瀬戸外務部長!』

「? あら、ジェルデア局長、こんにちは」

『コンニチハ、部長。捜しましたよ。ケラーは噂にたがわぬフットワークですから、もう追いかけるのが大変デすね。はは、まるであの方みたいだ』

「あら、あの方と比較されるなんて光栄ですわ。私からすれば雲の上な方ですし」

『?……あ、そうか……お話ではそういう感じの。私はよく存じませんが、以前リビリィ局長からお聞きしたことがありマス』

「ええ。昔、大変お世話になったことがありましてね。あ、で、何でしょうジェルデア局長」

『ア、そうだ。次のザムル国法務長官来日の件なのですけど、我がヤルバーン法務局の方では……』


 ヤルバーン法務局のジェルデア。一〇年前は日本折衝担当法務主任だったが。現在は局長に昇進しているようだ。日本の役職でいうなら次官のような役職。つまり州官僚職では一番偉いという事になる。


 さて、現在のヤルバーン州は、イゼイラ共和国でも少々特殊な位置にあり、やはりその距離とその存在する場所の特殊性もあって、名前こそ州となっているが実際は『自治国』といってもよい地位になっており、現在の呼称である『ヤルバーン州』も、これ俗称になってしまったわけで、今の正式名称は『ヤルバーン特別自治州』と呼ばれている。

 つまり、そういう自治国化した州なので、ジェルデアには上司としてその上の、国家でいう『大臣』に相当する総局長という職があり、この職は州政府の政権議員が担当しているという形で、組織的には完全な国家に近い自治体として機能していた。


『……ト、いう事ですので、連合外務局の方で調整をお願いできマスか?』

「了解しました。ではその件は私の方から報告しておきますわ」

『ヨロシクお願いいたします。で、瀬戸部長』

「?」

『今日もまた仕事が終わった後、法務局のみんなでお店に伺わせて頂きますヨ』

「まぁた? たまには奥さんの手料理も食べてあげないと」

『ニハハハ、その私の女房も今日ついてくるわけでして』


 ポリポリと頭をかくジェルデア。


「ウフフ、はいはい。んじゃ私の方から連絡入れといてあげますわ」

『アリガトウございます』


 さて、そんな話をするこの瀬戸という女性。

 胸に付ける写真付きのIDには


【ティエルクマスカ連合 外務局部長 瀬戸 智子〔Tomoko Seto〕連合日本国所属】


 と、書かれている。この女性、年のころは二七、八歳といったところだろうか。ショートカットの見るからに快活そうな女性である。


さて、それから数時間後。

 瀬戸智子は今日の仕事を終え、ヤルバーン州のとある場所に向かう。

 そこはヤルバーン州の日本治外法権区。今ではその治外法権区も、『東京都ヤルバーン区』という自治体名がついて螺旋階段のような人工浮遊島一つ分が割り当てられており、その治外法権区は現在『ヤルマルティア島』という、言ってみればアメリカにある「リトルトーキョー」的な感覚で呼ばれている街として栄えていた。

 

 そのヤルマルティア島にあるとある繁華街。今やチェーン店化している有名居酒屋「ぼだ~る」

 この店が出来た当時、治外法権区政府関係者区画にあり、政府関係者しか利用できない店だったので、この場所をヤル研の連中は「会議室」と称し、明日の日本のために好き勝手やってい……日本の将来を担う装備品を討議討論していたわけなのだが、もうそれも昔の話で、今やこの店も日本全国に一〇〇〇店舗を持つにいたり、火星日本統治区画に二〇店舗。ティ連イゼイラ共和国に一〇店舗を持つ大チェーン店になってしまったわけで、ではヤル研のみなさんは、次に何処を拠点にして会議をしているかという訳なのであるが……

 その「ぼだ~る」の前に構える、立派な和風な作りの飲食店があった。

 店の外では、並んでいる客もいる。


 その店の戸をガラリと開ける音に反応する威勢のいい声。


「へい、らっしゃい!……って、なんだ智子かよ。どしたい」

「ふふ、相変わらず繁盛してるわね、お父さん」

「はは、まあな……ほい、カツ丼大上がりだ。もってけよっ」


 ディスカール人の可愛いフリュがエプロン付けて給仕のような事をやっていた。『オマチどうさまです~』なんて感じで客のダストール人や米国人にカツ丼を出していたり。

 店の繁盛している様子を見る智子。すると彼女も誰に言われるまでもなく、上着を脱いで、奥の控室に掛かっているエプロンを付けて店を手伝い始める。


「おうおう、そんなティ連外務局部長様が、こんなカツ丼屋手伝わなくったっていいだろうよ、がはは」

「ふふふ、いいのよ。で、お父さん、お母さんは?」

「おう、あいつなら今、ぼだ~るに仕出し渡しに行ってるぜ。って、ほら帰ってきた」


 飲食店風の店に顔を出した智子。どうも家族がこの店を経営しているようである。

 またガラと戸をあけて入ってくるは、智子の母のようだった。


「あら智子、どうしたの? またご飯食べに来たとか」

「違うわよ。この店の営業してたのよ」


 冗談めかしに話す智子。

 

「営業? なにそれ」

「ほら、法務局のジェルデアさんと、同僚の方々が、またアレ食べに来るから席予約お願いしますって」

「ウフフ、あの人達も飽きないわね。わかりました」

「あ、それとほら防衛省の、ヤル研の人達も、明日の五時頃またお部屋お願いしますって」


 すると父親が調理場から顔を覗かせて


「また「会議」かい? あの人ら」

「ええ、そうみたい。昔ほら、ぼだ~るさんが、まだ政府職員区画にあった頃ね、あっちつかってたんだそうだけど、ぼだ~るさんがお店を民営化させちゃったでしょ? それもあってティ連関係者がお店やってるここがいいって話になっちゃってね」

「んなもん、こんなトンカツ屋にロクなセキュリティ付いてねーぞ」

「ま、いいんじゃないの? 好きにさせてあげれば? うふふ……あ、はい。カツカレー丼一つ入りました~」


 そう、この店、智子の父母が経営しているトンカツ屋なのであった。

 トンカツ屋とはいえ、ただのトンカツ屋ではない。この店、元々は東京の新宿に店を構えていた、食べ物SNSでも常に上位を誇ったトンカツ屋で、かつてはメジャーなテレビ番組でも紹介された事もある超有名店であったのだが、あることをきっかけに新宿の店を畳み、このヤルバーンに店を構えることにした。

