銀河連合日本外伝 Age after ― Project Enterprise ― 終話
~ さて、時を少しだけ進めて、少々先の時代を垣間見ることになる ~
米国のマーズ・ホープ・エンタープライズ計画が発起して、あれから二年後の地球世界。
ここへ来るまでにそれはまた色々な出来事があったが、今その手の話はとりあえず置いておく。
とはいえ、やはり柏木真人とフェルフェリア・カシワギ・ナァカァラ。彼ら自身や彼らの周りも否応なく変わりはしてしまうので、そういった状況も垣間見ることにはなる。ただ、そこに至るまでの話はとりあえず此度はいいとしよう。
ということで、柏木真人も四〇歳になった。三〇代まではまだ「お兄さん」といわれてもかろうじて通用していたが、四〇になった日にゃぁそれは通用しない。無敵のオッサン道の仲間入りである……が、あんまり見た目変わっていない。そう、フェルさんと『ムフフ』してイゼイラ化した柏木先生。肉体年齢的にはまだ三八歳か三九歳か。そんなところなのである。
フェルさんも地球年齢的には四八歳ぐらいだが、イゼイラ年齢的には二三~二四歳ぐらいで、彼女も見た目はあんまり変わらない。
なんだかんだいって二年である。二年で人の容姿雰囲気はそうそう変わるものでもないが……変わるものは実際色々やっぱりあるのであった……
「…………あ、母さん? 俺だよ……うん、そうそう。で、どう? うん……ははは、そうか。ま、母さんや親父に懐いてくれてるなら大丈夫だな……え? そんな気を付けてくれよ。ん? フェル? ああ、ちょっと待って。代わるから……フェル、母さんが代わってくれって。モニターそっちに回すな」
『ア、ハイです……オカアサマ? ハイ。元気ですヨ、ウフフフ……ハイ。そうですね。ウン、ウン、ウフフ。え? あの子が? ……あ、ウフフ、マルマサンですよ~ お利口サンにしてまちゅカ~……オバァちゃんの言うことちゃぁんと聞くデスよ~』
まあ二年後である。相応に出来事も進んでいく。かような会話も相なるわけで、こんな感じである。
柏木真人もフェルさんも「ナントカちゃぁ~ん」などとぬかせる自らの天然物なクローンを作り出せているようである。PVMCGのVMCモニターに写るは母、絹代に抱っこされたイゼイラ人の遺伝子が強そうな女の子。肌の色は水色じゃなく色白系で、体毛はまだ短い羽髪の藍色系。ただ目は黒い瞳の地球人系。でも赤ちゃんという雰囲気ではない。ただいえるのは……フェルさん似で可愛いのは間違いない。
で、次にそのVMCモニターに映るはフェルさん似の女の子だけではなく、何やら男の子の姿も見えてたり。綾乃ちゃんがいっしょに電車のオモチャで遊んでやっているようだ。
恵美の娘、綾乃も、もうお姉さんで六歳になった。
その男の子。フッと顔を上げるその瞳は、可愛いつぶらな黒い縦割れ瞳だったり。顔つきはこれまた誰かサンに似て男前。赤毛の髪が、アッチ系遺伝子の強い証拠。綾乃の後ろをテクテクついて回って仲良く遊んでいるようである。で絹代の抱っこから解放された羽髪の子供が混ざって三人仲良く庭でキャイキャイとやっているよう。
そんな様子をPVMCGで見せられて、まま安心納得する柏木夫妻。
「母さんも親父も、もうベタベタだからなぁ。二人とも預かる気マンマンだったし、なんだかかえって心配だよ」
『ウフフ、大丈夫デスよマサトサン。オカアサマもオトウサマも、マサトサンやエミサマを育ててきたプロではないですか』
「まーそうなんだけどね。恵美が綾乃ちゃんつれて遊びに来てくれてるみたいだから大丈夫なんだろうけど、フェルやシエさんと離れてグズらないかって思ったら、ハツラツとしているそうですから」
『それハ頼もしい事じゃないでスか。手がかからない良い子達ということでス。あ、マサトサン。ネクタイが歪んでいますヨ、ホラ』
フェルさんのほうが、なんとなく肝っ玉座ってて余裕である。なかなか良い『マルマさん』なようで結構な話だ。流石はフリンゼの称号に違わぬ余裕っぷりである。
と、そんな風に話していると、多川とシエが声をかけてきた。
「やあお二人さん」
『カシワギ、フェル、待タセタナ』
腕を絡めて仲良くやってくる二人。相も変わらず柏木夫妻に負けじ劣らずの仲である。
「どもども。おはようございます多川さん、シエさん」
『ウフフ、おはようございまス。お二人とも』
そういうと多川と柏木は握手。フェルとシエはハグしていた。
「いや柏木さん。申し訳ないですな、ウチの子まで預かっていただいちゃって」
『ウム。頼メル者ガオマエタチシカイナカッタ。助カッタヨ、カタジケナイ』
「いやいや、そりゃお互い様ですからいいですよ。なんせ私のお袋や親父の方が楽しんでいますから」
『マサトサンのオカアサマやオトウサマに任せていれば大丈夫です。エミサマもいらっしゃいますし』
「はい、ホント助かります。いや、なんせ私の兄貴が急にカイラスへ出張とかいう話になってしまったもんですから。で、大分かかりそうなので、兄貴のヨメもついていくってんでね。柏木さんところにお世話にならなかったら、息子をこっちに連れてきちまうところでした」
『ウム、アノ子モマダ小サイカラ、流石ニコノ仕事ト一緒ニトイウノモナ。オマエガ声ヲカケテクレテ助カッタゾ』
柏木にフェル。多川にシエ。何か無茶苦茶所帯じみた会話をしているいようだが、その通り。先ほどの縦割れ瞳の男の子は多川夫妻のお子様である。シエさん似の男前な男の子だったりする。
タイミングの悪い事に多川一雄兄者が、君島重工からカイラスへ長期出張を命じられたため、嫁さんと一緒に旅行気分でカイラス行きとなってしまったので、子供を預けられる親族がいなくなってしまった。
まさかダストールからガッシュかルメアに来てもらうというわけにもいかないので、やむを得ず特危自衛隊厚生部の保育員に預けようかと思っていたそうな。でも保育係に預けるというのも子供が心細かろうと思っていたところへ、柏木が絹代達へ一緒に預ければいいと声をかけてくれたわけで、これ幸いという話になったり。
今は真男や絹代もシエや多川と交流はあるので、知った者同士という事もあって、絹代もどんとこいと受けてくれたという寸法なのだが、それでも老夫婦にあの元気な二人の子供を預けるというのもこれはこれで心配という話もあるので、恵美も仕事が終わっては手伝ってくれているという塩梅。そんな感じ。
では彼ら。可愛い盛りの子供を預けてまで一体何をしてるのかといえば、もちろん公務で仕事である。
現在、二藤部政権は事実上任期あと一年を残し、政権終盤である。
日本の法では特に内閣総理大臣の任期というものを定めてはいないが、二藤部の自保党総裁任期が来年で終わるので、二藤部政権もその時、自動的に終了するということになっている。
そしてフェルも現在、あいも変わらず衆議院議員でティエルクマスカ統括担当特命大臣をやっていたりする。そう、『副』大臣ではない。
とうことは、柏木は今や『前ティ連統括大臣』ということになるわけだが、では彼。一体今何をしているのかというと……
「やあ、カシワギ連合議員閣下。お久ぶりですな」
『これは、ハリソン前大統領閣下。お久しぶりです』
なんと柏木先生。ティエルクマスカ連合議員閣下になっていらっしゃたりするのであった。
ティ連議員は派遣議員なので、当該国家から選出された現役、非現役を問わず国政経験者を派遣する決まりになっている……ちなみにあくまで、『当該国家の指名をうけた議員を派遣する』という決まりなので、その人物を選挙等々で決める決めないはその国の自由である。従って現在における日本国の場合、連合派遣議員を選挙で決める仕組みがまだないので、内閣総理大臣の指名と内閣の多数決をもって決定する、政府閣僚と同格職という形式になっている。
イゼイラなどは、旧皇フリンゼ職以外は選挙で選出する仕組みができているのだが、日本のような形で選出する国もティ連の中でないわけではない。なので問題のある選出方法ではない。
当然、そういう仕組みであれば柏木が選ばれるのは自明の理なわけで、彼は二藤部の指名と内閣の多数決と承認を受けて、ティ連統括担当大臣を辞し『日本国ティエルクマスカ銀河連合政務派遣議員』という役職な立場になってしまった。
しかも連合議員は、当該国家で閣僚級の権限を持つこととなっているので、相も変わらずお大臣サマ級の役職だったりする。閣僚扱いなので、当然天皇陛下の御名御璽を受ける役職でもある。
でそうなると、ティ連担当統括大臣職が空きになってしまうので、そこをフェル先生が代わりに就任したという寸法。副大臣はまだ指名していない。
「ハリソン閣下。大統領職任期終了、お疲れ様でございました」
「ありがとうございます」
柏木はハリソンと固く握手。フェルやシエに多川とも同じく。
ハリソンはこの年の初めに大統領職を満期で退任し、市井の人となっていた。
