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ある日の事……
衆議院議員フェルさんは、ティエルクマスカ連合議長、マリヘイル閣下とゼル会談中であった。
いやはや、いくら休職中の旧皇終生議員なフェルとはいえ、基本、今は一介の衆議院議員一年生。それがティエルクマスカ連合議長とホイホイ会談を行えるなど……『衆議院議員』という立場で言えば、そりゃもうそこらへんの閣僚よりよっぽどスゴイわけで、流石、自保党の虎の子といった感じであるが……
ズズズと熱いお茶を飲み、コトンと机においてやおら語りだすマリヘイル閣下。
『フリンゼ……』
『ア、ハイ……』
『今日の会談……というよりも、個人的なお話でお呼びしたのですガ……』
『は、はぁ……』
二人の雰囲気……会談というよりは、どちらかっつーと、『お説教』に近い。
『……お互いフリュ同士で、というお話ですけどモ……』
『……』
『……そろそろ式の事も考えていただかないと困りますよ、フリンゼ……』
『ハァ……式デスか……』
ハァ、と溜息を付くフェルさん。
イキガミサマの式である……一般人的に、学生時代や職場の友人呼んで、「おめでとー!」などというような脳天気な感じ……というわけにいかないのは確実である。
『……で、どのような式にするのですか? まぁ、今回はダンナ様がチキュウ人の方ですから、チキュウ式になさりたいのでしょうが……ヤーマ家の事もあるでしょうに。そこのところはどうお考えなのです?』
『ハイ、マサトサンとニホンの籍を入れる時に少し相談したのですガ……マサトサンには、イゼイラ共和国での入籍登録は、ムコヨウシサンということでお願いしましたデス』
そう話すと、マリヘイルは意外そうな顔をして
『あら、そうなのデスか?』
『ハイ、それで、ニホン国では、私がカシワギ家へ入りましたでス。なので、マサトサンのイゼイラでのムコヨウシ入りは、ヤーマ家の血を絶やさない為で……マァ、体裁上そうさせてもらっているような形になっているワケでして、マサトサンのマルマサマや、ファルンサマにも「是非そうしなさい」と承諾頂いているデス』
そう、実はよくよく考えると、フェルは世が世ならイゼイラの女帝である。
ということは、柏木は本来フェルと結婚すると、皇配すなわち、女帝の配偶者になるわけで、本来、籍はヤーマ家の方へ移してやらないと、おかしなことになってしまう。
そして、イゼイラという国家としても少々困ったことになる。
しかし、フェルさんの心情としては、柏木家へ籍を入れたいのである。そう、『カシワギ』の姓を名乗りたいのだ……なぜなら、父と母と姉妹ができるからである。
ということで、書面上、イゼイラでは柏木はどう見ても皇配になるので、婿養子扱いにし、日本では普通に柏木家へ籍を入れるような形にしている。
子供ができた際、これもフェルと相談して、イゼイラではヤーマの名を。日本では柏木の名を名乗らせるような形で登録しようという事になっている。
なので、結局紆余曲折あって、フェルさんは、イゼイラの市民登録名では“フェルフェリア・ヤーマ・カシワギ・ナァカァラ”という、ちょっと長い登録になっているのだ。
……ちなみにイゼイラでは旧姓も大事に扱われるので、もし仮にイゼイラでフェルが柏木家に入ると仮定した場合は、“フェルフェリア・カシワギ・ヤーマ・ナァカァラ”となる。
あくまで登録名なので、日本では一般的な呼称名として、“フェルフェリア・カシワギ・ナァカァラ”で通っている。フェルさんは柏木の名を名乗りたいので、そんな感じ。
イゼイラの場合、こういう名前の登録方法なので、例えば、ヴェルデオの“ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマ”という名前も呼称名であり、本来の市民登録名では、バウルーサの後に、嫁さん側の姓が続く。
ということなので、イゼイラでの柏木の名は“マサト・ヤーマ・カシワギ”としている。
始祖名がカシワギなので、カシワギ姓を二つかぶせなくてもいいだろうということだそうだ。
……ティエルクマスカ連合の婚姻に関する法では、多重国籍者の場合、その所有する国籍の法へ、個別に合わせて良いとされている。
これもその理由は簡単な話で、連合にはいろんな婚姻形態がある。種族によっては、一夫一婦制でない種族もいたり、一夫多妻制や、一婦多夫制、他、生物学的に地球人には理解不能な婚姻関係など色々あるので、統一させること自体そもそも不可能なわけであり、そういう形になっている……
『……ナルホド、では、フリンゼの希望としては、チキュウで式を挙げたいという事なのですね?』
『ハイです。イゼイラ国民のミナサマには申し訳ないですけど、やっぱりソレが筋だと思うデスヨ。で、イゼイラに帰国した際、改めて披露宴を開くということでお許し頂きたいデス……ファーダ・サイヴァルにもそのようにお願いしているでス』
『で、サイヴァルは何と?』
『「フリンゼ自身の事だから、気にせずに好きにすればいい」と仰って頂いているデす。それに……私の場合は“聖地”で式を挙げる方が、国民も喜ぶだろうっテ』
そう話すと、マリヘイルも唇に指を二本当てて、チラチラ動かしながら、何やら考えて……
『あっ、そうか、そうですか……『聖地』ですか……なるほどね、イゼイラとしては、やはりソチラのほうが重要なのですねぇ……フムフム……わかりました。では、それに合わせる感じで行うしかないようですね』
その最後の言葉に『???』となるフェル。
『ハ? 合わせる? 行う? ナンデスカ? それは……』
『ン? いえ、実はですね…………』
………………………………
いつものある日。ネットの風景……
【銀河】宇宙にエルフがいた件について【連合】part1
5名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
エルフキタ―――(゜∀゜)―――― !!
6名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
―――(゜∀゜)――――
7名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
キタワー!!.。.:*・゜(n`.∀´)η゜・*:.。.ミ ☆
8名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
キタ━━━(;´Д`);´Д`);´Д`);´Д`);´Д`)━━━━!!!
9名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
……宇宙って広いよな……
10名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
……ああ、宇宙って広いな……
11名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
……宇宙って、やっぱりヤバかったな……
12名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
……ああ、宇宙はやっぱりヤバイ。素人は手を出さない方がいい……
13名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
しかし……なんで宇宙人なんだ?
14名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
シラネーヨそんなの……たまたまとしか言い様が無いだろ。
そもそも、アレが「エルフ」なんてのは、コッチが勝手に決めてるだけの話だからな。
しかも、あの『耳』だけでいえば、『日本人が』……
15名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
しかし……よりによってなんであの『耳』なんだよ……
16名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
俺は最初聞いた時、てっきり「長寿と繁栄」の方かと思って、中指と薬指広げる練習してたぞ。
17名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
>>16
中指と薬指。俺、できない……それ……
18名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
よりにもよって、M61の方じゃなくて、笹穂の方かよ!
