序章
― 序 ―
人の一生において、その個人が驚嘆、驚愕するイベントがどれだけあるのだろう。
そう考えると、2000年代に生きる日本人は、正直イベントに事欠かない。
しかもそのイベントが国を揺るがすようなものばかりでウンザリする。
戦争や紛争の類はまだいい。なぜなら予兆があるからだ。身構えることができる。
「あぁこりゃ始まるな」「あーこれはだめだな」
ニュースなんかを見て、憂鬱になる準備ができる。
しかし、たちが悪いのがテロや災害だ。アレはいきなりやってくる。
今の今さっきまで平和で、さて今日の晩ゴハンは何にしようか、今日は人気ゲームの発売日だ、今日のドラマは楽しみだな……
そんな事を考えてる普通の日常にまったく別次元の世界観を運んでくる。
正直たまったものではない。
1995年に、阪神・淡路大震災が起きた。1月17日の朝5時46分。人々がまだまどろむ時間にそれが起こった。
昨日まで当たり前の街の風景が一変した。
テレビをつけると、まるでミニカーや電車のジオラマ玩具を子供がひっくり返したような阪神高速、そして新幹線高架橋。
あの時、「自分は一体どこにいるのだろう」と多くの日本人はそう思ったに違いない。
2001年に起こった9.11米国同時多発テロ事件。
夜中に日本国内に入った一報は、最初一体何を言ってるのかわからないものだった。
NHK衛星放送のニュースに速報で入った原稿を読むアナウンサーも、その原稿の内容にしどろもどろになった。
「米国世界貿易センタービルに航空機が衝突したというニュースが入りました」
その言葉の抑揚は懐疑的で、目が踊っていた。アナウンサーもその原稿に一体何が書いてあるのか原稿を読みながらも理解することができなかったのだろう。そんな感じが見ていてありありとわかった。
そして2011年3月11日に起こった東日本大震災である。
あの筆舌に尽くしがたい事象の光景は、やはり次元が違うものがある。
神話の世界や終末世界でしか語られないような津波の映像は日本にとどまらず、その時代を生きる人類すべてが恐怖した。
しかも東日本と西日本でのその感覚の差というものもあった。
同じ日本で起こっている壮絶な現象であるにもかかわらず、西日本では、その映像をまるで別世界の出来事のようにしか見つめることができなかった。
体験することと傍観する事はその恐怖感に差がある。それは「どちらが怖いか、悲しいか」というような物ではない。
無論、直に被災した人は、現象そのまんまの直接的な恐怖を我が身に感じる。しかし傍観者の恐怖というのは、「目で見たその事象を理解できない恐怖」である。
そう、その言葉通り「何が起こっているのかわからない恐怖」である。
これはある意味で、直に被災する事とは別の意味で恐ろしい。身近に起きているだけに、直に痛みのわからない「不安」で、精神的に壊れてしまう。
そして、福島原発の事故である。
人災か天災かなどというものはどうでもいい。ただ我々が見たのは、原子力発電所の水素爆発で、その建物自体が吹き飛ぶ映像という事実である。
後にも先にもあんな映像をくっきりとハイビジョンで世界の人々が見せつけられた時の感覚たるやどんなものか。
これもまた「本当にここは我々のいる世界なのか」と思わせるような事実であった。
バブル世代、ロスジェネ世代と言われる人々は、地球世界が起こしたこれらイベントを全て見たことになる。ここに戦争や紛争、経済問題だの云々とまだ中小さまざまなイベントがくっついてくる。
まったく鬱な話である。
しかも今後20~30年の間に、南海地震の危険もあるという予告編付きなのだからたまったものではない。
この時代に生きる日本人は、このような異次元に突き落とされるような事象をこれからいくつ目にするのだろう……
二〇一云年 某月某日の日本国・神奈川県三浦市 城ケ島公園。
この場所は今や熱い観光スポットになっていた。
この場所だけではない。日本ではもう過去の観光地とまで揶揄されていた熱海にも、ごったがえすような観光客がやってきている。他、千葉県館山市養老寺あたりの地域も、今や観光客でいっぱいだ。
そしてこれらに限らず、相模湾を囲む沿岸地域で、おおよそ人の集まりそうな場所は、今や日本最大の観光地域と化している。
一体何があったのか。
それはその場所に行けば一目で理解できた。
そしてそれらの場所を訪れた人々は、その光景にまず絶句する。そして唖然とした後に感嘆する。
涙を流す者もいた。
祈る老婆もいた。
そしてそれらの場所には、必ず、多かれ少なかれマスコミのカメラの砲列ができ、24時間監視のような状態が続く。
そういった観光地になってしまえば、その名物を売りにした饅頭やグッズを売りに出す土産物屋もでき、乗数に乗数を掛けるように人が集まってくる。
しかしそんな観光地化した相模湾沿岸地域に似つかわしくない者達もいた。
観光客を誘導する警察官。あまりにごったがえす人々を誘導するのは当たり前としても、それに混じって迷彩服を着た自衛官の姿が異常に多い。
しかも自衛官に交じって、迷彩服を着た外国人の姿、米軍兵も、その数同数な程自衛官とともに存在した。そして開けた場所には、カーキ色の軍用車両が駐車し、更に沿岸部にはMIM-104パトリオットミサイルの姿も見えていた。
上空を見渡せば、ひっきりなしに飛び交うヘリコプターや戦闘機。
相模湾で一体何があったのか? いや、それよりも沿岸部から一体何が見えるのか。
その現象を取材するテレビレポーターは顔面を紅潮させ、唾を飛ばさんばかりに興奮混じりに言う。
「……彼らがあの日に突如やってきて、これで3週間になろうとしています。彼らはあの日より沈黙を保ったまま。まったく動く気配がありません。ずっと沈黙を保っています。非常に不気味です。政府による関東全域の避難指示自体は一週間ほどで解除され、特に何か被害があったという報告は入ってきていません。そして、私自身も今回彼らがやってきてから初めてこの場所に立つことができましたが、まさか直接目にするとこんなにも凄い……壮絶なものだとは想像すらできませんでした。ここ館山、養老寺近くの沿岸部からは大島が見えますが……」
三浦半島と大島を結ぶ線上、その真ん中より少し大島寄りの場所に、それを見た人すべてがわが目を疑う信じがたい光景があった。
人類すべてが初めて目にする光景、同種の光景など、古今東西存在しない光景。目で見てもその光景の情報を脳がどう判断するのか、そして人にどういう行動を促すのか全く予想できない恐るべき光景がそこにあった。
防衛省発表。
「対角線長約10キロメートル。高さ約600メートル。形状は正六角形状、高さ250メートルの六角板状の物体が二層構造になっており、上部層は停止しているが、下部層は一時間に一回転の速度で回転している。この構造物が、三浦半島と大島のほぼ中間地点に高度800メートルの高さを数メートルの誤差もなく完全に停止滞空している。その面積は、滞空地点近隣にある伊豆大島に匹敵する」
これがその現象の正体であった。そう、その姿は誰に言われずとも、指摘されずとも、3歳の子供でもその光景は何かが理解できた。
いわゆる、俗にいえば……「空飛ぶ円盤」
しかし、そんなチンケな代名詞で表現できるようなものではない。
この日本に 『異星生命体の超巨大な宇宙船がやってきた』 のだ。
今の人類には、これ以上の形容方法を知らない。その現実を、ありのままに受け取るだけである。
彼らが見たものを脳がどう処理するか、そして処理した後、どのように行動するか……その方法を人類はまだ知らない。
東日本大震災で、想像を絶する津波が東北を襲った時、賢明な人々は、古の教え、言い伝え、諺に従い高台に必死に逃げた。
彼らは先人の知恵のおかげで、その危機に対応することができた。しかし壮絶な津波の情景は、彼らをただ傍観者にすることしかできなかった。
しかし傍観者でありながらも、かれらは泣くことができた。叫ぶこともできた。何かをすることができた。そして秩序があった。
つまり「理解ができた」……それだけでも幸いであった。
しかし、今そこにあるこの人知を超えた情景は、彼らに「理解する」という思考を停止させていた。
SF映画などでは、見慣れた光景である。情景だけを説明すれば、なんの事はない、どんなSF映画でもやってきたことだ。
しかしこれが現実に目の前にあったら、そんな想像上の情景など脳は無かったものにする。
今の日本は「混沌」にも達しない「思考リセット状態」だった。
「現在、自衛隊及び在日米軍が、この状況を24時間体制で監視していますが、何せ人類が初めて遭遇する異様な状況です。彼らは一体何の目的でこの地球に飛来したのか、そして、なぜ日本なのか、これらの謎は深まるばかりです……」
叫ぶようにレポートするテレビ局のレポーターは、芸のないありきたりな台詞で必死さを強調しながら、がなり立てるようにカメラに向かってしゃべり続けている。
見れば、今、某民放で売り出し中の人気レポーターのようだ。
