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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
74/119

―49― (下)

【我、思う 故に我あり】


 フランスの哲学者であり数学者『ルネ・デカルト』が『方法序説』という自著の中で提唱した哲学的思想である。

 かいつまんで言えば……自らの体験を、それが本物だと証明する方法があるか? といえば、そんなものは恐らく無い。しかし、それを本物だと思える自分自身は本物であるということが出来る……という考え方である。即ち、『我を思えるから我がある』という自分というものの存在を自覚する哲学的命題である。


 この地球世界の科学でも、人工知能の登場で『コンピュータに自我が芽生えるか?』などといった事がよく議論される。

 SF作品の世界でもよくテーマにされる話でもある。

 未来から過去へやってきたアンドロイドが、未来のレジスタンスリーダーを殺しに来る映画でも、この点がやはり重要であるし、稲妻食らって自我を持って、戦争が嫌になったインプットマニアな軍用ロボットの話でもここがよくテーマにされた。

 他、自爆したくて堪らない宇宙船コンピュータの話や、二〇〇一年に、本当は宇宙を旅してなきゃいけなかった話など、その他諸々……


 ただ……それでも単に自我を持つだけの話なら、それはそれでそういう事もあろうという話にもなる。実際サマルカ人などは機械か生体かの違いだけで、彼らも人工生命体という過去をもっている「かもしれない」種族だ。それで立派な自我を持ち、一つの個性ある独立した種族としてティエルクマスカ銀河世界で発展してきた。そう考えると彼らの元となったといわれる人工生命体とはもう切り離して考える必要がある、一個の独立した「種族」なのだ。


 ただ、もし失われた人格が、人工的に再生したとした場合。

 その人格が【我思う。故に我あり】となった場合、その人格は今の「我」をどう思うのだろうか?

 しかも、その「我」が、元々は失われた人格であるという事を自覚できるほどの、高度な倫理性を兼ね備えていたら、その人格を自身がどう扱うのだろうか?

 

 そんな出来事が今、起ころうとしていた。

 



 ………………………………




『はわわわわわ……コココ、こんな事って!!』


 医学分野にも心得のあるニーラ教授ではあったが、今目の前で起こっている事が、彼女の学術的常識ではどうにもこうにも信じられず、隣にいるサマルカ人スタッフも、同僚たちと早口言語でこの現象を理解しようと何やら討論しているようだった。


 ハイクァーンでは「なく」仮想実体化技術の、地球で言うPVMCGに使われるVMC技術。ティ連用語でいえばゼル技術で、今一体の『肉体』が生成されようとしてる。

 骨格ができ、筋肉ができ、内蔵が作られ、神経や血管が造成される。心臓が脈打ち、ヒトでいえば子宮が造成され、リンパ線のようなものができ、真っ白な皮膚が造成される。

 爪ができ、極彩色の羽髪が造成されて、一人のイゼイラ人が出来上がっていく。

 唯一、脳だけは造成されない。代わりに脳の形になったゼルリアクター。所謂PVMCGが、唯一仮想ではなく、ハイクァーンの実体として造成されていた。

 その間、数十分の出来事だった。


 ニーラ教授にサマルカ人スタッフ。そしてニーラを呼びに来た医療局スタッフは、その医療ポッド内を恐る恐るのぞき込んで、なおビックリ仰天で吹っ飛びそうになる!

 その造成された仮想の肉体は……


【ナヨクァラグヤ・ヘイル・サーミッサ帝】


 所謂「なよ竹のかぐや姫」のモデルになったと思わしきその人物。絶世のイゼイラ美女であった!

 もう既に呼吸動作も始まっているようだ。

 信じられないことに、吐く息がポッドのガラスへ水蒸気状に白く浮かんだり消えたり。

 だが、意識の覚醒に至るには、まだ暫しの時間がかかりそうである。


『ふわわわわわ……どどど、どうしよう! こ、こんなの予定にないですよぉ~』


 両手をパタパタさせてアタフタする天才科学者ニーラ先生。

 だが、いて安心の元人工生命体サマルカ人。スクラム組めば怖いものナシ。状態を冷静に分析した結果を、ボスのニーラ教授に報告する。 


『ニーラ副局長。ヤハリこの現象は、ドウ考えても不可解デス。私達の知識でも、ゼル技術の仮想臓器は、臓器の動きをエミュレートして、あくまで欠損機能の補佐をするだけの、緊急生命維持を行うモノに過ぎません。ここまでの完全な……そうデスね、『命』の模倣は、不可能デス』

『ハイ~……それは私もそう思いますケドぉ~、実際目の前でこんなことがおこっているんですよぉ? それはどう説明します? 恐らく、私たちがシステムルームで行っていた作業が引き金になっているのはもう間違いないのでしょうけど、さすがにこんな事象が起こるのは予想外です~』

『ソノ通りですニーラ副局長。となれば考えられるのは……新たな技術をナヨクァラグヤ・ニューロンデータが取得したか、それとも彼女自身が初めから知識として持っていたか……ソレ意外に考えられませン』

『新しい技術ぅ?……新しい……技術……フゥ~ム……』


 ニーラは腕組んで記憶の中身ををひねり出す。そんなの何かあったかなぁ……私何か聞いていたかなぁ……と、そんな感じで腕組んで……


『ア……アアア……ああああああっ!!』


 何か思いだしたニーラ先生。


『ままま、まさかまさか! このナヨ帝サマ! またやらかしたですねっ!』


 ニーラは近くにあった端末に飛びついて、ポポポポっとVMCボードを嵐の速さでタッピングする。


『エット、えっと……えっとえっとえっとえっと……あ、これこれ……フムフムフム……あーーーーー~~~……やっぱりぃぃぃ!!……』


 ニーラ先生。ジト目でナヨ帝の姿をした仮想造成肉体を睨みつける。そして、暫し後


『ハァ~~……もう、そんな使い方をしますか、この御大はぁ~~』


 と手を壁に当てて、反省猿のようになるニーラ。 


『ドウしたのですか? ニーラ副局長』


 サマルカ人の女性型リーダーが、ニーラの様子を見て、訝しがって訪ねる。


『あのデスネ……フゥ……順を追ってお話すると、このお方は……』


 ニーラが説明するには……

 どうやらこのナヨクァラグヤ・ニューロンデータは、ニーラ達の解析作業で、先の5・7・5・7・7文字のコードを打ち込んだ後、覚醒したそうである。そして物凄い解析スピードで、このディルダーイゼイラと、そのネットワークでつながっている端末をすべてハッキングしたという事らしい。

 ティ連のセキュリティを簡単にハッキングするのである。それは半端な能力ではない。

 そんな中、このナヨ帝データは……先の『はぐれドーラ事件』で、シンシエコンビが抹殺して持ち帰った……ガーグ・デーラのコア構造をスキャンしたようなのだ。

 そのドーラコア特有の、仮想機械生命体構造システムを学習習得し……


『ま、まさか! ドーラの仮想生命システムを、自己バージョンアップさせて、この仮想肉体を作り上げたというのですか!!』


 医療局のスタッフが、奇声をあげて驚く。

 ニーラはその通りだとコクコク頷く……それもそうだ。もしナヨ帝が、ガーグ・デーラの事を知っていればそんな事はしなかっただろうが、ナヨ帝の知識。即ち生きた時代には、ガーグ・デーラとの接触はまだ無かった。ということは、ナヨ帝データは、かようにハックした際……


『あ、いいもの見っけ』


 ぐらいの感覚で、ドーラの仮想生命体システムをパクったのだろう。

 恐らく、多分、いや間違いなくそうに違いない……

 即ち今、この眼前にある存在は、言い換えれば……


【仮想生命体・ナヨクァラグヤ】


 と言っていい。これは……どんな能力を持った存在か、見当もつかない。


 ニーラがまだ覚醒していないうちに、御大をスキャニングシステムで調べたところ、この存在は所謂ドローンともいうべきものなのだが、頭部にある特殊造成されたゼルシステムは、ナヨクァラグヤ・ニューロンデータのあるハードウェアシステムに量子接続されており、ニューロンデータシステムの思考はタイムラグなしで即座にこのドローン体へ反映される。従って思考して行動に移る能力は、ナチュラルな生命体並か、それ以上の能力をもっていることになる。更には、このドローン体が稼働している間は、ナヨ帝の意識はこのドローン体からの視点を主観に思考するようであり、ニューロンデータ本体はディルダー・イゼイラにあるが、このドローン体からの視点が「本人」になるという形の、そういう存在になるだろうとニーラは言う……