 店の名前は『瀬戸かつ』

 壁にかかる「ヤルバーン州治外法権区画・東京都ヤルバーン区飲食店営業許可証」に載る代表者の名前は『瀬戸譲治』歳の頃は五〇代半ば。無論智子の父の名だ。

 母の胸に付けている『株式会社ぼだ~る』関係者入店許可証IDに書かれている名前は『瀬戸雪代』歳の頃は五〇代前半といったところ。

 一時期は、そんな新宿の名店が店を畳み、暫く後に再度店を再開させた時、そこはヤルバーンの治外法権区だという話になって、それはもう飲食雑誌では結構な話題になった事もあった。

 

 ……またガラと戸を開ける音。

 

『ヤア、こんばんわ。来ましたよ』

「あらジェルデアさん。奥様も、いらっしゃい」


 雪代が丁寧なご挨拶。

 約束通り、仲間連れてやってきたご様子。

「らっしゃい! って、あ! これは!」


 譲治が奥から顔出して、ジェルデアの連れてきた面子を見て慌てて手をふき恐縮しながら飛び出してくる。

 雪代も「あらあらこれはこれは」と手を前に当ててペコペコと。

 その中には、ヤルバーン行政府内務省自治局局長のリビリィ・フィブ・ジャースが混じっていた。


『ヨオ! 久しぶりだねご主人に奥さん。トモコもさ』


 リビリィも歳いって見た目の年齢はもう三十路だ。あれから一〇年経ったが、経齢感としては五年ぐらいという感じか。

 彼女も結婚し、一児の母になっている。旦那さんは以前から付き合ってたイゼイラ人という話。


「リビリィ局長。お久しぶりです……あれ、今日旦那さんは?」


 そんな話をしながら智子が知った感じで握手のあと、諸氏を奥の座敷へ誘う。

 エプロンを取って店の手伝いを中止し、ティ連職員諸氏の相手なんぞをしたり。

 

「……あ、お母さん。みなさん注文は『カツカレー丼定食』だって」

「はい、いつものですね。お父さん。いつもの皆さん分」

「おう! カツカレー丼定食ね!」


 このカツカレー丼が激ウマという話がヤルバーン中に広がり、この地でも超人気店になったという寸法。

 無論ティ連カレー評論家のフェルフェリアさんも喫飯に訪れ、賞味した感想は『文句なしな至高の味。参りました』という評価を頂いている。

 鰹と昆布出汁にカレー粉を溶き、片栗粉でとろみをつけた典型的な和風カレーのあんと、半熟溶き卵に秘伝のトンカツを載せたカツカレー丼……これでマズイと思う奴は病気である。

 譲治がティ連人のカレー好きを聞きつけ、それまで瀬戸かつにはメニューになかったカツカレー丼をかように考案して出したところ、瞬く間に大ヒット。もうティ連情報バンクに載るぐらいの名店となった。

 ティ連の観光シーズンには予約で一杯どーすんのという感じ。平日でもかように智子のような知り合いを通じて席を確保しないと取れないという有り様。たかがカツ丼とはいえ、すごいもんである。


 智子もカツカレー丼定食を頼み、タダで晩飯にありつく。まあ実家の店なので、そこは娘の特権だ。 

 ティ連人に日本人混ざってカツカレー丼定食を座敷に座って喫飯する姿もすごいものだが、この時代、こんな光景はもう普通であった。


「リビリィさん」

『おう、なんだい?』

「ポルさんはどうしています?」

『ああ、ポルなら相変わらずあたいと同じで、調査局の局長やってるよ。最近は日本以外の地域国家も大々的な調査対象に含まれたらしいから、局の規模を大きくするって話を聞いたゼ』

「そうですか。みなさん元気にやっているんですね。でもフェルフェリアさんは、もう雲の上の方になってしまいましたものね」

『ああそうだな。昔は『フェル局長』って感じで楽しくやってたんだけどナ。今やニホンのフクソーリって偉い役職まかされちまってよ。なかなか会えねーシ』

「ですねぇ。確か、三島さんが引退なさってからの後釜に推したとか」

『ウン。外務大臣も兼任だそうだしな。完全にミシマのジーサン狙ってたナ』


 なんとフェルさん。一〇年後には副総理をやっているという話。さて総理大臣は誰なのだろう? おそらく今のフェルは、見た目大体27~8歳ぐらいの三十路前な感じだろう。一番フリュが輝く年齢である。

 昨今は彼女も忙しく、リビリィやポルにシエといった親友にもなかなか会えないでいるらしい。よくボヤキのメッセージがPVMCGに送られてくると苦笑いなリビリィ。

 だが、ここで疑問が一つ残る。確かフェルは、二期までしか衆議院議員やらないのではなかったのかと。 その理由は、ここではまだわかろうはずがない。なぜなら。ここにいる諸氏、フェルが二期までしか衆議院議員やらないと決めていたことなど知らないからだ。

 で、この話が出ると。当然話題はかの男の話題へ移る。


「ならさリビリィさん。柏木防衛総省長官とフェルさんって、夫婦仲冷えてるんじゃないのですか?」

『え? なぜそう思うんだい?』

「だって、柏木長官は防衛総省のトップなんだから、ずっと連合本部に詰めてらっしゃるんでしょ? なかなか地球に帰ってこれないんじゃ……フェル副総理は副総理だから、日本に詰めてるんだろうし」

『ははは! 甘い甘い。あの二人がそんな事で疎遠になるなんてありえないヨ。なんでもこないだ家の部屋全部をゼルルーム仕様にしたとか言ってたし』

「へ? 部屋全部ゼルルーム?」

『おう、相も変わらず「らぶらぶ?」って奴だそうだぜ。娘さんの件もあるしナ。それに結構地球でジホトウの仕事もあるから、イッカゲツ毎に行ったり来たりってな感じで、ずっと詰めてるわけでもないそうだゼ』

「あ、そうなんですか」

『アレ? なんだいトモコ。憧れのカシワギ長官が気になるのかい?』

「フフ、そんなんじゃないですよ……私の一家は、柏木長官とフェルフェリア副総理に絶対足向けて寝れないから……」

『ああ、あの事か。そんなこともあったね……でももう昔の話じゃないカ』


 いつの間にかみんなの手にはビールのコップが握られていたり。

 ジェルデアや彼の奥様。他の同僚も二人の話を聞き入る。


『アノ~ リビリィ局長にケラー・トモコ。私はカシワギ長官と初めてお会いしたのは、リビリィ局長よりも後の話なのでよく分からないのですが、ケラーと、カシワギ長官や、フェルフェリア副総理との間で、一体何があったのです?』 