「まぁがんばれや」
男はそうつぶやくと、海の方へ向き直った。
そして、一呼吸置いてこうつぶやいた。
「まったく……この国はイベントに事欠かないな……」
――――――「銀河連合日本」――――――
神奈川県某所、夏も終わり、秋風が涼しい昼過ぎのある日。
倒産し、今は廃墟と化した取り壊し前の大型観光ホテル。
今はかつての面影はなく、椅子や机が放り出され、型の古い壊れたパソコンが放置され、ホテルが故のきらびやかな飾り物や看板も、廃墟と化したその雰囲気から見れば、かえって不気味に映る。
まるで何かのホラーゲームの舞台にでもなりそうな雰囲気の場所。
そこで、さらに場違いな音がそこらじゅうで木霊する。
シュタタタタ…… パパパパパパ…… パスパスパス……
廃屋と化した部屋から部屋へ動く人の影。
窓から差し込む光に照らされたその姿は、おおよそその建物に似つかわしくない。
都市迷彩服に身を包み、ゴーグルをかけ、その手には米軍の正式主力ライフルM4カービン。しかも何かゴテゴテと色々付いている。
方や、別の方向を見渡せば、事務机に隠れてる人影は、ドット迷彩服に身を包み、その肩には赤い星に鎚と鎌が描かれたワッペンを付け、手に持つはソ連製AK47アサルトライフル。
「おい! プロの人が向こうに走って行った! ゲームコーナーの方!」
「らじゃ! 俺追うわ!」
そこでまたシュタタタタ……と小刻みに軽快な音がする。
「うわ! そこで待ち伏せますか!」
「プロの人すごすぎる!」
プロの人と呼ばれる人間は、大きな排気ダクトの配管によじのぼり、普通の人間の死角に陣どって、ゲームコーナーへ回り込む連中に阻止射撃を浴びせる。
プロの人の服装は、迷彩服3型に身を包み、89式小銃をその手に持ち88式鉄帽に防弾チョッキ2型という豪華な装備を身に着け、赤い星のワッペンや、都市迷彩服、中には大日本帝国兵士やナチスドイツな兵士たちを次々になぎ倒していく。
そんな混戦の中、壁伝いにそーっと近づき、排気ダクトの死角になる場所から、スプリングフィールドM14で狙いを定める男。
「ここは俺しか知らない抜け道なんだよねぇ……おー、いたいた、あれかぁ」
このホテルの従業員しか知らないような、裏の通路を伝って、排気ダクトの背後に回った男は、排気ダクト配管後方へ回り込み、”プロの人”とやらに一矢報いようとする。
「へっへっへっへ……死ねぇ……」
男はM14のトリガーに指を掛ける。
刹那、左側面から男に向かって弾丸が浴びせられた。
「死ぬのはおまえじゃぁ!」
豪快に笑いながら敵の89式小銃から弾丸が発射される。
弾丸は男の全身に浴びせられかけ、男は死体となった。
「アイタタタ! ヒットヒット! 当たりました~」
「甘いぜ柏木、ちゃ~んとオメーのあと、ツけさせてたんだよ」
「うっそぉーん、ココ、俺しか知らない抜け道だったのになぁ……オーちゃん、こんなところまでプロ意識ださなくたっていいじゃん」
「何言ってんだ、オメーが主催ならどうせこんなこったろうとこっちは思ってるんですよ。ハイハイ、死人さんはプレイヤーと喋っちゃだめなんでしょ、とっととモルグに行った行った」
オーちゃんと呼ばれる男は、シッシとばかりに手を振ると、中腰に銃を構え、その後から、ヨコ向きに、後ろ向きにと仲間を従えながら、次の獲物を求めて別の部屋へと消えていった。
そして柏木と呼ばれる男は、銃を両手で上に持ち上げ「死人デース」と言いつつ、ホテルのロビーへと向かう。
一体この連中は何をやってるんだと言えば、いわゆるサバイバルゲームというヤツである。
柏木という男、歳は37歳。いい年こいたオッサンが、廃屋となった大型観光ホテルの中で、エアーソフトガン片手に戦争ゴッコを楽しんでいた。
いい歳といえば、他の参加者も似たようなもんだ。40過ぎのオッサンもいれば、還暦超えたジーさんもいる。20歳の若者もいれば、うら若き乙女の姿も見える。そんな中でも、オーちゃんと呼ばれた男に付き従う連中は全員若かった。
サバイバルゲームというのは、実は結構金のかかる大人のスポーツである。基本的には主兵装であるエアーソフトガンとBB弾と呼ばれる樹脂製の弾、それから玩具弾から目を守るためのゴーグル、ガスや電池といったパワーソース。これだけあれば、一応ゲームは遊べる。
しかしながら、その銃が基本的に結構な値段がするのである。大手メーカーの作る売れ筋ものでも最近は2~5万円は鉄板で、マニアックな銃種なものになれば、10万円~20万円。メーカー限定生産品のような材料に糸目をつけないようなものになると30万円ぐらいするものもある。
それだけならまだいいが、ここへ実際に軍隊で使われているような銃に取り付ける装備品に凝ってしまうと、それでまた云万円と吹っ飛んでいく。また更に、自分のお気に入りの軍隊の戦闘服なんかに凝ってしまうと、正直青天井だ。
どっかのサラリーマンが、ゴルフのクラブセット買って、ゴルフ場でラウンド料払う金額の方が全然安いかもしれない。
考えてみればえらく贅沢な娯楽であったりする。
まぁそんな装備品を見せ合って語り合うのも趣味の世界で、得てして趣味の世界とはそんなものだ。
……とまぁ撃たれて死んだ連中は、モルグ(死体置き場)という物騒な名の付いた待機場所で、そんなこんな話で盛り上がりながら、次のゲーム開始の時間を待つ。これはこれでまた楽しい。
最近は、中華系のやたらと材質が豪勢で、また信じられないぐらい安価な銃も市場で出回り、そんな話にも花が咲く。プレイしてても楽しく、待つのも楽しい。趣味の世界は、文化の極みであったりなかったり。
アインシュタインが、「相対性理論て何」と、どっかのガキに聞かれたとき、「楽しくない事をしている時、時間を長く感じるが、楽しい事をしている時はすぐに時間が過ぎてしまう。そういう事だよ」と言ったとか言わないとか。そんなこんなで、ゲームが終了の時間が近づき、最後の笛が鳴る。
「ゲーム終了~」
ゲームマスターが拡声器でフィールドを回り、その声を聴いたプレイヤーがゾロゾロと出てきた。事務机の下からノソノソと出てくる者や、どこかの潜入ステルスゲームよろしくロッカーの中に隠れていたり、客間の押入れの腐れた布団の中から出てくるものもいたり。
ワラワラと出てきたプレイヤーの数はざっと百数十人。かなりの大所帯なバトルだったようだ。
「みなさん、どうもお疲れ様でしたー」
ゲームマスターが拡声器を使ってねぎらう。
お疲れ様でした― と参加者が挨拶する。
ホテルの大広間に集まったゲーマー達は、ゲームマスター、つまり審判のような人の有り体な挨拶のあと、こう言った。
「えー、今回のですね、滅多にできないこの大がかりなゲームを企画してくださった方をご紹介させていただきます。あー、柏木真人さん、かしわぎまさとさーん、どぞ舞台で一発お願いしまーす」
先ほど蜂の巣にされた柏木と呼ばれる男が、頭を掻き照れながら、小走りに壇上に上がる。
「えー、柏木さんはですね、このサバゲーオフ会の常連の間で知らない方はいないと思いますが、初めて参加された方のために軽く説明させていただきますね。
柏木さんは、ビジネス・ネゴシエイターというお仕事をされてるただのガンマニアです」
瞬間、柏木はゲームマスターの首を軽く絞めた。
「ははは、いやいやいや。えっとですね、ちょっと昔は、東京ゲームショウなんかでお会いになった方もいるかと思いますが、今やいろんな業種で、会社のプレゼンや、企画制作、交渉なんかに携わってる方です。今回のゲームフィールドも、このオフ会のために柏木さんが御用意してくださいまして、こんな滅多にできない屋内戦を楽しませていただきました。今回はどうもありがとうございます」
「いえいえ」
柏木とゲームマスターがぺこりと頭を下げあう。
「ということで、柏木さん、一言挨拶なんぞを……」
拡声器を渡された柏木は、一呼吸置いて拡声器のスイッチを握る。
「はい。えーみなさん、ただ今ご紹介に預かりました柏木です。みなさん、今日は楽しんでいただけましたか?」
拍手が湧き起こる。
「ありがとうございます。先ほど、ビジネスネゴシエイターなんて大層な肩書でご紹介にあずかりましたが、まぁやってる事はフリーのプランナーでして、個人事業者でやってるだけにインパクトのある肩書って事で自称させていただいてるだけで、そんな大層な人間じゃありませんので……」
そういうと、「立派立派!」という声があがる。
「あ、ありがとうございます」照れ笑いを浮かべながら「で、私の商売なんざ、まぁ言ってみればコネでもってるような商売ですんで、今回もですね、まぁ私のコネがものを言いまして、実のところ真の功労者の方がいらっしゃいまして……」
柏木は、閉会式場と化した大広間を見渡して……
「あ、そこの日本兵の格好をした方ですね、そそ、その方」
還暦過ぎの初老の男に平手をさした。
「あの方、大森さんという方ですが、みなさんもCMで御存じの、かの『大森宅地建物株式会社』の社長さんです」
会場から「おおおーー」とどよめきが起こる。柏木は続けた。
