銀河連合日本外伝 Age after ― Project Enterprise ― 第四話
柏木達米国プロジェクトサポートチームは、この国が計画した宇宙船『マーズ・ホープ・エンタープライズ』の建造に対し、契約どおりの作業へ着手した。
とりあえず本計画での日本・ヤルバーン側の契約内容は、星系内航行宇宙船に必要な、地球の科学技術では製造が困難な部品部材、材料の合成、調達と、機関部の製造指導に調整までで、ソフトウェアや電子機器類の製造、組み立ては米国側が自前自力で行う事になっていた。
ただ米国の計画をそのまま行うと、とてもではないがハリソンのぶちあげた二年という枠では流石に完成しないとそんな話になり、そこでパウルが出血大サービスで、米国にある素材として使えそうな機動機械を見繕って、ダストール技術陣が多川に送り付けてきた『F-15HMSC』を参考に、その機動機械。つまり退役予定のB-52二機をティ連技術で宇宙船の素材にしてしまって一隻ブチ上げようと作戦に出た。
ということでパウルさん。
『びーゴジュウニの素体改造作業、ちゃちゃぁ~っとやちゃうわよ、ちゃちゃぁ~っと』
んな感じで部下や米軍、NASAのスタッフに指示を出して作業を行う。
ってか、みんないつの間にか『パウル組』の作業スタッフだ。彼女の姿もだんだんと、おおよそ『エルフ』的な容姿には似つかわしくない方向性に向かって、その服装が構成されていく。
今の、彼女の御姿、笹穂耳の上に乗っかるは、。黄色に緑十字で「安全第一」と書かれた安全ヘルメット。ちなみに『大森宅地建物株式会社』とマジックで書かれてある。そして愛用の『妖精魂』Tシャツに、ニッカズボン。そこに地下足袋履いて、VMC図面ボード片手に拡声器で指示を出していたり。皮製の工具入れにティ連技術の高度なシステム工具をジャラジャラとぶら下げている。
ちなみにこのニッカズボンや工具ベルト、地下足袋もファンからのプレゼントなのだそうな。
昨今のファンも、なかなかに的を射た濃いモンをプレゼントするようである。パウルは結構気に入っていたり。
『ケラー! ヘイシュミッシュ級が来ましたよ!』
パウルの部下が叫ぶ。
あまり目立たないようにと成層圏ほどの高空を飛んで、降下してきたようだ。
ヘイシュミッシュ級工作艦1番艦。これはパウルの艦である。米国に入国許可をもらって契約内容を『ちゃちゃぁ~っと』やるために呼び寄せた。
流石にカグヤのハイクァーン装置とデロニカの大型転送装置だけでは、ちゃちゃっとやるに少々限界がある。
当初の予定では、素材だけ作って渡すつもりだったのが、二年じゃできないってんで、骨組みだけでも作って引き渡してやろうというパウルの男気……ではなくてフリュ気から、かように相成った。
なので、パウルもそこまで言った責任というのもあるので、自分の船を呼び寄せたという寸法である。
というわけで、警護という名目の米国空軍機がヘイシュミッシュ級の周りを飛びまくる。
なんせ大きさだけで言えばカグヤより若干大きい艦である。全長は約七〇〇メートル。んでもって、艦影は二等辺三角形。後部にブリッジがそびえ建ち、いろんな大型工作用機材が甲板に艦低部にとハリネズミのように装備されている。
そんな代物が、グレーム・レイク基地の上空にウォンウォンと機関音を唸らせて滞空している。
その真下には二機のB-52。
もちろんそんな常識外れな光景を近隣住民は見逃すはずがなく、またもやキャンピングカーにパラソル立てて、見学にやってくる。
米国人的に細長い二等辺三角形な宇宙艦艇といえば、有名なアレを思い出すわけであるが、パウルの船は工作艦なので工作用大型マニピュレーターやら、トラクタークレーンやら外装超大型転送装置やらと、そんなのがゴテッとついてるので、若干シャープさに欠ける。だがこの船二隻で福島原発を跡形もなく解体してしまうのだから、そのパワーは推して知るべしだ。
ヘイシュミッシュ級の真下に備えられたB-52二機。この船に比べればさしものこの機体も模型飛行機のようだ……パウルさん、B-52の料理準備は万端である。
………………………………
さて、そんな折。世の中が動いていたのは米国と日本、ヤルバーンだけではなかった。
外務省国際情報統括官組織。統括官の新見貴一は今フランスにいた。その理由は、現在パリで開催されている『航空陸上防衛国際展示会』という、早い話が兵器国際見本市を調査見学に来ていたのである。
この見本市。別名『柏木マタタビ』というとか言わないとか。ヤツを連れてきたら、まず『ここに住む』と言い出すであろう。そんな規模の巨大な兵器見本市なのである。
ただこの会場、どっかのゲームショーと違って一般人は入場できない。いわばプロのブローカーや政府関係者、軍人といったプロフェッショナルしか来ることのできない会場なのである。
唯一一般人に近しい者といえば、プレスぐらいなものだろうか。それでもズブの素人は入場できない。
そりゃこの見本市、テレビゲームやプラモデルを扱っているわけではない。扱われる品目は『戦車』『装甲車』『戦闘ヘリコプター』『軍用機』『機動モービル』『無人兵器』『銃器』『ナイフ』『爆弾・爆薬』と、こんなのばかりである。そりゃ一般人なんざ入場できやしない。
新見はスーツ姿で各国安全保障関係者の知り合いと話をしたり、展示物を眺めて調査分析と一応は諜報関係者のはしくれとして仕事をこなす。
んが、今回彼には、そりゃもう凄腕の秘書……という名目の同行人がいたりして。
フランス製の戦闘ヘリコプター展示の前で、マジマジと、ジロジロと、うぬぬぬという感じで舐めるよに見学する、めっぽう超級なド美人日本人がいたり。
あまりにも出来過ぎのように色白な顔立ちの東洋美人。周りの見本市見学者な外国人も、足を止めて展示物よりもその日本人に視線を飛ばす。
一流ブランドもののワンピーススーツ姿に、ブランド物のハンドバック。高級レディス物の腕時計にネックレスに指輪。どこのセレブかと思う格好。
「のうのうキイチキイチ」
「? はい、何でしょうナヨ様」
「だから『ナヨ様』ではないとゆーたではないですか」
「ははは、申し訳ありません『ナヨさん』」
なんと、ナヨ帝様であった!