 ジェルデアが二人に問う。他の同僚もそこのところどうなんだとジェルデアの質問に同意する。

 リビリィと智子はフゥと吐息を一つつき、お互い顔を見合わせて頷くと


『アノナ』「えっとね」


 と二人は昔話を始める。

 智子はおつまみとビールのおかわりを雪代に頼む。

 雪代は頷いて、お盆に枝豆と瓶ビールを運んでくる。


 そして一〇年前の昔話を始めるのだった……




 ………………………………




 二〇一云年。某月某日。

 ヤルバーンが地球へ到達し、日本へ直行。そして相模湾のかの場所へ鎮座してしまった。

 三週間以上も沈黙を続け、柏木真人が立案した、歴史的な作戦である『天戸作戦』が実行に移された。

 作戦は大成功し、万難排し、日本政府スタッフはヤルバーンの異星人、イゼイラ人五人と顔を合わせることになる。

 そんなあたりまで話は遡る。


 時はテレビバラエティも何もかも、それはもう当時呼ばれていたギガヘキサ一色。後にヤルバーン探査母艦の名称が固定するが、相模湾の異星人が友好を求めてやってきたとわかるや否や、もう世間はお祭り騒ぎだった。

 世のテレビは、異星人という概念がこの地球でどうやって発達してきたかを特集する教育番組モドキなバラエティーや、UFOクイズ番組など、まあテレビ局も現金なもので一時期は眉唾でネタ扱いのUFOプロデューサーが再び脚光浴びてもてはやされたり、UFOを頭にのっけた、が行の発音がおかしい魚フェチな客員教授のパクリみたいなのが出てきたりと、そんな感じで世の中は楽しくやっていた。あの時は、そんなご時世であった……


「ねーねー智子。これからみんなでデカUFO見に行ってからカラオケ行くけどどうする?」

「あ、ごめん。私お店手伝わないといけないから……」

「あ、そっか。ごめんね」

「ううん、いいの。行きたいけど仕方ないし……」


 智子とその友人四人。学校で仲の良いグループである。


「智子もさ、お店手伝うのはいいけど、適当なところで息抜きしないとだめだよ」

「何いってんの。あんたなんか年がら息抜きしまくりじゃん」

「うっせーなぁ」


 まま今時な女子高生の会話。


 瀬戸智子の一〇年前。その年で高校卒業となる最後の年。所謂高校三年生というやつである。

 成績は悪くはない。上の下ぐらいか。中の上よりは上だ。

 大学への進学か就職か。そんな大事な時期の彼女達であった。

 

 智子は友人達と別れると、電車を乗り継ぎ、新宿方面へ向かう。新宿に到着すると、繁華街からはちょっと離れた場所に向かう……するととある飲食店に、えらい長い人の行列。智子はその店の裏手に回り、裏口から店の中へ……


「あ、トモちゃん、お帰りなさい!」

「は~い。今日も沢山お客さん入ってるね」

「ま、毎度のこって、繁盛してますや」


 この店の従業員の板前と明るく話す。

 裏手から厨房に入り、客席を見渡すと、確かに客席はみんな埋まっている。


 そう、ここは智子が学生時代の親の店。当時新宿にあった『瀬戸かつ』であった。

 当時、食べ物ブログやSNSでも新宿にこの店ありと人気のあった瀬戸かつ。

 智子はかように忙しいこの店を手伝うために、学校が終わると手伝いに来ていたのである。

 ただ、この店には一つ大きな大きな問題があった。


 エプロンを付けながら店に出る準備をする智子。

 

「ねえ、お父さんは?」

「あ、今……病院ですわ。女将さんもついていってます」

「そうですか……」


 そう言って店に出ようとしたところ、智子のスマートフォンが音を鳴らす。

 画面を見ると雪代からだった。


「はい、あ、お母さん? うん……え…………うん。わかった……じゃぁ今から帰るね……」


 智子の顔が、電話を切ったとたん暗くなる。

 従業員はその理由を大体知っていたから、どう声をかければいいかわからない。

 

「トモちゃん……今日はいいから。俺達だけで大丈夫だし。な」

「はい。すみません……来て早々ですけど、帰ります」


 従業員をまとめるベテラン板前が、コクコクと頷く。

 智子は店に来て早々エプロンを脱いで、学生服姿になり、家路へ急いだ……




 ………………………………




 二〇二云年のヤルバーン州。日本治外法権区。とんかつの『瀬戸かつ』

 ビールのグラスもって、そんな序章のストーリーを語る二八歳の智子。


「いまから思えば、あのお母さんからの電話が、すべての始まりだったかも? うふふ」

「そうよねぇ。でも……今から思えばそう思えるけど、あの時は複雑だったわよ」

「うん。正直、もう二度と思い返したくない思い出というか、ホント……」


 そう話すと、ジェルデアが


『モシ、お話しするのがお辛いなら、これ以上は』

「あ、ううん。いいの。これ話さなきゃ、その先いけないし」


 そういうと、譲治がエプロンで手をふきながら、酒の肴を持ってきて、話に混ざる。


「あれ? お父さんお店は?」

「おう、もう客引けてきたしな。今日は店じまいだよ。で、ジェルデアさん。その、コイツらが話しにくいって話の内容ですがね……当時……」




 ………………………………




 新宿の店からトンボ返りで帰宅した智子。正直足が重い。

 瀬戸家で今日、決定的なことが話合われる。

 学生服を部屋着に着替え、重苦しい雰囲気で居間のテーブルにに座る彼女。


「智子……今日は大事なお話があるの……」


 そう切り出す雪代。その声は少し鼻声だ……隣にいる譲治も沈んだ顔。

 