「今回、このフィールドのホテルなんですが、今の所有者が大森さんの会社なんですね、で、別件で大森さんのお仕事の依頼を私が受けた時に、雑談でこの定期バトルの話をしまして、『実は……』って話で、大森社長もあんな格好で参戦。このフィールドの貸し出しと相成ったわけでございます」
会場から、再びどよめきと拍手が湧き起こる。その拍手は大森社長に向けてのものであった。
日本兵の格好をした大森社長は照れ笑いを浮かべて、頭をかいて、周囲にペコペコと頭を下げていた。
柏木は続ける。
「で、ですね、これも私のコネパワーなんですが、今回ゲームの途中から、異様な連中が参入してきたので、驚かれた方も多いと思いますけど……えーー、オーちゃん、こっちに来て」
オーちゃんと呼ばれた男は、ピシっと敬礼し、握り拳を腰に当て、スタスタと駆け足で壇上に登ってきた。
「彼、大見 健さんと、そちらにいらっしゃるみなさん。現職の自衛官の方です」
再び会場がどよめく
「オーちゃんは……二尉だっけ?」
大見は頷く
「二等陸尉さん、旧軍でいえば、陸軍中尉さんです。私の高校、大学時代の腐れ縁の友人で、今回のゲームの概要伝えたら、すっとんで参加してくださいました……で、あちらにいらっしゃるのは、大見二尉の部下の皆さんですー」
会場にやんやの拍手が起こる。そりゃそうだ、自衛官とサシで撃ち合うなどそうそうあるわけがない。ある意味参加者は最高の対戦相手とバトルができたことになる。
「では、オーちゃん、何か一言」
「えー、ご紹介いただきました、陸上自衛隊の大見二等陸尉であります。こいつとは高校、大学とロクに勉強もせずにこんなことばっかりやってた仲なんですが、今回ですね、柏木から、こんなデカいホテルの廃屋で、サバゲやるってんで、CQB訓練にいいだろと。まぁそういうことで部下連れてやってこいと。で、オフ会のみなさんが、テロリスト役やってやるから、好きに揉んでやれと。ということで、乱入という形で、参加させて頂きました」
会場に笑いが起こる。
「で、『こんな事やってて怒られねーのか』という話になるんですが、実は私の上官にも上申いたしまして、上官公認でやらしていただいております」
オオオーと、どよめきが起こる。
「とはいえ、あくまでプライベートな趣味の参加ですので、公務ではありません。タマも銃も全部自前品です。あ く まで、プライベート参加です。趣味ですので、えぇ、大事なことなので二回言いました」
会場に笑いが起こると同時に、「装備はー?」とヤジが飛ぶ。
「え? 装備ですか? 装備は―――まぁ、ね、うんうん」
「みんな聞かなかったことに」と、ゲームマスターのフォローが入り、再び笑いが起こる。
「まぁしかし、こっちもみなさんがテロリスト役って言うので、ね、最近のトレンドな格好なのかと思いきや、ナチスはいるわ、ロシア兵はいるわ、日本兵はいるわ、はては、あちらの方、鎧武者で火縄銃ですんで、どんなテロリストなんだと」
と大見は笑う。
「そういう感じで、『訓練ではありませんが』」と強調し、「楽しませていただきました。うちのモンが何人かやられたみたいですが、そいつらはあとで腕立て100回させますんで、国民の皆さんはご安心ください。どうもありがとうございました」
と敬礼して元の場所に戻って行ったが、彼の部下らしき集団からブーイングが出ているようで、それを見る外野は他人事だと笑いが起こる。
そして再び柏木が拡声器を握る。
「どうも大見二尉、ありがとうございました。あ、あと、これからみなさん色々歓談されると思いますが、今日は午後7時までに全員退去していただくようにお願いしますね。清掃の方は、どうせ取り壊される施設ですので、今回は結構です……」
柏木は、ゲームマスターでもないのにそんな締めの言葉を言うと、ゲームマスターに締めてどうするんだとからかわれながら拡声器を渡した。
サバイバルゲームでゲーマーの質が問われるのがこの後片付けである。不埒なゲーマーは、遊んだら遊びっぱなし、BB弾はそこらじゅうに散乱し、後が不快極まりない。しかし、この施設は取り壊されるのが確定してる物件なので、その点後片付けがナシというのはある意味ありがたい話で、そういう点、柏木のフィールド選びは賢明だったと評価されて然るべきである。
そうこうしながら宴は終わり、参加者は帰宅の準備を始める。
「久しぶりだよなぁ、こんな大人数でするのも……」
大見が感慨深げに柏木へ語りかけながら、装備の片付けをする。
「まぁね、もう37にもなったオッサン友達が、こうやって集まれること自体、なかなかないし」
学生時代に仲が良く、ずっと続くと思っていた縁というのも、社会人になれば、それぞれの立場で過去の関係が疎遠になっていく。
これはある意味仕方のないことだが、たまに暇がかちあって、こうやって会えることというのは、同じ趣味で遊ぶ以上に感慨深いものがあるものだ。
大広間では、そんな場面があちこちで見て取れる。
思い出話も織り交ぜながら、とりとめもなく、またそうは言っても大事なものを拾いながら語る彼らの話は、人として大切なものでもある。
ある者は、自慢げに自分の獲物を見せて空撃ちしていたり、服装を見せ合っていたりと楽しげに帰り支度をしていた。
特に大見の内緒の装備品にはみんなも興味津々で、参加者から質問攻めにあったりする。
そんなこんなでわいわいと語らいをしていると、柏木の後ろから、覆いかぶさるようにネックブリーカーをかましてくる男がいた。
「柏木ぃ~コラぁ~」
驚いて振り向くと、これも柏木と仲の良い友人の顔だった。
「おおー! 白木じゃないか! え? お前も参加してたの?」
驚いたように振り返り固い握手を交わす。
そして柏木は、握手をした白木という男の腕を大きく振りながら
「今日はダメだってメール来てたから、いないもんだとばかり思ってたよ、いつ来たのよ」
白木は答える。
「2時間ぐらい経ってからだよ、早めに用件すませることができたんでな、来た時にはもうドンパチ真っ最中で挨拶できんかった、すまな……おおー、大見先生、お前も張り切ってるな」
白木は、大見の方を見て、また固い握手を交わす。
「お前がこんなとこ来れるなんて珍しいな。これで高校同期が3人揃ったわけだ」
大見がにこやかに言う。
横で見ていた参加者の一人が、巷ではちょっとばかし有名な自称ビジネスネゴシエイターと、自衛隊二尉の友人を興味深く見ていた。そして興味本位に……
「柏木さん、こちらの方は?」
「うん、俺とオーちゃんの高校時代の親友でね、白木って言うのよ、なんと職業は外務省のお役人」
「ええー! 本当ですか!」
参加者は驚く。そりゃそうだろう、まさかあのお堅い外務省のお役人が鉄砲かついでサバゲーにくるとは誰しも思うまい。
そしてよくよく見ると、長方形の銀縁眼鏡に7・3分けを決めた男は、そう言われると、確かに官僚的な雰囲気の男だった。
しかし語る口調はフランクで、とても官僚様には見えない。
本来なら、もっとその素性を語って、大いに場を盛り上げたいところだが、ある理由があって柏木はそれ以上話さず、早々に話題を他に向けた。
「しかし全然フィールドで見なかったな、どこに潜伏してたの?」
柏木が聞くと、
「いやぁ、なんのかんので仕事エラくってさ、動くのイヤだから、ゲーセンのピンボールの下でスナイピング決めようとアンブッシュしてたら、寝落ちしてた……」
カクっと首を落として語る白木。それを見た柏木と大見はタハーーという感じで顔に手を当てた
高校同期3人組が揃い、話はさらに弾む。片付ける手も緩み、話に花が咲く。そしていつの間にやら自衛官に外務省役人がいると話が広まり、柏木達の周りにその話を聞こうと人だかりができてしまう。
そしてそんな中に例の功労者、大森宅地建物株式会社社長の大森も混ざっていた。
「あぁ大森社長、この度はどうもありがとうございました」
その姿を見つけた柏木は何度も頭を下げる。
「いやいや、なんのなんの。私も血湧き肉踊りましたよ、こんな興奮は久しぶりですわ」
紳士的な還暦過ぎの男は、偉そぶることなく、柏木の肩を叩きながら話に混ざってきた。
「あぁ、紹介します、コイツは白木と言いまして、大見と私と同じ高校出身の同期です」
「どもども、大森です」
白木は軽く会釈をすると、大森に小さく目配せをした。大森も口元で小さくそれに答える。この二人、どうも顔見知りであるらしい。
そんなことは知らない柏木は、彼らの目配せに気づかなかった。
大見はさすが自衛官で幹部の二尉である。その仕草に、おやっ? とは思ったが、特段気にすることもなくスルーした。
「しかし……なんですか社長、その格好洒落になってませんよ」
柏木は社長の日本兵の格好を見て、笑顔で揶揄する。
「なーにを言っとるか柏木君、これはワシの親父の形見だぞ。あんたらマニアが見たら喉から手が出るほどのものだろ」
いきなり一人称が「私」から「ワシ」になった大森の自慢げな態度に、周りのギャラリーがウンウンと頷く。
