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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
73/119

―49― (中)

『……ここは、三宅島と大島の丁度中間地点に駐留する、ティエルクマスカ銀河星間共和連合 連合中央本部艦「ティエルクマスカ」とよばれる、非常に巨大な宇宙船内部にあります、大会議場から中継をお送りさせて頂いております……』


 日本放送協会。所謂NHKのレポーターが、厳かな声色で中継するは連合中央本部艦『ティエルクマスカ』からであった。

 他、日本の民放各社。海外の主要メディア。報道配給会社に此度は中継・取材が許可され、カメラの砲列が会議場に焦点を合わせる。


 一体何の中継かといえば、無論、日本国ティエルクマスカ連合加盟調印式典の中継だ。

 今回、総務省との折衝で、かように世界各国のマスコミが中継することを許されたのだが、それでも公式記者会見以外での、連合各国関係者へのインタビュー等個別取材は厳格に禁止されているので、各局も普段の調子でホイホイやってしまわないように対応マニュアル片手に此度の中継へ挑んでいた。

 その横では、ティ連各国からのボランティア広域報道員の人々。

 彼らは営利目的で取材はやっていない。個別インタビューなどはなからするつもりはない。

 しかしティエルクマスカ的な記録装置片手に真剣な眼差しで、この会議の様子を『記録』しているようだった。

 どこかの民放なレポーターが、イゼイラ人の広域報道員に同じマスコミの仲間という感覚でインタビューしようとすると、サっと平手で制され、断られていた。一言も応じてくれない。

 こういうところ、地球世界との違いを肌で感じる地球マスコミ各社。インタビューしようとした局のレポーターは、スッ飛んできた外務省の役人にメチャクチャ怒られてペコペコしている。


 ティ連の広域報道員は、純粋に撮って流すだけ。完全な中立なのだ。従って可能な限り正確な情報を収集しようと頑張る。なので全てを網羅させた映像を撮ることを重要視する。

 どこかの誰かみたいに、自分達の主張や、社のイデオロギーにとって都合の良いところだけをつまみ食いしようと思う概念自体がない。

 ましてや、あちゃらの政党機関紙や地方新聞のように、小さな事象をもっともらしく誇張したり、歪めたりするという概念自体が彼らにはない。

 少なくとも二万人を十一万人に数え間違えたり、のべ人数と、実際の人数の違いが理解できないということなど、彼らは決して無いのである。

 

 NHKのカメラは、まだ式の始まらないざわつく会場にカメラを向け、いろんな種族の容姿を撮影して茶の間へ流す。

 イゼイラ人はもとより、ダストール人にカイラス、パーミラ、ディスカール。

 サマルカ人とザムル族さんはもう、今や日本に限らず世界で話題沸騰だ。

 他には、現在加盟みなし国となっている、ハムール人も来ているようだ。

 彼らも鳥人種であるが、イゼさんとはまた違った意匠が見ていて興味をそそる。

 他にもいろんな種族がいる。柏木もまだ会ったことのない種族もいる。

 そんな種族が、この船の巨大な会議室へ一堂に会し始まりの時を待つ。


 NHKのカメラは、日本人席の一角を望遠で撮影する。

 するとそこに映るは『ティエルクマスカ担当統括大臣』の柏木真人。

 体格の良い、中年男性風のイゼイラ人と談笑しているようである……


「お久しぶりです。へストル将軍」

『おひさしぶりですケラー。また会えて嬉しい』


 固く握る握手。上下に振る幅も大きい。


『ドウですかな? ケラー。名誉特務イル・カーシェルの称号、存分に使っていらっしゃいますか?』

「なーにを言ってるんですか将軍。えらい称号くれたもんですから、私ゃティ連の軍事関係まで折衝担当せにゃならん羽目になっちゃいましたよ。どーしてくれるんですか」


 そう柏木が言うと、へストルは大声で笑う。


『ハハハハ! 結構なことではないですか。私としては願ったり叶ったりですがねダイジン』

「もーいいですよ……って、そうだ。あれからどうですか? 例の……」

『ガーグ・デーラですな?』


 ヘストルは、ちょっと真剣な顔つきになる。


「はい」

『ケラーも、もう知っていると思うが「ディルフィルドギョライ」の成功で、大分連中は大人しくなりました。もうあの次元溝が、奴らの独壇場ではなくなりましたからな』

「では、もうかなりという感じですか?」

『はい。今でもたまに散発的な戦闘はありますが、あのセルゼント州にあったタイヨウケイ方面ゲートで起こった、一連の戦闘ほどの事は、今のところありませんな』


 とはいえ、これもおそらく一時しのぎにすぎないだろうとヘストルは言う。

 連中もバカではない。かような対抗措置を取られれば、当然またそれに対抗しようという作戦を考えるだろう。

 戦争とはそんなものだ。とはいえ、今まで受け身だったティ連側が能動的に攻撃できる手法を発明できたのは、これはこれで大きい成果には違いない。それだけでも発達過程文明との接触は、大きな意義があったとヘストルは語る。


『と、現状は良い方向なのですガ、どっちにしても連中の正体を見抜かんことにはどうにもこうにもですからな。どこからか湧いて出てくる危険な害虫退治をやっているようなものです』

「なるほど……交渉できるような相手なのですかね?」

『さぁ? それは何とも……ただ、ああいった兵器を開発できるということは、少なくとも物事を論理立てて考える思考を持った連中であることは間違いないでしょう。ですので、仮に交渉を持てたとしても、話が全然通じないという事はないとは思うのですが……実際……』

「実際、何です?」

『いや、機密が漏れていたりするかもしれないという……そういう話ですよ』

「……」


 無言で頷く柏木。

 彼は例のシレイラ号事件の報告書も読んでいる。そこで怪しい行方不明者などがいる報告も知っていた。   

 

『で、ですな、カシワギダイジン。話は変わりますガ』


 ヘストルがパン手を打ち、人差し指をピっと振る。


「え? はい。何でしょう」

『アノ、ヤルバーンとニホンの技術研究機関が共同開発したという機動兵器……マージェン・ツァーレと言いましたカ?』

「ああ、はい。あれが何か?」

『アレ、良い機体ですなぁ! 是非とも設計データを供与していただきたい。早速防衛総省で幾ばくか量産し、実用試験をやってみようかと思いまス』

「はは。そうですか! では……沢渡さんに話しなきゃな。でもあれ『防衛装備移転三原則』とかに引っかかんないのかな? ま、ヤル防さんとこにもデータはあるだろうから関係ないんだろうけど……協定とか大丈夫だっけ?」


 一人でブツブツ言う柏木大臣。日本とヤルバーンで作った、地球初、日本初の防衛装備品だ。それをティ連本部が評価してくれるというのは大きい話である。つまり、日本の防衛安全保障部門が、ティ連防衛総省という巨大な安全保障組織に影響を与えるのだ。そのインパクトは大きい。


 とそんな話をしていると、大会議場正面壇上に、マリヘイルとサイヴァル。二藤部が登場し、スタンディングオベーションで、拍手が巻き起こる。

 調印式典が始まる。

 ヘストルも、柏木と握手し、イゼイラ陣のいる席へ戻っていった。

 交代で、イゼイラ側の席で談笑していたフェルが戻ってくる。


『マサトサン。始まりましたネ』

「ああそうだね」


 そういうと柏木は、体をくっつけてくるフェルの肩をとって壇上を見守る。

 すると、マリヘイルとサイヴァル。そして二藤部が、壇上から各国の代表にスタッフが座る客席方向へ手を振る。何かセレモニーが行われる風でもなく、ナレーションやらプレゼンテーターが御大層に出てくるような感じでもない。

 

 三人は壇上で手を振ると、後ろに用意されてあった見るからに上等そうな長テーブルに、三人少し間をあけて座ろうとする。

 きれいな正装を身に纏ったイゼイラ人やダストール人スタッフが、地球でもあるように、椅子を引いて三人を着席させる。

 次に別のスタッフが、これまた優雅な所作で綺麗に製本された分厚い書類をもって来る。

 ティ連では、高度でコンパクトなポータブル情報機器の類。例えば提出物の認可等もPVMCGを通してスイスイとやり取りできるような社会なのではあるが、かようで高度な国家間条約締結となると、彼らでも今もって、所謂紙のようなものにサインするという慣習があるのだ。


 スタッフが書類を丁寧にセッティングし、筆記用具を渡す。

 筆記用具はこれも地球世界にあるペンのようなイメージのモノが机にセッティングされるが、二藤部は愛用の万年筆を使うようだ。

 三人がスラスラと書類にサインを行う。

 マリヘイルは連合の代表として。サイヴァルは交渉担当国としてサインをする。

 マリヘイルのサインで、連合各国すべてが日本国の連合加盟を認める意思を示したことになり、サイヴァルのサインで、交渉担当国として、交渉内容の相互確認と承認をする内容のサインを行う。