ナヨさん、専用トーラルシステム本体に、ポルの作ったキグルミシステムを取り込んだわけで、現在日本人に擬態中である。といっても普通の人がキグルミで日本人に擬態するのとはワケが違う。いかんせん今のドローン体が仮想生命型の素体なので、通常のキグルミのようにガワをかぶせたようなものではなく、形状そのものからして変化させているわけで、現在のナヨ様は仮想生命的に日本人そのもののお姿なのであった。
ちなみに今体につけている装飾品も全部ゼル造成品だ。装飾品までゼル造成した擬態とはこれまたすごいものではあるが……但し、ナヨ様が市中で見つけたお気に入りの地球物産装飾品を参考に造成したので……なんか超高級品ばかりになってしまったり……ハイクァーン造成ではないので協定には引っかからないのだが、なんともかんとも……
声帯構造も生物学的なレベルで擬態しているので、件のイゼイラ人特有な、和音のようなおしゃべりにはならない。立派な単音発音種の人類に生物学的機能からして完全に擬態していた。
ナヨさん。新見がこの見本市に出張で行くという話を聞いて、寂しくなるから自分も連れて行けと相当せがんだという話。
まま、ナヨ様も今やヤルバーン州の州議会議長。つまり議会進行委員長様であるからして、相応の役職で世を忍ぶフェルさんの従姉妹設定『ナヨ・ヘイル・カセリア』として偉かったりするのだが、地球世界の、他の地域国家知識も身につけておきたいと、これも視察という名目でついてきちゃったという話。
いかんせんかように表も中身も、完全に日本人……地球人に『変身』してるわけであるからして、全く違和感なし。違和感があるとすれば、ちょっと度を越して美人すぎるという点。シエのエロ美人擬態とタメ張りそうなセレブ美人系。ちなみにナヨ様もDカップである。記録上は、新見の秘書ということでサポートしてくれている。このサポートがメチャクチャ助かってるからすごいものだが……
「で、キイチや。この機動機械は何という乗り物かえ?」
やっぱりまだネイティブな日本語はお古い方を使ってなさるのだが、それでもこの世界、この時代に慣れてきたのか、大分現代語風味も入ってきたようではある。
「はい、それはヘリコプターという乗り物ですよ」
「ふぅむ。今、絡繰りを幻視してみたのですが、あの環状なる風切羽を回転させうることで、フィブニー効果を発生がさせて、後部が小さい羽を回して機体の安定を制御がし、飛翔を織ると見たのですが」
「そうですね、その通りです。って、ナヨさん幻視って、はは。妖術じゃないんですから」
要するにスキャニングの事だ。確かにナヨさんの技は普通のゼルシステム系やハイクォート系とは違う感じの技だったりする。ってか、『技』というのもおかしな話だが。
すると、向こうの方で何かセンセーショナルなセレモニーが始まったようだ。
大方何か新型の兵器システムでもお披露目しようとでもいうのだろう。
「何か賑やかになっていらっしゃりますね。キイチや、あそこに行ってみましょう」
コクと頷く新見。ナヨは新見の手をとって小走りにその賑やかな場所へ引っ張っていく。
するとそこは、ロシアの兵器メーカー『ウラル総合車両工廠』のブースであった。
ロシア語な巻き舌発音で、何やら言っている。で、ロシア語のあとにフランス語と英語が続き「今から見せる兵器は、ロシア史上最高の科学技術力をもって開発された、最新鋭の戦車だ」というような事を言っているようだ。
ナヨ様も、外国語データベースはきっちり更新しているので、余裕でロシア語もフランス語も英語も理解はできる。
新見も優秀な外務省官僚だ。ロシア語は少々苦手だが、フランス語と英語は全くOKである。
と、そんな派手なセレモニーのあと、大きな幕が上がって件の戦車が姿を表わす。
「ん?」
新見はその戦車に違和感を覚える。
砲塔がロシア戦車らしくない、円形ベースではなく、複合装甲型の大きな角型ベースだが、それでも少々大きすぎるのではないかと思ったり。
おまけにクローラーの配置が歪である。何と真ん中から別れており、通常普通の戦車なら、二本のクローラーを履いているがどうも四本のようだ。
(おかしな形をした戦車だな……ロシアらしさが全くないぞ……)
顎に手を当てて訝しがる新見。
「キイチや、何をそんなに心許なく思い馳せておるのかえ?」
要は何を訝しがってるのかということである。
「あ、はい……ナヨさん、すみませんがお願いしたいことが……」
「あい。なんでもいうてみ?」
「あの戦車という機動機械ですが、さっきのスキャニングできますか? できればこのスマホに映像を転送してほしいのですが」
「ふむ、容易きこと。どれ」
ナヨは目を瞑って、スっと見開き、その車両を凝視する。
すると、新見のスマホ特注アプリに、対象の透視図画像が転送されてくる。
「どうですか? キイチ」
「有難うございます……ふ~む、やっぱりな。無駄に稼働部分が多いぞ、この戦車」
すると、露語・仏語・英語でゴニョゴニョとプレゼンテーターの解説が終わると、照明が興奮を煽るようにその車体へ照らされる。と……
「うお! これは!……」
「はれま、これはなんと……」
ロシアの戦車は伝統的に鋳造式砲塔を採用し、避弾経始のすぐれた背の低い構造で、鏡餅一段目のようなペタっとした円形のデザインをした砲塔を好んで製造してきたのだが、昨今の粘着榴弾形式の砲弾には避弾経始というものもあまり役には立たず、西側各国は複合装甲形式の砲塔にほとんどすべて移行していた。あのロシア製兵器をパクリまくった中国ですら、鋳造砲塔を捨てて、複合装甲砲塔を独自開発していた。
ロシアもさすがに湾岸戦争以降、西側兵器にロシア製兵器が蚊ほども役に立たなかった事にショックを受け、リアクティブアーマーや最新の防御兵器を装備したロシア製陸戦兵器の近代化を行っていたが、ソ連崩壊後の財政難がたたって、新型戦車開発に予算を回せなかったという、つらいお家事情があったのだが……
その後メンチハゲ政権に移ると、ロシアが資源交易経済と外交を成功させて財政的に潤ってくる。それでロシアもまた西側にまけじと陸戦兵器、つまり戦車開発に力を入れるが、そこで彼の国が次に目指したのは、自動化と機動性と生存性で、一時期この世界では、T-14なる完全無人制御砲塔を持つ最新鋭のテクノロジーを搭載した戦車の試作も噂されたのだが……
今、目の前で新見とナヨが見ているその『戦車みたいな兵器』は、それまでの地球製兵器とはかなり様相を異にする兵器だった。
「なるほど……これのためにあんなに可動部が多かったのか……」
そのロシア製陸戦兵器、まあ有り体な話戦車なのだろう。その兵器の名は『オブイェークトPOT-114』という呼称らしい。
新見が見たその戦車型兵器は、車輪配置のごとく前後一対づつ計四本のクローラーを持つ車体の上に、複合装甲型砲塔に見えはするが、少々大型の砲塔。しかも人が乗り込めそうなハッチ類がない構造の大型砲塔を配置する車両が……
比較的静かなモーター音をウィウィ唸らせて、砲塔側面からマニピュレータ状の稼働兵装がせり出し、そのマニピュレータ型兵装には、対戦車ミサイルや、スモークグレネード、対空対人機関砲などマルチに装備できるという話で、マニピュレータ型兵装が生えるその根本の胴体にあたる砲塔部は、完全リモート制御の無人化砲塔システムになっている。
しかも胴体のように見えるフレームが油圧でユンボのように高さ五メートルほどまで伸び上がる。更には、四基のクローラーもハの字に背伸びをするように稼働し、まるで四足歩行動物のようになる。これは高所建造物や、丘陵から背伸び射撃ができるようにこんなシステムにしたという説明だった。
一見すると、某白い悪魔の機動兵器のお仲間な戦車型のようなものとは少し遠い感じだが、インプットが大好きな平和主義のロボット兵器のようなデザインを大型化させたような戦車型兵器ではある。
更に説明では、この兵器の特徴は、砲にAGS先進砲システムを採用しているという点だ。このAGS先進砲システム(アドバンスド・ガン・システム)とは、砲弾にロケットモーターと誘導装置を取り付け、炸薬砲撃後、ロケット噴進で一〇〇から二〇〇キロほどの射程をGPS等々で砲弾を誘導して命中させるという最新の攻撃システムだ。
「……」
新見は柏木程ではないが、一応これでも間諜の端くれ。この兵器システムがどういうものかぐらいは知っていた。
新見は思う。もしこのロボ戦車のような兵器が正規軍に配備されたら、恐らく現用の地球製陸戦兵器としては最強の部類に入る兵器になるのではないかと。
砲弾をGPSで誘導させ、命中させる主力戦車など聞いたことがない。
