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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
60/119

最終章  進む時代……

 ………………………………












…… 最終章  進む時代 ……














 ………………………………



『ア~……まだかナまだかナァ……』


 何かにソワソワして待っているフェル。


「おいおい、別に逃げていくモンじゃなし、少し落ち着いたら?」


 微笑して、フェルを楽しげに見つめる柏木。

 フェルのソワソワした顔がとてもいじらしい。

 首を長くして待つという言葉があるが、まさにそのような感じ。

 柏木のプレゼントした愛用の時計を見ては、扉の方を眺める。

 立ち上がっては窓から外を見て、またソファーにポソっと座る。

 

 首相官邸、柏木の執務室。フェルさん、何かを楽しみに待っているようだ。


 ……すると、コンコンとドアをノックする音。


「はい、どうぞ」


 ガチャリと開けて入るは、新見だった。


「どうも、柏木さんにフェルフェリアさん、お待たせしました」

「あ、どうもすみません。で、どうでしたか?」

「ええ、無事終わりました。おめでとうございます。晴れてご夫婦ですよ、柏木ご夫妻」


 パァァっと明るい顔になるフェル。


『ド……どうもアリガトうございます。ケラー』

 

 ウッキウキで喜ぶフェル。もうニコニコである。

 うっすら涙を浮かべていたり。


「いえいえ、お安いご用で……で、フェルフェリアさんも、今日から日本国籍を持つ日本人になります。と、同時に、イゼイラ国籍のイゼイラ人でもあります」


 新見は、柏木とフェルの婚姻処理をやってくれていたのだ。

 とはいえ、実のところ異星人との婚姻という事自体が日本ではお初なことなので、新見が色々と手を回して、まぁ、言ってみれば担当各官庁や自治体に根回ししてくれていたのである。


 そこで少々柏木は訝しがる顔。

 別にフェルのウキウキに水を差すつもりはないのだが、やはり確認しておきたい事があった。


「そこなんですけど新見さん。日本って、二重国籍、認めていないですよね? なぜまたそんな事ができるんです?」

「ええ、そこは少々法務省に協力してもらいましてね。まぁ色々手はあったんですけど……」


 新見はポソっとソファーに腰をかけて説明に入る。

 フェルが新見へ、イゼイラ茶をスっと出していたり。

 「あ、すみません」と新見の恐縮の言葉。


 ……新見が言うには、日本は確かに『現状では』多重国籍を法で明確に認めていないが、個人の状況によっては、例外的に多重国籍状態を合法的に維持でき、認めざるを得ない場合もあるのだという。


 まず第一に……日本では外国国籍者が日本国籍に入りたい場合、国籍取得後から二年以内に日本国籍者であることを宣誓し、他国の国籍から離脱する『努力義務』が発生する。

 しかし、これはあくまで努力義務であって、他国の国籍法上、離脱に期間を要する場合や、困難な場合は、やむをえず多重国籍状態であることは不可抗力として維持されてしまうので、そういった場合に限って事実上容認されているのである……例えば、国によっては、まぁ、いわゆる超スローなお役所仕事をされると、国籍抹消に軽く数年かかったりする場合も無きにしもあらず。下手をすれば国籍抹消処理をしてくれない場合やら、放置されていたりする場合もあるとか……で、これによる罰則などはなく、日本国籍を剥奪されるようなこともない。但し、これはあくまでやむを得ない他国の法制上や内政上の理由によってのみ成立する要件であり、離脱が可能なのに、故意に離脱しない場合などは、日本国籍が剥奪される場合がある。


 ……ただ、この手法で気をつけなければならないのは、フェルのようなしっかりとした、素性の明確な立場の人物ならいいが、例えば日本のパスポートが欲しいというような、その国に責任をもてない……早い話が銭金目的で、世界で最も信用のある日本のパスポート取得を目的に、この手法を使う不届者もいるので、注意が必要な例なのだ……



 ……と言う点も考えて、これをフェルに当てはめると……


 ティエルクマスカ連合では、日本は既に加盟手続国として登録された。

 で、連合は、『連合加盟国間』での多重国籍は大いに連合憲章で認められているという大前提がある……

 逆に言えば、連合加盟国間ではない多重国籍は認められていない……つまり、ティ連の『連合国家』としての根幹部分がココなのである。

 かような形で加盟手続国は、『加盟みなし国』として連合では取り扱われ、ティエルクマスカ銀河内の連合国籍法が既に日本にも適用対象として登録されている。

 従って、フェルの国籍は現在、イゼイラでは『イゼイラ・ニホン人』として登録されているのだ。

 ちなみに柏木も、フェルが以前『婚約者届』を出した時点で『イゼイラ人』として既に登録されているので、今回の『加盟みなし国登録』で、彼も『ニホン・イゼイラ人』として登録し直された。


 なので、フェルをイゼイラ国籍から離脱させる理由がないので、イゼイラではそんな処理自体そもそも行っていないのだ。

 従って、かような理由で、フェルはイゼイラでは普通に、合法的に、二重国籍者でいられるのである。

 結果、日本でも二重国籍になってしまうという寸法。


 第二に……日本では法制上二年以内に、多重国籍を解消する義務があるという事は、逆に言えば、二年以内なら多重国籍でもいいという事になる。

 今回、日本がティエルクマスカ連合加盟を決定し、次の政権の国会で、おそらく即座に加盟が正式決定され、間を置かずに法制化されるだろう。

 ということは、フェルは何もしなくても、日本に適用されるティエルクマスカ連合の国籍法で、ティエルクマスカ連合加盟国国民のみ、日本の国籍法における多重国籍条項は適用外になるので、ほっといてもフェルの二重国籍状態はそのまま維持されてしまうという寸法なのである。


 ……ちなみに、この『国籍』というもの……


 実は考えているより重いもので、地球世界のほとんどの国では、多重国籍を認めていない。

 昨今、米国や欧州では、経済や人員往来、労働者のグローバル化などで、多重国籍を『容認』する風潮があるが、どの国でも基本は一人一国籍であって欲しいのだ。

 これはその国の国益を考えた場合とよく言われる。確かにそれもあるが、実はその『個人』の利益のためにもそうした方がいいという理念でそうなっている。この事を知っている人は案外少ない。

 なぜなら、国籍を持つということは、その国に『責任』を持つということである。

 例えば、納税の義務や法の遵守といった類のものだ。

 これで多重国籍を認めてしてしまうと、その個人は多数の国に納税の義務が発生し、多数の国の法の遵守を義務付けられる……個人にそんな事を求めるのは到底無理な話である。なので、それができる超金持ちのような人ならいいが、出来なかったら、片方の国では、いつの間にか、納税義務違反で犯罪者になっていたり、片方の国では、別のことでいつの間にか法に違反していたりと、そんな事になってしまう。なので、そういった事から個人を守るためにも、国籍というものは基本一人一国がいいといわれているのである。


 しかし、ティ連では『連合憲章』で、その点はしっかりと明記されている。要約すれば


『多重国籍者は、国籍を有する何処かの国に滞在する場合、それ以前に居住した他国の義務は、過去何期分から現在までの義務を履行すればよい。但し犯罪行為の責任に関しては、その制限を有しない』


 とされている。まぁ無論、そこには色々な条文が他にまだ続くのだが、要点としてはそういうところである。

 なのでフェルさんは、イゼイラでの何らかの法の義務は、その一定期間分のみ消化して、日本に居住すれば、あとは日本の法に従えば良いということなのだ。その逆もしかりである。


 ……しかし、生き神様と、フリンゼの威厳は法云々の話ではないので、消えない。そこはまぁ仕方がない……


「……ということで、放っておいても構わないんですよ。そこのあたりは、サイヴァル議長にも確認していますから」


 新見は、なんてことないという感覚で、手を横にピラピラと振る。


「では、法務省の見解も?」

「ええ、法務省にも確認しましたが、どう転んでも自動的にそうなるという話で『放っておいても構いませんよ』との事でした」

「ハァ……良かった……これでフェルもきちんと立候補できるね」

『ハイです……ケラー、色々とお手数おけしましたデス』

「いえいえ、お安い御用ですよ」


 ……何故に柏木やフェルがこの国籍に拘るかというと、無論フェルの立場である。

 フリンゼがイゼイラ国籍を抜けて、日本人になってしまうのは、さすがにマズかろうという事であった。

 なんせフェルはイゼイラでは生き神様扱いである。いくらなんでもそんな事になれば、イゼイラは大変な事になってしまう……まぁ逆に言えば、そんな事三島達もハナからわかりきっているわけで、もしフェルの国籍上、問題があれば最初からフェルを立候補者なんかにしない。そんなの当たり前の話だ。