19名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
オイ……おまえら、ちょっとマテ……
キャプテンやリアッサ姉=リザードウーマン。
フェルさんやニーラハカセ=鳥人。
シャル姉=獣人。しかも猫系。
で、今度のパウルさん……
20名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
実は……ティ連は、異世界への入り口……
21名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
>>20
まぁ……ある意味、異世界っちゃー異世界だわな、ティ連は。
神様は、俺達がハァハァできるように進化を……
22名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
>>21のようなアホはほっといて、ワイドショー、そろそろ始まるぞ……ワクワク。
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首相官邸では、今回の福島第一原子力発電所解体・抹消作業に従事したパウル達派遣工兵艦隊の代表者らへ、二藤部の一存で決めることの出来る顕彰である『内閣総理大臣顕彰』授与を行うことを決めた。
この内閣総理大臣顕彰というもの。
所謂、日本国民なら誰でも知っている、日本国で最高の顕彰である『国民栄誉賞』の下位に当たる顕彰である。
国民栄誉賞は、これ内閣総理大臣の一存で授与させることができない。有識者の意見見解がなければダメなのだ。
そして、特に法で定められているわけではないが、日本国籍の人物であることが望ましいとされている……とはいえ、実は国民栄誉賞の最初の受賞者は、台湾籍のホームラン王な野球選手だったりするわけだが……
そういう事なので、内閣総理大臣の一存で受賞させることができる『内閣総理大臣顕彰』をパウル達に与えることとした。
内閣総理大臣顕彰の受賞資格者規定の中に……
○国の重要施策の遂行に貢献した者。
○災害の防止及び災害救助に貢献した者。
という規定がある。即ち、パウル達に与える賞としてはうってつけだったのだ。
パウル達も、イゼイラのフリンゼであり、今は日本の議会議員でもあるフェルからもたらされたこの報に相当びっくりしたようで、恐縮しまくっていたという……それもそうだ。彼女達からすれば、軍の命令に従って、当たり前の事をやったに過ぎない。そして、パウルとしては、ヂレール核裂エネルギー施設という発達過程文明の発明品を堪能させてもらったわけであるからして、感謝したいのはパウル達の方であって、まさか自分達が感謝され、しかも一国の国家宰相から賞まで頂けるとは思っても見なかったようだ。
ということで、今、福島で宇宙空母カグヤ用港湾を建設中のパウル達に、少々ご足労頂いて、首相官邸まで来てもらっていた。
そりゃもうパウルとその側近達は、これ以上ないおめかしをして首相官邸にやってくる。
連合防衛総省の服ではなく、ディスカール共和国軍の、最高級儀礼式典用制服でやってきた。そりゃもう何事があったかのような感じ。
彼女達は一旦ヤルバーンヘ転送移動し、羽田空港へやってきたわけだが……
羽田で待っていた彼女達をお迎えにあがったのは、日本政府の公用車だ……パウルも無論な話だが、日本へ来る事は初めてなので、公用車の中から笹穂耳をピコピコさせつつ、この日本の風景、東京の風景を楽しんでいたようだ。
特にパウルは地球、日本のいろんな乗り物や建造物に大変興味を示していたようで……
『アノ……すみません……』
「は、何でしょう」
と、公用車の運転手が応えると
『あの、二つの転輪で走行する乗り物は、なんというものなのでしょウ』
「え? あ、ああ、オートバイの事ですね。それが何か」
『あのような速度で、しかもたった二つしか無い転輪を……おそらく遠心力で安定させて走っているのでしょうが……相当危険な乗り物に見えますが……』
「なるほど、ははは、ディスカール人さんのところには、ああいう乗り物は無いですか?」
『ハイ、もちろんです』
「確かに、リスクはある乗り物ですけどね……」
運転手は、バイクの何たるかをパウル達に解説してやった。
運転手、どうやらバイクファンのようで、バイクについて、異星人相手に熱く語る。
そして、彼女らも一度乗ってみたいと……やめておいたほうが……
とまぁ、そんなやりとりがあってーので、パウル達を首相官邸迎賓室へ招待。
マスコミがいる中、二藤部はパウル達へ表彰状と、盾を贈った。
そして副賞として金一封……と言いたいところだが、彼女達に、金一封を渡しても仕方がないので、此度は特例で、第一・第二工作艦のクルー全員に、最高級万年筆を贈呈したそうだ。
その目録を見たパウル達は、大層喜んでいた。
ティ連では、意外に日本製筆記用具の人気が高い。
以前、柏木もヤルバーン国交祭で、かのディスラプターガンイミテーションと交換してもらったのは、筆記用具だった。
受賞式の後、パウル達と、二藤部、フェルが官邸応接室で会談する。
その様子もマスコミは撮影し、ニュースやワイドショーで流していた。
『ファーダ・ニトベ総理ダイジン。一つお伺いしてよろしいでしょうカ?』
「はい、何でしょうパウルさん」
『ニホン人の皆様は、どうも私達の容姿に特別の感情を抱いていらっしゃるようデスが、これはどういう事なのでしょうか?』
二藤部は、その質問が出たかとばかりに、手元にあった三島厳選の説明資料を取りだす。
「パウルさん、この資料をご覧ください」
二藤部は、日本で有名な「呪われた島」の画集をパウルに見せる……
他に、自衛隊が異世界で活躍する小説原作のコミックを見せたり……
他、宗教絵画の資料など、そんな類のものを彼女に渡す。どうぞお持ち帰りくださいと。
するとパウルはそれらを読んでしばし後、目を丸くして……
『こ、コレは……ディスカール人??』
「ははは、いえいえ、違います……」
二藤部は、地球に存在する「エルフ」「妖精」の概念や、その容姿を説明した。
そして、ディスカール人の容姿が、その地球世界で言う「エルフ」といった想像上の超自然的知的生物にそっくりなのだと。
パウルは、二藤部のその説明に「ほうほう」と感心しきりで、それこそ笹穂耳をピコピコさせて聞き入る。
『ふぅむ……我々ディスカール人は、この惑星ハルマとは、何の縁も所縁もない種族デスが……かような類似性を持つとは、これも大宇宙の意思というか、因果のえにしを感じざるを得ませんね、ファーダ』
「そうですね。我々はイゼイラ共和国を通じて、このティエルクマスカ銀河連合への仲間入りを果たしました。そして、今後もいろんなティエルクマスカ連合各国との国交を深めていくことになるでしょう。これを機に、貴方がたディスカール共和国との友好も深めていけたらと、我が国は考えております」
『畏まりましたファーダ・ニトベ。私からも本国に、この不思議なえにしを報告し、意見具申をしておきましょう……フム、では、ハルマ、ニホン国との主要交渉権は現在イゼイラ共和国にありまスから、かような関係になる以上、イゼイラ共和国とも、今以上に関係を深める必要がありますね……フリンゼ・フェルフェリア……あ、いえ、フェルフェリアニホン国議員、イゼイラと我が国は、国の距離もあって、その交流があまり活発ではありませんが……かつての貴国皇帝陛下のお話は聞き及んでおります。これを機に、イゼイラとも更なる人的交流の活性化を図る必要がありますね』
『ハイ、仰る通りと思いますパウル艦長。これを機に、私の方からも、イゼイラ議長サイヴァルに、意見具申しておきますデス。パウル艦長におかれましても、よろしくお願い申しあげますでス』
フェルもティエルクマスカ敬礼で応じる。
これが衆議院議員、フェルさんの強みだ。日本国衆議院議員でありながら、日本の外交と、イゼイラの外交、つまり、ティ連内の外交を一気にやってしまう……流石は旧皇終生議員様である。
『……という感じでよろしいですね、ファーダ・ニトベ』
「はい、大変結構かと、さすがはフェルフェリア先生です。素晴らしい働きですね」
『イエイエです。これぐらいしか私はできませんから、ウフフフフ』
ティ連内外交での虎の子、フェルフェリア議員。日本政府にこれ以上力強い味方はいない。