だが、米国大統領経験者は退任後もシークレットサービスが一生付き、肩書も『元、ないしは前大統領閣下』と呼ばれて国民敬意の対象とされる。そして、その生活も年金という形で生涯保証される。今後は講演に基金の理事長に、時には特命大使にと、これまた忙しくなるという寸法である。偉い人は一生偉いものなのである。
さて、柏木連合議員とフェル大臣。それに多川一佐にシエ一佐は一体何をやっているのか、いや、何をしに来ているのかというと……
「さて、この中継をご覧のみなさん。今日はアメリカ合衆国にとって歴史的な日がやってきました。思えば二年前。我が国と異星人国家、サマルカ統一連帯群国との接触が今日に繋がっていると言えるでしょう。一九八一年に我が国が世界初の宇宙往還機、スペースシャトルを開発して約三六年後。今私たちはまたアメリカの新しい宇宙科学のシンボルをここに誕生させようとしています……我が国が、地球世界の科学力で、可能な限り独力で開発した我が国の宇宙船。その名も……」
そう、今日は『マーズ・ホープ・エンタープライズ号』の試験航行式だった。
あの宇宙船が二年後の今日、完成し、火星航行前の試験航行式。言ってみれば事実上の進宙式の日なのである。
とりあえずは問題なく宇宙船は完成したのだが、流石にこのままいきなり火星へGOというわけにはいかないので、試運転として月軌道を周回させて今日から一週間の月軌道生活試験を行い、一旦地球へ帰還。その後、本格的な火星運行計画に入るというスケジュールで進む予定である。
むろん、この計画にはサポートでヤルバーンと日本政府も協力しているのだが……
この手の国威発揚ではないが、マスコミがこういった成果の発表を行うとき、日本以外の国はこれまた見事に協力他国を置いてきぼりにするのである。
今日放送されているこの件の特番を見ても、まるで米国が独力でサマルカと外交を成立させ、まるで米国が独力でティ連技術を解析し、あたかも 米国人主導でこの計画を成功させたかのように放送されている。
実際は、外交においても日本の監督下で行われた米・サ外交であり、ヤルバーンが船体素材開発から、機関運用の指導までを行い、米国パートは操縦機器の設置と、研究用機材の搬入。制御機器・ソフトウェアの開発とそういったところで、実際はヤルバーン技術に相当依存しているところが高いのも事実である。
但し、組立て作業のほとんどは米国人の手で行われたので、そこは自慢してもいいものだ。
それにしても、かようなマスコミは、まま流石にサマルカとの協力は大々的に宣伝するが、日本が噛んだことなどほとんど言わない。ヤルバーンに至っては、ちょっと手を貸してくれたぐらいの扱いだ。
ホント、こればっかりは海外でかようなドキュメント記録番組等々を見ていると痛感させられる。
自国万歳がまかり通り、実際はいろんな国や組織の協力であっても、まるで一国がすべて主導したような報道を行う。そこんところは困ったものではあるが。
米国マスコミは、今日式典に集まっている式典招待者にマイクを向け、何か一声をもらおうとする。
まるでオスカーの授賞式のようである。赤いカーペットの上を歩いて、カメラに手を振る。
マイクを向ける記者へ気軽に答える要人達。
招待客は、有名なかのSF映画に出演した経験のある俳優や、ハリソン達当時の政治家。軍関係者に現在でも存命の教科書級宇宙関係者。
そして……
「あ、今ヘリから姿を見せるのは、この式典に招待された連合日本国の関係者です。ティエルクマスカ銀河連合に加盟した日本国は、我が国とサマルカとの国交を仲介してくれました。我が国と最も関わりの深い同盟国の関係者が本日は招待されています」
と、こんな感じ。あくまで日本はサマルカとの仲介をしただけの話で、あとは全部米国主導の外交を行ったそうなのである……米国のマスコミさんは。
今日の式典会場は、もちろんあのグレーム・レイク空軍基地である。
この乾燥しただだっぴろい『ザ・機密』のような空軍基地は、今日煌びやかに装飾されて祝い事よろしい会場のような作りになっていたり。
今日に限ってこの基地も、大統領令で前代未聞の一般開放を行うなどそれまでにない対応を見せる。
無論入場希望者殺到で全員入れるわけもなく、抽選で入場者数が限られ、外れた諸氏は鉄柵の向こうでこれまたパラソル刺して見学など。
というわけでチャーターしたヘリでラスベガスのホテルから乗り付ける諸氏。ハリソン前大統領は、この計画発起人でもあるので、VH-60Dナイトホークで登場だ。それはそうだ。まがりなりにも今年始めまで前大統領閣下なのだからして。
フェルがヘリを降りる。彼女はフィブニー機ながらヘリに関しては特になんともないので平常心。今日のフェルさん。背中の空いたちょっぴりセクシーなワンピース・ドレスでフェルを待つ柏木と腕くんで会場に入って行ったり。
ただの政治家なフェルと柏木が、まるで有名映画スターのようである。
もう会場の観衆はやんやの大騒ぎ。
確かにそりゃ今日のこんな公務に、柏木達の子供なんぞ、さすがに連れてこれはしない。
それはシエさんも同じくで、今日のシエさん地球のドレスなんぞを着て多川と腕組んでたり。
淡青白い皮膚と、体側面に映える刺青状の鱗模様に真っ赤な髪。んでもってモデルウォークがこれまたセクシー。ほんとにこの人軍人さんかと。
伴侶の多川は、自衛官第一種礼装に見を包んでのご登場。大歓声を浴びるが、シエさんがやたらと多川にくっついているので中には中指上げているのもいたり。
ハリソンは現大統領、共和党のロバート・マッカラム大統領と握手し、何やら話していた。
ハリソンは民主党だが、このエンタープライス計画に関しては、民主共和関係ない。国家の威信をかけた米国の宇宙計画であるからして、共和党政権になっても力を入れていた。
そして親友リズリーも招待されていたようで、ハリソン夫妻とリズリー夫妻はスタッフの軍人に案内されてVIP席へ案内される。
その時、少し柏木達へ振り向き、手を振っていた。
柏木も手を挙げてそれに応じる。
「柏木先生!」
「ああ総理、どうも。今着きました」
『お疲れ様でス、ファーダ』
二藤部が柏木達を見つけて声をかけてきた。
「マッカラム大統領閣下との会談はいかがでしたか?」
「ええ。まあ滞りなくですね。私もなんだかんだであと一年ですから」
「でも、日本の総理大臣は任期終了しても議員さんですからね。レームダックというわけにはいきませんよ。総理も『実力者』とか言われる立場になるんですから」
「ははは、それを言われるとそうなりますか。そういう柏木先生も総裁選挙に立候補したらどうです? 私は支持しますよ。三島派からも支持されて、吉高派も……柏木総理大臣いけるじゃないですか」
二藤部は総理大臣の奥方が異星人で、しかもフリンゼなら話題性抜群だと乗り気になりかける。
「勘弁してくださいよ。私が総理なんて世の中おかしくなりますよ。ははは、今の連合議員でも相当なのに」
『ウフフ、私はソーリ夫人でもいいですよ、マサトサン』
「いや、マジで勘弁だってフェル。派閥闘争に巻き込まれるのはちょっと……」
柏木は手を前で振って「それはないだろう」と頭をかく。
「ところで総理、三島先生は?」
「三島先生は今、新しい国務長官と話をしていますよ。ま、アレが飛べば、今後の火星などのこともありますからね」
「はあ……例のLNIF陣営の、宇宙飛行士受け入れの件などですね」
「ええ。あの宇宙船が飛べば、もう事は日本と米国だけの話では収まりません。否応なく、少なくともLNIF陣営の国々とは、ティ連の日本国として関わっていかなければならないでしょうし……慎重な舵取りが要求されますよ。だから正直な話、ことティエルクマスカ連合の件だけで言えば、柏木さんに総理をやってもらいたいというのは、何も冗談ではないという事です。これはティ連側も、そう考えてると思いますよ」
口をへの字にしてコクコク頷く柏木。
確かにティ連の事だけやってればいいというのなら、総理大臣ぐらいやってもみせると今の柏木なら言う事が出来るだろう。今でも二~三ヶ月に一回はフェルとイゼイラに行って政務をこなしている。むろん子供も連れてだが……これをネタに絹代と真男が『預かってあげる』といって孫と遊んでいたりする時もあるのだけれども。
だが、総理大臣は何もティ連の事だけをするわけではない。内政でも地球内外交でもいろいろメンドクサイ事がある。
それもやらないとというのなら、流石に今の柏木ではスキル不足だ。それをカバーできるものがあれば、柏木総理大臣も夢ではないのだが……
と、そんな話で時間をつぶしていると、先に来ていた白木がみんなを呼びに来た。
「おーい、柏木連合議員様。シエさん、多川さん。そろそろ始まりますよ……あ、総理、総理はあちらへ。おーい君。総理をご案内して……」
「なんだ? 白木お前も招待客だろ。何会場スタッフみたいなことやってんだよ」