「いや、親父さんの形見ってそんな、ハハハ……って……獲物は九九式軽機じゃないですか!それってMAC製の20万円ぐらいする限定生産の奴じゃ……」
柏木がギョっとした目で、大森が抱えていた銃を指摘して驚く。
「そうそう、すごいだろ。秘書にこの服に合うテッポー買ってきてくれって言ったら、コレ買ってきよった」
「はぁ? あの秘書さんに買いにいかせたんですか?! 女性の? 確か……美人な田中さん?」
「うん」
大森宅地建物といえば、総社員2000名を擁する中堅ゼネコンであるが、世界的な技術特許を多数持つ名の知れた会社だ。そこの秘書さんとも柏木は顔見知りである。
すこぶる別嬪で清楚な秘書で、六本木のシャレたカフェで本でも読みながら日がな一日を過ごしている姿の似合う、おおよそこんな世界とは無縁な感じの女性だと柏木は思っていたのだが……あの秘書さんが、モデルガンショップに行って、「これください」と限定生産の九九式を購入してる姿は、かなり……というか、全く想像しにくいものがあった。
「でな、最初、三八式小銃と、九九式小銃と、四四式騎兵銃がありますから、どれにしますか? って電話があって、連発の奴ないのか? って言ったら、少々高いが、コレがありますと言ってきたのでコレにした」
平然と当たり前のように普通では想像しにくい状況説明をする大森に、柏木はお金持ちの世界観の相違をまざまざと見せ付けられた……いや、それ以上にボルトアクションライフルと、カービンと、軽機関銃の区別が判断できる田中さんの評価を別の方向へ更新する必要があると思った。そしてそんな柏木と大森の親子漫才のような会話を、ギャラリーは爆笑して聞いていた。
「しかし柏木よ、お前、なんでこんなゼネコン業界の大物の方と知り合いなんだ?」
大見が感じていた今日のゲーム全体の疑問を問いかけた。
「ん? いや、仕事のお得意さんだし」
「いやそれはわかるが、あの大森宅地の社長さんとタメ口の仲ってのも、その田中さんって人の話以上に不思議だぞ」
確かにそうである。柏木はこの仕事を軌道に乗せるまでにかつての得意先やそのコネを営業で回りまくった。従って人並み以上に人脈はある方ではあるが、こんな有名ゼネコンの社長と直で、しかもプライベートでサバゲーまで誘えるとは、普通の関係では考えられない。
すると大森が説明に入った
「大見君と言ったかな? 君はウチの会社が建てた『川崎エクセレントモールビル』は知ってるかな?」
「えぇ、もちろん。一度行ったこともありますよ。あの逆フリーフォールで、上まで行ったら、往復でフリーフォールするアトラクションのあるビルですよね?」
大森宅地建物が建設した『川崎エクセレントモールビル』は、ビルの展望エレベータの横で、10人乗りの座席をロケットのように打ち上げて、ビルの最上階まで行くと、そのままフリーフォールするアトラクションが併設された施設で有名であった。
普通の商業ビルでそんなことをやらかす訳である。これがどっかのテーマパークならそんなものなのだろうが、コレが40階建ての普通の商業ビルに設置され、しかもそこから見える景色は普段見慣れた町の風景であるからそのスリルも相当なもので、今では話題の人気施設になっていた。
「あのアトラクション考えたの、柏木君なんだよ」
「そうなのか!」
大見は驚いた。そして話を聞いていたギャラリーも驚いた。無論その場にいた白木も驚いた。
そして柏木が、大森の話に続く。
「四年前だったかな、知り合いに、ほら、毎年やってる『東京国際都市計画展』ってあるだろ、アレのチケットもらってさ、こういう業種への営業も面白いかなって思って、名刺を展示ブースにばらまいてたのよ、で、その時、大森宅地の展示ブースに、たまたま社長がいらっしゃっててね。俺、社長だなんて知らなくて、社員さんと思って名刺渡して、自分の仕事の話したら、エクセレントモールビルのアトラクションのアイディアないか?っていきなり聞かれてね」
柏木は、同意を促すように大森のほうへ顔を向けた
「そうそう、それでワシが観覧車や、ジェットコースターなんて他のビルがやってるから、誰もやってないようなアトラクションのアイディアを聞いてみたんだよ。そしたら、柏木君が、あんな無茶なアトラクションのアイディアをポンと言う物だから、『それだ!!』と思ってね」
大森は楽しげに話す。そして柏木が話を続ける
「俺は昔見たアメリカの古いホラー映画のネタをポっと思い出して、あんまり考えなしに話したら、社長がノリノリになって、そこからあれよあれよと話が進んで、企画参加させてもらったってわけ。その頃からお付き合いさせていただいております」
大見と白木が興味深そうに聞いていた。そして白木が話す。
「なるほどね、しっかし、お前は昔から突撃バカだとは思っていたが、もうちょっと相手が誰か観察してから接触するということを知らんのか?」
白木は、少々呆れ顔で柏木を指差した
「だって、俺、そん時大森さんが社長さんだなんて知らないし、ってか、ゼネコン業界の事なんて全然知らんし」
「おいおい柏木、テレビのニュースによくお顔出てらっしゃるだろうよ……ニュースぐらい見ろよ……って見てるのか、但しえらい偏ったニュースばっかりみたいだが……」
白木が柏木の性格を指摘しながら、呆れ笑いを浮かべる
「ハハハ、白木君、まぁそう苛めてやるな、柏木君の天然な発想はなかなか他の人にはないもんだよ、ウチの社に欲しいぐらいだ。さばげーの面白さも教えてもらったしな、ハハハ」
ハっと大見が気づく。そんな御大がそもそもなんでサバイバルゲームなんてやってるのかと。そこを問いただすと、柏木は有名ゼネコンの社長相手に「自分の趣味はサバイバルゲームです」と堂々と話したという。
大見は「絶対バカだこいつは」と改めて確信した。しかし好奇心の大変強い大森社長は、そのゲームの内容を熱く語る柏木に感化されて、一度参加したいと言い出したという寸法であったそうだ。そして柏木の参加するSNSの定期サバゲー企画に大森が乗り、今回の大型サバイバルゲーム大会となったそうである。
コレを聞いた大見と白木はズっこけそうになった。柏木も柏木だが、大森も大森である。
「多分、似たもの同士なんだろう」
と大見と白木は顔を合わせ、納得することにした。しかし、大森はこの期に及んで柏木にこんな話をしだした。
「なぁなぁ柏木君。思ったんだが、このホテル、このままにして、超大型さばいばるげーむ施設にしようか? 面白いアトラクション施設になるんじゃないか?」
ハァ? と、大見と白木が同時に大森のほうを見る。周りのギャラリーは無責任に「おおおー」とはやしたてる。
しかし柏木はその話を否定した。
「いやいやいや、それはやめたほうがいいです社長」
「なんでぇ」
大森は口を尖らし尋ねる。
「いや、もうね、大体こういう遊びを商業化しようと企むとですね、どっかから、毎日軍靴の響く音が聞こえる人たちや、コドモガーという正義の味方に変身するオバハンなんかが呼びもしないのに必ず沸いて出てくるんですよ。わざわざマスコミ連中にエサやるようなことはやめたほうがいいですって」
実は過去に大手エアガンメーカーが、同じような発想でそういう施設を作ったことがあった。そして「一部の」近隣住民に軍靴の響く音が聞こえだし、コドモガーに変身して抗議活動を展開、しかもその「近隣住民」の「近隣」の単位が遥か彼方の都道府県で、当の本当の「近隣」の住民は顔も知らないという連中で、そんな連中が嬉々として沸いて出てきて結局、その施設は半年で潰れた……という例を出して、大森をいさめた。
その説明を聞いていた大見と白木は、「わが親友にマトモな理性があって良かった」と安堵した。
「そうなのか、うーんざんねんだなぁ」
大森は本気で肩を落とす
「ってか社長、この施設、シーガルグループに売って、商業施設にするんでしょうが、いまさらそんなことできませんって」
と、柏木は突っ込む。
大見、白木は「オイオイオイ」と大森に突っ込んだ。
楽しい宴も終わりを迎える。そろそろ退去時間である。話に熱中するあまり、柏木達を囲んでいたギャラリーも、急いで荷物を詰め込んで帰り支度を急ぐ。
そして一人、一人とホテルから退去していく。
「お疲れさまでしたー」
「また呼んでください!」
皆、笑顔で帰宅していく。車でやってきた者は、仲間をさそって相乗りで帰っていくものもいれば、徒歩10分(実は20分)の駅まで歩いていくものもいる。
車で帰宅する者の中には、それはとんでもない車でやってきた連中もいた。
第二次世界大戦で活躍した米国製ウィリス・ジープや、今では民生用は生産中止となっている現用米軍の汎用戦闘車ハマー。すごいのでは旧ドイツ軍で使用されていた水陸両用四輪駆動車シュビムワーゲンを見事にレストアした車でやってきたものもいる。
当然柏木は写真を撮りまくって、運転席に乗せてもらいドヤ顔をした年甲斐もない写真をしっかり撮った。
このオフ会では、戦闘服のまま帰宅するのは禁止なので、キューベルワーゲンやジープに乗ってる連中もみんな平服である。