本来なら、役職を即与えたいところだが、フェルがまだいいというから、勿体ない話である。
しかし……これでイゼイラ・ダストール・カイラス・パーミラに続き、日本人に浸透できそうな異星人種族との親交がまたできた。これは大変に貴重な成果である…………「俺の嫁」と言い出す奴が何人出てくるか……不安でもある……
………………………………
さて、首相官邸でそんな行事が行われていた頃。柏木も忙しく動き回っていた。
宇宙空母カグヤの母港建設を視察に訪れた柏木。今、カグヤの甲板に立っていた。
カグヤの甲板から双眼鏡をのぞく。
ディスカール第一工作艦が、平たんに整地した福島第一原子力発電所跡地の海側を、土木建築用の大規模転送システムと、ハイクァーンシステムをフル動員して深く掘り返している。
無論、カグヤの喫水に合わせて、転送装置を駆使し、深く深く掘り返しているわけだ。
掘り返した際の瓦礫や汚泥は、汚染の可能性も含めて、それまで通り、カグヤを中継してヤルバーン汚染物質処理区画へ送られ、宇宙へ廃棄放出される。
その際に検出した……津波後に流されてきた震災犠牲者の遺体を探知した場合、即座に日本政府と福島県警へ報告し、ディスカール様式の綺麗な棺へ丁重におさめられて仮設の遺体安置所へ転送された……
遺体安置所ではディスカール人の臨時葬送官が一人置かれ、送られてくる棺を前に、因果世界でのより良き人生の融合を願うような言葉をあげている。
自衛官の敬礼と、ディスカール人の敬礼で遺体をおくる。そんな感じ……
遺体はヤルバーンのバイタルシステムで、次々に身元が判明し、即座に遺族へ通達される。
身元が判明した遺体は、ヤルバーンと契約した葬儀屋が遺族の元まで遺体を運んでくれた……
やはりまだ、希望は見えてもまだ、かような哀しみの残影も出てきたりと……これも致し方ない事である……
さて……原発跡は平たんなさら地になったとはいえ、そういう事もあって、件の産廃処理施設からもってきた再生建築資材が山のように積まれていた。
ハイクァーンで一気に港湾施設を建設するのかと思いきや、そこは地元産業活性化のため、日本・地球流で、普通に建築していくという寸法だそうだ。
公平な入札がなされ、建築業者も決定し、特危自衛隊施設……とはまだ公には知らされていないので、ティエルクマスカ連合の施設と言う名目で、建築が進んでいる。
「いやはや……原発の廃炉抹消処理の速さにもびっくらこきましたが……もうここまで港の建設が進んでいるとは……」
柏木大臣は、双眼鏡で陸を眺めつつ唸る。
すると、隣で控えるリアッサ二佐が……
『ソノアタリハモウゴ覧ノトオリダ、カシワギ。カグヤ甲板モ大忙シデナ……』
柏木は双眼鏡を目から離して、甲板の方を見る。
すると、陸上科のTRが貨物物資を満載にして、ひっきりなしに陸とカグヤを往復しているようだ。
無論、カグヤ搭載のTRだけでは間に合わず、イゼイラ側のデロニカや、仙台駐屯地からも応援のヘリがやってきて、小牧基地からは、C―130輸送機もやってくる。
小牧の輸送機パイロットは、最初、カグヤに着艦しろと言われた時「何を寝言言っているんだコイツらは」と思ったそうだが、件のトラクターフィールドで離発着させられた時は、やはり相当にびっくりしたそうだ……
「……当面は港湾建設の、物資や人員中継基地ってところですか? この船は」
『マァ、ソンナトコロダナ。コレカラ“トッキ”モ忙シクナル……確カ、近イウチニ、ニホン国ノ議会デ、正式ニ“ジエイタイ”トシテ、承認サレルノダロウ?』
「ええ、例の憲法9条のからみがありましてね、件の防衛総省軍管区司令部の代替として丁度良い組織ということで、特危に白羽の矢が立ちました」
『ト、イウト?』
「早い話が、この特危自衛隊が、ティ連加盟国で普通に設定されている『ティ連防衛総省軍管区司令部』つまり『日本国軍管区司令部』の代替組織になります」
柏木が説明するには、例の憲法9条のからみもあって、やはりどうしても現行の陸海空自衛隊から、軍管区司令部に相当する組織を割くのは難しいと。
日本側がそう連合本部に連絡すると、連合側はそういうことなら、現在、ヤルバーンと結んでいる条約である『日・ヤ防災安全保障協定』下で稼働している組織を統合して、条約下で稼働する専門の組織として成立させることができないかと提案をしてきた。
つまり、特危自衛隊と、メルヴェン隊を統合して、日・ヤ防災安全保障協定下で稼働する専門の組織として日本、ヤルバーン州の共同管轄部隊として発足させてほしいということだった。
……つまり……早い話が、現状の特危とメルヴェン隊……つまりカグヤの状態を、日本とヤルバーン州共同で、公に公表しなさいという事だ。
日・ヤ防災安全保障協定は、先の『魚釣島事件』の際でもわかるとおり、ヤルバーンの利益に反するテロ行為にも適用され、日本も共同で対応に当たることになっている……つまり、日本とヤルバーン関係を害するテロ行為という『犯罪行為』に限って言えば、集団的自衛権の行使も認める内容なのが、日・ヤ防災安全保障協定なのだ。この件は、魚釣島事件が終わった後の官房長官会見で、浜がはっきりと明言している。
もし、それが可能であれば、連合防衛総省軍管区司令部の設置も、特危自衛隊が代替することで、当面はそれでいいと連合本部からお達しがあったのだ。
このあたりは、ジェルデアがうまい具合に話をつけてくれたらしい。
おそらく日本の特殊な事情を説明するのに四苦八苦したのではないかと思うが、その成果がにじみ出るような決着のさせ方だ。
つまるところ、騙し騙しやってきた今までの安全保障関係を、正式なものにしたら? という事なのだ……
逆に言えば、連合側も最大限の譲歩をしてくれているともいえる。
この連合防衛総省軍管区司令部の設置は、ティエルクマスカ連合が連合ゆえの根本ともいえる『法』だ。従って、日本の法制上の我儘をここまで聞いてくれるというのだから、日本側もそれ相応に応えなければならない。
ここで、日本共産連盟のいう『憲法9条での、連合防衛総省軍管区司令部設置の免除要請』などというアホな事を言いだした日には、ティ連全体で『日本とはなんなのだ。連合と連携する気がないのか』という悪いイメージを持たれかねない……それ以前に『恥』である。
「……と、そんな感じで、今度国会で法制化する手筈になっているんですが……さすがにこればかりは、私も国会で説明せにゃならんわけでして……外交安全保障部局の予算委員会出席を求められているデス……ハイ……」
今回ばかりは、さすがに「国会出席免除」というわけにはいかないだろうと、トホホ顔な柏木大臣。
『ククク……ソレハソレハ、ゴ苦労ナコトダ。マァ、我々ノタメニガンバッテクレ、カシワギダイジンドノ』
笑いながらパンパンと柏木の肩を叩くリアッサ姉さん。
柏木先生も、どうやって特危自衛隊の存在を答弁しようか、思案中という事だそうな……
「……ああ、そうそうリアッサさん。ところでオーちゃ……あ、いや、大見三佐は? 見かけないようですけど」
『ン、オオミカ? 彼ナラ今、アソコダヨ』
リアッサは元福島原発跡地を指さす。
「なるほど、せっかく会えると思ったんだけど、しゃーないな……で、シエさんと多川さんは?」
『ン? アノ二人カ?』
「ええ、挨拶でもしていこうかと」
『ナラ、今日は無理ダ』
「ヘ?」
『アノ二人、今日ハシフトデ休ミダ……デ、二人シテ、ドコカ出掛ケテイル。クククク』
「え゛……そうなんですか?」
『ウム、ソウイウコトダ。フフフフ』
「ほうほう、クククク」
柏木とリアッサ。二人してヘの字な目で笑う。
なかなかに進展しているなと。
で、お宅はどうなんだと柏木が突っ込むと、リアッサも「順調だ」と。
例のレストランへも行ったらしい。大変に楽しかったと……その後も色々と男女関係を深めたそうな……
リアッサの場合は、自分からコクりにいったので、もうお相手とは、みんなの公開公認の仲だ。そういう点では屈託がない。
はてさて、シエ嬢と多川一佐、どこへ一緒に行ったのやら……
『トコロデカシワギ、オマエコソ、フェルハドウシタ? 一緒デハナイノカ?』
「フェル、今日は首相官邸ですよ。パウル艦長と総理が面会するので、パウル艦長のサポートで付き添っています。例の件での授賞式もありますんで」
『アア、ソウカ、ナニカソンナ事ヲ言ッテイタナ、パウルハ』