しかもこのマニピュレータ型兵装システムや、胴体のように伸びるクレーンシステムで、視界も良好近接戦闘も対応可能。
なんせ一〇〇キロ以上の誘導砲弾射程を持つ戦車というのが相当なものだ。自走砲というのともかなり違う。即ち補助兵器ではなく、戦場での主力を張れる兵器を目指したものだ。
「のうキイチ、この妙な……センシャとかいう兵器に似た車両はなんなのですか?」
「ええ……私も初めて見ます。恐らくは……ヤルバーンやカグヤ搭載の兵器を参考にしたものでしょう……やはりこうなっていくということか……」
「こうなっていく? はて、それは如何様な意味をもつのかえ?」
新見が語るには、この地球世界でやはりこういった兵器の分野でも、大きなイノベーションが起きているのだろうと。
そのイノベーションは、何もヤルバーンから科学技術や、兵器技術を提供されなくても、もしくは提供してくれなくてもやはり起こるのだということだ。
例えば、技術とは「こうしたい」という目的があって発明・開発される。
例えば『物を煮炊きしたい』という欲求があって、薪かまどが作られ、発展してガス調理器具が作られ、また発展してIH調理器具が発明される。これすなわち、物を煮炊きするという目的では、極論、どれを使ってもいいものなのだ。
こういった兵器の世界でも同じである。
戦車を破壊したいという目的で、地球には徹甲弾があり、HEAT弾があり、将来的にはレールガンにレーザー兵器がある。ヤルバーンには粒子砲があり、重力子兵器がある。
古くから変わらぬ同じ目的があっても、技術革新。すなわちイノベーションがあってその目的に対する技術的手段が効率よく、色々と形を変えて出来上がってくる。それはかようなものを作る科学者や技術者達の、希望に、想像に、妄想に、驚異に、脅威に、畏怖に、恐怖の産物なのである。
何も技術をもらわなくても、教わらなくても、こんな今までにはなかった、いや、今までなら荒唐無稽とバカにされそうな兵器も、もうそうではなくなるようなイノベーションが起きるのだ。
第一次大戦時、補助兵器の末端でしかなかった戦車を、陸戦の主力に押し上げたドイツ然り。
第二次大戦前、戦艦優位で、航空機が戦艦を撃沈することなど不可能と言われていた時代に機動部隊の構想をぶちあげて、見事に真珠湾攻撃を成功させ、後の空母機動部隊を発明した日本然り。
このロシアの『オブイェークトPOT-114』という兵器も、恐らくカグヤで運用されているシルヴェルのような兵器を参考に開発されたのだろう。言われてみれば運用方法がシルヴェルに似ている兵器である。
つまり、こういったイノベーションの繰り返し繰り返しで、何十年後か百年後か、いずれはティ連の兵器に対抗できるようなモノが独自に出来上がっていくのである。これは可能性の話ではなく、かようなきっかけでそうなっていく必然である。そしてなぜそうなっていくか、それが……
「発達過程文明だからこそ……という事もありしやうな……」
腕くんでそう語るナヨ様。
「ええ、まったくです。この陸戦兵器、あきらかに対銀河連合を見越したものだとしか言い様が無いでしょう。まあ? こんな兵器でどうこうなるという話ではないかもしれませんが、仮に対ティ連・ヤルバーンでは効果がなかったとしても、それ以外の第三国に対しては、恐ろしく威圧的な兵器になります……そりゃ一〇〇キロ先から、GPS誘導されて飛んでくる対戦車砲弾なんて……陸自の連中なら心の底から御免被りたい兵器でしょうね」
「なるほどの……」
細い目をするナヨ様。少し口元をすぼませて考えこむ。
無意識に新見の腕に、自分の腕を絡ませる。
「!?……フ、ははは……」
頭かいて彼はなるようにまかせたが、ただこの変なロシア製兵器がバックでは、イマイチロマンチックではない……
………………………………
さて、ここグレーム・レイク基地。二四時間シフトで夜中でも威勢の良い掛け声飛ばしながら作業が行われている。
まずはB-52の内側になる翼をブッタ切る作業。
てっきりヘイシュミッシュ級の、何か偉い装置でピュ~っとでも行うのかと思いきや、
『お~い、そこの「あせちれん」ボンベもってきて~』
パウルかんちょ、遮光マスク付けてアセチレンバーナーでぶった切っていた。
いやはや、何かメチャクチャアナログで地球的なんですが……と問われると
『私達だって勉強してるんだからねっ』
というご回答。要するに発達過程文明の技術も習得しながらという感じなのだそう。
本当にパウルさん、ナントカ系なエルフさんのようである。
ウ○コ座りして、シャーっとBー52にバーナー当ててるパウル艦長の姿……かなり違和感がある。ってか、バーナーの扱い方、いつ体得したんだよと。
さて、まるでサンマの煮付けでも作るかのごとく、コクピット部に両機片方の主翼に全尾翼をぶった切られ、中の構造物も全撤去されたB-52であるが、ヘイシュミッシュ級が、その加工済みのB-52をトラクターフィールドで持ち上げて、作業位置に固定する。
ここからは契約内容通りのティ連技術でこの機体を改造する作業だ。
パウルは転送でヘイシュミッシュ級に移乗し、指揮を執る。
『はいみんな、お久しぶりね。元気にしてた?』
艦内諸氏「お久しぶりっす」と挨拶を済ませる。かの原発解体作業とカグヤ港湾建築作業以降、ほとんどヤルバーンの防衛総省に詰めていたので、クルーの顔を見るのも随分久しぶりのパウル艦長。
ヘイシュミッシュ級第一工作艦へ久々に姿を見せたのはいいが、その姿に諸氏目が点になる。
どうみても所謂どっかの建築作業員であるからして……
『艦長、話には聞いていますが、この大きなフィブニー機動兵器の構成素材の強化と、図面にあった形態に作り替えればいいのですね』
この船のデルン副長がパウルに問う。
『ええそうよ。で、セルカッツのチームが進めているメインブリッジになるフォーラ型宇宙船とコイツをくっつけて、諸々図面通りにアメリカ国さんの技術者が色々作業するのをアドバイスして、契約は完了というところね』
『ナルホド。でもその期間中、ずっとこの艦をここに置いておくわけではないのでしょう?』
『うん。一通り建造基盤が整ったら、予定通りカグヤと一緒にヤルマルティアへ帰国するわ。で、デロニカは転送機乗せた一機と警備兵と、スタッフは交代で残して、マーズなんとかエンターナントカの完成まで、とりあえずお付き合いってところかしらね』
『了解です。その間、我々も発達過程文明の技術構築パターンデータを収集すればお互い様というところですね』
『そういうこと。じゃ、私もやらなきゃいけないこと沢山できちゃったから、色々とよろしくね副長』
『お任せを』
まま日本政府の依頼や外貨稼ぎということもあって引き受けた作業だが、なかなかに彼らティ連人にも有意義な作業なようで、ティ連テクノロジーで作業するパートはまあいいとして、それ以外の作業パートでは、ティ連人の方が米国人に色々と尋ねているようであった。
『さて、じゃ私は次の予定があるから、この場はお願いできる? 副長』
『は、それは問題ありませんが、どちらへ行かれるので?』
『ええ、まあちょっと政治的な行事にお付き合いよ』
『ああ、あの件ですな、なるほど。了解です。ただ艦長ぅ、ちゃんと服着替えて下さいよ』
『ふふ、そうね。わかってるわ。さて、セルカッちーにも連絡入れとかないと』
セルカッツは昨今、米国では愛称形で『セルカッティー』などと呼ばれている。日本ではその呼称が転じて『セルカっちー』更にはまだその愛称が縮まって『かっちー』と言われていたりする。
ということで、パウルはその妖精魂Tシャツと、作業着を着替え、ディスカール様式の儀礼用軍服姿になって自室を出た。
船の転送室でセルカッちーと待ち合わせし、二人はカグヤへ移動する。
『あの~パウル艦長ぅ』
『なに? かっちー』
『いやそれなんですけど、その呼称どうにかなりませんか?』
『え? 嫌なの?』
『そういうわけではないですが、何かこう、恥ずかしいというか、私たちの文化にないというか』
『うふふ、じゃぁイイじゃないの。あなた達はちょっとお堅い種族なんだカら、これぐらいで丁度いいのよ』
『はあ、ソんなものですか? ふーむ』
そんな話をしつつ、二人はカグヤに転送される。で、カグヤでは先に来ていたシャルリが待っていた。
『やぁ来たね。んじゃ甲板にいこうか』
『シャルリもそんな良い服着るの久しぶりじゃないの?』
『まあね。でもこの腕と脚ダロ? ちょっと服飾データをいじらなきゃならなかったからサ。でもパウルは何着ても似合うねぇ』
『うふふ、ありがと。かっちーも今日は可愛いでしょ?』