 もう調べれば調べるほど、驚くことばかりだ。

 この科学の使徒であるティ連のイゼイラ人が腰を抜かすほどだから、その技術たるや、推して知るべしという感じ。

 それ以上に……ティ連では現行その製造が禁止されている『仮想生命体兵器』が、いかに恐るべき兵器かということも、このナヨクァラグヤをみれば一目瞭然だともいえた。なぜなら、ドーラ究極の姿が、言ってみれば、このナヨクァラグヤ帝そのものだからである……


 

 そして、御大目覚めの時……


 プシューっと音を立てながら、ゼル治療カプセルのカバーがぐいんと開く。

 ヌード姿で、抜けるように真っ白肌なナヨ帝が、ゆっくりと目を開ける。

 医療局スタッフに、サマルカ人とザッシュ主任。そしてニーラ教授はカプセルから距離を空けて。その様子を見守る。

 無論、彼女達は万が一の事を考えて、ヤルバーン乗務員の標準装備である粒子拳銃を造成して手に持ち構える……効果があるかどうかわからないが。

 そんなもうビビりまくっている諸氏めがけて、ナヨ帝はむくりと起き上がって、医療ポッドから優雅に降り……完全な裸体で、何やら廊下へ向かって出ていこうとすると、ニーラは勇気をフリ絞って大の字で立ちふさがり、ストリーキング状態なナヨ帝の行く手を阻む。


『ダダダダ、ダメですっ! フフフフフリンゼにおおおおおかれましては、い、今の御身の姿を、どどどどうぞご覧なられてくくださいぃぃぃ!』


 ニーラはティエルクマスカ最上敬礼で、そんな言葉をビビリながら言う。

 普段そんな言葉遣いなどしたことないので、どもりまくりである。

 するとナヨクァラグヤも、頭を垂れて自分の今の姿を見る……そしてザッシュと、医療局スタッフ。サマルカ男性型の方を見て、ポっと頬染める。

 それを察したサマルカ女性型のリーダーは……


『あ、ホ、ホラ。デルン諸氏はあちらを向いて……もう、私に言われているようではダメではないですカ……』


 確かに……サマルカさんも一応そういう事は心得としてあるようだ。


 ナヨクァラグヤは目をスっと瞑ると、自分の裸体に、かつての皇族が着用していた平服を造成させ、身にまとう。その姿、何かの祭祀に着用する法衣のような雰囲気の着衣であった。デザイン的に言えば、正直かなり古いものだ。だがそれ故に優雅で優美でもある。

 彼女は膝を折って平身低頭になる小さなニーラの肩にそっと手を置き


『そなた。身共に対して、そこまで頭を垂れる必要はありませんよ』

『ヘ? そそそんな。ははーーー』


 まるで月曜夜八時なニーラ教授である。人生楽ありゃなんとやら。


『ウフフ、妾は写身。今は亡き故人の遺志に過ぎませぬ。そんな大したものではありません……ところで、妾を現世うつよに再臨させたのは、そなたですか?』

『は、はい! そそそ、そうでございますぅ!』


 さっきまでナヨ帝様に、『遠隔操作拒みやがって』とか、『ドーラコアパクリやがって』とか、『我侭フリュ』だの『へったくれ』だのさんざん文句抜かしてたのがこの有様である。

 だがニーラ教授の驚いているのは、ナヨクァラグヤ帝が、仮想実体化した事もさることながら、よりにもよってガーグ・デーラの技術を流用し、ティ連で禁止されている技術を使って再誕している事である。

 なおかつその禁止技術にここまでの可能性。つまり生体を仮想実体化させるほどのポテンシャルがあるとは思ってもみなかった。これはティ連科学的にも、ある意味久々の大発見になるかもしれない出来事だったりするのかもしれない。

 いかんせんティ連では仮想生体の技術は、仮想生体兵器禁止条約の影響もあって、あまりその研究が進んでいない。なので今ここにいるナヨ帝ほどの完成度が高い仮想生命は初めて見るものなのだ……逆に言えば、もしガーグ・デーラがティ連の科学技術を本格的に入手してしまったら、この兵器化されたナヨ帝クラスの仮想生命を投入してくるかもしれないということもできる。

 更に言うなれば、今このナヨ帝のニューロンデータが『我思うに我あり』なのかどうか……つまり重要な点はそこなのである。


『お、恐れながらフリンゼ……』


 ニーラはもうパニック寸前だったが、かろうじてこの問題に対する彼女の思考が、パニックに『陥る』ところを直前で食い止めていた。


『ですから、妾は恐れられるような者ではないと言っておるでしょう、小さき科学者よ。主、名は何と申す?』

『は、ふぁい……ニーラ・ダーズ・メムルと申します。フリンゼサマ』

『ふむ。あいわかりましたニーラよ……ふぅ、とにもかくにも、どこか落ち着いて話せる場所はないですか?』

『はは、ハイ……えっと……』


 ニーラはみんなの方へ目配せすると、諸氏ハイハイとばかりに、ソファーやらなんやらと持ってきたり、造成させたり……医療室にとりあえずの応接間をこしらえて、ともかく座って話そうという事に相成る。

 一息入れるナヨ帝。彼女は医療室全体をぐるりと見渡すと……


『ニーラよ、今の時、妾の本体が逝って幾許の時が流れたのですか?』

『は、はい、えっと……』


 ニーラは地球時間に換算して約、一〇〇〇年以上経っていると教えてやる。

 やはりナヨ帝は、噂に違わぬ優秀な科学者だ。医療室の設備を見てそれぐらいの事を察したようだ。そして何よりこのナヨ帝は、自分がニューロンデータであることを自覚しているところがすごいとニーラは思った。


 彼女も色んなニューロンデータを見てきた。実際、フェル両親のニューロンデータ出力調整も、一度フェルに依頼されてやったことがある。それでも、出力されるVMC造成体は、まるで意思のあるような対応をするにはするが、あくまでそれは超高度な可能性の出力であって『自我』と呼べるようなものではない……そう、ティ連の科学から見れば『限りなく自我を持つに近い人工知能型のシステム』なのである。それは『我思うに~』ではないのだ。実際、その出力結果は、先の柏木がイゼイラに来た時、フェル両親のニューロンエミュレーションを見た通りのもので、自分達が『ニューロンデータである』と自覚できるような出力はしない。

 ここが、このナヨ帝のニューロンデータと大きく違うところなのであり、ニーラがびっくりしているところなのである。

 無論人工生命体由来のサマルカさん達もニーラと同じような感想を持っていた。なんせ自分達自身が、大昔はそうだったのだ。だが流石に、かような『故人の頭脳データ』となると、サマルカ人も驚かざるをえない。それは彼らとは、かなり違う『ケース』だからである。


『そんなにも……そうですか……で、精死病はどうなりましたか?』


 そんな事も尋ねる。やはりフェルや柏木に会ったことは覚えていないようだ。ここでも並行世界の掟は有効なのだろう。確かに彼女のシステム自身がもし当時の柏木達がいた並行世界に行ったというのであれば、その記憶は封印されてしかるべきだ。何か別のシステムに、タイムリミット内で記録することができなければ、その時の記憶を確認することもできないだろう。