 なので、三島達は『心配要らねーよ』と余裕だったのである。


「で、フェル……もし当選したら、衆議院議員とイゼイラ議会議員の掛け持ちか? んなことできるの?」

『ア、ソチラの方はもう解決していますデス』

「え? どういうこと?」

『エット、イゼイラ議会に“長期休職願”を出してきたですヨ』


 そう、フェルは旧皇終生議員なので、死ぬまで、どんな状態でもイゼイラ議会議員であり、ティ連連合議員なのだ。即ち『辞職』ということができないのである。これはイゼイラの法で明確に規定されている旧皇族の権利であり、イゼイラ大皇国時代の旧皇族による国家的権威を維持するための義務と言ってもいいものだ。

 これも先の話にかかってくる。『義務』なので、彼女にはイゼイラの法のもとにそれを履行する『義務』がある。従って、そのままほっとけば、イゼイラの法に違反してしまう事になるのだ。

 従ってフェルは連合議員の『義務』を停止させる必要がある。しかし彼女は『辞職』できない。

 なので、フェルが議員の職権を停止させるためには、一時的な『休職』しかないのである。


「ああ、なるほどね。そういう手があったか」

『ハイ、でも、やはり私もイゼイラのフリンゼです。流石にズっと日本でシュウギインギインをするわけにはいきませんので、ファーダ・ニトベとご相談して、最長二期までで、とお願いしてきましタ』

「二期? その心は?」

『恐らく、二期ぐらいの間に、連合加盟に関する諸々の事が落ち着くだろうと見ましたので、それまではニホン国と、イゼイラやティエルクマスカ関係をより良くするお手伝いをさせて頂くデスよ』

「おー、なるほどね、いいんじゃないかな?」

『ハイ、それと……ファーダ・ニトベも、その頃には『自分の政権もさすがにもう無いだろうし』と仰っていましたけどね、ウフフフ』

「ははは、総理もちゃっかりしてるなぁ」


 しかしここで柏木は「あれ?」と疑問に思う一つの事。


「んじゃさ、ヤルバーン探査母艦としての派遣議員は……どうするの?」

『エエ、その点もちゃんとしてマスよ。近々に、ヤルバーンはニホン国の加盟に伴って、『自治区』から『州』に昇格するデすよ』

「えっ! そうなのか!」

『ハイです。で、ヴェルデオ司令もそれに伴って、連合憲章の探査母艦に関する規定で、大使から……エット……ニホン語でいう『知事』になるです。ですので、派遣議員はもういらなくなるデスよ』

「じゃぁ、州議会みたいなのもできるのか……」

『デすね。とりあえず、ある一定期間は暫定でヴェルデオ司令が知事を。ヤルバーン幹部が州議会の議員扱いになるデす。で、ヤルバーン州の人口が一定比率を超えたら、州知事選挙が行われて、州議会選挙も行われるデス……その時点で、ヴェルデオ司令は、州知事職の任を解かれて、大使職にまた戻るデす。ソシテ各幹部も暫定州議会議員の任を解かれて元の幹部職員に戻りますでス。その時は、色々人員の入れ替わりがあるかもデス……寂しい事デすけど……』


 フェルは、もしかすると、ヴェルデオも一段落つけば、大使職を辞して帰国する可能性もあると話す。

 なぜなら、ヴェルデオは単身赴任だ。奥方さんをイゼイラに残しての赴任である。

 柏木は頷いて「そうか」と一言。

 もしかしたら今まで共に頑張ってきた仲間達との別れがあるかもしれない……寂しい事だと思う。

 しかし、これもかような職についた人間の定めのようなものだ……そう思うと、なんとも切なくなる……


 横で聞く新見は、そのあたりは既にもう知っているようであった。

 フェルが懇切丁寧に説明してくれるので、フェルにお任せという感じ。


 ……しかし……ヤルバーンがいくらでかいとはいえ、直径10キロの大きさで『州』とは……まぁ確かに高さが600メートルという普通ではない大きさではあるが……という疑問も残ってしまう柏木大臣様であった……




 ………………




  ……フェルを二藤部達自保党幹部が衆院選に立候補させようと思った理由。

 当然、話題性を狙ったサプライズというものはある。これは日本の選挙だ。そういうものもあろう。今に始まったことではない。

 しかし、フェルほどの経験と経歴なら、はっきりいやぁ今の日本の政治家すべてが束になってかかっても勝てるものではない。


 フェルの経歴、ざっと上げても……


○イゼイラ科学院首席修了。

○地球でいうところの……薬学博士号、文明比較調査学博士号、空間量子学博士号を所持。

○イゼイラ旧皇終生議員。

○ティエルクマスカ連合旧皇終生議員。

○旧イゼイラ大皇国帝位継承者、つまりフリンゼ称号。

○ヤルバーン調査局局長

○生き神様


 ……どっかの芸大卒とは雲泥の差である。


 で、普通他国の議会議員が別の国の議会議員になるということは、まぁ地球ではそうそう前例はないだろう。おそらくあるのかもしれないが、かなり稀だろう。


 で、日本でこのような人物が衆議院議員になってもいいのか? という批判も今後当然出てくると予想される。

 フェルの場合、今回、イゼイラとティ連の議員資格を休職したとはいえ、まぁ普通にそういう意見もあるだろう。

 しかし二藤部は、ある理由を持って今回、フェルをテストケースとして彼女にかような要請をしたのだ。

 というのも、ティエルクマスカでは、他国の議員が、満期、もしくは辞職して別の国籍を持つ国家の議員となることは特段珍しくはない。むしろ、他国の政党からその実績を買われてスカウトされる事すらある。

 イゼイラで柏木が見た、サマルカ人議員や、パーミラ人議員がいたのも、そういうことである。

 こういう連合の政体の常識を、フェルで試しておこうという目論見もあるのだ。


 もちろん二藤部はかの記者会見以降にフェルと面談し、フェルにこの事を説明しているし、フェルもそうしてみるのがいいと納得している。

 この件は、サイヴァルからの助言があってやってみることにした。で、現行法と連合憲章で現在即可能な法解釈の範囲で法務省と検討し、行ってみたのだ……ただ単に、どっかの突撃バカの性格が移っただけの話ではない。きちんとした理由があるのである。


 更にその中で、こういう施策を行ったその最大の理由が、ティ連での……


『盟約主権国家』


 という立場である。

 この盟約主権国家は、以前ヤルバーンで会談した折に触れられたが、連合の政策と主権代表を担う国家のことである……非常に名誉な大役を担う国の事だ。

 この国家は、連合全体の選挙で選ばれる3ヶ国と……ここが重要なのだが……持ち回りで2国が自動的に選出される。

 ちなみに、イゼイラは、10回連続でこの盟約主権国家に選出されているティ連の中でも大国なのである。


 そうなると……日本もいずれ、その盟約主権国家の大役を任される日がイヤでも来るのだ。

 もし、日本が盟約主権国家になった時、ティ連の議会議員制度の常識が通用しない国なんてことになれば、大恥もいいところである。

 そういうところもあって、フェルを衆議院に立候補させよう……というのが、二藤部とサイヴァルがホットライン会談で話し合った結果であったりするのだ……

 従ってフェルさん、単純にサプライズで衆議院議員にさせられる訳ではない。

 後のティ連加盟を見越した将来のことも考えての立候補だったりするわけである。


 それと……イゼイラのフリンゼが、かつて日本の議会議員で、よしんば役職を持った議員だったという実績を作っておけば、今後のティエルクマスカ世界でも、所謂『ハク』が付く。

 これは『聖地日本』としては、重要なところである。

 即ち、もうそれまでの日本政治の考え方では成り立たないというところを認識する必要がある。


 そしてまだある。


 それは、日本からティエルクマスカ連合への派遣議員を選出する選挙も行わなければならない。

 そして将来、ヤルバーンのような探査母艦を日本が所有した場合、フェルのような探査母艦派遣議員の選出も、衆議院か、参議院から選出しなければならない。


 もう考えただけで大変なことが山ほど控えている……

 なので、フェルの衆議院選挙出馬は、実は今後の日本にとって極めて重要な事なのである。




 ………………




 ……とまぁ、選挙に向けての準備は順調といったところ……


 ……で、フェルさん、外国人が日本国籍を取得した際に受ける洗礼というべきもの。

 戸籍名の登録である。

 これはなかなか面白いもので、登録時に好きな名前をつけることができる。

 で、使える文字が、漢字、カタカナ、ひらがなしかダメで、姓と名しか登録できない。


 例えば、フェルさんの場合、【名:フェルフェリア】【姓:柏木】【始祖名:ナァカァラ、もしくはナヨクァラグヤ】という構成になっているが、日本の戸籍登録では、この始祖名が省かれてしまうのである。