リアッサもパウルとは知り合いらしい……というか、工兵部隊が必要な作戦で、彼女の世話になっていない者など防衛総省ではいないらしく、士官階級クラスの人間は、ほとんどが彼女のことを知っているという話。
リアッサ曰く、容姿こそ笹穂耳なアレで、外見もあんな感じな、どえらい別嬪さんだそうだが、日本のビフォーでアフターな番組ではないが、とにかく『建築バカ』なのだそうだ。
そりゃもう珍しい建築物を見ると放っておけない性格らしく、いわゆる『ヲタ』領域までイっているという話しらしい。
なので、当初の福島原発修復お持ち帰りをイゼイラ科学省へ提案したのも、実は彼女だそうで、結局諦めたが、この地球世界の原子力発電というものに彼女は大変興味をもったそうだ。
そして、ティエルクマスカの技術を使えば、100%安全に原発を使用する方法もあるということで、今首相官邸で行われている会談で、そのあたりも話しているという。
「……ええ、という話しらしいですね。そのあたりは私も話は伺っています」
『ウム、デ、ソノアタリヲティラスト、ダルガ話ヲシタソウナノダガ、トリアエズ“カグヤ”ノミナトヲ造リ終ワッタラ、第二工作艦ノミ火星ヘ帰還サセ、第一工作艦ハ、一時ヤルバーン州ヘ預ケルトイウ話ニナッタソウダ』
「え!? でも、いいんですか? そんな事をしたら火星の開拓に支障が出るんじゃ……」
『ナニ大丈夫ダ。別ニパウルダケガ優秀ナ工兵技官トイウワケデハナイ。火星ノ艦隊ニハ、パウルクラスノ技官ハ沢山イル。心配ハイラン』
……日本がティ連に加盟し、今後のエネルギー政策を考えた場合、おそらくそれはもうティ連が使用している科学技術を利用したエネルギー技術の導入、実用化という話に普通はなっていくだろうと思うだろうが、現実はそんなに甘くはない。
エネルギー政策とはコレ即ち、純粋なインフラ政策である。なにかいい発電方法ができましたと言って、はいそれではと、ポンポンいかないのがこういうインフラ政策であり、『事業』なのだ。
例えば、自然再生エネルギーにしても、地熱や波浪発電もあるし、太陽光発電と燃料電池発電をハイブリッドさせれば、もう他のエネルギーはいらないのでは? という意見もある。
しかし、そこにはやはり『利権』が絡む。
なぜにかようなインフラが伴う産業に、利権の話が必ず出てくるかというと、コレもある意味仕方のないところで、簡単な話、それだけ『金をつぎ込んでいる』からだ。
金をつぎ込んで、長年インフラで稼ごうと張り切っている時に、かような新技術が出てきて、そっちに話題性をかっさらわれることは、こういった利権構造集団にとっては、メチャクチャマズイことなのだ。
従って、そんな“次世代”の話は、“今の話”をペイさせてからでないと、利権集団は耳をかさない。
結局は『金』なのだ。
このある意味聞くだけ段々と腹が立ってくる理屈に、パウルも持ち前のマニア魂を炸裂させて、色々と調べあげた結果、現在の原子力発電所をティ連技術を使って、超安全に再稼働させようと、パウルは二藤部に提言したらしい。
なんせティ連のエネルギーソースといえば『ダイソン・スフィア』である。
あとは『宇宙線透過エネルギー』とかいう技術やら、色々と。
さすがにそんな技術を、いきなり日本で運用させるのは無理な話だ。利権以前の話である。
それならばということで、原子力発電という、ティエルクマスカ的に見ても、比較的エネルギー生産効率の悪くない発電方法で、地球の未熟な放射能対策技術を、ティエルクマスカの技術で補完させることができれば普通に原子力発電を安全に使えるではないかと、今会談でパウルは二藤部に提言したらしい。
そして、彼女はその気があるなら、自分の工作艦で、日本じゅうの原発を改造しても良いと提言してくれた。
二藤部政権としても願ったり叶ったりな提言で、今後核融合や、太陽・燃料電池ハイブリット発電等々の新世代エネルギーの開発、更にはティエルクマスカ技術のエネルギー開発などを推進していく上で、パウルの提言がその中間を埋める調度良い施策であるということと、世の病的な原発アレルギーを黙らせる事ができる妙案だということでさっそく検討に入るという話である。
ここだけの話……というわけではないが、これで次の参院選や、統一地方選で、原発問題がクリアできるという点は非常に大きかったりするワケだが、そこは大人の事情で言わない……
カグヤ甲板で、そんな事が官邸でも話されているだろうと話すリアッサ。
いつのまにやら二人は、カグヤ甲板に座り込んで、熱いコーヒーをすすりながら話していたり。
この福島原発解体が、単純に「日本として、とても邪魔な建物を一つ消し去った」という話では終わらないということを感じ入る柏木大臣。
確かに……原発をティ連技術で安全に使うことができれば……それに越したことないじやぁないかと、こりゃ誰しも思うだろう。
リアッサが解説してくれる話では、彼女もそこは専門ではないので「自分の分かる範囲で」という前提での話だが……
『……オソラク、ヂレール炉ヲ、事象可変シールドデ保護シテ、ヂレール線ヲ完璧ニ封ジコメタリ、放射性廃棄物ハ、今回ノヤルバーンデノ処理ト同ジヨウナ手法ヲトッタリ。地下一〇〇〇キロメートルクラスヘ転送デウメテシマウ方法ヲ復活サセル方法モアル。ソシテ稼働中ノ破損事故ハ、ハイクァーンメンテナンスシステムヲ使エバ、放射性物質ノ漏洩事故ナドソウソウ起キナイダロウシナ。災害時ノ復旧モスグダ』
「なるほど、ははは! 確かにそんな原発ができれば無敵ですよね。火力発電所並みに普通に使えますよ……確かに、こりゃ色々と……まぁ政治的にも強い武器になるんだろうなぁ、ははは」
二人がそんな話に興じていると、艦内放送が鳴る。
『達。カグヤ港湾仮設桟橋部完成。これより接岸に入る。物資揚陸関係者は配置につけ。繰り返す……』
ほぉ、という顔で放送を聞く柏木。
「へー、早いですね!」
『イヤ、マダ仮設ノ桟橋ダ。オドロクホドノモノデハナイ。工作艦ナラソノグライノ橋頭堡建設グライハスグニヤルヨ』
「なるほどなるほど、橋頭堡ねー」
ウンウンと納得する柏木。要するに最初は野戦基地建設感覚でいこうという話なのだろう。
そして、その放送を聞くと、リアッサもよいしょと立ち上がり……
『サテ、私モ仕事ダ。カシワギ、オマエハコレカラドウスルノダ?』
「ええ、藤堂さんや、ティラス艦長とも挨拶は済ませましたので、適当に艦内を視察して、東京に帰ります」
『ソウカ、オオミニ会ワナクテイイノカ?』
「時間がね……てっきり私も船に乗っているもんだとばかり思っていましたから……すみませんが、よろしく言っておいてもらえますか?」
『ソウカ、ワカッタ』
そして、リアッサはピラと手を振り、自分の仕事へ。
彼も旧福島第一原発……現、カグヤ専用港予定地へ上陸しようかとも思ったが、港湾予定地外の放射線量が、まだ少し高いということもあって上陸許可が出なかった。
完全除染までには、まだ二週間ほどかかるらしい。
だが、除染が終われば、大々的にマスコミを通じて発表し、福島原発収束宣言を出すそうだ。
なんだかんだとやはり放射能被害は手間がかかる。
しかし、今の日本、『手間がかかる』のであって、以前のような『いつの日になるか』という話ではない。その点で言えば、やはりすごい成果である……
………………………………
日本が銀河連合加盟を決断し、政府が解散総選挙に打って出て、日本は連合に加盟した。
その後の動きは激動たるものがある。
フェルさんの衆議院議員選出という驚き。
ヤルバーンが、州自治体になり、軌道エレベーター化してしまったという驚き。
それに伴い、今後日本国民なら、誰でもヤルバーン州のてっぺん。即ち、宇宙空間にジャケットとバックパック姿でこれてしまうという驚き。
福島第一原子力発電所が日本から消滅し、あっという間に平地になり、宇宙空母専用港湾になるという驚き。
それに伴い……放射能が除染され、この地の民が、故郷に帰れるという驚き……
近い将来、火星に日本国管理区が出来るかもしれないという驚き……ただ、これはまだ国民は知らない……
そして、ディスカール人という、驚愕の容姿をした、新たな種族との接触という驚き……いや、これは日本人……地球人のみ勝手に驚いているだけという話だが……
今、地球の住民として新たに加わったティエルクマスカ人達。