 ニーラはそれを察し、ナヨ帝に精死病の進捗を教えてやる。柏木が行った『カグヤの帰還』作戦の事も……


『……なんと! ヤマトノクニと国交を持ったのですか! イゼイラは!』

『は、ははは、はい。(あ、そうか、フリンゼは並行世界にいたから記憶が……)』

『そ、そうなのですか、ヤマトノクニと国交を……そうですか……そうですか……』


 口に手を当てて感慨深げに涙するナヨクァラグヤ。で、ニーラ教授はそこへ更にトドメの一言。


『あ、フリンゼサマ。それで今、ここは……そのヤルマルティアなんですよ』

『グズ…………?? ヘ? 今何と?』

『え? ですから、その『やまとのくに』が、ティエルクマスカ銀河連合に加盟するので、その調印式のために、今『やまとのくに』にきているんですよ』

『ヤマトノクニが……ティエルクマスカ連合に……加盟、ですか?』

『ハイ。えっと、フリンゼは、「カシワギ・マサト」という人物と、「フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ」という人物を覚えていませんか?』

『カシワギ・マサト……カシワギ・マサト……フェルフェリア……フェルフェリア……』


 ナヨクァラグヤは、何かを検索するように目を細め、瞳をクリクリと動かす。しばし後、ハっとするように何かを探し終えたのか……


『そのヤマトの者の名は、バッファにあります。イゼイラ人フリュの名も……私はその者を知っているようですね……』


 何と、柏木の事を、覚えていたようである。流石はナヨ帝のニューロンデータである。そういった記憶の掟を回避させるため、こちらの世界へ帰ってきた時にどこかのバックアップエリアをハッキングして、そこに柏木とフェルの記憶を逃したのだろう。どうもそれを見つけたようである。


 ニーラは、その二人が出会い、結婚し、日本を連合加盟させるまでに頑張ってきた事をナヨ帝に教えてやる。そしてフェルが、ナヨ帝の子孫であるという事も。


『はい、その記録も退避データにありました。今、記録を妾のメインメモリーバンクへ融合させました。わかりますヨ。段々思い出してきました……そうですね。ええそうです。そうでしたね……』


 ここが『システム自我』ともいうべき存在のすごいところだ。

 リアルな知的生命は、かように記憶を記録しても、記憶からなくなってしまえば、いくら記録を録っていても「実感」というものがわかない。

 「そういうことがあったのだ」という事実を認めることはできるが、実感が無い。それはまるで酒をアホみたいにかっ食らって、次の日にその時のこと何も覚えていないのと同じようなものだ。

 だが、かようなシステムだと、記録を記憶として融合させることが出来る。従って、今記憶はなくとも、このバックアップで、完璧ではないにしろ、当時の「体感」をナヨ帝は思い起こすことができるようになるのだ。


 彼女は、それまで少しフェルみたいなホエホエ感のあったナヨ帝から、何か遠い目をする深い表情を持つナヨ帝に雰囲気が変化していく……何かのスイッチが入ったかのように……

 しばし無言のナヨクァラグヤ。そしておもむろにニーラヘ語りかける。


『秀でし科学者ニーラや』

『は、はい!』

『妾は、そのカシワギと申すヤマトの者と、フェルフェリアに会いたい。なんとかなりませぬか?』




 ………………………………




『初メテオ目ニカカル、カシワギダイジン』

「こちらこそ初めましてガッシュ総統閣下。お顔は資料で拝見させていただいておりました」

『ウム、シエガ色々ト世話ニナッテイルヨウダ』

「はい。いやぁ、ハハ、まさか貴方がシエさんのお父上だとは……」


 柏木大臣。カレー祭り会場で、シエパパなガッシュ総統とカレー会談であった。

 ガッシュが柏木に会ってみたいというので、シエがこの会場まで連れてきたという寸法。

 んでもって、ガッシュを柏木とフェル、サンサに押し付けて、自分は多川とデートしているとう感じ。

 なんだかなぁと苦笑いな柏木達三人。


 実は柏木、もちろんといえばもちろんだが、ガッシュ総統の顔は知っている。無論それはティ連の外交資料を見ての話なのだが、漠然と『ガッシュ総統』という感じでしか覚えておらず、その後の『ジェイド・ロッショ』という名までは記憶していなかった。

 まさかシエの父親だなどとはゆめゆめ思わなかったので、驚くと同時にシエと多川の関係に色々思うところがあったり。

 そして、フェルにちょっと文句を言う柏木。


「ふぇるぅ~、シエさんがこんな方のお嬢さんだなんて聞いてないぞぉ~」

『ダッテ、シエとの約束なんだモン。絶対言っちゃダメダという、しんゆー同士の約束なのでス。こればっかりはマサトサンにも言えなかったデス』


 と言ってはいるが、フェル的にはそんなのは別段取り立てて気にするようなこともないので、案外柏木に言うのを忘れていただけだったり。


「ってか、シエさんがそんなお嬢さんで、フェルがフリンゼ様だろ? なんかヤルバーンってVIPばっかり乗ってるんじゃないのか?」

『それはタマタマですよマサトサン。ガッシュオジサマは、私のファルンとマルマが亡くなってからも、私の身を案じて、シエの手を引いてよくお城に遊びに来てくれました。その時、シエがお姉さん代わりに私とよく遊んでくれたですヨ。私はヨク知らないのですが、ファルンとマルマは、ガッシュオジサマと親友だったソウです』

「じゃぁそうすると、シエさんとは幼馴染なんだ。フェルは」

『ハイです』


 なるほどねと柏木は思った。

 ハタから見ても、シエとフェルは、仲がいいのか悪いのかそんな感じな雰囲気が多々あった。

 でも、お互い信頼しきっているようなそんな感じで、どことなく『姉妹』の雰囲気があった。

 で、そう聞かされると納得の柏木。


『サンサモ、ココマデゴ苦労ダッタナ。オマエガイテクレタオカゲデ、フリンゼモカヨウニ立派ニナッタ』


 横でカレー食ってたサンサも、ガッシュのその言葉に恐縮しまくりで


『光栄の至りで御座いまス、ファーダ・ガッシュ。シエサマや、ファーダ。それにルメアサマが支えてくださってこそで御座いマス』


 ルメア。これはシエのハル。つまりシエママの名前である。『ルメア・ナンナ・ロッショ』という。


 そんな風な話をしつつ、ガッシュもカレーを喫飯しつつ、なんとなく団らんな感じ。

 柏木はガッシュから、多川にもあったということを聞かされ、驚くやらなんやら。でも自分が総統という国家元首であることは、気を利かせて話していないという。ダストールの名門な政治家ということにしているのだそうだ。


「いいのですか閣下。そのあたり、多川さんに話さななくても」

『別ニカマワンヨ。ドウセ私ノ任期モ、モウスグオワリダ。ホットイテモ普通ノ政治家ニナル』

「そうなのですか」


 そう、ガッシュ総統の総統任期は、地球時間であと半年ほどらしいのだ。従って、別にその事を多川に言わなくても問題はないという。


『デモ、ヤルバーンガ、ハルマニ到着シテ、私モ色々報告資料ヲミセテモラッタガ……』


 そういうと、ガッシュはおもむろに席を立ち、少し離れて柏木をクイクイを手招きし


『(テッキリ、シエハ、柏木大臣トクッツクトオモッテオッタガ)』

「(うわ、総統閣下やめてくださいよ。フェルに聞かれたら二人ともえらい目に遭いますよ。いやマジメな話)」


 サンサの横にいるフェルを見ると、無論何かを察しているのかギロ眼で二人を見るフェルさん。

 席に戻ると柏木の耳元で


『マサトサン……』


 そう一言言った後、切れ長金色瞳な細い目で、マサトサンをジーーっと見るフェル。とてもその視線が冷える。


「なんでもないなんでもないってぇ~」


 必死で宥める大臣。そのサマを見て、大笑いのガッシュ総統とサンサ。なんともはやである。 


 と、そんなアホな話を一国の国家元首とやっていると、シエと多川がフェル達の席めがけて走ってくる。しかもその走りが尋常ではない。シエに至っては、完全に魚釣島事件時に見せた体術全開の走り。

