―43―
201云年 年末の月。
探査母艦ヤルバーンは、それまでの暫定自治体から、正式に本国から『州』として認められることになった。
『イゼイラ星間共和国・アマノガワ銀河内タイヨウケイ・第三番惑星チキュウ・地域国家ニホン国内租借領・ヤルバーン州』
これが新たなヤルバーンの名前になる。
アマノガワ銀河とは、今回ティ連側が正式に太陽系のある銀河の呼称として登録した名称だそうだ。
イゼイラ、そしてティエルクマスカ連合的にも、前例のない遠方の領土。そして連合加盟国だ。
相模湾から見える、海の上にドカっと浮かんだ大きな島、都市型探査母艦ヤルバーン……
これが今までの日本国民の印象だったが、それが今やその様相を一変させ……大きな大きな、そして、長い長い『塔』と化した。
そう、このヤルバーン州。地球人があえてそれに何か名称を付けろというのであれば、『軌道エレベーター施設』のような存在になってしまったのだ。
しかし軌道エレベーターというにもこれまたデカい。
柱の部分も太く、この部分だけでも直径で2キロメートル程度はあろう感じ。
こんなのが、ISSの周回する軌道よりまだ向こうへおっ立ったのだから、単純計算で全高400キロメートルオーバーの、メチャクチャ細長い『塔』状の建築物が、そこに出来上がったわけだ……
まぁ例えがいいか悪いかは知らないが……かの機動兵器なお話で、豪州に落ちたコロニーが、落ちきらずに途中で垂直に止まった……けど、かなり細長い……みたいな。
まぁ、そんな感じ……あくまでイメージである。
無論、世界規模で話題にもなる。でもって、相応の動きも早々に始まる……
そりゃこんなものが一夜も立たずに出来上がれば、地球社会における『世界の七不思議』どころの話ではない……もうてんやわんやの大騒ぎになって普通だ。
ただ、そんな騒ぎも、一時期ほど世紀末的なものでもなくなった……やはり世界社会も世界社会なりに順応してきている……というのも実際のところなのだろう……
で、当の日本では……
日照権やらなんやらと色々ウルサイんじゃないのか? と言う話になるが、意外な事に……
日が照って、細長く伸びるヤルバーン州の影は、まるで日時計のように、優雅にその影を移動させる。
それが妙に評判良く……
何か、今やお年寄りなジーサン・バーサンの間では、「天突きさん」というあだ名で呼ばれており、ちょうど影になるとこで、拝むと、良い事が起こるんだそうだ。
その姿は、多かれ少なかれ、日本中の、高い場所からなら、ほぼすべての場所から確認できるわけで、富士山からも見えるという感じで、富士登山の新たな名所になりつつあったりする。
もちろんヤルバーンがそんな施設になってしまったものだから、先の通り、日本だけではなく世界中の注目も浴びることになり、世界でも大騒動になっている。
現状は、日本が銀河連合に加盟して以降、日本がティエルクマスカへの窓口になる。
だが、そうはいっても世界の視点で見ると、どうにかしてヤルバーンの人員と直接折衝をもてないものかと思うところは仕方のないところ。
しかし、やはりヤルバーンやティ連側も、決して日本を通さずに直接日本国外の地域国家と折衝をもつことはしない。
これは一極集中外交という話以前に、信頼。信義の問題である。それに彼らの精神文化的な側面もある。決してそういったことはしようとしない。
当然そんな感じなヤルバーンなので……
今回、彼らは安保委員会メンバーに主要閣僚や、野党党首に代表。財界関係者、米国ドノバン大使らを招いて州自治体化記念パーティーを催した。そして彼らに関係した事がある組織や団体、個人のみ、特別に日本人、外国人を問わずパーティへ招待しているようだ。
そりゃさすがに祝い事である。お祝いに人は多い方がいい。
今回は、例の旧ISSメンバーもお呼ばれになっており、そんでもって例のLNIF関係者も、何人か招待されているようである。
無論、フェルと柏木も最重要賓客として迎えられている。
ってか、この二人がいないと、まずお話にならない。
なんだかんだいって、米国とは日本を通じて、結果的にヤルバーンとも間接的ではあるが、同盟関係になるので、ヴェルデオ的にもあまり五月蠅くしたくはない様子。
ただ、あくまで日本とヤルバーンの関係のみで、この上のイゼイラとなると、やはり……である。
そういった国際関係は、彼らの慣例を超えるものではないようだ……
以前は、ヤルバーン自治体行政区と呼ばれていた場所……今は、ヤルバーン州政府行政区という立派な名前になり、その会議室でヴェルデオ自ら、自身が大使 兼 暫定州知事になったことを諸氏に報告した。
『お集りのミナサマ。本日、我がヤルバーンは、イゼイラの国交法に基づき、ニホン国の銀河連合加盟に伴い、『州』となりまス。そして、その時点で、私こと、ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマが、“イゼイラ移民・入植・植民法第108条”に基づき、暫定州知事に就任致します。そして、現在のヤルバーン幹部職員が、これも暫定ではありますが、州議会議員の役割もこなしてもらうことにナリマス……ツマリ、このヤルバーンの住民が一定以上を超えた時点で、正規に知事選が行われ、そして正規に州議会議員選挙が行われマス……マァとはいえ、本国との距離が距離ですし、どれだけの人数や人員がこの地に集まるかもワカリマセンし、今後何らかの形で、科学技術の格差等々もあり、文明文化の相互理解を障害ナク推進するためにモ、色々入植資格等々と、行政上の制約も出来る事とは思いますので、当面は今までとあまり変わらない、かような状態が維持されるものとお考えくだされば結構かと思いまス……』
そんな感じで、当面の暫定知事であるヴェルデオが挨拶を済ませると、暫定州議会議員の役を仰せつかったゼルエや、シャルリ、ポル、リビリィ、ジェルデア、ニーラ、ジルマらも紹介され、軽く挨拶をこなす。
……実は、シエやリアッサは、コレがイヤで、特危自衛隊へ逃げ……ゲフンゲフン……
『特にニホン政府のミナサマには、領土を租借させて頂き、なおかつ変わらぬ友好関係を維持して頂き、感謝の念に絶えませン。今後共、我がヤルバーンは、ティエルクマスカ連合の同じ仲間として、皆様と共にアリます。変わらぬ同じ主権の家族としての絆を、今以上に育てていきましょウ』
ちょっと日本人以外の賓客には、あまり気分のいいスピーチではないが、しかしそれが事実である。
これは言わない訳にはいかない。
というか、これをしっかりと、そしてはっきりと打ち出しておきたいというところも、彼らにはある。
で、そのあたりの幹部自己紹介や、諸々の挨拶をこなすと、軽いバイキング形式の食事などを用意しているので、会場を移そうとヴェルデオに促される。
室内転送装置に入って、またぞろな感じで、みなさん、シュンシュンとお食事会場へ転送されていく。
で、着いた場所。
和洋イゼイラ他、ティ連な料理がたくさん並んだバイキング形式なパーティ会場。
それは良い匂いが部屋に充満する。
『サァどうぞどうぞミナサマ。はは、これ以降は特に挨拶などもありませんので、お食事と歓談をお楽しみクダサイ』
ヴェルデオがそういうと、諸氏、お目当ての食事や、人物に近寄って行ったり。
「よぉ先生! 楽しんでるか?」
三島がビール持ってやってくる。
「ああ、どうも三島先生」
「ま、先生の当選祝いのおすそ分けってか?」
「シーー! やめてくださいよ!って、誰から聞いたんですか!」
……多分ヴェルデオ。
「がははは、マスコミはいねーんだから、かまやしねーじゃねーか」
そんな話をしつつ、柏木のコップにビールなんぞをつぐ三島。
「でよ、嫁さんは?」
「え? さっきまで……いたんですが……あ、いた……あそこ……」
フェルサン。カレーコーナーでポヨンと順番待ちのようである……
つま先で立って、列の先頭を口を尖らせて覗いている。
「がはは、フェルお嬢のカレー好きは、あそこまでいくと表彰ものだな……あ、んじゃ俺、色々回って来るわ、先生もいろんな要人から声かけられるかもしれねーだろうから、よろしくな」
「はい、了解です。いってらっしゃい」
手をピラピラ振りながら、やぁやぁとLNIF関係者へ声をかける三島。
あの半径2メートルの笑顔が炸裂する。