 それを三人が互いに交換し合い、全員のサインが書類に行き届くと、各国の担当者へ控え書類が丁寧に渡され、互いにティ連式平手握手をして連合加盟協定の締結完了と相成った。

 その姿を見て、各国代表は再度立ち上がり、万雷の拍手を送る。


 茶の間のテレビ中継では、二藤部達が握手をした画に合わせて


【日本国。銀河連合に正式加盟】


 と大きくテロップが映し出される。とはいえ、もう連合加盟は、かのフェルさんが声掛けした国会決議でもう加盟したことは世に知らされてはいたわけではあるが、かように連合加盟国代表諸氏が大勢いる中で、連合元首のマリヘイル。交渉担当国のサイヴァルと直にサインをかわした画の説得力というのは、これまた強力なインパクトを持つものであった。しかもその会場が三宅島近海に浮かぶ全長二五キロメートルに達する宇宙艦艇であるからして……


『今、我が国は星間国家連合の一員として、新たな歴史をここに刻むことになります。我が国の歴史において、これまで数々国体改変を伴う大きな歴史的節目というものがありました。この放送をご覧の皆様は、その中でも恐らく最も劇的な出来事として、この歴史を語る証人となられるでしょう……』


 NHKにしては、少々情緒的な表現でこの調印式を中継する。

 他の民放も同じような感じだが、民放の方はもっと劇的な表現を使ってナレーションしてたり。

 だがこれが海外メディアとなると、こんな報道になって世界に流れている……


『この条約締結によって、日本は宇宙規模の科学技術を入手することになるであろう。今後地球世界に対し、我が国以上の強力な発言力を持つ国家となる』米国・CNN。


『この条約は、極東地域の安全保障。特に我が国の南クリル諸島における諸問題に大きく影響するだろう』ロシア・チャンネル2。


『日本国は、ティエルクマスカ連合という大きな後ろ盾によって、巨大な軍事的影響力を得ることができた。二藤部政権はかつての軍国主義的なアジア諸国への影響力行使を目論んでいる』韓国・KBC。


『日本は、このティエルクマスカ銀河連合加盟で、その巨大な影響力を行使し、歴史認識の改変に、アジア侵略の歴史を無きものにしようと企んでいる』中国・中華電視。


『偶然の運命で大きな拾い物をした日本。銀河連合加盟で、孤立化するか? それとも世界にその影響力をふりかざすか? どちらにしても今後日本だけ例外だということは、どんな形であれ、もうありえないだろう』英国・BBC


 と、そんなイメージをそれぞれの国へ発信する。

 はたから見ても、日本のマスコミ関係者はどことなく余裕だが、海外勢はある種悲壮感ただよわせてないわけではない。

 なんせ取材地からして異常な場所だ。中央本部艦『ティエルクマスカ』内の取材。これは今のマスコミにとっても未知数なのは確かである。

 さて、二藤部がマリヘイルとサイヴァルらと共に一筆走らせた今日、この日、そしてその後の話。

 でも、今はこれしかないんだぞと心の中で言い聞かし、聞かさなければならないワケであったりもする日本政府であった……




 ………………………………




 さて、かような感じで調印式は終了する。

 意外とアッサリしたものだ。確かに逆に言えば条約に調印するためにまさか何日も式をするというわけでもないので、案外そんなものなのかもしれない。

 それに今回の調印外交艦隊の飛来は、調印式を行う以前に、所謂『聖地日本』『精死病を解決させ、未来の希望を与えてくれた発達過程文明国家日本』という場所に、各国代表関係者が顔を出さないというのもおかしいという理由が第一にあっての話なので、実のところそういうティ連各国個別の外交や……はっきり言やぁ、ありていな話、日本観光がメインな話なのであって……正直、加盟調印なんぞ二の次な話なのであったりする。

 あとは、マリヘイルさんの『おせっかいな作戦』なんぞがあったりしてーの話なのであって、そんな感じ。


 ティエルクマスカ連合が行う、政治舞台での特徴の一つ。

 大きな式典が終わると、必ずと言っていいほど立食形式のパーティに移る。所謂自由外交タイムのようなものだ。

 大会議場から場所を移し、ヤルバーン州化記念式典の時のように、大きな宴会場のような場所に移動。マリヘイルの有体な挨拶の後、自由に関係者同士歓談が始まる。

 するとたちまち日本の政治家、官僚の周りに異星人の人だかりができ、外交攻勢が始まったり。


『カシワギダイジン。オハツにお目にかかりまス。私はハムール公民国の……』

 

 柏木はハムール公民国の代表。外務大臣に相当する地位の政治家に声をかけられる。


「お初にお目にかかります閣下」

『シレイラ号事件での一件、ダイジンカッカには大変なお世話になりましタ。ハムール国民を代表して、この場で御礼申し上げたい』

「いえいえ、そんな……そこまでの事はしておりません。どうかそのお話は」


 いやいやそれは、いやそんなと、異星人とやり合う柏木大臣。こういうところも理性ある知的生命体同士なら、ある種宇宙共通なのかなぁと……

 その代表閣下氏と打ち解け合う柏木。こういうところは本当に大した能力である。

 そんなこんなで、その代表閣下と少々お互いの質問などをぶつけあう感じで……


「閣下、一つ疑問なのですが……」

『ハイ、何でしょう』

「確か……ハムール国は、私達日本国よりもずっと以前から加盟交渉を行っていたはずですよね? しかしなぜにまだ『みなし国』なのでしょう?」

『ナルホド、そういう疑問ですか。なかなかいいところを指摘なさりますな』

「といいますと?」


 その代表閣下の話によると、ハムール国のティエルクマスカ連合加盟に関して、国内で反対する勢力が実は少なからずいるからという理由らしい。早い話が、この連中を懐柔するか、封じ込めるかしないと連合への正式加盟が難しいのだそうだ。

 では、なぜにそんなにモメているかというと、トーラル文明の遺産に関して彼らにとってのその歴史的な位置づけというものが、意見を二分しているからという話らしい。


 ハムール国で、ハムールの科学技術がトーラルの影響下にあったという事実が判明したのは、実はここ何十年かの話なのだそうだ。

 ということは、イデオロギー的にトーラル文明の遺産を、ハムール独自の文明の遺産と理解したい保守層の反抗が当然あって然るべきなわけで、こういう一派はトーラルという概念自体を毛嫌いしているような感じで、ティエルクマスカ世界のように、トーラルの存在を公に認めている組織を、あまり快く思っていないのが実際のところ。

 でも、ティエルクマスカ連合という共同体には加盟したいので、加盟自体に反対はしていない。

 しかしそうなると、ティ連側が、トーラル文明の影響をハムール側が国家として認めてくれない限り、ソッチ方面でのイデオロギー的な考え方の相違が、ティ連の結束に軋轢を生むかもしれないという事で、ティ連側が今度は慎重になったりと、そんなところだと代表閣下は話す。


『トマァ、そんなところですカシワギダイジン。お恥ずかしい話ですが』

「いや、そんな事、全然恥ずかしがるような話ではないじゃないですか」

『エ? それはどういう』

「いや、どういうも何も、この地球じゃ、そんな話はしょちゅうですよ。もう気にするのもアホらしくなるぐらい年がら年中やってます」

『ソウなのですか?』

「ええ。まあ何と言いますか、この星では少なからずそんな問題や話は普通に出てきますね。そんな話はゴマンとあります」


 事の大小はあるが、知的生命が国家を作り、千差万別の百人十色な人々がその国家で営みを始めれば、そんな問題は少なからず出るのだろう。

 イゼイラの場合、彼らは種族の絶滅という究極の状態であったから、種族の意思を一つにできた。

 それでも例の『エルバイラ記』に記された『現状維持派』と、ナヨクァラグヤ帝のような『進歩進化派』のような存在の対立はあった。

 このハムールの話を聞くと、『彼ら主観』の『保守派』と『進歩進化派』の対立といったところなのであろう。

 だが、そんな対立の構図。発達過程文明の地球人様から見れば「フッフッフ、まだまだそんなもの青いですなぁ」と胸張って(?)言える。

 昨今トレンディなイスラム教を発端とした宗教対立の構図に、民族対立。イデオロギーの対立に、経済格差の対立。会社の派閥に、日教連とPTA。はてはゲームの使用キャラクターにネットの爆裂低レベルな争い。