「あのね智子……お父……」


 そう切り出そうとした瞬間、譲治は雪代の話を遮り


「お前、俺から話すよ……」


 そう言うと雪代はコクと一度頷くと、手で口を押え引いて聞く。


「智子。あまりゴチャゴチャ言っても仕方ねぇしな。単刀直入に言うな……父さん。やっぱりガンだ……」


 コクと頷く智子。

 実はみんな、譲治がガンではないかと疑ってはいたのだ。

 少し前、彼は気分が悪くなり猛烈に吐いた。そして、それまでに見せたことのない疲労感を訴えた。

 今まで病院が大嫌いで、医者などかかったことのない譲治が、もう何十年ぶりかに医者へ行って健康診断検査を受けた。

 すると、数日後に病院の方から、すぐに来るようにと電話があり、今日、夫婦連れ添って行ったところ……そういう結果だったそうだ。


膵臓すいぞうガンだって言われてな……末期らしい」


 その言葉に「え?」となる智子……ポっとした顔で、涙が滴り落ちてきた。

 彼女もネットや何かで膵臓がんの何某ぐらいは知っている。しかも末期。転移してるのだ。


「お父さん……あとどれぐらいって言われたの?」


 震える声で聴く智子。


「あと、半年ぐらいかな……」


 もう沈痛である。正味、お先真っ暗とはこういう状態をいうのだろう。

 

「入院は……するの?」

「ああ。実はな、父さんな、ガンになったら一千万円まで出る保険に入ってるんだよ。それで、どれだけのことできるかわからねぇけど、今流行ってる重ナントカ線とかあるだろ? ああいうのやってみようとおもう。できる限りのこと、やっとかねーとな」

 

 ウンと頷く。

 瀬戸家はこれからつらい日々が始まる……今、譲治が言った重粒子線治療などは、正直転移ガンで膵臓がんとなれば、効果はあまり期待できない。そんなことは家族全員わかっている。譲治も精いっぱい二人を安心させようと不器用に知ったかぶりの知識で言ってみただけだ。

 これから瀬戸の一家は、半年……いや、おそらく実質で言えば四か月持つかだろう。その日々を終末期医療。すなわち死出の旅路へ準備をしないといけないのだ。つらい話である。


 ガンというのは、本当に早期発見早期治療が鉄則である。

 正味で言えば、早期発見早期治療さえできれば、今の医学でも、ガンはそうそう怖い病気でもない。

 ただ問題なのは、その中でも予後の悪いガンというものがいくつかある。

 食道がん・胆のうがん・胆管がん・そして、キングオブキャンサーとも言われる膵臓がんだ。


 この膵臓がん、とにかく進行が速く、早期発見が難しい。

 最近は、膵臓。すなわち糖を燃焼させるインシュリンを分泌する器官という繋がりで、糖尿病検査の体調管理法を利用して、早期発見が可能になってきているみたいではあるが、糖尿でもないのに糖尿の体調管理法を受ける人など早々いるわけでもなく、普及はまだ進んでいない。 

 現在の医療機関でも、とにかくこの膵臓がんの治療はかなり厄介なのだ。


 瀬戸家はかようにこの日から大変な日々を送ることになる。

 医者からも時期を宣告されて、譲治の残された日々をどう意味のあるものにするか。これが問題だ。

 譲治は「できることはやってみるが、寝たきりで延命のような治療ならしない」ときっぱり言い切った。

 最期は潔く。これは多くの患者が思うことでもある……そんなこれからが来ると智子や雪代は思っていた。


 そう……今日までは……


 瀬戸家の因果の歯車が切り替わりだすのはその次の日のことだった。


 智子がいつものように学校へ行き、勉強して、店に顔出して手伝い帰宅する。

 店は譲治の弟子ともいえる従業員達がしっかり回してくれていたのでなんとかなった。有り難い話だ。

 譲治と雪代は、今日から千葉県にある重粒子線治療施設へ適用できるかどうかの説明を受けに行っていたので帰宅は遅いという話。


 家に着く智子。ただいまといっても誰もいない。電気を付けて二階の自分の部屋へ。

 カバンを置いて椅子に座りふぅと一息つく。でも何か重苦しい。

 すると、インターホンの音が鳴る。

 誰かと思い出ると、郵便局の配達員だった。書留郵便で、何か送られてきたらしい。

 印鑑をついてその書類を受け取る。


「? 外務省? なにこれ……」


 そのA4封筒には【外務省からの重要なお知らせ】と書かれていた。

 何だろうと思うが、書留郵便なので迂闊に開けることもできない。両親の帰宅を待ってからだ。


 そしてしばし後、譲治と雪代が帰宅した。

 

「おかえりなさいお父さん、お母さん」


 うなづく二人。言葉は少なめ。雪代がどことなく庇っているよう……その様子からして重粒子線施設から良い回答を得られたような雰囲気ではない。

 晩飯はもう食べてきたらしい。お茶を三人に入れる智子。


「で、どうだったのお母さん」


 切り出す智子もつらい。

 案の定、重粒子線治療適用外だと言われたらしい。転移がひどいという理由からだそうだ。

 重粒子線治療はすい臓がんの場合、肺や肝臓に転移があった場合、状況によっては適用外になってしまう。そして何よりかなり腫瘍が大きいそうなのだ。それもあった。

 そういういうことで、入院時は事実上の延命治療となる化学療法を行うことに自動的になるわけだが……


「そうなんだ……」


 それ以上の言葉が出ない。励ましようもない。まさか「頑張って死ぬまでの残り時間、有意義に生きましょう!」なんて笑って言えるわけもない。

 諸氏、俯いて項垂れるしかない。そんな時、智子はたまたまさっきの書類に目が留まる。


「あ、そうだお母さん。これ、さっき郵便局の人が届けてくれたんだけど、何かな?」


 話題を変えるネタに、その外務省からの封筒を雪代に渡す。

 雪代と譲治も鬱になりそうな今の状況を置いておきたいという意思も働き、その封筒の話題へ耳を貸す。


「え? あら、本当。何かしらお父さん」

「ん? まあ開けてみろよ」


 コクとうなづき雪代はハサミを持ってきて封筒の上数ミリをきれいに切って中から綺麗にカラー印刷された書類を取り出す。

 まず目に飛び込んできた文字は……


【ティエルクマスカ銀河共和連合ヤルバーン都市型探査母艦ご招待のお知らせ】


 そこにはまだマスコミにも出回っていない二藤部・ヴェルデオ会談の写真や、ヤルバーンの内部写真。

 料理の画像。イゼイラ人やいろんな種族がヤッホーしている写真。最後に三島外務大臣の椅子に座った件の抜群な笑顔に、三島のサインの入ったご招待メッセージが書かれた説明文と、ヴェルデオの執務室に座った写真と、歓迎メッセージにイゼイラ文字のサインが入ったパンフレット諸々必要書類がごまんと入っていた。