三島はアレで各国要人に顔が広い。握手の握る力や、振る速度で、親密度が分かる。
かつては、イタリアのメディア王で、ちょっちお下劣な首相と一番仲が良かったというのだから、わからんもんである。
さすがにビール瓶はもうもっていない。
アレが通用するのは日本だけ。
でもって、少し待つと、フェルがカレーライスを2つ持って、トテトテとやってくる。
『ハイ、マサトサン。お待たせデス』
「はは、ありがとな、フェル」
もっといい食べ物がたくさんあろうに、フェルサン的にはカレーが最強なのだ。
まぁそこんところは可愛い妻に合わせてやるのが夫の務めだろうと、カレー皿持って、空いている席にポンと二人して腰かける。
そんな感じでカレーを喫飯。
とはいえ……
「おおっ!? こりゃあうまいな! って、ちょっと香辛料がきつめか? 匂いも今までにない感じのものが……」
クンクンとカレーの匂いを嗅ぐ柏木。
『ムフフフフ……コの味のレシピは、フェルさんはいぱースペシャルなのでス』
「ふ、フェルさんはいぱースペシャル?」
なんでも、本場インドな香辛料を配合したというフェルさん的には、今までで最強のレシピだという話。
「あ……フェルぅ、こんなの家でも作ってくれてないぞぉー」
『今日、この日のために内緒にしていたのですヨ。ウフフ……シェフの皆様が、きちんとレシピ通り再現してくれて良かったでス』
今回の料理。どうも素材はハイクァーン造成のようだが、一部食材は、実際にヤルバーンへ輸入したりしたものを使っていたりして、全てヤルバーンシェフ……というより、ヤルバーンに専属シェフなんていないので、腕に覚えのある有志が名のり出て、シェフ代わりをやってくれているようである。結構ヤルバーンの乗務員は、料理上手が多い。
向こうでは、寿司を握っているイゼイラ人もいた。
なんでも実験研修滞在期間中に、寿司屋で働いていたのだそう。
その時に得た技を披露しているようだ。
「はは、大好評じゃないか。この食事会は」
『ウフフ、そうみたいですね。デモ、私も今回はオヨバレに預かる身ですので、詳しい事はあまり知らないでス』
「それはそれで結構寂しくもあるんじゃないの?」
『エ? そんな事はないですヨ。私はあくまで休職の身デスので、辞めたわけではありませんから。本国からの内政情報はちゃぁんと届いていますヨ』
「あ、そうなんだ」
とまぁ、そんな事を話してみたり。
国会議員が二人してテーブル囲んで、はいぱースペシャルなカレー食ってる姿もアレだが、そこへこれまた知った顔がやってくる……
ま、これが社交な場というヤツである。
「カシワギサン、フェルフェリア奥様」
ドノバン大使だった。
「ああ、ドノバン大使。こんにちは」
『コンニチハでございまス、ケラー』
「こんにちは、お二人とも。特にフェルさんとはお久しぶりね」
『ソうですね、ケラー』
とそんな感じで握手なんぞ。
「しかし、本当にお二人とも、よくぞここまで突っ走ってきたわね」
今日はちょっとほろ酔いのドノバン。ワイングラスを片手にフェル達の席に座り込む。
ドノバンとしても、初めてフェル、柏木と相対した、あの中国大使亡命事件から早いものでもある。
「ええ、まぁその点は自分でも思いますよ……私、一年前までただの自営業者ですよ? それが今やフェルさんが嫁で、議員で大臣です。なんなんでしょうね、これって」
その話をドノバンはコロコロと笑って聞く。
フェルさんは、だからどーしたという顔で、スプーンを口に入れていた……ほっぺに米粒がついている。
ただ……と、ドノバンは言う。
「でも、カシワギサン、そのお話をアメリカ人にしても、あまり説得力はないでしょうね?」
「なぜですか?」
「だって……わが国には、そんな人物、いくらでもいますもの……この間亡くなった、タダ電話かける機械造って大儲けしたコンピュータ会社のCEOでしょ? そのライバル会社は、人の作ったOS真似て、ライセンスで大儲けしたし、検索サイトな会社もそうだし、SNSな会社もそう……そんな話、我が国ではゴロゴロあるわ……アメリカンドリームで、一夜で変身大金持ち。もしくは、一年後には世界的大企業って話かしら?」
「はは、言われてみれば確かに……そうですよね。日本じゃどっちかといったら、そんな話は法人主義で、個人がどうのこうのなんてのは、あまりお目にかかりませんし」
そういうと、ドノバンは手を横に振り、ピラピラと「NONO」という仕草をする。
「そうじゃないわ、カシワギサン。貴方が特殊なのは、貴方が『偉人』ではないからよ」
「え?」
少々酒も入っている為か、少し饒舌でご機嫌なドノバン。
LNIF加盟国への体裁も整えられて、少しホっとしているのか、ちょっと今日のドノバンは、白人の気の良いオバサンモードである。
そんなドノバンが言うには……
先のコンピュータ会社CEOの話にしても、ITソフト関連企業の話にしても、みんな努力してそうなろうと志し、そうなった結果だが、柏木の場合は、はっきりいって
『なんとなく、そんな風になった』
としか言いようがない状態だと。
やってくる局面や、難局を、逃げりゃいいのにド真正面から待ち構えて、受け止め、そんでもって、なんとか解決しようと頭をひねる。
で、ひねって出した結果と成果が普通でないことばかりだ。
「CIAの報告書に、貴方の事、何て書いてあったか教えてあげましょうか?」
「は? はぁ……」
「『究極の行き当たりばったりだ』って、どう? オホホホホ」
「はははは!、確かに……自覚するところはありますよ……って感じだよ、フェルさん。どうですか?」
『別にイイのデス……モグモグ』
「え?」
『ソレが“因果”ナノです……そうなるべくしてなるのが因果なのデス。だから私がマサトサンのお嫁さんなのも、そうなるべくしてなったのでス。そうなるべくして成れる事というのは、素晴らしい事ナノですよ、マサトサン。それを思い通りに紡いでいけるというのは、ナカナカできない事ナノデス』
カレーをモグモグさせながら、スプーンを指揮棒に薀蓄をおっしゃるフェル議員。ドヤ顔で横にあった水を飲む……でも米粒がまだついている。
ドノバンもウンウンと頷いて聞く。しかし、多少の異議異論はあるようだ。
これは柏木もそう。
地球人的発想で考えれば、開拓魂、フロンティアスピリッツ、維新魂と、色々表現方法はあろうが、少なくとも、先の見えない未来を切り開く事が、夢のあることであり、良しとされる感覚である。
しかし、イゼイラ人的な発想というものは、確かに未来を切り開くという感覚はあるにはあるのだが、彼らのいう「未来」とは、ある種の予定調和であり、その予定調和……言い換えれば「運命の糸」を探し出し、見つけ出すことを良しとする……そういったところがどうもあるのだ。
以前、柏木はフェルから彼女達ティエルクマスカ人の死生観『因果』の概念について聞いたことがある。
そしてイゼイラ人は、とりわけそういった感覚が強い。
ダストール人でも、同じ死生観や倫理観はあっても、まだ地球人に近いが、イゼイラ人はなんとなく先に確固たるENDがあって、そこに至るまでの過程を語ろうとするイメージがどうにもある。
フェルが柏木に同じ時を生きてほしいと懇願した時もそう。『結果こうなるから、こういう風にしてほしい』というお願いの仕方をする。
『こういうチャレンジをするから、どうしよう?』『何かを模索しながら物事を選択していこう』という思考が希薄なのだ……ないわけではない。『希薄』なのである。
おそらく太古のイゼイラ人は、そういう感覚ではなかったのかもしれない。
今の地球人のような、普通の感覚もあったのだろうと思う。
しかし、やはりトーラル文明を見つけ、いきなり超未来人になってしまった知的生命体の宿命……それこそ『因果』だろうか……そういう感じである。
まぁしかし、フェルの言い分も理解できなくはない。そういう考え方も時にはアリなのかな? とも思う。
そんな話をしていると、ドノバンもLNIF関係者に呼ばれて行ってしまう。
手をピラと振って、またあとでという感じ。
やはり今祝賀パーティでは、LNIF関係者の動きが活発なようだ。
柏木とフェル奥様も、いろんな人物から声をかけられる。
次に声掛けを食らったのが、旧ISSクルーのみんなだ。
実は柏木、この諸氏とこうやって会話をするのは初めてである。
なんとなく物語ではリンクしているが……という感じ。