『ああ、そんな服着たセルカッツ見るの、あたしは初めてなんじゃないかい?』
『どうもありがとうございまス、ケラー。実を言うと、私も随分久しぶりになりますよ』
そんな雑談をしつつ甲板へ上がると……
デロニカのノーマル大型機が一機、甲板に鎮座していた。でもちょっとデザインが違う。
甲板では、日本人組として、柏木、多川、藤堂、久留米、大見、白木、麗子、田中さん。
ティ連組として、フェル、シエ、リアッサ、セマル、ティラスが待っていた。
これにかっちーとパウルにシャルリが加わる。
で、みんな全員良い服着ての待ち合わせだ。所謂ここに集まっているのは政府関係者と、特危上級幹部に、ティ連関係者だ。
柏木や麗子に田中さんに白木、つまり政・官・民の諸氏はみなさんイブニングスーツ。柏木はダブルで決めている。特危さん諸氏は、儀礼用制服。
異星人さん組も今回、とあるところのリクエストから特危所属の異星人さんも、お国の儀礼用制服に身を包んでいる。
で、諸氏なぜにこんなパーティにでも行くような服を着ているかというと……
そう、ハリソン大統領夫妻主催の晩餐会にお呼ばれされているのである。で、今からデロニカでワシントンに飛ぼうという事であった。
乗り込むデロニカも先の通り少々デザインが違うという話。
それもそのはず、なんと! このデロニカ、あの話にあった日本政府専用機仕様のデロニカであった。
完成したので、テストで使ってみてくれということでこの晩餐会に合わせてカグヤに飛来したのだ。
政府専用機は予備機も含めて最低二機で運用する。その片方の一機がまだ未完成なので公式に使用はまだできないが、ままそういう式典がカグヤであるならついでに、という話。
真っ白な機体に、連合日本旗と日の丸が光る。大きく真っ赤な赤丸の日本国章が、機体側面と、左右のせり出した羽のように見える部分の上下に一対づつ。そして「日本国」の文字がキリリと光る。
「いやー、アメさんで宇宙船作ってる真っ最中なのに、こんなので乗り込んだら怒られるんじゃないか?」
と白木が頭をかきながら少々困惑。
「はは、まぁいいじゃないか白木。これが今の日本なんだからさ。それに米国がやってることは、あれはあれでティ連人さんも敬意を持ってやってることだしさ」
「確かになぁ……ま、このカグヤで来てる時点でもうってところだしな……って、んじゃカグヤでワシントンに乗り付けても良かったんじゃないの? ふはは」
「いや、ソッチの方が怒られるって」
確かにワシントン・ダレス国際空港上空に浮かぶカグヤは、ちとマズイ。
……ということで、諸氏みなさん政府専用機になる予定のデロニカで、ワシントンに飛ぶ。
パイロットは特危自衛官ではなく、航空自衛隊のパイロットだ。
デロニカはみんなを乗せて上昇を開始する。
いかんせんデロニカなので一般の航空機と違い、離陸方法もまるで異なる。
そのまま垂直に上昇したデロニカは、人の目につかないように、まるでエレベーターの如くそのまま高度八〇〇〇メートルほどまで上昇。そしてワシントンへ向かった。
速度は日本の法律『非揚力式飛行体の一般的運用航行速度に関する法』で設定されているマッハ1。時速約一二〇〇キロメートル前後以下と設定されているので、その速度でワシントンへ飛ぶ。
所要時間はおよそ四時間。それまでみなさんデロニカで少々一休みできると、羽を伸ばしてのんびりしていた。
なんせスケジュールが詰まっているので、到着は恐らく明朝の二時頃。みなさんこのデロニカで一泊するのだが、その一泊の方法がまたすごい。
恐らく夜中の二時前後にはワシントン上空に到着するのだろうが、そんな朝早くついても仕方ないので……
高度一〇〇〇〇メートルで、そのまま適当な時間、朝七時頃まで滞空しようというのだ。
デロニカはそれができるからすごいのだ。
内装も一流ホテル並み。搭乗人員は、一般デロニカが四〇〇人ほどなのだが、この機体は色々と内装仕様を臨機応変に変更できるので、一番多い搭乗人数仕様で一〇〇〇人の搭乗が可能だ。この一〇〇〇人搭乗仕様の場合は、デロニカの内装は全席、旅客機の座席みたいになる。
現在のデロニカは、外遊仕様なので、内装が一般デロニカに近い内装になっている。即ち長距離宇宙船仕様だ。かのヤルバーン招待時に飛んできたデロニカに近い内装である。搭乗人数四〇〇人で、客室は全パーティション分けの個室仕様。
スタッフ諸氏、各々自室で寝ている者もいればサロンで打ち合わせをしたり、雑談に興じている者もいたり。ここ数日はみんな忙しかったので、こんな合間の暇できる時間はありがたいものだ。
「フェル~ みんなでお茶でもってサロンに……」
フェルの部屋へ迎えに行く柏木。パーティションからのぞき込むと……
『ふに~……スピ~……*+`-^;"#$%$#』
毛布かぶってソファー倒してミノムシさんであった。何かイゼイラ語の寝言なんぞ言ってたり。もう所謂、爆睡状態。相当にお疲れだった模様。
柏木はニッコリ笑って足元の毛布をかけなおしてやったり。フェルさんだけ一足先にオヤスミナサイ。
………………………………
さて、次の朝。
ワシントン上空付近で待機宿泊していたデロニカは、朝八時頃、ワシントン・ダレス国際空港に到着した。
フォンフォンと不思議な唸りをあげて、大きさで言えばジャンボジェットほどの大きさ。ただ居住空間が桁違いに広く大きいデロニカがダレス空港にVTOL着陸するサマは、やはりあの時羽田で日本国民が見たデロニカの驚異と同じような感じだった。
しかも今回は日本国旗と日本国章、そして連合旗を付けてのご登場だ。
政府専用機仕様のデロニカには、一つ通常デロニカとは大きく違う装備がついている。
それはランディングギア。つまり着陸用の車輪である。
これは着陸後、かような政府専用機は格納庫に持って行かれて駐機させられるわけだが、これに関してはその国その国のオペレートに任せなければならない為、やはりランディングギアがないと、何かと具合が悪い。そういうところである。
そういう事もあって、現在の政府専用機仕様デロニカはランディングギア降ろして駐機中。
その異様な姿に圧巻となるのだが、今回彼らは国賓として招待されているわけではない。あくまで契約履行のための事務事案扱いであるため、赤いカーペット引いて大統領がお出迎えという事はない。今日の晩餐会も、あくまで大統領の個人的な晩餐会という扱いである。
ただ、そこはそれでも米国の大事なお客様なので、デロニカの前には立派なリムジンとSPの警護車両がピタっと付く。
これは事前に通知されていたわけではないので、ワシントン市民にとっては唐突な話になるのだが、その突然ともいえる訪問者に空港にいた米国人は、その日章旗つけたデロニカを指さして驚いていたり。
先頭一台目のリムジンに乗るは、白木に麗子。フェルに柏木。
「ふひひひ。どうじゃアメ公め、これでエアフォースワンに勝ったな」
かの時の願望が叶ってご機嫌な白木さん。
「はは、何の勝利宣言だよ白木。米国だってもしかしたらあのマーズ・ホープ・エンタープライズの技術を利用してエアフォースワンだか、スペースフォースワンだか作ってきたらどうするんだ?」
「ああ、まーそっちの方が話題性はあるわなぁ」
そんな白木と柏木の会話に麗子が
「でも、この米国の宇宙船計画は、単に宇宙船を作るというだけの話ではありませんからね柏木さん」
「と、いうと……やっぱり麗子さんのご商売方面でも動きが?」
「ええ。宇宙船製造に関する産業に、観光業、資源に流通……市場というものは憶測で動きますからね。それに今回は珍しくそこに『想像力』とも『妄想力』ともいえる要素がはいっています。これはなかなかにおもしろい動きですわよ。ウフフフ」
「なるほどね……となると、まずは日本国と米国での動きだけだけど、将来的にはヨーロッパとかの動きも見据えた方がいいのかもしれないな……フェルはどう思う」
『ハイ、今回は件の「ろずうぇる事件」でしたカ? あれがきっかけでアメリカ国とサマルカというつながりが奇しくもできてしまいましたが、となると地球の国際関係同様に、私たちイゼイラやダストール、ディスカールといった、地球世界で比較的お馴染みになってしまった種族国家をはじめとして、地球世界全体を見据えた外交も考えないといけなくなってくるのかもしれませんね。タダ……』
「ただ、なんだい?」
『ハイ。幸いなのは、ニホン国がもう銀河連合に加盟している状態で、そういった動きになっているから、非常にやりやすいですが、コレが私の見た並行世界のように、ニホンがまだ連合の加盟を果たしていない状態で起ったとなると……正直どうなるかわかったものではありませンでした。そこのところを想像すると、今でも色々思うところアリますヨ……』