「こ、これは……」


 手を震わせてそのパンフレットに見入る譲治。


「お父さん! これって、今あの相模湾にいるっていう!」


 雪代もポっとした顔で譲治の顔を見上げる。


「確か、昨日か一昨日にニュースでやってた招待状って、これじゃ!」


 全員テーブルでコクコク頷く。


 ……その後、瀬戸家はとりあえずガンの事は置いといて、大騒ぎになった。

 特に譲治がもう必死の形相だった。なぜなら、この譲治。トンカツ屋なんてやってるが、大の天文マニアでSFファンだったのだ。

 休みの日は暇があればコレクションのSF映画を見ていたり。天体望遠鏡も専門家クラスのものを持っている。お気に入りのSF映画はやはりかのファイナルフロンティア。ダイヤル式ゲートで宇宙を飛び回る作品もお気に入りだ。これらのソフトは全巻持っている。


 だが、そんな大事な書類を送ってきたのは良いが、正直言って信じられない。

 まさか、自分のところに……というのはある。なので次の日、とりあえず譲治と雪代は店に出て、外務省のホームページを自分で調べてそこに記載されている【ヤルバーン母艦ご招待者専用窓口電話番号】に書かれた電話番号へ電話し、パンフレットに記載されているコードをポチポチとプッシュすると……担当者が電話口に出て、説明され、どうやら本当だという事が確認できた。

 で、またその日の夜。家族会議。

 もう譲治は心に決めていたようで……


「なぁ雪代、智子。俺はこの円盤に行くぞ」

「え! でも、この日って入院の日に重なるじゃないの。一昨日に胆管に管入れる手術しないといけないからすぐに手術するって……」


 そう、譲治は一昨日の病院での所見で、胆管に転移があるといわれ、即胆管に管を入れる手術が必要だといわれていたのだ。

 この転移腫瘍が胆管で増殖してしまうと、えらいことになる。とはいえ、これも延命治療であり、その場しのぎの手術でしかないのは事実なのだが……


 譲治はゆっくり首を横に振り、もういいと悟ったような口調で家族に話す。

 俺はここに行きたいと……




 ………………………………




 二〇二云年のヤルバーン『瀬戸かつ』


「え? じゃぁ手術ほったらかして、ヤルバーンの招待案件、あいえ、ヤルバーンに来たのですか!」


 ジェルデアと一緒にやってきた彼の友人である日本人官僚が言う。

 智子、譲治、雪代、リビリィの代わる代わる語る『あの時』の話に一同興味深々で耳を傾ける。

 みんなのカツカレー丼定食は片づけられ、軽いツマミに銚子とビール。相も変わらずリビリィはビール党だ。 


「は、へへ、まあそういうこってす。はい」


 譲治は頭をかく。いまでこそこんな風に冗談めかしで語れるが、当時はどんな状況だったかと。


「でもね、ティ連人さんにゃ分かりにくいでしょうけど、あたし達みたいな宇宙とかが大好きな人間にとっちゃ、異星人さんってのは夢ですからね。で、どうせ死んじまうんならやりてーことやってってのが、まあ普通じゃないですかい? 当時はまだ運よく体は動きましたからね。でも、あの時突然やってきたのが運の尽きって思いましたが……」

  

 そう、あの時である。

 ヤルバーン招待案件があったあの頃、二泊三日の滞在が終わり、さてみんなして帰ろうというその時に、譲治は倒れた。

 後の所見では、腫瘍が肥大し、胆管が詰まって黄疸症状を発したという事だった。


「で、お父さんが倒れた時に駆けつけてくれたのが、今の柏木長官と、日本国情報省の白木局長に、あとお名前は知らないんだけど、特危の今、一佐をされている方と、フェルフェリア外務大臣。で、ここにいるリビリィ局長と、かの有名な発明局長で有名なポルタラ局長だったってわけです」

『ソソ、で、トッキのカーシェルっていったら、オオミの旦那だな』


 ほー、へー、と関心のジェルデアや日本人官僚。

 

「ホント、あの時はね。よくイゼイラ人さんが使う言葉で『因果』というのがあるけど、私あの時からこの言葉が大好きになってね……まさか当時の地球の医学で、絶対の死を言い渡されたお父さんが、まさか……ふふ、みてよ。こんなピンピンしてお酒飲んでるんだから」


 その言葉にみんな大笑いだ。頭かく譲治。

 でも、その笑いも今だからできるのである。あの時、ヤルバーンと日本の出会いが良きものでなければ、めぐって譲治もこの世にいたかどうかは分からない。

 この二〇二云年の世、今でこそ普通に病院で治療を受けられる、当時譲治が受けた『ハイクァーン臓器造成交換移植法』『サボール型ナノマシン投与治療法』といったティ連の信じがたい医療技術。これら医療技術が数年前、初めて世界へ大々的に公開された際、そりゃもうこの話でまた本が一冊できそうなほどのスッタモンダ話がありーの。ドロドロした話がありーので大モメにもめた。この時、ティ連医学の検証証人として名前が出たのが、かの半身不随を治された人物と、譲治だった。

 この医療技術を公開する前に、こういう症例があったという証人として出てもらったのだ。


 この情報が公開された際、それは世界中に衝撃を走らせた。

 世界中の人々は、薄々わかってはいたのだろうが、半身不随をケロリと治し、更には末期の手に負えないガン患者をも二週間ほどで治してしまう。

 こういう症例がいると公表したはいいが、それだけで世界中の医療機関から日本政府への問い合わせが殺到した。

 もう殺到という言葉一言で済めばいいが、そんなものではない。医薬品業界の株が乱高下し、医療機器メーカーの株は大暴落する始末だ。

 他の業界株というものは、ティ連技術が一部公開された時でも、イノベーション的な動きはみせたものの、さほど大騒ぎするような、それこそ市場崩壊とかそんなレベルの動きというものは、実は見せなかった。

 ティ連が発達過程文明の諸々を欲しているという事が周知されたためにそれで需要が大きく伸び、むしろ市場からは歓迎されたほどなのだ。

 だが……この医療技術に関してはそうはいかなかった。

 『医療業界とは、病気が治れば治るほど、市場が小さくなる業界』という『思惑』が如実に出て、市場は大混乱をきたした。


 がんという難病を、まるで風邪の如く治療してしまい、更に半身不随を肩こり程度の病気にしてしまったナノマシン技術。これは正直医薬品業界からすれば頂けない。

 この技術の登場で、まず医薬品業界が社運をかけて開発するぐらいの『抗がん剤』がすべて意味をなさなくなってしまった。

 半身不随を治すということは、神経系欠損の疾病も治療可能、ということは、それに関連する神経系の難病も治せると市場は連想する。この手の薬品にも膨大な予算がかかっているが、それが全部パーだ。