田辺夫妻の結婚式にも出席はしたが、関係者スタッフとして出席しただけの話で、何か彼らと話をしたわけではなかった。
1981年に公開された『愛と哀しみのボレロ』というフランス映画があるが、この映画の見どころは、まったく縁もゆかりもない4家族が、視聴者という立場の『神の目』で見た『因果』の視点で物語を紡ぎ、最後に同じ一つの場所で、彼らのストーリーの終結を同時に垣間見るという傑作映画だ。
柏木達もこの映画ほどではないにしろ、あの時、柏木は大阪で、田辺やダリル達は宇宙で、そしてフェルはヤルバーンで、各々の物語を紡ぎ、田辺の結婚式でわずかながら交錯し、そして今、完全に互いを知りあうようになった。
……しかし残念な事に、柏木大臣は英語が全く話せない。
ドノバン大使と話すときも、ドノバンが日本語流暢なので助かっている。
とそんな困った時のPVMCG。
『あー、私の言葉、うまく翻訳できてるかな?』
と柏木が話すと、柏木の方から聞こえる同時通訳なアメリカ英語に……
「ヒュ~ 相変わらず凄いねぇ、その魔法のマシンは。OKちゃんと理解できるぜミスター」
と黒人ジョン。ニッカリ顔で腕を横に挙げる。
「ホントだな。そのマシンのせいで、世の外語学校の先生は全員失業だ」
と首を横に傾げ感心するダリル。
「改めてご挨拶といったところですか、ミスターカシワギ。元ISSキャプテンのダリル・コナーです」
「ジョン・ハガーですミスターコンタクター」
柏木と二人がガッシリ握手。ブンブンとお互いの腕を振る。
そして……
「こうやってお話できて光栄です、ミセス・カシワギ」
フェルにも挨拶。フェルもティエルクマスカ敬礼で応じる。
彼女も田辺の結婚式のとき、見届け人役をやったがそれだけの話だったので、彼らとこうやって話すのはフェルも初めて。
『あれ? 田辺夫妻を入れて……あと二人いらっしゃったはずでは?』
「ああ、ブライアンとアンドレイですな……ブライアンは、はは、今日は抽選に漏れたみたいですよ」
ダリルが説明する。
つまり、LNIFのカナダ枠に入れなかったという事だ。
ヤルバーン未経験者優先ということで、漏れたという話。
メチャクチャ残念がっていたと大笑いする。
土産にここの食い物と酒を持って来いと言われているそうだ。
そして……
「アンドレイは……まぁ、そういう事ですわ旦那……」
ジョンが顔を少し顰めて苦笑い。手を横に少し上げる。
柏木は目を細めてコクコクと頷く。
こういう関係でも国際情勢が反映されてしまう。なんともはやだ。
正直気分のいいものではないが、これも仕方がない。
そして田辺夫妻もやってきた。
「ああ、こんにちは田辺さん、ターシャさんも」
「お久しぶりです柏木大臣。フェルさんも」
「ズドるァストヴィーチェ、コンニチハ、カシワギサン、フェるサン」
この二人とは普通に日本語で会話できる。
というのも、宇宙関連事業では、よく会合で会っているからだ。
ターシャも最近特例で……というか、柏木の推薦で、JAXAへ正規職員として就職できたのだそう。
「ターシャさんも、日本語、だいぶお上手になったようで」
「ダー、ロシア語と日本語、文法的に似ているとこロも多いデスからね、そんなに難しくはないデス」
しかし、やっぱり漢字が大変だと……
すると、フェルがあることに気付く……
『ア、ケラー・ターシャ……お腹が……』
「うふふ、そうよフェるサン」
みんなこりゃめでたいと喜ぶ。
スマホで記念写真撮って、アンドレイとブライアンにも送ってやろうと。
そして、当時のお互いの状況、立場な話に花が咲いたり……
今となっては良い思い出話だ……
宴も酣ではないが、なかなかに諸氏盛り上がっているようで、人的交流も柏木が見るに……客観的に見て活発なようである。
ここで誤解してはいけないのが、ティ連人は、何も米国人や、ロシア人、欧州人が嫌いなわけではない……実際、ヴェルデオとドノバンは付き合いがあるし、フェルとターシャも、同じ外国人帰化日本人同士で仲がいい。
シエやリアッサにしても、現在では「自衛官」という職業柄、米国軍人や、NATO軍人とも若干ながら付き合いはあるそうだ。
さすがにここまでくると、銀河連合加盟した日本と、地球世界という構図はいかんともしがたいわけで、やはり価値観が近い……もしくは、倫理観が近しい他の地球国家とも、ある程度分別をつけての付き合いというものも必要になってくるものなのだ。
従って日本や、ヤルバーン州としても、将来的な事を考えるとLNIF国家陣営をある程度支援しないといけないというのも、やむを得ないところ。
……さて、このLNIF構想国家陣営。
現在、いかような国家が加盟しているのかと言うと……まぁ普通に考える、日本と仲の良い諸国である。
ただ、日本と明確な主権問題を抱える国は参加を拒否られる。
その主権問題が第三国の調停、ないしは国際機関で管理されている場合は参加を認められるが、結局、日本がどう思っているかという点が大きいのだ。
実は、一見何の問題もなさそうに見える日本との国際関係で、割と問題を抱えている国というのは、意外と多かったりする。
たとえば、その典型例なのが捕鯨問題。
これは日本の『食文化』の問題である。つまり、日本と主権を共にするティ連的にはこれもやはり問題視せざるを得ない。おまけにティ連人が一番日本で尊重している『文化』方面での問題だ。
所謂、この欧米キリスト教的発想からくる捕鯨問題だが、日本としては食文化という重大な、長い歴史を培ってきた文化の問題である。そして、欧米のキリスト教的発想など、元来日本やティ連的には『知った事ではない』
もし仮に、捕鯨反対派がそんなキリスト教的な発想、そして、海の犬を騙るバカのような考えでヤルバーン・ティ連に『異星人は反対しろ。この主権は認めろ』などと高圧的な態度をとったら、その時点で終わりだろう。恐らく環境テロリストは、容赦無く海の藻屑となるのは必至である。
で、日本も日本で対応に問題はある。
ではその大事な鯨肉食文化をどれだけの日本人が守り、受け継ぎ、おいしく頂いているかといえば、これまた甚だ疑問で、日本国内でも、わざわざ鯨肉を食べなければならないような状況というものが、そうそうあるわけではない。
実際のところ、日本としても『そこまでして鯨を食うという事に……こだわる必要もないもんなぁ……』というのが現実なのだ。
クジラの放置は、実際問題として、海上の小型動物を食い荒らされたり、昨今では海洋事故の大きな原因の一つになったりするなど、無駄に放置するのも好ましくない状況であるのは事実なのだ。
そして、戦後何より鯨肉を「食え」と言ったのは、当の米国GHQである。
戦後日本人の栄養問題を解決させるために、鯨肉を食べる事を奨励したのは米国である。
それを今になって食うなという……勝手な話だ。
こういうことを意外にマスコミは報じない。
では、この問題、一体どこに最大の原因があるのかと言うと、実は……非っ常ぉ~~にくだらないことで……
『物の言い方』
これだけの話なのである。
例えば、西欧諸国が日本に頭を下げて
「日本国と日本国民のミナサマ、まことにもうしわけありませんが、御鯨様は、知恵もある動物で、食には倫理上適さないと思います。日本の長い食文化もあろうこととは思いますが、どうかそこを曲げて、捕鯨禁止に協力していただけませんか?」
とでも低姿勢に言って来れば、日本人も分別の一つもあるから、「わかりました。んじゃ考えましょう」となるのだが、この西洋的な捕鯨問題がクローズアップされた時、そりゃもういきなりのっけから
『鯨を食う日本人は悪魔の手先』
だのと、失礼という言葉を通り越した、欧米の小汚いヒッピーや、わけのわからないカルトなバカ動物学者連中、おまけにそこへ、何故か科学の進歩した日本が嫌いな意味不明なレイシストどもがやらかすものだから、事がここまで大きくなってしまっているのだ。
そして当時は日本も景気が良く、欧州米国経済が低迷で、この問題も所謂ジャパンバッシングで使われたりした時期だった。
そして、まともに取り合って、真摯な交渉をしても、相手側は巧妙に騙そうとしてくる。なので厄介だし、正直相手はハナから反対ありきなので、交渉する事すら本来バカバカしい。
ということで、この捕鯨問題というもの、LNIFとの交渉に際して、結構大きな障害になっていたりする問題なのである。