「だよな……こういう言い方したら二藤部総理には申し訳ないけど、ある意味現在の政権が保守政権で良かったと思いたいよ……今から振り返ってみれば、俺たちも安保委員会みたいな極秘組織作って、ある意味超法規な事結構やってきてたからな……俺が今レベル10のPVMCG付けてるのだって、これってメチャクチャ超法規だよ。普通ならお縄だぜ……」
「ああ。おそらく『運』が良かったってだけの話だぜ、そこんところはよ……ヤルバーンが来るのが、もう一年早かったらどうなってたかって話だぜ。でもな柏木、もっと本質的なところを言えば、それだけじゃないんだぜ、実際……」
「ん? どういうことだ?」
「フフ、ま、わかんねーんなら、それでいいよ。な、麗子」
「ですわね。ウフフ」
「??」
『??』
白木は、ここまでこれた一番の要因は「おめーとフェルフェリアさんだよ」と言いたかったが、やめた。
もう一年早くても、もう一年遅くてもダメな理由。それは結果論だが、フェルと柏木が巡り会わないからだと、おそらくみんなそう言うだろう。でもその因果を言葉で言ってしまうのも、今更な話ではある。
ということでそんな話をしつつもしばし走るとやってきたのは……
『ホワイトハウス』
であった。まずは主催にご挨拶だ。晩餐会というからに宴は夜からだが、それまで色んな催し物がある。 米国のマスコミはこういう時の情報も早い。もうホワイトハウス正面にカメラの砲列を構え、柏木達の顔を捕らえようと頑張っていらっしゃったりするが、ちょっと距離があるので無理なのではないかと。
でもって、こういう時には必ずどこかから匂いを嗅ぎつけてやってくるナントカ慰安婦のわけのわからん決議を求めて気勢を上げる連中などがプラカードもって騒いでいたり。これも自由の国であるがゆえかと、そんな感じ。
車列はホワイトハウス正面玄関に付け、中からハリソン大統領夫妻と、御子息御息女が迎えに出てきた。
一八歳の長男と、一七歳の妹である。
車から出てくる柏木達。日本人はまあいいとして、ファーストレディと子供達は、フェルにシエ達。そして特にシャルリとパウルにセルカッツにはそりゃもう目を丸くしてビックリしていた。
そりゃそうだ。普通なら一流のハリウッドメイクアップアーティストが施したメイクでやってきた特級のレイヤーと思われても仕方のないような連中がゾロゾロと大統領私的な歓迎レセプションにやってきたのだ。
ホワイトハウス内に入っている許可を得たプレスも興奮状態である。なんせその中には、今やアメリカンヒーローと化したセマルもいるわけであるからして。
日本政府は、米国にもティ連のマスコミ禁止法の概要は通達してはいる。従って公式に今日のマスコミ取材においてカメラ撮影やコメント付きの報道は米国法の主権下で尊重するが、許可のない声掛け等は行わないようにと大統領の署名入り要望書という形で各社に送られていた。
さすがに大統領署名が入った要望書となれば、マスコミ各社も無視するわけにはいかない。
そしてティ連人に、悪い印象を持たれるわけにはいかない。そのあたりは彼らも一応は心得ているようだ。
柏木達のホワイトハウス訪問は、今回あくまで私的な訪問という位置づけなので、公式な会談や記者会見のような事は行われないが、二藤部からはハリソン大統領の要望はティ連統括担当大臣の権限で、ティ連関係の事案ならフェルと相談して話を聞いてきてもらいたいという要請はされていたので、そのあたりはやはり仕事、というところでもある。
「お世話になります大統領閣下」
「いや、ミスター・カシワギ。今日明日は仕事半分、遊び半分ということで、気楽に行きましょう」
「はい、有り難うございます」
「いやはや、だが今日は綺麗どころが多いので、国民もほっておかないでしょうなぁ……」
ハリソンは、まーそのホント、一見するとハリウッドのSFXメイクばりの人外美人さんの集団に苦笑いだ。横ではハリソンの子供らが興奮して、早速長男はシエに、妹はセマルに話しかけていた。
で、今日は特例中の特例扱いで、シャルリだ。なんせ彼女=戦車を一両ホワイトハウスに入れてるようなもんだ。ラジコンドローンが落ちただの、そんなレベルの話ではない。そこは逆に大統領の護衛に協力してやるということで、シャルリはサイボーグの状態でホワイトハウスに入ることができた。
「で、ミスター・カシワギ。報告は聞きましたが、まさか我軍のB-52をあのような形で流用するとは……想像だにしませんでした」
「はは、それは私も同じですよ。あそこにいらっしゃるパウル中佐のアイディアでしてね……」
そんな話をしながら諸氏を応接室に案内するハリソン。次の予定まで少々時間があるので色々と会談だ。
話の内容は、現実的な事として、火星の米国治外法権区域割り当ての話やら、もし、マーズ・ホープ・エンタープライス。略して『MHE宇宙船』が火星へたどり着くまでに事故等を起こした際、近隣のティ連宇宙艦艇はMHEを救助救援してくれるのか等々、ある意味当然の質問を色々受ける。
まず、米国の治外法権区域の割り当てだが、これはまだ日本側にも詳しいことはわからないとの旨を伝える。
どうもダル艦長は、火星の一斉開拓は行わず、人工大陸を基盤にした部分開拓を拡大していく方針にしたそうで、となると日本にも米国にも相応の規模の人工大陸区画が割り当てられるという事になるだろうと柏木はハリソンに伝えた。
実際問題として、このほうが日本や米国としてもいいのである。というのも、人工大陸の所有者はティ連であって、その人工大陸を無償永久租借するという形で当面は場所を割り振られる。
これでティ連から領土を借り受けているという体裁になるので、宇宙条約の『惑星等に領土を主張してはならない』という項目を回避できるからだ。
事故の救難活動の話は、言うに及ばす当たり前の話である。
と、そんな彼にしかできない会談もとりあえずこなしていると、晩餐会までの時間に、パウル艦長を筆頭にティ連人諸氏が是非に行きたいという場所があって、そこに見学に行くことになっていた。
柏木もイゼイラで是非とも行きたかったといって連れて行ってもらった場所はどこかというと、かの博物館である。
それと同じで彼女たちも行きたいと行いったところ。ワシントンで一番の観光名所とも言うべき場所。
『スミソニアン博物館』
特にその中でも有名な『スミソニアン航空宇宙博物館』に行きたいと仰っているのである。
このスミソニアン博物館は、おそらくこの地球上で唯一の『総合知識博物館』とでも例えられるぐらい、その所蔵物が多岐に渡る。
この航空宇宙博物館も、その航空機や宇宙関連資料の所蔵物は世界一とも言って良い規模だが、これもスミソニアン博物館の展示物を構成する一部に過ぎない。
日本でも最近公開されて有名になった、かの夜の博物館を舞台にした映画も、ロケ地はこのスミソニアンが舞台になっている。
まあとにかく比較対象になる博物館がないといっても良いほどの、博物館という名の百科事典とでもいうべき施設なのだ。
さしもの『聖地日本国』も、こればっかりは負けてしまう。いやはやである。
なんせこの博物館の航空宇宙関連資料の所蔵数は尋常ではない。
ホワイトハウスからはさほどの距離もないので、ハリソンにはまた後ほどと挨拶し、これまた大統領御用達のリムジンに乗って諸氏スミソニアン博物館へ。勿論真っ先に行くのは、航空宇宙博物館。
……到着した瞬間、パウルさんと、フェルさんと、かっちーが行方不明になった。
だが、どこにいるか一発でわかる。なぜなら『うわぁぁぁぁ』とか『ほええぇぇぇ』とか『うむむむむむ』とかそんな声が聞こえてくる。おまけにこの博物館、観客は彼女達だけではないので、大体それらしき場所で、それらしき人だかりができて、スマホに携帯で写真を撮っている。つまり珍しい宇宙人がうろついてるわけで、お前らもスミソニアンの展示物かという話。
「どうですか、パウルさん。この博物館にはあなた方が資料にしたい乗り物がたくさん展示してありますよ」
ダリルがもうそこら中行ったり来たりのパウルに声をかける。
そんなパウルは、割と近代。戦後の航空機がお気に入りのようだ。
『ケラー・ダリル。これハなんですか?』
パウルが腕を組んで首をかしげながらダリルに問う。
「あ、はい。それはスペースシャトルと言いまして、我が国が開発した世界初の、そして唯一の宇宙と地上を往還できる宇宙船でした」
『え? でした?』