 多川も他の観客に当たりながら、片手で「スンマセン」と拝んでシエの後を追う。


「ありゃ? シエさんに多川さん、何やってるんだ?」


 ガッシュやフェルにサンサもキョトンとした顔でシエ達を目で追う。

 暫し後、息せき切らしてシエが……


『カシワギ! オマエ、ヤルバーンカ、ディルダー・イゼイラカラ、何カ連絡ハアッタカ!?』

「は? いえ? 何も……なぁフェル」

『は、ハイです……って、シエ、一体どうしたデスか? そんなに慌てて……』


 多川もシエに追いついてゼーゼー言っている。相当なダッシュで来たようだ。


「柏木さん、フェルさん……とにかくみんな、大変だ」


 するとガッシュも訝しがり


『タガワ、ドウシタトイウノダ。シエモ……ソンナ尋常ナラザル顔ヲシテ』

『ナニヲイッテイルンダ、ターリィ。今ティラスカラ緊急ノ連絡ガアッタノダガナ。キイテオドロケ、カシワギ。実ハ……』


 とシエが話そうとすると、柏木のスマートフォンが着信音を鳴らす。相手は……


「あ、ちょっとお話中すみません。総理からだ……」


 シエがこの間の悪い二藤部の電話に「チッ」と舌打ちして、体を半回転させ向こうを向く。

 だが彼女としては(この状況でニトベからということは……)という感覚はあったので、口をへの字に曲げて柏木の電話対応を見守る。それは多川も同じような感じだった。


「はい柏木です。総理、お疲れ様です……え? いえ? まだ何も。今シエさん達も慌ててやってきたのですが……はい……はい…………え……ま、まさか……ほんとうですかそれ! すごいじゃないですか! ええ。ええ。え? 実体化? 仮想生命体って……はぁあぁあぁぁ? 本当ですか! はい。はい。わかりました。もちろんです! ええ、フェルも連れていきます。はい。わかりました。では現地で」


 プっとスマートフォンを切る柏木。

 シエと多川は、その会話内容から余裕で何を話していたか察した。


「シエさん、多川さん……貴方がたの血相変えてきた内容ですが……いまの話ですよね?」

『アア、ソウダ……トンデモナイ事ダゾ』

「そういうこった……シエ。話が伝わったみたいだから、俺は大見二佐んところへ伝えに行ってくる」

『アア。タノム、ダーリン。私ハ一度カグヤヘ戻ル』

「わかった……ではお義父さん。私はこれで……」


 多川はガッシュを『お義父さん』と呼び、ダッシュで特危カレーブースへ走っていく。

 ガッシュはその呼称にまんざらではないようで、『ウム』と大きく頷いて微笑し、多川を見送る。

 シエも、素早くもセクシーな動作でカグヤへ戻っていった。 


「ンデ、ソレハソウト、一体何ガアッタノダ? サッパリ状況ガノミコメナイノダガ」


 ガッシュは腕組んで、カレースプーンを指示棒代わりにピラピラさせて問う。

 フェルやサンサも同じような感じ。

 柏木はフゥと一つ吐息すると、両手を内側にピラピラ振って、諸氏に顔を貸せという。

 みんなテーブルに顔寄せあうと、柏木が小声で話す。


「みなさん、落ち着いて聞いてください……特にフェル」

『? ワタクシ、ですカ?』


 コクコク頷く柏木。


「実はですね……ナヨクァラグヤ帝ニューロンデータのコード解除に成功したそうです」


 そう柏木が言うと、三人一瞬の沈黙。

 どんどんと顔が驚きの表情に変わっていく。


『ママ、まさかニーラチャンが?』

「ああ。とうとうやったらしいよ」

『それはすごいです! ご先祖サマが亡くなって以降一〇〇〇ネンの間、だれも解除できなかったノニ……』


 そう。カグヤの帰還作戦で一時的に解除できたが、あれもどっちかというと一時的なもので、帝の方から出っ張ってきてくれたといった方がいい。実際すぐにまた沈黙してしまった。


『女帝ナヨクァラグヤ・ニューロンデータノ解除カ……話ニハ聞イテイルガ、ソレガデキレバ、帝ノデータニ、精死病治療法ノデータヲ検証サセルコトガデキルノダッタナ』

「はい、という話ですが、私も難しいことはよくわかりませんので」

『しかシ、それだけのことでケラー・シエ程のお方があそこまで驚くモノでしょうか?』

「いえサンサさん。それがですね……ナヨクァラグヤ帝さん……仮想生命体として復活しちゃったらしいんですよ……」


 その言葉を聞いて、キョトンとするこれまた三人。

 仮想生命体といえば……毎度おなじみのガーグ・デーラさん家のドーラさんだが、なんのこっちゃと。

 ナヨ帝は、どうやら先の『はぐれドーラ』事件でシエ達が入手したドーラコアの残骸をスキャニングして、その構造を学習し、仮想造成ではあるが、自らを仮想生命体として実体化させたそうだと諸氏に話した。


 すると三人は、大声もあげず、ポカーンとしてその話を聞く。


「ということで私とフェルは今すぐに、そのディルダー・イゼイラに行きます。どうも話では先方さん、私とフェルに会いたがっているという事でして」

『ファ? エ? モしかしてご先祖様ハ、あの世界でのこと覚えていらっしゃるのデスか!?』

「いや、そういうわけではないらしい。詳しくはわかんないけど、やはり俺達と同じであの時の記憶が消える前に、どこかに記憶を記録していたみたいだな」

『ナルホド……』


 そんな話をしていると、ガッシュが


『ナルホドヨクワカッタ。トニカク一大事ダ。早ク船ヘ行ッタホウガ良イ』

『ソうですよフリンゼ、ファーダ……ファーダ・ガッシュは、私がお世話いたしますカラ』

『スマヌナ、サンサヨ』

『イエイエ何をおっしゃいますやら。お安い御用でゴザイマス、ファーダ』


 ではと柏木、フェルも席を立ち


「すみませんガッシュ閣下、サンサさん。せっかくのお祭りなのに」

『ゴめんなさいオジサマ。サンサ』

『何をオッシャイますか。私もニホン国第二大使館の職員デスわよ。さ、お急ぎに……』

『ウム、オソラク、サイヴァルヤマリヘイルニモ話ハ行ッテイルダロウ。イザトナレバ私モ何カ手伝オウ』


 ということで二人は一礼し、カグヤから転送で一旦ヤルバーンヘ、そしてディルダー・イゼイラへと向かった……




 ………………………………




『ヨうこそ我がディルダー・イゼイラへお越しくださいました。ファーダ・カシワギダイジン。それとフリンゼ・フェルフェリア』


 ディルダー・イゼイラへ転送移動した途端、転送室にはディルダー・イゼイラ艦長とその参謀が最上級敬礼で出迎えてくれる。

 フェルは言うに及ばず、柏木は今やイゼイラでも超VIPである。知らない人などいない。


「これはご丁寧に艦長」


 丁重な出迎えに恐縮する柏木。


『ケラー艦長。ファーダ・ニトベ達は?』

『はいフリンゼ。もう既に迎賓室の方へ』

『げ、迎賓室……ですカ!?』

『は……あのお姿を見ればそうもなりまス。とにかくコチラへ。ファーダも……』


 艦長に案内されてフェルと柏木は、参謀らと連れ立って本船迎賓室へ。

 迎賓室の前には、重力子ランチャーを構えた精悍な護衛兵士が連なって部屋を警備し、固めていた。

 これもおかしな構図だ。ディルダー・イゼイラは中央艦という戦闘も行える船だ。その中にこれほどの厳重な衛士が重力子ランチャーを構えて警護しているということは……その意思としては、決してこの中にいる人物を守っているという風ではない。むしろ外に出さない為といってもいいだろうか……しかし迎賓室である。最上級の敬意をもって接しているということでもある。


(やはり……警戒もするか……)


 柏木は少し渋い顔。フェルも同じように思っているようだ。


 柏木一行の顔を衛士が確認すると、バっとティ連敬礼を姿勢正しく行って道を開ける。

 イゼイラ調度品で飾られた広い迎賓室に入ると……奥の席に、ニーラとサマルカ人数人。少し距離を置いて二藤部や三島ら内閣府スタッフに大見ら八千矛精鋭の護衛自衛官。そして医療スタッフと共にいるは……