 まぁそこんところはフェルと柏木で色々考えた。

 「フェルフェリア」という名前の語呂が、日本人名的には長いので……


「【柏木フェル】……なんか今一つ捻りにかけるなぁ……【柏木風恵流】……やっぱ漢字で当てるのはやめたほうがいいパターンだな……」


 などと頭を捻っていたり。

 するとフェルが……


『マサトサン、大丈夫ですヨ』

「ん? 何か考えてるの?」

『ハイです……確か、別に自分の元の名前に拘らなくてもいいんデスよね』

「ああ、そうだけど……」

『では、温めていたオナマエがあるです』


 フェルさん、日本の戸籍名の登録も、予め調べていたようだ。


「ほうほう、興味があるな、教えてよ」

『ハイ……』


 そういうと、書類にスラスラと、ちょっと角ばった字で、そして漢字でこう書いた




柏木迦具夜かしわぎ かぐや




 ……その名前を見た瞬間、思わず柏木はフェルの頭を抱き抱えて、なでてしまう。


「はは、よく考えたな、フェル」

『ハイです。日本では、始祖サマのお名前を使うデスよ』

「ああ、それがいい」


 イゼイラ市民登録名:フェルフェリア・カシワギ・ナァカァラ

 皇族名:フェルフェリア・カシワギ・ナヨクァラグヤ

 日本名:柏木迦具夜


 これがフェルのこれからの名前である…… 

 しかし『迦具夜』とはやっぱり呼びにくい。みんな照れてしまう。

 なので……フェルさんはフェルさんなのだ。


 ……で、柏木大臣。フェルとの籍を入れた今、ある約束を思い出す。

 

「フェル……まぁこういうことになりまして、改めてよろしくね」

『ハイです、マサトサン。永久とこしえに、因果の世界でもずっと一緒ですよ』

「はは、照れるな……でも、そうだね……」

 

 そういうと柏木はフェルの頭を撫でる。

 しかし、宇宙空母カグヤといい、柏木迦具夜といい、こりゃカグヤづくしだなと。

 横では新見がニヤニヤしてたり。


「っと……あ、そうだ……それと、ほらフェル、あの約束守ってやらないと……」

『約束? ハテ? 何でしたっけ?』

「ほれ、玲奈との……あのデータと交換した件で」

『ア! アァアァ! はいデス。思い出しました。そうですね、ご報告して差し上げないとウソツキサンになってしまうでス』


 ポンと手を打つフェル。

 すると横で聞いていた新見が「何の話だ?」と訝しがる。

 柏木は、玲奈と例の流出した物品データと交換に、フェルと彼のかような状況を真っ先にスクープとして教えてやるという約束をしたことを話す。


「なるほど……はいはい、その話は白木室長から聞いていますよ……ふむ」

「いいんですかね? やっぱそういう約束をしたとはいっても、結構情報が情報ですし……」

「ええ、いいんじゃないですか? それはお二人の自由ですし。それに官僚の私がこんなことを言うのもなんですけど、選挙前の良い話題作りにもなるんじゃないですか? 別に悪いことしてるわけじゃないんですし……」


 新見は、いつものクールな表情から打って変わって、ソファーにゆったり座って、のほほんとした感じで、イゼイラ茶をすすりながら話す。


「いやぁ、でも選挙前だからこそ、フェルさんフリークとやらから『柏木頃す』とか『爆発しろ!』とかネットでやられるじゃないですか……で、フェルも日本国籍の日本人になりますし、日本の法に従う人になっちゃいますから、当面はイゼイラの法も関係なくなるでしょ? で、芸能レポーターがワンサときて『フェルフェリアさん! 柏木大臣からどういうプロポーズの言葉をかけられましたかぁ~!』とか、どーでもいいことでワラワラと家の前に来られるのも相当うっとおしいですよ」

「ははははっ! それは自分が撒いた種じゃないですか、私はそこまで知りませんよぉ」


 新見が柄にもなく楽しげに大声を出して笑う。


「はは、そうですよね……どうしよ、フェル……」

『お約束はお約束ですからネ、それとあの頂いたデータでニホン政府も助かったじゃナイですか。そこはちゃんとしておかないト』

「んー……そうだな……確かにそうだ。あのデータがなかったら、今頃情報駄々漏れの危険もあったしなぁ…………わかった。ちょっと電話してくるよ」


 そういうと柏木は部屋を出て、スマートフォンを取り出し、玲奈の電話番号アイコンをプっと押す……


「…………ああ、玲奈か? 今かまわないか?……ああ、元気でやってるよ……はは、その話はまた今度だ。で、このあいだ大阪で約束した件だけどよ……おう、それそれ……俺、フェルフェリアさんと籍入れたから……あー! 大声出すなって、耳潰れるだろ……えぇ? 戸籍名ぇ? そんな事良く知ってんなお前……柏木迦具夜、そう、か・し・わ・ぎ・か・ぐ・や……え? プロポーズの言葉ぁ? 嫌だよそんな事言うのぉ、テキトーに書いておけよぉ…………何ぃ!? んなこと言わねーよ!! 絶対書くなよ! こっちゃ選挙控えてんだからな!…………おう、出馬するよ、んなの当たり前だろ、こっちゃ大臣なんだから……って、お前俺にインタビューしてどうすんだよ………………」




 ………………………………




 かの首相官邸で行われた衝撃の記者会見。

 マスコミは各社統一した呼称として、『銀河連合加盟発表』と呼んだ。そして日本の呼称を『銀河連合日本』と呼称していくことになる。

 正式呼称は


『ティエルクマスカ銀河共和連合・日本国』


 英語表記は……


『Galactic Republic Union Tealkmaska Japan』


 国際的な慣習略称はそれまでの『JPN』から『GUJ』に変更。


 国際連合にもそういう形で申請した。



 さすがに『ティエルクマスカ』という言葉をつけると、長くなってしまい、文字数的にも具合が悪い。

 なので、そういう略称といった感じだ。

 まぁ言ってみれば……


 ソビエト社会主義共和国連邦の事を『ソビエト連邦』もしくは『ソ連』。

 中華人民共和国の事を『中国』

 アメリカ合衆国の事を『アメリカ』『USA』

 朝鮮民主主義人民共和国の事を『北朝鮮』


 と呼称するのと同じと思えば良い。


 そんなところも含めて、あの会見以降、日本政府も慌しく動き始める。

 確かに衆院の解散を決定し、一ヶ月ほど後に選挙が行われる予定だが、それまではまだ現在の二藤部政権なのだ。

 連合加盟は与野党各党の承認もあり、ほぼ確定事項であるため、選挙までに政府は加盟までの可能な作業を行っている。


 各省庁、一番大変なのは、連合憲章とのすり合わせだ。

 連合憲章は、ティエルクマスカで唯一、各主権国家の主権よりも優先される上位法である。

 主に安全保障での軍動員と、連合防衛総省部局の設置。国籍と人員の往来に関する法。刑事、民事裁判権の主権範囲。主権国家の国境の策定……大きく分けてこんなところ。


 で、有難い事に、連合憲章では『主権国家法優先規定』というものがあり、連合憲章と主権国家法が相反する条項を持つものがあった場合、連合と協議の上、一部義務の免除、もしくは変更が認められている。


 ここで問題になったのが、もう言わずもがなの『憲法9条』である。

 

 現在、これらの刷り合わせには、ヤルバーンのスタッフが本国からの指示であたっているが、彼らをもってしても意味不明の理解不能な条文で、相当困っているのだという。


○憲法9条


1:日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。


2:前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


 この交渉の担当に当たったのが、ヤルバーン法務局主任のジェルデアだ。


『……ケラー・コウモト、もし、この条文どおりなら……今更ですが、ニホンの自衛隊ハ、『軍隊』もしくは『軍事組織』のようなものではないと解釈できますが……』

「はい、まぁ我々も建前上はそう言ってはいますが……あまり大きな声では言えませんが、それはもうはっきりいってその通り『建前』です」

『フム……しかし、なぜこのような現実と矛盾した法制になっているのですカ?』

「ええ、言ってみれば……わが国が、あなた方の言う先の地域国家間紛争で敗北した影響ですよ……あの戦争で敗北した日本は、世界のパワーゲームに巻き込まれ、それに国民が「もう二度と戦争はいやだ」という目先の考え方で、こういった憲法ができてしまいました。あと、当時の戦勝国が、そういう憲法でなければ日本との講和を納得しないという事もありましてね……色々複雑な理由があります。なので現在の日本の憲法は、戦勝国の『許可』を得た憲法であって、日本国民が独自に創意したものではないというのが現状なのですよ」

『エエ、その点は私達も調査で把握しておりまス。で、結局その後の、ニホン国周辺の国際情勢の変化で、再武装化に迫られ、現在のジエイタイが発足してもなお、この法は維持されている……という理解で良いのですヨネ?』

「まぁ、かいつまんで言えばそういう事です。ですのでわが国の自衛隊は、軍隊というよりも、厳密に言えば『武装警察』の意味合いが強い組織なのです。軍隊と言うよりは、性質的には『警察』ですね。実際、元々の発足名が『警察予備隊』と言う名称で発足しましたから」