「ええ。四年前に退役しましてね。地球としては画期的な宇宙船でしたが、それだけにコストもかさみますし、メンテナンスも大変でしてね。残念なことに事故も起きました。で、技術が進んで、あそこにあるロケット型の宇宙船の方が色々やりやすいということで、残念ながら引退という事になった機体です」
『ふむむむ……それはもったいないワ。こんないい機体があるなら、こっちをベースに考えても良かったわね。メンテやコストなんて空間振動波機関を搭載して、機体素材を見直せば、解決する問題じゃないの……プロジェクト・エンタープライズに並行して、これを母体に何か作ってもおもしろいんじゃないかしら……』
パウル艦長が腕組んでブツブツと何か妄想しだした。それを興味津々で観察するダリル。
パウルはPVMCGを起動させ、スペースシャトルをスキャニングし始めた。ま、いいだろうとダリルも止めたりはしない。
さて、今度はあちゃらでは、フェルさんが色々と見物をなさっていたり。
フィブニー式機動機械が苦手なんじゃないのかという話だが、見る分には彼女も別に抵抗はない。なんせ彼女とて科学者であるからして、そこはそれ、別の話である。
『マサトサンマサトサン。あのヒコーキは、なんですカ?』
「ん? どれ?」
『あれです。ニホン国の国章が機体に付いているデスよ。あれはニホンのフィブニーヒコーキなのですか?』
フェルが指さすのは、旧大日本帝国海軍の零式艦上戦闘機五二型。日本海軍で、終戦まで主力であり続けた戦闘機である。
『ナルホド、ではニホン国が敗北したという、件の世界紛争で使われたものですね』
「ああそうだね。当時の日本が欧米に対して目にもの見せてやったと同時に、日本国の弱点もさらけ出した長短併せ持つ、日本人の精神性を如実に示した機械だよ」
柏木は、その偏った知識でフェルに零戦を解説してやる。
ままこれは今更日本人には説明のいらない話だ。極端な一極集中的な設計思想。そして精神性。
最初の勝ちが延々尾を引いて、振り返ることをしなかったために敗北へ転じた悲運の設計。
フェルはウンウン頷いてその話を聞く。すると大変興味を持ったのか、フェルはPVMCGで零戦のデータを取った。
で、次にフェルが興味を持ったのが……
『マサトサン。この細長いロケットとかいう形式の推進器をもつヒーコーキはなんていうものですカ? このお花のマークがカワイイですね』
「あ~その機体か。それはフェル、可愛いどころか日本人なら涙なくしては語れない機体だよ」
『?』
フェルがこれまた興味を持った機体。それは、かの有名な人間爆弾……いや、人間ミサイル『桜花二二型』だった。
これも日本人なら今更説明の必要はない。その通り『人間ミサイル』だ。
『ヘ!? そそそ、ソんな攻撃をニホン人サンはしてたでスか!!』
「ああ、特攻っていってね。まあ、今でもアラブゲリラが似たような事やってるけど、あんなのとは違ってね。国が負けそうになって、もし負けたら敵。つまりアメリカに何されるかわからないと思えば、なりふり構っていられない。色々言う人がいるけど、当時の人たちの国や家族に対する思いというのはね、それはそれで純粋だったんだよ」
それを「国にだまされて特攻で突っ込んだ」と、特攻隊員を庇っている「つもり」の話をする人たちがよくいるが、「国にだまされて」と言っている時点で「特攻隊員は騙されたアホ」という具合に冒涜しているのと同じという事に気づいていない。
後に真実がどうであれ、その時代、その時、その場所で戦った人々の群像というものは、すべて本物なのである。それを理解できないなら、戦争の事など語らない方が良い。
深くコクコク頷くフェル。
柏木のそんな話を聞いて、フェルは桜花に膝を折り、ティエルクマスカ敬礼を贈る。
このスミソニアン博物館には、そんな人類のいろいろな意味での英知が詰まっている。
この人間ミサイルの桜花にしても、その用兵思想は後に『無人ロボット爆弾』の名で開発された巡航ミサイルへと姿形を変える。
フェルは流石に第二次世界大戦の事はわからないが、この場所が『発達過程文明』の発達過程文明が故の資料をあまねく収集している場所だと理解すると……目つきが変わり、柏木の手を引いて、あれはなんだこれはなんだと質問の嵐になっていく。柏木もそれにうまく付き合ってやれたり。ここは彼の偏った知識が役に立ったという寸法。
スミソニアンの秘蔵資料の一つ。艦上戦闘機『晴嵐』。フェルはこれはなんだと訪ねると、日本が開発した世界初の、潜水空母の専用艦載機だと教えてやる。この用兵思想が後に現在の潜水艦発射型弾道弾ミサイルと、その搭載潜水艦の形へと発展していくということを教えたり。
零戦の長大な航続能力と空母の用兵思想の元が真珠湾攻撃で、その用兵思想が『戦艦』という艦種を絶滅させたとか、フェルが繰り出す質問に一つ一つ丁寧に答えてやる柏木博士。とりあえず偏った知識もここではフェルの先生になれる。
一方、ダリルはパウルを色々案内中。ちなみにここでデートと思っている方々はご心配なく。ダリルは既婚者で子供もいる立場であるからして。
で、パウルさんがめっぽう気に入ったのが、スミソニアン名物の貴重な航空機『ロッキードSR-71』戦略偵察機。
気に入った理由は単純明快『カッコイイ』からだそうである。パウルの哲学。美しい機械は性能も素晴らしいという、なかなかに無茶な理屈に当てはまるのだそう。ただ、この言葉は地球でもよく言われていることではある。
さて、セルカッツことかっちーは、スミソニアンに展示してあるある一つの大きな模型を眺めていた。
案内するは白木と麗子。
『ケラー? この模型は、かつてチキュウで作られた宇宙船の模型なのですカ? あのプロジェクトの設計データに良く似ていますガ』
「ははは、セルカッツさん。それはこのアメリカで昔流行った空想ドラマに出てきた宇宙船の模型ですよ」
「ウフフ、そうですわセルカッツさん。そのドラマが流行って、この地球では、そういったデザインが、宇宙船の目指す形の、一つの理想型として定着したのですわよ。なのでこの博物館にも飾られているのです」
『ナルホド……こういうデザインの宇宙船思想が元にあったのですカ。それでは今のプロジェクトもそういう意味を持った宇宙船でもあるのデすね』
「そういうことですな。ですのでサマルカさんところのフォーラが円盤型だったので、これ幸いでってとこじゃないですかね、アメリカさんも」
「もう、崇雄はそんな夢のない言い方をしなくてもいいではないですか」
「何いってんだよ。麗子の会社もあの産廃施設経由で部品納入のナシつけたんだろ? 人のこといえるかよ」
「オホホホホ、それは我が社にとって夢のあるお話ですわよ」
『ウフフフ、でも、皆様が色々喜んでくれるなら、イイではないですカ』
「ま、そういうことですな」
将来的にはこの模型のそっくりさんが宇宙を飛ぶのか? とこれもまた夢のある話である。
ところでセマル君はどこにいったかというと、現在セマルのマネージャーと化してしまっている特危自衛隊陸上科 西田菊代三尉(26)と一緒にアメリカ史博物館の方へやってきていた。
ウエスタン大好きなセマルには、航空宇宙博物館よりはこっちのほうがいいだろうと西田が柏木に許可をもらって連れてきたという寸法。
このアメリカ史博物館の方は、航空宇宙博物館とはちょっと離れている。
セマルはそのアメリカ独立戦争と、その後のウエスタン史に興味津々だ。
『ナルホド、アメリカ国はブリテン国から独立した国家デしたか』
「ええそうですよ。なので歴史も浅い国なの。建国からまだ三〇〇年ほどですね」
西田が説明する。西田は所謂スカウト組の隊員で、元は白木同様外務省北米局で働いていた。彼同様語学が堪能で、丁度語学将官を欲していた特危に白木の紹介で転職入隊したという経緯を持つ。
従って、一応有名大学出なのでそういったところの知識は意外に豊富である。
セマルはアメリカ史博物館所蔵品を眺めながら感慨深げに話す。
『ニホン国の歴史は、二三〇〇ネンあり、もう言うことなく素晴らしいデスが、アメリカ国の歴史も、ブリテン国の歴史も含めると立派なモノですね。やはり私たちイゼイラ人は、こういう発達の歴史を持つチキュウ人の皆様を羨ましく思います』
「ねぇセマルさん。イゼイラの、その……トーラルですか? その超文明と接触するまでの話で、イゼイラって地球で言うところのどのあたりまでの文明だったわけですか?」
『その回答は少々難しいですねニシダサン……文化的にはおそらク、チキュウ史でいうローマ時代ぐらいだと思いますガ、私たちはその頃既にキキュウや、グライダーのような飛行手段を持っていました。チキュウ人さんは、確か飛行技術を身につけたのは、まだここ一〇〇ネンぐらいのお話だと聞いておりますガ』
