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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
銀河連合日本外伝 Age after
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銀河連合日本外伝 Age after ― シエの帰郷 ―  第二話

 惑星国家・デルベラ・ダストールデルド星系連邦総国。略してダストール星系連邦とも呼ばれる。

 国家体制は連邦制の惑星国家。ハンカー二連恒星系第三惑星・デルベラ・ダストールデルドを本星に持つ、数多くの自治国を取りまとめる中央連邦政府制の連邦国家である。

 このハンカー二連恒星系の変わった特徴は、恒星の従える惑星が一〇個程あるのだが、第一恒星のフル・ハンカーと、第二恒星セヌ・ハンカー各々が従える惑星が別々に存在し、それが絶妙のバランスで、各々恒星の軌道を回っているという変わった星系なのである。

 惑星ダストールは、第一恒星フル・ハンカーの軌道を回っている。

 そんなバランスで恒星系を成している星系なので、ダストールは、第三惑星といっても、その距離が恒星から非常に遠く、さらに第四惑星以降の惑星に関しては、更に遠く、最後の第一〇番惑星に至っては、本当にハンカー恒星系なのかというぐらいの遠い軌道を回っているという、そんな恒星系なのだ。


 さて、この国の政治体制であるが、シエパパガッシュ総統の地位を見て判るとおり、共和制国家ではあるが、議会責任者である首相と、国家元首である大統領の権限を、総統という役職が一括してその権限を行使する体制である。

 この話だけきくと、地球で言えば西暦一九三四年から一九四五年まで存在した正式国号『大ドイツ国』所謂ナチス・ドイツの名で知られる国家元首職である『総統』と同じという感じで、あまり地球的には良いイメージではない――ちなみに台湾の「総統」とは全然意味するところが違うので注意。台湾の総統という意味は、中国語で「大統領」の事である――


 一般に大統領という職は、ままその権限に色々あり、戦後ドイツ型。フランス型。アメリカ型のこの三つにおおよそ大別できるが、大統領権限が民主主義国家という範疇で、相応に強い権限を持つ米国を例に挙げて比較すると、この職は、議会の議案に拒否権を行使することが出来る。つまり、議会の決議にダメ出しをすることが可能なのだ。このあたりは、米国などを見ているとそこらへんでよくもめる事がニュースなどでもよく見受けられる。

 逆に議会は、大統領が出す政策案を審議し、場合によってはダメ出しや、差し戻しをすることが出来る。このあたりもハリソン政権が力を入れていた福祉政策。国民皆保険制度が議会の多数派である野党に反対食らってもめた事件をみれば理解できるだろう。

 

 では、この大統領と、議会トップである首相が合体したらどうなるか? 

 大統領が議会のトップで、自分の政策をダメ出しするような事はまずないだろうし、そんなアホはいないだろう。つまり行政の歯止めが無くなり、所謂大統領がなんでもできる意のままの『独裁国家』になる。これが、かの鈎十字なチョヒゲ伍長が考えた役職であり国家だ。

 専制王政ですら、元老院云々の歯止めを利かせる政治体制がないわけではないが、このナチス型総統制政治は、専制王政よりも、ある意味独裁的な国家になるのだ。

 ただこれが「総統」だからという形で見るのは危険である。

 例えば、イラクにおけるサダムフセイン時代の「大統領」という職なども似たようなもので、要するに独裁政治を行おうという野望を持つ政治家の都合で、どうにでも国家体制が解釈されてしまうことであって、それをたまたま日本が、かのチョビヒゲの役職を「総統」と訳しただけの話なのである。


 と、一般的にはそういう感じなのだが、ダストールの場合、確かに総統職はそれぐらいの大きな実権を持ってはいるが、その上位機関として、ダストール語で「認可する者」という意味を持つ『サストマール』と呼称される行政・司法・立法監督組織がある。これは定期的にランダムで選出された国民が組織委員となって、国民が総統の行う行政、政策の可否を問う権利を持つ組織だ。

 もし国民が総統の政策に不満がある場合、審議期間中であればサストマールが国民の意見を広く聴衆し、抽出審議し、場合によっては強制的に現行政策の変更を義務付けられるというシステムを持つ。従ってダストールの国家体制は、所謂独裁国家というものではなく、少々地球と比較すると形態は違えど極めて民主的に物事が決められている国なのである。


「へぇ~、変わった民主体制の国なんだなぁダストールって」


 デルベラ・ダストールデルド首都星間国際宇宙港「ラカンデ・ダストール」へ向かって飛ぶ総統専用デロニカ・クラージェ。

 惑星ダストールの空を、観光も兼ねてゆっくりと飛行し、サロンでシエとそんな会話を交わしたり。


「でもさシエ。もしそんな体制なら、国軍を預る実力者。即ち総統さん次第では、やっぱり独裁国家になりかねないんじゃないのか?」

『エエ、ソレハ当然ノ意見ネ。シカシソコモ心配ハイラナイ。ワガ国ノ軍事力統帥権ハ総統ニアルガ、サストマールノミガ動カセル「サストマール司法軍」トイウモノガアッテナ」

「なるほど、総統閣下がおいたすれば、その司法軍が動いてお仕置きされるということか」

『フフフ、ソウイウコトダ』


 なぜにこんな独裁体制を無理やり民主化したような国家体制になっているのかと興味深く考える多川だが、まま今はそれを問うても意味がない。そんな国のそんな文化であって、そういうものだと受け入れるのが妥当だ。なぜなら彼らはこの体制でうまいこと平和にやってきてるんだから、それでいいではないかという事である。


 とそんな話に興じていると、シエが懐かしそうな顔をして、大きく景色を写す壁のディスプレイ際まで寄って外をさす。


『ダーリン。アレガコノ星ノ首都、ラカンデ・ダストールデルド。その中央港ニナル、ラカンデ・ダストールデルド首都星間国際宇宙港ダ』

「おおー! あれが、へぇ~」


 多川はその素晴らしい緑に映えた都市に感嘆する。

 そう、その首都、街の姿は一言で表すなら、まず「緑」という色が目に飛び込んでくる。

 更に多川も柏木の映像記録や、イゼイラ訪問時の都市風景を観て、イゼイラ的な雰囲気を思っていたのだが、予想外にダストールの首都はイゼイラのような空中都市ではなく、地上に栄える都市であった。

 例のイゼイラ型空中都市で使用される『空中大陸』のパーツとなる六角形状の物体は、ポツポツと浮かんではいるものの、イゼイラのような生活環境の主軸とはなっていないようで、地球と同じくダストール人の生活環境は地上が主のようである。


「ダストール人は、イゼイラさんみたいに空中大陸という処に住んでいないのか?」

『アア、コレバカリハ種族性トイウヤツダナ。私達ハ、ドウニモアノ空中大陸トイウモノガ、イマイチ肌ニ合ワナクテナ……アノ施設ヤ、アッチノ施設ノヨウニ、必要ニ応ジテ建テテハイルガ、見タ通リ、我々ハ地球人ト同ジク天然ノ大地ニ住ム種族ダヨ』


 なるほどなと頷ける光景。

 その風景が一見して緑に見える所以は、所謂、都市緑化が究極的に進んでいる為である。

 建造物という建造物の、開けた場所に屋上、外壁と、とにかく緑化が進んでいる。

 かといって建物一つ一つが、甲子園のとある球場のように古めかしいというわけでもない。

 極めてシステム的に構成された計画性の高い建造物だ。


『ダーリン。コウイウ環境ヲ好ムノガ、ダストール人ダ』

「なるほどね。へぇ~……いい趣味してるじゃないか。ははは」

『ウフフ、ソウ言ッテモラエルト嬉シイ』


 多川はそうシエから聞かされると、先日購入した土地というか里山を、シエがえらく気にいっていたのを思い出す。

 こういう緑多い生活環境をダストール人が好むというのなら、あの里山購入は大正解だと思った。

 あと、シエがヤルバーン州ではなく、日本に住みたいという心情も理解できた。

 このダストールとはちょっと色合いは変わるが、かの福島県も緑豊かな場所は多い。というか、日本列島自体、都市化されている場所があっても、総じて緑は多い国土だ。そういうところもあるのだろう。