この要素が加わった地球世界というものは、もうそれまでの既成概念は通用しない世界になっていた。
たとえば、英国の産業革命然り。
米国の独立宣言後の歴史然り。
ロシア革命然り。
日本の幕末然り……
歴史に何か新たな要素が加わり、それを由とする人々の意思があれば、それまでの歴史など簡単に変わってしまう。
ヤルバーン飛来事件に始まる一連の騒動も、そういった地球世界における因果の濁流ともいうべき激動
の事象、その一つに過ぎないのだ。
内閣総理大臣・二藤部は、そのような因果の一つになるような重大発表を行った。
それが、先のパウルと会談した『原発全面再稼働開始』だ。
無論、普通に再稼働をさせるわけではなく、放射能・放射線漏えい防止。災害対応機能の付加。使用済み核燃料等々の処理を、ティ連技術を用いて、今後新規エネルギー産業を発展、発達させるまでの中継ぎとして日本のエネルギーをまかなおうという事で、閣議決定した。
さすがにこの発表を行った際、世の原発反対派や、その運動家はどういう反応をすればいいか困ってしまったようだ。
それもそうである。なぜなら『原発再稼働表明』という時点で『二藤部政権をぶっ叩けるぜ、ヒャッハー!』ぐらいに思っていた事が、そこへむけて『ティ連技術を全面的に使って再稼働させますよ~ん』ときたわけであるから、どうしたもんかという話である。
なぜなら、こういった輩の訴える『悪魔の科学技術』が、エコエコNPOあたりが大好きな『超安全な、超絶クリーンな夢の発電技術』に文字通りなってしまった。
つまり、柏木が言っていた『知恵に技が追い付いていない技術』に、ティ連科学という要素が加わったことで『知恵に技が追い付いた技術』になってしまったのだ。
原発反対を訴えることでメシを食っている連中は、次にどういう芸術的な理屈を垂れてくるのか、ある意味担当大臣の柏木も楽しみであったりするわけで、どんな能書きが出てくるか、白木と国会食堂での昼飯を賭けていたりする……
そんな感じで、二藤部政権が目指す政権公約である『発達過程文明としての日本国科学の歴史・哲学・精神の発信』という政策の第一弾として、『原発ティ連技術連携再稼働』という形でモノにする事が出来た。
柏木達安保員会が目指したい今後の日本の科学のカタチ。
ティ連科学と現行地球科学の融合と発展。そして検証。
その一つの姿が『ティ連技術融合で、安全な原子力エネルギーの技術的確立』という一つの成果として出来上がった……これの意味するところ……世界的にも、もちろん影響大であろう……
……さて、そんなティ連と日本の事業と相成ってしまった『パーフェクト原子力エネルギー作戦』で、話題持ちきりのヤルバーン州。
今後ティエルクマスカ的には、まったく価値のなかった「ウラニウム」や「プルトニウム」にも価値が出たりして……
そうなると、世の資本家たちは、あざといもので、原子力エネルギーの未来が明るくなったと『憶測』し、資本を動かす……これが地球世界らしいところ。
そんな中……ヤルバーンの頭脳。若き天才博士の呼び声高い……日本のネコキャラが何より好きなニーラ博士が、福島原発廃炉抹消作戦のお手伝いも程々に、現在進行形の研究に再度取り掛かっていた……
ニーラ博士が、あの時を境にずっと取り掛かっている課題……それは件の精死病根治治療法の研究である。
ニーラ博士。実は最近東大から客員教授として迎えられ、東大内で研究室をもらい、たまに東大生相手に講義を行ったりしている。
ここで「え!? ニーラちゃんは女子高生な風貌なのに客員教授ってどういうことだ」と言う人も無きにしも非ず。
しかしよくよく考えれば、ニーラ博士……地球年齢で32歳なのである。あんなのでも地球年齢的には立派な成人であるからして、そんな風に相成った。
で、東大にいれば、豊富な日本の歴史資料、国文学資料。そして専門家な先生方とも色々交流できるだろうということで、真壁がニーラを誘ったという寸法。
とはいえ、客員『教授』というぐらいであるからして、柏木から『博士』と呼ばれて嬉し恥ずかしいニーラチャンだったのが、本物の『教授』になってしまったので彼女は大変喜んだとか……
そんな東大でのニーラ教授の授業。
教える学問は『量子並行次元理論』
講義する教室にはあふれんばかりの学生が押し寄せるが……おそらくその八割は、ニーラ教授の話を理解できていないだろう……ってか、単位よりもニーラ先生のお姿を見に来ている……所謂『ファン』とやらがほとんどであったり……ニーラ教授も、最近はヤルバーン女性ランキングベスト10に食い込んできているので、そんな感じ。
でもって、肝心の授業のほうだが……物語を書く方も、何をどう書いたらよいかわからんぐらいのややこしい理論や、理屈を秋葉原で買った愛用の指付指示棒で、大きなVMCモニターを指して講義する。
そこで学生達に、良い機会だという感じでティエルクマスカ世界を恐怖に陥れていた『精死病』についても色々と説明をしていたりする……
『えっとえっト、それでデスね……この“精死病”の原因は、結局ふぁーだカシワギダイジンの考案した作戦……今思っても、やっぱり相当無茶な作戦だったんですけど、えっとえっと、“カグヤの帰還”作戦っていうんですけどね。そこで判明したこの病気の原因っていうのが、ディルフィルドゲート通過時における、ティ連初期の、まだ未熟なシールド技術のせいで起こった生体量子と脳量子の重ね合わせに何らかの不具合が起こってたのかもしれないと……で、えっとえっと、それに気づかずに世代交代を繰り返してしまったおかげで、普通なら考えられない相対的な量子性エラーが突如起こってしまって、それが精死病に……』
大きな指付指示棒で、ピコピコ説明するニーラ教授……しかしそのほとんどが『何のこっちゃ』な顔でニーラの話を聞く。
「先生! ではその精死病というのは、病気というよりは、事故の後遺症を放置した結果という事じゃないですかぁ?」
と、そんな中でもニーラの講義を理解できる学生はいる。
その学生が、的確な質問をニーラに問う。
『エットエット、その通りですね。んっと、結局は知らぬこととはいえ、トーラル文明の技術を太古のイゼイラ人や、その他の種族がトーラルシステムの教えのまま使ってしまったことに問題があったようでス……でも考えてみりゃそれも仕方のないことでス。私たちは滅ぶかもしれないという瀬戸際のところで、そんなキュウセイシュサンのような存在と出会ってしまいました。なので……そうデすねぇ、例えるなら、皆さんの世界の『マホー』といった感覚のような感じで、トーラルの存在を扱った結果なのでショウですね~……』
ニーラは、そんな感じで学生相手に講義を行う。
彼女は講義をするたびに、最後に言う言葉。
『……ナのでなので、科学にとって最も大事なことは、経験と発見、発明の積み重ねだということでス……私たちイゼイラ人が、チキュウを調査し、こうやってみなさんに私が講義させてもらっているのも、この大事なことを皆さんに知ってもらいたいからですよ。わかってくださいますね?』
だから彼女たちは、日本の原子力発電所を、彼女たちの科学技術で完全なものにしようなどと、一見すると矛盾した、まどろっこしいことをしようと言い出す。
しかしイゼイラ人、いや、ティ連人にとってそれは地球人には理解しにくいとても大切な行為であり……強いていえば、彼女達の『哲学』なのだ……
こんな話をするニーラの講義は、非常に人気の講義となっており、いつも教室は満員御礼。
中には、いわゆる学生ではない企業や役所等々の聴講者も、大学の許可を得てたくさん来ていた。
……で、自分の研究室に帰ってくるニーラ。
東大の研究室の一室に、VMCモニターがたくさん起ち上がり、山のように書類や古文書のようなもの、巻物が積み上げられた部屋へ戻って来る。
……実は、今上天皇が旧宮家の人々に、出所不明な古文献等々の所蔵品がないかと激を飛ばしたところ、なんと、結構な数の文献が集まったという話。
やはりそういう文献や資料。あるところにはあるもので、その資料の時代も様々である。
無論、それらすべてが有力な資料かどうかというのはまた別の話になるが、それらをヤルバーンシステムへ片っ端からかけてみたところ、なんと、思っていたよりたくさんの、有力な資料が出てきたのであった。