 フムフムと頷くジェルデア。


 河本が説明するに、そういう点、所謂軍隊とは違った事が、自衛隊には沢山あるという。


 ……さて、では軍隊とは何か? という定義だが、非常にかいつまんで言えば、『自国の主権を相手国へ強制させる組織』という事ができる。

 従って、軍隊の定義で最も重要なのは、自国の主権から、有事の際には一定の権限を持って独立をする事なのである。

 即ち『軍隊という名の高度な自治体もしくは自治組織』と言うべき存在なのである。

 従って、軍隊には『軍法』という一般の刑法や民法とは別の法があり、軍人が軍隊で罪を犯すと、そこで裁かれる。

 敵と交戦した場合、『捕虜』を取る事ができ、正当な戦闘行為であれば、一般的には『犯罪者』としては扱われない……実際はそうではない場合が多いが……

 そして、軍隊は何処にいても自己完結性を持つ。

 人事、経理、衣食住、行政、建築、工作……これらすべてを、世界中のどこに行っても『軍隊』という組織内で全てまかなえる。

 従って、良くも悪くも国家の中で最高の主権行使手段をもつ自治組織が軍隊であるといってもいい。


 しかし……日本の自衛隊の場合、ここが片落ちなのだ。

 まず自衛隊には『軍法』がない。自衛隊員は犯罪を犯すと一般の刑法、民法で裁かれ、普通に警察権を介入させることができる。普通の軍隊では、ここは『憲兵・ミリタリーポリス(MP)』の役目だ。


 確かに自衛隊にも『警務官』というMPに似て非なる存在がいるが、この警務官でも所謂MPとは性質が異なる……彼ら警務官は、日本の司法警察上の警察員、つまり警察官であって、軍法上の憲兵ではないのだ。要は自衛隊内専属の司法警察官なのである。

 つまり、こういった一般の刑法や民法、そして行政が介入できる組織であるということは、自治組織として機能していないという事になる。


 つまり、消防や、警察と同じような組織だという事だ。


 全てにおいて、自治体や国の法の元に動く。これは取って返して言えば、有事の際、中央との連絡手段を絶たれてしまったら、負けを認めて独自の行動を行ってはいけない――という事にも繋がる。

 まぁ実際は現在の法解釈の積み重ねでそこまでひどくはないが、マニュアルどおりの解釈でいえばそうなる。

 これをシビリアンコントロールという言葉で正当化しようとしているが、そうではない。

 普通の軍隊は、そういう有事の際の、独自行動を認めるために、自治組織として軍隊は稼動しているのだ。でなければ、中央と連絡が取れなくなったおかげで、戦いに負けてしまっては何にもならないからだ……3歳の子供にでもわかる理屈だ。

 

 問題なのが、自衛隊が軍隊でないと主張し続けると、他国の勝手な主観で自衛隊員にもジュネーブ条約が適用されず、自衛隊員が海外で自衛なりの戦闘行為をすると、正規軍として扱われず、ゲリラ扱いされ、即処刑される可能性もあるのだ。

 日本もジュネーブ条約諸々の国際条約に調印しているが、それでもなお「軍隊ではない」と主張し続ける事の方に実は問題がある。


 なぜなら、国際法では、戦時ゲリラのような非正規戦闘員、所謂正規軍人以外の戦闘員や協力者は、片っ端からその場でブっ殺して良いという事になっている……

 なので、イスラムゲリラなどは、各国から何の警告もなしに、頭から老若男女問わず爆弾を落とされ、吹き飛ばされても、誰も罪に問われないのである。

 ジュネーブ条約は正規の軍人にしか適用されない。なので『自衛隊が軍隊ではない』と主張すれば、かような理由で、相手国の勝手な解釈でジュネーブ条約が適用されなくなる可能性があるのだ。

 その相手が道理の通らない国なら、交渉するだけでも大変な事になる。

 コレは深刻な事で、これも「実際はそうではない」とはいえない。なぜならその「実際」を経験した事が無いためである。


 従って、隣のややこしい国などが、自衛隊員を捕虜にした場合、そういった法制を盾にして外交カードとして使われる可能性もあるのだ。


 これが『自衛隊』と呼ばれる組織の『現実』である。

 なので、自衛隊は普通に解釈すれと、どう考えても、所謂『軍隊』ではない。

 『軍隊のようなもの』であり、あえて当てはめるなら、戦車、戦闘機、軍用艦艇を所有する『武装警察』なのである。

 なので、警察であるから『憲法9条』の範囲で扱う事ができるという解釈も成り立つ。

 警察は他国へ『国権の発動たる戦争』なんかしないし、警察官の持つ武器が、ピストルか戦車かだけの違いで、警察官は国家間の集団的自衛権なんて行使しない。


 従って、自保党が、自衛隊を『国防軍とする』と主張を掲げていることは、とても日本にとって考えなければならない大事なことなのだ。

 それをするしないにかかわらず、そして、単純に『軍隊は人殺しだぁ~』やら『国家の暴力装置』だの、そんな程度の低い次元の話ではないのだ……


 そういうことである……



 ……ジェルデアはその説明を聞いて、ますます『ウ~ン』と考え込む。


 ジェルデアが考え込んでいるのは、連合防衛総省の取り扱いだ。

 イゼイラの例でもわかるが、連合防衛総省の軍事力は、各主権国家から提供される軍事力でまかなわれている。そして各国防衛担当省庁に『ティ連合防衛総省軍管区司令部』が設定され、各国軍に『ティ連合即時派遣軍』に相当する組織が設定される。


 しかし、ジェルデアが悩んだのが、現行の日本の法では、素直にこれらが設定できないのだ。

 普通の国、仮に米軍がティ連に加盟したと仮定しても、すぐにこれらは設定できるだろう。

 しかし……今の日本では、これの設定が……できにゃいのである。


 もし、無理にこれを設定しようものなら、世の『憲法9条』を神の如く崇拝する『9条教信者』が手ぐすね引いて黙ってはいまい。

 なんせこの手の連中は、ティエルクマスカ連合を能天気に『究極の平和の象徴』ぐらいに思っており、花畑全開で支持しているぐらいであるからして……

 今日でも意味不明なフォークソング歌いながら官邸前で平和の歌を歌っている。


『フーム……これはナカナカに大きな課題ですねぇ……連合憲章の主権国家法優先規定を適用するにしても、事が連合の根幹に関わる部分デすから、申請してもどういう返事が返ってくるか、予想できませんね……マァ、でも、それが現実デスから、とりあえずこのまま現状を私の方から申請してみましょウ。連合の方からモ、何か良い案が返ってくるかもシレマせんし……』

「はい……お手数かけますな、ジェルデアさん」


 思わず河本はポリポリと頭をかいてしまう……この9条、つくづく難儀な法だと思う……銀河の大国ですら、頭を抱えてしまうとは……と……


 ティ連では、この問題は結構重要で、ガーグ・デーラのような連中に対する対応も含まれているのである。

 ジェルデアが思ったのは、自衛隊がガーグ・デーラのような存在に全面的に対応できるかという点だ。

 もう今後は今までのような……超法規的な機密対応が出来なくなる場合がある。

 自衛隊がこれに対して、仮に普通に対応するとなれば、このガーグ・デーラが単なる海賊のような犯罪者集団なのか、主権を持った組織なのか……これによって対応が大きく変わってしまうという点である。

 つまり能動的に積極攻撃できるか、できないかという問題だ。


 仮にガーグ・デーラが海賊組織のような存在なら、彼らが宇宙へ進出して、積極的に排除する事も可能なのかもしれないが、主権を持った国家のような存在とわかってしまえば、急にそれができなくなる……これは結構深刻な問題である……


 ということで、のっけから大きな課題が出来てしまった……これもこういう事を放置してきた結果であったりする……



 ……そして、あとの『国籍と人員の往来に関する法』『刑事、民事裁判権の主権範囲』『主権国家の国境の策定』に関しては、比較的すんなりと事が運んだ。


『国籍と人員の往来に関する法』については、先の通りフェルをテストケースに実績ができるだろうし、『刑事、民事裁判権の主権範囲』については、現行のヤルバーンと日本の協定をそのまま利用できる。

『主権国家の国境の策定』についても、日本が主張する国境と領土を、連合側も日本の主権と判断することで決定した。

 つまり……尖閣諸島、竹島、北方領土を連合は、日本国の領土、つまり、ティエルクマスカ連合の主権範囲と認定したのだ……これは恐ろしいことである……

 つまり、現在韓国やロシアは………ティエルクマスカ連合の主張する領土を侵害しているという事になる……あ~ おそろしや……

 中国は、負けてよかったのかもしれなかったり……


 で、この国境について、連合本部は日本側に通達した事があった。

 それは、地球での国境ではなく、宇宙での国境だ。


 当たり前の話だが、現在日本は……ってか、地球世界のどの国も宇宙に主権を持っていない。

 こういうパターンは、ティ連的にも初めてのパターンだった。


 連合では、他の地域国家でも、惑星を領有していたり、何がしかの形で宇宙空間にも国境線を持っている。しかし地球人はまだ宇宙に進出したばっかりなので、それがない。

 従って、ティエルクマスカ連合は、太陽系の外縁天体部から、約1光年を地球文明圏と認定し、『地球文明の国境』として認識すると通達してきた。

 つまり、連合としての暫定的な宇宙的国境の認識だ。

 この件は、日本政府から国連へ報告された。

 しかし、あくまでティ連の認識であって、国連加盟国の認識ではないが、形式上そういう形で今後はこの範囲が『地球文明圏』と認識されていく事になるだろう……


 さて、日本の国体改変に伴い、日本の国際的な立場も大きく変化を見せつつある。

 まず、国連に関してであるが、無論、日本国という主権国家として、今後も加盟していくことになる……が、その発言権が相当に増した。これは間違いない。

 このあたりは二藤部も相当に打って出て、「敵国条項の撤廃」を主張した。

 なぜなら……この敵国条項のせいで『みなさん、知りませんよ?』という感じで、状況が逆転してしまったからだ。

 国連の敵国条項とは、第二次大戦の敗戦国。、つまるところ日本とドイツだが、この二国が連合国のみなさんのお気に召さないことをしたら、安保理を通さずに殴りかかってもいいよ……という条項なのである。