「ええそうですよ。なるほど……じゃあ確かにアメリカのこんな西部開拓史のような歴史や南北戦争みたいな歴史は知らないのもの納得できますね」
『ハイ。そもそも私たちイゼイラ人は、同族間で戦争をした歴史がアリマセン。戦争の歴史はトーラル文明と接触して、宇宙に出てからの種族間戦争が初体験なのです』
この話がでると西田は手を叩き
「そこなんですけどセマルさん。その同族間で戦争をした事のない歴史って、それは誇るべき歴史じゃないのですか?」
この質問をすると、フェルも言うのだが、イゼイラ人は少々地球人と違う感覚の返答を返してくる。
『ニホンの方はよくそう仰りますが、私達にとってその歴史は普通の事ですので、自慢するようなものでもないのでス。それどころかツァーレ達に対抗できなかった悲劇の歴史でもあります。私達からみれば、今に生きる時代の人間として、そういった戦争の歴史もあって普通ナのだろうと思いますし、その戦争が次の時代を生むきっかけになっている事も理解できまス……戦争がいいことダとはモチロン言いません。戦争なんてないに超したことはありませんが、必然としてソウイウ時代を経て発達してきた地球人のミナサマを、やはり私達は羨ましく思いまス』
ティ連人が地球の血塗られた戦争史を見ても、非難否定しない理由。これがそうなのだ。彼らの視点では、地球のこういった発展歴史のありようの方が正常なのである。
トーラルという文明社会の究極ともいえる科学技術。それを手にしてしまったからこそ振り返って考える事のできる自分たち文明のありよう。その歴史。
頷く西田。あとで報告書に書いておこうと思う。セマルをこの博物館に連れてきて正解だと思った。おそらく発達過程文明の文化を欲する彼らにとって、この博物館も素晴らしい資料となっているだろう。
と、西田さん。感慨に浸っていると、セマルがいない。
アレと思い辺りを見回すと……アメリカ娘達にもみくちゃにされていた。
セマルがアメリカンヒーローになってしまったことをついぞ忘れていた西田。アワワとセマルを救出に行く……
「……やっぱええのうトムキャットは……今思えば可変翼なんてクソ贅沢な機能、よく使ってたもんだ」
腕組んで名機を前に、感慨深く語る多川。
付き添うはシエにリアッサ。そしてシャルリ。
『ダーリン、コノ機体ハマダ使エソウナノニ退役シテイルノカ?』
「ああ。開発された年代は、俺がダストールで乗ったF-15よりも二年先輩の戦闘機だな。性能的にもよく似た感じの戦闘機だよ」
『フム、デハ退役シテシマッタ理由ハナンナノダ?』
「まあ普通に古い機体で、あまり他国にも売っていないし、この可変翼って機能が整備コストかかるんでね。それに時代はステルス……あー、対探知偽装技術な時代でね。そんなのもあって引退だよ。俺の乗ってたイーグルも日本じゃまだ主力で使われてるけど、そんなに長い寿命の機体ではないだろうしね」
『ダストールニデータヲ送ッテ、マタ改造シテモラエバ、ニホンデ運用デキルノデハナイカ?』
「え? F-14HMSCにするってか? やめといたほうがいいって。またヤル研の連中喜ばすだけだぞぉ。今度こそ変形ロボットにするな。そんな事したら」
と、そんな感じでシンシエ夫妻。アホな話をしながら多川の航空機解説をうけつつシエも色々と質問を投げかける。
シャルリやリアッサも興味津々で一面に埋まる展示航空機を眺める。
『流石発達過程文明って感じさね。すごいもんだ』
シャルリが音速の壁を初めて突破した航空機『ベルX-1』を見上げながら感心して話す。
『ティ連ノ、オオヨソスベテノ国ハ、コウイウ歴史ガナイ。ヤハリ、チキュウヲ目指シテ正解ダッタトイウコトダナ』
『ああそうさね。あたし達はナヨクァラグヤ帝の話なんてのはイゼイラ人ほど関係ないけどさ。この発達過程文明の探求って奴だけは間違ってナかったってことは言えるね』
『アア。コノ博物館ダケヲミテモ、発達過程ノ知識ヤ知恵ニ圧倒サレソウダ』
色々とPVMCGにデータヲ取り込むリアッサにシャルリ。かなり興味がわいたのか、後で他の博物館にも行ってみようと話していた。
………………………………
と、そんなこんなで充分すぎるほどの時間を過ごせた異星人ご一行。
なんだかパウル艦長とフェルさんはお土産一杯買ってリムジンに積んでいたようだ。
さて、かように時間も頃合いになって諸氏そろってホワイトハウスへ。
大統領夫妻主催の晩餐会へという段取りである。今夜はハリソン大統領の私的晩餐会なので、所謂公式晩餐会ではない。従って米国側出席者も大統領に近しい人物ばかりだ。
ハリソン側は、先のファーストレディに子息息女二人。で親友かつ首席補佐官のリズリー。統合参謀本部議長。彼もハリソンの友人であるらしい。そして大統領府スタッフ主要メンバーにダリルとジョンにリック。そしてNASAの主要スタッフもやってきた。そのあたりがハリソン側出席者の面子である。
実は異星人のみなさん。よくよく考えたらこういった地球側の着席形式で正式なマナーを踏んだ晩餐会に出席するというのは初めてである。
地球人側が、ヤルバーンやティ連の立食形式なパーティにお呼ばれすることはままあったが、地球人側のパーティに出席するのは初めてだった。
中国の会議でも、晩餐会のようなものはなかったので、恐らく初めてだろう。
実は、ティ連の公式なパーティで必ず立食形式をとるのにはちゃんとした理由がある。
例えば、イゼイラ人がイゼイラ人同士で公式なパーティを催すとき、きちんとしたマナーに則った着席形式のパーティはある。だが、これがティ連環境となると、種族の文化や種族形状からして違う者同士なので、着席して……というのがこれ意外にメンドクサイ。ということもあって、ティ連人同士のパーティとなった場合、彼らは立食形式で行うのが普通なのである。
で、今回の大統領夫妻主催のパーティ。外交行事としては、定番のおフランス料理での晩餐会である。
諸氏良い服に着替えてテーブルに着席。
「……この度の我が国、プロジェクト・エンタープライズにおけるサマルカ国との交流をきっかけに、ティエルクマスカ各国国民皆様との今後の関係発展と、このチャンスを我々にもたらしてくれた友邦日本国との永久なる友好関係を祈り……」
乾杯となってパーティは始まる。
実はハリソン。ティ連立食形式パーティの、先の理由は知っていたのだが、あえてこの着席形式のパーティを行った。
そして異星人の方々一人一人の横に、サポーターのような給仕が付いている。
「なるほど。ハリソン閣下はフェル達ティ連人に地球のテーブルマナーを教えてくれてるってところですか」
柏木が隣いるジョンと小声で話す。フェルさんの席は、大統領長男の横である。シエさんは妹さんの横。
「まぁそういうことですな、ミスター。ウチの大統領もなかなかに気が利くでしょ?」
「ははは、そうですね」
すると正面にいるリックが
「いや、このアイディアは、奥方様のほうだそうですよ」
「そうなのですか。いやはや、なかなか」
「ファーストレディは大のレセプション好きで通っていますから、はりきってるのでしょうな。ははは」
ちらと見ると、フェルやシエ達は、隣に立つアドバイザーの給仕から、ナイフやフォークは外側から使うとか、そんなアドバイスを色々受けているようだ。
んでもって地球お食事評論家のフェルさんも、出てくる料理一つ一つ、口に運んでは目に星をぴろりんと浮かべているようである。
そりゃ大統領府お付きの超一流料理人の作る料理である。まずいわけがない。
でもって大統領長男の質問にもいろいろ答えていたり。で、シエさんも笑顔で歓談していたり。
セルカッツとパウルはダリルがサポーター代わりになって、軍関係者と話に花が咲いていたようだ。
リアッサにシャルリは、参謀本部関係者と色々話に花を咲かせていた。
で、そんな食事の中に、やはりというかなんというか。
米国もそういう情報を入手していたのだろう……ってか、ヤルバーン州化ぱーちーなんぞでみてればわかりもしようか。そう……ティ連人のカレー好きを……
大統領府お付の料理人も、そのあたりを察していたのだろう。なんとカレースパイスをふんだんに使った肉料理を出してきた。これは料理長の創作料理だろう。フランス料理にこういったものはない。
フェルを観察する柏木。この料理を食べてどんな反応をするのだろうか。
ちなみに柏木は流石一流シェフの料理だと感心する。むろん不味いわけがない。
この料理に関してのみ、フェルは目つきが違う。流石『ティ連カレー道』創始者であるが故、いい加減な評価はまかりならんというところだろうか。