 もうそりゃ『対立専門家』みたいな種族が地球人だ。

 ……そんな話を冗談めかしにハムールの氏に話す柏木。腕を横に挙げて、苦笑い。


『はっはっは。カシワギダイジン。貴方は正直な方ですな』

「いえ、友人からは『バカ』扱いされていますけどね。ははは」


 普通は相手に取りつくろって、こんな話をするものではない。

 だが、柏木の屈託なさは、相手にかような好感をもたらす。しかし本人はそれに気付いていない。


『そういう国家関係でも、ここまで文明を発展させているという事は、相応に相互理解があるとみてよろしいのですな?』

「相互理解ですか……そうも言えますし、『相互妥協』って、そんな感じでもあります。でも、痛し痒し言いながらでもうまい具合にやってるんでしょうな。この星の国々も」

『フム、相互妥協デスか……ナルホド。そういう考え方もありますか……面白い』


 そういうと、そのハムールの氏は、パンと手を打ち、


『我が国はまだ正規の加盟国ではないが、その理由でヤルバーンに研修生を送り込むのも面白いですな。いや、ダイジン、ありがとう。大変に参考になりましタ』


 そういうと氏は、柏木の手を取り、ブンブンと振って、何やらマリヘイルの元へ駆け寄っていっているようだ。

 柏木は、自分の能書きが少しでも参考になれば幸いという感じで、ニンマリしながら氏の背中を見送る……とすると、いつのまにか彼の周りには、まだ日本人と交流のない種族さんの人だかりができていた。


「あり? 総理は? 三島先生? フェル?」


 周りを見ると、日本政治家陣、官僚陣。もういろんな種族さんから攻められまくりである。

 三島が柏木の方を向いて、口パクで「そっちは頼む」と言っている……への字の口してコクコクと頷く柏木。フェルの方を見ると……ナヨ帝信奉者のみなさんから、有難がられていた……脱出不可能な状態のようだ。


 柏木先生。ティ連種族さんの外交攻勢一〇〇人斬り。

 複眼の目をした種族さんに、指が三本で、足の関節が逆関節な種族さん。そんな連合人さんもいたりして。これは正気度チェックが大変だと。

 ただそこは柏木真人である。何を今更な感じというものもあり


「ああ、どうも初めてお目にかかります。いやはや……」


 ……柏木大臣にはぜひとも頑張って頂きたい……




 ………………………………




 さてさて、そんな感じで中央艦ティエルクマスカで日本政府の政治家や官僚が精神力を総動員した戦いを繰り広げている頃。相模湾で、ヤルバーン州に隣接して停泊する中央艦『ディルダー・イゼイラ』へ、一人のイゼイラ人がやってきていた。

 その姿。最近凝っている地球の白衣……但し、規格寸法がデカいので、袖口を折り曲げてたり胸のポケットには、ネコサンキャラのボールペンが刺さっていたり。

 そんな着衣を着たイゼイラ少女。ニーラ・ダーズ・メムル東京大学客員教授である。

 彼女も日本国が先の国会で連合入りを可決して以降、カグヤの帰還作戦の事もあったりと、なんだかんだでいろんな肩書をもらって出世した一人であったりする。

 ヤルバーン科学局副局長に、軍から医療統括官章を授与され、この東大客員教授の話だ。

 そんなニーラ教授なので、ディルダー・イゼイラでも、相当丁重な対応を受けたりする。


「さ、どうぞこちらです。ニーラキョウジュ」

「あ、どもどもです」


 待合室に通されるニーラ。

 チョコンとソファーに座って待っていると、ディルダー・イゼイラのクルーが、飲み物にお菓子を持ってきてくれる。

 ニコニコ顔でそれをモグモグ食べるニーラ教授。

 しばし待つと、ディルダー・イゼイラ中央システムの責任者がやってくる。


「お待たせしましたニーラキョウジュ。こちらへ」

「あ、ふぁいふぁい」


 残りのお菓子を口いっぱいに放り込み、モグモグさせながらトテトテと責任者の後をついていくニーラ。

 すると、通常であれば、ごく一部の関係者か、許可された者しか絶対に入室できないこの艦の心臓部。メインシステム管理区画に到着する。


「ではニーラキョウジュ。あとの事は、ここのスタッフに委細申し付けておりますノデ、自由にシステムをお使いください」

「どうもアリガトです。ではでは遠慮なく触らせてもらいますね」

「セキュリティレベルがありますので、あまり無理なデータ入力は行わないでくださいね。またナヨクァラグヤ様が……なんてのは、正直もうコリゴリですから」

「あはは! はい。わかりましたぁ」

「では、ごゆっくりどうぞ」


 と、そんな感じで、今の会話からもわかるように、ニーラはディルダーイゼイラに移植したナヨクァラグヤ帝のニューロンデータを分析させてもらうためにやってきたという寸法。

 普通なら、地球からイゼイラ本国のシステムに、量子通信で遠隔アクセスすればいいではないかという話だが、とある理由でそれができないというのが現実なのである。

 まずその理由の一つが、ナヨ帝データが、遠隔操作を受け付けない構造になっている事。

 これは、ナヨ帝が自らの脳構造を残すとき、ハッキングなどの対策も視野に入れていたのではないかという話もあれば、異物な情報が混入することをイヤがった為ではないかとも言われている。


「自分は遠隔操作をしまくってゲートを好き勝手いじったくせに、ナヨクァラグヤ様は自分の遠隔操作を嫌がるなんて、ワガママさんです……ブツブツブツ」


 何か妙にブツクサ言いながら仕事を始めるニーラ教授。

 彼女はPVMCGを起動させて、日本から得たいろんな資料をポイポイとシステムに入力していく。

 でもってその次に、ナヨ帝データの、地球的な言い方をすれば、ログインパスワードになりそうな、今まで日本の旧宮家に天皇家等々が提供してくれた資料や、独自に足で入手したフォト。絵などを抽出して整理していく。

 だが、その数は膨大である。

 艦のシステムルームは、ニーラの開いたVMCモニターで埋まりそうな勢いであったり。

 ただ、ここからがニーラ教授の本領発揮だ。

 この研究結果を、片っ端から入力していこうという魂胆である。


「サテサテ、時間は限られていますからね。がんばらなくっちゃ」


 ニーラは作業に必要な七つ道具をネコサンバッグから取り出してセッティングする。

 一つは、イゼイラ製の加熱ポット。

 一つは、ミネラルウォーター造成装置。

 一つは、ニーラ教授厳選。ご当地カップラーメンセット。

 一つは、フェルさん厳選。レトルトカレーセット。

 一つは、福島県の農協から頂いた「ひとめぼれ」

 一つは、パウル艦長厳選。日本のお菓子セット。

 一つは、シエ厳選。日本清涼飲料セット。


 ……素晴らしい七つ道具である。完璧だ。よりどりみどりである。


 そんなセッティングをしていると、同じくそのシステムルームに入室するイゼイラ人デルンがいた。


「?……あ、ザッシュ主任じゃないですか。どうしました?」


 田中さんの彼氏でニーラの部下になる、ザッシュ・ハント・サーヴェル ヤルバーン州科学局主任だった。


「いやいや。副局長が何やら大事をなさるというので、お手伝いに来ましたよ」

「あ、それはそれは……でも、大変な作業ですよ。申し訳ないです」

「ははは。ご心配なく。力強い味方もお連れしておりますので」

「え?」


 そういうと、ザッシュは手招きして


「ささ、みなさんどうぞ入って下さい」


 なんと……入室してきたのは、大人数のサマルカ人だった。


「ありゃりゃ、サマルカの皆さんではないですか。これはこれは!」


 驚くニーラ教授。ザッシュが言うには


「かような解析作業なら、この方々の力をお借りすれば心強いと思いましてね。丁度こちらへいらっしゃるという事でしたので、助力をお願いしてみたら、ナヨクァラグヤ帝のニューロンデータを拝見できるならということで快くお受けして下さいました」

「それはそれは、どうもありがとです。サマルカのみなさん」


 ニーラはペコリと頭を垂れる。

 サマルカ人諸氏も、ペコリと頭を垂れる。なんのなんのといった感じ。

 実は、ナヨクァラグヤ帝のニューロンデータ。これは別に国家機密というようなものではない。

 むしろ、ナヨクァラグヤ信奉者がいるぐらいであるから、公開されているぐらいのものなのである。

 だがいかんせんデータのプロテクトが異常に強固なのでどうしようもないというのが現状であった。なので、この日本に持ってくるのにも、システムを収納したハードウェアの一部ごとディルダー・イゼイラのシステムに移植しなければならないという感じで、結構大変だったのである。


『我々モ、ナヨクァラグヤ・ヘイル・サーミッサのニューロンネットワークデバイス構造ニハ、大変興味があります。ケラー・ニーラ一人の作業量でハ、恐らく本件解析に867.8076580987689876微分周期ノ時間を必要としますが、我々が総力を上げれば、68.9087679765098946576546微分周期まで短縮がカノウデしょう。さっそく作業にとりかかりましょう』


 早口な口調で、システム的に話す女性型サマルカ人の代表。


「いやはや、流石ですねぇ、サマルカさんは……ヨシっ! これで何とか見えてきましたね。頑張りますよぉ!」


 白衣の袖をまくって鼻息荒いニーラ教授。

 はてさて、いかような結果が出るのか? お楽しみといったところであろうか?