 で、今の日本は『あっそ、んじゃかかってこいや』と言える状況になってしまったので、逆にこの敵国条項が国連加盟国の爆弾となってしまった。

 で、日本側が気を利かせて「撤廃した方がいい」と提言したのだ。

 日本にその気でなくても、ティ連合防衛総省を怒らせる元になると……そういう理屈付けで。

 で、近々に国連で検討に入る予定だそうな。


 更に、日本は常任理事国入りを撤回し、悲願と言われた国連常任理事国入りの主張をヤメにした。

 これも簡単な話で、もし常任理事国入りをしてしまうと、安保理で決議した内容に責任が発生するため、地球のイザコザにティ連を巻き込む可能性が出てくる。

 なので撤回したのだ……これもある意味やむなしといったところか。


 実際、国連内部では今持ってこんな状況であるにもかかわらず……どっかの二国は


『日本のティエルクマスカ連合主権を認めない』

『日本のティエルクマスカの主権は国際法違反』


 とか言っている状況で、何を言っているんだコイツらはという感じなのだ。

 そういう事もあって、政府は国連とちょっと距離を置いたほうがいいと判断したのである。

 しかし、国連は日本を離したくない……なぜなら、国連というのは、日本の金で運営されているような組織で、日本が出て行けば瓦解する可能性すらある。


 ややこしい話である……


 そんな中、今更感はあるが、例の中国が発議した安保理の


【ヤルバーン地球外退去命令】


 であるが、この議題は結局潰れてしまった。

 なぜなら……これも簡単な話である。

 米国が安保理開催前に、『拒否権』の行使を明言したからだ。

 安保理常任理事国の、一国でもこの拒否権を発動させると、その安保理議題はナシになる。

 それを開催前に明言したとなっては、安保理を開く意味すらない。

 なので、結局安保理は開かれなかった。


 これはもちろん米国が拒否権を行使しても、日本を支持する事のほうが、相当な国益だと判断したからである。

 その判断を決定づけたもの……それは、米国的にも大きな物であったからだ……  




 ………………………………




 地球から約300万光年彼方のイゼイラ星間共和国、セルゼント州。太陽系方面ゲート……

 例の『カグヤの帰還』作戦時のガーグ・デーラ戦闘のこともあり、安全を考慮して、太陽系ゲートは亜空間接続出力を強化して、このセルゼント州まで移動されてきていた。


 ここから今、ある艦隊が出発しようとしていた。


『旗艦、工作母艦ラシェイド以下、護衛艦隊、及ビ地球方面行キ都市接続艦、出航準備完了シタ』

『人工亜惑星要塞レグノス、通常ディルフィルドジャンプ準備完了。問題ありませン』


 イゼイラ軍管区所属の『工作母艦ラシェイド』

 ヤルバーンほどではないが、対角長3キロもの大きさを誇る巨大な正六角形型の軍用艦艇だ。

 そのブリッジでダストール人兵士や、イゼイラ人兵士の声が飛ぶ。


『ヨシ、ソノママ命アルマデ待機セヨ』

『了解』


 工作母艦ラシェイド艦長 ダル・フィード・マウザー一等カーシェル、即ち『大佐』は、ある任務のために、太陽系へ向かって出港しようとしていた。


 ラシェイドに通信が入る。


『ダル艦長、イル・ジェルダー・ヘストルより通信です』

『ウム、繋イデクレ』


 ビッとVMCモニターが起ち上がり、ヘストルの顔が映る。

 ダルは、ピっと『イゼイラ式』ティエルクマスカ敬礼をする……この船の船籍はイゼイラである。


『準備はどうかね、ダル艦長』

『ウム、順調ダ、アトハオマエノ出航命令ヲ待ツダケダナ』

『そうか、結構だ……しっかしダル艦長ぉ……せっかくのサディ・ジェルダーの昇進を蹴って……もったいないぞ……』

『フフ、マァソウ言ワンデクレ。私ハ机ノ前ニ座ッテ、グダグダ命令スルノハ性ニ合ワン。ソレニ、コンナ楽シイ任務、他ノ奴ニヤラセルワケニハイカンカラナ』

『ははは、まぁ確かに言い出しっぺは君だからな……大使……いや、今はダイジンだったかな? その約束もあるか?』

『ソウイウコトダ。私ガ行カナクテドウスル。今回ハ女房モ一緒ダ、チョット長旅ニナルカラナ』


 そうダルが言うと、へストルもコクコクと頷く。


『デは、タイヨウケイ第4番惑星……名は確か……『火星』だったか? そちらの開拓、よろしく頼むぞ』

『了解ダ』

『ふ~む……しかし、ニホン政府も思い切ったことをしたなぁ……』

『例ノ、アメリカ国ノ管理地域設定……マァ所謂領土設定ノ事カ?』

『うむ、そうだ。連合管理区はまぁいいとして、日本国専有領域に管理区の一部をアメリカ国に譲渡するとは……そのアメリカ国という国、よほど日本にとっては重要な国みたいだな』

『アア、ナンデモ、先ノチャイナトカイウ国トモメタ時ニモ、相当ノ支援ヲシテクレタソウダ……マァ、純粋ナ善意トイウヤツデハナイノダロウガナ。地域国家トノ交渉デハ、ヨクアル話ダ』


 そう、今のダルとへストルの会話からもわかるように、アメリカがなぜ『拒否権』という常任理事国の特権を行使してまで、かの中国が発議した【ヤルバーン地球退去命令】を潰したのか……中国との関係を犠牲にしてまで拒否権を発動したその理由は……コレである。


 二藤部は、ホットライン会談で、サイヴァルから、この火星のテラフォーミング計画の話を聞かされていた。もちろんこの計画を提案したのはダル艦長である。

 その際に、二藤部達安保委員会は、その火星で、連合共同管理区と、日本専有管理区を設定すると聞かされた。

 で……その報告を受け、それにメチャクチャ驚いた安保委員会メンバーは、即、「マズっ!」と思った。


 火星は、米国もその開発に力を入れている。

 言ってみれば、米国宇宙開発の誇りともいうべき場所が火星だ。おまけに宇宙条約のからみもある。

 これが公になったら、米国を敵に回すかもしれないと……即考えた。

 なぜなら、現在事実上火星で積極的活動をしているのは米国のみだ。絶対……文句を言ってくるに違いないと思った。

 

 ただ、そこで運が良かったのは、ちょうど中国がヤルバーン退去命令を発議した同時期にこの話を聞かされたので、安保委員会は逆にこの状況を利用しようと考えた。

 で、日本の主権である『日本管理区』内に米国の管理区を設定しても良いか? と提案したのだ。もちろん、それは現在日本とヤルバーンが置かれている国際情勢を考えての話で、である。

 サイヴァルは「日本の主権範囲なので日本政府が自由にやってくれて構わない」と了承してくれたのだ……但し、連合は米国と直接国交がなく、米国との国交は事実上、今後日本が連合を代表して担当することになるので、連合管理区には人員を許可無く往来させないように……という条件付きで……という事だったが……


 ……無論、そうなると、米国は今後日本が開発する宇宙船に便乗して、火星のその管理区に行くか、独自に宇宙船を開発して行くしかないわけだが、安保委員会は、そこも外交カードとして使えると判断したのだ……


 とまぁそういうわけで、あの時、ハリソン達は「YES!YES!」とホワイトハウスでみんなして喜んでいたという訳なのである。

 これは、ドノバンがタイミングを見計らい、その情報を入れた……


 ドノバンもこの話を聞かされた時……二藤部と会談をしていたあの時、その書類を渡されて、一読した後、彼女は石化して震えがきていたようだった……最初はブラフと思ったぐらいだ。おまけに日本の連合加盟の話も聞かされた……正直信じていいかどうか分からなかった……

 なので、二藤部は『大統領に伝えるのは、あなた次第だ』と、言ったのだ。

 彼は、恐らくドノバンが大統領に報告するのを躊躇するだろうと踏んだ。


 二藤部の読み通り、結局彼女は記者会見でその事実を確認したあと、ホワイトハウスへ至急電を入れた……それが功を奏して、米国はもう全てをかなぐり捨てて『拒否権』を行使したのだ。