非常に違和感があるが、まぁこれも今後の健全なサバイバルゲームのためには仕方がない。先の大森社長の話ではないが、一部の『軍靴音妄想過敏聴音症』という可哀想な病気の人たちへの配慮でもある。
「さて、我々も帰りますかね」
全員の帰宅を確認した柏木達は、ゲームマスターとの挨拶もそこそこに自分の車に向かう。
大見と白木も最後まで付き合ってくれた。
そこへ大森社長が車でやってきた。ウィンドを下げて、
「じゃ、柏木君、また誘ってよ」
とクィッと敬礼をする。
「はい、その時は必ずお誘いしますよ」と敬礼で返す「で、またそん時はいいフィールド頼みますよ」とにんまり笑う。
「おう、まかせて、今度はもっとすごいの探すよ。期待して」
大森社長も、オフ会公認の名誉会員に指名してもらったようで、ご機嫌だった。
「あーそれから、いつもの居酒屋、連絡入れとくからお二人連れて飲んでいきなさい。積もる話もあるだろ、ワシのおごりだ」
「え? いいんですか!?」
「ははは、今日のげーむ楽しませてもらったお礼だよ。んじゃまたね」
「ども、ご馳走様です!」
柏木は深々と頭を下げ、大森社長を見送った。
「ということで、白木は俺の車で居酒屋行き確定ー」
「おいおい、人の予定は関係ナシかよ」と白木は言いつつ「実際予定ないけどな」と確定になる。
「オーちゃんはどうする? 部下の車で送ってもらうのか? 居酒屋は強制連行だけど」
「お前らといっしょに行くわ、ちょっと連中に一言いってくる」
と、自分の部下の待つ車へ歩いていった。
柏木は大見が戻ってくる間、自分の装備を車にねじ込んでいた。なんせ今回のゲームに柏木はライフルを7挺も持ち込んでいた。
M14にM4カービン、SMLE-№1Mk3にSCAR、etc……
その姿を後ろで白木がジーっと眺めていると、
「なぁ柏木、こんなサバゲーまで来てダブルのスーツにネクタイか?」
当の白木は、ジーンズにTシャツ、皮のジャケットと外務省官僚とは思えないラフなスタイルである。
むしろ柏木の方がそっち系に見える。
「それに車もエラい良いの乗ってるじゃねーか。これってトヨハラのエスパーダだろ、高級車じゃねーかよ」
ドアから顔を突っ込み、なめるように見て言う
「俺の仕事って、いつクライアントから連絡くるかわからんだろ、おまけに時にゃ大森さんのような社長クラスを車で送ったりしなきゃならんからなぁ……この車だって、結構無理してローンで買ったんだよ」
と渋い顔で話す。
「まぁ所詮は商売道具だよ。俺だってホントはさっきの連中みたいな車乗りてーし」
「あの車は車で高いだろ……って、まぁこのエスパーダよりは安いか、一千万?」
「いや、700万」
「え!? 安っ! なんで!?」
白木が驚く。トヨハラ重工のエスパーダと言えば、国産車では最上級のグレードである。普通に買えば一千万は必ずする代物である。
ちなみにエスパーダとは、スペイン語もしくはポルトガル語で「刀剣」を意味する言葉である。この車、エスパーダとは略称で、正式名は「エスパーダ・ハポネサ」というスペイン語で「日本刀」を意味する言葉が冠されている。
その言葉どおり、研ぎ澄まされた日本刀のごとく、派手さはないものの、極限まで凹凸が減らされたボディに鋭敏なデザインのランプ類やサイドミラーが冷たいまでに冷徹なイメージで配置されたデザインである。
一見スポーツカーにも見えそうなそんな意匠だが、横から見るデザインは高級セダンらしさをしっかりと主張している。
「大森社長のコネ」
柏木はポソっと言う。
エスパーダは、購入する際、身元確認をされるほどの車で、安売りは決してされないというのが一般的な評価の車であったが、大森社長のコネとなれば、白木は少し納得した。
「でもな、700万っつったって安いわけじゃないだろ。これも大森社長が『柏木君もそんな仕事するなら、これぐらいの車乗って見栄張るぐらいの設備投資をしなさい』って、買わされたみたいなもんだからなぁ」
柏木が大森の物まねを交えて言った
「なるほどねぇ」
白木は納得した。
そもそもこのエスパーダのような車、柏木の趣味ではないことぐらいわかっていた。
柏木なら、一千万もあれば多分トヨハラのメガクルーザーか、さっきのシュビムワーゲンぐらいレストア輸入して乗り回してるだろう。
そして大見が戻ってきた。
柏木が一言。
「OK?」
「ん、状況クリア」
大見が答える。
「んじゃ行きますか」
柏木が車に乗り込む。
大見が助手席、白木が後部座席に乗り、真ん中にデンと座る。
「では運転手君、よろしくたのむよ」
白木が偉そぶって運転手座席をポンポンと叩く。
「あのな白木、助手席に自衛官乗って、後部座席に大股開いて偉そうに外務省の役人が乗って、そーいうこと言われたら洒落にならんのですけど、しかもこの車で、オマケに俺スーツだし」
白木と大見がゲラゲラと笑う
「んじゃ俺はコイツの護衛か?」
大見が呆れ顔で笑う。その言葉に外務省の役人はニヤニヤ笑っていた。
「そーいうことなんだろ?んじゃいきますよ」
沈みかける夕日がホテルを照らし、その影を駐車場に大きく伸ばす。
エスパーダは、最後の賑わいを終えたもう二度と人の訪れることのないホテルを後にした。
都心に向かうトヨハラ「エスパーダ・ハポネサ」
車内に流れる音楽は「 Hello Vietnam 」鬼軍曹で有名なハリウッド映画で流れた名曲である。
車のイメージに全然合わないのは承知の上。本当ならウッドランドを着込み、ジープで聞きたい曲である。革張りシートの匂いが充満する車内で聴く様な曲ではない。
歌詞の意味? 柏木と大見にそんなもの分かるわけがない。唯一ネイティブ並みの英語力がある白木は理解していた。
曲に合わせて” goodbye my sweetheart hello Vietnam ”などと綺麗な発音で口ずさんでいた。
大見はそんな白木を横目に柏木へ話しかける。
「で、商売の方はうまくいってるのか?」
「まぁ、おかげさんでね、やっぱ大森社長とお付き合いできたのが大きいな。昔は前に勤めてたTESのツテでなんとかやってけたけど、今は色んなところからお声をかけてくれてね、有難い話だよ」
「まぁこの車見たらそうだろうな」
大見はダッシュボードをパンパンと叩いて納得する。
「なんだよオーちゃん、改まって」
「いや俺じゃないよ、俺の嫁。しばらく会ってないだろ、『柏木君、ちゃんとやってるのかなぁ』ってな。俺は『メールでしょっちゅうやりとりしてるから大丈夫だ』って言ってるんだがな……あいつ世話焼きだろ」
自分の嫁の物まねをまじえながら大見は言う
「そういえば美里ちゃんとも結婚式以来会ってないなぁ、よろしく言っといてよ」
大見の妻である美里という女性も、柏木の大学時代の友人であった。当時から大見と交際しており、いつも大柄な大見の後ろをテクテクと付いてまわっていた印象のある可愛らしい女性だった。
結構巨乳であったのも印象深い。
なんだかんだでこの二人が話をすると昔の思い出話に話が進んでしまう。そして最後には「もうオッサンなのかなぁ」という話で締めくくられてしまう。
柏木真人、37歳。
元、東京エンターテイメントサービス(TES)コンシューマーゲーム部門企画部主任。現、自称フリービジネスネゴシエイター。
東京都出身ではあるが、貿易関係の仕事をしていた親の都合で小学校6年から高校1年まで大阪で過ごす。
その後高校1年2学期の時東京に再び戻り、都内の某都立高校に途中編入で入学。その時慣れない学生生活で声をかけてくれたのが大見と白木であった。
その「慣れない」理由というのも、当の本人が極度のガンマニアという事で、いわゆるそんな趣味についてこれる友人がいなかったというのも大きい。
しかし世の中必ず「類は友を呼ぶ」もので、大見は大の軍装品マニアで、白木はミリタリーには興味はなかったものの趣味が模型製作で、ミリタリー系模型のアドバイスをよく大見から受けていたというのもあって柏木とも趣味が合い意気投合、3人の交友関係は今に至っている。
その後、柏木と大見は、関西造型芸術大学に共に進学、白木は頭が良かったため、東京大学に進学することになり、白木とはここで一旦道を違えることになった。
大学時代、柏木はプロデューサー等の制作者養成の学科に進んだのもあり、その就職先に大手総合エンターテイメント企業TESに就職することになる。
TESでは、コンシューマーゲームの企画職に配属されるが、なかなか良い制作機会に恵まれず、もっぱらショーやマスコミ相手のプレゼンテーターのような広報まがいの仕事ばかりやらされ、同僚からは「企画営業」などと揶揄されたりしていた。
しかし、柏木の才能はここで発揮されることになる。元々説明力があり、口がうまく物怖じしない性格だった柏木は、そのプレゼンテーション能力を開花させ、
「柏木のプレゼンしたゲームはどんなクソゲーでも必ず売れる」
とまで業界で言わせるようになり、その功績から企画部主任に抜擢される。