そして、その資料の年代が、やはり今から約一千年前後に集中していたという感じ。
それら文献等々を紐解いて読んでみると、やはり先の二藤部達が見たような、記号のようなものが並んだものであったり……
ただ、此度いろんな資料を研究していると面白いことがわかってきたようで、どうもナヨクァラグヤ帝には、何人か弟子のような存在がいたのではないかという事が判明したのだった。
というのも、件の独特なイゼイラ文字で書かれた数式によく似た算術方式で、漢数字で記されたものも数点出てきたという話なのだ。
無論、その資料はナヨ帝が日本から去ったと思われる以降のもので、とある数学的な課題を、ナヨ帝に何らかの影響を受けた当時の日本人が、イゼイラ数字を漢数字に置き換えた写本のようなものの何かという形で、数点あったという話。
その話をニーラから聞いた、東大の歴史関係学者はドギモを抜かれたようで、旧宮家の歴史的資料からそのような事実が出てきたというのは、日本の古代史を覆す歴史的発見だと色めいていたという事。
なぜなら……単純に考えて過去一千年前に、ナヨ帝から教えを受け、イゼイラ数学なり物理学の一端を知っていた日本人が、当時いたという事になる……
これはある意味、脅威以外の何物でもない……その日本人は、イゼイラ人がトーラル文明へ接触したのと同じ体験に近いことを、ナヨ帝との接触を通じて行っていたという事になるからだ……
もし、その日本人が受けた知識の影響が、後の世代に何らかの形で引き継がれていたなら……
そういう歴史ロマンを掻き立てる事実も出てきたりと、ニーラ教授の研究成果は、精死病の治療法研究に留まらず、日本という国の国体や、歴史的影響へも波及しようとしていた。
……しかし、そのあたりはともかく……
ニーラ先生的には、やはり精死病の治療法研究が第一としてあるので、そのあたりの日本的発見があった際には、資料を東大のソッチ方面関係者に全部ポイとあげてしまっているようで、別にそのあたりの成果についてはあんまり興味がないご様子である。
そして今、それら旧宮家資料や、天皇家資料等々の解析を一通り終えた彼女は、ある確信をもって、次の資料解析に取り掛かっていた。
本来なら、真っ先に取り掛からなければならないような題材なのだが、実のところ、当初手掛けたとき、ニーラの直観的に「後回しのほうがいいかも?」と思ったそうで、今、その題材に真剣に取り組んでいたりするわけである……
と、しばしそんな感じで、ヤルバーンシステムを呼び出して思案中のニーラ教授……
すると、研究室のドアをノックする音。
『ハイハイ、どうぞどうぞ、開いていますヨ』
「やぁやぁ、どもどもニーラ先生」
入ってきたのは東大宇宙物理学教授の真壁だった。
『あ、マカベセンセイ、こんにちはデス』
ペコリと可愛くお辞儀するニーラ。
「はい、こんにちは先生。精が出ますな、ははは」
『ハイ~……ニホンの古い資料がいっぱいありますからね~……さすがはトーダイですね』
「いやいや、実は私が他の大学研究機関の知り合いにも声をかけましてな、そっち方面からも結構な資料が送られてきているのですよ」
『ほへー、そうなのですかぁ……それはミナサンに感謝感謝ですね~』
と、そんな感じで、真壁はニーラの研究室を見渡す。
そりゃもう、空中に透過モニターは浮かぶわ、立体映像模型がフワフワ回っているわ、イゼイラ数字が無造作にプカプカと空中に浮かんでいるわと……他の研究室とは比べ物にならないSFじみたその部屋のサマに、思わずニンマリしてしまう。
「あ、そうそう、お昼ご飯は食べましたか?」
そういわれて、グギューとお腹が鳴るニーラ教授。
『ア、もうそんな時間でスか……すっかり忘れていましタ。テヘヘ』
「ははは、んじゃ、お昼を一緒に食べに行きましょうか。精死病治療法の進捗もお尋ねしたいですし」
『ハイ~』
とそんな感じで、とってもレトロな第一食堂へ行ったりと。
実はこの食堂、ニーラのお気に入りだったりする。昭和の学食丸出しなレトロ感がとても居心地がいいそうなのだ。
たまにPVMCGシステム開いて、この食堂でポチポチと仕事をするニーラの姿は有名で、その姿を拝もうと学生もやってきたりするそうだ。
ニーラの頼んだ食事は、しょうゆラーメン。
最近、ニーラ的マイブームなのがこのラーメンという食べ物なのだそう。
フェルのもたらしたカレーに続く第二段が、ニーラ的にはラーメンなのだそう。
味噌、塩、醤油、豚骨と色々試したが、彼女としては醤油系がお気に入り。麺は大盛りを注文したり。
イゼイラ人としては、食べ盛りな年頃なのがニーラ教授である。
ちなみに真壁はかきあげうどん。
ちゅるちゅるとおいしそうにラーメンをすするニーラ。ニコニコだ。
この学食のメニュー。そんなに絶品というわけではない。所詮は所謂学食の域を出ない食べ物ではあるが、ニーラとしては最近開拓したこのラーメンがおいしいのである。
彼女の話だと、イゼイラにも、所謂スパゲッティに似たイゼイラ料理はあるそうだが、こういうラーメンに似た料理はないという話。そういうところもあるのだろう。
「ところでニーラ先生。先ほどの件ですが、精死病一般治療法の件、どうですか? 何かわかりましたか?」
『ハイ、マカベセンセイ……その件なんですけどぉ、何とかなる方法の目途はつきましたが、色々と確かめたいこともこれまたバンバン出てきちゃってる状態でしてぇ……』
「はぁ……と、いいますと?」
『ニホンの皇帝陛下に色々とご尽力いただいた資料を調べるに、あの数式が何を意味するのか、大体理解できてきましたぁ』
「ほー、それは素晴らしいですな。で、一体何の数式だったのですか?」
『ハイ、おそらく次元波動変数の転送数値ですぅ……』
ニーラが言うには、ティエルクマスカで使用する転送装置の転送機能の一つ。一種の簡易ディルフィルドジャンプ時に、使用できる次元変動数値の解を出す公式だろうという話。しかも相当複雑な解をたくさん出さないといけない数式なのだそうな。
……ちなみに、ティ連で使用している転送装置の仕組みは、基本的にディルフィルドジャンプと同じ方法と考えて差し支えない。
かのSF大作映画のような、生命や物質を分子に分解して、バッファーに貯めた後、再構築するといったようなオットロシイ方法はとっていない。
すなわち、ティエルクマスカでは、それほどまでに空間転移、時空間操作技術が発達しているのである……突き詰めて言えば、トーラル文明の特徴が、そういった技術に長けているという事もできる……
で、おそらくその式の解をすべて解析できれば、転送装置を利用するなどして、精死病患者をかような機器にかけることで、生体量子と脳量子の異常を修正でき、完治させる事ができるだろうと、ニーラは結論付けている。
「ほう! そこまでわかっているなら話は早いじゃないですか」
『はい~……でも、数式の解を導き出すのが大変な作業なんですぅ……このあいだ起こったナヨ帝サマのニューロンデータが引き起こした、ディルフィルドゲート乗っ取り事件の時でも、所謂ふぁーだダイジンが行った作戦と同じことを、ザックリとゲートを使ってナヨ帝サマのニューロンデータがやっちゃったみたいなんですけど……今後の治療のことを考えると、しっかりとした治療方法を確立させておかないといけないでしょ?』
「まぁ……そうでしょうな」
『で、そこで色々と研究していると……実は大変なことがわかってきたんですよぉ……』
ニーラがいうには、地球の過去のそういった資料を調べていくうちに、フェルがナヨ帝から植えつけられた記憶を記録に収めたものと、地球世界の古い記録とを突き合わせて比較してみると……
『……どうも、ナヨクァラグヤサマの精神が飛ばされていた並行世界では……精死病の完治方法が確立されていた世界だったようなのでス』
「……は? と、言いますと?」
つまり、早い話が、ナヨ帝の飛ばされた世界にも精死病はあったが、その世界では、精死病は既に根治できる病気で、その治療方法も確立した世界だったのではないかと。
そんな世界だから、ナヨ帝は自分の記憶が封印されるまでに、必死でその治療方法を可能な限り記憶したのではないかと。
「で……では、日本に存在するそれら古い古文書の正体とは……」
『はいー、おそらくナヨ帝の、並行世界の記憶を記録したものかと……』