 正直、国連安保理事会では、もし米国が拒否権を行使しなかったら、危ない状況だったらしい……結果、やれやれだったという話。



『デ、ヘストル。亜惑星要塞ガ地球文明境界線ニ到着スルノハ、チキュウ標準時間デ……180ニチ後……デ変ワリナイナ』

『うむ、あの亜惑星要塞が地球文明境界線付近に到着すれば、人員や艦艇の往来も円滑になるだろう。ま、今回少々奮発して亜惑星要塞を送り込むが、まぁはっきりいえば大型ディルフィルトゲート代わりだな』

『デハ、メイオウセイノゲートハ、“カセイ”付近マデ移動サセテモ問題ナイナ』

『ああ、そっちはヤルバーンと協議の上、勝手にやってくれ』

『了解シタ』


 なんと、ヘストルはティエルクマスカの最強兵器、人工亜惑星要塞一隻を、太陽系へもってくるというのだ。

 その大量に艦艇を前線へ送り込める能力を利用して、ゲート代わりにしようという。

 大盤振る舞いである。

 発想がセルゼント州と同じような感じである。

 それもそのはずで、なんせティ連的にも、やはり5千万光年という距離は遠い。

 しかもそんなところの辺境に、ティ連の超飛び地のような加盟国が一つできるのだ。

 そりゃ交通網を今以上に整備しようと思うだろう。

  

『では、そろそろゲートも臨界だな。活躍を期待しているぞ、ダル艦長』

『アア、マカセテオケ。デハ、行ッテクル』


 再度ティエルクマスカ敬礼をするダル。

 加盟みなし国となった現在の日本。そして事実上の地球国境とティ連が認識する『地球文明境界線』

 これができたために、ティ連も通常軍用艦艇を送り込めるようになった。

 そして都市型接続艦とは?

 

 イゼイラ、そしてティエルクマスカ連合の動きも活発化してきたのだった……




 ……………………………………




 ……さて、所変わって日本国。


 和歌山県沖、熊野灘を北上する宇宙空母カグヤ。


 例の作戦が終わり、日本政府とヤルバーン行政府からご褒美で特別休暇が出たカグヤは、沖縄県沖で停泊し、那覇空港へデロニカを飛ばして、クルーはさんざんっぱら沖縄で遊んで、現在通常任務へ復帰。ある場所を目指していた。


 まぁしかし、沖縄ではみなさん相当にハメを外したようで……特にシエさんは、多川をさんざん連れ回し、沖縄の名所を回っていたという。

 そりゃもうシエさんウキウキで多川と一緒だったという。

 容姿もダストール人モードで、服装も日本のジーンズ履いて、流行のシャツ来てと……珍しくそんな服装だったという話。

 シエが街中を多川連れてうろつきまわっていた時には、それはもうキャーキャーと芸能人が来たみたいな騒ぎだったそうだが、そんなの気にしないシエさんは、群がるギャラリーを無視して彼と遊びまわっていたという。

 しかしシエ嬢、なんでも目撃者の話では、相当に……いや、メチャクチャ楽しそうだったという話。

 連れ回される多川も、まんざらではない様子。


 大見も仲間とそれを目撃した……


 そして現在、カグヤ食堂に集まる陸上科のむさ苦しい野郎ども。

 何やら会議中……いや謀略中である。 

 大見の部下である、ある隊員が話す。


「三佐、あの二人の様子を見る限り、計画を実行できると思うのでありますが……」

「おま……本気でやるつもりなのか?」

「当たり前であります。あの件で、陸自の浜崎と塩谷は離婚の危機に陥ったとかいう話も聞いております……まぁ、私が仲介に入って、理由を懇・切・丁・寧に話し、事なきを得ましたが……」

「ふむ……」

「……で、請願書も、もう用意出来ている次第でして……」

「はぁ? なんだそりゃ」


 部下は懐から封筒を出す。

 その中身を取り出して一読…………


「ぶはははは! アホかお前ら! なんじゃこりゃ!」

「ああっ! 笑うでありますか三佐! 心外です! こ、これは……皆の渇望と明日への希望の書状ですよっ! もうそりゃ、眼と鼻と口がついた卵が元の形に戻って、血の涙流しそうなほどの!」

「何の話だよ……はははは!……しかしなにこれ、この団体名。マジカ? で、生贄はかの方で、神の手呼び出すのか?」

「なんだ、知ってるんじゃないですか三佐……で、無論生贄は……多川一佐であります」

「まぁそうなんだろうなぁ……」

「で、三佐……多川一佐に具申してください。お願いします!」

「なんで俺なんだよ、お前らが直訴に行けよ」

「いや、この中で唯一、かの方の被害を受けていない三佐殿ならばということで……可愛い部下の頼みと思って! お願いしますっ!」


 ウ~スと皆で頭を下げる。


「……仕方ね~なぁ……渡すだけだぞ……で、成功確率は?」

「は、まず7割は……しかし事前情報ですと、当の生贄がそういった事に対する耐性がないという情報がありまして……したがって42にもなってまだ独身とか……そこが3割減なところでありまして……」

「だめじゃん」

「いえ、以前、高級洋菓子で買収したWAFの情報によりますと、経験があるにはあるそうなのですが、なかなかいいのに巡り合っていないようでして……ですから、彼の方との沖縄での行動パターンが、目撃したWAFの話では信じがたい光景だったと……」

「あー、わかったわかった……今回だけだぞ。後のことは知らんぞ」

「は、ありがとうございます!」


 パンと掌合わせて感謝する部下一同。

 何を企んでるんだと。

 

(まぁしかし……魚釣島での事もあったしなぁ……俺も同じこと考えちまったし……ま、いいか……)


 頭をボリボリかく大見。今後の事も考えると……そうしたほうがいいのかなと……

 自衛隊と言う組織、結構人間関係が重要な組織なのである。



 カグヤ艦内。指揮官部室区画にある一室。

 航空宙間科 多川信次一佐の部屋……コンコンとノックの音。


「ん? 誰だ?」

「大見 健 陸上科三等陸佐であります」

「おー、大見か、入れ」


 ドアを開け、キビとした所作でお辞儀敬礼。


「そんな固いのは特危ではナシだ。座ってくれよ」

「は、では……」

「で、精鋭八千矛隊の隊長さんがどうした? 何か俺に急用か?……コーヒーでいいよな」

「は、ありがとうございます……」


 多川はハイクァーンでコーヒーを二つ造成すると、一つを大見に渡す。


「で? 何だ?」


 多川は屈託のない笑顔で尋ねる。


「はぁ、今日伺ったのは、まぁ……任務とか仕事ではなく、完全なプライベートなお話でありまして、ハイ」

「プライベートぉ?……ほー……何のこっちゃよーわからんが……で、何だよ……もったいぶらずに話せよ」

「はぁ……では……まずこちらをお渡ししたく……」


 大見は懐から書状を出すと、それを広げて再度確認……ブッとそれを見て吹き出しそうになるのを堪え……多川に差し出す……


「なになに?……『請願書……多川信次一等空佐殿……多川一佐殿、我が、陸上科以下署名捺印するものの救済をお願いいたしたく思い、以下の事案を切に願うものであります……(中略)……先般、我が陸上科偵察部隊の収集した情報を元に我々直訴人一同が状況を総合的に判断した結果……多川一佐殿にぃ?…………シエ・カモル・ロッショ航空宙間科一佐殿との交際及び、将来的な婚姻を切にぃ??……願うものでありますぅぅぅ!?……(以下略)……』……は、なんだこの団体名???……『シエ嬢撃墜マーク被災者の会(妻帯者限定)』??…………」


 書状を持って、停止する多川一佐。


「お、大見……ナニコレ?」

「いや、まぁ……その団体名な通りの悲痛な想いが込められた請願書でしょう……家庭崩壊の危機を伴うような……」

「……」

「まぁ、その偵察部隊とやらとか、私自身の目撃やらとか……その、シエ一佐と、多川一佐とのご関係を、客観的、かつ総合的に判断した結果という方針で作成された書状のようですが……まぁ私はその団体に参加しておりませんので、一応彼らの上官としてお渡しに参った次第であります……では、確かにウチのアホどもの戯言、お渡しいたしました。どうぞご検討下さい。私はこれで……」