 ………………………………




 ディルダー・イゼイラでそんな話が進行する中、世の中は色んなところで同時進行的に様々な動きを見せる。

 それに関わった人々の、いろんなドラマがあったり。

 一ヶ月という彼らの滞在期間が長いか短いか。それは個々の主観という感じであるが、ここにいる二人の男女にとっては、結構長いものになるのであろう、そんな出来事が待ち受ける。


 ということで、場所はヤルバーン州の州政府ブリッジ区画。かつてのヤルバーン母艦ブリッジタワーである。

 そこの応接室にいるは、シエさんと多川一佐。

 昨日、一戦を交えたお二人であったが、結局多川がやっぱりシエの態度がおかしいということで、あれから問いただしたのだそうな。

 そこんところはやはりバディ同士なので誤魔化しきれるものではない。シエは会ってほしい人がいるということを正直にゲロった。


 そんな昨日の会話。


 一戦終えたシエの部屋。ベッドで隣同士腰かける二人。ってか、まだ勤務時間。とりあえず昼休みなので救われている。


「で、どうだシエ。落ち着いたか?」


 シエの頭を撫でる多川。


『ウ、ウン……』

「どうしたんだよ一体。シエらしくないな」


 なんとなく狼狽しているシエ。巷では無敵のシエさんで通っているだけに、普通に見てその挙動不審な感じはおかしいと思う。


『アノ、ソノ……実ハナ、シン……』

「ん?」

『明日ナノダガ……会ッテ欲シイ人ガイルノダ……』

「え?」


 会って欲しい人物+現在外交艦隊がワンサと来ている+話に聞くと、シエの親族は政治関係者+ダストールの中央艦も来ています=

 多川の脳内で、かような式が組み立てられ、チンと回答を考えるに……


「まさか……親御さんが来てるのか?」


 そういうと、シエは肩をすくめてコクリと頷く。

 つまり、相応の関係の構築が確定事項になるのを覚悟せにゃならん状況が、現時点で発生した。

 シエは、そんな強引な状況はさすがに多川もイヤだろうと、柄にもなく口を尖らせて何か申し訳なさそうに上目づかいで彼の表情を見つめたり。

 

 しかし多川は……


「あちゃぁ~……そういう事か……なるほどなぁ……」

『ダメカ? ダーリン』

「いや、そりゃな。そういう事ならお会いせにゃならんだろうよ。でも俺もこんなところで生活してる身だからな。フォーマルな服なんて持ってないぞ。どうしよ?」

『エ!? シン。会ッテクレルノカ!?』

「は? そりゃ会わないわけにはいかんだろ~。これからなぁお前……将来の事もあるんだしさ」


 きょとんとして多川の話を聞くシエ。

 多川があまりに普通に応じるので、意外な顔をする。

 日本の男性としてはそんな感覚だ。もう知った仲でかような関係となって先方の親御さんがいらっしゃったとなれば、日本の殿方が覚悟を決める。それに多川は四二歳。そこらへんのガキではない。そんな程度で今更うろたえたりはしない。

 おまけにフェルと柏木の仲もあり、リアッサと樫本。田中さんとザッシュにヘルゼンと長谷部。

 実はこういったヤルバーン乗務員と日本人のかような関係、あれから意外に多くいるという事が現在わかっており、よくよく調べると、今やそんなに珍しい現象ではもうなくなりつつあるのだ。

 厚生労働省の調査では、先日も新しいカップル。カイラス人フリュと、日本人デルンのパターンが発見された……発見されたというのも何だが、そんなところ。

 で、これは現在まだ噂なのだが……三十路美人のオルカスと、ヤル研の沢渡がいい仲という話もあるそうな。


 ただ多川は、ちょっと渋い顔をしている。


『ドウシタノダ? ダーリン』

「ん? うん……いや実はな……」


 多川は、自分の身の上を少しシエに話した。

 その話を聞いて、コクコクと頷くシエ。


 ただシエは……自分の親がダストール総統だという事は、結局言いそびれてしまった。



 ……と、そんな感じで時間を戻して現在。


 応接室で、件の人物を待つシエと多川。

 多川は、かようなこともあって、その服装は特危自衛官の制服でやってきていた。

 特危自衛隊の制服色は各科の特性に応じた色で、現行陸海空自衛隊の制服をそのまま流用している。

 従って、多川は空自の藍色をした制服を着込んで、応接室にやってきていた。

 胸には数々の徽章がズラリと並ぶ。その中には、当時のヤルバーン自治区自衛局からもらった『太陽系外縁部カグヤの帰還作戦援護に関する章』や、先の『日本・ヤルバーン州特殊危機対策演習参加章』つまり、ガーグデーラ・ドーラ撃退徽章に相当するものも、胸に付けている。

 シエも、自分が今、特危自衛隊員であることを誇示するために、WAFの制服を着用していた……シエのWAF制服姿もなかなかにそそるものがある。

 

 しばし待つと……ジェグリ副知事に案内されたガッシュ総統が応接室に入室してきた。

 見た目六〇代のその貫禄ある姿に、多川も緊張する。

 服装もなんとなく軍用っぽい制服な感じ。これがシエの親父というと、すんなり納得してしまう雰囲気があった……


『シエ、ヒサシブリダナ。元気ダッタカ?』

『ターリィ……ヒサシブリダ……』


 なんだかんだいって親娘である。二人はハグなんぞ。


『ソノ姿ハ?』

『ウン、今ハ、ヤルマルティアノ防衛組織ヘ出向シテイテナ。ソノ制服ダ。イル・カーシェルヲヤッテル』

『ナニ! イル・カーシェルダト! ソウカ、モウソンナ階級ニナッタノカ……タイシタモノダ』


 ガッシュは娘の両腕をパンパンと叩き、ウンウンと頷いている。

 で、そんな親娘の会話を少し離れて見る多川の方へ視線を移し、近づいてきた。


『……貴殿ガ、シエガ世話ニナッテイルトイウ……』


 すると多川は、今は帽無しなので、パシっとお辞儀敬礼で


「ハッ。ガッシュ閣下。私が娘さんとお付き合いをさせて頂いている多川信次と申します」


 ガッシュはコクコク頷くと、多川の胸をチラと見る……すると、ティ連の徽章が二つ見えた。

 「ホウ」と口を尖らせるガッシュ。

 

『シン。アノナ……実ハ私のターリィハ……』


 シエが「自分のパパは、ダストールの総統閣下なのれす。黙っていてゴメンナサイ」と言おうとした時、ガッシュがシエの腰のあたりを突っついて、その先の言葉を制す。

 「え?」という顔のシエ。目で頷くガッシュ。


『私ガ、シエノ父。ガッシュ・ジェイド・ロッショダ。モウ娘カラ聞イテイルトオモウガ、ダストールデ政治家ヲヤッテイル。此度ハ、ヤルマルティア調印式典ニダストールノ代表デヤッテキタ。以後見知オキヲ頼ム』

「は、恐縮であります。閣下」


 その言葉にシエは「え?」となる。

 ガッシュは自分をダストールの総統だとは名乗らなかった。一応娘に気を利かせたつもりなのだろう。

 シエも、「フッ」と笑みをこぼす。

 これも後で調べりゃ分かることなのだろうが、現場の自衛官レベルで、今はまだダストールの元首が誰かということまでは知らなくても不思議ではない。


『カーシェル・タガワ。娘ガ迷惑ヲカケテオランカナ?』


 ガッシュはそれまでの訝しがるような視線を綻ばせて、ニッコリとして多川に尋ねた。


「いえ、そんな事はありません。彼女とは、実はバディとしても共に働かせて頂いております。素晴らしい技量のパイロットで、我が特危自衛隊隊員は、もう全員彼女を頼りにしております。それは間違いありません閣下」

『ソウカ、ナルホドナ……マァ、コンナトコロデ立チンボモナンダ。座ランカ?』

「はい。そうですな」


 ソファーに腰を掛けて落ち着く三人。

 かような話をきっかけに、色々と話を進ませる。

 仕事の事。プライベートな事。そしてシエと多川の馴れ初め話など。  

 ガッシュは、多川にシエのことをどう思っているかやら、そんな話なんぞ。

 そして、こういう話では当然出てくる「多川の両親は、シエのことをどう思っているか?」というところ……これは娘を持つ親としては大事なところだ。宇宙共通の課題である。

 その話が出ると、シエと多川はお互い顔を見合わせて頷き合う……シエには昨日、もう予め話しておいたからだ。その内容。


「ガッシュ閣下……実は、私の親は両親とも、もう既に他界しておりまして、今の親族は兄が一人いるだけでございます」


 そう、多川の両親は、もう他界しているのだ。

 それもそんな感じである。多川の名前『信次』という具合であるからして、彼は次男坊なのである。当然兄がいて、その兄とは結構歳が離れており、多川は彼の両親が歳食った時に生まれてきたのだ。