「カシワギ? フェルフェリア? おお! 長いぶりじゃな!」


 古語な日本語で、柏木とフェルを見つけてパァと明るい顔をするは……ナヨクァラグヤだった。


「な、ナヨククァラグヤ陛下? ほ、本当に陛下ですか?」

『ナにか日本語が変ナノですが……』


 柏木とフェルが思う疑問――並行世界で彼女と出会った。つまり彼女も少なからず並行世界にいた。しかし彼女は自分達をどうも覚えている。それはおかしいのではと。

 更にフェルさんが思う疑問……なんじゃこの日本語はと。


「あたりまをえないだろうゃ。よく感じて織るよ。」


 ニッコリと笑うナヨ帝サマ。もう国家予算級の笑顔だ。美人もいいところである。そして笑ったところがフェルによく似ていた。思わずポっとなる柏木大臣。

 横で見るフェルさん。ボールペンの先を柏木のケツに……


「いでっ!! ふ、フェル!」


 向こう向いて「ピ~プ~♪」とフェルサン……ご先祖様相手にも容赦無し。

 そんなフェルを見て、ナヨクァラグヤ。クスクス笑い


「フェルフェリアも元気を染まって何よりしゃか。情報をバンクで知っ誰の、柏木のかと添い遂げたがよくだな。心惹かれとえる。」

『え? あ、何と言っているのか……エット……』


 フェルは自分のゼルクォートをポンポン叩く。調子悪いのかなと。


「ははフェル、そうじゃないよ。陛下の仰っている言葉が古い日本語なんだよ。要するに俺とフェルの結婚おめでとうって仰って頂いてるんだよ。」


 柏木は今の言葉の意味をフェルに教えてやる。


『ア、それは……お言葉有難う御座いますフリンゼ……』


 最上級敬礼で返すフェル。さすがに御大の前ではホエホエモードは封印である……多分。


「私達はなんとか理解できますが、かなり語意が違いますからね……陛下。イゼイラのお言葉で結構ですよ。ゼルクォートは日本……いえ、大和政府の職員は今みな持っておりますので」


 するとナヨクァラグヤは「ウン」と頷いて目を少し瞑る。

 ナヨ帝のPVMCGは頭部内蔵型なのでそんな感じ。


『コれでよいかえ?』

「はい、よく理解できます」

『うむ。では改めて……久しぶりですねカシワギ』

「は、あの時はお世話になりました陛下……といっても、ハハ……もうすっかり記憶からはなくなっていますが」

『それは詮無し事です。それでもあの時は、色々ありましたね』


 ナヨ帝の差し出す手を両手で握る柏木……その握った瞬間!


「!!」


 柏木は驚愕した……手が温かいのだ……フェルもその手を握ってびっくりしているようだ。

 フェルとしては、両親の仮想造成体感覚で見ていたのだが、明らかに違う。

 その触感から何から、完全な『肉体』である……目を丸くして柏木と顔を見合わせるフェル。


 柏木は、今この厳重な警備体制の意味するところを理解した。

 そして二藤部達が少し距離を置いて、イマイチ表情が訝しがっている意味も理解した……

 確かにこの存在は『生命』だ……しかし仮初の命『仮想生命』である。

 柏木の知識にもある『ガーグ・デーラ』の技術だ……


『カシワギよ……』

「え? あ、はい何でしょう陛下」

『うむ……どうも妾は妙に警戒されているようですが、その理由わかりますか?』

「あ、はい。そうですね……フェル、きちんと説明して差し上げたほうがいいよな」

『ソウですね……オソラク、フリンゼの生きた時代的に考えてもわからない事だと思いまス。ここは私から説明しましょウ』

「当事者だしな。頼むよ」


 フェルは、今ティエルクマスカ世界と敵対する勢力の話をナヨ帝にした。

 そして今、帝の体を構成している技術が、その敵対勢力の技術で、ティエルクマスカ世界でもできないことはないのだが、その危険性故に禁止されている技術であるということも。


『!!……そ、そうだったのですか……確かに、現在のティエルクマスカ世界に何らかの敵対する存在がいるということは、情報バンクのデータで知ってはいましたが、この素体がまさかその勢力の技術だったとは……』


 さすがにナヨ帝様も、この話を聞くにティ連防衛総省の軍事機密情報まではハッキングできなかったようだ。通常ガーグ・デーラ関連の情報は、ほとんどそこにある。

 だが、間の悪いことに例のドーラ・ヴァズラーのコアは、シエがヤルバーンに一旦持って行っていたので、通常セキュリティな保管庫に保存してあったのだ。所詮は残骸で、すぐにヘストルらに引き渡す予定だったので、高度なセキュリティをかけた保管庫に保存していなかったのである。そこをナヨ帝サマはハックしてしまった。


『う~む……そういう事ならこの素体。廃棄したほうがいいのやもしれませんね……残念でス。この技術、気に入っていたのデスが……』


 ナヨ帝も、ここまで素晴らしい仮想生命を造成できる技術は見たことがなかったので、現世に再誕するにはうってつけな技術だと思ったのだが……彼女とてティエルクマスカ世界を愛したナヨ帝の遺志である。そういう理由なら、この体も捨てねばならないかと……


『その必要はありまセンヨ!』


 大きな声でそう言いながら、早足で迎賓室に入ってくる人物二人……マリヘイルとサイヴァルだった。

 二人はナヨクァラグヤの御前で跪いて敬礼する。


『そなた達は……今のティエルクマスカ世界を束ねる……マリヘイルとサイヴァルですね』

『ハイ、フリンゼにおかれましては、再誕おめでとうございます』

 

 マリヘイルが恭しい声でそう言うと


『フリンゼ・ナヨクァラグヤ。イゼイラ国民はこの報に歓喜するでしょう。おめでとうございます』


 サイヴァルも左様にそんな感じ。

 だがナヨクァラグヤも再度「自分は写身にすぎない。そんな偉い存在ではない」とかえって恐縮しているようだ。

 ただナヨクァラグヤ帝のニューロンデータが起動されること。これはティ連世界にいる八割のナヨ帝信奉者からすれば、そりゃそれこそ歓喜もいいところだろう。

 だが、当の本人はナヨ帝の記憶と感性と遺志ではあるが、本人ではなく写身だと強調している。つまり『限りなく本人に近い別人』だと自覚しているよう。

 その様子を観察する柏木……やはりこのニューロンデータ。ナヨ帝だけの現象なのかどうかはわからないが……我思うに我があるのか……と。


 マリヘイルは、ナヨ帝のニューロンデータコードが解除され、しかもあまつさえ仮想生命で、ドーラ技術の「模倣」ではあるが、姿形を伴ってかように再誕した事は素晴らしいことだと言い放った。

 ドーラ技術を模倣したことなど些細なことだと。我々の技術でもやろうと思えばできることなのだから、別に構わないではないかと。


『……だっテそうでしょう? 別に兵器が生まれてきたわけではナイのですから。それに……』


 マリヘイルは、連合元首として現実的な話をする。それは、ナヨ帝の協力があれば、ガーグ・デーラの某かを解明する事ができるかもしれないと。


『よろしいですね? サイヴァル』

『ああ、了解だマリヘイル……艦長、警護を下がらせたまえ。大丈夫だ』


 ということで、ようやく解放されたナヨクァラグヤ帝。

 マリヘイルとサイヴァルは、少し離れて状況を伺っていた二藤部たちを招き、ナヨ帝に紹介する。


「ヤマトノクニの宰相? それは恐悦至極でごさゐはべり」


 思わず日本語で二藤部達や三島らに敬礼するナヨクァラグヤ。二藤部達も握手するが、やはりそのリアルすぎる度を超えた仮想造成体の出来に驚いているようだった。 

 そんな感じで少々外交タイム。

 柏木はニーラの方を向いて「ちょちょちょ」と手招きをする。ニーラはトテトテと柏木の方へ寄ってきて……


「ニーラ教授。あのナヨ帝サマのニューロンデータ……完全に自我を持っていますよね……」

『ヤッパりふぁーだもそう思いまスか……実は私や、あそこのサマルカサンもそれに対して驚いていたのデスよ……』


 なんでも、ニーラがいうには、サマルカ人の提案で、先の医療室でサマルカ人が種族を増やす際、計画生産でクローン体を作る時、出来上がった同胞に『自我チェック』というものをかけるそうなのである。