 シエの話だと、確かに緑化した人工大陸のような場所も悪くはないそうなのだが、やはり人工化した自然環境とネイティブのものは違うと仰る。

 イゼイラ人が大地に住むことをやめ、そのほとんどが人工大陸に住む事になったワケは、かの獰猛な大型生物のせいである。

 地上に住む事自体が危険であり、またツァーレのような動物を殺しまくって絶滅させたくても、自然環境のバランスを崩してしまうわけで、それもできない。

 なのでイゼイラ人は自分達の楽園を、空に浮かぶ人工の大陸に求めた。

 元々鳥類由来の種族でもあるため、それも大した違和感もなかったのだろう。

 だがダストール人はそういう理由があるわけではない。なので彼らは普通に地上へ住まう事を選んだ。

 人工大陸のような浮遊大地が嫌いなわけではない。必要に応じてそれも利用してはいる。

 特にイゼイラ人やパーミラ人の生活環境用に立派な人工大陸区画もある。

 多川は、もし日本人もおいおいこの人工浮遊大陸技術が普通に使えるものとなり、それが日本にフヨフヨ生活環境として浮かぶような情景になった時、日本人はどっちの生活環境を選ぶのか、なんとなくそんな日本の将来に興味を持ったりする。


「でも人工大陸の方が、地震災害なんか関係ないんだから、安全面ではそっちのほうがいいんじゃないのか?」

『ソレハ、ニホン人ノ感覚ダ。地殻変動災害ガ起コッテモ、私達ニハソレニ対応スル技術ガアル』

「なるほどね。そこんところは科学技術で勝負っつーわけですか」

『フフ、ソウイウコトダ』


 どうもいらぬ心配だったようだ。

 逆に言えばその技術。色々ご教示いただいて、日本の建築技術にも流用したいところだったりする。


 総統専用クラージェは、そんな雑談の間に、ラカンデ・ダストールデルド首都星間国際宇宙港に到着する。

 搭乗口には、赤色なカーペットのようなものが敷かれ、ダストール国防軍の兵士が、片手でブラスターを捧げ銃するような感じで抱え、カーペットの両脇を固めている。

 でもって、カーペットの向こうでは、ガッシュ総統にダストールの政治家だろうか、そんな方々が待機していた。


 搭乗口が開くと、まず多川が自衛隊の礼装に身を包み、ラカンデ・ダストールデルド港に降り立つ。

 特派大使というからには、普通にスーツでいいではないかと多川はシエに言ったのだが、シエが自衛隊礼装の方がダストール人の受けがいいと言われ、言われたとおりの格好で機を降りる。

 それを見計らってガッシュらダストール政治家陣が、多川へニコニコ顔で寄ってきた。

 その政治家らの姿を見ると……シエが自衛官礼装で挑んだ方がいいと言った理由がなんとなく理解できた。

 ダストール政治家諸氏の服装、全員なんとなく軍服っぽい服装だからだ。

 多川の後に続くシエも、その服装は特危の女性自衛官礼装だ。


『ヤァ、シン! ハルマ以来ダナ。ヨク来テクレタ。我ガダストール国民ハ、シンヲ歓迎スルヨ!』

「どうもありがとうございます。ガッシュ総統閣下」

『オイオイ、私ハキミノ義父トイッテオルダロウ』

「あ~、いや、確かにそう仰っていただけるのはありがたいのですが、私も一応政府の特命を受けておる身ですので……そのあたりは、ハイ、ははは」

『フハハ! ソウカ、確カニナ。了解ダ、シン大使』


 そしてガッシュはシエに視線を向け


『シエ、オカエリ……モウ何十周期ブリニナルカナ』

『ターリィ。タダイマ……』


 ガッシュと抱擁するシエ。


『ターリィ。ハルハ?』

『ウム、ハルハ、官邸デ菓子を作ッテ待ッテイルヨ。ハヤク旦那ヲ連レテコイトナ』

『ソウカ』

『マ、フタリトモ、コンナトコロデハナンダ』


 そう言うとガッシュは、二人を奥へ誘う。

 その際、ダストール流捧げ銃を行う衛士に顔を向けるガッシュ。

 多川も帽を深く被り、兵へ挙手敬礼で応じる。シエも今は自衛官礼服なので、同じく挙手敬礼で。


 ガッシュは、そんな中、色々と部下や閣僚らしき人物に色々と指示をしているようだ。

 そんな会話に何気なしに聞き耳を立てていると、聞きなれない言葉が飛び交うのに気付く。


「外務参謀本部」

「総統府中央親衛隊」

「国土統括参謀本部」

「連邦警察軍」


 ちょっと首をかしげる多川。なんとなく地球的にはミリタリーイメージな言葉が並ぶ。


『シエ。シン』

「は、なんでしょう閣……」といいかけ、周りに人がいないと察すると「……お義父さん」

 そう呼ばれてニコリと笑い、ウンウンと頷くガッシュ。


『イヤ、シエガナ。久シブリニ姿ヲミセルダロウ? デ、外ガゴッタガエシテイルノダ。フフ』


 そうガッシュが言うと、シエも頭をポリポリかいて照れ笑い。まぁそうなるんではないかと彼女も自覚していたようだ。


「はは、噂通りという話ですか。人気者はつらいなシエ」

『ソノアタリハ自覚シテイル。ハァ……フェルノ気持チガヨクワカルヨ』


 シエさんもいってみりゃダストールのアイドルみたいな存在だ。女性総統を望まれるぐらいの人物であるからして、彼女がダンナ候補連れて遥か五千万光年彼方から一時帰国するという報は、ダストール人にとっても十分なイベントになる。

 まま、そんな感じなので、少し状況を整理するから待っていてほしいと、シエと多川はロビーでちょっち待機。


「なぁシエ……」

『ン? ナニ? ダーリン』

「あ、いやな、さっきお義父さんと、他の閣僚さん? の会話を聞いていたんだけど……ちょっと聞きたい事があってな」

『ナンダ?』

「ダストールって、もしかして軍事国家なのか?」


 とそんな話をシエにしてみる。

 するとシエも、なんだそんなことかという感じで


『ン? 確カニソウイウ歴史ハアルガ、ソレガドウカシタノカ? ッテ、ア……マサカ地球ニアル、メンドクサイ国ミタイナノデハナイカトカ、ソウ思ッテイルノカ?』

「そりゃねぇ。外務参謀本部とか親衛隊とか聞こえたら、普通の地球人ならそう思うよ」

『ナルホドナ。デハ、チョット説明ガイルカナ……』


 シエが簡単にダストールの政治体制を多川に解説してくれる。


 基本ダストールは、ティ連に加盟しているぐらいであるからして、民主政治体制の共和制国家である。

 ただ、その沿革は地球人から見ると少し特殊で、ティ連に加盟する以前のダストールは、伝統的に専制的王政国家体勢で、トーラル文明技術を手にした後も、王政を解体し、軍政の軍事国家としてかなり長い間そんな政治体制の国であったという。

 ままそんな国であったそうなのだが、どこの世界も軍事専制国家というものは、いかに善政を敷いたとしても体制に歪が出てくるもので、ある事件をきっかけにトーラルの助言で、ダストールも民主制の共和国家に移行する事を、当時の聡明な総統が決定し、民主制に移行したという話。

 その際、やはり元々専制国家で軍事政権しか経験したことのない国であり、民主主義など経験した事のない種族だったものだから、時の思想家や、哲学者に優秀な軍参謀等々で体制造りを研究し、現在の民主制ダストールができたという話。

 その現在の民主制ダストール建国の父が、かのダストール政府中央艦の艦名にもなってる『ヴェッシュ・セド・バウラー民主制ダストール初代総統』なのだそうな。


『……トイウワケダヨ、シン』

「はぁはぁ、その時代の名残で、こんな軍事政権っぽい雰囲気な感じになっているのか。なるほどね、理解できました」

『ウム。イゼイラガ、帝政ヲ排シテ共和国ニナッテモ、フェルノヨウナ旧皇族ノ威厳ヲ、議員資格トシテ残シタノト同ジク、コノ軍事政権時代ノダストールモ、平和ナ時代ダッタノハ事実デナ。言ッテミレバ我ガ国ノ誇ルベキ時代デアリ、文化ナノダヨ。デ、ソンナコトモアッテ、丁度ソノ頃ニ我々ヲ観察シ、接触シテキタノガ、「イゼイラ」ナノダ。ソコデダストールヲ、ティエルクマスカ連合ニ誘ッテクレタノダヨ』