 なので、彼の両親は、地球人の寿命で考えても、他界していて特に不思議ではない年齢だったりする。

 そんなところをガッシュに説明する多川。


『ソウデアッタカ。ソレハスマヌコトヲ尋ネタナ。許サレヨ、タガワ』

「いえいえ、そんな気にするほどの事ではありません閣下」

『フム、タガワノ家ノ事ヲソコマデハナシテクレルトハ。ナレバ、私モロッショ家ノ事ヲ、オマ……ア、イヤ、キミニ話シテオカナケレバナランナ……イイナ、シエ?』

『アア、タノム。ターリィ』


 家の事を話す……これはダストール人としては、相手に対し、親睦を深める意味を持つ行動である。

 多川一佐。総統閣下のお眼鏡に適ったようである。

 ガッシュとしては、最初もっと若い奴かと思って、そんなのがシエとうまくやっていけるのかと勝手に心配していたそうなのだが、ガッシュの視点で見ると、実は蓋を開けてみれば、立派な、落ち着きのある中年男性。当然、精神年齢としては、柏木とフェル以上に年齢の差があいたカップルになる。そういう点、多川がシエの手綱をしっかり持ってくれそうだと安心したのだろうか、饒舌に話し始めるガッシュ総統……


 とりあえず一安心といったところなのだろう。段々と打ち解けあっていく二人であった……



 

 ………………………………



 

 さて、かようにこういった、これまでにない『外交』という大きな舞台ともなれば、有り体な表現をすれば『出会い』があり、『再会』がありと、そういった『会』という文字に言葉が装飾されて、いろんな場所でストーリーが紡がれいく。


 加盟調印式典が終わった次の日。

 艦隊の諸氏は以降各自、自由外交な状態になる。

 官邸に訪れる外交団の対応に、各地方を視察……という名目の、早い話が観光を楽しむ一団があったりと、そんな感じで、日本中でやいのやいのと色々やらかしていたりする。で、各自治体の役所は、そんな観光客の対応にてんてこ舞いであったりするわけで、ここで白木が……


(自治体の役人首長ドモ、思い知れ! 俺たちゃそんな対応ずっとやってきたんだぞ! なぁ~にが『東京だけズルイ』じゃぁ! お気楽なこと言ってんじゃねーよ、ザマァミロ! ぐはははは!)


 と、心の中で叫んでいたり……でも声に出しては言わない。

 ハイハイと地方自治体役所の泣き入れへ、懇切丁寧に電話対応する白木室長。


 今回、事前に連合各国の種族概要を知らされていた新見や白木。無論柏木は、数々の種族との対応を行ったわけであるが……政治家の諸氏が、実際ここまでの種族の具体的内容を知ったのは、正直つい最近の事だったりするわけである。

 無論、外務省への資料で、関係官僚らはその内容をデータ的には知っていたが、この連合内でもイゼイラとディスカールの関係のように、個別の国家で言えば、あまり付き合いのない状態というのもティ連内ではあるわけで、連合といっても全部が全部同等の付き合いや、外交関係がある国ばかりというわけではない。従ってまだまだ情報を把握するには、こういうところもあるわけだ。

 そういう事なので、連合内の連合防衛総省という存在がいかに大事な組織なのか、普通に考えて理解できる。それは、この軍事組織内にいるというだけで、連合各国の情報があらゆる点で把握できるからである。


 さて、そういうところもあって、このティエルクマスカ連合という国家連合で、誤解を生みかねない、もしくは、状態を把握するのにちょっとばかしスキルがいる『国』もあったりする。

 それは、例えば『サムゼイラ統合星系共和国』という国家である。

 今回、その使節団もやってきてるわけだが……最初柏木が困ったのが、この種族。どっからどーー見ても、イゼイラ人なのである。

 で、柏木はてっきりイゼイラ人と思い、そんな感じで話すと、先方が気を利かせてくれて、「自分達はイゼイラ人ではない」と教えてくれた。

 何のこっちゃという感じでフェルに尋ねると、ハァハァと頷いて解説してくれたりする。


『ナルホドナルホド。それは容姿だけじゃ、ニホン人サンにはわかりにくいですよネ~』

「と、いうと?」

『ハイです。サムゼイラ人サン達は、そのご先祖が元々イゼイラ人でしたから、そりゃ間違えもしますデス』

「は? そうなのか! って事は、イゼイラ人から別れたのか?」

『ハイですね。昔々、トーラル文明の影響で造った、初期の宇宙船で旅をして、未開の星にそのまま居ついて、その星の住民となった旧イゼイラ人サン達です。なので、サム(別れた)イゼイラ(イゼイラ人)という意味がもじって、サムゼイラ人と彼らは自分達を名乗ってます』

「んじゃ、独立認めてあげたんだ。イゼイラは」

『ハイ。別にダメダと言う理由も当時無かったそうですし』


 実は、そんな分派民族は、結構各種族の間であったりする。

 ダストール人やカイラス人、ディスカール人にも、遠い過去に、同じような感じで分派民族になった人々もいたりするそうだ。

 そんな話を聞くと柏木は、面白いものだなぁとこれまた興味がわいてきたりする。

 でも、地球でもそんな民族は普通にあるよとフェルに教えてやる。


『ソウなのですか?』

「うん。何を隠そうこの日本人だって、大昔に、大陸からやってきたいろんな民族が居着いて、今の日本人になったって言われているぐらいだよ。その元をもっと突き詰めたら、アフリカ大陸で生まれた人類が、別れて別れてという感じで、世界に広がって、今の地球人を形成しているという説もあるぐらいです」


 そこまで昔でなくても、例えばドイツ人とオーストリア人は、同じ民族であるし、英国人が色々別れてオーストラリア人になったり、米国人になったりと、地球では、そんなのは普通の事だと教えてやる。

 

『へー、なるほどデス。トーラル文明を発見する以前の古代のイゼイラ人は、種族も滅亡寸前で小さいものでしたから、そういう歴史がアリマセン。でも、そう聞くとヤッテイルことは同じということですねー。サスガ発達過程文明サンです。勉強になるでス』


 そんな連合の外交知識も学べたりと、なかなかに有意義な感じで仕事をこなす柏木大臣。

 彼ら二人は今、柏木先生の執務室で、客人を待っていた。

 しばし待つと、ドアをノックする音。はいどうぞと言って入室するは、内閣府のスタッフにSPやらヤルバーン州の警護スタッフをゾロゾロと。更にはマスコミのカメラも引き連れてやってきたのは、マリヘイルとサイヴァルであった。


「どうも両議長閣下、お待ちしておりました!」

『いらっしゃいデス。ファーダ・マリヘイル。ファーダ・サイヴァル』


 いやいやという感じで、握手なんぞ。

 その瞬間、パシャパシャとマスコミのカメラがシャッターを鳴らし、フラッシュが灯る。

 ここで「そのままお願いします!」とか声掛けしたら叩き出されるので、痛し痒し。

 そして機を見計らって、内閣府のスタッフが、マスコミに退出を促す。冒頭数分の撮影だけを許可していたからだ。

 SPに護衛も、部屋の安全を確認すると、敬礼して退出していった。

 部屋に残るは、四人のみ。


『いや、ケラー。改めてというところですな。これからはプライベートモードです』とサイヴァル。

『ハイ、私もそういう感じでお願いしますわね。ケラー』とマリヘイル。


「いや、申し訳ないですねお二方とも……本当なら私なんぞより、総理に対応して頂くのが筋なのですが……」


 そりゃそうだろう。言って見れば連合のトップと、交渉担当国のトップが首相官邸にきているのだ。

 しかし……二藤部に三島、春日に浜もこれはこれでメチャクソ忙しい。

 なんせ色んな種族国家代表との面会スケジュール目白押しだ。柏木でさえ、マリヘイル達の依頼がなければ、駆り出されているところである。

 今や柏木の体は、彼だけのものではない状態なのだ……彼は全然自覚していないだろうが、ティエルクマスカ連合内では、マサト・ヤーマ・カシワギという男。今やS級のVIPなのである。

   

『ナニを言っているのですか、ケラー。私は貴方がたに会いに来たのだ。なぁマリヘイル』

『そうですよ。今日は、貴方の友人が、貴方とフリンゼに会いに来ただけでス。そんなお気遣いは無用にお願いしますネ』

『ああ、そうですよ。本当なら会合の場所は、ケラーのご自宅でも良かったぐらいダ』


 コクコクと頷く柏木。もうこの二人とは、そんな関係だったりするのだ。


『ヘストルも誘ったのだが、彼は今日、ボウエイショウとの初会合があって、抜けられないと残念がっていましたヨ』

「はい、そうですね。というか、その会合セッテイングしたのは私なんですよサイヴァル議長」

『ありゃ、そうでしたか』

「ええ。ヘストル将軍にはぜひともお会いしてもらいたい私の仲間がいますから……大丈夫です。その方々には、私からよろしくお願いしていますので、良い会合になると思います」