 自分達がかような歴史を持つ種族なので、やはりクローン体の中には、自我が芽生えない者も何パーセントかはあるそうだ。そういった者は、相応の施設へ送って自我を呼び覚ませる訓練を施すなりするそうなのだが、それはともかく、そのサマルカ式の自我テストをナヨ帝にかけたところ、余裕で合格したという事なのだそうである。


『……トイウコトなので……私が思うに、ナヨクァラグヤサマのニューロンデータの特殊性が、こんな現象をおこしていると思うんですぅ』

『特殊性?』

『ハイ、フェルお姉さま……ナヨクァラグヤサマのニューロンデータって、フェルお姉さまのご両親のような感じとは違って、トーラルシステムのハードウェアと一体化になっているんです』


 ニーラが言うには、一般のかようなニューロンデータは、所謂高度なメモリーに蓄えられた故人の情報というソフトウェアを再生装置にかけてニューロン構造に則った形で再生させるだけという事なのだが、ナヨクァラグヤ帝のニューロンデータは、専用に作られたトーラル型システムに一体化されたソフトウェアという形で乗っかってるので、普通のニューロンデータとは違うということなのだそうな。

 そう言われると確かにそうだとフェルもハタと気づく。ニーラの話に頷いて納得。


「なるほどね……小型とはいえ、専用のトーラル型システムを一つ専有しているニューロンデータか。ならば納得もできるか……」


 なぜ彼女はそんな形で自らのニューロンを保存しようと思ったか。その理由は当の本人に聞けば一番良いのだろうが、そんな話は後回しでもいい。


 ということで、ナヨクァラグヤ帝の扱い。

 第一に、本来イゼイラの国宝とでもいうべきニューロンデータであるということ。

 第二に、人格を持った、仮想とはいえ生命であるということ。

 この点を踏まえて、イゼイラの市民権を発行するということで、サイヴァルが議長権限で命を下し、即座に実行された。

 本件の公表に関しては、とても喜ばしいこととして、マリヘイルとサイヴァルが即事象データで公開に踏み切ろうとしたみたいだが、柏木とフェル。それと日本政府陣が待ったをかけた。


『……公開をやめたほうがいいと? それはどういう理由からです? ミナサン』


 マリヘイルとサイヴァルが異な事をと疑問を呈す。

 

「恐らく、みなさんはその歴史上経験したことがないと思いますが……もし今、ナヨクァラグヤ帝の、この雄姿をイゼイラ、そしてティエルクマスカの人々が見たら、『創造主様が復活したぁ~』とかいう話になって大パニックを引き起こしますよ」

『……』

「それでなくても今……まぁ私達も無関係ではないですが、聖地ニホン国の発見に、カグヤの帰還作戦の成功。日本や地球の発達過程文明や科学の流行と、私が言うのもなんですが、そちらの文化にも相当なカルチャーショックを引き起こしています。そんな状態で……ハハ……帝の存在をそちらの国民が知ったら

……パニックどころの騒ぎじゃなくなりますよ」


 そう話すと、後ろで聞いていた二藤部や三島も追随して


「そうです両議長閣下。そういう点、私達地球の歴史を参考にしていただきたい……創造主の復活。この地球風に言えば『神の降臨』に近い現象です。絶対に良い結果をもたらしません」 

「そうですな。考えるに、帝さんの狂信的な輩が、今回の事象を利用して、テロやらなんやらを起こすっつー事の可能性も考えられるでしょう。将来的な話はともかくとして、今は伏せておいたほうがいいんじゃねーですかい?」


 三人の言葉に腕を組んで考えこむサイヴァルとマリヘイル。

 するとナヨクァラグヤも……


『議長、ソウリ大臣御方の言。妾もその通りだと思いますよ』


 と三人の意見に同意を見せる。彼女もかつての大和で色々経験したことのある身なのだろう。そういう経験もあるのかもしれない。

 いかんせんティエルクマスカ世界には地球のような神仏宗教というものがないのだが、あえていえばこの創造主信奉がそれに近い。ただ彼らの創造主信奉は実在が明確化している人物であり、所謂神仏のようなものとは違う。


「私達は、かような経緯でナヨクァラグヤ陛下が再誕……この再誕という言い方もどうかと思うのですが、とにかく人格を得て誕生した経緯を知っているからいいですが、それを知らない人々が、結果だけを聞いて伝聞でこの現象を伝えたら、おひれはひれ付けて事実が歪んで伝わり、良くない『伝説』が生まれかねません。それだけは避けないと」


 柏木のこの言葉で、二人も納得したようだ。


『確かに……その言葉、一理ありますな……当面事が落ち着くまで緘口令を敷いたほうがいいか。なぁマリヘイル』

『ソウですね。驚きと嬉しさにまかせて、理性を失うところでした。流石はケラー達です。確かにその言葉、大いに言えますね……』


 流石はティエルクマスカの人々。こういうところは理解が速い。


 

 ……ということで、とりあえずかような形でティエルクマスカでの市民権を得たナヨクァラグヤ帝。

 だが、彼女自身がある提案をしてきた。


『サイヴァル議長』

『は、何でございましょうフリンゼ』

『いえ、そのフリンゼなる敬称ですが……妾は逝去したナヨクァラグヤ帝の『遺志』であって、本人ではありませぬ。即ち限りなく同一人物であって別人。その「フリンゼ」や、ヤマトの方々が申す「みかど」という呼称、何とかなりませぬか? 何かと誤解もありましょう』

『は、はぁ……そう言われましてモ……』


 ふ~ムと頭をひねる諸氏。

 確かに帝位継承者は現在フェルさんである。なのでフリンゼ敬称を持つものが二人もいるというのもおかしな話だと相成った。

 するとフェルがある提案をする。


『デハ、ナヨクァラグヤサマは、私の親戚ということに致しましょう』

「い、いやフェル、親戚って実際そうじゃないか」

『そうじゃなくて、対外用の体裁ですよ。お名前も当面は……ナヨサンということで、ウフフ』

「ま、対外的にということならそれでかまわないか」


 しかしと三島が


「いや先生よ、こないだの記者会見でナヨクァラグヤ陛下の御身を堂々とさらしちまったんだぜ。この……なんというか……まぁいってみりゃ目立つお姿だけはどうにかなるもんじゃねーだろ」

「そこはそれ、三島先生。ポルさんのアレですよ」

「?……あぁ、あれかい。なるほどな」


 そういうと、ニーラがキグルミシステムのリソースをナヨ帝に転送する。

 目を瞑ってシステム構成を確認するナヨクァラグヤ。


『これは……擬態化システムのように見受けましたが……』

「ええ、そうです。元々はティエルクマスカの方が、日本で活動する時に、まぁそのですね。まだ異星の方に抵抗がある日本人に対応するため、種族を擬態させるために開発されたシステムです」