「るせー、国務省の知り合いに捕まってな。手伝わされてんだよっ! みんなバランバランで好きなとこにいきゃーがって。なんで俺ばっか……ブツブツブツ……せっかく麗子と公費使ってデートできると……あ、おめーも早く席ついてくれよ。えっと、田中さん、あちらの招待客の方。お願いできますか?」
「はい、畏まりました白木様」
招待客を、なぜか案内している田中さんに白木。成り行きで手伝わされたとぼやいている。
麗子はうまい具合に逃げれたらしい。
「はいはい。んじゃ行きますかフェル」
『ハイですね』
「なんだかんだで今日はお祭り騒ぎだなぁ……ここがこないだまで、あの殺風景でエリア51なグレーム・レイク基地だぜ。信じられないよ」
『ホント、二年前に来た時とは全然違いまスね……コンナのもう機密基地じゃもうないデすよ。ウフフ』
と、ままそんな感じで、早く白木を落ち着かせてやろうと柏木も席に着く。
すると、席の前には大見が座っていた。今日は夫婦家族同伴ということで、美里と美加もやってきたようだ。
んでもって隣にはシャルリやリアッサも座っていたり。
「よっ、オーちゃん。シャルリさんにリアッサさんもお久しぶりです」
「おう、柏木連合議員閣下。やっときたか。フェルフェリアさんこんにちは」と大見。
「あ、連合議員様にフェルちゃん。お久しぶり~」と美里。
「柏木連合議員のおじさん、フェルさん。こんにちは~」と美加。
『やあフェル久しぶりだネ。ファーダもとうとう連合議員サマかい。こりゃこのままティエルクマスカ連合議長もいっちまうかい? アハハハ』
縁起でもないことをいうシャルリ姉。
『フェル大臣ドノト、連合議員カッカドノニオカレテハ、今日モゴキゲンウルワシュウゴラ……ア、噛ンダ……』
洒落が不発に終わるリアッサ姉。
トホホになる柏木連合議員閣下。横でコロコロと笑う愛妻閣下。
「あ、あのさ……ミナサンそのこれ見よがしな言い方、やめてくんない?」
昨今、柏木の周辺で、彼をおちょくるのはこのネタで統一されている。
諸氏ニヒヒと邪な笑顔。フェルもいっしょになって笑っている。
「でもオーちゃん。家族でご招待で良い家族サービスできたな」
「フフ、まあ~な。って、俺は直接この計画とは関係ないが、あの時のメンバーだしな」
「ああ、カグヤ訪問で、あの世紀の大演習大会のな……」
「シエ一佐もあの時は直接プロジェクトに関係なかったんだが、あれ以降に宇宙船の操船技術方面で、たまにリアッサ二佐と米国へ行って指導をしていたらしい。船内装備で特危の装備も一部使ってるから、俺や久留米一佐も取り扱いの指導でこっちに来てたんだよ」
「で、美加ちゃん先生の英語が役に立ったと」
「ま、そういうことだ」
そう。当時は物資運搬用の大型転送装置つきデロニカが一機駐留していたので、米国にもすぐにこれたのだ。但し当時は米国入国管理法の関係で、転送機で入国した場合はパスポートの関係もあってグレーム・レイク基地以外の場所には行けないことになっていた。
フェルもティ連統括担当大臣就任後は、公務で米国に行ったりとこっちに来る機会も割にあり、なんだかんだで異星人さんと特危諸氏はこのプロジェクトに絡んでしまっているわけで、もう無関係ともいえなくなってしまった。そんな中でもやはりセルカッツと、今や米国では国賓級待遇のイゼイランシェリフことセマルは米国要人に近い席に座り、ちょっと待遇が違ってたりとかような感じ。んでもってセマルにはマネージャーさんで西田三尉がついている。本当に通訳かマネージャーではないが、そんな感じなのか? するとフェルが目撃してしまった。
『ア……ムフフフ、マサトサンマサトサン』
「ん?」
『ホラ、セマル君』
「お? あ! アハハ。そんな感じですか。あの時から発展しましたな。これまたネットやファンサイトが荒れるなぁ」
セマルと西田がさりげなく手をつないだり。あれまこりゃまたというところ。
柏木は大見とそんな話をしていると、会場スピーカーから『Ladies and gentlemen』とアナウンスが入る。
ざわついた会場がしばし静まる。さて式典の始まりである。
会場放送のナレーションは、情緒的な表現も織り交ぜながら、マーズ・ホープ・エンタープライズ。所謂MHE宇宙船を自慢げに解説する。
『我が合衆国の技術と、異星技術の融合』がナンチャラカンタラと、そんな言葉で会場を湧かす
そしてまずはいざ。完成したMHEを会場の観客達にお披露目する時が来た。
目の前にある非常に大きな格納庫。これは二年前にパウルが作った格納庫だ。
格納庫の大きな大きなシャッターがスイと上がると……
中から大きな特注の牽引トレーラーに引かれて、宇宙船がその雄姿を見せる。
会場に流れるBGMはもちろんジェリー・ゴールドスミス。
船体色は白をベースに、青や赤のラインが走り、米国空軍と、NASAのデザイン文字が燦然と輝く。そして青い丸に白い星。赤と白の帯を背負った米国国章が機体のあちこちに張られている。
B-52をブッタ切った船体も、そのまま使うのではなく、やはり色々と機能に応じて形状を工作加工したようで、あのB-52の機体ラインは多少薄まり、パウルの描いたポンチ絵よりは若干弧を描くようなシャープなラインでまとめられている。
だが、この宇宙船故の部分。サマルカのフォーラをくっつけたような大きな円盤状の機首部と、非常に長い磁力空間振動波機関部二基に、その周辺デザインはやはり目を引く。
でもって洒落かジョークかマジなのか、フォーラ部の機首前部に弧を描いて『XSS-01 MARS HOPE ENTERPRISE』と書かれている。
何個ものランディングギアが機体を支え、牽引車に引かれてそれが登場すると、会場からは『オオオーーー!』と声がもれ、口笛にスタンディングオベーションと、やんやの大騒ぎになる。
柏木とフェルも、その成果に目を見張って笑顔で拍手。スタンディングオベーションだ。
なるべく地球技術をふんだんに使うというコンセプトながら、ここまでよく仕上げたものだと感心する。
よくよく見ると、機体部にはなんだかんだでやはりB-52の面影はあるが、それ以上に色々とティ連デザインや地球デザイン織り交ぜた感じにはできているので、うまい具合にはまとまっている。
この船に対するそんな評価をお互いにする柏木とフェル。
「って、それはいいけど……なあフェル。あれってパウルさんじゃないのか?」
特殊牽引車がランディングギア出したMHEを定位置まで誘導すると、けん引フックを外してなぜが観客席の方に走ってくる。
少し会場から外れたところで車を止めると……中から米軍の作業服着たスタッフ数人と、なんとパウルが出てきた。
『ア、本当デスね。なぜにあの作業用トランスポーターから出てくるデスか?』
すると大見が答える。
「パウル艦長ってあの方、あれでなかなか責任感の強い方でしてね。飛ぶまでちゃんと面倒見るって、あれからちょくちょく転送でこっちに顔出していたみたいですよ」
『ソウなのですか』
ジーっとそのパウルの姿を追うと、そのまま作業服の格好で、観客席のはじっこにポヨンと腰かけて、式を見学しているようだった。
「あんなところで見学しなくても……この計画での一番の功労者なのにさぁ。こっちに呼んでこようか」
「やめとけ柏木。パウル艦長もプロだ。裏方は裏方に徹するんだろ」
すると案の定、おそらく米国の政府スタッフだろうかがパウルのもとにスっ跳んできて、べつの席へと促しているようだったが、パウルがここでいいと手を振って先の同乗米軍スタッフといっしょに式を見学しているようである。
パウルはすっかり作業スタッフのボスとなっていた。
すると、それを見つめる柏木たちの視線に気づいたのか、笑顔でこっちに手をピラピラ振っている。
「ま、パウルさんらしいけどな」
柏木もそういうとパウルに手を振って返す。みなさん同じ感じ。
「いい具合に仕上がったみたいだなぁ。どう思うフェルさん」
『ソウみたいですネ~。見た感じに良い雰囲気でス。まぁパウル艦長とケラー・セルカッツがいるなら大丈夫デス』
「まぁなぁ。だけど……はは、面白いな。あのデザインな宇宙船に似てるのに、ランディングギア出して航空機みたいに駐機してるんだもんな」
その意見に大見はそれもきちんとした理由があると話す。
「あの船は、まあ船って言っているが、分類的にはやっぱり航空機だな。性格としてはデロニカに近い。なので宇宙専門で使うというわけではないそうだ」
大見が言うには、地上発進の往還機であることが大前提で、ヤルバーンの軌道ステーションのような場所に常時駐留し、出港するような機体ではないのだろうと話す。
「あれで爆弾でも積みゃぁ、最強の爆撃機だよなぁ……」
と、柏木がこれまた縁起でもないことを言うと、大見も
「ああ、爆撃機どころか普通に空中停止もできるしな。ヤルバーン兵器を除いたら、おそらく現在、地球最強の兵器になるな。それこそ真の意味で『ストラトフォートレス(成層圏の要塞)』だ。原子力怪獣も倒せるぞ。ハハハ」