「じゃぁその時が、ダストールにとってもファーストコンタクトになったってわけか」

『ソウイウコトネ。トイッテモ、モウ何万周期モ昔ノ話ダケド。フフフ』

「なるほどね。まあ柏木さんや白木さん達なら、外務関係資料で知ってるんだろうけど、俺達自衛官となれば、そこまでの事はな。でもそういう話は好きだ。面白いな」



 ままそんな話で時間をつぶしていると、ガッシュの側近が、呼びに来る。

 準備ができたという話。


 待合室から外に出ると、ダストール人の大歓声を浴びる。

 掲げるVMC造成のプラカードのようなものを見ると、【歓迎、ヤルマルティア大使】という言葉もたくさん見受けられる。

 柏木ではないにしろ、やはり精死病根治のきっかけを作った聖地日本はダストールでも健在のようだ。

 それに多川が例の太陽系外縁部でのガーグ・デーラ戦で、シエと共に同胞リアッサや、VIPである柏木達の危機を救った英雄だということは、この地にも存分に知れ渡っている。

 だが、やはりダストール人としては、シエの数十周期ぶりの帰還というこの事実の方が大きい。

 しかもこの大使が、シエの選んだデルンという事実は、大きな話題となった。

 更には現在のシエの立場である、ヤルバーン州と日本国の共同管轄安全保障組織『特危自衛隊』の幹部であり、連合防衛総省ではなく、その組織の礼服を着用している。

 普段はピチピチレギンスパンツのようなコンバットスーツを好んで着るシエが、見たこともない布を巻いたような着衣を下半身に着て、薄皮のような繊維のインナースーツを着用している。つまりスカート着てパンストをはいている。このような着衣がないダストールでは、そのシエの服装が、かなり奇異に映っているのだろう。そんなところも話題になっていたり。

 シエもこんなところで騒がれるのもあまり好きではなさそうな感じ。それ以前に形式的に主役は多川の方で、シエはあくまで多川の護衛役だ。そこのところはシエも任務に忠実で、あまり目立とうとしない。最初は観衆の声援にも無関心でいたのだが、多川に促されて軽く観衆へ手を振ると、これまた大きな歓声になる。

 

 多川達は、ガッシュが待機させてあった政府公用トランスポーターに乗り、総統府官邸へ向かう。

 しばし緑豊かなダストール首都の街を、空中を飛ぶトランスポーターで飛行。

 日本でもスタンダードなティ連警護方式のデルゲード・ロボットスーツに護衛されてその幻想的な街中を飛ぶ。

 超未来的なデザインの建造物。地上には緑あふれる遊歩道が整備され、その建造物にも何某らの緑化が見られて建造物の屋上、屋根にも森が生える。

 多川は今日のために買ったデジカメでパシパシと風景を撮影する。

 多川があの里山を買って、家を建てようとシエに言ったとき、シエがもろ手挙げて賛成した理由がよく分かった。

 

 しばし飛ぶと、これまた立派な趣のある総統官邸が見えてくる、

 資料で見たイゼイラの建造物と趣が違い、建物の高さは、そんなに高くはないが、敷地面積が異常に広く、人口的な河川で装飾された「庭」のような装飾が目立つ。


 正面玄関に降りるトランスポーター車列。

 スタッフのサポートを受け、トランスポーターから降りる多川にシエ。


『ヨウコソ、我がダストール総統官邸ヘ』


 ガッシュがそういうと、多川の背中をとり、中へ誘う。

 シエは体裁上多川の護衛ということなので、その後をついていく。

 ダストール広域報道員も、その様子を記録していた。

 奥の迎賓室に誘われる多川。

 柏木がイゼイラへ行った際は、そりゃもうどこへ行ってもイゼイラあげての大騒ぎだったが、今回多川が来た本来の目的は「シエの里帰り」という極めてプライベートな目的のためで、日本政府がその目的に便乗させてもらってる感じなので、シエ的にもあまり大騒ぎにならないで欲しいという彼女の要望もあっての話で、割と程々な歓迎体制になっているが……

 ロッショ家としては、かのシエのデルン。しかもティ連が聖地認定した国の軍高級幹部ということで……ものすごく気を使っていたり。


 ガッシュは多川を迎賓室へ誘うと、そこには年配のダストール人女性と、若い男性が待ち構えていた。

 二人は、シエが姿を見せると、パァと顔を明るくし、ちょっと目に涙をためて


『アア! シエ……ヨク帰ッテキタ』とその女性。

『姉上……幾周期ブリカ。ヨク帰ッタ』と若年の男性。

 シエも目にうっすらと某を見せ、二人と大きくハグ。

 そう。この二人はシエのハル。つまり実母の『ルメア・ナンナ・ロッショ』と実弟である『ベイル・ランテ・ロッショ』である。

 ルメアの方は、見た目50代後半。確かに面立ちはガッシュの言うとりシエに似ている。恐らくシエも年食ったら、こんな感じになるんだろうなぁと、そう思わせるダストール的なラミア美人だ。

 ベイルの方は、もう見た目に若い。こちらも面立ち。特に口元がシエに似ている。どちらもみんな母親似なようで、さぞかしガッシュは安堵したことなのかと思ったり。といって、別にガッシュがブサメンというわけではないので、そこのところは誤解があってはならない。


 母娘姉弟久方ぶりの対面。いつもはモデルウォークで鉤爪造成し、ニッコリ瞬殺のシエさんも、かようにしおらしいのもこれまた一興。多川もほのぼの感覚でその様子を見る。

 するとルメアが多川の方を見て、


『シエ。コチラノ、ナヨクァラグヤノ聖地カラヤッテキタデルンヲ、紹介シテクレナイノ?』

 ベイルもそうだとシエに語り、紹介してほしいと願い出る。

 とはいえ、お互いの面は、もうヤルバーンのゼルルームで通しているので、お初と言うわけではない。

 そこは仮想か実物かの違いというものだ。従ってそんな言葉は儀礼的なもので、紹介して当たり前。シエは二人を多川と引き合わす。


『ハル、ソレニ、ベイル。彼ガ、ゼル通信デモ紹介シタ、私ノ生涯ノ伴侶トナル、惑星チキュウ・ニホン国・特危自衛隊イル・カーシェルデ、機動兵器部隊司令官ノ、タガワ・シンジダ』

「多川信次であります。先日はどうもありがとうございます。改めてよろしくお願い申し上げますルメア様、ベイルさん」


 多川は今、帽を脇に抱えているので、ピシっとお辞儀敬礼。


『アラ、ターリィニハ、義父ト呼ブノニ、私ハマダ義母ト呼ンデハクレナイノ?』

『ソウダ。ワタシモオマ……ゴホン、アナタヲ義兄上ト呼ビタイ。モウベイルデ結構ダゾ』

「は、そうですね。それは失礼しました。よろしくお願い申し上げますお義母さん。ベイル……君?』

 

 そう呼ぶと、ルメアとベイルはニコニコして、多川の腕を取り、奥のソファーへ誘う。まま歓迎ムードのようだ。

 それ以上に多川は日本政府の特派大使でもある。政府の特命をもらえるような立派な素性の人物を、悪いように見る奴は普通いないだろう。

 シエが多川に「自衛官礼服の方がいい」といった理由もよくわかった。どうもダストールでのフォーマルな服装デザインのイメージは、元々軍事国家だったという経緯もあるのだろう。軍服意匠な服装が好まれるようで、服装的な第一イメージも良かったようだ。


 多川が不思議に思うのは、この種すら違うのに、こういった男女関係を普通に思えるティ連人の感性だ。

 地球世界でも、特に日本の場合、国際結婚というものは相当にそれを行おうとすると壁があるものだが、フェルの例にしても、田中さんの例にしても、そして多川自身の例にしても、恋愛感情が伴い、環境が出来上がると、相手側親族周囲の障害というものがほとんどない。