『なるほど。ではこう使えばいいのですね』


 ナヨ帝は自然にフっとその体色を真っ白から、一般イゼイラ人に見られる水色に変更させる。すると諸氏から「おおお~」と歓声が。


「うわ、その肌の色だと本当に面立ちがフェルそっくりだ……」と柏木。

「確かに……これは間違いなくフェルフェリア先生のご親戚ですね。はは」と二藤部。

「これはこれでなんともっつー奴だな。ふはは」と三島。


 とそんな感じでとりあえずはこれでいこうと相成った。

 んでもって、あの『妾』系の口調と日本語会話の古語口調だが……こればかりはどうにもならないとナヨ帝サンも苦笑い。もう染み付いてしまっているので勘弁してほしいと。


「はは、麗子さんみたいなのもいるんですから、いいんじゃないですか? これも個性です」

「ぶはは、確かにな。それもそうだ」


 柏木と三島が別にいいではないかと。


 まぁなんというか、めでたい事には変わりがない。ただあまりに予想外な事だったので、トンデモ状態だが……


『太陽系に来てから早々、はぐれドーラ事件ですか……そしてニホンへ来て早々、カレー祭りに、帝の復活……ホント、飽きませんわね』


 フゥという感じで微笑むマリヘイル。


『いやマリヘイル。カレー祭りとドーラ事件やこの件を同列に扱うのはどうかと思うぞ』

『あら、カレー祭りはティエルクマスカの食文化を変えますわよ。確実に……』

『ま、まぁそれはそうなんだろうが……ははは』

『それにサイヴァル? 貴方もケラー・ニルファとの再会があるでしょ? そこは否定できないのではなくて?』


 こりゃ参ったという感じのサイヴァル。いやはやという感じである。




 ………………………………




 また柏木達に新しい仲間が増えた。


 意外な形で、意外な存在だが、ある意味とてつもなく重要で心強い人材ともいうべき人物が仲間に加わった。

 ナヨクァラグヤ・ヘイル・サーミッサ……約一〇〇〇年余前の人物の遺志。そして写身で、また別人格。

 現在の地球人には初めての経験となる存在だ。

 死者が蘇生したというわけではない。死者の意識の複製が、自我を持って復活したのだ。

 ただ柏木は思う。

 人間の脳なんて言うのは、たかだか一二五〇グラム前後。純粋な記憶容量だけでいえば、デジタル換算で一四〇テラバイトとも言われている。しかし記憶容量だけで言えば、そんなものかという数値だが、これが人の『意識』『感情』を含めた『自我』を発動させるとなると……小型でもトーラル型システム一基分が必要になる。その一基の単位も、艦船搭載型システムに連結を必要とする単位の大きさだ。


 サマルカ人のような生体型人工生命を生み出した文明は、ある意味この事を理解していたのかもしれない。なぜなら、今のナヨ帝のようにマシンでかような自我をもつ人格を形成させるためには、ティ連の科学技術でもトーラルシステム一基分必要とされるのだということだ。したがって、サマルカ人を生み出した文明は「生体アンドロイド」という方向性で、高度なロボットシステムの製造を試みたのかもしれない。



『……で、ミナサマ。もうお話はオワリましたか?』


 一段落付くのを待っていたニーラ先生が一言。


『ハイ。ニーラ副局長。何か?』


 とマリヘイル。


『何だジャナイでしょう議長ぅ~……私が何のためにフリン……ジャナカッタ。ナヨクァラグヤサマのコード解析に必至で取り組んでいたと思っているんですカ!?』

『?……』と腕くんで考えるマリヘイル。でもって『あ。そ、そうでした! これはゴメンナサイね』

『もう!……』と、ニーラはほっぺを膨らませながら『ナヨサマナヨサマ。あの、お話があるのですが』

『はい。何でしょうニーラキョウジュ』


 ナヨ帝に『教授』と言ってもらえて嬉しいニーラ先生。


『あのですね。元々はナヨサマをこんな風におめざめさせた理由というのが……』


 ニーラは自分が導き出した精死病の次元変動数値の解析が正しいか、検証を手伝って欲しいためだとナヨ帝に話す。


『はい。承知していますよ若き科学者よ。その入力データ。全て私のシステムに記憶しています。あとは解析作業だけですね』

『は、はい!』


 ただ少し待ってくれとフェルが横から……


『ナヨクァラグヤサマ。あの、ニーラチャンが言っていた事なのですが……もしかして帝は精死病を患っていた時、飛ばされた並行世界では、精死病の治療法が確立されていた世界だったのではと、そんな事を聞いたのですが……』


 ニーラから聞いた話を真壁が報告書にして作成してやっていたのだ。当然フェルもそれを読んでいた。

 ナヨクァラグヤはコクンと頷いて……


『はい。その通りですね……と言っても妾にもその記憶はもうありませぬが、妾自身が記録した手記を記憶しています。確かにそう記憶しています。そして、当時のヤマトノクニで、その記憶を必死で書き写しました……良い思い出でした……妾が必死になる様を見て、ヤマトノクニの民も、フフ、妾が何をしているのかはわからぬ事だったとは思いますが、物を書く道具や、場所を提供してくれて、色々手伝うてくれました……』


 ナヨクァラグヤは、ニーラやフェルの問いにそう話し、自分の過去を語りはじめる。フェルはここまでの言を聞く気はなかったのだろうが、柏木や二藤部。三島の顔色が変わった……日本人にとっては、一〇〇〇年前の真実の証言だからだ。

 柏木は護衛で付いていた大見を手招きで呼んで……


「(オーちゃん。この話、記録撮ってくれ。一大事だぞ)」

「(了解だ……なんだか今日はとんでもない事だらけだな)」


 大見は部下に指示を出し、記録を開始させる。


 ナヨクァラグヤが、地球。そして日本で再び目を覚ました時、場所もどこかは、今でもよくわからないが、とある老夫婦の民家の寝具の中で目覚めたという事。

 そして老夫婦に色々と面倒を見てもらったということ。

 その時、自身がこの精死病の正体を理解し、その記憶に治療法の次元変動数値の式と解があったので、必死で記録を取ろうとしたこと。だが、老夫婦と村人が一生懸命脱出ポッドも持ってきてくれたのはいいのだが、予想以上に損傷しており、記録装置が使えなくなり、困り果てていたところへ当時は日本でも高級品だった筆や墨に紙を村人が用意し、提供してくれた事。


『妾が必死になって書き留めるその文字や記号……ふふ、婆や、爺は、不思議がっていましたが、何か有難いものだとでも思ったのでしょうね。いつのまにやら村人がこぞって手伝ってくれていました……』


 するとそんな噂がいつの間にやら当時の中央政府にも伝わったのだろう、中央からも視察団のようなものがやってきて、ナヨ帝の姿を見て、彼らはびっくりしたらしくその場でひっくりかえってしまった。


 たちまちテンニョがヤマトノクニにやってきたという報が中央政府に伝わり、ナヨ帝は中央で相当なもてなしを受けたのだという。

 そこで当時の貴重な筆記用具も使いたい放題で、記憶の期限が許す限り、書きなぐったという話だったらしい。


「(こ……これは……とんでもない証言ですね柏木先生)」

「(ああ、こりゃマジモンで歴史がひっくり返るぜ……)」

「(はい。ここで止める奴がいたらバカですよそいつは。このまま話してもらいましょう)」



 ナヨ帝は続ける……


 丁度そんな感じで並行世界の記憶もなくなり始めた頃、いつの間にやらナヨ帝には、かなりの数の弟子ができていたという話。その弟子達に請われて、いつのまにやらイゼイラ数学や物理学を定期的に教えていたという……そんな生徒の中に、当時の皇太子がいたのだという。

 そしてその皇太子に誘われ、歌会やらなにやらと、色々と……言うなればデートに誘われて、他の貴族の生徒からもそんな感じで……


『自分で言うのも何ですが……妾は良くモテましたよ。ウフフ』


 ハイハイという感じで頷く諸氏。日本勢的には納得な話。あの物語と整合性がとれるからだ。

 

 ……確かに当時の日本。当たり前だが、イゼイラに比べれば豊かではない。衛生面でも未熟だし、食生活も豊かではない。

 ナヨ帝は、暇を見つけては病気で困っている人々の治療も行っていたという。

 脱出ポッドに搭載されていた医療用ハイクァーンキットと、ゼルシステムは生きていたそうなので、それを使って病に困っている人を結構な数救ったという。

 そして、ナヨ帝はもう帰国できないかもしれないと悟り、この自然豊かな美しい国で生涯を全うするのもいいかもしれないと思い始めていたそうだ。


『……当時の妾は、イゼイラでも「進歩派」「進化派」と言われ、現状維持が最良という派閥の一派からは相当に疎まれておりましたから、それも良きかなと……』


 いつの間にか、そんな感じで話が長くなりそうなので、医療局のスタッフがお茶を迎賓室まで持ってきてくれた……ナヨ帝の座談会状態だ。


 彼女は直接言及はしなかったが……弟子であった皇太子と良い関係になっていたという感じで、どうやら結婚も考えていたような、そんな口ぶりで話す。


 そんな平和な毎日が数年続いたそうだが、ある時、突如としてイゼイラの大部隊が日本に押し寄せて来たのだという。

 後で確認すると、脱出ポッドの通信機能が自己修復し、SOS信号を発信していたのだという。

 そして、彼女の居場所を突き止めた部隊は、当時の日本人を武力で威嚇してきたという話で、あきらかに現状維持派の差金だったのではないかと彼女は話す。

 皇太子も、当時の帝と共に戦うと言い出したのだが、そんなものかなうわけがなく、下手したら皆殺しにされかねないと、必死で皇太子や時の帝を説得し、抵抗するなと宥めたのだという。