ニーラは、ディルフィルドゲート乗っ取り事件も、カグヤの帰還作戦で出た検証データが、ナヨ帝のニューロンデータの記憶欠損部分を補完する形になったので、彼女のニューロンデータが発動したのではないかと話す。
真壁は、爪楊枝で歯をシーシーいわせながら、天井を仰ぎ考える……そしてやおら……
「では、早い話が、ナヨ帝さんのニューロンデータとかいうのを呼び出して、話を聞くなり、共同で数式解析するなりすれば、治療法になる次元変動数値がわかるのでは?」
『それがそう簡単ではないのデスよぉ~……ナヨ帝サマのニューロンデータを呼び出す解除コードが、実は現在のイゼイラに伝わっていないのでス』
「ほう……」
『以前、ふぁーだダイジンが、ナヨ帝サマと、向こうの世界でお話しした時、「後のイゼイラ人が、いろいろと発想して、この精死病に対処すると思った」と言ってたそうなのですが……』
「つまり、ナヨクァラグヤ帝は……今のあなた方が、発達過程文明の諸々を探求しているのと同じく、試練……というわけではないですが、イゼイラ人自身が、自ら探求して対応できるよう、あえて自分の記憶をそういう形で封印したと……」
『ハイ。そして、もし私たちがその答えに近づいていけば、力を貸してくれるようにセッティングしてあるのではないかと……もー、ナヨクァラグヤサマは意地悪さんです。陰険ですよぉ……』
プリプリと怒るニーラ。
しかし、真壁は、ナヨ帝の意思もわからなくはないと思った。なぜなら、ナヨ帝が記憶した精死病の治療法データも、完全ではなかったのだろう。そりゃ一人の人間に記憶できるものなどおのずと限界がある。しかも並行世界では時間制限付きだ。
ニーラが言うには、この精死病の治療につながる次元変動数値の完全な割り出しが、ナヨクァラグヤ帝の脳ニューロンデータプロテクトを完全に解除するコードにもなるのではないかと。
そして、ナヨ帝の脳ニューロンデータプロテクトを完全に解除できるような次元変動数値の割り出しに成功すれば、精死病を完全に克服できる治療法が確立すると……
そして、今、解析の最終段階。気合を入れて解析に取り組んでいるのが……
『ナヨクァラグヤ帝サマのニューロンデータが、向こうの世界で、フェルお姉サマの頭に植えつけた数式の解析……これを解析して、いろんな古文書に記された式の解と突き合わせれば……』
ナヨ帝が、かの世界でフェルに植えつけた自身の記憶の一部。
ニーラが言うには、それは高度な演算数式だったのだそうだ。
フェルは、精神が元の世界に戻った直後、ナヨ帝が植えつけた数式データを、全て書き出したという。
フェル自身は、さすがに専門外なので、記憶にあった数式は、何の数式かサッパリだったそうなのだが、ニーラはフェルの書きだした数式をちょっと見ただけで、次元変動に関する数式だと一発で見抜いたという。そして直感した……おそらく、この数値と日本の皇帝陛下や旧貴族のみなさんが提供してくれたデータを突き合わせれば、精死病の治療につながる各種数値がわかるだろうと。
そして、できればナヨ帝のニューロンデータの解除コードにかけてみたいので、一度イゼイラへ帰国する必要があるかもしれないと彼女は話す。
「イゼイラへ帰国ですか……」
『はい~……』
ちょっと残念そうなニーラ。そりゃそうだ、ニーラも今じゃすっかり日本大好きイゼイラ人なのだ。
実はニーラも、日本政府へ国籍取得申請書類を出している。ずっとヤルバーンか、日本へ永住する気でいたのだ。
「……ふーむ……」
真壁は腕組んで考える。
「ニーラ先生、そのナヨクァラグヤ帝のニューロンデータが搭載されたシステムを……こっちに移植するなり、持ってくるなりするわけにはいかないのですか?」
『ハイ~……不可能ではないと思うのですけどぉ……ナヨ帝のニューロンデータは、いかんせんイゼイラ的にもかような重要人物の貴重なニューロンデータでもありますので、政府の中央システムに登録されているですぅ。なのでなので、そんな貴重なデータですからぁ……データの移植も政府中央議会と議長府の許可がないとできないのデスよ……一介の副局長職な私の権限ではちょっと……』
ラーメンを食べ終わったどんぶり鉢を、箸でツンツンするニーラ。
やはりちょっと寂しそうだ……
それを見る真壁は、コクコク頷きながら、あとで柏木に相談してやろうと思ったり……
………………………………
東京に戻った柏木大臣。
しかし、ティ連との関係がこんな状況に相成って、それはもう忙しく、家に帰る時間もなかなかにとれない。
ということで、フェルと柏木はすれ違いで、お互いの愛情が……
……な~んてことはなく、こういう状況の二人だからこそ、非常にうまい具合にやっていたりする。
渋谷の三桁数値な商業施設の前で人待ちする柏木大臣。
無論、サングラスかけて少し変装な彼である。
普段なら、インカム付けたSPが彼の周りを護衛する感じだが、現在の柏木は、PVMCGの武装レベルを4で装着する事が黙認されている。で、柏木自身がヤルバーンシステムの人身保護システム下に入っているから大丈夫だということで、彼の要請で、せめてアフターぐらいはSPはいらないという寸法。
「マサトサン!」
大きく手を振り、柏木に駆け寄ってくる女性。いわずもがな、フェルさん日本人バージョンだ。
トトトと駆け寄り、柏木の腕にしがみつく。
PVMCG翻訳ではなく、素の日本語のようである。
「おつかれさん、フェル」
「ハイです。お待たせしましたか?」
「ううん、俺も今来たところだよ。むしろ遅刻するんじゃないかってね……なんせこっちゃ福島県のカグヤからトンボ返りだ、はは……」
「ウフフ、ご苦労様デス」
旦那をねぎらうフェル。良い夫婦である。
で、この政治家二人が、なんでこんな渋谷のど真ん中で待ち合わせしていたかというと、早い話がメシを食おうって事なわけである。
今は午後八時。これから帰って夕飯の段取りというのはさすがにちょっとキツイ。
「で、何食べる?」
「ウ~む、本音を言えば、カレーと言いたいところなのですけド……」
と、やはりイデオロギー的にカレー主義なフェルさん。だが今日は少し雰囲気が違う。
「……できれば、ゆっくりとオハナシできるような場所にしましょうヨ」
「ふむ……んじゃ個室で食べられるところがいいな……」
ということで、依然、大森と一緒に行ったことのある焼肉屋を思い出す。
「フェル、んじゃ、焼き肉でいいか? 今日の晩飯」
「ヤキニク?」
「うん、多分……フェルは初めて食べると思うよ、はは」
「そうですカ! ではおっけーデス、ウフフ」
柏木はその焼肉屋に電話して、個室を予約してもらう。
大森と行くぐらいの店なので、まぁそんな感じのレベルなお店である。
……ということで店に到着。オーダーもお任せで肉を頼む。
焼き肉初挑戦のフェル。サシの入った立派な和牛肉がコースで運ばれてくる。
「……これを自分で、このアミの上において焼くデすか?」
「そそ、で、自分の好きな焼き加減で焼けたら、そのタレにつけて食べるんだよ」
「フムフム……」
そんな話をしながら肉を焼き始める二人。
フェルも個室ということで、柏木の知った店という事なので、日本人モードを解除し、イゼイラ人フェルさんになって、肉を焼いていた。
「ン~~!……いい匂いがするでスねーー!」
「はは、そうだろ~ これがたまんねーんだよ」
ということで、おいしく焼けた但馬牛のバラを取り分けてフェルの皿へ入れてやる。
で、パクリとタレに漬けていただくフェル……
「!♪♬☆♡!!♬♪♫♪♬☆♡!!♬♪♫♪♬☆♡!!♬♪♫~!」
メチャクソうまかったらしい……フェルさん目を瞑って、口をモグモグさせ、恍惚としているようだ。
カレーに続き、新たな境地を開いたようなフェルさん。
またこれもハイクァーンメニューに追加されるのだろうか? ってか、誰か他のティ連人さんが既にやってそうな感じだと思うのだが……
横でダンナも嬉しそうな顔で、タンをつまみにビールを頂いているようである。
注文した肉を運んでくる店員も、部屋に入った途端、実はこのお客さんがフェルだと知ってビックリ。
柏木がシーっというポーズでお願いする。店員もOKサイン。
でも注文したものを持ってくる店員が代わりばんこでやってくるので、結局店員もフェルを見たかったという事だったり。まぁその辺はいいだろうと。
そんな感じで、バラにカルビ、タンにレバーと色々舌鼓を打つ。
で、フェルが取り分け気に入っていたのが、『馬刺し』『馬生レバー』だった……