 地球社会なら、宗教がどーのとか、相手がナニジンだからどーのとか、そんな弊害はほぼ間違いなく腐るほどありそうなものだが、ティ連人とこのような関係になっても、あまりそういった弊害は聞こえてこないのだ。

 こればかりはシエに「なんで?」と問うても答えは返ってこないだろう。それだけに種族間の壁がない社会が当たり前なのだとしか言いようがないだろうからである。


 多川はダストール的なお茶と、ルメアの手作り菓子でもてなされ、彼女やベイルに色々と質問されたり。

 お茶は、ダストールの高級茶だ。ヤルバーンにあるシエの家に行ったとき、この茶をふるまわれた。

 非常にフルーティな香りの強い茶で、菓子の方は、何かの果実でできたような甘さ控えめのものだ。


 で、ルメアやベイルに何を聞かれたかというと……

「シエとの馴れ初め話はどんなものか?」

「シエのどこが良かったのか?」

「なぜにシエだったのか?」

「シエが何か妙な事をしでかしていないか?」


 ……話を聞くと、非常に遠回しながら


「よくもまぁこんなトンデモフリュと付き合う気になったな」


 と言われているような気がして、どうしたらいいねんと答えに窮する多川。

 シエも横で、同じような反応のようで、顔を手で覆ってハァとため息をつく。

 それも仕方のない話で、シエが家を出て、軍に入隊したのは、地球人で言えば一八歳ぐらいの話。

 しかも「ダストール高等上級司法学習院」という軍とは何の関係もない学校を履修してすぐの話だという。なので、シエの学力レベルも相当な物なのだそうな。で、その時点までのシエの家族や知人友人の評価は……


『とんでもないおてんば』『腕っぷしが普通でないほどめっぽう強い』『運動能力万能』『マセガキ』『イゼイラのフリンゼと知り合い』『何かを犠牲にして、その恐るべき驚異の美貌がある』


 と、散々なのか、絶賛なのかよーわからん評価なもんで、防衛総省入隊後の漏れ伝え聞こえる評価も、それに準じた優秀なエロエリートというからして……シエの家族的には多川に……


「多川さん。わが娘ながら、よーもこんなのと付き合う気になったな。どうもありがとう」


 という、もらってくれる男がいたという嬉しさに純粋な興味が先行しているという寸法。

 でも実際は柏木も、大見も、白木も、日本にヤルバーンスタッフもみんな、普段はあんなのだが、シエほど良い女はいないと、みんな知ってる。

 案外身近な親族の方が、わからないところもあろうというものだ。

 

『ハァ……ハル、ベイル。オマエタチハ一体シンニ何ヲ吹キ込モウトシテイルノダ!?』

『ハ? イヤシエ。私ハ純粋ニオマエヲモラッテクレルデルンガ現レテ嬉シイナト。ネェ、ベイル』

『アア、ハルノ言ウ通リダ。コレデ姉上ニ言イ寄ッテクル派閥デルン共ノ、イラヌ犠牲ヲ増ヤス必要モナクナル』


 何気にそのベイルの言葉を聞いて多川は……


「はぁぁ!? 言い寄るデルンの犠牲??」

『ウム義兄上殿。姉上ニ言イ寄ッテ、姉上ノ出ス彼氏認定テストデ血祭リニナッタ姉上目的ノ派閥デルンガ如何程イルモゴモゴモゴ!』

『ダアアアアアアア! ダーリンノ前デ、ソンナ昔ノ話ヲスルナ、ベイル!』


 ベイルが多川に懇切丁寧に状況解説していると、妨害に入るシエ。

 なかなかに良い姉弟だ。

 しかし久方ぶりに帰郷した娘いじりはこれで終わらない。

 次はルメアが多川に


『シンハ、シエニドノヨウナ彼氏認定テストヲウケタノダ?』

「は、はぁ? 彼氏認定テストっすか?」

『ウム、ソノテストに耐エタカラコソ、今ノ地位ガアルノダロ?』

「え? あ、いえ、そのような試験は、受けていませんが……」

『ナニ? アノ過酷ナテストヲ受ケテイナイトナ。フム……』

『モウ、ハル! ソンナ話ヲスルナ! 恥ズカシイダロウ!』

『何ヲイウカシエ。大事ナコトダゾ。 愛娘ノ馴レ染メヲ聞クノハ親ノ義務ダ』


 え? そうなんっすかと思う多川。

 シエはもう顔が真っ赤だ。でも嫌な感じではないらしい。

 ってか、ダストール人の淡泊な会話で、ルメア夫人の気品漂う所作にベイル君の紳士的な態度。ガッシュ総統閣下のほのぼの感。

 ……なるほど、これが以前シャルリから聞いた、ダストール人の天然風味なのかと思い知らされる。


 多川は、シエとは、機動兵器のバディ同士で、ウマが合い、お互い気にするようになって、デートして普通にお付き合いした上で、現在のような状況になったと話す。


『ナルホド。互イノセルメントガ合ッテノコトカ。ソレハ重畳ダナ。フムフム』

「はい、何かそういう言葉で表現されるもののようですね。それで、はは、ある時、シエからデートに誘われまして……とある、日本にある有名な観光地なのですが、そこで一日中シエと遊び呆けてましてね。その時にシエが、こんな表情を見せる女性なんだなって思って……」


 と、そんな話を多川がすると、ルメアにベイルは……


『ナ、ナント! シエガ、ジジジ……自分カラ?……』と目を向いて驚くルメア。この事は知らなかったと隣で同時に驚くガッシュ。

『エ!? マサカ姉上ガ、セルメント・テスタールヲ!?!?』


 多川の話を聞いて、セルメント・テスタールを行った上での、シエからの告白だと察するロッショ夫妻に弟君。

 横でシエが今までにないプシュー状態で、俯いている。

 ルメアにベイル。そしてガッシュは、多川に対して尊敬の眼差し。まさかシエの方からコクらせる男がこの宇宙にいたとはぁぁ! というような表情。って……自分の娘だろと。


『モ、モウ! オマエタチ、イイ加減ニシナイカ! モウイイダロ!……シ、シン。家ニイクゾ。コレ以上イジラレテハカナワン』

「え? あ、いやシエ。俺一応大使だぞ。信任状渡さないと」

『ソンナモノ、ソノアタリニ置イテオケ』

「オイオイオイオイ、陛下の信任状だぞ。そういうワケには……」

『ア、ア~ソウカ、ソウダナ。キチントシナイト……ターリィ……』

『ウム、ソウダナ。デハシン、執務室マデ来テクレ』

「は。では……」


 多川は、ガッシュの執務室で信任状を渡す。

 ダストールでは、一番政府の中枢的な位置にある総統執務室に招待される事が最も名誉とされ、ティ連でこういった式典のような形で大使信任状の奉呈をするということはないので、ここはガッシュが気を配ってかような来賓招待形式で信任状を受け取ってくれた。

 ガッシュは、ダストール式最上級敬礼をもって、信任状を受け取ると、多川の自衛官制服、胸の上に、勲章のようなものを付ける。


「? お義父さん、これは?」

『ウム。コノ章ハ、我ガ国ガ、シンヲ国賓トシテ承認シタ証ノヨウナモノダ。コノ章ヲツケテイレバ、滞在中ハ、ダストール閣僚ト同等ノ権限ヲウケルコトガデキル』

「は、それは配慮痛み入ります」


 多川はピシと敬礼をする。


『ウム、デハシエモ待ッテオル。先ニ我ガ家ヘ向カウガ良カロウ。ルメアモ、ベイルモ、少々仕事ガ残ッテオルノデナ、ハハハ。今日ノ晩餐ガ楽シミダ』


 と、そんな感じで多川はルメアやベイル、そしてガッシュに見送られ、シエと二人でダストール警察軍の警護官に守られて、トランスポーターでシエの実家へ飛ぶ。


『フゥ、タマラナイナ。帰ッテ早々アノ調子ダ。フフフ』

「ははは、いいおっかさんに弟さんじゃないかシエ」

『ダーリンモ、気ニ入ッテモラエタミタイダ』

「そうなのか?」

『ウン。ソレニ、安心モシテクレタミタイダシナ』

「それは……以前言ってた家長の問題ってやつか?」

『アア。ニホン人ニハ、ピントコナイダロウガ、コノ問題ハ、ダストールノ政治家トシテ、ヤハリ大キナ問題ナノダ……ダーリン……』

「ん?」


 そう言うとシエは、多川の手を両手で握り


『ワタシト……一緒ニナッテクレテ、アリガトウ。心カラ感謝シテイル……』

「フフ、よせやいシエ。その家長問題とは関係ないよ。な」

 