 もう医療業界からすれば、この件は破壊的な事件だったといってもいい。

 とはいえ、政府もそうなるだろうという事はある程度わかってはいた。だが、一〇年前。年々増すがんの死亡者数に世界中が抱えていた妙な病気の発現多発。

 アフリカではエボラ出血熱が猛威を振るい、韓国では妙な肺炎をなかなか抑えきれずに弱りはて、中国では、ひた隠しに隠ぺいしてはいるが、恐らく相当変な病気が蔓延していたのかもしれない痕跡が多々あったり。そんな状況では、医療業界の市場がどうのこうのなんて言っている場合でもなかったという事もあったのだろう。あえて市場が大混乱することがわかっても、この情報公開を行った。

 ままそれでもこの譲治と、半身不随患者の症例のみの公開にとどめたのだが、それでもこの混乱である。

 なんとも難しいものだが、この騒動は、また別の話になるのかもしれない。


 瀬戸かつの営業はもう終了だ。さっき従業員が「お先です」と言ってみんな帰っていった。

 この場所は店舗に家屋兼用なので、従業員が帰宅したら家屋モードである。

 知った顔同士でいつのまにかそんな座談会となり、会話を楽しむ。




 ………………………………




 さてまた時は遡り二〇一云年の話。

 瀬戸家にとって、あの奇跡の日から一〇日程が経った。

 柏木がいてくれたおかげでというわけでもないのだろうが、それでも少なくともフェル達がいてくれたお陰で瀬戸家に希望が見えた。


 譲治はあの帰国時に倒れた後、ヤルバーン医療局へ搬送され、即治療となった。

 ここで『即手術』と言いたいところなのだが、所謂『手術』という言葉が当てはまるかどうかという話がある。

 彼らの医療技術では、メス持って胸に腹を開いて、何かを取り出したり縫い付けたりと、そんな事はしないので『手術』というのは少々当てはまらないのだが、ここは便宜上『手術』と表現したほうがいいだろう。

 譲治は腕に何やらPVMCGのようなものを取り付けられ、体にレーザーのようなものを照射される。

 この光線はISSで田辺が食らったものと同じような性質のものだ。

 医官はVMCな立体画像を見ながら臓器の上に表示されるシステム画像をいじりつつ治療を進めていく。

 もう慣れた手つきである。ここで凄いのが、彼らにとっては初めてとなる種族、地球人の体を見ても、何も悩むことなくスイスイと手術を進めていくことだ。おそらくヴァルメで収集した地球人の医療データを参照しているのだろうが、まだ接触して一か月足らずにもかかわらず、医学分野まで地球人の分析が進んでいるとは、なんとも凄いものである。

 彼らティ連人からすればこの幹細胞変異疾患。所謂地球の言葉で「がん」という病気は本来なんてことのない病。ただ、流石に譲治の病巣を見たときは『ほったらかしすぎだ』と驚いたらしく、ティ連なりに相当手がかかった手術となったそうだ。


 と、そんな譲治の手術が無事済んだ後、ある日のヤルバーン。その転送ステーション。

 転送要請信号を受信したため、ステーションスタッフは機材を操作して転送許可信号を返し、転送ルームに光が立つ。


『……! あ! こ、これハ!!』

『あ、しまっタ……』

「は、はれ??」


 きょとんとするイゼイラ人。ポっとした顔で唖然とする智子。

 転送してヤルバーンにやってきたのはいいが……勉強机とタンスにベッドとカーペット。すなわち智子の部屋にある家財道具一部まで一緒に転送されてきてしまった。


『アアアアア! こ、これは申し訳ありませんん~~』

『おい! 転送箇所をよくチェックしないから!』


 こりゃえらいこっちゃと大慌てなスタッフ。一般転送は普通なるべく広い場所で行うというのがティ連での常識なので、てっきりそういう場所だと思って普通に転送したら、付近の家財道具も一緒に転送してしまったスタッフさん。もうペコペコと平謝りで智子も「いえいえそんな」と恐縮しまくったり。

 もちろん家財道具はそのままの位置で智子の部屋へ転送しなおしたので事なきを得たが、実はこの事件が日本政府の転送時における注意事項としての参考になったりしていた。


『本当に申し訳ありませン。何とお詫び申し上げたら良いか』


 深々と頭を下げるのは、柏木先生と同棲し始めたばかりのフェルフェリア調査局局長様。

 たまたまヤルバーンへ戻っていた時に、そのプチ転送事故が起こったそうな。

 ここは責任者の一人としてお詫びに訪れた次第。


「いえいえそんな。私も注意されたことを忘れて信号を送ってしまったのが悪いんですから」


 手を前に交差させて恐縮する智子。


「あ、そうだそれよりも……」


 かすてらの箱をフェルに渡す智子。


「医療スタッフの皆さんでお召し上がりください」と典型的な日本人のご挨拶を異星人相手にぶちかます智子。これはこれはと恐縮するフェル。こういうあたりどうもイゼイラ人と日本人。なんとなく感性が合うようである……頂いたかすてらは、ハイクァーンで造成させて、このヤルバーンスタッフ1万余人みなさんに振る舞われるのだろう。


 ということで、フェルに医療区画までトランスポーターで案内される智子。

 所謂「病院」に到着すると、ロビーで雪代が待っていた。


『デハ、私はこれで。どうぞ皆様ごゆっくりデス』

「ご案内して頂いて、どうもありがとうございます」


 とフェルとはここですぐに別れる。


「はぁ、本当にキレイな方ねぇ」


 雪代がそう漏らすと


「でも信じられないよね。まさかもうダメだと思っていたお父さんが助かって、こんな風に宇宙人さんと普通に話しているんだから」


 智子も素直な感想を返す。


「ところでお母さん、お父さんはどんな感じ?」

「ええ、この間までのお父さんが信じられないぐらい。もうすっかり元気よ。今はゆっくり休んで下さいって」


 と、そんな事話しながら病院、即ち医療センターの中へ入っていく。といってもセンターの中にはほとんど人がいない。即ち、病気する奴なんてのがいないからだろう。

 いつもすごいなと思う屋内転送機で譲治の病室に向かう二人。譲治は手術直後、ICUカプセルのような物に入れられていたのだが、次の日にはそのカプセルから出され、地球人仕様の病室。即ちベッドのある形の病室に移された。このあたりもフェル達調査局局員のデータが役に立っているようだ。