なので……意外な話になるが、この問題の本丸である豪州とニュージーランドに対し、実はティ連側は警戒感を示しているという話で、LNIF諸国に参加できるか実はヤバかったりするらしく、今回の招待でも、捕鯨問題に関しては、棚上げにしてほしいと必死で外交交渉してきているらしい……都合のいい話である。無論、日本的にはNGだ。例外を認めると、他でも例外を認めなければならなくなる。もし例外を認めるのならば、認めるだけの担保保証がなければダメ。
さて、どういうことを提示してくるのか。それによっての話になる。
……結局彼らとて鯨で食っているのである。
ホエールウォッチングやらなんやらの観光業だ。なので日本人に食われて鯨が見れなくなったら彼らもおまんまの食い上げだ。別に鯨を神聖視し、知的生命体扱いしている訳ではない。
結局のところ、捕鯨反対派も『ホエール・イズ・マネー』なだけの話なのである……
そんな感じで、各国の外交合戦を眺める柏木。
旧ISSのメンバーとも、そんな事を話したり。
そんでもって、ジョンの息子が、フェルの大ファンらしく、スマホのテレビ電話機能を使って息子に電話したジョンは、彼の横に……
「おいジュニア、パパの友達を紹介してやるぜ、きちんと挨拶しなよ」
と言い、フェルが顔をのぞかせ、手を振ると、息子はギャーギャーと気がふれた病人のようになって歓喜し、大騒ぎで大変だったり。
……とまぁ、諸氏そんな風に楽しく歓談にふけっていると、ヴェルデオが一つ高いところに立って、諸氏に向かって演説を始める……
『ミナサマ、ヤルバーンの有志が腕によりをかけたお食事の方、お気に召していただけましたかな?』
そういうと、やんやの拍手。
『結構ですな。 お楽しみ頂けて、私タチとしても、嬉しい限りデス……しかし、ヤルバーン乗務員が、ニホンへ研修滞在を行った際、特に今、皆様のお料理を提供させて頂いている乗務員のレポートを見ますに、とにかく材料の吟味が半端ではないトいう感想を、皆が報告しておりました。そして、味ニ妥協をしないと……こういう点は、『料理』という小さな事ではありますが、我々が関心を持つ『発達過程文明』の意味するところを見た気が致しまス』
柏木は、ヴェルデオもなかなかにウマイ事言うと感心する。
しかし、実際イゼイラ人も器用なもので、江戸前の寿司を握るイゼさん板前の姿には吹き出しそうになったが、これが素晴らしく旨い寿司を握るのだからすごいものだ。
なんせネタが、最高級の物をハイクァーン造成したものだから、旨いのは当たり前っちゃー当たり前なのだが、白身の鯛に紙塩を当てたものを握りだしたときには、さすがにブッたまげてしまった。
彼らの調査対象がここまで及ぶかと。
フェルさんのスペシャルカレー・インド風味も馬鹿にできないと。
なんせ彼らが身に着けた、地球や日本の何某を披露するときは、もう徹底的である。とにかく半端ない。
今日の料理にしても、これ言ってみれば全て素人の料理だが、各国VIP曰く、全くプロに負けていないと。
即ち、料理に関しては無論彼らは素人だが、『科学調査』に関しては特級のプロであるのが彼らだ。
その科学調査研究結果のひとつが、今日の料理とも言える……すごいものだと思う。
ヴェルデオは続ける。
『ミナサマ。私達は今回、かような“お料理”という形で、この地球で研究、研鑽、調査し、学んだことをこの場で皆様方にお披露目することができましタ。そして私達はこの度、この地球、そして日本という国の中で、この惑星“地球”の住民として、今後ミナサマとお付き合いしていく機会を得ることができましタ……特に、私達をここまで導いてくれた、あそこにいらっしゃいまス、ファーダ・カシワギ・マサトには、ティエルクマスカ連合を代表して、感謝の言葉を申し述べさせていただきたい』
ヴェルデオに平手で指名され、みんなの視線を浴びて、注目される柏木大臣。拍手喝さいを浴びる。
しかし、パガム肉の串焼きを手に持って、ほおばっていたところだったので、大変にバツが悪い。
頭をかいて照れ笑い。
そんな姿の柏木を見て、ヴェルデオは更に話を続ける。
『サテ皆様。この食事会場、ヤルバーンのどのあたりにあるかお判りになりますかな?』
ヴェルデオは、ニヤついた顔で、観衆に問う。
確かにこの会場、綺麗な空間ではあるが、窓のようなものがない。
『フフフ、では皆様、本日のお土産話に、ヤルバーンが州になったその全容を、ご堪能頂きたい』
彼はそう話した後、係のイゼイラ人に合図をすると……部屋の左手の壁が、その色を変化させ、まるで色素を失っていくかのごとく、透過していく……
そして、数秒もすると、まるでそこに壁などなかったかのよな、大きな大きな『窓』ともいえない大パノラマが姿を現す。
「おおおぁぁぁぁぁ!!」
出席者全員が、呆気にとられた。
そしてみんなこぞって壁があった……そして現在は透過したようにその風景を映す『窓』ともいうべき方向へ集まっていく……
眼前に映るは…………丸い地平線? 水平線? を描く青い星「地球」
「こ、これは……」と、二藤部が思わず息を止める。
「あ…………」と、さすがの三島も、この風景にはいつもの言葉が出ない。
「Oh……ジーザス……」とドノバン。目に何か浮かぶものが見える。
「こりゃ……やられた……」とダリル。いつも来る場所に、スーツ姿で着ている自分を見てしまう。
「なんてこった……」と、チキンのような肉をもっていたが、思わず元の場所に返してしまうジョン。
田辺夫妻は肩抱き合ってアツアツ状態で、地球を見下ろす……
「おいおいおい、マジかよ……聞いてないぞ……」と白木、新見と顔を合わせて首を傾げる。
「フェルぅ……こんなとこに食堂作るって……やりすぎじゃ……」
と柏木。もう慣れた宇宙空間。パガムの串焼きが旨い。
『ウフフ、ヒャッカテンでも、食堂街は最上階デスよ……だから、いいのでス。ウフフ』
「ははは! なるほど、そういう理屈かよ……しかし確かに、最強の展望食堂だ……」
……そう、この大食堂……
ヤルバーン州タワーともいうべき場所の、最突端部分の施設内にあったのだ。
今、ISSが横切って行くところが見えた。
……ちなみに、フェルの話では、このタワー周辺を通過しようとする人工衛星は、全てトラクターフィールドで一時的に軌道を変えて、避けてもらうような形にしているのだという……
そう、この式典参加者全員、何の訓練もなく、手に酒や食い物持ちながら……宇宙空間に来てしまった。
これが今日、参加者にお持ち帰り頂く……最高のお土産である。
それはもう参加者は、スマホに携帯のカメラをバシャバシャとやる。
知人と一緒に、地球を背景に写真を撮ったり。
なんとも安上がりだが、最高のお土産だ……
ヴェルデオ的には、作戦大成功と言った感じ。
ニコニコして、手を後ろで組み、諸氏が一様に現状を堪能するのを待つ……
そしてやおら、また彼は話を続ける……
『皆様、如何ですかな? かような趣向は?』
そうヴェルデオが話すと、万雷の喝采を浴びる。
LNIF陣営参加者からは「ブラボー」やらの声が飛び、頭の上で手を叩き、口笛が飛ぶ。
但し、ある種の人物は、この状況を素直に感動できないでいた……そう、軍関係者である。
LNIF陣営、無論米国を含む参加者の中には、武官に類する人物もいる。
彼らが当然思うこと……それは、このヤルバーン州の登場によって発生する……
『核兵器の無効化』
であった……
そう、大陸間弾道弾(ICBM)に類する核兵器は、その発射後、一度大気圏を突破して、弾頭のみ弾道軌道に乗り、敵国上空へ飛来する。
そんな兵器の弾道線上にこのヤルバーン州はおっ立っているわけだ。
ということはどういう事か? 簡単な話だ。宇宙軌道を飛んでくる大量破壊兵器は、全てヤルバーンに撃ち落とされるという事だ。
ディスラプター砲でも使われて分子の塵にでもされてしまえば、世の大陸間弾道系兵器は全て無効化されてしまう。
当然、そんな弾道兵器がヤルバーン州をかすめていくのを彼らが見過ごすはずはないし、仮にどこかの第三国へ向けて発射され、大量破壊兵器の弾頭がその国へ飛んで行くのを『ヤルバーン州の正義』が見過ごすわけがない……そんな事を、軍関係者は当然考えるだろう。