 そう言い、シエの頭を自分へ引き寄せる多川。

 

「でもさあシエ……」

『ン? ナニ?』

「その~……やっぱダストール的にモテモテのシエさんが一時帰国して、その派閥の何某が……やっぱ顔見せるんだろ? 俺も一応特派大使だしなぁ、その手の連中とも顔合わせするんだろ? ひと波乱ありそうな気が……」

『ウフフフ、心配スルナ。モシソウナレバ、私ガ、ダーリンヲ守ッテヤル』

「いやあ、それはそれで情けないぞお~? まま、俺もそん時は何か考えておくよ」

『ソウカ? ソレハ楽シミダ』


 と、そんな感じでシエの実家に到着する多川。

 流石にフェルの実家のように城一つ分というようなものではない。それでも大きな屋敷である。

 で、この屋敷を見て、益々シエが、かの里山を気に入った理由が理解できた。

 ロッショ邸は、森の中にある開けた土地に、木々に囲まれてその森の風景に溶け込むように存在する。

 屋敷の屋根も緑化され、その庭は、どことなくその構成が日本庭園に似ていたり。

 ただ、家屋のデザインは、どっちかというと西洋風なので、その雰囲気のギャップが、また興味をそそる。

 

 さて、そんなシエの実家。その御屋敷や庭を多川が見物したいということで、屋敷玄関から少し離れたところでトランスポーターから降ろしてもらい、散歩がてら少々彼女と共に歩く多川。

 深くありつつも、木漏れ日が計算されたように美しく差し込む大きな屋敷の庭。散歩道を楽しみながら涼しく心地よい風を肌に感じつつ、歩む多川とシエ。


「なるほどな。あの買った里山。こういう感じにしたいんだな、シエは」

『フフフフ、バレタカ。ソウイウコトダ』


 そんな事を話しながら、ベンチに座ったりと一息いれながら屋敷に向かって歩いていく。

 そこで色々とシエの家や家族について聞くことができた。

 

 シエの家。つまりロッショ家は、ダストール民主制の始祖であるバウラー家を支えた三大政治派閥の一家なのだそうな。

 バウラー家は残念ながら男子に恵まれず、先の家長問題の件もあって家が自然消滅し、今はもう存在しないのだが、バウラー家を支えたロッショ家・ザンド家・バース家は今も存在し、他の大中小派閥とは一線を画す大きな歴史的派閥として今もダストールでは政治的発言力のある存在なのだそうだ。

 そんな三大派閥の一派、ロッショ家の長女がシエさんである。

 

 シエの話では、母であるルメアもダストール第一議会議員で、例の総統府行政監視組織「サストマール」の理事であるそうな。つまり彼女も政府の要職を担っている。

 ダンナをいさめる嫁というような政治的関係だが、実はルメアもそういうところを狙ってるという話。

 で、ベイル君は、ダストール最高行政学院就学の身。地球的な言葉で言えば大学生であり、政治家目指して勉強中。履修後、第一議会議員に立候補予定という。

 

「へぇ~。シエの家は根っからの政治家一家なんだな」

『ウン。ソンナ中デ、一番出来ノ悪イノガ、私トイウワケダ。フハハ』


 頭をポリポリかくシエ。


「何をおっしゃるやら。防衛総省軍中佐殿で、元ヤルバーン自治局局長。現特危自衛隊航空宙間科一佐で参謀閣下じゃないか。どこが出来悪いんだよ」

『デモ、政治家一家ノ家ニ生マレテ、結局ハ逃ゲタ。ソノ負イ目ガナイワケデハナイ。デモ、家長故ニ好キデモナイデルント一緒ニナルナド、コレモ耐エラレルモノデハナイ。ダカラ、ベイルガイテクレテ良カッタト思ウ私ハ、アマリ出来ノイイ、フリュトハイエン。情ケナイ話ダ』


 シエは、なので最初、柏木を自分の伴侶としたフェルが羨ましく、ちょっぴり嫉妬したのだという。

 なのであんなちょっかいをかけていたところもあるという。これも情けない話だと。


『ダカラ、シンヲ好キニナレタコトガ、トテモ嬉シイノダ。コレデ私モ人並ミノフリュニナレタ』


 散歩の歩みを止めて、多川に正対し、そう話すシエ。

 その眼にはうっすらと何かが光る。

 シエは、普段あんな感じだが、彼女は彼女として、人としてのトラウマがあり、それを抱え、そのトラウマから解放されたいとあがいていたという事だ。即ち、だれでも持っている当たり前のものを持った、女性だったということ。

 えてして、シエはその能力故に、人間離れした女傑と思われがちだが、その能力も、そんなシエの欠点を補おうとするものに過ぎなかったということでもあった。


 ロッショ邸の森のような敷地に木漏れ日がさす。

 その光の中に美しく浮かぶ男女のシルエット……抱き合う藍色の自衛隊礼服と、WAF礼服姿は、これまた美しいものである……




 ………………………………




 ロッショ邸に到着するシエ。

 すると、先に連絡を受けていたのだろうか、年配の執事のようなダストール人がシエに声をかける。


『シエ嬢。ヨクカエラレタ』

 

 そういうと、優しくシエに微笑む。

 

『アア、デンド。久シイナ。オマエトモ、家ヲ出タ時以来カ』

『ウム。相応ニ歳ハ取ッタ。ハハハ』


 コクコク頷くシエ。


『シエ嬢。コチラノデルンガ……』

『アア。ソウイウコトダ。モウ知ッテイルノダロ?』

『ナルホドダ。了解シタ』


 そのデンドという執事。シエにそう言われると、多川にダストール敬礼を行い、自己紹介をする。


『初メテオ目ニカカル。私ハコノ家ノ執事ヲシテイル「デンド・ハーマ・サージェ」ト申ス者。ヨロシク願イタイ』


 多川もそんな感じで自己紹介。って、ままガッシュが総統閣下という事もそうだが、多川は確かに今や特危の重鎮ではあるものの、基本、フツーの一般庶民である。

 そんなのが、執事付きでデカイ家のお嬢さんがお相手で、しかもそれがラミア美人な異星人とはと……この瞬間思ってしまう。しかし、ままそんな環境に長時間さらされると、やはり人間慣れるものである。

 なんとなく戦時中に、やんごとなき理由で外国で暮らし、土地の人間と結婚してしまい、結局帰れなくなって「なぜにそんなところで日本人!?」とかいう番組で掘り返してもらわなきゃわかんないような日本人の感覚が理解できた。

 要するに……人間慣れたら無敵なのだ。慣れたら勝てるのである。と、多川はそんな事を思ってしまったり。


『ダーリン? ドウシタノダ?』

「ん? あ! いや、なんでもないなんでもない。ははは。いや、色々すごくてね。いやはや」

『フフ、マア旅ノ疲レモアロウ……デンド、ワタシノ部屋ヲ二人デ使イタイ。マダアルカ?』

『無論。カノ時ノママニナッテイル。ソノママダ』

『フ、ソウカ……デハ、ソレデタノムヨ』

『御意』


 と、中に案内される多川。屋敷に入ると、デンドに上着や制帽等々を預け、シエに案内されて二階にある彼女の部屋へ。

 すると、なんとも装飾が若々しい広い部屋に案内される。


『フフフ、アノ時ノママカ』

「あの時と言うと……地球時間で言えば、十何年か前ってことになるのかな?」

『ウン。ソンナトコロカナ……』


 と、棚に飾ってあるダストールの愛玩動物を模したと思われるマスコットのグッズを手に取り、懐かしそうに眺めていたり。

     