柏木は学生時代から「こいつは究極に人を見る目がない分、匂いで物事の性質や性格を完璧に嗅ぎ分けて生き残る奴」という評価で通っており、とにかくどんな相手でも物怖じせずに物を言い、思ったことをズケズケと指摘するような性格であった。
普通「人を見る目がない」という言葉を使う時、一般的には「その人の良さを見抜けない人」という意味で使う。しかし柏木の場合、「良さも悪さも見抜けない」のである。
だからとりあえず突撃して挨拶して話してみる。話してみて匂いで嗅ぎ分ける。そんな人間関係構築方法なので、周りから「突撃バカ」と揶揄される。
柏木なら北の民主主義を名乗る独裁国家の若造にも「やぁどうも」と普通に話しかねない。
そもそも柏木が製作の仕事に恵まれなかったのもこの性格が災いしており、ゲーム会社によくいる変な自分の世界観の中で生きてるような変人奇人ヲタクの多い開発者連中の、自分宇宙な話を片っ端から理責めでダメ出ししたり、また頼みごとをする時も弁護士のように理攻めで畳み込むため、製作者には結構煙たがられていたというのもあった。
そしてTESに入社して5年がたった時、サンフランシスコ最大のゲームショーを見学するために出張していた柏木は、米国の業界でも結構な有名人になっていて、世界最大のコンピュータOSシェアを持つソフトメーカー、ジェネラルソフトウェアの日本法人社長に頼まれ、TES社員でありながら同社の出す新型ゲーム開発ソフトの日本向けプレゼンテーションを依頼され、そのプレゼンテーションを見事に成功させてしまう。
結局これがきっかけで独立することを決意。当時のTES役員からはかなりその決断を慰留するよう頼まれたものの、TESの仕事も今後10年はやるという契約で退社を認めてもらい、「ビジネスネゴシエイター」という肩書きで、フリーのプランナーのような仕事をやっている。
「ということで、あと1年でTESとの契約も切れるしね。フリーの個人営業じゃ税金も高いし、銀行から金借りるのも大変だし……大森社長と会うまで、カードも作れなかったんだぜ、俺。まぁそういうわけでそろそろ一人株式会社の社長って奴で法人化しようかなーーなんて思ったりしとるわけですわ」
柏木のしゃべる言葉は、基本標準語であるが、東京と大阪を行ったり来たりするような生活を送っていたため、イントネーションにどことなく関西風なものが入る時がある。
大見との会話に白木が割って入り、
「まぁこの不景気な時にそれだけの仕事こなせてりゃ大したもんだよ。ま、お前の『人を見る目のなさ』が良い方向に働いてるわけだ」
と揶揄しながらグフフと笑う。
「俺ってそんなに人見る目、ないか?」
柏木が首をひねりながらマジ顔で二人に聞くと、大身、白木は口をそろえて
「ない」
と一言。柏木は「そうかなぁ~」とがっくり肩を落とす。
そして大見は続ける
「で、TESとの契約は更新するのか」
「わからん、って言うか、向こうは更新してくれって言ってる」
「すごいじゃないか」
「いや、それがな、TES、最近アーケードゲーム部門とアトラクション施設部門が全然ダメらしくて、 クォーターソフトグループから買収話が来てるらしいのよ。で、どうしようかな~って」そしてボソっと「ギャラも安いし……」
白木が割り込む
「で、柏木先生の嗅覚が契約更新を悩ませてると」
「あい」
柏木がおどけて答える
「ま、ゆっくり考えますわ」
そんなこんなで話し込むうちに、東京、渋谷に到着。時間は午後8時をまわっていた。
適当な駐車場を探すが、これがなかなか見つからない。いかんせんエスパーダほどの大型普通車となると、ちょっと100円パーキングというわけにもいかないのだ。
なんとか適当な駐車場を見つけることができ、そこからスクランブル交差点を渡って、道玄坂の方へ。そしてちょっと裏通りに入り、目的の居酒屋に到着する。
「いらっしゃいませー」
がらりと戸を開けると、景気のいい掛け声が響く。
「あぁ柏木さん、いらっしゃい。社長から聞いていますよ、席も空けてるんで、どうぞこちらへ」
店長が丁寧に案内してくれる。
柏木達は案内された6人掛けの座敷席にどっかりと腰を下ろし、渡されたおしぼりで手を拭いたり顔をぬぐったり。
「飲み物は何にします?」
「とりあえず生」と大見と白木
「俺はノンアルコールで……」と言おうとした瞬間、白木が、「おいおい、テメーが誘っといてノンアルコールはないだろう、お前も飲めよぉ」
「運転手でっせ、俺は」
「んなもん駐車場に停めといて、ビジネスホテルにでも泊まって明日帰れ、な。あ、店長、こいつも生で」
生決定。「ま……いっか」と店長に頷いて了解する。
「あ、あとはパネルで注文するんでお気使いなく」
柏木は店長にそういうと、「何にする」と、注文用タッチパネルモニターを見て注文をとる。
ナマ物が好きな柏木にとって鳥刺しは鉄板である。大見と白木もタダ酒歓迎でポチポチとモニターを押しまくる。そうこうしてると、生ビールも到着。同期三人の宴会の始まりである。
「はいお疲れ~」と柏木
「お疲れさん~」と大見と白木
お約束の「プハァー」のあと、しょうもない駄洒落や冗談でお茶を濁す。
まぁ日本人がやる宴会のお約束のようなものだ。
こういうしょうもない話で時間差を埋めないと、注文した料理が出てくるまでの間が埋まらないのである。実際そんな事を考えながら呑む奴はいないが、こういう場所での日本人の生物学的習性のようなもんだからこればっかりは仕方がない。
そんな感じで料理も続々到着し、話も酒も進みだす
「オーちゃんは鳥刺し食べないの? 好きだったろ」
と柏木が薦める。
「いや、俺はいい」
「なんで? ……あ、」と柏木は気づく
大見は自衛官である。すなわち体が資本。おまけに一部隊を率いる幹部である。幹部がナマ物食って腹壊したというのはいただけない。
大見は自衛官になってから、ほとんど生食というものをしないようになった。
「んじゃ俺が一つ……」といいながら白木が柏木の鳥刺し皿から一つ奪って食べる。
「お、うめーなコレ」
「鳥刺しは初めて?」
「おう、そうそう鳥なんて生で食えんだろ。しかしこりゃうまいわ」
と自分もとばかりにタッチパネルで鳥刺しを追加注文する白木。
大見は”ねぎま”に舌鼓をうっていた。
そしておもむろに柏木が大見に話題を振る。
「オーちゃんも大変だったんじゃないの? あの地震」
「あぁ、もちろん行ったよ……まぁ想像はしてたが、すごい現場だったな」
と眉間にしわを寄せて答える。
「まぁ、ココだけの話だが……」と前置きして、「10年はかかる」とポソっと答える。
「とにかく被災地域の範囲が大きすぎる。瓦礫の処理なんかもそうだが、仮にそれが早急にうまくいったとしても、あの地域の住民は漁業農業で生計立ててる人が多いからな。おまけに自治体に金がない」
ぐいっとビールを飲み干し、続ける
「阪神大震災みたいに都市部で起こった地震とは状況がまったく違う。土地や漁業権の権利問題なんかも複雑なんだよ。色々問題が多いな」
白木が補足するように
「おまけに原発のアレだ。アレさえなければ状況はもっとマシなはずだわ」
と指差して柏木に長々と解説しだす。
当時の首相が悪い意味で勝手に孤軍奮闘し、勝手に空回りしていたこと。
おかげで自分達官僚が何をやっても政府が連携しないために空回りになってしまっていたこと。
白木は前政権にかなり恨みつらみがあるようだった。
(どうせまた政治家に噛み付いて、何かやらかしたんだろうな)
白木の性格からして多分にそういうイメージの沸くグチのこぼし方だった。
「タラレバっての言っても仕方ないけど、どうにかならんものだったのかと思うわな」
柏木が言う。
柏木的にもニュースを見て、ああすれば良かったのではないか、こうすれば良かったのではないかと素人なりに思うところもあった。それは一プランナーとしてもである。
「あの政権じゃなかったら、とは思うよ。な、大見」
白木は大見に同意を求める。しかし大見は無言であった。
一自衛官として、その問いには答えられない。例え友人との雑談であっても訓練された信念ある自衛官は、その問いに答えてはいけないのである。
柏木はそれを暗にわかっていたのでそれ以上は聴かなかった。
というか、そういう質問をする白木に(お前が言うな)と心の中で突っ込む。
大見 健
陸上自衛隊二等陸尉であり、レンジャー資格所有者。
柏木と白木との関係は、先の通りである。大学卒業後、自衛隊の一般幹部候補試験を受け、見事合格。現在の地位に至る。
柏木と同じ大学に進学したのは、元々絵が達者で自衛官になるつもりは更々なかった。グラフィックデザイン系の職を目指していたが、バブルが過去のものとなった就職難の時代、結局「絵が描ける」という職で将来を見据えることができず、元々の趣味であった軍装品集めが高じて自衛官となる。
やはり大卒ということもあり、高卒から入ってくる連中に舐められるのも嫌だったので、その手前一般公募からの入隊は避け、必死で勉強し、大卒から幹部コースを歩むことができる「一般幹部候補試験」を受け合格。元々体力もあり、体躯もデカく、どっちかというと「元々コッチだったんじゃないのか?」というような感じだったので、柏木は大見が自衛官になったと聞かされたとき、全然違和感なく受け入れてしまった。