この店では牛の許可ユッケは出さない。それよりも、入手しやすい馬刺しに馬生レバーを出してくれる。
(あらら、フェルも案外渋いものが気に入ったんだな……)
イゼイラでも生食文化は特定の食材ではあるそうで、抵抗なはいそうな。でも生卵がダメなのは相変わらず。
フェルもそんな感じで、酔わないまでも、ビールを注文して、飲んでいたり。
なかなかに良い晩餐となっているようである……
と、お腹もふくれてきたところで、柏木が質問。
「なぁフェル。それはそうと、個室でってことだけどさ、何か俺に話でもあるんじゃなかったの?」
そういうと、フェルも正確な話をしなきゃいけないだろうという事でPVMCGの翻訳機能をONにして……
『ソウですね、そろそろご相談しないと……』
「ん? 相談? 何か悩みでもあるの?」
『エ? あ、そういう感じのものじゃナイです。はい……でも、私とマサトサンの事だから……』
そういうと、ちょっとモジモジしだすフェル。
「? よくわからないな、で、何? 言ってごらんよ」
『ハイ……マサトサン、私達のケッコンシキの事デすよ……』
フェルがそういうと、柏木は目をキュっと瞑って……
「あ~……その話か……」
『ハイです……』
「もしかして……イゼイラから何か言ってきたとか?」
柏木とて理解はしている。フェルがその話で悩むという事は……そこらへんのカップルがその問題で悩むのとは少々ワケが違う。
ってか、フェル的には、式なんざ日本の神式で祝詞あげて、柏木の両親と親戚呼んで、テキトーに披露宴やってハイオワリぐらいでいいと思っていたのだ。
いかんせんフェルはイキガミサマなので、そのあたりのトラウマもあって、大がかりで、賑やかにワイワイやられることがあまり好きではない。質素に好きな人とこじんまりやるのが希望なのである。
『エット……ファーダ・サイヴァルは、私とマサトサンの事なので、二人の好きにやればいいと仰ってくれているのですが……ファーダ・マリヘイルがその……』
「はは、なるほどね……で、あの御大が賑やかにやりたいと」
『ハイ……』
マリヘイルの性格なら、イゼイラフリンゼの挙式をティ連的にやらいでかと、そんな風に思うのかなと柏木は思ったり。
「で、イゼイラに戻って来いと」
『ア、イエ……そこはチョット違うデス……』
「ん?……どゆこと?」
『エット……ファーダ・マリヘイルや、ファーダ・サイヴァル、他、各国首脳、要人のミナサマがチキュウへいらっしゃるということだそうで……』
一瞬の沈黙……
目をぱちくりさせる柏木大臣。
「え?……何て?」
『エ? あ、いえ。マリヘイル議長とサイヴァル議長が地球にいらっしゃるらしくて……まぁサイヴァル議長は、ニルファオクサマの件もありますし……』
すると柏木は手をピラピラ振って、フェルの話を制する。
「あ、いや、フェル。それはいいんだ……まぁマリヘイル閣下もいつかそのうち地球に来るとは思ってたし、サイヴァル議長は奥さんの件もあるしな……そこんところは二藤部総理や三島先生も想定の範囲内だ……で、その後の『各国首脳』って、ナニソレ……」
『ヘ? イエ、言葉通りの意味デスが……』
「……は?」
『私とマサトサンのケッコンシキ参列を希望している方々がやってくるという事でスけド……何か?』
ここでド平民柏木真人と、イキガミサマでフリンゼフェルの感覚の違いが浮き彫りになる。
フェル的には、ティエルクマスカ連合各国の首脳クラスなんぞ、ツレみたいなもんで、みんな顔見知りなのだ……なんせサンサが母代りだとするなら、マリヘイルは年の離れた姉か、叔母みたいなもので、サイヴァルに至っては、叔父か兄みたいな感覚だ。
みんな親のいないフェルを大事にしてくれた国家規模の親戚みたいな存在なのだ……
ってか、フェルという存在は、考えようによっては、イゼイラの人間国宝みたいな存在である。
そんな人物を嫁にもらおうって話なのだから、そりゃ……相応の人、モノが動いて然るべきであろう。
となれば……ナヨクァラグヤ信奉者の多いティエルクマスカ世界で、フェルの立場を考えるなら、ティ連各国首脳と、フェルの関係はどんなものかと、おおよそ察しが付く……
柏木は、ティ連担当大臣でありながら、自分の地球レベルな国家観を呪った……
そうか、そういう罠があったのかぁぁぁぁ! ってなもんである。
「そうか!…………そっか……そうきたか……迂闊だった、そうだよなぁ……フェルのイキガミサマ影響力は半端じゃないもんなぁ……」
掌で顔を覆う柏木大臣。
ビールのコップに手を伸ばす柏木。
フェルが両手で、酌をしてくれる。
「ああ、ありがと……」
『イエイエ』
「んじゃフェルも……」
『ハイ、頂きますでス』
お互いクイと飲み干す。
「ぷは~……でさぁフェル……確かティエルクマスカ連合って……加盟国大中小全部ひっくるめて200ヶ国ぐらいだった……よな……」
『ハイです』
「それ……全部来んのか?」
『ハイ……恐らくは……』
「でも、たかだか俺とフェルの結婚式だろうよ……」
そういうと、フェルは「ア、しまった!」という顔をして……
『ア、そうでした……それも説明しないと……私とマサトサンの式ばかりに意識が行って忘れていましタ』
「??」
『ソモソモ、こういう話になったのは……このチキュウで、日本の“ティエルクマスカ連合加盟式典”をやらなきゃッテ話があって、そのついでで、各国首脳がチキュウに行くから、私とマサトサンの式もやれないかってオハナシになってるデス……言い忘れてました……ゴメンナサイデス……』
また一瞬沈黙する柏木大臣閣下……
「はぁ?…………あ、……いや、フェル……そういう大事なコトハネ……」
『ア、デモデモデモデモデモ、このオハナシは今日の朝、ファーダ・マリヘイルからイッポーテキに言われた事ナンデスからねっ! ド忘れしてたんじゃナイですよっ! 私のせいじゃないでスカラネっ!』
「なに? 今日の朝ってか?」
『ウン』
コクコクと頷く柏木。
確かにそれなら仕方がない。今日は間の悪いことに、フェルと柏木は朝から別行動だった。
……しかし、ティ連担当大臣と関係議員が夫婦で、しかも相手国と密接な関係にある人物同士だから良かったようなものの、これがこの二人じゃなかったらどうなっていたことか……
しかも、焼肉屋でメシ食ってる時に、ここまでA級の外交事案が飛び出してくるわけであるからして……
どっちにしろ明日、緊急で二藤部や三島と相談だなという感じで、新見に電話する柏木。
流石の新見も急な報で、相当面喰っていたようで、至急安保委員会の会議をセッティングすると……
ふと時間を見ると、相当話し込んでいたみたいで、もう11時近くになっていた。
今から帰宅したら、12時を回ってしまう。
焼肉屋を出た二人。無論フェルさんは、日本人モード。柏木も少々PVMCG変装である。
腕組んで歩く二人。
「今から帰るのも大変だな……明日は朝も早いし……どっか泊まっていくか?」
『ソウですネ、そうしましょうか?』
とフェルさん、ちょっと嬉しそう。
というわけで、今日は開いているホテルを探して一泊。
もちろん同部屋でダブルベッドである……
ということは、久々に、まぁ夫婦なのでそういう感じ。
今日はなんとなく……お互いニンニクの匂いがなんともはやだったり……
仲の良い事である……
……時は進む。
……時代は進む。
……進む時代。
……変化する認識。
……変化する常識。
……そして変わっていく意識・モノ・人……
銀河連合加盟で、一つ一つ、日本の抱える問題をつぶしていく政府。
発達過程文明国家・日本国の加盟で、一つ一つ、イゼイラやティエルクマスカ世界の抱える問題に光が見えていく銀河連合。
フェルと柏木の結婚式にかこつけた連合加盟式典なのか、それとも、加盟式典のついでで、フリンゼの式を国家式典でやってしまおうというのか……
マリヘイルが何を考えてるかはわからないが、この御大、少なくとも、現状を楽しんでいるのは確かだったりなかったり……
次々とやってくる、銀河連合加盟に伴う議題難題懸案事項。
新しい世界へ突入する日本。そして地球。
そのファクターがどんどんと流入してくる。
フェルが見た『あの世界』の日本
柏木が見た『あの世界』の日本
それとはまったく違う事象・因果・歴史が構築され始めたこの世界。
まさに、激動である……