『ア、シン。適当ニ腰ヲカケテクレ』


 そうシエが言うと、ソファーに腰落とす多川。


『ソウカ、ベッドニ、寝具ガナイノダッタナ……ハイクァーンデ造成サセルカ……』


 確かにシエが若かりし頃。彼女たちは睡眠ポッドで眠っていたわけで、ベッドでの睡眠は地球にやってきてからの話である。シエも今や寝床派で、ベッドで寝ないと、睡眠した気にならないらしい。


『デンドハイルカ!?』

『……ハ。ナニカ?』

『スマヌガ、コノデータニアルモノヲ、ハイクァーンデ造成サセテ、コノ部屋ノ、アノアタリニ備え付ケテ欲シイ。使用権ハ私ノヲデータニ添付サセテオク』

『了解シタ……コレハ……睡眠器具カ? ハルマノ?』

『アアソウダ。興味ガアレバ、オマエモ使ッテミルトイイ。ヨク眠レルゾ』


 とままそんな感じで、ベッドも後ほど配備されるだろう。無論、ダブルベッドである。


 シエと多川。そんなところで一息入れる。シエも久々の実家であるが、久方ぶりの帰宅も良いところなので、なんとなく落ち着かないようだ。まるでタイムマシンだという。

 シエ学徒時代の思い出。そんな部屋なので、部屋にあるすべての品が思い出の品である。そんな品をいじって、多川に色々説明していたり。

 

 そして夕刻から夜へ。

 ダストールの夜空は地球のそれに近いが、空にはテラフォーミング化された二つの青い月がぽっかりと浮かぶ。そして、ティエルクマスカの銀河が地球で見えるミルキーウェイのように美しく夜空を覆う。

 バルコニーから夜空を見る多川は、その美しい夜空を堪能する。でも基本飛行機バカなので、考えることは……


(あー、この空。イーグルで飛んでみてーなぁ)


 やはり多川大使。揚力の翼がないと、落ち着かないらしい。


『シン』

「おうシエ。どうした?」

『食事ノ用意ガデキタ。ミンナモ帰ッテキテイル。食堂デマッテイルゾ』

「わかりました。って、何か浮かない顔だなシエ」

『アタリマエダ。マタ酒ノ肴ニイジラレル方ノ身ニモナッテミロ』

「ははは! ま、それが親っちゅーもんだ。いいじゃないか」


 とそんな感じで、親娘姉弟。そして新たな家族となる多川とでロッショ家の晩餐。

 ガッシュはとっておきのダストールの酒のようなものを持ち出して多川に振る舞う。無論、事前調査で地球人が飲んでも大丈夫なものらしい。味はウオッカに似ていた。ちとキツメの酒らしく、ダストールでは、果実のジュースで薄めて飲むのが普通らしい。ベイル君ともさしつさされつ。見た目は一八・九の若者だが、地球人的には恐らく三〇過ぎの年齢だ。その点はいくら若者でも敬意を持って接さないとと思う多川……って、それいったらシエも五〇代前半ということになるから、多川的には姉さん女房になる……という事は、多川もダストール版のラムアの儀みたいなこと、やるのだろうか?


 晩餐は、来賓をもてなす様式のダストール料理。ダストール人はちょっと保守的なところがあって、こういう場合、例えば来賓が来れば、来賓をもてなす様式の料理。誕生日なら、誕生日を祝う様式の料理。泊まりに来た友人が帰る場合、無事帰宅を祈る料理と、そういった様式があって、料理一つとってもそんな様式で料理を作る。

 そんな晩餐。海洋生物中心の料理で、以前シエが城崎で言った通り、ダストール人も魚を生に近い形で食す文化があるので、そんな料理も出てきた。

 みんなルメアと、シエ。そしてデンドの手料理で、ハイクァーンものではないそうな。


 そんな感じで乾杯とともに晩餐なんぞ。料理はさすがに彼らも研究しているのか、良い塩梅で調理しており、はっきりいってうまかった。なんせシエが日本の料理も作ったようで、白米を炊いて、ダストールの魚貝をタタキや湯引き、マリネに調理。そしてどこで覚えたのか「なめろう」にして出したり。これがみんなの評価が高かった。勿論カレーモノとして、カレーシチューを出していたり。これはティエルクマスカ世界ではもう外せないという話。

 シエもフェルに負けず劣らずで料理がうまい。というか、逆に言えばティ連で探査艦クルーになるためには、料理がうまくなければなれないとも言われている。料理の良しあしは、探検を仕事とするものには、実のところ非常に死活問題である。それで士気気力が大きく左右される。なので自衛隊員や軍人、探検家に冒険家。スポーツ界では相撲取など。そんな職の人は、料理上手な人が多い。


 そんな食事中の会話でも、相も変わらずシエがいじられ、んでもって多川もいじられ。まま団らんな食卓が楽しかったり。

 

「ところでお義父さん」

『ン? ナニカナ?』

「明日、予定にある例の、旭龍……マージェン・ツァーレの教練についてですが、正規ロールアウト型をベースで行うのですか?」

『ウム、ソウ聞イテオルガ。何カ問題ガアルノカ?』


 その話をすると、シエと多川が目を合わせる。


『ターリィ。明日ノ訓練ダガ、私トシンノ乗ル機体。複座ノ教練型ヲ用意シテホシイ』

『ソレハカマワンガ、ナゼダ?』


 そう。実は旭龍の正規型は単座仕様なのである。複座は教練型のタイプしかない。

 シエと多川が扱っている旭龍は、教練にデータ取得諸々を含めた仕様の試作型複座仕様がベースであって、彼らは単座仕様の旭龍に乗ったことがないのだ。なので巡航戦闘は多川で、機動戦闘はシエという感じでやっている。

 多川も機動戦闘。シエも巡航戦闘できなくはないのだが、そこんところは複座使用があれば、ありがたいという話。


『ナルホドナ、ヨクワカッタ。ソウイウコトナラ国防参謀本部ニ伝エテオク』

「申し訳ないです。こちらの都合で」

『ナンノ。オ安イ御用ダ。今後ティエルクマスカ世界デ、アノ兵器ハ期待サレテイル。ヴァズラーノマイナーチェンジモ、ソロソロ限界ガキテイタソウダカラナ。ワガ軍ノパイロットニモ早イ内ニ慣レサセテオキタイ』


 ティ連世界でヴァズラー最初期型が造られたのは、地球時間で今から約数万年ほど前の話だそうで、ヴァズラーをティ連世界で最初に運用したイゼイラの型をマイナーチェンジし続けて使い続けてきたそうなのだ。

 いかんせんヴァズラーの使い勝手がめっぽう良いそうで、無論現在の型と、最初期型とは性能も比較にならない別物扱いなのだそうだが、それ以降所謂全くの新規新型機動兵器といえば、空間空挺兵器シルヴェルぐらいなもので、あとはサマルカのフォーラ・ベルクⅢ型の機動兵器ぐらいなものなのだそうな。

 従って、日本のヤル研が開発した旭光Ⅱ型ヴァズラーは、ティ連で久々のヴァズラー・マイナーチェンジ型として、非常に評価されており、更に旭龍に至っては、久々の新型機登場だそうで、ティ連各国で先行導入型がハイクァーン製造されているという。

 ちなみに、実はフェルさん副大臣と、リアッサにシャルリ。リビリィにポルも、ヤルバーンで旭龍の操縦訓練を実機やシミュレータを使用して受けていたりする。なぜにフェルさんも? という話だが、フェルさんは調査局員時代の一件で、調査局仕様のヴァズラー操縦資格を持っているわけで、フェルさんなりに新型機の操縦資格持っていたほうがいいだろうという判断からであったりする。

  