 ティ連人は、こういう病気の際にも、睡眠カプセルのようなものに横たわってそれをベッド代わりにして過ごすらしい。

 

 病室に着くと……


「よぉ智子」


 とても顔色のいい譲治がVMCモニター広げて、日本のネットニュースサイトに繋げ、ニュースなんぞを眺めていた。


「お父さん、調子良さそうね」


 智子が笑顔で持ってきた果物を傍らに置く。

 譲治はベッドであぐらかいてもうすっかり元気なようだ。食事も普通にしているそうだ。病院食のような、薄味の、所謂一般的に言う「まずい」食事ではないらしい。よくわからない素材だが、うまいのはうまいという話。

 

「贅沢な話だけどよ、あと五日で退院だそうなんだが、それまでがヒマだな」

「何を言ってるのよ。本当ならお父さん今頃は……」

「ああ、悪い。そうだな……」


 そう、譲治はヤルバーンの招待に当選していなかったら、今頃は病院で、死ぬまであと何日かという日々を送っていたのだろう。


「こないだも、あの外務省の役人さん、なんてったけ雪代? 四角いメガネかけた」

「ああ、白木さんね」

「おう、その人が見舞いに来てくれてな。そん時でも、絶対他言無用でお願いしますってんで、俺ぁ『なんでこんな凄いこと言っちゃダメなんだ』って言ってやったら……いろいろ説明受けてな。その話聞いたら、俺がどんだけ運のいい人間かってのを痛感したよ……」


 うんうんと頷く智子に雪代


「でな……ここでもいろんな人、てか宇宙人さんにお世話になった。みんないい人ばかりだ。でも昨日見舞いに来てくれた妙な女の人は、いい人なんだか変な人なんだかよくわかんなかったけどな」

「え? 誰なのそれ」


 智子が尋ねる


「いや、なんか目が猫かトカゲみてーな、真っ赤な髪の毛で、体の側面にこう……ウロコみたいな模様があって、ちょっと不気味なんだけどえれぇ別嬪さんのな……」

「あぁあぁ多分その人は……」


 智子と雪代はパンと手を叩いて誰かを察する。恐らくシエだ。

 二人ともこういう状況になったために、ヤルバーンの入境IDを作る際、一度だけシエに合った事がある。当時の彼女は自治局の局長職だ。所謂パスポートのようなものを作るために直接譲治ヘ会いにきてくれていたのだろう。


 と、そんなお互いの近況を話して、和やかな時間を過ごす瀬戸家族。

 で、最後に行き着く話が


「なんとか、ここの人らに恩返ししてーなぁ……」


 とこういう結論に行き着く。

 いつもはここで終わっていた話なんだが、ここで譲治はとんでもないことを言い出した。


「なぁ智子、雪代」

「?」

「?」


「実はな、新宿の店、畳もうかと思ってる」


「は?」

「え?」


 いきなり何を言い出すんだという表情の智子と雪代。


「な……お父さん。どうしたの?」と雪代

「お店畳んでって、どうするのよ。お店のみんなとか!」と智子


 あーいやいや違うんだと二人を宥める譲治。


「ちょとまてちょっと待て、勘違いするな。何も店を辞めるなんていってねーよ智子」

「じゃぁどういうことよ」

「まさか新宿以外でお店を始めるっていうの? お父さん」


 すると雪代のその問に、譲治は「そのまさかだ」と返す。


「え? どういうこと?」

「いや実はな、その昨日来たシエさん? っていう宇宙人さんに、冗談半分で『俺はトンカツ屋やってて、この宇宙船の中で、トンカツ屋やって、恩返ししたいな』って話したら、淡白な口調で『わかった。その気があるなら退院するまでに言ってほしい。場所と機材は提供する』って言ってくれてな……」


「はぁ?」で、「はぁ……」な表情の智子と雪代。だがしかしと店の経理も兼ねる雪代が


「でも、お店畳んで、働いてるみんなはどうするの? それに……」


 このヤルバーンに仮に店出せたとしても、開店資金とか、運転資金とか、お客さんが来てくれるかとか……

 確かに今はこのヤルバーンに日本の治外法権区があることは知っている。

 仮にそこの職員が店に来てくれたとしても、その売り上げなんてたかが知れてるだろう。新宿での売り上げに比べれば微々たるものだ。それ以前に普通に考えて、こんなところに店出そうと思う譲治が本来おかしいのであって……


 そんな話をしていると、コンコンと病室をノックする音。「はいどうぞ」と応えると、入って来たのは、なんと! シエだった。


『邪魔ダッタカナ?』

「ああ、いえいえ、昨日は」


 ベッドの上で正座する譲治。深々と頭を下げたり。

 イヤイヤと平手で制するシエさん。

 シエはなんか手に菓子折り持っていた。なんでも日本に行ったとき買ってきたらしい。異星人から日本のお菓子をお土産にもらうのも、なんとも可笑しな気分になる……洒落ではない。

 シエが来たのは、見舞いが本来の目的ではなく、その昨日の話が目的なのだと言う。


『立チ聞キモ悪イト思ッタノダガナ、オマエ……ゲフン。アナタ達ノ話、聞カセテモラッタ。デ、実ハソノ件デ、折リ入ッテ、頼ミタイコトガアルノダガ……』


 シエが言うには、そのヤルバーン日本治外法権区に日本国大使館ができて、その大使館周辺にちょっとした日本的な街を造ろうという話が出ているらしい。

 というのも、日本とヤルバーンの協定で、今後観光という目的で、多くの日本人がこのヤルバーンにやってくることが予想されるため、日本人用、勿論ヤルバーンのティ連人も利用できる飲食店が欲しいというわけで、実は昨日の話はヤルバーン的にもむしろこちらからお願いしたいぐらいの話なのだと、彼らに説明した。