フェルはフォークに刺した料理を口に運ぶ。でもってモグモグと食べていた。
実は横目で大統領や給仕達もフェルの動向を注視していたりする……と瞬間、フェルさんの目がピロリンとなり、フォークが進んで一皿平らげ、ナプキンで口をフキフキしていたり。
(はは、どうやらお口に合ったようで)
柏木もなんとなくホっとする。
ってか、結局カレーならなんでもええんかい、という話。
一通りお食事も終わって、テーブルが片付けられ、その後はバーができて各々自由に立食形式の歓談タイムに移る。
庭が解放されて、綺麗な照明が花壇の花々を照らす。さすがホワイトハウスだ。
柏木も、色々と各方面の偉いさんから声をかけられる。するとハリソンが話しかけてきた。
「ミスター・カシワギ。いかがでしたかな晩餐会の方は」
「いや、素晴らしいお食事ありがとうございます。ティ連人諸氏の方々も満足したみたいですよ」
「それは良かった」
「なんでも聞くところでは、フランス料理形式のパーティにしたのは奥方様のアイディアだとか」
「はは、ええ。家内はティ連人の方々が『発達過程文明』というものに興味があるという事に大変惹かれているようでしてね。それでみなさんに地球のテーブルマナーをお教えしないとということで、こういうパーティを目論んだようです。私はご迷惑でなければと心配したのですが」
するとフェルがやってきて話に混ざる。
『イエイエ、ファーダ・ハリソン。大変勉強になりましタ。ありがとうございまス』
ヴェルデオやジェグリにも教えなければと話すフェル。彼らは現在ヤルバーン州のトップなので、今後こういう席に一番出ていく立場になる。
シエもそういうところはわかっているのだろう。セマルを連れてハリソン夫人となにやら話し込んでいるようだ。
彼女たちがアメリカでどういう感じで見られているかは一応自覚しているので、言ってみれば出血大サービスというところだろう。無論側には長男と長女が一緒に話し込んでいたりする。
「で、フェル。地球のフランス料理はどうだった?」
『ハイです。おいしかったデスねー。全体的にとっても柔らかい口当たりが印象的でしタ。それに必ずといっていいほどお料理に特別なソースがつくデスね。懐かしい感じがしたでスよ』
「懐かしい感じ? ああ、そうか。イゼイラ料理もソースをふんだんに使うものな」
『ハイですね』
「で、あのカレー料理はどうだった?」
『大変おいしかったデスよ。でも、どちらかというとインディア国の味付けに似てたですね』
かような感じで、諸氏歓談も進んだり。
ハリソンは、ここはちょっと政治的に柏木とフェルを呼んで色々と話をする。
二人を庭のベンチへ呼び、腰掛けてワインを片手にしばし会談である。
「ミスター、それにミセス。この度、かようにわが国の宇宙船開発に協力いただいた後の話なのですが」
「はい。世界各国に対する影響ですね。大統領閣下」
「ええ……ところでカシワギ大臣。午前中の話なのですが……火星の件。率直なところ二年後、どのような段階まで進んでいるものなのでしょうか? 差し支えなければ……」
「はい。彼らも色々と考えているようですが、結局火星を一気に大気ある星にするといったような方法での開拓はしないようで、あのヤルバーンのような人工浮遊島を人工大陸化させて、居住環境を少しづつ改造して、増やしていく方法を取るようですね」
ダル艦長は、結局そういう方式でテラフォーミング化を目指すとしたようだ。
なので、火星の完全緑化は、現時点からおよそ半世紀以内に完了させたい方針で行こうという話らしい。
なぜに火星の大気成分。即ち二酸化炭素を元素変換して酸素にし、一気にやらないかという話になるが、結局、火星の薄い大気を定着させる事がなかなに難しいということと、主要大気成分の九〇パーセント以上が二酸化炭素なので、この大気成分を酸素にしたところで簡単に解決する話でもないなということで、人工大陸化した場所の半径数百キロを環境シールドで保護し、緑化を進めて、それをどんどんと広げていく方法でテラフォーミング化しようという話になったのだそうだ。
「……なるほど。そういう方法ですか。それでも我々の科学力を超越したすごい技術だとしか言いようがありませんが、ははは」
「ハハ、まったくそうですね。で、そういうことで午前中のお話を詳しくさせていただくと……二年後を目処にティ連側は、我が国の治外法権区域となる人工大陸を何隻かの都市型居住艦を利用して設定していただけるそうですので、その中の一隻を我が国の責任で、米国に割り当てる予定ですが、これもまだ予定の話なので決定事項ではありません。ですのでわからないと回答させていただきました」
「なるほど。だがそれが現実になればすごい事ですな」
「はは、そうですね。まあ但し、あくまでも米国の管轄域は『土地』のみですので、人工浮遊島の施設内部等々には立ち入りが制限されると思います。その点はご了承ください。とはいえ、二年先の国際関係まではまだわからないですからね。これより悪くなることは考えられませんし、まあ……いい方向に行けば現行の制限も、諸々緩和されるのかもしれませんしね」
「なるほどわかりました。とはいえその頃はもう私も大統領ではありませんからな。あとは次の大統領の手腕に期待するしかありませんが」
「それは私もですよ大統領閣下。二年先ですか……どうなってるんでしょうねぇ。二藤部総理もその頃総理大臣を担っていらっしゃるかわかりませんし、私もティ連大臣やってるかどうか……フェルはどうなんだろうな」
『フ~ム、私は二期というお約束デスから、あと二回の選挙分ですからネ~』
「その前にお子様を、というところではないですか? 大臣閣下」
「え? はは、いやはや。それを言われるとなんともですが」
頭かいて照れ笑い。一〇月あたりから作戦を開始しないと、その次の年の一〇月までまたお預けになってしまうという寸法。
隣でフェルも照れてたり。
「……で、ミスター。二年先には、色々と動きが予想されますが、どうでしょう。ヨーロッパ諸国等々の自由主義国家圏の宇宙飛行士をMHEに共同プロジェクトとして同船させるのはダメでしょうか?」
ハリソンが懸念するのは、そのヨーロッパ諸国の米国離れなのだという。
先日、中国が発起した国際銀行組織でも、米国と日本は参加を見送ったのだがヨーロッパ諸国は米国の要請に反して、かなりの国が参加を表明した。これに米国と日本は相当なショックを受けたという。
ハリソンは、やはりその裏に中国の工作活動と、ヨーロッパ諸国がティ連と蜜月にある日本と、その恩恵を受けつつある米国に相当の警戒感を示しているからだという話なのだそうだ。
「……確かに。サマルカ国の一件があったとはいえ、現状ティ連に関与した国というのは我が国と米国だけですからね」
「はい。まさか我が国の『ロズウェル事件』がこんな形で恩恵をもたらすとは、我々もゆめゆめ思っていませんでしたから……」
それを言うなら実はドイツも……と言いかけたが、やめた柏木先生。
言われてみれば確かにハリソンの言う通りだ。この星の複雑な国際関係を考えると憂鬱にはなるが、その話を置いといても、事は米国と日本とティ連だけの問題では収まらない。
日本と米国という二大巨頭がティ連という存在を軸にして手を組むとなれば、そりゃ関係ない他国は大いに警戒するだろうし、また同時に自由民主主義という共通のイデオロギーな国々は、自分たちもその中に入れないか。入れなかったらどうするかを当然考えるだろう。
世界のパワーバランスはかように変化した……そう。しつつあるのではなくもう『した』のである。
確かにハリソンの言、わからなくはない。当然ヨーロッパ宇宙機構のESAとも何らかの連携を米国は考えるだろう。それに日本はダメ出しできるのかといえば、確かに考えどころではある。
「フェル。またここが考えどころかもしれないな」
『ハイですね。連合も恐らく、もうそのあたりは察しているとは思いますガ……』
口元を引き締めて頷く柏木。
ホワイトハウスの庭から、ワインを片手にワシントンD.Cの夜空に浮かぶ月を眺める。
ハリソンも柏木につられて月を見る。
欧米人にとって、月という星にはあまり感慨深いものはないのだそうだ。むしろ狼男や吸血鬼とネガティブイメージの方が大きいらしい。
でも確かに外国で見る月は、日本の月と一味違う。
そんな感慨にふける柏木とフェル。
そして、物語は少しだけ時間を進めて、二年後を覗く……
次話で― Project Enterprise ― 編は終話となります。
宜しくお願い申し上げます。