旭龍や、旭光Ⅱなどとくらべると大したことはないが、地球基準なら恐るべき兵器になると大見も言う。
だが柏木はフェルさんに
『モ~、せっかくのお祝い事ナのに、そんな物騒なこと言ってドウスルですかマサトサン』
と、背中をペシっと叩かれる。確かにそれもそうだ。
さて、そんな感じで式典も進む。
会場から流れるBGMは『己にしかない正しい資質』を持った人々を描いた映画音楽に変わり、滑走路の彼方からビジネスジェット機のような飛行機が着陸してくる。
ヒイイイとエンジン音を降下させて、ジェットの中から出てくるは、白を基調にしたような宇宙作業服に身を包んだ二〇名ほどの宇宙飛行士。その中には船長に指名されたダリルに副長のジョンもいた。
主にISSクルー経験者で構成されているようだ。更に今回二〇名のクルーとは、恐らく米国の宇宙船開発史上でも最も多いクルー人数のプロジェクトになるだろう。
男性クルーが一五人に女性クルーが五人だ。
クルー達は、各々手を高く上げて観客席に向かって振る。その姿に今のBGMはよく似合う。
彼らは専用のタラップ車階段を昇り、元B-52機体部から内部へ入っていく。と同時に基地のオペレーションアナウンスも同時に外へ流され、まるでロケット発射のあのようなイメージな光景になる。
さて、今回のマーズ・ホープ・エンタープライズの諸元。所謂性能。
全長・八二メートル。全幅・七六.八メートル。
搭乗人数は機内の仕様にもよるが、今回は長距離運行試験仕様なので、現在のクルーどおりの二〇名。
これが予定している仕様の一つ、旅客仕様になると、機首部やブリッジ部にもれなく座席が設置されるので、一〇〇名程となる。
まだまだデロニカや大型フォーラに比べれば少ない人数だが、それでも米国としては大きな一歩である。
推進機関として、六割米国の技術で製造した磁力式空間振動波エンジンに、化学スラスター。
今回色々とティ連と日本で運用を考慮した事象可変シールド装置については、米国政府と正式に契約を結び、ブラックボックス化させた物の運用と使用が許可された。これはティエルクマスカ連合本部からも認可が出ている。
ただ、全てのシールドシステムが認可されたわけではなく、基本デブリ防御のための一般対物理シールドと、オマケで宇宙放射線防御のための宇宙線シールドの使用が許可された。ちなみにこのシールドは居住区画に展開されるので、MHEに使用されている宇宙線エネルギー変換装置には影響を与えない。
当初はこのシールドシステムのみ、ブラックボックス化使用が許可される予定だったのだが、なんだかんだで絶対に失敗させるわけにはいかないということで、他にも量子通信装置のブラックボックス化使用が許可された。これに関しては緊急事態が発生した場合、近隣のティ連部隊が駆けつけられるようにと配慮したものだ。
残念ながらやはりハイクァーン機器とゼルシステム機器のブラックボックス化使用は認可されなかった。
基本MHE宇宙船は、地球~火星の往来用で、この宇宙船の性能であれば軌道間距離が最長時でも五日もあれば火星に到達できるので、十分な予備機材修理部品と、糧食を積んでいれば問題ないということでこの度は見送られた。
だが、それでもこの宇宙船がティ連以外の基準でみれば、画期的なことに変わりはない。
当然軍も噛んでいるからして、軍用型HMEの開発も考慮されているだろう。
風の噂では、この磁力式空間振動波エンジンの機構が、次期戦闘機の主要機関で使われるかもしれないとの情報も入ってきている。まあ普通に考えればそうもなろう。
実際、今回ティ連がシールドのブラックボックス仕様許可を出さなかった時のために、ハードポイントと化した主翼部に、大型デブリ破砕用の核ミサイルを数十発搭載する機能もこの船は持ちあわせている。即ち、これがそのまま発射する核ミサイルの目標が、デブリか国かで簡単に兵器となるわけだ。
武装もとりあえずは装備されている。
とはいえ、これもシールドが使用できなかった時のための、デブリ破壊用で付けられた自衛用程度のものだ。高出力レーザーにM230チェーンガン。
特危から提供を受けた14式機対機誘導弾……これはデブリ破壊用という名目で、ティ連技術が使われている兵器でもないので輸出が許可された……と、その程度である。
クルーが宇宙船に全員搭乗したあと、交代で中から米国人スタッフとサマルカ人スタッフが出てきてタラップを降りる。
中にはセルカっちーもいた。どうやら最終調整に付き合っていたようだ。
セルカッツらサマルカ人やスタッフも観客席に向かって手を振る。どうやら万事問題なさそうである。
センターのカウントダウンが会場に流れる。出発の時が一刻一刻と近づく。
『発進まで三〇〇秒。全システムチェック。現状問題なし。空間振動波エンジン、アイドリング開始』
エンジンナセルのスリットに光が入る。
キュンキュンと綺麗な光点がエンジンナセルを右に左に往復する。と同時に、何か少しだけ宇宙船周辺の空気が歪んだような、夏の暑い時期の蜃気楼を思わせるような感じに一瞬なった。
その瞬間のみ、会場観客席の人々は、一瞬体を宇宙船の方向へ持っていかれる感覚に見舞われた。
で、ところどろこでスマホの再起動音がチロチロと鳴っている。電子機器にもほんの少し障害を与えたようだ。
磁力式空間振動波エンジンには、もちろん周囲に磁気障害を与えないような処理が施されてはいるが、やはり地球の技術力を使う部分では、一瞬だけ磁気波動が外に漏れてしまうようだ。ただ、この程度なら別段問題にはならない。
「オオ~」と観客はどよめき、拍手がわく。期待は膨らみ、残りのカウントダウンを待つ。
『Mars Hope Enterprise-alpha Start up preparation』
『Ok 180 seconds remaining until the start.170・169・168……』
刻々と刻まれるカウントダウンに、会場の緊張は頂点に達する。
なんせロケットが飛ぶというわけではない。これがロケットなら遠目に見るところなのだろうが、今の観客席と船の距離は、空港のそれと同じような距離だ。言ってみれば目の前。
飛んでいく時にもうもうと水蒸気巻き上げていくわけでもないので、これもまた日本人以外では初の体験になる。
『10・9・8・7・6・5・4・3・2・1・levitation start』
この一声とほぼ同時に船体はグググっと浮き上がる。
エンジンナセルの光点は、今や『点』ではなくなり『線』になる。即ち煌びやかに光り輝き、そのB-52二機分と大きな円盤部を持つ船体はブワっと浮き上がり、地上から約一〇〇メートルほど浮かび上がって一旦待機。エンジンナセル下部にあるランディングギアを収納する。
もう日本人からすれば、羽田にしょっちゅう飛んでくるデロニカで見慣れた光景だが、日本人以外の国民からすれば、このぐらいの大きさの機体が浮かんでいる構図というのも相当に興奮する光景だろう。
実際、観客席は総立ちで拍手状態だ。口笛吹いて腕を上げ、歓喜している。
会場外でこの光景を見る米国国民市民達は「USA! USA!」と歓喜の声を上げる。
センターと船の交信は会場に流される。どうやら最終点検を行っていたようで、すべてオールグリーンで順調のようだ。そりゃそうである、セルカッツ達サマルカ人がチェックに付き合っていたのだ。不備を見落とすということなど、まずありえない。ここは今回の契約最後の大サービスで、ハイクァーン修繕装置で船体全部をチェックしたので、細かいナノ単位の不備も完璧に修繕修正をかけている。
そして……
『MHEアルファ、第一目標ヤルバーン軌道ステーションに向けて発進します』
『了解MHEアルファ。発進どうぞ。いってらっしゃい』
このアナウンスと同時に、MHE宇宙船はゆっくりと、そしてグングン水平方向に加速し、船体を天に向けて垂直に、グンと加速していく。
そのサマはティ連機動機械独特の残影を残すような加速で、一見するとものすごいGを伴う加速に見えるが、実際船内は加速しているという感覚はないだろう。だが周りの風景は恐ろしい速度で流れていく。
船の操縦方法は、多川が旭光Ⅱや旭龍の巡航モードで使っているシステムをセルカッツ達は参考にした。
恐らく船の操縦士は、まるで日本製のエスパーダを高速道路で走らすぐらいの快適な操縦を行っているはずである。大気圏を抜ければ自動操縦に切り替わり、あとは寝転がっていても目的地に連れて行ってくれる。
柏木やフェル達は、天高く昇っていくMHEを見上げ、地球科学がふんだんに使われたその船に祝福の拍手を送る。
無論全てが地球科学ではないにしろ、ここまで地球技術がふんだんに使われたティ連科学ベースの機動機械は、日本の『旭光Ⅱ』『旭龍』に続く成果だからだ。