 

 そして別れの時……

 ナヨ帝は帰国を拒否し、精死病の研究結果だけ持って帰れと訴えて相当抵抗したのだが、無論その部隊はナヨ帝救出が目的で、皇帝の勅命だったためにそんなもの聞き入れられるわけもなく、最後は薬で眠らされ、愛した皇太子とも別離の挨拶をすることもできず、維持派に半ば連行されるように連れて行かれたという話。

 話を総合すると、そんな経緯で遺したのが、皇太子に送ったというかの扇と、将来の誓いを込めた婚姻薬だったのだろうと推察できた。


 そのような経緯で、彼女が薬から目覚めた時にはもう帰国する宇宙船の中だったという。

 身命を賭して研究してきた精死病の文献も、維持派にとっては進歩派を勢いづかせる事になるということで、信ぴょう性のない資料としてイゼイラに持って帰る事を許されず、日本に放置される形でナヨ帝は帰国したのだという……そして彼女は後に『帝』という地位でありながら、国体と行政の大改革に踏み切った……以降は会談時の、サイヴァルが行った説明の通りである。



 壮絶な自分語りである。いかんせんニューロンデータの発言なので、正確さが違う。尋常ではない。

 諸氏、「フゥ」と大きく一呼吸し、そのスケールのデカイ話に圧倒された。

 これが……竹取物語の、大元の話『だったのかもしれない』物語の真実。

 今、エルバイラ記と、竹取物語という二つの世界を繋ぐ物語が検証された。


『ニーラや……妾のニューロンデータは、そういった妾の物語を解き明かしたものにしか解除できないようにプロテクトをかけました。即ちそれは……』

『それは?』

『精死病の秘密を解き明かした証です。よくやりましたね。ニーラハカセ』


 パァァァっと明るい顔になるニーラ。ナヨクァラグヤに思わず抱きつく。

 ヨシヨシするナヨ帝サマ。

 ただ、自分も全てを記憶していたわけではないので、ニーラが新たに行った研究結果と突き合わせての検証が必要だと彼女は話す。その検証が済めば、パーフェクトだと。


「これで、精死病は根治できますね、議長」


 柏木はサイヴァルにそう話す。


『はいケラー。もう何も言うことはありません……』


 お互いそれ以降無言で頷き合う。

 すると柏木はポンと手をたたき、何か思い出したように二藤部へ近づいて、耳打ちをした。

 無論三島もそのモショモショ話に混ざる。

 二藤部に三島は「エエっ!」という顔で柏木に何かを話している。まるで国会の閣僚席で内緒話するみたいな感じ。

 そんな会話の後、二藤部が微笑して、了解のポーズを柏木に取る。三島も小声で「先生もよくやるよ」と笑顔だ。

 

「陛下……あ、いえ、ナヨクァラグヤ様」


 柏木は二藤部の了承を得ると、ナヨ帝に近づいて頭を垂れる。


『何ですか? カシワギ。そんな畏まった物言いはもう良いですよ』

「はは、いえ。流石に大和の者としては、そうは参りません……で、御身をかように再誕させた、件の数式ですが……実はニーラ教授の努力だけではないのですよ」

『ほう、それはどういう……』

「実は、今の大和の国。ご存知の通り現在日本国といいますが、この国の天皇家や、旧宮家の方々で、帝の、先ほど語られた資料を現在まで大切に保管していらっしゃり、その資料提供を受けて、ニーラ教授が解析し、入力に至った次第です」


 横でニーラも柏木の言葉にウンウンと頷いている。

 

『え……今何と? 天皇家? 旧宮家? ま、まさかテンシサマが、この一〇〇〇ネン後の世界でもまだいらっしゃると?』

「はい、左様で……都は今現在の、この東京都という場所になりましたが、ここにやんごとなき方はおわします」

『トウキョウト……東の京? ま、まことに?……』


 ナヨクァラグヤの顔がみるみるうちに変わっていく。驚愕、感動、まさか。そんな想いが全て入り混じったような顔だ。それも当然である。この地球でも一〇〇〇年以上。伝説の世界も換算すれば二三〇〇年以上だ。そんな長い間、朝廷が続いている例など、世界中さがしてもない。

 もし、一朝廷の定義が『万系一世』だと仮定するなら、現在の日本国も、今以って大和朝廷と言い換えてもいいのである。なぜなら現在の日本、その歴史において一度も朝廷の代が代わったことがない。なので極端な言い方をすれば、語弊はあるが、まだ大和朝廷なのだ。



 しばし後、ナヨクァラグヤは、手を口に当てて嗚咽を漏らし泣き始めた。

 まさか現在まで、天皇家が存続しているなど、しかも万世一系で存続しているなど思いもよらなかったのだろう。

 学術的に確認できるだけでも一三〇〇年以上も余裕でそんな血統が残る家系など、宇宙中探してもそうそうない。

 ナヨ帝の感動はそんな長い年月。命をかけて自分の書き記した記録を、今以て残してくれていたという事。その一点につきる。そしてそれらを残してくれた理由は…………




 ………………………………



 その後……

 迎賓室での会談……になってしまった会合を終えて、ディルダー・イゼイラに自室をもらったナヨクァラグヤ。

 その部屋は立派なものだ。本船にある議長室並みの部屋を急遽作ってくれた。

 ナヨ帝は、あいも変わらずそこまでしなくても良いというが、イゼイラとしてはそう単純かつ簡単な話ではない。

 確かにリアルな【フリンゼ・ナヨクァラグヤ】ではないのかもしれないが、信奉者にとっては


【創造主・ナヨクァラグヤ】


 であることは事実なのだ。

 今は船全体。そして調印艦隊全体。日本政府にも緘口令が敷かれているが、それでもそう遠くない時期に、いずれこの事は公表されるだろう。

 従って、やはりそんじょそこらの人物と同列には扱えない。

 更に言えばトーラルシステムだ……トーラルシステムが、ニューロンデータに自我を与えた。

 この事実は流石に捨て置けないし、更に言えば、ガーグ・デーラの技術で彼女が出来ていることだ。この点を研究すれば、かの謎の組織の某かが判るかもしれない。


 そんないろんな思惑が、彼女の再誕と同時に出来てくる……




「逢ふ事も涙に浮かぶ我が身には死なぬ薬も何にかはせん……」




 自室で自分のプロテクトを見事に打ち砕いたキーワードを、ネイティブな日本語で口ずさむナヨクァラグヤ。

 聞けば、自分の大和で暮らした物語が伝聞になって世に伝わり、フィクションとして完成された物語の帝が詠んだ歌だという。

 この歌がフィクションか、それともリアルなのか、流石に今となっては分からないが、この歌の意。彼女には思うところ多々あるようだ。

 自らの本体は、より良き因果の世界を巡っているのだろうか?

 想い人と再び巡り会えたのだろうか?

 写し身が、こんな想いを抱く事に、少し不思議さを感じたり……ちょっと複雑な気分の帝様。


 地球の夜。そして日本の夜空が懐かしいナヨ帝。窓辺に立って、夜空を見上げる。

 あの時見た、白い月がポッカリと浮かび、薄い雲が少しかかる。

 



 丁度同じ頃、都内某所で同じ月を見上げる御老体。

 

「……では、そのように」

「はい。お待ちしておりますとお伝え下さい」



 恭しく頭を垂れ、去っていくスーツ姿の人物にかような言葉を残して椅子に座る方。

 いつもの白いジャージ姿の老体は、何を思い月を見上げるのか。



 今、日本から見える真っ白な月は、着飾るように綺羅びやかな光を纏っていた……




 

レナード・ニモイ氏に、哀悼の意を表して。

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