 と、そんなシエさんいじりや、仕事の話なんぞ諸々話しながら晩餐は進む。

 シエも、まあ久々の里帰りだし、親というのもこんなものかと苦笑いしながら刺身をつついて一杯飲んでいたり。

 ベイルは多川にヤルマルティアの政治体制について、熱心に聞いていた。彼も近いうちに一度定期便を使って日本に行って、柏木大臣とも会ってみたいという。

 その話をすると、シエが『プーーー』と吹き出しそうになる。


「ん? どうしたんだシエ」

『ア、イヤ、ナンデモナイナンデモナイ。ククク……』

「?」

『(アトデナ、シン)』

「はあ……」


 とそんな感じで晩餐会は終わり、まま飲んで食って笑って話してと結構時間経ってもう夜中。

 今日はお休みと相成り、皆部屋に戻っていく。

 シエと多川が部屋にもどると、執事デンドが、きちんとベッドを造成して、ベストな位置に配置してくれていた。で、ちょっとほろ酔いのシエさん。ベッドにぽいんと、寝心地を確かめるように座る。

 

『シン。流石ニ風呂ヤ、シャワーハナイノデ、衛生カプセルニナルガ、ソコハ勘弁シテクレ』

「ああ、べつにかまわないよ……」と、多川もソファーに腰かけて背伸びをすると「ところでシエさ、さっきベイル君が柏木大臣に会いたいって言った時の話なんだが……」

『ククク、アア、アレナ。フハハ……教エテホシイカ?』

「そりゃ気になるだろうよ」


 そう多川が言うと、シエは思い出し笑いが止まらないのか、そして少々懐かしそうな眼をして


『実ハ、ベイルハ、カシワギノ恋敵ニナルカモシレン。クハハハ』

「はあ!?」

『ベイルハ、小サイ頃。フェルノ事ヲ「フェル姉フェル姉」トイッテ、随分慕ッテイタカラナ。フェルモヨク相手ヲシテヤッテイタ』

「ああ、子供の頃の話かよ、ハハハ。そうか、確かフェルフェリアさんとこと、シエの家って家族ぐるみの付き合いだって話だっけな」

『アア。私ガ軍ニ入ッタ後モ、ターリィハ、イゼイラニ行く度ニ、ヨク様子ヲ見ニ行ッテイタソウダガ、フェルガ、ヤルバーンノ派遣議員ニ志願シテ、匿名デ調査局ノ訓練ヲ受ケテカラ、ソレ以降ハ、アマリナ……』

「なるほどね。で、フェルさんは、ベイル君の事を……」

『ソンナモノ、ナントモ思ッテイナイダロウ。弟グライニシカ思ッテイナイノデハナイカ? 今ノフェルハ、カシワギ一筋デハナイカ。ッテカ、嫁ダシ』

「あちゃ~……んじゃベイル君。柏木さんとフェルフェリアさんが結婚したというニュース知った時、ショックだったんだろうなぁ」

『サァ? ソレハワカランナァ。私モソレ以降ノ話ナド知ランカラナ。マァ、ハイソウデスカトイウ感情デハナカッタロウガ。クククク』


 多川はそんな話を地球から五千万光年離れた場所で聞かされる。

 なんだかんだいって、地球人とそんなに変わらないじゃないかと。そんな互いの知的生命体としての感性を不思議に思ったり。なんとも面白いものだと不思議な感覚を覚える。


 と、そんな感じで今日を終えるシエさんと多川。それに諸氏。

 今日はロッショ家も久々の長女の帰郷で賑やかになった。おまけにその長女がダンナ予定者連れての帰郷だ。そのダンナ予定者の多川も、ここまできてどうなるかと色々心配もしたが、結局は以前ゼル会議室で面通しもした延長で歓迎もしてもらえて、ホっと御の字な話。やれやれと安堵した疲れがドっと出る。

 ということで、今日はオヤスミナサイといきたいところだが……


『シン。今日ハモウ休ムカ? ン?』


 美しい肢体のシエさんが、多川に絡みついてくるわけで「休むか?」という言葉を現代語訳すると、「もう休むなんて言わないよな」ということになる。

 つまり、ほろ酔いシエさんがねじり棒飴のように多川へ絡みつくのを想像するのも一興という事である……と、そんなところ……




 ………………………………




 と、そんな想像もしつつ次の日。

 ダストールの一日。つまり日の出と日の入りは、地球時間に近い。

 地球なら、朝のお日様が、東の稜線から顔を出し、大きな旭に向かって手でも合わせたら良いこと起こりそうなそんなところだが、ダストールの場合、稜線から出た恒星は、メチャクチャ遠くにあるので視覚的には非常に小さい。ただ、ある空の一点のみ異常に明るいところがある感じで、それは二連恒星であるがゆえの強烈な光で、おおよそ日の丸のようなイメージのものではない。

 実際、PVMCGで光学遮蔽装置を作って太陽を見ると、豆粒のように小さくも、強烈に輝く光点が二つ、ポチっと見える。


 とそんな感じで、朝が早い多川一佐は、窓開けて清々しい天気の空気を部屋の中に入れて、素肌の上にガウン着用。そんな事やってたり。

 すると同じベッドで寝ていたシエも、ウ~ンと艶めかしい肢体で背伸びしつつ目を覚ます。


「おう、おはようシエ」

「ウ~ン……オアヨ~ ダーリン」


 シエさん。いつもの通り素っ裸で多川の横につき、朝のチューなんぞ。でもってネイティブな日本語で


「恒星ヲミテイタノカ?」

「ああ。不思議な太陽だなぁって」

「タイヨウ? タイヨウトハ、チキュウノ恒星ノ事ダロウ?」

「ああ、こういう時に地球人が使う太陽って言葉の意味は、ああいう恒星全般を言うんだよ。それにあの一泊したイゼイラ星の朝もそうだけど、やっぱりいろんな世界があるんだなぁってね。ワクワクするよな、こういうのって」


 そんな話をしながらシエはマッパなモデルウォークでガウンを着用し、PVMCGを装着すると


『ソウネ。私モ地球ノ朝ヲ見タ時、ディスカールノ朝ヲ思ッタ』

「ほう、ディスカール星って、地球に似てるのか?」

『ウン。ズット昔ニ一度、ディスカール国防軍トノ演習ガアッテナ。ソノ時ニ一度行ッタ事ガアル。恒星軌道ヤ、惑星ノ環境ナド、オソラク一番チキュウニ似テイル星ダロウナ』


 そんな四方山話などしながら朝の着換えをする二人。

 本来なら有給取って休暇としてシエは多川連れて里帰り。親へ顔見世でちょうどいい休暇といったところだったのだが、政府に官費で全部賄ってやるから特派大使やれといわれての話。

 そんなところなので、今日は色々彼にも仕事が待ち受けている。


 まず第一に、総統官邸へやってくる政治家諸氏との会談。ダストールには日本大使館がない。というのも、日本との交渉権はイゼイラにあり、ティ連統括大使館は、イゼイラにある第二大使館がティ連世界の大使館機能を統括しているので、イゼイラの日本交渉権の期限が切れるまで、他のティ連世界に大使館を創設できないのだそうである。ままこういう決まり事なので、銀河連合に加盟した日本。イゼイラの交渉期限が無効化するあと少しの間、連合各国との大使館領事館外交はお預けという事。


 第二に、ダストール国防軍や、ティ連防衛総省ハンカー恒星系方面軍向けの旭龍教練。これはシエと共同で当たる。

 その後、ダストール国防軍や、防衛総省司令部幹部との会合など。結構忙しい多川大使。

 大使というよりかは、外交派遣武官のようなお仕事である。そう考えると、彼らしくもある。


『シエ嬢。タガワ大使。朝食ノ用意ガ整ッタ。食堂マデ降リテコラレタイ』


 部屋のドアをノックし、そう言うは執事のデンド。


『アリガトウ、デンド。スグニ降リル』


 そう言うと、間をおかずシエと多川は食堂へ。


『オハヨウ、シン。ヨク眠レタカナ?』とガッシュ。

『眠レタトイウカ、眠ラセテモラエタノカトイウカ、ウフフフ』と手を口に当ててボソっというルメア。

『オハヨウ、義兄上。姉上』とルメアの言葉に苦笑いなベイル。 


『サァ、温カイ内ニ食ベヨウ』


 なんと、朝食は地球のトーストにバター、スクランブルエッグにポタージュスープとサラダ。飲み物は紅茶だった。


『デンドガ地球ノ朝食ヲ調ベタソウナノヨ。試食シタラ、コレガ一番オイシカッタッテ』

 