旭龍といえば、元の設計は、一万年前のイゼイラ人で、その設計をヤル研のヘンタ……優秀な技術者とヤルバーン技術者が地球の兵装や運動制御システムとティ連科学を融合させて製造したという、所謂『共同開発』として出来上がったマシンだが、このMHEは地球科学で実現不可能な技術のみティ連に協力を願い、あとはすべて米国技術という点が、旭龍と大きく異なるところだ。
つまり、旭光Ⅱに旭龍は、地球人とヤルバーンが互いに知恵を出し合って造ったマシンであるのに対し、MHEは米国国産と外注をはっきり分けたマシンといっていい。
即ち、今のヤルバーンをめぐる国際関係を如実に表した製造工程を、この機種機械らは如実に示しているのである。
連合国としての共同開発のマシンか、独力で開発を目指し、開発不能なパートを外注したマシンか。
この対比は貴重であり、実はヤルバーンもこの成果を『発達過程文明』の調査成果として非常に重要視していたりする。
……さて、実際この地球でも似たような話はあり、かのスペースシャトルにしても、あの機体は日本の技術がなければ飛ばない宇宙船ともいわれている。
他、かの航空自衛隊で運用しているF-2戦闘機は、その主翼をカーボン一体成型構造としているが、当時この技術を持つのは日本しかなく、米国はこの技術を米国に移転しろとしつこく迫った時期もあった。
実はこの炭素素材はステルス技術と相性が悪く、電波を透過させてしまう性質があり、機体内部の機材がレーダー波を反射させてしまう性質があるため、世界各国の戦闘機開発主要素材としては昨今使用されなくなりつつある素材であるのだが、日本はそれを『塗料』で補う技術を持っている。
兵庫県に本社のあるとある大手塗料メーカーはこういった技術に長けており、かような産業の複合技術がかのF-2戦闘機に投入されているわけで、この戦闘機。F-16のような形をしているが、実は機体形状の割にはステルス性が高く、機動性もF-16とは別物の優秀な戦闘機なのである。
かようにこの地球世界でも、実のところ国家間の技術優劣がはっきりしているところがある。
例えば、大砲を作らせたらドイツがうまい。大型砲の速射技術ならイタリアが優秀。航空機エンジンの設計なら米国に英国とフランス。素材技術や精密加工技術は日本がダントツといった具合に、互いの優秀な技術を『外注』という、商取引で補いあっているのが西側自由陣営国家の技術体系なのだ。
従ってロシアや中国のような旧共産国は、かつての社会主義とは名ばかりな事実上の独裁体制と機密保持という国家体質がゆえに、すべての技術を自国技術で賄っていた。そしてその衛星国家がお下がりの技術をベースに機械を作るから、西側のような発展がないのである。
ただこの旧東側。つまりソ連系ロシア型技術もだからといって遅れているというわけではない。
そういった商業形態の技術体系では元々なかったために、古くても確実な技術はいつまでも残る。
従ってロシアの宇宙科学は、よく『真空管と半導体が同居する技術』と言われる。
つまり『今まで使って確実な技術なら、無理に変える必要ないじゃないか』というのが東側の技術に対する考え方で、この考え方があるおかげで、ロシアでは宇宙技術の事故が驚くほど少ないのである。
……その後、無事に宇宙へ出たMHE宇宙船は、ヤルバーン軌道ステーションとのランデブーに成功。
日本上空の軌道ステーションとドッキングしたMHEは、物資搬入のテストも含めて、予定していた残りの食料や、部品を船内へ搬入する。
そこには日本側もジョークで神戸ビーフのスキヤキと、オシルコセットを入れていたり。
でもって、フェルさんプロデュースのカレーセットもなぜか入っている。
ダリルとジョンは、その二つを見て大爆笑。その様子をステーションに居合わせたマスコミカメラが撮影していた。
次にMHEは月軌道へ向けて航行。普通の宇宙船なら地球の引力を利用してスイングバイな航行をするところだろうが、MHEの空間振動波機関と宇宙線エネルギー機関ならそんなまどろっこしい運行方法をとる必要もない。
そのまま船体を軌道ステーションから翻し、機関に光をまとわせて少し残像を残して加速。
そのまま月へ向かって飛んで行った……
MHEが基地から飛び立った後、グレーム・レイク基地の管制センターへ招待された柏木にフェル達当時の関係者はその後のMHE運行状況を見学した。
柏木とフェル。セルカッツに作業服着たパウル。シエに多川、セマルにリアッサ、シャルリ、大見ご一家に久留米御一家。白木に麗子に田中さん。そして此度は二藤部に三島とそんな大物政治家も一緒。そんなカグヤが初めて米国を訪問した際の諸氏がセンターに姿を見せると、センター内は拍手でお出迎え。
色々と見学させてもらった後、主のいない格納庫でパーティの準備がなされていた。
そこでこれからMHE宇宙船試験飛行第一段階成功のパーティーが開かれるという具合だそうである。
関係者続々と格納庫へ入場。パーティ開催の前に、関係者が何やら一言述べあっていく。
現大統領マッカラムも一言述べた後、二藤部と共に会場を後にする。そりゃ現職大統領だ。スケジュールも相当なものだろう。これから二藤部との日米会談が控えているので二藤部も大統領と何やら会話しながらかような感じで会場を後にする。
明日はマッカラムと柏木の会談もセッティングされている。忙しい話だ。
柏木にフェル、それにセルカッツやパウルも何か一言を求められる。
まま、有体な挨拶を皆一言二言。その後の乾杯音頭で諸氏、立食形式のパーティ開催だ。
「よう連合議員先生。ご苦労さん」
「三島先生ぇ~……そのいちいち「連合」を頭につけるの、どうにかなりませんかね」
「だってよ、事実じゃねーか。ガハハ。フェル大臣も、ご苦労様ですな」
『イエイエ、ファーダ。お気遣いナクでス。ウフフ』
そんな感じで三島と柏木にフェルもグラスを合わせる。
「ま、これで地球世界も一つ何かを踏み出した感じはあるわな」
「ええ、そうですね。このHME宇宙船が月軌道の試験を終了させれば、そのまま火星へ行くことが可能になります」
「ああ、俺たちもあの君島の計画、そろそろ完成するしな。それが完成したら、今の火星へ行っている便も政府専用デロニカに頼らなくて済むようになるぜ」
そう、実はこの二年後の世界。火星の日本治外法権区が完成し、火星にヤルバーンを複数合体させたような人工空中大陸パーツとして浮いているのである。そして日本の科学スタッフがすでに駐在し、火星のテラフォーミング化と自治体化を目指して奮闘していた。むろんそこには一区画。といっても対角長一〇キロの区画だが米国の治外法権区があり、当初日本は米国に対し『デロニカで一緒に火星へ行くか?』と誘ったが、米国側はMHEで行きたいという事で丁重に断られた。
代わりに火星での受け入れ態勢をよろしくお願いできないかという事で、そっちの準備も進めていたりする。
さて今、三島が言った君島の計画。
それは二年前に日本でも始まった、例のティ連技術習熟計画の一つとして進められていた日本版プロジェクト・エンタープライズともいえる計画。
『扶桑計画』
というプロジェクトだった。
この計画。君島重工が、宇宙空母カグヤに技術陣を送り込み、徹底的にカグヤを調査。
同時にかのヤルバーンで取得したティエルクマスカ原器を徹底的に調査し、ヤル研のティ連技術転用部を中心に、一切ティ連技術者に頼らない、日本人技術者のみで、宇宙空母カグヤと連携する機動重航宙護衛艦を開発する計画。手っ取り早い話が機動航宙戦闘艦開発計画。それがこの『扶桑計画』というコードで呼ばれるものだった。
その詳細は一切の極秘事項で、次期防衛予算にも計上されていない。
ヤルバーン州軍が開発するという名目で、そういうカモフラージュな点のみヤルバーンの協力を仰いでいるという、かなり挑戦的な計画であった。
「……あの『扶桑』が完成すれば、ますます地球世界の三局化が進みますね三島先生」
柏木とフェル、そして三島は少々人目を避け、格納庫の外に出て話す。
グレーム・レイクは日も落ち、空には星がきれいに瞬く。
格納庫は人の背丈ほどシャッターが開けられ、外の心地よい空気が会場にも入ってくる。
「ああ、そうだな。日本とヤルバーン州ティ連陣営に、米国を中心としたLNIF陣営。そして中国・ロシア・韓国らの、例のCJSCA陣営って奴か」
「はい……まさか日本がここまで世界の中心に躍り出るなんて、当の日本人自身が思ってもみなかったでしょうからね。正直とんでもないことになっていると思いますよ」
するとフェルが
『それモ因果ですマサトサン。メイジジダイという時にも一度経験しているではないデすか』
「おお。フェルが明治維新後の世界を例に出すとはね。流石です」
『私だってもうニホンジンですから、自分の国のお勉強ぐらいシてますヨ』
そういうと三島が
「じゃあフェル先生は、今の世界が、あの明治時代、日露戦争後の日本と似てるって言うのですかい」