即ち、このヤルバーン州は、それぐらいのインパクトがあるものであり、この最先端部から見下ろす風景は、そんな状況を容易に想像させるに充分なものでもあったのだ。
……ヴェルデオは続ける。
『今、この眼下に広がる光景……この素晴らしい景色を共にミナサマと見ることが出来ることを、私はとても喜ばしく、そして光栄に思いまス……ソシテ私達は今後、ティエルクマスカ銀河連合ニホン国と共に、このヤルバーン州を通じて、我々と意識を共有できうる方々とともに、ミナサマをこの宇宙空間へ誘いまス……本日ご参加の皆様に於かれましてハ、この広がる光景の持つ意味、可能性を良くお考えいただきたい。ソシテ、共に今後のニホン国を含めた、我々連合加盟国との関係を、良くお考えになって頂きたいとオモマイス……』
ヴェルデオも、優しい顔して結構なことを言うものである。
つまるところ……
『ヤルバーン州、見た? 見た? で、色々とよく考えてね? ね? 今後の事……』
核兵器や、弾道兵器の無効化、そして人工衛星の軌道変更技術……
そんなもんぐらい、すぐにでもやりますよ……と言われているようなものである。
柏木は、ヴェルデオも伊達に長いこと都市型探査艦の司令官はやっていないなと改めて思う。
日本からの来賓はいいとして、ソレ以外の国からの来賓にとってこの光景は、ある意味大きな警告とも受け取られるだろうからだ……
……まだ外の景色への興奮が冷めない大食堂。
柏木とフェルはヴェルデオに近づく……
「大使……あ、いや、知事とお呼びしたほうがよろしいですかな?」
『アア、ケラー。ははは、今後はそうなりますかね』
『ウフフフ、知事へのご就任、オメデトウございマス。ファーダ・ヴェルデオ』
『いやはや、フェル議員。貴方からファーダと呼ばれるとは、なんだか照れくさいですナ』
「しっかし、ヴェルデオたい……あ、いや、知事……」
そう言うと柏木は、彼の耳元に小声で……
「(結構な事言いますね、貴方も……フフフ)」
『(ン? 何の事ですかなケラー? 私は今後の展望を述べたにすぎませんぞ?)』
「(ハイハイ、そういうことにしておきましょうか……)」
そんな感じで、お互い暗黙の納得。
クスクスと笑う。
『ところでケラー……』
「はい、何でしょ?」
『アノ場所も、そろそろ……』
「ええ……もう作戦に入っている頃でしょうね……」
『ヂレール核裂エネルギーですか……なるほどこの星に来て、初めて資料を読んだ時は……諸々な処理技術が不完全なのに、よくもまぁこのようなエネルギー生産方法を思いつくと、ある意味感心いたしましたが……』
「ええ……この星の技術で、唯一、知識に技が追い付いていないモノですよ……この星のある天才が導き出した公式が全ての始まりでしてね……ある意味ティ連の『トーラル技術と精死病』の関係に似たものかもしれませんね」
『ナルホド……』
そんな話をしながら三人は大きな窓と化した壁際に近づく……
『何にせよ、うまくいくといいですナ、ケラー、フェル議員』
「ええ、そうですね」
『ハイ……』
三人は眼下の日本列島を、見下ろす。
その視線の先は……
………………………………
『タガワ、モウスコシ左ヘ寄セテクレ』
「ヨっと……こんなもんか? お嬢」
『モウチョイ……』
「ほいよ」
『ヨシ、コントロールヲモラウゾ』
巡航形態で浮遊するXFAV-01『旭光Ⅱ』
微妙な操縦の後、巡航形態から機動形態へ変形し、着地する。
操縦するは、お馴染みシエと多川のコンビだ。
ちなみに、旭光Ⅱと、元になったヴァズラーは別に複座という訳ではない。複座にもできるのである。 任務と用途、用兵に併せて色々と仕様を変更できるのがヴァズラータイプの強みでもある。
「お~い、お嬢……気をつけろよ~……」
『マカセテオケ……シカシ、コウヤッテ近場デミルト、想像以上ニヒドイナ……ヤハリ天災トイウヤツダナ……』
ここは福島県双葉郡大熊町大字夫沢字北原22番地……そう、言わずと知れた福島第一原子力発電所だ。
かの3.11東日本大震災の恐るべき被害、その負の象徴ともなった現在進行形の舞台、その場所である……
シエの操縦する機動形態旭光Ⅱが、高濃度放射線量地帯をゆっくりと歩いて視察する。
現在の地点は、最も損傷がひどいといわれている福島原発の3号機付近だ。
原型もとどめていないようなグチャグチャの建物。
震災時の津波もそうだが、その後の電源喪失による負の連鎖的な被害。
もう今さらな話ではあるが、自然災害、人災、なにもかもがミソクソになった世界といってもいいのがこの場所である。
しかし、そんな場所でも余裕で活動できる『旭光Ⅱ』、即ちヴァズラーの性能もすごいものである。
現在、この原発には廃炉作業に命をかけている、延べ人数で毎年約一万人の作業員の人々が働いているわけだが、今、彼らは本部のモニター越しに、シエと多川の駆る旭光Ⅱの勇姿を目の当たりにして言葉も出ない状態になっていた……
「あの有人ロボットは、あんなところまで近づけるのか!……しかも時間制限なしで……」
誰しもが出る言葉だった。
しかもそれだけではない。米国大統領訪日時にお披露目して有名になった『デルゲードタイプ』のロボットスーツも転送降下し、彼らも何やら原発3号機の周囲をウロウロして調査しているようだった。
彼らは、原発の海岸沿い南方向の展望台付近で待機している、火星からやってきた工作艦から発進した部隊のようだ。
すると、そのデルゲード隊の隊長と思わしきデルンが、多川とシエに連絡を入れてきた。
『ケラー・タガワ。ケラー・シエ、応答を』
「はいよ、こちら特危自衛隊の多川一佐だ」
『オナジク、シエ・カモル・ロッショ一佐ダ。ドウダ? 結果ハ』
『ああ、やっぱり修復は無理だな。調査対象としても適さない……資材を持ち帰って研究できるかと思ったが……これはやっぱりただの殺人ゴミにしかならん』
『ナルホド、マァ、ソウダロウナ……』
修復やら、調査対象やらと、何を言っているのだろう?
「おいおいお嬢。おまえら本気でこの施設、修復してイゼイラ本国へ送る気だったのかよ」
『アア、ナンデモ、イゼイラ科学省ガ検討シテホシイト言ッテキタカラナ。デモ、ヤッパリコリャダメダ』
「あたり前だろうよ……ってか、いくらお嬢たちが発達過程文明云々で色々こんな技術欲しがってるっていってもさぁ……こんなの持って帰っても仕方ねーぞ」
『マ、ソウイウコトダナ……シカシ、設計概要ノデータハトレタ。ソレダケデモ貴重ダ』
「まさか……イゼイラかどっかで再現建築するのかよ!」
『サァ? ソコラヘンハシランヨ。シカシ、コウイウモノデモ我々ニハ貴重ナ資料ナノダ』
ナルホドねと思う多川。しかし……
『多川一佐、聞こえるか? 藤堂だ』
「ええ、感度良好です将補。結論出ましたか?」
『ああ、工作艦の主要スタッフと話したが、今結論が出た……やはり全総撤去で、カグヤの港湾コース決定だ』
「りょーかい。んじゃ、あとは工作艦さんにお任せしますか」
『ソウダナ。デハトウドウ、我々モ引キアゲル。ソレト、今カラ一時間以内ニ“テイコクデンリョク”関係者ヲスベテ退避サセルヨウ通達シテオイテクレ。オソラク少々荒ッポイ方法ダガ、工作艦ハ一気ニイクゾ』
『解った。では帝国電力のスタッフも早急に退避させる』
そういうと、まるで原発内を散歩でもするように視察していたシエ達の旭光Ⅱも、フィと浮かび上がり、足を『エ』の時に変形させると、コントロールを多川へ返し、三〇キロ東方にあるカグヤへ帰還していく。
……『宇宙空母カグヤ』……
「多川一佐、シエ一佐帰還しました」
「工作艦所属の自動甲冑群、各母艦へ帰還します」
『カグヤ浮上準備完了しましタ』
『転送中継機能、ヤルバーン州及び工作艦とリンク完了』
宇宙空母カグヤは、工作艦二隻が、これから福島原発を一気に解体する作業をする際に出る放射性物質を含んだ諸々の物質をヤルバーンヘ転送するための中継地点として稼働させるため、その態勢に入った。
しかし、先の話でもそうだが、彼らティ連人の好奇心は旺盛だ。
解体する前に、もし可能なら修復を試みてみようという話が出たそうだ。そして『原子力発電』なるもののデータ諸々を取ってから、解体しようという意見が出て、とりあえず試しに調査してみたわけだが……やっぱり無理そうなのでやめることにしたそうだ。