 逃げるように席を立とうとする大見。

 しかし……


「お、お、お、ちょちょちょ……ちょっと待ったちょっと待った……」

「は?……」

「ちょ……、ま、まぁ座ってくれ……」

「はぁ……」


 大見は再度、ポソっと着席する。


「もしかして……みんなそう思ってるのか?」

「アタリマエですよ……決定的だったのが沖縄での休暇ですな……あれはみんなそう思います」

「はぁ……やっぱりなぁ……」

「自覚はあるようで……で、まぁ、私も妻帯者なので……そういう立場でお尋ねしますが……実際の所どうなのです?」

「う~ん……まぁ、色々となぁ……俺も実はそうなんじゃないかとは思ってるんだけどな……でも異星人さんだろ……相手は……」

「それはもうあんまり関係ないでしょ一佐……知ってますか? 柏木とフェルフェリアさん、さっき連絡あったのですが、籍、入れたそうですよ」

「うそぉ!! マジか!!」

「ええ、それで……」大見は小声で前かがみになって……「(これはまだ自保党の機密なんですが、フェルフェリアさん、衆院議員に比例区で出馬するそうです)」

「(ほ……ホ・ン・トかよ!……できるのか? そんなこと……)」

「(まぁ詳細は知りませんが、マジもマジで大マジだそうです)」


 そして体を起こし、ハァと溜息な多川。

 そして、大見が妻帯者として諭すように話す。


「実際、シエさんを特危に誘ったのは一佐じゃないですか……柏木の話だと、シエさん、一佐に特危に誘われたってとても喜んでいたそうですよ」

「まぁあれは別にそういう意味で誘ったってわけじゃ……それだったら久留米二佐だってそうだろ。リアッサ二佐を誘ったんだろ?」


 そう、今のこの会話からも分かる通り、実は多川と久留米は、シエとリアッサを特危自衛隊へ来ないかと誘ったのである。

 本意としては、今後の法改正も睨んで、連合防衛総省と特危自衛隊との人的交流と、装備指導教官を必要とする意味もあっての事で、ゼルエに打診してみた。

 で、それを了承したヤルバーン駐留連合防衛総省司令……となったゼルエは快く了承し、シエとリアッサに打診したところ、二つ返事でOKしたようで、シエ、リアッサ両者とも出向という形で、特危自衛隊に特別任官した。

 

 ……ちなみに、ゼルエは現在、銀河連合加盟発表があって以降、ヤルバーン連合防衛総省に復帰し、一等カーシェルへ昇進。司令官をやっている。そしてゼルエが所属した『自衛局』は防衛総省に合併される形で解散。ゼルエの副官にはシャルリが付いており、彼女も近々に二等カーシェルへ昇進予定だ……


 という感じで、シエは『シエ・カモル・ロッショ航空宙間科一佐』リアッサは『リアッサ・ジンム・メッサ陸上科二佐』として現在任官している。

 彼女達は、特危自衛隊と連合防衛総省との連絡係も兼ねている。


「……一佐、実際、一佐もそういう感じなのでしょ?」

「ま、まぁ……いつも旭光Ⅱに同乗してるしな。お嬢とはメシもほとんど毎日一緒によく食うし……言われてみれば、柏木さんがイゼイラへ行って、技研で旭光Ⅱをテストしてる時ぐらいからバディやって……柏木さんを迎えに行った太陽系外縁部からずっと一緒だったしなぁ……確かに、情は移ってるよな、確かに……」

「あの旭光Ⅱの機動見れば、私達素人目からみても息ピッタリですよ……あの例の海に遊びに行った時も、多川さんが来た途端、シエさん、柏木おちょくるのピタっとヤメましたからね。はは」

「え? そ、そうなのか……外縁部ではチューしようとしてたぞ、フフフ」

「そりゃ『約束』だからでしょ、聞きましたよその話。ダストール人は約束は必ず守るそうですから」

「そうなのか、ははは。守られる柏木さんも大変だ」


 大見と多川はコーヒーを2杯3杯とおかわりして、雑談にふける。

 そんな話の中、多川は自分の昔を話したり。

 結局、彼は女性に対して「おっくう」なのだろうという。つまり、なんとなく女性側に合わせるのが面倒な性格なのではないかと。

 若い頃は合コンで知り合った女性と交際した事もあったそうなのだが、やはり付き合っていると、音速で毎日極限の世界にいる自分と、普通の世界で生活している相手と、感覚的にどうしても溝ができてしまって、長く続かないのだという。話をしても合わないし、続かない。で、結局普通な方向へ合わせる事が面倒になって別れてしまうそうなのだ。


「……ま、そんな性格だから、42にもなって今持って独身だよ。だから松島の副司令やらされた時はホント、大きな声じゃ言えないが……正直現場から離れるのが寂しかったよ……おまけにあの地震だろ、どうなるのかと思ったが……で、必死で地震の後始末やって、一段落ついて、ヤルバーンがやってきて、ヤル研のテストパイロットの話が来た時は飛びついちまった」

「はは、そんな性格の多川一佐だから、シエさんにかえって気に入られたんじゃないですか? 私は直に見ましたけど……魚釣の戦いの時、まぁVRでしたが、シエさん、中国兵を何十人も一人で血祭りにしてましたからね。でも、アホな中国兵がRPGを味方の射線めがけてぶっ放した時、射線上の中国兵を守るためにその間に割って入って、RPG食らってたり……なかななかできませんよあんな事」

「だろ? 実際いい女だよ、お嬢は……俺みたいなオッサンなんかにゃもったいないって」


 そんな態度の多川に、フゥと小さく吐息を付く大見。


「……柏木から聞いたのですが、ダストール人って、言葉は淡白ですが、感情を態度で表現する種族だそうなんですよ」

「え? 態度で?」

「はい……で、沖縄で多川さんを連れ回してたのって、そういう事なんじゃないんですかね? やっぱり男から言ってほしいものでしょ、そういうのって」 

「いやぁ~でも……そういうの苦手なんだよな俺……」

「じゃ、特訓ですね」

「……は?」

「我々八千矛部隊妻帯者組が特訓して差し上げます……一佐を人間改造しましょう。フフフ」

「え?」


 きょとんとする多川……何されるんだと……まさか、陸上科だから……スノーボールとか言われるのか? と……





 ………………………………





 カグヤ艦内、格納庫。

 試製14式浮動砲の影に隠れて何かを見学するは、カグヤ乗艦のWACにWAF、WAVE、イゼさんフリュ兵士……所謂女性自衛官とイゼイラ人フリュなクルー数人。

 頭をポンポンポンと鈴なりに14式の車体から覗かせて誰かを見る……


「がんばです! リアッサ二佐!」とWAC

「でも大丈夫かなぁ……」とWAF

「あのレストランの予約とるの難しいんだから、絶対OKよっ!」とWAVE

「みんなでカンパして出したんやから、断りよったらアイツコロス!」とWACその2

「そそ、異星人さんからあんな相談なんて……滅多にないからねっ」とWAF2

『シかし、意外ですねぇ、リアッサニサがそんな方だったナンテ』とイゼさんフリュ兵士。

『状況はクリアしてるの? 妻帯者トカ、もういるとか、そんなノだったら最悪ダヨ』フリュ兵士その2

「そこはOK、彼女イナイ暦五年。完璧に調べ上げました」とWAFその3

『フム、では状況的には問題ないわけカ……』とフリュ兵士その3


 彼女達の見る視線のその先には、リアッサ・ジンム・メッサ陸上科二佐。

 誰か男に近づいていくようだ。

 その男性、格納庫で走り込みをやっているようだった。

 