 そういうはルメア。デンドは腕を後ろに組んで得意げにウンウンと頷いている。ガッシュとベイルも、バターをトーストに塗るのだろうという予測的行動で食し、ウンウン頷いている。これはウマイと。


「ははは、そうですね。この朝食は地球世界でも鉄板ですよ。まぁこの朝飯をマズイと言う人はまずいないでしょう」

『ソウダナ。私モ、カグヤデノ朝食ハ、ホボ毎日コノ類ダ。ダストールデ、スクランブルエッグガ食ベラレルトハ思ワナカッタ』


 と、そんな話に花が咲く。

 朝の団らん。今日の予定をお互い話したり、仕事の関係で、ガッシュやルメアからアドバイスをもらったり。ベイルは多川やシエの言葉へ熱心に耳を傾けていた。


 すると、デンドの部下な使用人が入室してきて、デンドに耳打ちをする。

 使用人といっても、所謂地球で言うメイドとメイド長のようなものではなく、その所作は軍人そのものだ。さすがは元軍事国家といったところか。

 デンドは軽くウンウンと頷き、部下に何かをジェスチャーで支持する。そしてガッシュに耳打ちするのだが……

 ガッシュはその耳打ちな話を聞くと、急に苦虫噛み潰したような顔になって、デンドに耳打ちして、何かを指示しているようだ。


 その様子を訝しがる諸氏。

 無論その内容をガッシュに問うはルメア。


『ドウシタノダ? アナタ』

『ウム~、イヤ、実ハナ……』そういうとシエの方をチラ見して『サーザル家ノ、フェットーガ、来オルラシイ……』


 そういうとルメアにベイルが一気に苦虫潰しな顔になり……


『ゲホゲホッ、ブッ!』


 シエはむせた。


「おいおいおい大丈夫か?」


 トントンとシエの背中を叩く多川。朝の団らんが、デンドの話で一気に妙な雰囲気になるロッショ邸。

 シエは背中を叩く多川の手に手を添えてもういいと言うと、むせた顔を多川に向ける。

 何かひっじょーに嫌そうな顔。


「シエ、どうしたんだ? 何か妙な雰囲気だが……」

『アア、シン。私カラ話ソウ。フゥ……』


 なんでも今、このロッショ家に『フェットー・ヒル・サーザル』という人物がやって来るという話なのだそうだが、先の通り、このダストールにはシエの家ロッショにザンド・バースという御三家ともいえる歴史ある三大派閥が政治的に発言力をもっている。

 こういった三大派閥他、初代民主制総統ヴェッシュに近しい家の派閥をダストールでは総括して『ヴェッシュ系派閥』と言われているのだそうだが、この今話に出たサーザル家のような民主制以降に出来た政治団体を母体とする派閥を『新生系派閥』といい、その新生系の中では、このサーザル家が一番大きく、ヴェッシュ系三大派閥に匹敵する勢力となっているのだそうな。

 先の総統選挙においても、ヴェッシュ系と良い勝負をしてティ連世界でも結構なニュースになったという。

 そんな中、このフェットーというデルンが、ロッショ家女性家長問題の渦中にいる人物なのだそうで、シエが言うに


『メンドクサイ、デルンナノダ。ダーリン……ハァ……』


 という話。


「めんどくさい? どういうことだ?」


 実はシエが家出するきっかけになった男がこのフェットーという男なのだそう。

 そういうとシエはガックシになって、俯いてしまった。


『義兄上義兄上……』

「ん? あ、どうしましたベイル君」

『実ハ……』


 シエの代わりに話してくれるベイル。

 彼の解説では……

 シエがまだ家出する前の話。そういった女性家長問題渦中の中。当時、言ってみればダストール的な女子高生っぽい御年頃のシエに対し、ザンド家やバース家。他。諸大中規模の各派閥家から、シエを嫁に欲しいとか、中規模な家柄のところからは、婿養子にとか、そんな話花盛りであったという。


 無論シエは、もう嫌で嫌でたまらず、ガッシュやルメアも放任主義だったので、各家のアプローチも意に介せずシエの好きにさせていたのだという話。

 まま、そんな政治的な、言ってみれば日本の戦国時代にあったような政略結婚やらなんやらの話みたいなものではあったのだが、いかんせんシエがダストール的にもアイドル的な別嬪さん故に、結局その各派閥のデルンどもは、政治的な話もさることながら、シエ自身を目的に色々言い寄ってきてたのだという。


 で、当時の若いシエも、いい加減うっとおしいので、当時ってか、今でもそうだが、そんな境遇であるために自分を鍛えるために身に付けていたダストール格闘術で、自分に勝てたらとりあえずデートぐらいには付き合ってやると条件を出したのだそうだ。

 無論、そんなシエに勝てる奴などいない。シエは所謂日本的に言えばかなりの格闘術高段者であったので、まま、政治家になるのが目的な各家の御曹司共が、シエの格闘術に勝てるわけもなく、血祭りに上げられていっていたわけである。

 何度も何度も挑戦してきては、葬られていくデルンども。そんな感じで、ザンド家やバース家をはじめ、他の家も諦めていったのだが……


「んじゃ……そのフェットーとかいう男は、まさかシエに勝ったのか!?」


 普通に考えればそうである。しかし立ち直ったシエが言うには……


『イヤ、ソイツハ私ニ勝ッタコトハナイ』

「え? んじゃ問題ないんじゃ……」

『タダ……負ケタコトモナイ……』

「はあ?」


 つまり、何回挑戦してきても引き分けるという、シエに対し、唯一対等に戦えたデルンなのだという。

 で、シエもそういう約束をした手前、何回も何回も挑戦して来るフェットーがいるわけで、ままそいつの性格も、シエが一番好かん性格らしいのだが、逆にフェットーは何回も挑戦するたびに情がわくらしく、もしかしたらワザと引き分けに持ち込んでいるのではないのかと思えるほど、しつこくしつこく挑戦してくるものだから……


「家出して、軍に入ったのか!」

『ウン……モウ、入隊シタ当初ハ……ナント言ウノダッタカナ? アノチキュウデノ、軍人ガヨクカカル病気……』

「PTSDか?」

『アア、ソレソレ……アノ、フェットーノ、アホの顔ガ毎日毎日頭ニ浮カンデ、何回夜中ニ眼ガサメタカ……』


 多川は、思わずシエの肩を引き寄せて


「そりゃ災難な……ストーリーだなぁ……何といえばいいのか……ってか、その男。完全なストーカーじゃないか……」


 やはり多川がダンナ予定者でホっとするガッシュにルメア。シエが完全に多川を信頼しきっていると見えたからだ。そんなガッシュに多川も


「しかしお義父さん。そんなストーリーがあるのなら、その男もシエから避けられているぐらいの事はわかるでしょうに……なぜに今更……」


 するとその言葉に答えるはガッシュではなくデンド。


『イヤ、大使。フェットーノ目的ハ、名目カドウカハワカラヌガ、貴殿トノ面会ノタメダ』

「な! 俺……じゃなかった。私!?」


 するとガッシュも


『シン。一応ハ、今日、朝ノ予定トイウコトダナ……』

「なるほど……そうですか……」


 コクコク頷く多川。




 さてさて、やはりこうなるかという感じの多川一佐、いやもとい大使閣下。

 当然、このダストールにも、防衛総省七不思議を打ち砕いた聖地日本のデルンにデレたシエの話は行き届いているという次第。

 そんなダストール的に火中なカップルが帰郷すれば……まま、こんな風になるのもあり得るのかなと。



 しかし……もう相当に時間が経つ、シエさんの青春時代なストーリーの、残り火な話。

 小さく燻っていたあの日の続きが、ここで始まるのかと憂鬱になるシエ。



 だが多川一佐 四二歳。航空自衛隊松島基地副司令もやった彼だ。

 なんせシエに告らせた御大である。

 今や防衛総省七不思議なネタは、「なぜシエにデルンがいないか」から「なぜシエは自分からデレたか?」に変わりつつあるわけで。


 まあそれはともかく……


 多川一佐。ここは冷静に勝負処である……


  

 


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