とにもかくにもその原因は放射線量で、さしものティ連科学でも、そこまでして得なければならない程のモノでもないと判断したようで、とりあえず施設データ……もちろんこの破壊された原発の状態でのデータではあるが……を取得するだけにしたそうだ。
「ティラス艦長、第一工作艦艦長より通信」
『繋いでくださイ』
「了解、お繋ぎします」
VMCモニターが起ち上がり、第一工作艦艦長の姿がパっと映しだされる。
で、その映しだされた姿……イゼイラ人やダストール人的にはなんて事のない同胞の姿なのだろうが……地球人、そして日本人的には大きく目を奪われてしまう容姿だった……
VMCモニターに大きく映しだされたその姿、どうやらフリュ……女性艦長のようだが、見た目は若い艦長で、外見年齢は二〇代後半。三〇まではいかない。
ただ、日本人クルーが目を奪われてしまった理由。それは……
「エ、エルフ!?……」
そう、その艦長の姿が、笹穂耳姿の女性。地球人的感覚でいえば、「妖精」やら「エルフ」と呼ばれる類の姿にそっくりだったからだ。
日本人クルーのみなさん、全員呆気にとられる……無論藤堂もそんな感じ。
『ティラス艦長とオッシャイましたか……シレイラ号事件でのご高名、お聞きしております。今工作艦隊隊長を務めておりますトゥラ・カーシェルの“パウル・ラズ・シャー”と申します。以後宜しくお願い申し上げます』
『こちらこそパウル艦長……っと?』
ティラスはブリッジを見渡し、そのちょっと異様な空間を察する。
日本人スタッフ全員が、パウルへ釘付けになってしまっているからだ。
『?…… ド、どうしました? トウドウ副長』
「……」
『副長?』
「! あ、ああ、いえ、あ、ティラス艦長、こちらの種族の方は?……」
『ン?……ア! ああ、そうか、そうでしたな。チキュウ人の皆さんには、お初になる種族でしたか……』
「ええ、おそらく……」
『このパウル艦長は“ディスカール人”という種族の方でしてな、なるほど、種族的な容姿で言えばチキュウ人の方々に近い種族ですな』
するとパウルも、その日本人勢の反応に少々訝しがりつつ……
『ティラス艦長、よろしければそのお隣のデルンの方、ご紹介いただけますカ?』
『アア、そうでしたな。では、こちらは……』
先ほどのダル同様に、藤堂をパウルに紹介する。
パウルもダル同様に、かの高名な“イズモ”元艦長である事と、ジェルダー階級であることに最大級の敬意を払う……
『……シカシ、ジェルダー・トウドウ。ニホンのみなさんは、私の姿がそんなに珍しいのでしょうか?』
「は!? え!?」
『イエ、さほどチキュウジンの皆様とディスカール人は、容姿的には変わらないと思い、むしろ私としては親近感を感じますが、先ほどから非常に奇異な目で見られている気がしまして……』
そうパウルが話すと、ティラスも同意して……
『ソウですなトウドウ副長、さきほどから感じますに、ディスカール人の容姿が……何かニホン人の方々の琴線に触れるような容姿か何かなのですかな? もしヨろしければお教えいただけた方がよろしいかと……今後の交流や国交の件で障害になるような事であれば……』
「え!? あ、いえいえいえ! そんな……パウル艦長は大変お美しい方だと……」
『エ! ソ、そんな……ジェルダーもお上手ですことね……』
「は!? あ、いえ、そういう……あ~……何と言ったらいいか……(ツッ……あ~……ティラス艦長、この件はまた後ほど……)」
『(は、はぁ、わかりました……よくわからんですが、深い理由がおありのようですな、ハハハ)』
まったくこれから原発解体作戦が始まるというのに、のっけから地球人や日本人的にズッコケそうな種族さんの登場とは……わからんものである……ってか、ダル艦長、ワザとやってるんじゃなかろうかと。 今頃火星軌道上でほくそえんでいたりして……
……ディスカール人。
たまに言葉のみ登場していたが、今回がお初の姿見せ登場という事になる。
実は、この種族。此度のヤルバーンには搭乗していない種族なのである。
しかしディスカール人の母国『ディスカール星間共和国』はイゼイラ共和国に匹敵するほどの大国で、このディスカール共和国もかつては王政を敷いていた君主国家であり、ティ連ではメジャーな国である。
ではなぜに今回、いろんな種族が搭乗するヤルバーンに、この種族だけいないのかというと……この国、イゼイラからメッチャクチャ遠いのだ……イゼイラから一番遠い国になるのがディスカール共和国だった……そう、『だった』のである。
なぜに『だった』のかというと、今日、もうお判りの通り、イゼイラ、というか、ティ連全体で一番遠い国が『日本』になってしまった……なもんで、もうこれからはディスカールも遠い国とは言えなくなってしまったのだが、それでもイゼイラ的には遠い国なのは遠い国なので、イゼイラとしては、あんまり人の往来がない国であり、そういう種族なのである。
そんな国なので、同じティ連内でも、イゼイラとはあまり深い友好関係にある国ではないのもディスカールなのである。
しかし、以前、柏木がサイヴァルから説明を受けたナヨクァラグヤ帝の話で、ナヨ帝の親父であるエルバイラが、ナヨ帝の精死病を治療できないかと希望を持って行こうとしていた国が、このディスカールだった……エルバイラは結局その途上で遭難し、ナヨ帝は地球まで吹っ飛ばされる脱出劇を演じてしまったわけであるが、この話からも推測できる通り、このディスカール星間共和国は、ティ連でも有数の医療大国で有名な国なのでもある。
ティ連全体でも、ディスカール由来の医療技術はたくさん使われており、フェルの専門知識の一つでもある『薬学』の分野でも、ディスカール由来の医学を彼女は体得している。
従って、エルバイラはナヨ帝をこの国へ連れて行こうとしていたという寸法。
ダルは、ディスカール人クルーの多い第一工作艦を派遣しようとした理由の一つに、福島原発の港湾化が済んだ後、しばし彼らを駐留させて、近隣住民の放射線被曝被害の状況を調べさせ、場合によっては治療行為も行おうということで、医学知識の高いディスカール人の乗った船を送り込んだというワケなのである……ダル艦長、なかなかにヤリ手であったりする。
……とまぁそれはともかく。
そんなこんなで諸々準備完了したようで、カグヤも海上から浮上し、海面約三〇〇メートル程上空で待機していた。
パウルの指揮する第一・第二工作艦は、福島原発施設南にある『帝電展望台』あたりの上空三〇〇メートル程で、横陣形になり待機。
ヤルバーンから借りたヴァルメ五〇機を第一・第二工作艦の左右に、等間隔で配置させている。
その全幅、優に4キロメートルはあるフォーメーションを取り、作業準備段階へ移行していた。
……カグヤのブリッジへ入室するシエと多川。
「艦長、そろそろですね」
『事前調査モ万全ダ。アトハ、工作艦次第ダナ……ヤルバーンノ方ハ大丈夫ナノカ?』
多川とシエが、そのあたりはどうだと尋ねる。
『ソノ点は、今、ヤルバーンヘ飛んでもらっているニヨッタ副長と、ニーラ副局長が担当していますので、問題ありませンよ』
そう言われると、多川とシエは、「では問題なかろう」という感じでコクコク頷く。
「藤堂将補、緊張しますね……」
多川が藤堂の横へやってきて、VMCモニターに映る工作艦を見て話す。
「ああ……しかし多川一佐、日本を救ってくれるのが妖精だというのも、なんだかな……」
「は? よ、妖精?」
「ん? なんだ知らないのか?」
「いえ、何の話ですか?」
「はは、そうか……ま、あとで分かるさ……」
多川は首を傾げながら視線をモニターへ戻す。
藤堂も、少し俯き笑って、視線をモニターへ戻す……
……
「一番艦、二番艦、通常転送及びマイクロ転送、その他各種状況転送準備良し」
「ヤルバーン貸与のヴァルメ、転送フィールド展開」
「整地転送準備完了しました」
工作艦・一番艦艦内で木霊する命令復唱。
こちらの方も慌ただしくなってきたようだ。
「カグヤ、及び、ヤルバーン州との転送リンク中継確立」
「ヤルバーンのニヨッタ副長から、最終処理準備に問題なしとの報告」
一番艦の艦長兼隊長のパウルは、長い笹穂耳をピコピコさせながら、クルーの報を聞き、確認していく。
この船は、そのクルーのほとんどがディスカール人だ。
従って、その艦内のサマは、まるでファンタジー映画のロケのようである。
「艦長、フクシマゲンパツの解体・抹消準備完了しました。ご命令を」