『ハイ。但し、このニホン国が世界の中心に躍り出た……という意味でのみですガ。ただその時と違うのは、今の日本はティエルクマスカ連合加盟国というお仲間がタクサンいることを忘れてはいけませンですね。そして私達連合人は、この国を「聖地」と思っていることも忘れないでクダサイ。もっと日本国は自信をもってイイですよ』
「そうだな、確かに……そうだよな」
柏木はフェルの頭にポンと手を当てる。
すべては三年半以上前のあの日から始まった。そして二年前にこの国へやってきて今がある。
三人はふとそんな事に思いをはせる。
空を見上げるとポッカリと浮かぶ月。
柏木は確かあの時、ホワイトハウスで見上げた月も、こんな感じだったとふと頭を過った……
………………………………
サンフランシスコの夜。湾に浮かぶ宇宙空母カグヤ。
サロンの壁面モニター側にあるソファーに座り、お茶でも飲んで一服する柏木ティエルクマスカ担当大臣。ぽっかり浮かぶ月が綺麗な亜米利加の夜。
サンフランシスコの月夜にジャズなんぞ一曲欲しいところと思ったりする大臣閣下。
その横にはフェルさんがくっついていたり。
~ さて、二年ほど時間を戻し、米国西海岸サンフランシスコ ~
ハリソン大統領の私的晩餐会も終え、当初の契約も履行し、あとは諸々な監督作業という感じで今後は推移していくだろうProject Enterprise。
予定の残り二日は各員半舷休息という形で、休暇を取ってもらった。
この米国訪問も、ままいってみれば柏木とフェルにとっては口に出しては言わないが、二藤部達が気を利かせた公費使っての新婚旅行みたいなところもあるので、『休暇』とは公には言わないものの、この二日を使って柏木はサンフランシスコの街をフェルと共に散策した。
彼はこの街や、丁度東京―大阪間ぐらいな距離の、南に下った場所にあるロサンゼルスには過去に何回も行ったことがある。ロサンゼルスは世界最大のゲームショーや、ITショーなどが行われる街としても有名で、かのジェネラル・ソフトウェアのプレゼンを成功させたのもこの街だった。
当時、ショー見学の後に時間ができれば同僚同士で国内線に乗って、ロスからサンフランシスコへ遊びに行ったものだった。
時にはロス直行便がない場合などは、サンフランシスコで乗り換えてロスに飛んだりと、ままそんな仕事の日々を思いかえしたり。
そんな感じでフェルさん。流石にイゼイラ人姿で歩いていたら、そりゃ大変なので今は日本人モード。
柏木もカジュアルな服に着替えてフェルと共に街を歩く。
スーツ姿でキメた柏木なら日本人の彼でもすぐに有名人だとわかってしまうだろうが、カジュアルな服にキャップ帽と伊達眼鏡付けた日本人の柏木なら、アメリカ人とてそこらへん歩いている日本人と見分けがつくまい。観光に来た日本人でも、彼がこんなところウロついているとは思いもすまいというところ。
アイス舐めながらフェルが「アレはなんですか?」「コレはなんですか?」と聞き倒すので、柏木も懇切丁寧に教えてやっていたり。色々と珍しいものを見つけては質問攻めにするフェルが可愛い柏木。
「これでロスまで足伸ばせたら、ハリウッド見せてやれるのになぁ」
『はりうっど? なんですカ?それは』
「この地球で最高峰の『映画の街』って言われていてね。映画撮影所や、そのテーマパーク……映画をテーマにした遊園地なんかがあるんだよ」
『エーーー! 行きたいデス行きたいデスぅ!……って、流石にそこまで時間ナイですものねぇ。残念……』
フェルは少し肩を落とす。
「ははは、でも基本大阪にあるあそこと同じだよ」
先の選挙の時に、選挙終了後、デートで大阪市此花区にある同施設に二人は行ったことがあった。
『マサトサンはろさんぜるすのてーまぱーくに行ったことあるデスか?』
「うん。少しアトラクションで違うものがあるんだけどね。あの魔法使いのお城は、こっちにはないし、海賊王のあのアニメなんかのアトラクションは日本独自で、当のアメリカ人が大阪の方へ来たがるそうだから」
ここは観光ガイド柏木先生の話をウンウンと聞くフェル。
この米国本家某映画テーマパークの方には、大地震を扱ったパニックムービーのアトラクションや、最後のフロンティアなSF映画の初代船長と、ディスカール人によく似た異星人役の故人俳優と共演、つまりクロマキー合成で共演しているように見せるようなVTRを撮影してくれるコスプレアトラクションなどがある。
米国と日本のアトラクション構成における違いというものもあって、日本の方はどちらかというと観せるアトラクションを重要視しているのに対し、米国の方は体感できるアトラクションが多いのが特徴である。
最近は日本の方も、生物災害をテーマにしたパニックゲームの体感アトラクション等も出てきたが、これもつい最近の話。客層が日本も変わってきたという事だろうか。
一つこの此花区テーマパークで面白い話があり、この米国資本のテーマパーク。実はその大地震を扱ったアトラクションが有名で、そのアトラクション=この施設といった感じだったのだが、日本ではその施設は造られなかった。これは関西地区で起こったかつての『阪神淡路大震災』の影響があったためとも言われている。
とまそれはともかく、今年も暑くなりそうな夏が近づく米国。カフェに腰かけて冷たい飲み物をあおる二人。
二藤部や三島の好意に甘えて、ちょっと新婚旅行気分である。
ケーブルカーが行き交う有名な坂道を臨み、今日は良い天気ながらも涼しい風が吹く。
二人はそんな景色をしばし眺め、幸せな気分。ウエイターを呼んでパンケーキなどをつついてみたり。
フェルが頼んだパンケーキは、彼女が大好きな生クリームがドバっとてんこ盛りなケーキだったり。
ニコニコ顔で頂いている。
流石にお忍びで街に出てきているフェルと柏木。PVMCGの翻訳機能も使えないので、片言の英語で米国人と注文のやり取り。
フェルはおすまし顔でしゃべれない人を装う。フェルが迂闊にしゃべってしまうと二重和音な音声になるので一発で偽装がばれる。
……ちなみに日本では、もうキグルミを使用することもあまりないので、ポルは今後今回のように海外での擬態を使用した活動も含めて、この副音帯を持つイゼイラ人やダストール人の音声単音種型変換機能も考えないといけないと研究に勤しんでいたり。ここはナヨ様の擬態機能が役に立とつというわけである……
『アレ? マサトサン。あれは……』
フェルがとある方向を指さすと……
「ん? あ、ありゃ西田さんじゃないか。一人で何してるんだ? えらい可愛い服着て」
『ウフフ、どうやら一人ではないミタイですよ』
するとソフトクリーム二つ持った、えらいイケメンの日本人男性がヒョイと姿を現す。
服格好は、今の柏木のような至って普通のカジュアルな格好。
ただ、バッチリサングラスかけて決めている。でもって柏木もフェルさんも、その日本人、いや、日本人姿の誰かさんは知っていた。
「あ~セマルさん。西田さんと……」
『マタ一組誕生ですネ、マサトサン。良い傾向ではないですか。ウフフフ』
「ははは。ま、そうだな。でも外事モードでいいのかな」
『今日だけなら大丈夫デスよ、ウフフ。バレたら日本人の容姿データ、変えたらいいだけでス』
「ま、それもそうか」
ただ西田さんは全米国民を敵に回したかもしれなかったり。いやはや。
まま結構なことではないかと、ここは見なかった事にする大臣と副大臣。
柏木達もカフェを出て、観光地巡りとしゃれ込む。
フェルさんお気に入りのサンフランシスコ観光地は、ジャパニーズティーガーデン。所謂日本庭園だ。
『なんだかニホンのニホン庭園より立派ではないデすか。ムムムム』
と腕組んで気に入ったのは気に入ったけど、今一つ納得がいかない様子。
「ここはね、昔世界的な文明文化博覧会みたいなことが行われたときに、日本の文化を紹介する場所として作られたのが、そのまま残っている場所なんだよ」
『ナルホド、そうなのですか!』
「うん。で、今日本ってフェル達が地球に来る以前から、ちょっとした世界的なブームでね。ここで日本のお茶を楽しんだり、ま、そんな施設なんだけど……」
『ド? なにかあるのですカ?』
「いやいや、そんな日本のお庭なんだけど、実は所有者は中国人というね。なんとも皮肉なもんだよ」
『は? ニホンのお庭なのに所有者がチャイナ国人ですカ?』
「ま、そんだけ儲かるってことなんだろうね」
『はりゃ、ナルホドです。貨幣経済文明デスね~』
という、柏木先生の解説通りだったりする。
但し、この知識。柏木先生がTES時代の話なので、現在は定かではない。
でもフェルさん。柏木の言ったその『万博』という発想が面白いなと思ったり。
ティ連か日本か、そこでティエルクマスカ連合万国博覧会ができたら面白いなーと考えてみたりする。
今度考えがまとまったら、柏木にネタフリしてみようかと思う副大臣閣下。
そしてっ!