『ナルホド、それなら問題ないな』


 柏木は、以前イゼイラで言った、ヘストルと日本の安全保障関係者との会合をセッティングしたのだ。

 話をしておいたのは、特危自衛隊の、何と『幕僚長たる将』になった加藤。なんか定年が伸びたと笑顔でボヤいていたそうな。

 そして、久留米一佐に井ノ崎大臣。リアッサ二佐がサポートで付く。

 先方はへストルのサポートに、ゼルエとシャルリが付いていた。

 こんだけの面子がそろえば、へストルも有意義な会合が行えるだろう。

 その会合にはなぜか日本酒やビールが用意されているそうな。ヘストルも今日はナノマシン制御を切っているそうだ。

 カグヤの重鎮メンバーである多川一佐とシエ一佐は、ダストール代表との面会があるので欠席……そんな感じ。

 

 そんな感じでソファーに座り、話を進める諸氏。そこでマリヘイルが「さて」という感じで手を叩き、本題に入る。


『ケラー!』

「はい?」

『デ、私達がお伺いさせていただいた目的……お分かり頂けますわよね~』

「はは、ええ。わかっておりますよ」


 サイヴァルは横で、手を横にあげて、フっと笑みを漏らす。

 マリヘイルはニコニコで、フェルと一緒に「ネ~」という感じ。

 そこはネゴシエイターの柏木先生、抜かりはない。


「ま、そういうことなので、おそらくその筋では最高のシェフが勢揃いしている場所へ、お連れいたします」

『アラ、そろはそれは。流石はファーダ。最高のシェフと?』

「ええ、もうそりゃみんなして手ぐすね引いて待っていらっしゃいますよ……ではちょっと失礼して、先方に連絡を入れますので……」


 柏木は、スマートフォンを取り出すと、ある短縮アイコンをプっと押す。

 

「……あ、オーちゃん? 俺。うん。あ、もう始まってるんだ……え? そなの? そりゃ大変だ。ちゃんと残しておいてよ、VIP連れて行くんだから……了解。んじゃ急いで行くわ。はい。じゃな」


 電話をプッと切ると、柏木は諸氏を見て、


「ファーダに、フリンゼ方、どうもこんなところでオチオチしておれんようですな」

『ほにェ? それはどういうことですか? マサトサン』

「フェル副大臣……大盛況だそうですぞ。急ぎませう」

『はりゃ! それはイケマセンね! 遅れちゃったら、コクサイモンダイに発展するでス!』


 冗談含んでの話だが、その場所、ドえらく大盛況で、大見は早く来いという。

 さて、どこに連れて行かれるか? 

 マリヘイルにサイヴァルは「?」な表情であった……




 ………………………………




 さて、そんなこんなあって柏木達四人は、マリヘイル達が羽田空港から乗り付けてきたトランスポーターを『飛行』させてある場所へ向かう。

 目指すは福島県旧原発跡。現在はカグヤの母港でもあり、自衛隊の基地にもなっている。その名も『特危自衛隊 双葉基地』という呼称になっていた。

 放射能もパウル達の努力もあって、人体に無害な線量にはもうとっくになっており、それでも不安な人には、ティエルクマスカ医学が安心を担保。対放射線被害治療用のナノマシンを無償で注射してくれることになっている。

 そんなのもあって、この地にはどんどんと人が帰還し始めており、長い間放置され、風化や動植物の侵食を受けた家屋などは、第一工作艦クルーが街を巡回して、申し出があればハイクァーンで修繕を行うような、そういう体制をとっていた。

 もちろん基地施設の方は建設途中のまだまだこれからで、現在は仮設のプレハブしか建っておらず、港のほうがようやく完成したのでカグヤはその港に着け、カグヤ自体が基地本部の機能を兼ねて運営されている状況であった。

 元々原発施設をそのままゴッソリと特危自衛隊の施設にしたもんだからその施設面積はべらぼうに広く、おまけに現在はまだまだ更地状態なので、福島県復興の意味も兼ねて何かこの広さを利用してイベントが出来ないかという話に当然なるわけで、そこで柏木が考えたのが、今回連合各国のみなさんもいらっしゃるという事なのでという話で、陸海空自衛隊に声をかけ、更に民間からも有志を募り開催した……



【連合加盟調印式記念。星間国際カレー祭り】



 であった! どんどんどんパフパフパフという音が鳴りそうな感じ。

 で、今。この双葉基地……とんでもない人・人・人でゴッタがえしていた。

 その中には「人」という範疇で語っていいのかどうかわからないザムルな方々も混じっている。

 ってか、ティ連という対象にとって、やはりカレーの影響力はすさまじい。来場者には異星人がバカスカと混じっている。

 先の柏木大臣が対応した複眼の異星人や、三本指で逆関節な異星人。

 サマルカサンもやってきているようだ。

 地球側来訪者は、今回日本国籍を有する者以外の入場はできないようになっている。従って。予めネットや政府指定旅行代理店で参加者証を買う必要があり、そのIDがないと入れない仕組みになっていた。

 それでもものすごい数の参加証購入希望者が殺到し、こういった事実上の入場制限のあるイベントにしては異例の参加者証発行数になっていたりする。

 無論、参加者証発行は有料なので、そこんところの経済効果もよろしいようになっていたり。


 こんな時期の福島県。はっきりってクソ寒い。まぁなんというか、カレーが相手なので、温まるのは間違いないが、それでもやはり快適な環境にてというのもあるので、件の『大ティエルクマスカ展』の時と同じく、カグヤ搭載のヴァルメで、環境シールドを展開。環境調整もバッチリなされていた。


 ……実は今回、観光庁がこの『カレー祭り』に外国人も入場できないかと意見具申をしてきたのだが、担当の柏木大臣は、ある理由があってこれを許可しなかった。

 観光庁としては、これを材料に、観光名目での内需活性化を目論んだのだが、柏木大臣がダメ出しを出した大きな理由は『今の時期』という理由からである。

 その理由は、中国の『春節』とバッチリ重なるからだ。

 『春節』つまり中国の旧正月である。この時期、大陸からは日本に物を爆買いする連中が大挙して押し寄せる……その大挙の人数は半端ではない。

 そんなのに、異星人と交流をもてるカレー祭りへの参加を許可しようものなら、どんなカオスな状態になるか、もうそりゃ目に見えている。

 下手すりゃスパイ工作員どころの騒ぎではないだろう。


 ということで、柏木は観光庁にダメ出しをした。これも仕方ないどころか、そうしないとえらい目に遭うのは目に見えているからである。

 こういった異星人交流イベントで、実のところ日本政府は結構な外国人規制を行っている。これが国連で『人種差別』やら『人権侵害』やらと、現状結構言われたりしているのだ。

 だが、政府はあえてそんな非難の声が上がっても、規制を今のところやめる気はない。なぜなら、ティ連の『一極集中外交主義』の意味を理解しているからである。


 世の中、なんでもかんでも『仲良しこよし』にしていればいいというものではない。脳天気な『平和平和』が全て正しい訳ではないのだ。

 世の中には節操節度というものがある。往々にしてその互いの倫理観に大きなズレがあると、平和的な話でも、一挙に不和につながってしまう。

 ならばどうするか? ハナから付き合わない。話をしない……これしかないのが現実なのだ。

 現在の地球世界。かの原理主義で有名な宗教に関する移民問題一つとっても、彼らの『他と交わらない性質』が、世界に不和を引き起こしている。

 例えるなら、『人の家に住まわせてもらって、その家の家訓を守る気がなく、他人の家で自分の家の家訓が正しいと主張している状態』が、かの人々の問題であって、所謂移民問題として現在大きくとりあげられているところなのだ。

 彼らは、『自分達の宗教は平和的で、争い事を肯定していない。なので罪はない』と言う。確かにその通りなのだろう。それに関しては世の人々は誰も否定はしないだろう。ただ、それでも彼らを『問題だ』と訴える人々は、彼らの宗教教義が平和的かどうかなど、そんな事はどうでもいい事であって、理由は別のところにある。つまるところ……


『人の家に住まわせてもらって、その家の家訓を守る気がなく、他人の家で、自分の家の家訓が正しいと主張している状態』


 この点をどう思っているか? この一語につきるのである。これを彼ら自身が自覚し解決しなければ、かような問題は収束しない。移民先に解決しなければならない問題や義務など、はっきり言えば微塵もない。解決する義務があるのは『受け入れてもらった方』なのである。 

 普通に考えてこんな理不尽を認める訳にはいかない。そんな事三歳の子供にでも分かることだ。

 こんな三歳の子供でも理解できる倫理観が、往々にして『宗教』や『民度』に起因し、それを持ち合わせていない連中が世界で問題を起こし、挙句に『自分達が正しいのに差別された』とほざく。

 それで迫害をしたり、暴力行為に訴えるなどというのは論外であって、もってのほかな事ではあるが、それでも、それを非難する人々の気持ちも理解してやる必要があるのは確かなことなのである。

 

 ティエルクマスカの一極集中外交主義というものの真髄。これは、彼らが万年単位で外交を行ってきた、このような経験の集約ともいえるものなのだ。

 日本政府も今回ばかりはそれを理解したからこそ、世界から『差別だ』『人権侵害だ』と言われても、やめる気がない。

 この平和な祭典である『カレー祭り』にも、それを実行するまでの裏舞台では、こんなやりとりがあったりしたわけである。大変な話なのだが、世の役人の皆様、ご苦労様といったところだろうか? 