『……デ、アノ金色ノ目ヲシタイゼイラ人ガイタダロウ』

「フェルフェリアさんですね」と応える智子。

『アアソウダ。アイツハ日本ヲ調査スルノガ仕事ナノダガ、彼女カラ貴方達ノショップガ、有名ナモノデアルトイウ報告ヲ受ケテイテナ』

「はい、相応に味に自信がある店であるのは自覚しています」と雪代。そこはプライドである。

『ウム、モシソウイウショップガ、ヤルバーンニアレバ、色々ト売リニモナル。ドウダロウカ? タノメナイカ? 開店ノ機材ヤ、場所一式、必要ナ食糧ノ原材料一式ハ我々ガ全テ面倒ヲ見ル。ソレト、コノヤルバーンデノ滞在中ニ使用デキル「ハイクァーン使用権」モ、従業員全てに局員クラスノ権利ヲ提供シヨウ』


 シエは、ヤルバーンからの依頼という形で、必要なものは全て提供するから、『瀬戸かつ』をここに移転してくれという。

 それ以前に、フェルがしっかり瀬戸かつを調査していたとは驚いた。


 この言葉を聞いた譲治はもう興奮である。

 宇宙やSFが好きで、何の因果か宇宙人に命を助けてもらい、その宇宙人さんから店をこの巨大円盤の中に作ってくれという。

 もういてもたってもいられない状態とはこういうことを言うのだろう。

 

 そういう話なら、雪代も智子も、考えてもいいかなと思う。それは日本政府とヤルバーン行政府の事業に参画できる。つまり『公共事業』に参加できるのだ。これは新たな事業展開ともいえるわけで、ならば挑戦してもいいかなと思ったわけである……




 ………………………………




「……と、まあそんな話があってですね。今に至っているという話ですわ」


 ちょっとお酒が入った譲治が饒舌になってそんな話をする。


 二〇二云年の瀬戸かつ。そんな四方山話を肴に、話をする瀬戸家のみんな。

 たまたま懐かしい顔のリビリィが来てくれたので、そんな昔話になって盛り上がってしまう。

 へーほー、と興味津々で聴くジェルデアに奥様、日本人の仲間達。これも今でこそ言える話であって、当時はまだまだ色々な制約があり、公安の監視下にも置かれて日常生活にも若干支障はあったと話す。


「まさか公安さんが出てくるとは、さすがにそこまで考えませんでしたからねぇ」

『そこは当時のシエ局長もわかんなかったでしょうネ』


 法務専門のジェルデアも致し方ないだろうと言う。

 それでも、瀬戸かつをヤルバーンに移転するという話を従業員にした時、みんな反対しなかったという話。

 その理由は、まず所謂『公共事業』という後ろ盾があるという点と、なんだかんだいって自分たちの味を宇宙人に食べてもらうという事に情熱を燃やしていたという事。


 今の瀬戸かつ従業員は、当時と比べて四名ほど顔ぶれが違う。

 その内二名は暖簾分けという形で、今は大阪と、渋谷に店を出している。

 で、入れ替わりで本格的にトンカツ造りを習いたいイゼイラ人二名が店にいて、一名ウエイターとしてディスカール人と、ヴィスパー人のフリュが交代で本業の仕事が終わった後、アルバイト扱いで短時間働いてくれているのだ。


「長々お話ししましたけど、結論言うと、運命とは不思議ですね、という事ですね」


 雪代が笑って話す。


 雪代がそういうと、お後よろしく座談会もお開きと相成ってみなんさんご帰宅。

 お代はカツカレー丼定食の分のみ頂く。あとは瀬戸家のおごりだ。


「じゃあお父さんお母さん、私も帰るわ。今日はご馳走様」

「『今日も』だろ? はは。んじゃ気をつけてな」


 譲治と雪代はこの店舗家屋兼用の家に住んでいる。つまり住所はヤルバーン州日本治外法権区だ。

 智子は東京郊外にある昔の実家に住んでいた。本来の職場が日本の霞が関外務省内に設置されているティエルクマスカ連合外務局日本分室が彼女の職場だからだ。そこから日本とヤルバーン州を行ったり来たりしている。


 さて、この瀬戸智子もヤルバーンと関わってしまったが故に、本来そうなったであろう未来を変えた人物でもある。

 よくよく考えるとわかるが、彼女は二八歳だ。確かに三〇近い年齢ではあるが、まだ若いのは確かである。

 そんな年齢の人物が、ティエルクマスカ連合外務局の部長職などという、所謂エライサンをやっている。ここにもあの時、譲治がガンで倒れた時からの彼女の人としてのストーリーがあった…… 

 

 さて、今日はなんだかんだ父母の店でくっちゃべってしまい遅い帰宅となりそうだ。

 ヤルバーン転送ステーションから外務省の転送室に飛んで、そこからメトロに乗って帰宅。それがいつもの出勤に帰宅のパターン。

 もう時間は二一時を回った。明日は土曜日で智子は休みである。こんだけ飲んで明日も出勤というのは流石につらいし、まあ明日が休みじゃないと飲みもしない。

 

 智子がちょうど外務省の転送室に到着し、省から出た時……


『アレ? トモコじゃない?』


 後ろから誰かに呼び止められる。


「え?」

『やっぱリ智子だ! お久しぶり!』


 智子を呼び止めたのは、見た目の年齢は恐らく彼女と同じぐらいのフリュなイゼイラ人だ。


「ああ! 貴方は! もしかしてメイラ!?」

『そそ。お久しぶりね』

「久しぶり! え? どうしたの? いつ日本へ?」

『うん。連合防衛総省の仕事があってネ。昨日コッチについたわ。お昼にニホンの情報省に寄って、白木局長と新見次官に面会してきたの』

「へぇ……貴方の立場で日本の情報省って、あんまりいい話題じゃなさそうなんですけど……」

『まぁ、そこんところは色々とね。あ、で、コレカラ暇?』

「家に帰るところよ。貴方はどこか泊まる宛でもあるの?」

『まぁ特に用事もないからホテルダケド』

「じゃぁ私の家に泊まっていかない? どうせ私一人しかいないし」

『そう!? んじゃオ言葉に甘えて……』


 このメイラという人物。胸に付けるIDには


【ティエルクマスカ連合 連合防衛総省 メイラ・バウルーサ・ヴェマ〔Meila Bauruhsa Vema〕連合イゼイラ所属】


 と書かれていた。


 はてさて、この人物、名前からすると、かの人物と関わりがあるようだが……

 智子とどういう関係なのだろうか?


 ということで、二人は智子の家へ。

 キャイキャイと懐かしそうに話をしながらメトロの階段へ消えていくのだった……



 


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