「よろしい……では、工作艦、及び各ヴァルメ、北方向へ微速前進」
「了解。微速前進開始」
「各ヴァルメ統括は、とにかくヂレール線物質を片っ端からマイクロ転送して、本艦のシールドタンクで保持……工作艦は、ゲンパツ上空で計画通りディスラプター砲と併用しつつ、施設を解体転送。転送した際のマテリアルは、すべてカグヤを中継してヤルバーンへ」
「了解」
工作艦の福島原発解体作戦が始まった……いや、解体作戦というよりは、抹消作戦と言ったほうが良いか……
色々と諸氏検討した結果、当初は放射性物質と資源元素を分離して使用しようという方針だったのだが、資源元素的に、放射性物質を分離してまで回収する資源元素として考えた場合、あまり有用なものがないということと、当然転送回収される際に含まれるであろう『二酸化ウラン』や『二酸化プルトニウム』のような物質も、ヤルバーン的には全く必要性がなく、とっとと廃棄処分決定なので、なんだかんだいってやっぱり『潰してしまうしかない』という事になったわけである。
というわけで、工作艦と、工作艦が操作するヴァルメは、福島原発に対して、横一線に並んでゆっくりと、絨毯爆撃ならぬ、絨毯ディスラプター砲攻撃を加えていく。
さながらその様子は、宇宙の果てからやってきた侵略者が、地球を襲っている構図である。
ゆっくりと北上する工作艦とヴァルメの転送フィールドライン。
工作艦は、速射砲のように原発施設へディスラプター砲を浴びせかけ、施設建物や、放置瓦礫、放置車両その他諸々を分子の塵へと変えていくと、次に放射能を帯びたそれら物質をヴァルメが転送装置を作動させ、カグヤを中継してヤルバーンヘ送られる。
カグヤを中継させる理由は、カグヤで放射性物質とそうでない物質を荒仕分けして転送するため……つまりヤルバーンの作業負担を軽くするためである。
「緊急作業停止! 緊急作業停止!」
オペレーターがそう叫ぶと、ヴァルメと工作艦の編隊がクンと停止する。
転送フィールドは作動状態。ディスラプター砲の掃射は停止した。
「どうしました!? なにかあったの!?」
急な作業停止にパウルは叫ぶ。するとオペレーターがパウルに報告。
「これを見て下さい艦長」
オペレーターはVMCモニターを指さして指摘する。
そこには野生化した家畜が映っていた。
「……結構な数いますよ……どうしますか? このまま進めばこういった動物の類も分子分解して転送……つまり殺さざるをえない状況になります」
「当然、このニホン国に住む方々の資産でしょうね」
「おそらくは……」
パウルは腕くんで考えこむ……
「単純転送で、ヤルバーンに送り込めないの?」
「それは無理です……これら動物も、かなりのヂレール被曝量です」
「治療は可能なのでしょ?」
「もちろん可能ですが……治療するまでの労力をかけるかどうかですよね……」
しかし、パウルの決断は早かった。
「フム、ではそれら家畜や動物は工作艦の方へ転送してちょうだい。転送後、それら動物にヂレール被曝の治療を施します。そして所有者が明確な動物はニホン政府へ依頼して預かってもらいましょう。ソレ以外の動物は……ウフフ、火星へ持って行きましょう」
するとオペレーターもポンと手を叩き
「ああナルホド、そういう手がありましたか」
「ええ、これからの火星、こういう動物は多い方がいいでしょう? それにここできちんと治療を施さないと、ディスカール医療技術の沽券に関わります」
「了解です艦長。ではその方針で各員に通達します」
「ええ、よろしくね」
そんな感じで、各艦各員に通達される。なかなかに配慮が細かくて有難い話だ。
委細方針が伝達されると作業が再開され、転送フィールドやディスラプター砲が再び唸りを上げる。
……その様子を、映像中継用ヴァルメを通して観るカグヤクルー。
「ははは……なんだか日本が侵略行為を受けているみたいですな」と苦笑いな多川。
「ここまで壮絶な方法だとは……確かにハタからみたら破壊行動だな……いや、実際破壊しているわけだが……」と藤堂。
『パウルカ……アノフリュハ、顔ニ似合ワズ、存外ヤルコトガ派手ダカラナァ……』
「ん? 知ってるのかお嬢」
『アア、防衛総省ノ工兵部隊デハ結構有名ナフリュダ。ニホンノ言葉デイエバ……「根っからの土建屋」トイウヤツダナ』
「あ~ そういうタイプね……」
『デモ、見タ目ハイイゾ』
「ふぅ~ん」
すると、第一工作艦から通信が入る。
VMCモニターが大きく起ちあげられ、そこに再度パウルが姿を現す。
その姿を見た瞬間、多川もやはり……
「(うおっ!……こりゃ……あー、そういう事かよ……)」
思わず小声で漏らす。
「(どうだ、一佐。納得したか?)」
藤堂が耳元で話しかける。
「(はいはい、納得ですわ……なんだよ他の特危クルーの情けねぇ顔は……鼻の下伸ばしやがって、ククク)」
『(ドウダ多川、惚レタカ?)』
ジト目で多川を見るシエ。
「(え?! 何だよお嬢……そんなんじゃないよ、俺が驚いているのは……)」
『(ジャア何ダ、アトデ詳シク聞カセロ……)』
「(はいはいワカリマシタ……)」
シエが珍しく嫉妬していると直感した多川。説明が大変だと……
そんな連中の話はほっといて、ティラスと会話を進めているパウル。
『……トイウコトです。ヂレール炉の解体と消去は完了しました。そちらの転送分離機能にヂレール線の影響はないですか? ティラス艦長』
『ハイ、大丈夫です。流石ですなパウル艦長。工兵部隊で名が知れた方だけはある』
『イエイエ、この程度の事。さほどではありません』
すると藤堂が横から……
「失礼、では……パウル艦長、所謂『廃炉作業』はもう……終了したと?……」
『エエ、そういう事です副長。アトは……きちんと整地して……港湾を作る作業が残っています。この港湾建設の設計図データは頂けるのですネ?』
「はい、後ほどカグヤデータベースのアクセス権をお教えしますので、ソチラから引っ張って下さい」
『了解しましタ』
「では、ティラス艦長……福島原発の解体作業は……」
『ハイ、万事終了ということですな。オメデトウございます。ニホンのみなさん』
その言葉に、多川が拳で掌を叩き「ヨッシャ!」と叫ぶ……シエと肩を抱き合ったり。
ブリッジクルーもガッツポーズで同僚と喜び合う。
艦内放送でも……
『達。福島第一原子力発電所、廃炉抹消作業完了。以後、港湾建設作業へ移行。陸上科は上陸待機。以上』
そう放送されると、大きな拍手が巻き起こる。
「信じられんねぇ……あと40年かかるって言われてたんだぞ」
「ああ、それがこんなにも……たった数時間で……」
「本当に大丈夫なんだろうな……」
「いや、大丈夫も何も……さっき外見てきたけど、何にもなかったぞ、もう……」
「マジかよ……」
そんな話の中に、リアッサや大見、樫本も混じっていた。
お互い喜び合っている。
特に大見や樫本は、3.11の現場を生で見てきた者同士だ、その感慨もひとしおだろう。
「よしみんな、集まってくれ!」
カグヤ陸上科司令の久留米が、主要隊長クラスを呼ぶ、
大見とリアッサは久留米の副官兼任なので、彼の横につく。
隊長クラスの中には樫本もいた。
「これから我々は、整地された『元原発施設』の中へ入る。現在、もう元施設内は、放射線量もほとんど無いも同然な状態だそうだが、我々は周囲に散開して、今作戦でカバーしきれていない場所の放射線調査を行い、詳細を工作艦、及び本艦へ連絡。双方の全機動兵装を駆使して、隅々まで転送除染していく。わかったな」
全員、気合の入った返事で「了解」と。
そして、ある程度、放射能除染が進んだ段階で、工作艦一隻が港湾建築に入り、もう一隻が、立入禁止地域全域を上空からゆっくりと巡回し、放射能物質をマイクロ転送除染する方向で作業を始めるという確認をする。
しかし、ダルの送り込んだ惑星開拓用工作艦とはすごいものである。
想像以上の働きを見せてくれた。
搭載するディスラプター砲も、精細な照射で物質を分子に変えていく。
無用な建物崩壊を生じさせないように緻密に計算され、ディスラプター砲が時に細く細かく、時に大胆に照射された。
それはまるで高性能な全方位放射線ガン治療器のようでもあり、一見すると、宇宙船が侵略行為をしているように見えるサマでも、かように計算された解体作業が行われていたのだ。