 ……とまぁそんな感じな裏話もありーので……


 両議長に柏木とフェルは、トランスポーターをカグヤへ一旦下ろす。

 すると、カグヤでは特危自衛隊員による栄誉礼をもって迎え入れられる。

 出迎えに来た藤堂にティラス。儀礼的な挨拶もすませて、港へ降りていく。


 すると……カグヤを降りた瞬間に、フェルさんがニヘラ顔になって、フラァ~っとどこかに吸い寄せられるようになってしまう。

 それもそのはず。まぁもうむせ返るようなカレーの匂い立ち込める会場。

 スパイス香辛料の出す匂いの困ったところは、もう問答無用で食欲中枢を刺激するところである。

 食傷気味な夏場など、物を食べたいと思うなら、スパイスをふんだんに使った料理を食べれば良いとよく言われる。実際、そうすることで一発で食欲不振など吹っ飛ぶ。


『コ、これは……素晴らしい!! 素晴らしすぎますケラー! 何なのですかこれは!』


 マリヘイルは、その眼前に広がるカレーしかない世界に、目を輝かせる。

 

『アア、もうこの噎せ返る香り。これをこのまま傍観しろというのは、拷問に近いですな、ケラー』


 とサイヴァルもお腹を擦って、準備万端。

 で、キリと眦を引き締め、マリヘイルは柏木に尋ねる。


『デ、ケラー。その最高のシェフがいらっしゃる場所というのは何処ですか?』

「あ、はい、あはは。えっとですね、あのあたり……」


 と柏木は、自衛隊が自分達の幟を出して、宣伝しているあたりを指さして……


「……の、自衛隊連中が作ってるカレーをお勧めしますよ。この日本では、自衛隊員の作るカレーがうまいというのは、もう有名な話ですから。恐らくカレーに関して言えば、最高のシェフでしょうな」

『了解しました。では……』

「あちょっとお待ちを、えっと……あ、ほら、あそこ」


 柏木はちょっと人待ちをする。すると、柏木の部下が、マリヘイルの旦那さんと、ニルファを連れてきた。


「さ、今日は仕事抜きで、お楽しみ下さい。デートなぞどうですか? サイヴァル議長は特に」


 マリヘイルとサイヴァルは「こりゃまいった」という顔で笑みをこぼす。サイヴァルに至っては、柏木とハグなんぞを……と、そこでマリヘイルが気づく。


『アレ? フリンゼは何処へ?』

『ム? 確かに……』

「あ、本当だ。さっきまでそこに……」


 するとニルファが気付き


『アレではないですカ?』

 

 ニルファの指差す先には、フェルさんが……

 お目当てのカレーブースにちょこんと並んでいたり。爪先立ちで列の先方を覗く。

 流石は通で、今や専門家のフェルさん。並ぶブースは昨年一番うまいと噂の『海上自衛隊潜水艦部隊・濃厚味わいカレー』ブース。事前調査はバッチリなようである。ってかフェルさん。今日のお仕事はもうオワリ状態。


 両手を横にあげて、苦笑いな柏木先生。みなさんも大笑いだった……



 ……さて、いろんな種族さんが、カレーに舌鼓を打つ。

 無論ザムル人もカレー三昧である……触手の中から、更に小さな触手が出てきて、器用にスプーンを持ち、体のどこかにある口に入れているようだ。

 実は……ザムル族、意外に大ウケしているヒット種族なのだ。

 特に女子高生から『カワイイ~♡』と大好評で、会場でも写真をねだられまくっている。

 更には、かの特異な、脳波感応会話が面白いらしく、そんなところでも大ウケだったりする。

 自撮り棒を駆使してパチリとそんな感じ。

 サマルカ人さんも、言ってみればソッチ方面では、もう地球ではアイドルだ。

 たくさんの日本人と交流を持てているようである。

 更には、ディスカール人が……なんというかもう、アレな感じででトンデモな人気になって、男はフリュを、女はデルンと写真合戦な状態で、下手したらコスプレパーティではないかという感じの雰囲気になっていたり……なんともはやである。


 そんな中、柏木とフェルも祭りを堪能していたり。

 今日はただカレーだけではなく、いろんなイベントも盛りだくさんで会場で行われている。

 自衛隊音楽隊による演奏会に、演舞披露に訓練披露。そんなのも公開されていたり。

 で、企業ブースでは、OGHにキミジマ。イツツジに、他、協賛企業がブースを出して、ティ連技術を利用した製品の宣伝をしていたり。

 そんな中、実は大阪府門真市に本社のある家電メーカーや、ゲーム機で有名な日本の家電メーカーらが、件の空中投影技術を解析して利用した、以前ヴェルデオらが試作品の提供を受けていたノート型パソコンと、その空中投影モニター技術を駆使したテレビを来月に販売する予定なのだそうな。

 これで日本初のティ連技術を解析した製品が、一般市場に出回ると大きく話題になっていて、予約も順調に確保でき、かの果物マークなメーカーや、三つの星なメーカーに対抗できると大きく期待されている。


「いやはや、もうここまできたんだね、フェル」

『感慨深いものがアリますね、マサトサン……モグモグ。ハイ、ア~ンして』

「はいはい」


 ブースに座ってカレーを食う大臣と副大臣。この二人も、なんだかんだいって久しぶりのデートでもある。少し公私混同だが、まあいいかと。

 そんなところで、二人も本日はもうお仕事ヲワリ状態な感じでいると


「おう、柏木」

「お? やぁオーちゃん! うまい具合にいってる?」

「おうまぁな。フェルフェリアさんも、楽しんでいいらっしゃいますか……って、楽しんでいらっしゃるようですね」

『ハイです。極楽極楽デス。モグモグ』


 フェルは、いろんなカレーを堪能するために、少量多種類作戦を展開している。

 一種類に集中して、おなかがいっぱいになるなど、あってはならないからだ。

 大見は迷彩服にエプロン付けて、現場に立っているようだ。

 ブースには、誰かが描いたアニメで萌え絵な、フェルとシエの等身大ポップが飾られている……って、実は大見が描いたらしい……確かに彼は関芸大美術部卒である。

 更には、旭龍の大型写真パネルを飾って、なかなかにアザトイ作戦で客を呼んでいるようだ。


「ははは! 特危さんはもうやりたい放題ですなぁ」

「まぁな、今回は海自軍団が眼の色変えてやってきている。負けてられんからな。もう陸海空の連中、さっきから敵情視察で食いに来まくってるよ」


 そういうと、フェルが得意げな顔をして


『ウフフフ、特危サンのレシピはこの私が考案しましたからネ。ライバル視されて光栄の至りデス』

「えっ!? そうなのか? マジなのか? オーちゃん」

「実はな。そうなんだよ……特危というからには、ティ連との協調ってイメージが欲しかっただろ? なのでフェルフェリアさんのレシピを借りたんだよ」


 話では、インド産のスパイスと、イゼイラ産香辛料とハーブが入っているらしい。肉にはパガム肉が使われ、隠し味は軍事機密らしい。


(大丈夫かよオイ……)


 不安になる柏木大臣。しかし、パガム肉というイゼイラ産食材が使われているということで、大変にウケているそうだ。そんなのもあって、他の自衛隊や、企業ブースから偵察隊がひっきりなしに来ているという。 

 そんな事を話していると、また来客である。

 ヘルゼンに手を引いて連れて来られたのは……


『フリンゼ! ケラー!』

『ア、サンサ!』

「サンサさん!」


 サンサ・レノ・トゥマカだった。


『あ~、やっと見つけた』

「え? ヘルゼンさん? ヤルバーンからサンサさんを?」

『違いマすよっ! ケラーサンサをお連れして、シュショウカンテイに行ったら、入れ違いになって、ファーダ達がコッチ来たって話ですから……モウ、大変だったんでスからねっ!』

「いやぁ……申し訳ない……ってか、ヘルゼンさんも一言連絡してくれればいいじゃないですか。って…… え? あ……もしかしてヘルゼンさん。そういう理由にしてカレーを……実はサボリ……」