米国に来たからにはやはり外せないのがこれ。
柏木先生はサンフランシスコ郊外にある射撃場を予約しておいたりしていたり、あーこりゃこりゃ。
『フム、やはり専門家のマサトサンとしては、ここは外せませんか。流石ですねっ!』
全然わかってない嫁さん。
「うむうむ。ちょっと研究をしていかないといけませんので、フェルさんお付き合いください」
『モチロンです』
こんなのが夫婦やってるんだから、そりゃなべて世は事もない。
ってか、閣僚が射撃場にテッポー撃ちに来たとかバレたら、あとで『平和病』という精神疾患を持つ連中が煩いぞと。
とまぁそんな事も気にせずテッポを物色してちょいとストレス発散。
柏木の偏った知識がフル稼働で、フェルに色々教えてやったり。
そりゃフェルからすれば、威力だけで言えば粒子ライフルから重力子ランチャーまで撃ったことがあるので、フェルも一応に武器に関しては玄人だが、地球の『銃』という武器を本格的に撃つのは、実は初めてである。
「で、フェル。これ撃ってみる?」
『ハイです。これは確か、同じ形のエアガンがオウチにありましたネ。確かでざーとナントカとかいう』
「そそ、デザートイーグル50AE。強力な反動の銃ですよ。撃ってみる?」
『ハイですね。私もお勉強でス』
で撃ってみた。案の定
ドォォォォン!『キャーーーー!』
ドォォォァン!『ウヒャーーー!』
バァァァァン!『ウキャーーー!』
一発撃つ度に、後ろへ体がもっていかれる。
柏木が背中に手を添えてやっていた。
「ちゃんと肘の力加減をコントロールしないと、銃の反動で頭を殴っちゃうよ」
この銃撃って、自分の頭殴った女の子の動画は巷で結構有名。あれはリアルである。本当にあんな風になりそうなのが50AE弾だ。
『ヘヘヘヘヘ……こ、コリは……カイカンですねマサトサン』
もうだめだった……あ~あ。
と、そんな感じで楽しんでいると
「よぉ柏木、やっぱこーいうとこ来てたな。ははは」
「ま、お前の行動パターンならこうもなるか」
「田中さんの言った通りですわね? オホホホ」
「恐縮です。常務」
白木に麗子、田中さんに大見だった。
「ありゃ、これはみなさん」
あれまといういう表情の柏木大臣。
「よう柏木。田中さんの予想がバッチリ当たったな」と白木。
「さすがは田中さんというところか? 見事な予想だな。ははは」と大見。
「予想というほどのものじゃないのではないですか? ある種必然といいましょうか」と麗子。
「やっぱりこーいうところにきていましたですね柏木様にフェル……ゴホン。迦具夜様」と田中さん。
周りを気にしてフェルの事を日本名で呼ぶ田中さん。流石である。でも溜息笑顔な田中さん。案の定だと笑うみんな。でもなぜにお宅らがこんなところにと問う柏木。
「いや麗子がな、こないだのほれ、ヤクザ騒動の一件あったろ。あれでせっかくPVMCGもあるんだしってんで、銃の使い方を覚えておきたいと言い出してな。田中さんがインストラクターになってあげるって事で、お前も一緒にと思ってよ。どっかこのあたりの射撃場にでもいるんじゃねーのかって来てみたら、案の定だ」
「ああそうか、田中さんはどこかの州の保安官資格を持っていたんですよね。じゃあ銃の使い方も?」
「はい。心得ております」
すると田中さんが射撃場のインストラクターに何か英語で話し、ライセンス証を見せてるよう。
その射撃場のインストラクターも目を丸くして驚いているようだ。
柏木が沢山借りてきた銃を顎に指当ててトントンと考えつつ……選んだのは、最もポピュラーな9ミリ自動拳銃『グロック17』
カラカラとマンターゲットを向こうへ送り、ゴーグルかけて防音イヤーマフをつける。射撃スタイルはアソセイレススタンス。銃を両手でホールドし、真正面に構えるスタイルである。同じ両手でホールドするスタイルでも、片腕を伸ばし、もう片腕の肘を曲げる「ウィーバースタンス」というスタイルがある。見栄えはこっちのほうがいいのだが、実はこちらはどちらかというと素人向けの射撃スタイル。銃を誰でも構えやすいように編み出されたスタンスで、玄人は前方一八〇度全てを効率よく見渡せ、即応射撃がしやすい一見へっぴり腰に見えるアソセイレススタンスを好んで使う。
ということで、流石は田中さん。アソセイレススタンスでグロックをバババと連射。空薬莢巻き上げてマンターゲットの真ん中あたりに弾を全弾命中させる。
「うひゃ、すげ……田中さん半端じゃないな」
「はは、流石だな。俺も負けそうだよ」
本職の大見も感心する。大見は自衛官とはいえ、熟知している銃器は64式
小銃と89式小銃に9ミリけん銃。あとは若干の機関けん銃にティ連の兵装ぐらいなものだ。自衛官だからといって、全ての武器に精通しているわけではない。それに比較して田中さんは米国にいた経験から、幅広い銃器の射撃経験がある。
「では常務。こちらへ」
「はい。よろしくお願いいたしますわね」
田中さんは麗子を呼んで、ご教示開始。って、銃、柏木のオーダーした奴じゃんと。
「こまけぇ事言うな大臣閣下」
「はは、まーいいけどね」
と、そんな感じで、みなして射撃を楽しむ。
フェルや白木も。結局田中さんにコーチ受けたり。フェルは筋がいい。流石は元調査局の局長さんである。ゼルエの弟子は伊達にやっていない。
フェル曰く、やはりブラスター系武器と銃器は扱う感覚が全然違うらしい。
フェルもゼルシミュレーションなゲームで銃は扱ったことあるが、やはりゲームなので基本セーフティがかかったものだ。実物は全然違うという話。
白木に柏木もなんだかんだで独学スタイルなので田中さんから結構色々ダメ出しを受けていたり。
彼女のアドバイスで、格段に命中率が上がる。すごいものだと感心する。
大見はもちろん教える立場の方だ。田中さんと一緒に色々ご教示していたり。
で、なんだかんだで結局タマ代にレンタル代。麗子さんが全部奢ってくれた……流石はお金持ちである。
………………………………
さて、かように推移したProject Enterpriseだが、当初の契約内容が終了し、カグヤと第一工作艦は米国を去る日がやってきた。
来た時は、特に何かセンセーショナルな式典か何かがあったわけではなかったが、帰りはサンフランシスコ市あげての送別式典が行われた。
カグヤを臨むとある沿岸部で、星条旗と日本国旗と連合旗に飾られたアメリカらしい式典会場をあつらえて市長さんが何やら色々と演説をしていたり。そんな会場に出席するは柏木大臣と、セマルとセルカっちーにパウルかんちょ。
実は当初予定になかったのだが、急に市がやるとか言いだしたので、忙しい中、出席できる連中を見繕ってやってきた。
まあ柏木はリーダーなので出んといかんだろうと。
かっちーは鉄板。
パウル艦長も人気者で、とりあえず一仕事終えてヒマしてたので出てくれた。
セマルはもう義務。彼が出なけりゃ意味がない。ってか、サンフランシスコ市民、みんな彼が本命であるからして。
シエさんら他の異星人さんにも声かけたが、みなさん多忙で無理っぽそう。でもこの三人いれば、まま問題ないだろうと。フェルさんは、リーダー柏木が出席しているので、現場のリーダーもいないとという話でカグヤに残った。
セルカッツにパウルも名誉市民の栄誉を受けたり。穿った見方をすれば、かように米国もティ連人との関係を築こうと色々策を講じてるのかとも思うが、彼らを観る観衆の歓声は、そんなことは関係ないのだろう。
アメリカ人らしい星やハートマーク書かれたプラカード持って、ワイワイ楽しくやっている。
そして帰国の時。
今サンフランシスコ上空には、第一工作艦がカグヤと共に帰国するため上空待機している。
カグヤも此度は米国の歓待に応えるため、カグヤが『宇宙空母』であるが故の姿を見せてから帰国することとした。
つまり、サンフランシスコ湾で、高度五〇〇メートルあたりまで浮上したのだ。
マスコミのヘリや警察のヘリが飛ぶ中、大きな巨艦が湾の海水を滴らせながらどんどんと浮上していく。
その様子を見るサンフランシスコ市民達。もう唖然としたあと、やんやの大騒ぎとなる。
第一工作艦と高度を同じくし、回頭して進路を太平洋へ向ける。
ボーと霧笛の音を鳴らすと、湾のどこからか、その霧笛を返す霧笛の音。
陸からは自動車がクラクションを鳴らし、彼らを送る。
「ではスーザンさん。どうも色々ありがとうございました。大統領閣下によろしくお伝えください」
「はい大臣閣下。私もこの数日は夢のような仕事をさせていただきました。大きな声では言えませんが、このままこちらへ就職したいぐらいですわ」
「はは、それはそれは。で、色々情報も収取できましたか?」
「ええ、おかげさまで。今後の日米関係の為にも、色々有効に活用させていただきますわ」
柏木は高度五〇〇メートル上空のカグヤ甲板で、海兵隊VH-60に乗り込むスーザンを見送る。
手を振り飛び立っていく彼女。これで彼女がカグヤで過ごした数日間の経験は、ハリソンにも伝わるだろう。
そして太平洋へ向け、進むカグヤと第一工作艦。行きは金門橋をくぐったが、帰りはその上を飛ぶ。
空軍機が二艦を護衛し、沖に出ると海軍機が二艦をエスコートする。
宇宙空母カグヤとヘイシュミッシュ級第一工作艦は、日本への帰途へついた。
………………………………
……で、帰国後、何日後かの事。
(ふむむむ、えっとえっと? 『コウサテンを右折する場合、先に入っていても前方からの直進車に進路をゆずらなければならないが、左折車よりも先に右折してもよい』えっとえっと、これは~間違いですね~)
マークシートを鉛筆で黒く塗るフェルさん。
何をしてるかというと、運転免許試験場での筆記試験である。フェルさんイゼイラ人姿で試験中。
周りを見ると、何人かティ連人さんもいたり。でも有名人フェルさん登場で、こっそりスマホで撮影されて、つぶやきに投稿されたりして。
……で、試験終了。
外では柏木がフェルを待っていた。
「フェル、ご苦労さん。どうだった?」
『モー、意地悪な問題が多すぎるデスよ。「ナニナニしていいけど、こっちはダメっぽい感ジ」みたいな、問題ばっかりデス』