 カグヤは現在、単純移動中なので、特危部隊員は、シフトで休暇をとっている。

 従って、余暇を艦内で自由に過ごす人物も多い。

 艦内は現在、建前上の所有者であるヤルバーンの規範で動いているので、そんな感じである。

 なんせ豪華旅客船並の装備を誇る船だ。退屈するという事は、まぁない。

 通常の陸海空自衛隊員が見たら、どう思うだろうかという装備の中で活躍している彼らであるからして、相当な船なのだ。

 しかし、ここに配属される敷居もまた高い。

 そのうち、一般自衛官の目指す高みに、いずれなるのかもしれない。


『ア……カシモトイチイ……』

「ハァ、ハァ……あ、お疲れ様ですリアッサ副局長……って、あ、今は二佐でいらっしゃいましたね、失礼致しました」


 樫本という男、首にかけたタオルを置き、姿勢を正してピっと敬礼する。

 容姿は割と普通である。背丈もリアッサと同じくらい。しかしやはり体格は良い。


『ウ、ウム……イヤ、ソンナ敬礼ハイイゾ……今日ハ“ぷらいべーと”デ、少々話ガアルノダ……』

「は、はぁ……何でしょう……」

『アノ、ホッカイドウノ演習デ、オマエト知リ合ッテ随分経ツガ……ソノ……ぷらいべーとデ一緒ニ何カシタトイウ事ガナイダロウ?』

「そういわれば確かに……二佐がイゼイラへ行かれてから、お会いする機会も少なくなりましたものね」

『ウム……デ、コレカラ私モジエイタイニ世話ニナル。同ジ部隊デ共ニ動ク事モアロウ。デ、ドウダ。今度ノ休ミニ……ソノ……食事デモドウダ?』

「は? お食事に誘っていただけると! いや、しかしそんな……申し訳ないであります」

『イヤ、ソンナノデハナイ……ソレニ、モウレストランノ予約モトッテアル……』


 リアッサはピラとチケット二枚を樫本に見せる。

 樫本はそのチケットのデザインを見た瞬間……


「そ、そのレストランって……予約がなかなか取れないっていう……あそこのですか!」

『ウム、ナンデモソウラシイノダガ、仲間ニ相談シタラ取ッテクレタ……ドウダ? ダメカ?』


 知的なクールビューティで微乳美人のリアッサさんで通っている彼女が、上目遣いで少しモジモジして、樫本を見る。

 そして、樫本はそのチケットを見て、彼女が何を言いたいか、普通の日本人であれば即理解した。

 そのレストラン……巷では、世のヒキニートどもが、爆破テロの対象として、日夜脳内破壊を繰り広げる人種ドモで埋まり尽くすレストランで有名な場所だったからだ……


「は……まさか二佐が私をそのような……」

『ソンナ“敬語”ハ私ノ前デ話サナクテモイイ……ダメカ?』

「は……はは……そうでしたか……あ、いや、そうだったのか……」

『……』


 すると樫本はニコリと笑って……


「……わかったよ、次の休みだね」

『ウン……』



 遠めで見る女性自衛官とフリュ兵士さんども、二人して、何か納得したように、資材箱に連れ添って座り、楽しげに話す姿に移行すると……


「よっしゃ!」

「うーし! 成功ぅ!」

「状況終了! 撤退です!」

「おめーとおめーは監視任務続行。私はメシ」

「あー、私も監視任務するーーー」

『私も監視任務続行シマス。シエ一佐にも報告せねば……』

「いや、それはやめておいたほうが……」


 やらなんやら……めでたい連中である……


 実はリアッサさん……柏木大臣とフェルが籍を入れたという話を聞いて、なんでも当てられたという事なんだそうな。

 それでカグヤの女性自衛官に相談したところ、お節介モードを爆発させたWACにWAFにWAVEが、リアッサに例の、ニホンで『男なら女』『女なら男』を確実に撃沈させる最強装備を持たせ、事に挑ませたという話。


 そんな感じで、彼らは目的地に進んでいく……

 

 次の任務は、三島発案の作戦。

 とはいっても、戦闘任務というわけではない。

 人々の役に立つ、日本国が現在抱える悲願を達成させる作戦である。

 その目的地は……







 『福島第一原子力発電所』







 この原発を廃炉、撤去、周辺を文字通り『除染』したあと、福島復興のために、ここへ大規模な港湾を造ってカグヤの母港にしようという作戦だった。


 実はこの作戦、三島がヤルバーン飛来以前に主張した東北復興策をヒントにしたものである。

 三島はその際、野党時代に東北の復興策として、仙台港を深く掘り下げる工事を施し、超大型貨物船に対応した港湾にして、東北のハブ港として稼動させればいいと提言した事があった。

 そのアイディアをベースにして、やってみようという作戦なわけである。

 これが、三島が以前言った『俺に腹案がある』という内容だったのだ……


 カグヤがこの港に帰ってきている間は、その宇宙客船並みの巨大な設備を利用して、ハイクァーンレストランを一般開放し、そこで食事をしながら訓練もかねた特危部隊『変態』兵器のアクロバット訓練を見学できる。

 船内も見学可能で、VRシステムの訓練装置を娯楽プログラムに変更して遊興可能。


 そんな感じで特危の広報もかねての復興策という話。

 福島観光の目玉になると、内々に知事にも承諾を取り付けているという。

 なんせ彼らヤルバーンの科学技術が裏づけだ。これ以上の信用はない。





 ……時は進む。

 ……時代は進む。

 ……進む時代、そして繋がる因果……





 幕末、大政奉還が行われ、富国強兵政策の下、日本はそれまでの様相を一変させて、一気に工業化と西洋化が進んでいった。

 第二次世界大戦敗戦後、朝鮮戦争特需を経て、列島改造論に東京オリンピック。

 そこでも日本はその様相を一変させて、現在に至る。


 その歴史の功罪はどうあれ、日本の時代を進める力は、それは相当なものである。

 ただ、そこには大きな力が必要とされるのが、いかんともしがたいところではあるが、しかし逆にその大きな力が加わると、世界が予想だにしない変化を起こしてしまう。


 そして今、ヤルバーンの飛来と、結果、銀河連合への加盟。

 

 時代のスタートとは「はいこの線から始まりです!」というものではない。

 スタートの線はあっても、その前からフライングで始まっていく。

 今もそうである。

 『事前何某』という言葉に『みなし何某』という言葉が政官乱れ飛ぶ。

 政治や行政の世界では、一旦方針が決まると、その法制化が近い場合、まだ法制化されていなくても、「もうそうなった」とみなして進んでいく暗黙の了解的な一時的超法規的措置が取られる場合も少なくはない。



 現在の日本は、銀河連合加盟へ向けての準備段階にある。

 二藤部が衆院を解散させた時から既にマスコミは次の選挙の結果を予想しだし、各党は政策を世間へ公表し、支持を訴える。


 やはりどの党も、その政策の主題に据えるは、ティエルクマスカ技術の国策だ。

 そして、どの党も声を揃えたように『福祉政策』を訴える。

 そして、どの党も銀河連合加盟賛成を訴えはするが、『主権と安全保障』では意見が真っ二つに分かれてしまう。


 各党、色々政策を掲げている。

 無論、銀河連合加盟関連の政策ばかりではない。それ以上にやらなきゃならないことは沢山ある。

 後に『連合加盟選挙』と呼ばれるこの選挙。各党の銀河連合加盟に関してのみの政策で言えば、かような感じ。


 ……与党自由保守党の掲げる政策は、コレまでのとおりだ……


○ティエルクマスカ連合加盟と、その交流の促進。

○ティエルクマスカ連合への発達過程文明資料の積極的研究支援。

○ハイクァーン技術の年金制度、及び生活保護、社会保険制度への積極的活用。

○ティエルクマスカ連合防衛総省との連携を含めた安全保障面での憲法改正。

○ティエルクマスカ連合各国への『精神的文化』の積極的発信……等々。


 ……そして野党第一党の民主生活党の掲げる政策は……


○ティエルクマスカ連合加盟と、その交流の促進。

○地球社会とティエルクマスカ連合との架け橋となるための、積極外交。

○ハイクァーン技術の年金制度、及び生活保護、社会保険制度への積極的活用。

○ハイクァーン技術の世界平和に向けた積極的技術公開と、支援。

○ティ連防衛総省との連携を前提にした、日本独自の平和安全保障政策。              

○官僚独占のティエルクマスカ情報開示と発信。


 ……日本立志会は、ほぼ自保党の案に近い政策を持つが……


○ハイクァーン技術の生活保護利用に関しての、地方への完全権限委譲。

○各自治体独自の連合外交政策の法制化(現行は、政府が一括している為)


 この点が、少し違っている。


 ……日本共産連盟に至っては、さすがといおうか何と言うか、もうハッチャケすぎで……


○ハイクァーン技術を基にした段階的な貨幣経済の廃止。ハイクァーン配給権制度への完全移行。

○自衛隊及び、連合防衛総省管轄を除外する例外適用の連合への要求。

○日本のティエルクマスカ技術インフラを世界に発信し、地球連邦政府構想の将来的な実現。


 ……ちょっと考えて物言った方がいいのではと……どんだけ未来の話なんだと……


 他、各政党は、いろんな政策があるが、まぁ共産連盟の政策は別にして、ほぼ自保党寄りか、民生党寄りかの案で真っ二つに分かれている。


 中には……


○国連を脱退して、20年間地球社会からの鎖国。東京五輪開催の返上


 とか


○憲法9条をティエルクマスカ連合各国へ普及させる。


 だの、当のティ連本部が頭を抱えそうな、そんな案もあったり。


 そして、無理っぽそうではあるが、目を引く政策で……


○象徴天皇の国家元首規定の明確化。そして、元首代行職として、『国民摂政』という、大統領職に近い権限を持つ役職の設定。


 というのもあったり。これは無理っぽそうな案ではあるものの、世間の目を少し引いている。

 これも、ティ連の中で、おそらく唯一、日本が法で国家元首規定がない国になってしまうため、その関連の改善政策だろうと言われていたり。


 みなさん、色々考えるものである。


 そして、幸か不幸か、野党の一部は民生党案で野党団結を図れそうな感じで、政策の二極化になりそうな感じである。              


 各政党からも、こんな今までにはない単語が連発されてしまうような選挙戦……

 そう、二藤部達があの記者会見で発表したあの時、あの瞬間から、もう時代は進みだしたのだ……

 



 いずれ日本には、和に西洋文化を足し、更には近代技術を足した文化に……ティエルクマスカ文明の意匠が加わっていくのだろう。

 



 そして日本は……多民族国家ならぬ。『多種族国家』へ変貌していく……しかもその多種族が日本を自分達の精神として望んだ人たちばかりの世界だ。それにその倫理観もおおよそ高い。

 そのような人々と共にこれからを迎える日本。いかような世界になっていくのだろうか?





 そんな事を国民すべてが思い描く中、衆議院議員選挙戦が始まろうとしていた……



 


 


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