『ア! 確かにケラーサンサはお連れしましたからネ! ではでは、私はコレで……』


 柏木の指摘に狼狽してトンズラするヘルゼン。どうも図星だったようだ。

 ウフフと笑う三人。


「はは、仕方ねーなぁもう……サンサさん。お久しぶりです」

『ウフフ、ハイ、ファーダ。おひさしゅう御座います』

『サンサ、良く来てくれましたネ』

『ハい。フリンゼもお変りないようで……あ、それと、お二人とも、ミィアールオメデトウございます。私はそれを言いたくて、ここまで……』


 目頭を抑えだすサンサ。あぁあぁと宥めるフェルと柏木。

 これで今日、柏木とフェルは仕事終了が確定してしまった。

 

「んじゃ、オーちゃん。俺達、色々回るわ」

「おう、ゆっくりな」

「ああ、じゃまたあとで」


 サンサとフェル。そして柏木。

 三人連れ添って会場を回る。

 異星人と、日本人が大勢いる中、まるでいつかのヤルバーン招待事案が拡大したような風景。

 色々指差しサンサを案内する。それはまるで三人の姉弟か親子のようであった……




 ………………………………




 さて、これまた場所は変わって再びディルダー・イゼイラ。

 そのメインシステムルーム。

 VMCモニターを睨みつけ、一心不乱にポポポと解析データをナヨ帝ニューロンデータ。セキュリティシステムに取り込んでいくニーラ教授。

 そしてその解析結果をさらに調べていく。

 お手伝いのサマルカ人さんも、それは素晴らしい連携で、まるでマシーンの如く自分達の役割をこなしていく……その連携した動きに全く無駄がない。


『ふぅ、チョット休憩してお食事にしましょー』


 ニーラが汗ふいて、椅子にどっかり腰を掛ける。


『了解です副局長。デハ、副局長が所有する栄養補給パックをハイクァーンで人数分造成し、加熱処理。配給シマすか?』

『そうですねー。あ、そういえば今日はフクシマで、かれー祭りやってたんだっけ? 私も行きたかったけド、それどころじゃないですしねー』

『フフフ、ならば、同胞に助力を要請し、カレー祭りの食材を保存確保してもらえば良いではないのですカ?』

『ま、それもそうなんですけどネ……さて、んじゃチョットお食事にシマしょうか』


 コトコトとお湯を沸かしてフェルサン厳選カレーセットを人数分ハイクァーン造成し、ささやかなカレー祭りを行う諸氏。

 サマルカ人のところでも、カレーは優秀な栄養補給食品として、奨励されているそうな。

 お米もきちんと炊いて、それにかけて美味しく頂く。

 しかし今、その味もなかなかに反応しないナヨ帝のニューロンデータに、何が足りないのかなぁと、そっちに意識がいっていまい、イマイチ味覚が飛んでしまうニーラ教授。


『あの数式は、サマルカさんのおかげで、すぐに入力できましたしー、付随資料も色々ブチ混んだのデスケド……イマイチですねぇ……なーにが足りないんだろ?』


 すると、サマルカ人の女性型責任者は、彼女らだからこそ気づく、面白い点を指摘してくる。


『ニーラ副局長。恐らク、現行のデータ入力作業の方針は、間違ってはいないと思いまス』

『フムフム』

『仮に、現行作業が間違っていた場合、ニューロンシステムのセキュリティが作動し、データの入力が拒否される、ないしは入力したデータが、自動的にデリートサれていくでしょう』

『ハイ、確かにそうデスね……現状、反応はないデスが、エラーは出ていないし』

『ハイ、それでここまでの作業で、後足りないものとして、私が気づいたのは……貴方がた自然分娩型生物の情緒的感情デハないでしょうか?』

『ヘ? ジョウチョテキカンジョウ?』

『ハイ。私達ニハ存在しない「恋愛感情」「愛情」「性的欲求」トイウモノデス』

『フムフム』

『モシ、それに準じる交信記録や、ナヨクァラグヤ帝の、当時の行動記録等が散見デキルデータがあれば、そういったものも入力してはイカガでしょうか?』

『ウ~む、なるほどなぁ……でもそんな資料あったっけナぁ……そういうのは気が付かなかったなぁ……』


 そう、若さである。

 ニーラ教授は、まだ若い。なので、実はかような天才少女故に、彼女と対等なデルンがおらず、恋愛経験がまだないのである。なのでかえってそういった感情を不思議がるサマルカ人に指摘されてしまった。

 だが彼女もこの件に関わったプロだ。そういう経験がなくても、それに準じたものがあるかどうかぐらいは記憶していた……パンと手をたたき……


『あ、アレが使えるかな?』


 ニーラは部屋中に出したVMCモニターを色々探して、あるVMCモニターボードを見つけると、それを手にとって、サマルカ人リーダーに見せる。


『コれだこれだ……』

『フム、コレハ? ヤルマルティア語の発音に準じた、5文字・7文字・5文字・7文字・7文字のパターンを持つコードに見えますが』

『私もよくわかんないんですけど、昔のニホン人サンは、こういったパターン化されたコード文字をお互いに送り合って、自分の感情を相手に伝えたソウですよ』

『ナルホド。で、このコード集が、かような歴史的な情緒に伴う記録であると?』

『だそうなのですが、古いニホンゴなので、何書いてるかワカンナイデス』


 そういうと、サマルカ人達は、集まって早口で、データの交信のような会話を始め、何かを話し合っているようだ。


『ニーラ副局長』

『はい?』

『とりあえず、そのコードを全部打ち込んで見ましょう』

『フム、結局そうなりますか、わっかりました。んじゃやってみましょうか』


 そういうと諸氏手分けして、今までに収集したそのコード交信記録のようなものを、スキャニングして入力していく……



 そんな作業がしばし続く……



 そして……



『サテ、これが最後ですねー。ではではっと』


 ニーラがスキャニングしたコード。



【アフコトモナミダニウカブワガミニハシナヌクスリモナニニカハセン】



『フゥ、終わりましたケド……』

『フム、特に何も起きませんネ……』

『フフ、まぁそんな簡単にいけば、苦労はしませんけどね~』

『ウ~む、我々の見解が間違っていましたか?』

『マァマァ、そういう記録はこれだけではないですから、色々やってみましょうヨ』

『エエ、そうですネ……』


 そんな感じで首をコキコキやるニーラ教授。今日はここまでかなと。


 今日は撤収という感じで、お泊り準備をしていると……血相変えて飛び込んでくるイゼイラ人のデルン……その服装から、医療部スタッフのようだ……


『こ、ココか?……おいアンタ! いまここで何かしたか!?』

『ム、アンタとはナンデスカ。初対面の人物に……私はヤルバーン州科学局副局長のニーラ・ダーズ・メムル キョウジュデスヨっ!』

『あ、そ、それは失礼。そんな役職の方だとは……あ、じ、じゃぁ今すぐ医療室まで来てもらえますか? ニーラ副局長』

『? 何がなんだかよくわかりませんが……わかりました。ではみなさんも一緒に』


 と、血相変えてとんできた医療局スタッフに付いて、医療室に飛んで行くニーラとサマルカ人スタッフ。

 

 そして医療室に入った瞬間! さしものニーラ博士にサマルカ人もその光景に吹っ飛んだ!


『な! ななな、なんですかコリは!』とニーラキョウジュ。

『コ、コレハ……こんな現象ありえない! いや、できるのですか? コンナこと!』



 彼女達が見た光景。

 一器の緊急生命維持に使用される仮想臓器造成移植用の医療ポッドがフル稼働し……みるみるうちに骨格・神経・内蔵・筋肉が造成されていく。しかも仮想である。


『え? え? そ、そんな……仮想造成でここまでのものって……』


 ニーラが狼狽する。しかし確かに、仮想臓器ではあっても、まね事させるだけなら、不可能な話ではない。ただ、そんな事誰もしなかっただけの話なのだ……おそらく……


 更に眼球が造成される。但し……脳は造成されなかった。代わりに……頭部にはなんと、ハイクァーン造成で、PVMCG。つまりゼルクォートシステムが造成されていく……それは頭部の脳が収まる場所に、スッポリ入り、さらに生体が仮想造成されていく……

 体は女性型に造成され、皮膚が造成される……色は、真っ白だ。だが頭部の羽髪は藍色を基板にした極彩色……


 その姿をポッド上から覗き込むニーラと、医療スタッフと、サマルカ諸氏……んで……

 全員ひっくり返りそうになった!!


 

 そう、今、真っ裸な仮想造成生体ともいうべきその姿の主は……

 




 『ナヨクァラグヤ・ヘイル・サーミッサ』だった…… 







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作中世界の学校の歴史の授業で使う教科書には国を問わずに日本国のティエルクマスカ連合への加盟についてページを割くはずであり実際の調印式の写真は絶対に掲載されると思う(例外の国があるとすれば北朝鮮くらいか…
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