「でも、翻訳機能は使わせてもらえたんだろ?」
『ケーサツさんの支給してくれたゼルクォート翻訳機ですけどネ。私のゼルクォートは預かりになっちゃいマシタ』
そんな話をしていると、液晶モニターに合格者の番号が表示される。
もちろんフェルさんの番号もあった。
「ほい、合格おめっとさん」
『ハイです。んじゃ帰りはえすぱーだを運転させてくださいネ~』
「ま、約束だしな。習熟もしないとね。でも色々まだ慣れてないから……」
『そこは心配ご無用サンです。ゼルクォートに運転補佐機能を構築してきましたデスよ』
フェルはなんと、PVMCGで自動ブレーキングシステムやら、VMC標識告知システムやら、衝突緩和シールドを自分で作ってきたという。
「はっはっは、そりゃ用意周到なお話で。なら無事故間違いなしだな」
『エッヘンですよ。で、ちょっと寄りたいところがあるのでお付き合いしてくださいネ』
「?」
フェルさん運転のエスパーダであるところに向かう二人。
AT車なので、MT車に比べれば運転はまだまだ楽な方。
VMCモニターを浮かばせて、標識が見えたら注意警告がチラチラ空中に浮かび、ブレーキングが遅いと、勝手にシステムがブレーキをかける。ってか、これってほとんどゼルクォートの自律システムが運転してんじゃねーのかと。トヨハラへ売りに行ったら、ものすごい値段で買ってくれそうだ。
『るーしーさいもく。るーしーさいもく』
んなこと呟きながらハンドル握るフェルさん。
ま、このフェルさん謹製の自律システムあれば、事故ることもないかと。
で到着したのがホームセンター。
フェルさん柏木の手を引いてトコトコと事前偵察していた場所へ向かう。
そこで……
『マサトサン。これを買うデスよ。そろそろ用意しないと。ネ?』
ちょっと頬染めて、上目遣いで指さすもの。
フェルは教習所で習った知識と法に基づいてこれを買おうと柏木に訴える。
それは……『チャイルドシート』だった。
「はは。そうだな、確かに。うん。買っとこうか」
一万円ほどのそれを取ってカートにデンと置く柏木。
それを見る店の客。また
【フェルさんと柏木のヤローを発見! フェルさんがチャイルドシートを買ってる!】
とか呟かれるのだろう。んでもって【柏木氏ね】がネットを埋め尽くす。
そんな事無しな、二人の「それから」と「これから」に続く今日であった……
………………………………
『被疑者、職質。ヘレンケラー。マルGで、チャーシューのSではない模様……ピッ』
警視庁公安部、山本に下村、長谷部の乗る覆面パトに入る無線。警察用語が飛び交い、何を言っているのか一般人にはわからない。
この話を要約すると『被疑者に職務質問。外国人で日本語がわからない奴だ。おそらく暴力団関係者で中国人の間諜ではないだろう』という意味になる。これは実際に使われている用語だ。
「はぁ、今回は空振りだな。マルGかよ……」と山本
「こないだのあれじゃないですか? イツツジさんとこのお嬢さんの」と下村
「まだ根に持ってんのかよ。ったく。あの人に手を出したらえらい目にあうの自分たちだぞ」と長谷部。
「はぁ~あ」と、ちょっと無駄骨っぽい溜息なこのお三方。
裏の情報で、この容疑者に中国国家安全部の関係者ではないかという疑いがかかっていたのだ。
『ケラー・ヤマモト』
「おうセマル。どうだった?」
『ハイ、今、光学迷彩で事務所を観てきましたガ……ま、ヤクザさんですネ。それらしいものはありませんデシタ』
「そっか、じゃ今回はマジでハズレだな。んじゃメシ食って帰るか」
まま公安部はそんなもの。
警察さん同士でも、同じ現場に入れないところがつらい話。彼らは基本所謂『正義のおまわりさん』ではない。完全な諜報員なのである。従って、時には警察でありながら法も犯す行為をしなければならないのがつらいところ。
今もセマルが光学遮蔽迷彩をかけて、現場へ無断で入って行った。即ちマルボウさんのお仕事に横入りしてきたわけである。バレたら、あの怖~いマルボウさんから大目玉だ。
「コラワレぇ、びびっとんのか、あぁ~!? はよ開けぇコラァ! ゴチャゴチャぬかしとったらブチ破んぞ、おお!?」
「コラァ! ここ車が出入りするん常識でわかるやろが! 警戒線張るぞボケェ! さぁがぁれ! どけコラ!」
さっきまで飛び交っていた会話。
『ズズズ……さっきの見てたら、どっちがマルGかわかならいですヨケラー・ヤマモト』
しょうゆラーメンすすりながらそんな話をするセマル日本人モード。
みんなしてラーメン屋入って休憩である。
「ははは! まぁなぁ。あいつら怖いもんな。でも署にもどったら良い奴らばっかりなんだぜ。顔怖いけど」
そんな会話でもしながら飯食う山本チーム。
『ア、そうだ。ケラー・ハセベ』
「ん? 何?」
『コレを、ヘルゼン部長から預かってきましたヨ』
小さい小箱を懐から出して長谷部に渡すセマル。
長谷部はそれを開けると、中からロザリオのペンダントが出てきた。
「は? 十字架のペンダント? どういうことだ?」
『オマモリをくれたお返しといっていましたガ』
「はぁはぁ、そういう意味ね。ははは、やっぱなんか若干誤解があるけど、まぁいっか」
同じ縁起物ということで、アメリカ版縁起物のロザリオを買ってきたといったところだろうか。なかなかにお茶目なヘルゼンである。
「いいよなぁハセは。俺も彼女つくりたいなぁ」
とぼやく下村。しかし最初シエさんに目をつけられていたのはコイツだったり。
『皆サンのお土産は、署に送りましたから、あとで分けてくださいネ』
「おう、すまんね。でもセマル、お前も向こうでえらい騒ぎだったとかいう話だけど、俺達も話には聞いてるが、市民権までもらっちまったんだって?」
『ハイ、もう大変でした。少し迂闊だったのかなと後で思いはしましたガ』
「いいんだよそれで。お前が行ったから、あの母娘、助かったんじゃねーか……俺達公安って、事が目の前で起こっても仕事の性質上、現行犯で事が出来ない場合が多いからな」
と麦茶をあおる山本。
「そうですね。それ考えたら、あそこでああいうことができるセマルさんが羨ましいです」
とボヤく下村。
そんな話をしていると、山本のスマートフォンが懐で唸る。
「はい山本だ………… 何!?マジか! わかったすぐに向かう!」
慌てる山本
「どうしました山本さん!」
と長谷部が問うと、
「外でろ外!」
そういうと釣りはいらんと三千円をボンとレジに渡し、ラーメン屋を出る。
「で、なんなんです? 山本さん!」
「下村。さっきの被疑者の中国人。あれやっぱSだ。スキ見て逃げ出しやがった」
「え!?」
「流石、安全部といおうか何と言おうか……こりゃ柏木さん襲撃事件と同じパターンだな。あれだよ」
「ああ、中国マフィア使ったという。ということは安全部の連中、完璧にマフィアとつるんでると」
「そういうこった。で……」
ハァハァと少し息切らせながら電話にあった逃亡予想付近に到着した四人。
「セマル出番だ。わかるか?」
『ハイ、ケラー……』
セマルはPVMCGでVMCモニターを造り、付近の地図を映し出す。そこには常にセマルを追跡している探知偽装をかけたヴァルメの航空画像が映し出され、さらに付近の人類に反応した生体反応を映し出す。
『……? コの反応、オカシイですね。普通こんな場所に人がいますカ?』
「ああ……普通そんなマンションの裏路地に人なんかいねーわな。しかも静止してるなんて。隠れてますって言ってるみたいなもんじゃねーか。よし、んじゃ下村と長谷部はこっちから。俺はこっちから。セマルはいつものパターンで立体追跡な」
諸氏了解という感じで、追い込み開始。
所轄の警察も動き出しているので、できればマルボウさんより先に公安が確保したいところ。
すると先に発見の報を入れたのは長谷部。
「被疑者発見!って、うわっ!」
パンパン!という乾いた音。銃声である。居場所がばれた被疑者は懐からお馴染み59式拳銃を取り出して長谷部と下村に向かって放つ。
そして町中に出てさらにパンと一発。
その瞬間、町にはキャーと悲鳴が響き渡って騒然となる。
犯人は更に逃亡し、街の入り組んだ地形へ埋もれるように逃げていく。
よっぽど捕まるのがまずいのだろうか、もう何でもアリである。
細い路地裏の通りに入り、なんとか山本、下村、長谷部を振り切った犯人。
安堵の顔で通りを抜け、中国人マフィアのアジトに向かおうとする……が……
そこには左手をポケットに入れ、右手に銃を持つ人の影。
カツンカツンと靴音鳴らし、犯人に近づく。
『はい、ご苦労様でしタ。ここが行き止まりです……あ、そうそう、貴方が向かおうとしていたアジトもさっき潰してきましたよ。私のいる前で携帯デンワを使うとは迂闊ですネ』
北京語で話すセマル。っていってもPVMCGの翻訳音声だが。
犯人はそれでも観念せずに、なんとマガジンを入れ替えてセマルめがけ59式をぶっ放してきた。
でも今更な話。そんなもの彼に効くわけがない。ビシビシと鉛の弾は変形してコロコロと転がり落ちる。
フゥと溜息一つつくと、セマルは右手に持った銃をスイと構えてドォオン! と一発ぶっ放す。
音だけはデカいが、基本スタン弾だ。犯人の銃に命中し、腕もろともしびれさす。
全身スタン効果は免れた犯人だが、腕を抑えて悲鳴あげながらもんどりうつ。が、もんどりうった場所にさっき手から離れた59式が転がっていた。
カツンカツンと靴鳴らして接近するセマル。
手に持つ銃を相手へ向ける。
その銃の形……なななんと、44口径のM29であったりして。
『おっと、考えはわかっていまスよ。私がもう六発撃ったかまだ五発か……実は私もつい夢中になって数えるのを忘れてしまいましてネ。でもコの拳銃はマグナム44って言って世界一強力な……』
……セマル君。やっぱり染まっていたり。
エンディングBGMは、流れる宇宙空間をバックに、ジェリーゴールドスミスなんぞで……
銀河連合日本外伝 Age after ― Project Enterprise ― 『終』