この行為と同じような作業を、今度はマイクロ転送装置を使って、市街地方向まで進出し、やろうというのである。
もうパウルもここまできたら徹底的だという感じでいくそうだ……
もう暫くすれば、この場所も人の往来が普通にできる場所になるだろう。
先んじて建設されるカグヤ専用港が基地になり、常時ここから発進する装備で街が除染されていくことになる。
そして海にも相応な装置が投入され、綺麗になっていくだろう。
恐らく、全てが完璧に終わるのに、そんなに長い時間はかからない。
これも日本がティエルクマスカ連合へ加盟した、大きな成果なのである……
………………………………
丁度ヤルバーン州での『州自治体化パーティ』がお開きを迎えた頃、柏木とフェルの元へニヨッタがやってきて、原発の解体に成功した事を告げる。
「本当ですか!」
『ハイ、今、カグヤから連絡が入りました。そして現在転送されてきたゲンパツの分子化マテリアルや廃棄元素物質を処理するために、ヤルバーンの汚染物質除去区画がフル稼働中デス』
その話を聞くと、フェルが気を利かせて……
『デハ、ファーダ・ニトベかミシマを呼んできましょう』
「ああ、フェル、頼むよ」
そう言うとフェルは駆け足でLNIF―VIPと話をしている二藤部の元へ。
「……で、ニヨッタ副長。その廃棄物資は今後どう処分するのです?」
『ハイ、丁度ヤルバーンのこの区画、つまり最突端区画にある射出装置から、特殊な物質でコーティングした廃棄物資を打ち出して……そうですね……モクセイか、ドセイアタリに捨ててしまおうという事でス。あの2つの惑星は、ガス惑星ですので利用価値はさほどありませんから』
「なるほど……はぁはぁ、それで当初の地中埋蔵方式はヤメにしたのか……なるほどね、確かにこの州施設なら、安全に宇宙へ捨てることができるな、そういうのも……」
そんな話をニヨッタとしていると、二藤部や三島、新見に白木もフェルに連れられて駆け足でやってきた。
「先生、うまくいったんだって!」と三島。
「もしそうなら朗報も朗報ですよ!」と二藤部。
「ええ、銀河連合加盟に、ヤルバーン州自治体化に続いて幸先の良い話です」と新見。
「担当大臣のおめーとしても、鼻が高いな」と白木。
そして、いきなり駆け足でやってくる日本政府のお偉いさん軍団に、ニヨッタは焦ってティエルクマスカ敬礼をする。
「で、あとは三島先生の例の計画ですよ。あれで総仕上げです」
「おう先生、そうなりゃもう完璧だな」
「はい。もう火星の方々が、作業にかかっているそうですよ」
三島と柏木がニコニコと頷きながら話す。
すると二藤部も……
「この成果、火星の方々にも何らかの形で報いたいですね」
「ええ、今回の成果は、あの工作艦艇がなければ、ここまで順調にはいかなかったでしょうから」
するとニヨッタも
『ソウですね、カグヤとヤルバーン……もちろん州化する前の形態ですが、それだけでは、解体設備が工作艦ほど緻密なものを装備してはいないので、まだかなり時間がかかったと思われます』
「じゃあ、その工作艦に搭乗している代表の方々を、一度官邸へ招いて、御礼を言いたいですね総理」
「同感です柏木先生……フェルフェリア先生、そういう線で向こうさんと話を付けられますか?」
『ハイ、わかりましたファーダ……と、そういえば……そうなると、ニホン人サンは、ディスカール人サンとはお初になりますネ』
フェルは人差し指を口に当てて、思い出したように話す。
「え? ディスカール人?」
『ハイデス……ニヨッタ副長、確か、今回のカセイから来た工作艦は、ヘイシュミッシュ級の工作艦でしたヨネ、あの三角形の……』
『ええ、そうです』
『ナラ、艦籍はディスカール星間共和国のオフネです。ヤルバーンには搭乗していないお初の種族サンですよ』
ほうほうと口を尖らせて聞く柏木や二藤部達。
「んじゃ、丁度いいじゃないですか、大々的にマスコミも呼んで、福島の成果を世に宣伝しましょう総理」
「おう、それがいいな、先生に賛成だぜ」
二藤部も新見や白木も、それがいいと頷く……ディスカール人がどんな容姿かも知らずに……
フェルさんも、地球のそんな事情、知ったこっちゃないから脳天気にニコニコ笑っている。
ニヨッタも同じく……
ディスカール人の容姿、世に流したら……世界はどんな反応を見せるのだろうか……ちょっと不安である……
………………………………
その後、ヤルバーンでは福島原発施設を分子化した際に出た汚染物質や廃棄物質を特殊加工したマテリアルにして、ヤルバーン州大気圏外最突端部から宇宙空間へ打ち出し、どんどんと廃棄処理していった。
その廃棄作業には、福島原発に関わった人々も招待され、セレモニーとしても行われた。
確かに、言ってみればゴミを捨てるだけの話ではあるが、そのゴミの内容が内容だ。
いろんな人の思いが詰まった廃棄物である。そして、日本の長い長い原子力行政の、ある種大転換を意味する廃棄物でもある。
そのヤルバーンの空間射出施設に集まった関係者は、各々想いをもって、その第一段廃棄射出の光景を見守った……
そして、その廃棄射出スイッチのボタンは、かつてこの原発を必死で保たせてみせた、今はもう亡き当時所長だった人物の遺族が招待され、そのスイッチを押す。
そして廃棄物資が光球をまとって射出される……どんどんと小さい光点になり……消えた……
廃棄物資は長い時間をかけて木星か土星に到達し、消滅するのだろう。
射出された時、拍手が起こるが、単純に歓喜の拍手というわけではない。
そこまでに至る、いろんな人の想いが詰まった拍手であったろう。
もしヤルバーンがいなかったら、こんな事起こりえなかったのだ……そう、まだ日本は四苦八苦しながら、40年とも50年とも言われる月日を、ただ一つの施設を廃棄するためだけに費やす日々を送らなければならかったであろう。
しかし、彼らのおかげでそんな作業が、たった数時間で終わった。
喜びもあるが……正直、関係者には虚しさを感じている人も少なくはないだろう。
これは、そういうものでもある……仕方のない事だ……
セレモニーにはもちろん、担当大臣として柏木も出席していた。
当然フェルもだ。
「フェル達のおかげで、日本に大きくのしかかっていた問題が1つ、片付いたよ……ありがとな」
『ウフフ、私にお礼を言われてモ……でも、良かったでス。ティエルクマスカやイゼイラでも、これで互いの信頼や絆がヨリ深まったと大変評価しているみたいデスよ』
「ああ、そうだね……」
しかし、柏木大臣閣下。ちょっとその後に苦笑いな顔……
「ただ……」
『ン? どうしたデスか? マサトサン』
「いやあ……あのディスカール人さん? あれから工作艦艦長さんのお顔を拝顔させていただいたけど……あんな容姿の種族サンダッタノネ……」
ポリポリと頭をかく柏木大臣。
「あんな容姿の異星人サン……公開したらネットやらなんやら……特にヨーロッパの方……うるせーだろーなぁ……頭痛くなってきた……」
『エ……もしかして、ディスカール人サンは、チキュウ人サン的に、不快感を催すような容姿の種族サンなのですカ?』
フェルが不安そうな顔をして聞いてくる。
「いやフェル……その全く逆……好感度高すぎて心配……」
『エ? どういう事デスか?』
柏木はフェルに懇切丁寧に……スマホで該当資料画像等々を検索し、説明してやる。
そして特に日本では、特定趣向の方々に人気がでることは確実とも……
『エエ゛~じょれはぁ~……』
特定趣向人種経験者のフェルサンも、その部分のみ同意した……
で、世界的な範疇で見れば……またやいのやいのとウルサくなるかもしれないと……
まだザムル族や、サマルカ人もなんとか公開を踏ん張っているのに、ディスカール人から攻めるか? と思う柏木大臣様。
201云年の年末。
日本の大きな大きな問題にケリがついた日。
と同時に、その日がこれまたティエルクマスカ連合という大きな大きな存在との交流が、ただならぬものと思い知った日ともなった……
ディスカール人という存在が大きくクローズアップされるのは、原発解体の功績等々、諸々あるだろうけど……まぁ……間違いないだろう。
しかし、まだまだイベントが控えてる日本。
マリヘイルの陰謀やらなんやらと……
ティエルクマスカ連合加盟とその外交、内政……こんなもの、まだまだ序の口である……