しかし実際はその訓練は筆舌に尽くしがたいほど厳しい物だったそうで、特にレンジャー資格課程の訓練では、人格が変わるのではないかと自覚できるほどの物凄さだったらしい。
よく、レンジャー訓練は、報道番組でも取り上げられ、その厳しさは誰もが知るところであるが、後で聞くと、あんな報道番組で報道される厳しさなどは、まだ真っ当な方で、実際に人にあまり知られないところでは、極めて常人の常人たる神経では想像だにしないファンタジーな……言い換えれば変態的な訓練もあるそうで、大見曰く「あれを経験すれば、100人いれば100人人格が変わる」という凄まじさであるそうだ。
よく自衛隊経験者や、軍事評論家などが、「自衛隊に入れば、どんなやさぐれ物やいきがった連中も、みんな人格が変わる」
と例えられるが、柏木も大見が自衛隊に入隊後、久々に会った時にはそれを実感できた。
普段でも背筋がピンと伸び歩く姿は「こりゃ凄いもんだ」と感じたものであった。
現在、大学時代から付き合っていた美里という柏木とも同期で女友達の女性と結婚し、一児の父である。
「呑みの席でこういう話になるというのも、まぁ、職の性なのかなぁ」
大見は白木に言う
「今の俺と大見だけだったら、多分、酔っ払ってベロベロになったら悲惨だろうなぁ」
白木は大見の肩をバンと叩き柏木に言う
「だから、柏木、実はお前の存在って、俺ら二人にとっても貴重なのよ」
「なんで?」
柏木は鳥皮をモグモグさせながら聞く。
「だってカタギだもん。民間人様の自由なエナジーを頂ける存在なのですよ」
大見と白木は「ありがたやありがたや」とばかりに手を合わせ柏木を拝む
大見はいいとして、柏木は白木に対し心の中で(なーにを言ってんだ、このヤサグレ役人が)と心の中で呆れる。
そんな話をしながら酒は進み、時間も進む。
注文も一段落した頃、居酒屋の注文タッチパネルはスタンバイモードに入り、CS放送のテレビ番組を流していた。
チャンネルはニュース専門チャンネルに合わせられており、柏木はチラ見でその画面に目を向ける。
「ん? なんだこれ」
パネルには、国際ニュース番組が流れていた。そしてトピックのコーナーに番組が移ると、画面にこんなテロップが出た。
『謎の天体 地球に接近?』
柏木はいそいそとパネルの音量ボタンを上げ、音声を聞く。
大見と白木もつられてそのニュースを眺める。
『……そして今、世界の天文学者の間で話題になっているのがこのニュースです。先日、NASAのホームページでこんな情報が掲載されました』
画面に『巨大板状小惑星が地球に接近する可能性がある』
『板状小惑星……とは、一体どういうものなのでしょう?』
番組に出ていた専門家とかいう男とキャスターの会話が始まる
『はい、明確な定義はないのですが、簡単に言えば大きな板のような小惑星ですね。小惑星と言うものは、ご存知のとおり惑星になれなかった岩石であったり、惑星が破損、破壊した時の岩石であったりするわけですが、そういったものは普通、まぁ言ってみればこういった……』目の前に置いてあった岩を取り『石ころのものすごく大きいものと考えるのが普通なのですが、どうもこの小惑星はきれいな板状の小惑星のようで、普通に考えるとこういった小惑星が生成されるとは考えられないんですね』
そして専門的なうんちくをタラタラと述べていた。
地球でこういった石は、那智黒石にみられるような石の角を削り取られるような動的作用がないとできないとか、カイパーベルトにある小惑星群ではこういった現象は普通に考えてありえないので、外宇宙から旅してきて、その間にいろんな干渉物と接触してこーなったのではないかとか、世界の学者の予想を色々と語っていた。
『そして、NASAが一番注目しているのが、この小惑星が非常に大きいものであると言うことです』
『どのぐらいの大きさがあるのでしょうか?』
『そうですね、まだ遠い場所にあって正確な形状などは把握できていないそうなのですが、おおよそ直径にして数キロ厚さは数十メートルといった予想がなされています』
その専門家は、とにかく大きいということを強調していた。
「このニュースか……」
白木がポソリと言った。
隣の席で、女子会を開いてる数人の客が同じ番組を観ていた。
「宇宙人の宇宙船だったりして」
「UFO?今時流行んないっしょ。宇宙人なんているとおもえないしー」
白木はその様子を見て、また他の座席にも目を移す
「ん? どうしたん?」
柏木がその様子を見て言う。
白木はほんの少し眉間にしわを寄せて、
「ん? んん……」
大見が探るように
「どうした、このニュースに何かあるのか? ……まさか本当に政府が極秘にしてる宇宙船の情報だとか」
とからかうように言う。いかんせん大見も柏木も白木の外務省での立場を知ってるだけに、そういうからかい方はデフォルトであった。
「んなことあるわけねーだろ」と、手を振り白木は否定する。が、「ただなぁ……」ともったいつけて話そうとしない。
「なんだよー、何かおもろい情報なら教えろよ」
柏木が突っつく。
「もう何時だ?」と、白木が話を振る。
「んー、10時前」
「結構呑んだな。そろそろ出ようぜ」
「? ……どしたん?」と柏木がきょとんとして聞く。
大見も柏木と顔を見合わせ、きょとんとしている。
「まぁいいから出ようや、ここじゃちょっとな……」
「あ、あぁ、わかった……店長、お勘定……って、今日はオゴリだった」
店から出て、スクランブル交差点を戻り、少し歩いた大き目の駐車場に柏木の車は停めてある。
その駐車場に付くと、白木は料金支払い機の隣に設置してある自販機でコーヒーを3本買い、2本を柏木と大見に渡した。
ズズズと熱いコーヒーをすすりながら白木は話す。
「二人とも、俺の外務省での仕事、前に話したよな……」
白木 崇雄37歳
日本国外務省 国際情報統括官組織 第一国際情報官室所属。
高校時代は柏木、大見と共に過ごし、その後、白木はセンター入試を経て東京大学法学部へ進学。
卒業後、国家I種試験を簡単に合格し、外務省に入省。白木の特殊な才能を買われて国際情報官となる。
白木は高校時代、学内でも有名な「天才」で名を馳せていた。成績は常にトップ。
しかし、柏木も大見もその他学生も彼がいわゆる「試験勉強」などをしているところを見たことがなく、いつも柏木と大見と3人でつるんで遊びほうけてる姿しか見た事がなかった。しかし、高校時代から英語はペラペラそして英語に限らず、ロシア語からフランス語、はてはどこかのよくわからない民族言語まで流暢に話し、挙句に数学や物理学の分野でも、東大の過去問を全て間違わずに答えてしまうなど、とんでもない「天才学生」として教師の間でも有名人であった。
実は白木は「後天性サヴァン症候群」……つまりサヴァン脳の持ち主なのである。
サヴァン症候群とは、先天性の発達障害、つまり自閉症などの人間に多く観られる特殊な能力のことで、よく『JR全線の駅名を全て覚えており、時刻表を全て記憶している』とか、『どんな乗数でも答えられる』とかいった人のことであるが、ごくまれに後天性。つまり健常な脳の人でもこの症状が発現してしまう場合もあるらしい。
ただ、健常者でもこのサヴァン脳の持ち主は、どこか性格的に偏屈であったり、常識が一般人と比較してズレてたりと症状相応の性格な人が多いらしいのだが、白木の場合、人格は良いのだがどことなくやさぐれてるところがそうなのかもしれないと柏木達は思っていた。
白木自身がこの能力に気づいたのは中学時代だったそうで、白木曰く、「一瞬でも意識して見たものや聞いたことは全て忘れない。100パーセント細部まで記憶できる」という能力を持っているそうである。先の英語やフランス語が流暢なのも、高校時代、「俺、フランス語ちょっと覚えてくるわ」と言って3日後にネイティブ並みのフランス語会話を披露してしまうという感じで、これも白木が言うには「フランス語辞書をペラペラめくって丸暗記して、フランス映画を字幕つきで3本見た」というだけの事であり、その記憶力の物凄さが理解できる。
白木が東大に合格できたのも、東大の過去問集の問題と答えと解き方を家のソファーにでも座ってペラペラめくって全て適当に暗記し、あとは脳内で試験に対応したアレンジを加えただけの話で、言ってみれば、
「合法的なカンニング」
で合格したようなもので、彼自身は数学の公式や物理の法則などをその原理から別に理解してるわけではないと言うなんとも常人には理解しがたい能力の持ち主なのである。
その能力から、外務省入省後も即、国際情報官として抜擢され、今や国際情報統括官の懐刀として活躍しており、省内では「人間ハードディスク」やら「人間デジタルカメラ」はては「人間翻訳サイト」というあだ名まで付けられており、外務省高官も一目置く存在として知られていた。
そして彼が模型製作が趣味であるのも、別に特定のジャンルの模型が好きな訳ではなく、説明書を一目通しただけで組み立て方や塗装の方法が記憶できてしまうので、いわゆる頭の体操、パズル感覚で遊んでいるだけのことであった。
柏木や大見にサバイバルゲームへ初めて誘ってもらった時、変幻自在に変わる戦況に「記憶能力だけでは解決しない事」があるという事を初めて実感し、それが新鮮で面白く、それ以降ハマってしまう。
東大在学時も二人の誘いがあれば、進んでサバイバルゲームイベントに参加していた。
現在、婚約者がおり、交際中である。
「あぁ、国際情報官だよな」
柏木が答える。コレを知っているために、先のサバイバルゲームで、彼の素性を掘り下げて話のネタにしなかったのだ。
国際情報官といえば、はっきりいえば外務省管轄の諜報員である。とはいえ、日本で有名な諜報組織である「警視庁公安部」や「内閣調査室」「防衛省情報本部」ほど積極的な情報組織ではなく、それらと比べれば格下な組織ではあるが、中国でははっきり「スパイ」として認定されている。
「あぁ、でな、さっきの小惑星の話、あれって実はもう半年ほど前から世界中の科学機関で結構有名な話なんだよ」
「え? そんな前から?」
「うん、そんでもって各科学機関が緘口令を敷いてるデータがあってな……」
柏木と大見は駐車場のポールに腰をかけ、興味深そうに身を乗り出して白木の次の一声を待つ
「あれ……今のコースをまともにくると、100パーセント地球直撃らしいんだわ」
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「はぁぁぁぁぁぁ?」
柏木と大見は大声で言う。
「マジで?」と柏木
「マジ」と白木
「嘘なし?」と大見
「ブッチギリ」と白木
「いやいやいや白木ちゃん、そんな事俺らみたいな一般人にぶっちゃけていいの? あ、オーちゃんは一般人じゃないけど」
柏木が両手を前に出してオイオイと振りながら白木に訴える。
「別にかまやしねぇよ、お前らだけならな。別に機密指定もされてねーし、まだ各国政府がどうのこうの言ってる情報でもないしな」
大見が「あと、どれぐらいよ」とマジ顔で聞く
「二年半ぐらいって話だ」
「ダメじゃん!」と柏木。
「いや、それって、しかし……うーん」
大見が腕を組む。それが本当なら自衛官としても色々考えるところがあるからだ。
「でぶつかったらどーなんの?やっぱ……」
柏木はちょっと心配そうに尋ねる
「おう、軽く人類文明終了だな。世紀末救世主も出てこねーわ」
フっと笑いながら軽く言う白木、しかし白木はまぁまぁと手を振り、
「学者連中も対策は考えてるよ、聞いた話だと、高速で人工衛星ぶつけたり、核弾頭を至近距離で爆発させたりして軌道を変更させようって話が出てる。まぁまだ秘匿されてるのも、そこらへんの話がまとまってからって事だろうよ、そんなに難しい話でもないらしい」
「はぁ、まぁそういう解決策があるんならいいけど」
とりあえずは納得する柏木と大見。だが白木は「ただなぁ……」と続ける。
「その小惑星、軌道が相当おかしい……というか変らしいんだ」
「というと?」と柏木
「俺も天文学は専門家じゃないから、本で読んだ知識程度しか知らねーんだけどな、ああいう小惑星……まぁ隕石候補だな、そういうのは普通は惑星の重力の影響を受けてこう……」白木は左手の握りこぶしを惑星に見立てて、右手で弧を描くような動作をし、「弧を描くような軌道になるのが普通なんだそうだ、が、この小惑星は、ほぼまっすぐ一直線に近づいてきてるらしい」
「ほう、確かにそんなのはあまり聞いたことないな」
大見も対応策があると聞いて、少し安心して平常心に戻る。
「いや、でもそれっておかしいじゃん。一直線って、地球だって太陽公転してるんだから、一直線じゃ外れるでしょ」
と柏木が当然の疑問をぶつける。
「あぁ、言い方が悪かったな、そういう意味じゃなくて、地球の太陽公転軌道を計算して交差するようにまっすぐ進んでる、という意味だ」
白木が答える。
「え?何それ」と柏木
「まぁ学者先生らは、今そっちの謎のほうにご執心らしくてな、激突対策はもっぱら宇宙機関や軍にお任せ状態らしい」
「なんだかなぁ……」と柏木が呆れる「しかしその小惑星、パイプオルガンの曲が似合うようなのだったら面白いのにな」
と軽口を叩く。
「白い尾は引いてないぞ」と応じる白木、そして「そんなネタじゃ、さっきの女子会連中と同じだ」
と笑う。
「懐かしいネタだな」
大見もつられて笑っていた。
最後に白木のトンデモ話で3人の宴会+αが締めくくられ、「そろそろお開きにするか」ということで3人は帰路につく。
柏木は大見と白木を渋谷駅まで見送り、また再会を約束し手を振った。そして大見はJRの方へ。白木はメトロへ別れ手を振り、大きな装備の荷物を担ぎながら、遅い時間でもまだごったがえす人の中に消えていった。
(さてと……今晩の寝床でも探すかな……)
エスパーダの中でシートを倒して寝てもいいかなとも思った。エスパーダなら、下手なカプセルホテルよりも設備がいい。
冷暖房も0.5度単位で設定でき、テレビも見れる。革張りシートはそんじょそこらの安物ベッドよりも快適である。
しかしやっぱり布団をかぶって寝たいのが人の性。そういうことでTES時代、渋谷に来たときにいつも使っていた安ビジネスホテル目指して道玄坂を登っていく。
途中で気になる店を見つけては覗いてみたりしながらマイペースでホテルを目指す。
(あ、そういえば……)
途中で、渋谷に最近できたという夜遅くまでやってるリサイクルショップがあったのを思い出す。そこでは確かエアガンやモデルガンも扱っていたはずだ。
少し遠回りをしてその店を覗いてみる。
と、来て正解だったと思った。
最近発売された台湾製マカロフPMのエアガンが置いてあった。
(おおー)と思い、店員に触らせてもらう。すると日本仕様の樹脂フレーム製である。
(さすがに台湾仕様のフルメタル製はないわな)と思いつつ買ってしまった。
ダブルのブランドスーツをキメた37の酔ったオッサンが、夜中に店でエアガンを買う姿は、なんとも不気味な構図である。
マカロフの入った箱を小脇に抱え、ホテルを目指す。ここでブルースでもBGMで流れれば、立派なマフィア映画だ。
そして安ビジネスホテルに到着。TES在籍時にはいた顔見知りのフロントはもういない。今はバイトらしき若い兄ちゃんが仕切ってるようである。
「部屋ありますか?」
「はい、こちらにお名前と住所を」
無愛想である。しかし別に失礼ではないので気にしない。
サラサラと宿帳に名前を書いて、鍵をもらい部屋に向かう。
ベッドと申し訳程度の机に、韓国製の安物液晶テレビだけが置かれてる小さな部屋である。柏木は上着をハンガーにかけ、ネクタイを無造作に外し、ベッドにどっかり腰をかける。そしてさっき買ったマカロフの箱を開け、いじってみる。
ハタから見れば、冴えないややこしい国の諜報員か、はては今から誰かを殺しに行く暗殺者か。今誰かがいきなりドアを開けたらこの様子を見てどう思うだろう。
そんな事を考えながら少しの時間手遊びをする。
静寂なのも寂しいので、テレビを点ける。はっきりいって流すだけである。チャンネルは、さっきの居酒屋でも流れていたCS放送のニュース番組であった。
別に見ていない。音だけ流れていればいいのである。
そんな風に時間をつぶしてると睡魔が襲ってくる。
マカロフを適当に箱にしまうと、ズボンを脱ぎ捨て、ベッドに横たわり、ニュースを見ながらそのまま眠ってしまった。
そうすると、流しっぱなしのニュース番組に途中速報が入る。
先ほどのトピックスのコーナーで紹介したNASAのページが更新されたらしい。
その内容は、『板状小惑星が忽然と姿を消し、確認できなくなった』……というものであった。
この度は「銀河連合日本」を読んでいただきありがとうございます。柗本保羽と申します。会社役員をやっております。
実は、私は小説など書いたことありません。こういった文章は、せいぜい会社でのレポートや仕様書、報告書、始末書(笑)ぐらいなもので、小説特有の文章の決まりなどまったく知りませんので、みなさんの文章の書き方を参考に書かせていただきました。この小説では、私の昨今思う世の中の事象を織り交ぜながら書いていきたいと思っております。なんせ小説の書き方、特に文学的な表現などまったく知りませんので、私がいつも書いているレポートや仕様書などの文章の書き方をベースに書き連ねていきたいと思います。
皆様のご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
尚、本小説はフィクションであり、実在の個人、法人、団体、組織、国家とは何ら関係がありません。
主要登場人物:
柏木 真人
大見 健
白木 崇雄
これら三人は、本文に詳細。
大森社長:
大森宅地建物株式会社 代表取締役社長。柏木の良きビジネスクライアント。柏木に誘われ、サバイバルゲームにはまっている。